最終話 背中合わせの2人が向き合うとき
「─────好きだ、希」
今、初めて伝えた俺の想い。
機会がなかったとか、最早言い訳でしかない。
希が旅立つこの後に及んでしか言えなかった自分を呪うのも後だ。
大切な人を───引き留める
ただそれだけを考えろ。
俺の告白を聞いた希はしばらく黙っていたが、やがて正面で結ばれた俺の手を握った。
「希……」
「─────離してよ」
「えっ……」
「手を、離して」
……希のこんな声、初めて聞いた。冷たく無機質な、機械のような声。それに動揺して何も言えなかった俺に、希は再び言う。
「────離してってば!!」
先程のように無感情ではない、寧ろ感情の篭った怒声を受けて俺は希から手を解いてしまう。
そして希は俺に背を向けたまま数歩俺と距離を置いた。
「……やめてよ、“今更”」
「……今更なもんか」
「今更だよ。私はもう行く。君の前から居なくなる」
「希」
「私は」
俺の言葉を遮り、希は俺の方を向いた。
そしてこれも見たこともないような冷たい目で俺の方を見る……否、睨む。
「私はキミと話すことなんて何もない」
「……」
「……ふふふ」
「ん…?」
「そんな顔しないでよ、もう」
希の表情が、笑顔へと変わった。
俺は今どんな顔をしているのだろう。
少なくとも今の俺の感情は、『嬉しい』や『楽しい』とは程遠い。
「キミには、たくさんいるでしょ?“キミに寄り添ってくれようとする人”が、他にもたくさん」
「っ……!」
「キミは1人なんかじゃない。だから私じゃなくても大丈夫だよ」
「お前……」
何で、そんな……『自分は1人だ』みたいな、そんな言い方。
「───私なんかより、みんなの方がキミを幸せにできるから」
希の言葉、きっと本心だ。
いつも見たいな嘘で表面を取り繕った言葉じゃない、本当にそう思ってる。
「私は言えないままが嫌だったから、キミに伝えただけ。気持ちに答えてもらうつもりなんて更々なかった。だって私は……今から君の前から居なくなるもん」
『居なくなる』。希はさっきからこの言葉を何度も繰り返している。最初は居なくなることを俺に強調しているのかと思った。
でも多分、違う。
希は言い聞かせているんだ。俺じゃなく、“自分自身”に。だったらまだ───!
「……“今更”、か」
「そうだよ、今更だよ」
「俺もそう思ってた」
「思っ“てた”?」
「君が空き教室で俺に思いを打ち明けてくれた時。あの時俺は、どうして今なんだ、今更じゃないかって死ぬほど思ったよ」
「っ……」
「でも……違う。今更なんかじゃない。だって希は、いるから。俺の目の前に、まだ居るんだ。
────もうどこにも、行って欲しくないんだ」
「……ダメだよ私じゃ、私なんかじゃ…」
希は苦しそうに、その言葉を絞り出した。
「──私じゃ君をっ…幸せにできない……っ!」
唇を噛み締め、苦しそうに零れ出たその言葉は俺の心に刺さった。
でも。その思いは────
「幸せにできない、か……わかるよ、その気持ち。……俺も同じこと考えてる」
「えっ……?」
「俺はヘタレだし、すぐ間違えるし……一緒にいてもきっと君を何度も傷つけてしまうと思う。幸せになんてできないかもしれない」
───でもね、希。
「それでも俺が幸せにしたいのは、君なんだ」
「………」
「……みんな言うんだよ、俺なんかに。“幸せになって”って」
絵里も、凛も。
真姫も、海未も。
花陽も、にこも。
「こんな俺に幸せが許されるなら……隣はやっぱり、君がいい」
「優真……くん」
「……俺は君を幸せに出来ないかもしれない。君が俺を幸せに出来ないっていうのなら、そうかもしれない。
だからさ。“相手を幸せにする”んじゃなくて、“2人で幸せになろう”」
「っ!!」
「俺たち2人だったら、どんなことでも乗り越えられる。今までみたいにさ」
笑いかけた俺の顔を見た希は、今にも泣き出しそうな瞳で俺を見ている。
「………して…」
「ん…?」
「どうして今……そんなこと言うの…っ!」
「希……」
「鈍っちゃうよ、揺らいじゃうよ……せっかく我慢してたのに、忘れようとしてたのにっ…!」
俯きシャツの胸元を握りしめ、震える声で希は呟く。そして顔を上げ────
「離れたく……なくなっちゃうよ…っ……」
透明な雫が一粒、希の瞳から落ちた。
それをキッカケにして、雫は大量に溢れ出す。
涙と共に少しだけ見えた、“希の本心に隠された本心”。あと少し、あと少しでわかる。
もし、君が俺と同じ気持ちなら────!
俺はもう一度歩み寄り……
「……!!」
希を、抱きしめた。今度は正面から。
「……君の答えが、知りたい」
「私の……答え……」
「君は今、どうしたい?」
「私は……私、は」
「──君が俺の気持ちに応えてくれるなら。俺はもう、絶対に君のことを離さない。ずっと君の側にいる。……二度と離したりするもんか」
そう言って、俺は少しだけ抱きしめる力を強めた。
俺の想いは、決意は、希に伝わってるだろうか?抱きしめて改めて理解させられた希の小ささ。女性の平均から考えて決して背が低いわけではない。しかし俺には今抱きしめるこの存在が、とても小さく儚いものに思えた。
そして静寂、無音、沈黙の中
彼女は俺を、優しく抱きしめ返し、言う
「私は………私、は……優真くんが、好き」
「おう」
「優真くんが、大好き」
「俺もだ」
「………うぅ、んぐっ……ぁぁ……」
「泣くなよ」
「だって……だってぇ……」
泣き出してしまった希の頭にそっと手を乗せ、俺はもう一度囁く
「好きだよ、希」
「好き、好き、大好き!私も大好きっ……!!ずっと一緒に居てよぅ……」
「あぁ。俺はここにいる。君のそばで、ずっと君を大切にする」
「優真くんっ、優真くぅん………」
急に子どもっぽくなった希の頭を撫でながら俺は思う。今まで無理して大人びようとしていたのだろう、これが希の本質なんだと。
誰よりも大人で、一歩引いた立ち位置で俺たちを支えるμ'sの母。
でもそれは、希が“なろうとしてなった希”の姿であり、本当の姿じゃない。
本当の希は誰よりも臆病で、寂しがりで、常に誰かからの愛を求めていて。それでいて他者と関わることを心のどこかで恐れていて。
その中でも変わらないのは、誰よりも他人を思いやることの出来るその優しさ。
そんなどこかちぐはぐで、曖昧な心を抱えている心優しい女の子。それが東條希という人間で。
そんな彼女のことを、本気で守りたいと思った
一度は忘れた、忘れたつもりだったこの気持ち
本当は希に惚れてからの5年間、一度たりとも忘れられてなんかなかった
ずっと見ないふりをしていた、気づかないふりをしていた
でもこの気持ちに、嘘は吐けなくて
彼女は言ってくれた、『自分も同じだ』と
だったら───
「─────ずっと俺の側に居てくれ」
「─────うん、ずっとキミの側に居させて」
この日、ずっと“背中合わせ”だった2人が、初めて向き合った。
▼
「……大丈夫かなぁ」
「ん?なにが?」
不安げに呟いた希に、俺は問いかけた。
あれから屋上のフェンスにもたれかかり、2人で座っている。
「引越し……手続きは済ませてないけど、お父さんには行くって言っちゃったから。それにμ'sのみんなにも伝えるために……えりちにはメール送っちゃったし」
───────♬
その時メールの着信を告げた俺の携帯電話。
差出人を確認して、内容に目を通す。
それを見た俺は小さく微笑み、希に声をかけた。
「……大丈夫。何とかなるよ」
「えっ」
「μ'sの皆のことも、お父さんのことも。俺が側にいるんだから」
「そ、そういう問題じゃ……」
「少なくとも、μ'sの方は本当に大丈夫だぞ。ほら」
俺はメールの内容が表示された画面を希の目の前に差し出した。
「っ─────!」
希はそのメールを見て…再び涙を流しながら微笑む。
「……えりち…」
「……全部お見通しだったみたいだな」
「そう、だね……謝らなきゃ」
「あぁ。多分内心キレてるはずだぜ?君が絵里に言わなかったことに」
「だよね」
《From:絢瀬絵里
おめでとう。そしておかえりなさい、希》
▼▽▼
「……絵里、本当に良かったのですか?」
ライブ終わり、希と優真を除いたμ'sの皆で帰っている途中に絵里は海未から声をかけられた。
「ん?何が?」
「希のこと……心配ではないのですか?」
絵里はメールを見た時にその場にいた海未にだけは話していた。希が引っ越して、ここから遠くに行ってしまうことを。
「心配じゃないってわけじゃないけど……多分大丈夫よ。希の側には優真がいるんだから」
「絵里……」
「……最初からそうだった。優真の隣に相応しいのは希だって、希の隣が似合うのは優真だって、わかってたのにね……」
昨日の出来事を思い出し、絵里の表情は暗くなる。彼女が抱えていた儚い想いは昨日の夜に打ち砕かれた。
しかし絵里はその結果に“今まで伝えなかったこと”への後悔こそあれど、それ自体には何の未練も抱えていない。
それどころか───
「……私ね、嬉しいのよ」
「嬉しい……?」
「うん……私の大切で、大好きな親友同士が結ばれるなら……2人が幸せになるなら、こんなに嬉しいことはないわ」
「絵里……」
「2人の過去を聞いたでしょう?そのあとなら殊更そう思うわよ。優真も帰ってきて、μ'sも復活した。優真は私達にたくさんのものをくれたわ。だからあとは……」
「“先輩が幸せになるだけ”、と?」
海未の言葉に、絵里は笑顔で頷いた。
「だから私達は支えましょう、あの2人を。優真と希が私達を支えてくれたみたいに」
「……そうですね」
絵里の言葉に嘘はない。
それが伝わったからこそ、海未も安堵して笑った。
「あー楽しかったね!今日のライブ!ねっ、ことりちゃん!」
「うん!今までで1番楽しかった!」
その少し前、穂乃果とことりは今日のライブのことを思い出しながら2人で歩いていた。昼まで2人の間にあった亀裂など微塵も感じさせないほど楽しそうな声を響かせながら。
「穂乃果アンタ、ステップ周りより少し遅れてたじゃない」
「わっ、にこちゃんやめてよ!自分でもわかってるんだから!」
「あとラスサビに入るところの立ち位置もズレてたわね。私と絵里がフォローしたからどうにかなったケド」
「もーう真姫ちゃんまで!」
前を歩いていた真姫、にこの2人も混ぜた穂乃果以外の3人がその様子を見て笑った。
するとふと穂乃果は表情を暗くし、歩みを止めてしまった。それを不審に思ったことりも足を止め、穂乃果に声をかける。
「穂乃果ちゃん…?」
「……にこちゃん」
名指しを受けたにこと隣にいた真姫の足も止まった。
「あのねにこちゃん、私……」
「謝ることなんて何もないわよ」
「えっ…?」
「私が怒ってたのは、アンタがアイドルを辞めるなんてぬかそうとしたから。今アンタはこうやってμ'sの一員として私の目の前にいる。私がアンタに怒る理由なんてないじゃない」
穂乃果の方に顔だけ向けながら、にこは笑う。
「にこちゃん…!」
「……ごめんなさいね、穂乃果。酷いこと言っちゃって」
「わあぁ!?ダメだよ!!なんでにこちゃんが謝っちゃうの!?」
「私が謝ればアンタは慌てるでしょ?」
「性格悪いよっ!!」
終始ニヤニヤしているにこと、あたふたして忙しない穂乃果。そんな2人を見て真姫とことりも笑うのだった。
「穂乃果ちゃん達仲直りできてよかったね、かよちん!」
「うん……」
その4人よりも少し前を、凛と花陽の2人は歩いていた。一見普段通りの笑顔に見える凛。しかしそんな凛のことが花陽は心配で気が気ではなかった。
部室で幼馴染を送り出し、大泣きした後吹っ切れたかのようにケロっと笑って見せた凛。本当に吹っ切れているのかもしれないが、花陽にはどうしてもそんな風には思えなかった。
花陽は知っていた。凛がどんな思いで優真を見てきて、優真を支えてきたのか。それに気づいていなかったのは凛本人と優真ぐらいのもので、いつも側にいた花陽からすれば簡単に解が出せる問いだった。
だからこそ、こんなに簡単に吹っ切れるわけがない。それが花陽の考え。今見せている笑いも無理をしているんじゃないかと気が気でなかった。
「凛ちゃん、あの」
「大丈夫だよっ」
「え……?」
「大丈夫。凛は、大丈夫っ!」
何度も繰り返した大丈夫。その姿が花陽には、“もう1人の幼馴染”の姿と重なって見えた。
その姿に、花陽は全てを悟った
「そっか……」
「うん!心配ありがとうね!」
幼馴染の影から卒業した彼女
幼馴染の影を追い求める彼女
ずっと一緒だった2人は、違う道を歩みだした
「みんな、ちょっと止まって!」
後方から聞こえた絵里の呼びかけに、皆の足が止まる。
「今優真からメールが来たんだけど……今から改めて優真の家でパーティを開かないか、って。μ'sの復活、ライブの成功、そして改めて廃校阻止を祝うために」
「パーティ!?やりたいやりたい!」
「楽しそうだにゃ!」
勢いよく食いついてきた穂乃果と凛に、絵里は思わず笑みが零れる。他の皆も、パーティと聞いて嬉しそうだ。
「決まりね!それじゃあ買い出しに行きましょ!」
『おーっ!』
そして彼女達は夕暮れの中歩き出した。
あの日朽ち果てた女神達の光は今、再び輝きを取り戻し、自らの未来を明るく照らす。
9人と1人の物語は、これからも続いていく。
▼▽▼
「本当に良かったん?」
「まだ言ってんのかよ」
屋上を後にした俺たちは、改めてパーティの準備をするために帰ろうとしていた。今のやり取りは、下駄箱を出てすぐの会話だ。
「いや、そうやなくて。いきなりキミの家でパーティなんて開いて」
「あぁ、そのことか。気にしなくて大丈夫。どうせ一人暮らしだし、早いとこみんなで集まってお祝いしたかったしな」
「そっか……ならいいんやけど」
希は安心したように笑ったが、俺には気になることが1つ。
「希…」
「ん?どーしたん?」
「お前、喋り方……」
「えっ?あぁ」
俺に言われて初めて気がついたかのような反応をとった希。彼女は笑いながら言葉を続けた。
「今なんか自然と
「おかしくねぇよ。お前が変わろうとして変わった証だろ?その関西弁は。μ'sのみんなを繋いだ、大切な女神の存在の証だろ?」
「……そっか、うん!そーやねっ!」
「ねぇ」
「ん」
「───“ウチ”は“優真くん”のこと、大好きよ?」
「──! ……あぁ、俺もだよ、“希”」
「えへへっ」
そう言ってどちらからともなく手を繋いだ。
意外だ、と思うかもしれないが、俺たちは一度も手を繋いだことはない。抱き締めたことも、頭に手を乗せたこともあれど手を繋いだことだけは一度もなかった。
肝試しの時に握ったのは腕だから事実上初めて。
こんなに小さくて、か弱かったんだ。
そんな彼女のことを、本気で守りたい。
心の底から、強く願う。
繋いだこの手を、向き合った心を。
───隣り合わせの君を、絶対に離さない。
「行こっか」
「うんっ!」
背中合わせの2人は、もう居ない
『ラブライブ!─ 背中合わせの2人。─』
fin.
ここまでお読みいただいた皆様、本当にありがとうございます。
これにて背中合わせの2人、完結です。
アニメ一期までの物語でしたが、お楽しみいただけたでしょうか。
今から続く文はこの作品について、次回作および今後の予定です。
まず改めまして、背中合わせの2人を最後までご覧頂き本当にありがとうございました。
私はこの作品を結末までストーリーを考え抜いてから書き始めました。
そうじゃないとあんな伏線張れませんからね笑
───それはもちろん、二期のストーリーも含みます。
実は背中合わせの2人は、二期分のストーリーも存在するのです。
それを書かなかった理由は大きく分けて2つ。
1つは、作者のモチベーションの重点が「ラブライブ!サンシャイン!!」二次の方へと移りつつある、ということです。
ストーリーももう考えてあります。次に書くのはその話になるかと。
2つは…これが1番なのですが、こやつらが「背中合わせ」じゃなくなった事です!!ガッツし向き合っちゃったから!!
なので私がもし、もし二期の話を書く事になれば、背中合わせの2人にではなく、別作品として投稿する事になると思います。正直、二期も書きたいです。ストーリーも考えてありますし、二期に使う伏線も背中合わせの2人の中に残っています。中西さんの問題とか解決してないですからね笑
みなさんの感想要望次第では、二期を書く事になる……かもしれないです。
そして先ほど触れた次回作…「背中合わせの2人」を読んで頂いた方はより楽しめる作品になる予定なので、そちらもよろしくお願いします!投稿時期は早ければ来月、遅くとも11月には公開する予定です!
長々と語りましたが、読者の皆様にはどれだけ感謝してもしきれません。
今回気づいていただけたと思いますが、挿絵を描いていただきました。
作家の仲間であり、絵師であるこつめ様、美夜様、本当にありがとうございます。
実は最終話公開の今日、9/17は背中合わせの2人、投稿1周年でございます。
本編73話、長編となりましたが今まで本当にありがとうございました。
それではみなさん、またいつかお会いしましょう!!