ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

54 / 101
Venus of Pink〜 魔法使いとの放課後#2

48話 Venus of Pink〜 魔法使いとの放課後#2

 

 

「あはははは!」

 

「……そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」

 

現在、先ほどの4人掛けの席に私と朝日が隣同士、そして綺羅ツバサが私達の目の前に座っている。結局この店に居座ることになってしまった。流石にあの綺羅ツバサに『少し話していきましょう、奢るから』なんて言われたら断って帰るわけにはいかない。

そして当の本人は今、先ほどの朝日の反応がツボに入ったらしく未だに笑いが止まっていない。

朝日はそれを露骨に不機嫌そうに眺めていて、それが私には面白かった。

 

「いやぁー笑った笑った。ごめんなさいね」

 

「や、いいんですけど……って言うか、初対面の人に自分を知ってる前提で話しかけるなんて相当の自信家ですね」

 

やはり根に持っているらしく、朝日の綺羅ツバサへの言葉は少々トゲが含まれたものになっていた。

 

「いやいや。普通だったらあんな態度とらないわよ。……“あなた達だったから”、よ」

 

「俺たちだったから……?」

 

「それなんですけど……ツバサさんは」

 

「ツバサでいいわよ?」

 

「えっ、でも……」

 

「年も一緒だし、同じスクールアイドルでしょう?遠慮なんていらないわよ。……私もにこって呼ばせてもらうわね」

 

そう言って私に笑いかける綺羅ツバサ……

…ううん、“ツバサ”。

その微笑みは優しく、まるで太陽のような笑み。

 

一瞬穂乃果みたいだなと思ったけれど……あの子のような純粋な光は感じられない。

本当にこれがツバサの本当の顔なのかしら…?

 

「ありがとう、ツバサ。

……で、ツバサはどうしてここに…?」

 

「たまたまよ。外を歩いてたらたまたまあなた達の姿が見えたから」

 

「私たち、の……?」

 

「……綺羅さんは」

 

「ツバサ」

 

「……ツバサさ」

 

「ツバサ」

 

「……ツバサは俺たちに何か用があるのか?」

 

朝日に無理やり名前を呼ばせた……しかも終始笑顔で。やっぱりこの女…只者じゃない。

 

「用事なんて大したものじゃないわ。

ただ挨拶がしたかっただけ。

…“私たちのライバルになるであろう”あなた達にね」

 

「……!」

 

ツバサはあくまでも笑顔。しかし先ほどの太陽な笑みとは違う……明るいのにどこか冷たい、正に月のような笑顔へと変わっている。

……本当に色々な表情を見せる。この女の、底が見えない。いや、見せていない…?

 

「私たちが……ライバル?」

 

「ええ。1番最初の曲…“START:DASH!!”だったかしら、あの時から私たちA-RISEはμ'sに注目していたの」

 

「……いったいどうしてまた」

 

「そうね……言葉にするのは難しいけど……不思議と魅力的だったの。技術的にはもちろん拙いものだったにもかかわらず、ね。そして何より……強い覚悟を感じたから」

 

ツバサの言っていること、凄くわかる。

それは恐らく朝日も同じ。

あの子達から放たれる魅力……それに魅せられたから、覚悟を感じたからこそ私はあの日μ'sに入ることを決めたのだから。

 

「そしてその魅力はあなた達が9人になってからさらに強くなった。“僕らのLIVE 君とのLIFE”……あの曲を聴いたとき朧げだった感覚が確信に変わったわ。

『この子達は来る。私たちのところまで』ってね」

 

「ツバサ……」

 

憧れの綺羅ツバサが、自分たちをライバルだと。

雲の上だと思っていた存在が、私達を対等だと。

その言葉で私は強く感動した。

人前じゃなかったら、泣いていたかもしれない。

しかしこの横のバカから、またもや爆弾発言が飛び出す。

 

 

 

 

 

「えっと……A-RISEってそんなにヤバイの?」

 

 

 

 

 

「アンタいい加減にしなさいよ!?」

 

私はおもわず立ち上がり叫んでしまった。

 

「『ラブライブ!』にエントリーしてるグループのメンバーがA-RISEを知らないなんて信じられないわよ!!」

 

「いや、流石にA-RISEは知ってるって!すごいグループなことも分かってる!ただ、テレビとかあんま見ないからどれだけ凄いのかあんまし実感が湧かなくてさ……」

 

「はぁ!?アンタA-RISEの曲聞いたことないの!?そっちの方が驚きよ!!」

 

「や、聞いたことはあるから!花陽とかが好きだからよく聞いてたし!俺が言ってるのは…パフォーマンスだよ。お前が良く言うだろ?『アイドルは曲、衣装、ダンスが揃って初めていいものが出来る』って」

 

「それをA-RISEが出来てないわけないでしょうが!どれだけスクールアイドル事情に興味ないのよアンタは!!」

 

「ふふっ……あははははは!」

 

ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた私達を、ツバサが笑いながら見ているという状態がしばらく続いた。

そして互いに冷静さを取り戻したところで。

 

「……ごめんなさいね、ツバサ。つい熱くなっちゃって」

 

「……俺も勉強が足りないと思いました」

 

「いいのいいのっ。面白かったしね♪

…それじゃ仲直りがてら、私達の曲、見てみる?」

 

そう言いながらツバサは、カバンの中からノートPCを取り出した。

それを軽く操作した後、私たちの方へと画面を向けた。

 

「にこはよく見てくれてるみたいだけど、ユウマにはよく見て欲しいわね……私達のことを」

 

朝日が呼び捨てかよっ、と小さく呟いた気がしたが、そんなことはどうでもいい。私は今から画面上で繰り広げられるであろう彼女達のダンスへの期待で胸を躍らせていた。

 

 

 

「それじゃあ────────

 

 

 

 

 

“Private Wars”。ご覧あれ」

 

 

 

 

 

 

 

曲の始まりを示すシグナルのようなイントロ。

それが鳴り終わると彼女達のステージは始まる。

 

もう何度も見た。何百回と見た。

その度に感動し、心奪われて…憧れが募っていった私にとって思い入れの強い、A-RISE衝撃のデビュー作。それが“Private Wars”。

彼女達はこの曲で多くの人々の心を奪い、魅了した。驚くべきなのは、“これがデビュー作”ということだ。彼女達の歌と踊りは瞬く間に浸透し、世間のスクールアイドルブームの起爆剤となった。

彼女達の容姿はもちろん、ダンスの洗練さ、圧倒的歌唱力、曲の中毒性……どれを取っても非の打ち所がなく、完璧。

 

正に“絶対女王”の名にふさわしい。

 

そんな彼女達の曲を聴いて、朝日は何を思うのか。

ふと横に視線を移すと、彼は口に手を当てて難しい表情で目の前の動画を眺めていた。

そして彼は呟く。

 

 

 

「─────この人、どこかで…………」

 

 

 

どういう意味かと問いただしたかったが、鬼気迫るような表情で動画を見ている朝日の様子を見て、邪魔するのも良くないと思い直し、私は目の前の曲へと意識を戻した。

 

 

 

曲が終わり、ツバサがPCを畳んでカバンへ戻した。

 

「どうだったかしら、ユウマ」

 

彼女はまず、朝日へと感想を求めた。

朝日はしばらく目を閉じていたがややあって口を開く。

 

「……純粋に凄いと思った。あまりの完成度に言葉も出ない」

 

「……そう。それはよかった」

 

……先ほどからこの2人の会話、何だか怖い。

底の見えない読み合いをしているような、そんな印象を見て取れる。

 

 

 

そして次の瞬間、A-RISE(絶対女王)が私たちへと牙を剥く。

 

 

 

 

「でもあなた達には─────失望したわ」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「だってあなた達、倒すべき相手の情報も知らずにただ上を目指して進んでるだけなんでしょう?

本気でそれでやり遂げるつもりなら、尊敬に値するわね。

 

───どれだけ自分たちの力を過信しているの?」

 

 

「っ…………!」

 

「あなた達は確かに実績もある。

『ナツライブ!』優勝。並みの実力じゃ達成できないあなた達が誇るべき実績。

 

────でもそれが何?

そんなもの“だけ”を手にぶら下げて頂上まで登って行くつもり?

たかだか十数チームごときの大会優勝を自分たちの力だと信じて、実力向上を怠るの?

 

 

 

だとしたらそんな誇りは捨てなさい

 

 

ただの邪魔な荷物にしかならないわ

 

 

あなた達の今の“それ”は自信じゃない

 

 

────ただの“慢心”よ」

 

 

 

「…………」

 

ツバサの言葉が、私たちに刺さる。

言おうと思った。違う、と…そんなことはないと。

しかしツバサの圧倒的威圧感がそれを許そうとしない。先程までの笑顔は消え、今は自分の言葉に確固たる自信を抱き、私たちにその銃口を向ける。

 

────似ている。

 

私の横の、彼に。

 

私たちが道を間違えそうな時、私たちのために怒り、叱ってくれる彼に。

 

そんな彼は、ただ無表情でツバサを見ている。

何を考えているか、想像もつかない。

 

 

 

そしてツバサは、こう言葉を閉じる。

 

 

 

「今のあなた達に、私たちは絶対に負けない。

 

あなた達は脆い。努力も、実力も、覚悟も。

私たちの何倍も。

 

そんな状態でここまで上がってこれたとしても

 

 

 

─────私たちが、潰してあげる」

 

 

 

最後の言葉に、寒気を覚えた。

ツバサの全身から放たれる気迫……圧倒的自信に裏打ちされた気迫が私に襲い掛かる。

その気迫は痛みすら錯覚させるようなもので、

彼女が私を見ている以上、逃れようもない。

 

喉が乾く。指先が震える。

この圧倒的自信はどこから来るのだろうか。

……否、問うまでもない。

自分たちの弛まぬ努力、負けるわけにはいかないという重圧、ファンからの声援…全てを己の糧とし、力に変えてきた彼女達は、自覚しているのだ。

 

自分たちが最強であるために、最強と呼ばれるに相応しい努力を重ねていることを。

 

わかっている。

これはツバサの私たちへの励ましであり……

─────“挑発”だ。

 

噛み付いてこい、反駁してこいと。

でも私には……それができそうにない。

気持ちが完全に萎縮している。

心が折れかかっているのが自分でもわかる。

今私たちは、ツバサに品定めされている。

μ's(私たち)”が、“A-RISE(彼女達)”のライバルたりうるかどうか。

そんなことは重々わかってる……わかってるのに。

 

認めるしか………ない。

 

 

私たちは、A-RISEには……勝て、な─────

 

 

 

 

 

「──────へぇ」

 

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

その言葉を発したのが、自分の横の彼だとは信じられなかった。普段の彼からは想像できないほど冷たく……ナイフのような形をした言葉が、ツバサへと投げられる。

 

私は慌てて彼の表情を確認して─────

思わず声をあげそうになる。

 

朝日は────────笑顔だった。

 

一見普段と変わらないような優しい笑顔。

 

ただその目は……目だけは違う。

 

怒りと……殺意を凝縮したような、黒い黒い瞳。

睨まれたら最後、喰らい付いて離さないような。

そんな目だった。

 

そして“彼”は、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「オメェの言ってることはあながち間違ってねぇかもな。

 

確かにμ'sの実力はまだまだだ。

お前達A-RISEには届いてないかもしれない。

 

 

でもその“覚悟”は。

 

覚悟はお前達にも負けてねぇぞ。

 

 

 

お前の勝手な物差しで

 

 

 

────俺たちの“覚悟”を測るんじゃねぇ」

 

 

 

 

「あ……あさ…ひ……?」

 

これは本当に朝日なのか……?

先程までの笑顔は消え、殺気を隠すことなくツバサへと向けている。その殺気を受けたツバサは恐怖に顔を歪ませることなどはないが、厳しい表情を浮かべている。

 

一方その殺気を受けた私は────────

 

温かい何かに包まれていた。

 

先程までツバサの気迫に襲われていた体は、今は全く何も感じない。

そして気づく。朝日の殺気が、私をツバサから守ってくれていることに。

 

ああ、確信した。

これは、朝日だ。

この殺気は、朝日の優しさだ。

私たちを守りたいという朝日の思いが、ヴェールとなって私を包む。その暖かさは疑いようもなく彼のものだ。

 

 

 

「いいか、A-RISE。

 

さっきお前はμ'sとA-RISEをライバルと言ったな?

 

 

 

─────俺たちの方はそうじゃない。

 

 

 

お前達は、“通過点”だ」

 

 

「……!」

 

「朝日……!?」

 

 

「俺たちが見てるのは『ラブライブ!』優勝。

それだけだ。

俺たちはお前達を、“超えて行く”。

 

 

 

 

首を洗って待ってろ、A-RISE

 

 

 

 

────────喉元喰い千切ってやる」

 

 

 

 

本当にそうしかねないほど感情を込めて告げられたその言葉に───────

 

「……ふふふっ、あはははははははは!!」

 

ツバサは、嗤う。高らかに。

 

 

 

 

「────やっぱり君って面白いね

 

 

 

────やれるものならやってみなさい?」

 

 

 

 

「……!」

 

ツバサの気迫が、一段階強くなった。

朝日の殺気とツバサの気迫がぶつかり合い、メイド喫茶には似つかわしくない、異様な緊張感を生んでいる。

不思議な感覚だ。どちらも言葉しか放ってないのにもかかわらず、まるで刃のついた刀同士で鍔迫り合いをしているようだ。しかし……

 

 

「……ねぇ、あれって“ツバサ”じゃない?」

 

「それにあれもしかして…“μ's”?」

 

「何……?ケンカ?」

 

 

店で私たちのことが噂になりだした。……このままでは互いのイメージにも良くない。

と思っていた矢先、ツバサが口を開く。

 

「……とか言ってみたり?♪」

 

「だよな〜っはっはっはー!」

 

先程までの気迫は鳴りを潜め、出会った当初の太陽のような笑顔でおどけてみせた。

そして私の横の朝日も店に入った当初の優しい雰囲気へと戻り、ツバサの言葉に笑顔を浮かべている。

 

周囲の客もそれを見て勘違いだと思い直したようで、その視線は私たちへの純粋な興味へと移り変わっている。

 

 

「……さ、そろそろ出ましょうか」

 

ツバサの促しに従って、私たちは店を後にした。

 

 

 

 

 

 

「本当にごちそうになって良かったのか?」

 

「ええ。元々そういう約束だったでしょう?」

 

あれから店を少し離れた交差点へと私達は移動し、別れの挨拶を交わしていた。

そしてツバサは、爆弾を投げ込む。

 

「今日は邪魔しちゃってごめんなさいね。

……せっかくのデートだったのに」

 

「んなぁっ!?」

 

えへへっと悪戯っぽい笑みを見せるツバサ。

もう何パターン目になるだろうその笑顔……

私は突然のツバサの口撃に、顔を赤くするしかなかった。

 

「違うぞツバサ。ただ学校帰りに散歩してただけだ。デートじゃねぇよ」

 

「…………そこまで露骨に否定しなくても……」

 

「え?矢澤なんか言った?」

 

「うるさい!!何もないわよ!!」

 

「なんでキレてんだよ!?本当のことだろ!?」

 

「……にこ、あなたも大変みたいね」

 

「アンタのせいよ!ツバサ!」

 

最後の心配は本気でしてくれたみたいだったけど、これに関しては100%ツバサが悪いので怒鳴るしかなかった。

メイド喫茶内での殺伐とした雰囲気とは打って変わって明るい雰囲気。その名残もそこそこに私たちは互いに連絡先を交換した後解散することになった。

 

「……じゃあ私達行くわね。今日は本当にありがとう」

 

「こちらこそ!良ければまたご一緒しましょう?」

 

「今度はゆっくりと平和なお話でもしような。

……んじゃ、また」

 

そして私たちはツバサへと背を向けて歩き出した。

しかし朝日はすぐに後ろを振り返り……

 

 

「───────ツバサ」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

「──────さっきのアレ、本気だから」

 

 

 

 

 

いつも通りの朝日の声で、宣言されたその言葉に

 

ツバサも笑顔で返した

 

 

 

 

「登ってきなさい

 

 

 

─────────“頂上(ココ)”で待ってるわ」

 

 

 

 

 

自信満々に告げられたその言葉に、朝日もニヤリとした笑みを返す。

そして私たちはもう振り返ることなくその場から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツバサ」

 

後ろからかけられた声。誰かは見ないでもわかる。

ツバサが最大の信頼を寄せるメンバーの1人───

 

「あんじゅ」

 

優木あんじゅ。

 

「遅かったわね。心配したのよ?」

 

「ごめんなさい。思ったより時間がかかったわ」

 

「……で?どうだったの?彼女たちは♪」

 

あんじゅが笑顔でツバサへと問いかける。

その言葉に不敵な笑みを浮かべたツバサ。

 

 

 

「面白かったわ。……想像以上に、ね」

 

 

 

女王(A-RISE)”と“挑戦者(μ's)”。

 

両者が相見える未来は、そう遠くはない。

 

 

 

 

 

 

「……ったく!何でA-RISEにあんな啖呵を切るわけ!?」

 

「だから……悪かったってば……」

 

ツバサと別れてから近くの公園に寄り、今は私から朝日への説教タイム。2人でベンチに座り、私が隣に座る朝日をガミガミと叱っていた。

 

「悪かったじゃ済まないわよ!……だって、あんな……」

 

「…………矢澤…?」

 

彼から目を逸らす。正直、少し怖かった。

朝日が朝日じゃなくなっていくようなあの感覚。

彼がどこか遠くに消えてしまいそうなあの感じは、2度と味わいたくない。例えそれが私たちを守ってくれるためだったとしても。

 

「……俺の心配してくれたのか?」

 

「なっ……!誰がアンタなんか!私はあのままケンカになってμ'sの印象が悪くなるのが嫌だっただけよっ」

 

「……悪い。でも」

 

朝日はそこで一度言葉を切った。

 

「……許せなかったんだ。俺達の覚悟や努力を平気で否定してみせたツバサが。あいつの物の見方で俺たちのことを推し量られるのは、凄く嫌だったんだ。

簡単に俺たちの今までを、否定されたくなかった」

 

「……朝日…」

 

こいつの行動基準は、どこまでも“誰かのため”。

それが痛いほどわかった今日の出来事。

それが彼なりの優しさで、私が彼を信頼する理由。

 

「……だからあんなこと言っちまった。ごめん」

 

「……いいのよ別に。私も別に本気で怒ったわけじゃないし。……むしろ感謝してるわ」

 

「感謝…?」

 

「……私達の事、守ってくれて。

多分私1人だったら潰されてた。

アンタが居たからよ。アンタが“勝てる”って言ってくれたから私は今こうして笑ってられるの。

だから……ありがと、ね?」

 

「……何で急にそんなに素直になんだよっ」

 

朝日が少しだけ頬を染めてそっぽを向いた。

珍しく彼が照れている。それが面白くて私は笑う。

 

いつもそう。彼は全力で私達を信じてくれて……

その信頼が私達に勇気をくれて、私達を守ってくれる。だからこそ、私も彼を信じているし、彼を守りたいと強く思う。

 

 

 

だって私は、こんなにも彼のことを─────

 

 

 

「……はいコレ」

 

「ん……これ、俺にか?」

 

「アンタ以外誰に渡すってのよ」

 

私はカバンから小さな包みを取り出して、朝日に手渡した。朝日はそれを受け取り、私に確認を取ってから中身を取り出した。

 

「これ…茶葉……お茶?」

 

「ハーブティーよ。疲労回復の効果があるやつを色々探して作ってみたの」

 

「作ったって……これ矢澤が!?」

 

「1からじゃないわよ?…乾燥したやつを色々集めて混ぜただけ」

 

「いや、それでも十分スゲェよ。ありがとな。

……でもなんでいきなり?」

 

 

 

 

あぁもう本っ当に鈍いやつ

 

他のことは気持ち悪いくらい察しがいいくせに

 

なんで自分のことになるとこんなにも……

 

 

 

 

「あぁーーもう!!」

 

「えぇっ!?」

 

突如叫んだ私に朝日も驚きの声を上げた。

そして叫んだその勢いのまま、朝日に告げる。

 

 

 

「だーかーらーー!!

 

それ飲んで疲れとって元気になってこれからもよろしくって言ってんのよ!!

 

“私達のためにいつもありがとう”って言ってんの!

 

なんでわかんないわけ!?このバカっ!!」

 

 

 

 

「……えっ」

 

……勢いに任せて随分と恥ずかしいことを…!

でもそんなことどうでもいいっ!

こうでもしないとこのアホは気づかないんだから…

 

「……もしかして今日のこれも、俺をリラックスさせてくれるため……?」

 

「そんなところまでわかんなくていいのっ!!」

 

しかもこのアホは1つヒントを与えてやるだけで一瞬で答えを導き出してしまうのだからタチが悪い。

 

朝日の言う通り。今日のこれは、私なりの彼への恩返し。ナツライブ用の楽曲をいきなり2曲に増やし、それを完成させて私達を優勝へと導き、私達のダンスの指導を欠かさずにそれと並行して実は文化祭で歌う用の曲を海未と作っていたというのだから驚きだ。

そんな彼に感謝をすると同時に……心配になる。

いくらなんでも無茶しすぎだ。

そんな彼に息抜きをして欲しくて今日は彼を呼び出した。……もっとも、ツバサに遭遇したことで彼にさらにストレスを与えてしまったかもしれないけども。

 

「矢澤……」

 

「アンタが私達の事を信じてくれて、そのために色々してくれるのは嬉しい。でもやっぱ、心配になるのよ。無理しすぎてるんじゃないかって……だから、少しでいいから私達のことも頼りなさいよね。

私達“全員で”、μ'sなんだから」

 

私がそう言って笑いかけると朝日も笑顔になった。

……良かった、気分転換出来ているみたい。

 

 

 

そして私は踏み込む

 

彼のその心の中へ

 

 

 

「だからこれからもよろしく頼んだわよ。

 

 

 

───────“優真”」

 

 

 

「っ…………!」

 

 

勇気を出して呼び方を変えてみる。

少しでも彼に近づけるように。彼を支えられるように。そのための一歩を踏み出した。しかし……

 

 

 

 

「───おう、ありがとな……“矢澤”」

 

 

 

 

「そこはフツー名前で呼ぶとこじゃないの!?」

 

「う、うるせぇ!どう呼ぶかは俺の勝手だろ……」

 

……薄々わかっていた。だってあの絵里が“優真”と呼び出しても、コイツは絵里を“絢瀬”と呼び続けていたから。もしかしたら彼には“名前を呼びたくない何か”があるのかもしれない。

……わかっていたはずなのに。

 

苗字で呼ばれたことに傷ついた自分も確かにいて。

 

「……まぁいいわ。それじゃ私帰るわね。

今日は連れ回して悪かったわ。

 

─────ありがと、“朝日”」

 

そんな自分を誤魔化すように、私は彼の前から立ち去る。

彼は私に声をかけない。それにも少々傷つきながら、私は公園を出ようとした。

 

 

 

その時

 

 

 

 

 

「────────“にこ”」

 

 

 

 

 

幻聴かと思った。

そのとき風が吹いて木々がざわめいたから。

 

それでも私は少しの期待とともに後ろを振り向くと

 

 

そこにはベンチから立ち上がり、私を追いかけてくれた朝日の姿があった

 

 

そして彼は私の頭の上に優しく手を乗せる

 

 

 

「─────ありがとね、“にこ”。

 

……俺の心配してくれて」

 

 

 

確かに彼は今、私の名前を呼んだ。

それだけでドキドキと高鳴り出す胸。

しかもまたあの“ギャップ”。

……卑怯だ、こんなの。

 

 

「う、うるさいわね……ついでよ、ついで。

あくまでμ'sの心配のついでなんだから勘違いしないでよねっ」

 

「わかってるよ。それでも嬉しかった。

……心配かけてごめんな。俺は大丈夫だから。

 

でももし俺に何かあったとしたら

 

君が俺を助けてくれ。……頼まれてくれる?」

 

「……当たり前じゃない。

 

助けてあげるわよ、何回だって

 

……それが“私達”でしょ?」

 

「違いないっ」

 

互いに微笑み合う。

それは先程までとは少し違った距離感な気がした。

 

そして彼は、私の目を見て告げる

 

 

 

 

「────ずっと笑ってろよ、にこ

 

君のその笑顔が、俺たちの支えだから」

 

 

 

 

 

……そんなこと言われたら、駄目

 

私はこいつを支えられればそれでいいのに

 

 

─────“それ以上”を望んでしまいたくなる

 

 

─────“勝てない”のは、わかってるのに

 

 

だから私は望まない

 

今のままでいい

 

 

 

 

「…当たり前でしょ?“優真”。

 

何度でも笑ってみせるわよ」

 

 

 

 

───────アンタのために、ね。

 

 

 

 

最後の言葉は心に留めたまま、きっと伝えることはない。

 

 

 

それでいい。ここが私の場所なんだから。

 

 

 

 

そして私達は2人で公園を後にした。

 

さっき頭に乗せられた手。

それで私はあの時を思い出す。

 

彼が初めて、私を支えてくれたあの日を。

あの手の温もりに、何度支えられただろう。

 

 

きっとたくさん迷惑かけるけど

 

 

それ以上にアンタを支えてみせるから

 

 

 

「─────よろしくね、優真」

 

「ん、なんか言った?」

 

「何もないわよバーカ」

 

「そのすぐバカって言うのやめろよ」

 

「あーほ」

 

「変わってないんだけど」

 

「ふふっ♪」

 

「ったく……」

 

 

少しだけ変わった距離感。

それを噛み締めながら私たちは帰り道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、にこ個人回でした。
今日の出来事は今後のμ'sに大きな影響を及ぼしていきます。
そして優真自身にも。
にこはこれからもスポットライトが当たる機会が多いです!
どうぞ彼女の動きにご期待ください!

新たに評価していただいた、

アリステスアテスさん、ケチャップの伝道師さん、大阪の栗さん、kiellyさん、ネオコーポラティズムさん、山風さん、ありがとうございました!
高評価低評価共々糧にしてこれからも頑張りたいと思います!

それと少々お知らせを。
実は私、TokyoのDioさんの作品「ラブライブ!—Story to make together—」の主人公の絵を描かせていただきました!
とても面白い作品なので是非ご一読を!
挿絵はあんまりじっくり見ないでください!恥ずかしいので!笑

それでは今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。