ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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Venus of Red 〜情熱の行き場

 

 

 

 いつからだろう、音楽を愛し始めたのは。

 

 

 私…西木野真姫は放課後の音楽室で物思いに耽っていた。

 

 

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 私は西木野総合病院医院長の一人娘として生まれ、何一つ不自由のない、文字通りお姫様のような生活を送ってきた。

 

 幼い頃から私は英才教育を受けていた。

 英才教育といっても、そんなに厳しいものではなく、私もそれを嫌々受けていたという記憶もない。

 一日中勉強、なんて事もなかった。

 

 そんな私が、幼い頃から惹かれたもの───

 

 ────それが、アイドル。そしてピアノ。

 すなわち音楽だった。

 

 アイドルの曲とピアノの曲。

 両者は本質的に違うものだが、私はそのどちらも好きだった。

 

 アイドルの曲を聴いていると例えその日どんな嫌な事があっても元気になれたし、ピアノを弾くことで、そこは私だけの心地よい世界へと変貌を遂げる。

 

 音楽は、私にとって元気をくれるものだった。

 いつか私も、音楽で人々に元気を与えたい。

 

 そんな夢を幼いながらにも抱いていた。

 

 

 

 では、いつからだろう。音楽を諦め始めたのは。

 

 

「私、大きくなったら有名なピアニストか、アイドルになりたい!」

 

 

 両親にそう話せなくなったのは、いつからだろう。

 歳を重ねるにつれ、私は気づいていった。

 

 私の足下には、レールが敷かれている。

 それは抗いようもない、厳重に敷かれたものだ。

 生まれた時から決まっていたのだ、私の人生は。

 

 

 そう思った途端─────全てが冷めた。

 

 

 中2の頃から、勉強を本気で始めた。

 元から才能はあったようで、少し本気を出すと簡単に成績が伸びた。

 このまま順調に勉強を続ければ、親が望む医学部にも行けるはずだった。

 

 

 

 ──────ああ、これが私の人生なんだ。

 

 

 

 親から与えられた道を、ひたすら歩く。

 面白くもなんともない、つまらない人生だ。

 

 でも、両親に対する感謝の気持ちはあったし、何より医者が嫌いなわけではなかった。

 幼い頃見た、病院で働く両親の後ろ姿。

 あの姿を見て、憧れを抱いた自分も確かにいた。

 自分も、両親と一緒に医療の現場に立てたら。

 

 …少しずつ、医者になる事を嫌とは思わなくなっていった。

 

 

 でもどれだけ諦めても

 

 

 医者になる道を受け入れようとしても

 

 

 

 ─────音楽は…音楽だけは捨てられなかった。

 

 

 

 アイドルはやっぱり私に元気をくれたし、ピアノに触っている時間だけは私はすべてを忘れて幸せな気持ちになれた。

 

 ─────私もいつか、あのステージに立てたら。

 

 そう思った事が、何回あっただろう。

 その度に、自分の足元のレールを見て愕然とする。

 それの繰り返しだ。

 

 

 そんな葛藤を心の中に抱えたまま、高校生になった。

 

 放課後になると、誘われるように音楽室に足を運んだ。

 

 

 ─────歌った。すべてをさらけ出すように。

 ─────弾いた。すべてを忘れさるように。

 

 

 幸せだった。ただそれだけでよかったのに。

 

 

 

「───────アイドル、やってみない?」

 

 

 同じ言葉を投げかけてきた2人の先輩の顔を思い出す。

 心が揺らがなかったと言えば嘘になる。

 寧ろ、飛びつきたいくらいだった。

 

 でも、心の中には、そんなことをしている暇はないという自分もいて。

 その通りだ。そんなことをしていたら医者になんてなれない。

 

 

 

 じゃあアイドルを諦めてまで医者になりたいのか?

 ──────答えは出ない。

 

 じゃあ医者になるレールを投げ出して、アイドルへと手を伸ばしたい?

 ──────答えは出ない。

 

 

 

 そんなどっちつかずの自分を見透かされ、先輩に投げかけれた言葉が頭から離れない。

 

 

『─────君が本当に“やりたいこと”は、何?』

 

 

 

 その時、答えが出せなかった。

 それほどまでに自分は中途半端な考え方をしていたのか。

 

 ─────自分が心からやりたいことは。

 

 昨日一日中自分に問い続けた。

 答えは、まだ出ない。

 

『“意思”のない行動に、結果はついてこない』

 

 先輩がくれた言葉は、他の誰に聞くよりもひどく重く感じた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「まーきちゃん」

 

 突然呼びかけられた声で私の思考は現実へと戻る。

 

「……穂乃果先輩、海未先輩…」

「やっぱりここにいたんだね!…うん、やっぱり真姫ちゃんには、ピアノがよく似合ってるよ!」

 

 穂乃果先輩の悪気ない言葉に、私の心にチクリとトゲが刺さる。

 昨日もこれで、小泉さんを傷つけてしまった。

 そう、相手に悪気なんてないのだ。

 悪気がないが故、批判しようもない。

 

「……先輩に何がわかるんですか」

 

 だから、返しに自然と毒が含まれてしまう。

 ここが自分の可愛くないところだ。

 どこまでも素直になれない、そんな自分に嫌気がする。

 

 

 

「─────わかるよ!

真姫ちゃん、音楽のこと大好きでしょ?

だから、私達と一緒にやろうよ!アイドル!」

 

 

 

 この言葉は…悪気がないと言っても、許せなかった

 

 

 人の気持ちを知ったふりして、何をぬけぬけと

 

「─────わかってない!

何もわかってないわよ!!

私がどんな気持ちで音楽に向き合ってるか!!

あなたは何にもわかってない!!

 

好きっていう思いだけで続けられるなら私だってそうしたい…!!

でも、それが出来ないから!!私は……私は…」

 

 

「…西木野さん…」

 

 

 

「──────なんで続けられないの?」

 

 

 

 悲しそうな顔をしている海未先輩と対照的に、穂乃果先輩が私に問いかける。

 

 

「……私は、医者にならなくちゃいけないんです…!もう、音楽はしないんです…!」

 

 

 

「───────どっちもやればいいじゃん!」

 

 

 

「────え………?」

 

「お医者さんになって、音楽も続ける!

 

─────それじゃダメなの?」

 

 

 穂乃果先輩は、あくまで笑顔だ。

 本気で、そう言っている。

 

 

「真姫ちゃんは、お医者さんになりたいの?アイドルになりたいの?」

「それは……」

 

 此の期に及んで、私はまだ決められなかった。

 

 

 

 医者になりたい?──────違う。

 

 アイドルを始めたい?──────違う。

 

 

 

 ────“アイドル”にも“医者”にもなりたい……!

 

 

 

「────────やりたいわよ……」

 

 

 

 それを口にすると、あとは一瞬だった。

 

 

 

「やりたいわよ!アイドル!!

私だって、あのステージに立ちたい!!

ずっとそれが夢だった!!

─────でも!やっぱり医者にもなりたいの!

朝日先輩にはああ言われたけど、この気持ちは後付けなんかじゃない!!

どちらか一方を選べなんて……そんなの出来っこない!!」

 

 

 

「───────だったら、2つとも選んじゃえばいいんだよ!」

 

 

 

「そんなこと…!出来るわけない!!」

「出来るよ!!」

「っ!?」

「真姫ちゃんなら、出来るよ!だってこんなに歌もピアノも上手で、勉強もできるんだから!絶対にできる!」

「っ…!…そんなの……理由になってない!」

 

 

 

「──────不思議でしょう?」

 

 

 

 半泣きで半ば意地になって叫んでいた私と穂乃果先輩を遮り、海未先輩が私に話しかける。

 その声は決して大きくはなかったがよく通る声で、不思議と私を落ち着かせた。

 

「海未先輩……」

「穂乃果に励まされると、不思議とできる気がするんです。

 

今までも、勇気がなくてあと一歩が踏み出せない私に勇気をくれたのは、いつも穂乃果だったんです。

 

…今西木野さんは、自分の口で初めて言ってくれましたね。

──────『アイドルがやりたい』と」

 

「…!」

「その気持ちがあるなら。あとは踏み出すだけですよ?

 

一見不可能な思いつきを可能にするのは、“やりたい”という気持ち。

 

穂乃果がそれを、私たちに教えてくれたんです」

 

 

 

 

『“意思”のない行動に結果はついてこない』

 

 

 やりたいって気持ちがあれば

 

 

 私もやれるのかな?

 

 

 

 

「……できると、思いますか…?

 

 

勉強と音楽の両立……

 

 

私に、出来ますか……?」

 

 

 

 怖い

 

 あと一歩が踏み出せない

 

 そんな背中を押してくれた

 

 2つの優しい手

 

 

 

 

「────大丈夫ですよ」

 

 

「私たちが、ずっとついてる!」

 

 

 

 

 

 少しだけ

 

 我が儘になってみてもいいかしら

 

 

 

 

「──────やります。

 

 

私をμ'sのメンバーに、入れてください…!」

 

 

 

 

 やってみせる

 

 音楽も、勉強も、どっちも全力で

 

 それが私の“やりたいこと”だから!

 

 

 

 

「やったー!まきちゃーん!!」

 

 穂乃果先輩が私に飛びついてくる。

 

「うわっ!ちょ、ちょっと先輩っ!」

「ありがとう!ほんっとーにうれしいよ!」

「も、もう……!」

「──────西木野さん、これを」

 

 海未先輩が私に差し出したのは、一枚の紙。

 

「これは……?」

「優真先輩が、『西木野さんが覚悟を決めたらこれを渡してくれ』と」

 

 

 私はその紙の中身へと目を通した。

 

 

『西木野さんへ

 

まずはμ'sに参加してくれて本当にありがとう。

君の作った歌がまた聞けると思うと嬉しいよ。

そして昨日は本当にごめんなさい。

西木野さんの気持ちを確かめるためにあんなことをしてしまって、本当に申し訳なく思う。

 

 

君の夢は、後付けなんかじゃない

立派な夢だ。

その夢を聞いて、俺はあの時凄いとさえ思った。

でも、俺はわざと君を傷つけた

君が傷つくと知っていながら。

謝っても許してもらえないかもしれない

それも仕方ないと思ってる

 

でも、これだけは言わせて欲しい。

 

君は一人じゃないんだよ?

これからは俺ももちろん、穂乃果や海未、μ'sのみんなが、君の味方だ。

君が素直になれなくったって

それで離れていく人なんてμ'sにはいない。

 

だから、もっと人を頼って欲しい。

俺が無理なら、穂乃果達でもいい。

 

1人でいようと、しないでくれ

 

君の夢は、俺たち全員の夢だ。

 

だから、』

 

 

 

「うぅ……っ……どう……して………」

 

 そこまで読むのが限界だった。

 涙で霞んで、文字が読めない。

 

 

 あんなにひどい言葉を放って

 

 

 あんなにひどい態度をとって

 

 

 あんなにあなた達を傷つけた私に

 

 

 

 ────どうしてみんなこんなに優しいの。

 

 

 

「─────大丈夫だよ、真姫ちゃん。

 

 

 

─────“もうひとりじゃないよ”」

 

 

 

 

「うぅ…………っ……」

 

 

 私は穂乃果先輩に抱きしめられながら泣いた。

 久しぶりに感じる、人の温もり。

 

 “もうひとりじゃないよ”。

 

 穂乃果先輩から放たれた言葉は、私の心ごと温もりで包んでくれた。

 誰かに支えてもらうことが、こんなに嬉しくて、心地いいなんで知らなかった。

 私はその温もりを感じながら、ただただ泣いた。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「もう!なんでそんなに機嫌悪いの真姫ちゃん!」

「うるさいです!話しかけないでください!」

 

 ……思い返すと恥ずかしい。

 あんなに泣いてるところを人に見られたのは初めてなわけで…

 

 

「穂乃果先輩のせいです!」

「えぇー!?私!?私が悪いの!?」

「穂乃果……声が大きいですっ」

「……ふふっ」

「あ!見ちゃったよ!真姫ちゃん今笑ったー!可愛いーっ!」

「なっ…!う、うるさいです!ほら行きますよ!」

「あぁ、まってぇ〜!」

 

 

 

 ──────こんな何でもない会話さえ楽しくて。

 

 

 

 

「─────ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 誰にも聞こえない声で、私はそう囁いた。

 

 

 




一年生一人目、μ's加入です!
この小説で真姫にはあまり出番をあげられてなかったので、作者自身も安心しています!
さて、残り2人の話もよろしくお願いします!

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