50話 Are you a “Minalinskey”?
「………………」
「………………」
無言。そしてすごくデジャヴ。
まるで夏合宿の肝試しの時のよう。
その状態のまま、俺と希は2人でメイド喫茶までの道を歩いている。昨日行った場所から距離を逆算すると、遅くとも15分で目的地へと到着するはず。だから俺はそれまでに希と和解しなければならない。
与えられた時間は長いとは言えない。しかしその中で俺は己の心の中で答えを出す。
できるかどうかはわからないがやるしかないのだ。
「……ねぇ、ゆーまっち」
「……ん?」
そんな中、先に口を開いたのは意外にも希だった。
「さっきはその…………ごめんなさい……」
「……え?」
まさか希の方から謝罪が来るとは思ってなかったので、思わず聞き返してしまった。
「……殴っちゃって」
「あぁ、いや……あれは俺が悪かったよ」
「本当にそう思っとるん?」
「……まぁ、うん」
「なんよ、その返事っ」
その問いで気づく。
俺が悪いというのは自覚している。
しかし俺は何が希を傷つけたのかを理解していないことに。
「まぁ今はとりあえずウチの謝罪を聞いてよ」
「……おう」
「……さっきはごめん。カッとなってやってしもうたけどやっぱり……」
そこで希は一度言葉を切って視線を落とし……
頬を少し赤くして恥ずかしそうに言葉を続けた。
「…お、女の子がグーパンチは…ないな、って…」
「……ふふっ…はははっ……」
「なっ………!?」
思わず笑いが込み上げてしまった。
そんなことを気にしていたのか。
まぁ確かに俺も女子からあんな会心の一撃を受けたのは初めてだけど、やっぱり希としても恥ずかしかったのだろう。
「何笑っとるん!?こっちは本気で謝っとるんよ!?」
「ごめんごめん、つい……」
「もうっ」
希が不機嫌そうにそっぽを向く。
それを何とかなだめて、話は謝罪へと戻る。
「……叩いたとこ、大丈夫やった?」
「殴られたところはすぐに冷やしたから大丈夫だ」
「わざわざ言い換えんといて!」
「はははっ。まだちょっと痛むけど、明日になれば治るよ」
「……ごめんなさい」
「何回も謝るなって。本当に大丈夫だから」
それよりも。
「……俺の方こそごめん」
「なんが?」
「……………………」
「……わかんないなら、謝らなくてもいいんよ」
希は俺の方を見ずに前を向いてそう言った。表情は見えなかったけど確かに分かることは1つだけ。
今の俺の返答で、間違いなくまた希を傷つけた。
それでも俺は。
「……お前は」
立ち止まった俺に合わせて、希も立ち止まる。
しかしこちらは向かない。その後ろ姿に、俺は問いかける。
「────お前は俺が“希”と呼ばなかったことに、傷ついたのか?」
オブラートになんて包まない。
傷つけてしまった分は、後で死ぬほど謝る。
だから今は、“俺のすべきこと”を見つけなければ。
希はしばらく無言で立ち止まっていたが、
やがてゆっくりと首だけでこちらを振り向いた。
そして希は、笑顔を俺に見せる。
「────悲しかったに決まっとるやん?」
「……っ」
「そりゃあ傷つくよ。えりちもにこっちも名前で呼ばれてるのに、ウチだけ名字よ?
……嫌じゃなかったって言ったら嘘になる。
でも、わかっとるんよ」
その時一瞬だけ浮かべた悲しげな顔を、俺は見逃さなかった。そして希はすぐに笑顔を作り直し、告げる。
「─────だって君にとっての“希”は
─────“ウチ”じゃないやろ?」
「っ─────!!」
その言い方、もしかして
─────“俺と同じ”、か?
……いや、考えすぎか。
希の言葉で、俺のせいで希を傷つけた原因もわかった。そしておそらく……
これは、今に始まったことじゃない。
きっと俺が初めて名字で読んだあの日から……
過去を清算した2年前のあの日からずっと。
俺が“東條”と呼ぶ度に、彼女を傷つけていたのだ。
それを自覚した途端、締め付けるような胸の痛みが俺を襲う。
……最低だ、俺は。
2年前、希との過去から逃げるように決別を選び、勝手に希と“希”を切り離して自分の思いを捨てたくせに、その自分は今またこうして希に惹かれようとしている。
……どこまでも自分勝手じゃないか。
そんな自分を責める俺の思考を見透かしたように、希は俺に言う。
「でもね、ゆーまっち。それでいいんよ。
ウチは君に、“希”って呼んで欲しくないから」
希は笑う。そんな彼女を俺は無言で希を見つめ続けている。
─────その言葉の真意を探るために。
「ウチは君を支えられればそれでいいんよ。
君の旧友、“希”じゃなくて、君の新しい友達、“東條”として。そう自分で決めたことやから君が謝ることなんてないんよ?」
そう言って希は1人で歩き出した。
その後ろ姿を見ながら俺は1人考える。
───────またそれかよ。
きっと希は嘘をついてはいない。
でも、“本当のことは言ってはいない”。
この感覚は、3度目。
2年前に“希”と決別したあの日と、希が病院に運ばれたあの日。
それまで俺は、2度も希から差し出された手を払い続けた。体は俺に背を向けながら、俺に握って欲しそうに差し出すその手を。見えていたのに、自分の身勝手な感情で握り返すことをしなかった。
あの日正しくないやり方で過去を清算したツケが、ここで回ってきたのだ。
だったらもう、俺がやるべきことは1つしかない。
『──────逃げるな、向き合え』
ふと頭によぎったその言葉。
合宿初日の夜にサトシから放たれた俺の心に刺さっていた言葉が、俺に道標を示す。
もう、迷わない。
「────────“希”」
────“逃げない”ってのはそういうことだ。
俺の呼びかけに、希が足を止めて振り返る。
「……無理して呼ばんでええんよ?」
「そんなんじゃない」
「……“ウチ”は君の“希”じゃないんよ?」
「そんなこと関係ない」
そして俺は希にぶつける。今までの対話で見つけた俺なりの答えを。
「“
俺にとって大切な人だから
俺にとって、大切な希だから」
────“向き合う”ってのはそういうことだ。
希は俺の言葉にしばらくの間驚いたように目を見開いていたが、ややあってその表情を笑顔へと変えた。
「ばーか」
「何が」
「ゆーまっちのくせにっ」
「どういう意味だよ」
「教えなーい♪」
先程までとは違い、目に見えて嬉しそうだ。
それが俺のおかげならば……少し嬉しい。
「ほら行くよ!みんなが待っとるよ!」
「あっ、おい待て!走り出すんじゃねぇよ!」
「遅れた方が明日の生徒会業務、1人でやるってことで!」
「はぁ!?なんだよそれ!っていうかお前場所知ってるのかよ!」
「知らなーい♪」
「ふざけんなよ!?おい待てって……“希”!」
そして俺たちはメイド喫茶へと走り出す。
その時最後に一度だけ振り向き俺に笑顔を見せた。
それは今までの“東條”の笑顔でもなく、“希”の笑顔でもなく……見たこともないような、綺麗な笑みだった。
▼
「つ、ついた……」
「きっつ……」
「……なんで2人して疲れ果ててんのよ」
徒歩15分の道を、その半分で走り抜いた。
希は以外と負けず嫌いなのでついつい熱が……
と、そこに先程まではいなかった人影を見つけた。
「サトシ」
「よ!ユーマ!」
「お前……どうしてここに?」
「ある人からみんながメイド喫茶に行ってミナリンスキーさんに会いに行くって話を聞いたからな!居ても立っても居られなくて来ちまったぜ!」
「ある人……?」
「作者」
「おい!!ちょっと黙ろうか!!しれっととんでもねぇこと言ってんじゃねぇ!」
「またたね?」
「言い換えればいいってもんじゃないんだよなぁ!」
言っていいことと悪いことがあるだろ!というツッコミはサトシの豪快な笑い声でシカトされた。
……それでもとりあえず俺はこいつに言いたいことがある。
「……サトシ」
「ん、何だ?」
「……ありがとな」
不思議とあの時のサトシの言葉が、俺に勇気をくれたから。
「え、いきなりなんだよキモチワルイ」
「一言余計だっつーの。黙って受け取っとけ」
「優真」
するとそこで絵里が俺へと話しかけてきた。
「ん、絵里」
「……大丈夫だった?」
「……おう、和解してきた」
「そう、ならいいんだけどっ」
絵里は俺に微笑みかけると、そのまま皆のいる方に合流した。
「……ユーマ、お前絵里さんのこと…」
「……名前呼びに変えた。にこのこともそうするようにしたし…希のことも」
「……そっか。よかったのか?」
「何が?」
「……いや、何でもない。よかったぜ!お前たちがまた仲良くなったみたいでよ!」
一瞬サトシの言動に疑問を抱き……ハッと気づく。
こいつは俺の昔を知っているんだった。
“あの事件”のことを知ってなお俺と友達でいてくれるサトシ。本当にいいやつだ。
……μ'sの皆にも知らせるべきなのだろうか。
凛以外のメンバーは、そのことを知らない。
知れば皆はきっと俺から離れていくだろう。
今のみんなとの関係を自分から壊す真似は、絶対にしたくない。……でも、俺が本当に“変わる”ためには、伝えなくちゃいけないんじゃないか?
そしてもう1つ。
サトシも……凛さえもきっとこの事は知らない、俺以外の誰も知らないであろう、大きな“カクシゴト”。
今の俺が抱えている、最大の秘密。
この2つを皆に明かさなければ、俺は自信を持って“変われた”と、胸を張れないような気がする。
「……マ…ユーマ!」
「…………ん」
サトシに呼ばれて意識が現実へと戻る。
だいぶ深く思考の底に潜っていたようだ。
「どうしたんだよ、急に黙りこくって」
「……何でもねぇよ。サトシ、今日はケーキ奢ってやるよ」
「え、マジかよ!ってか本当にどうした?変なもん食ったか?」
「人の好意をそんな風に扱うんじゃねぇっ」
若干ムッとしてツッコミを入れた後、俺は皆のいるところへと歩き出した。
おい待てよ!、というサトシの声を無視して。
───────どちらにせよ。
俺の事を話す日は、近いのかもしれない。
「……さ、みんな揃ったし行きましょ!」
にこの声を合図に、俺たちは店の中へと入る。
▼
『お帰りなさいませ、ご主人様っ、お嬢様っ!』
……相変わらず勢いのあるコールだな。
昨日ぶりのそれに再び面食らいながらも、俺は駆け寄ってきたメイドさん──幸運にも昨日と同じだった──に用件を告げる。
「あ!昨日のご主人様!本当に来てくれたんですね!?」
「あぁ、はい、どうも。それでなんですけど……」
「わかってますよっ♪ミナリンちゃんですよね?」
「あ、そうです。お願いできますか?」
「はーい♪少々お待ちを。ミナリンちゃーん!」
はぁーい、と厨房の方から小さく声が聞こえた。
……しかしこの声、どこかで聞き覚えが。
──────否。
聞き覚えがあるレベルじゃない。
“いつも聞いている”ような気が……
するとそこに、天使が現れた。
「───ご指名ありがとうございます、ご主人様、お嬢様っ♪
初めまして、ミナリンスキーですっ♪」
その姿を見て、俺たちは硬直する。
それは俺たちの姿を見た向こうも同じで。
だって今俺たちの目の前にいる天使は────
「─────ことり……ちゃん……?」
南ことり、その人だったのだから。
次はもう少し早く投稿できるように頑張ります。
新たに評価していただいた、
きょんちゃんちゃんさん、とある物書きMr.Rさん
ありがとうございました!
今後もどうぞこの小説をよろしくお願いします!
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!