モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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波乱渦巻く文化祭⑦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいま戻りましたー! ……って、あれ?」

 

 雹真さんが冬花さんに連れ去られてから数分後――ひとまず先の事を忘れて、頼んだショートケーキを黙々と食べ進めていると、何時ぞやと同じ大声を響かせながら、着替えに出ていた花咲が教室へ戻ってきた。

 先ほどまでの制服から上だけジャージ姿になった彼女は教室に入ると、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回しながら、こちらへと近付いてきた。

 

「世名先輩、朝倉会長のお兄さんはどうしたんですか?」

「……色々あって連れ去られた」

「連れ……? よく分かんないけど、帰っちゃったんですか?」

 

 花咲は人差し指を唇に当てながら、可愛らしくチョコンと首を傾げる。それに無言で頷くと、彼女は「そうですか……」と、残念そうに呟きながら肩をすくめる。

 

「もうちょっとお話したかったんですけどねぇ……残念です」

「……さっきは何話してたんだ?」

「大体は朝倉会長の事ですね。会長の意外な一面を聞けて、なんか楽しかったです! いやー、本当に意外でしたよー」

 

 と、花咲は腕を組んでしみじみとした表情を浮かべながら、コクコクと小さく頷く。

 

「なんだその反応……ま、先輩の事知ったからって、あんまり余計な事口にしない事だな。多分いい事無いぞ」

「そ、そんな命知らずな事しませんよ。この事はしっかり胸の内に潜めて、ニヤニヤしますから!」

 

 ニヤニヤって……雹真さん何話したんだよ。虫嫌いのエピソード辺りか?

 雹真さんが朝倉先輩のどんな秘密を話したのかなんとなく予想していると、花咲が突然何かを思い出したようにポンッと手を鳴らす。

 

「そうだ! 会長といえば……世名先輩はこの後朝倉会長のクラスの劇見に行くんですか?」

「ん? まあ、一応その予定だけど」

「私もこれから休憩なんで見に行く予定なんです! 知り合いの女子がとっても満足出来たって言ってたから、楽しみなんですよねー!」

「ふーん……って、お前ろくに仕事してないのに休憩すんのか?」

「んぐっ……! 世名先輩が来るまではしっかり仕事してましたよ! 生徒会の仕事もバッチリこなしてますし!」

 

 ドンッ! と胸を叩き、花咲はドヤ顔を浮かべ――ようとしたのだろうが、叩く力が強過ぎたようで、表情を崩し激しく咳き込む。

 

「何やってんだ……ところで、生徒会の仕事って?」

「ゲホッ! ゲホッ……! が、学園内の巡回とかですよ。文化祭となると、トラブルもありますからね……私達がしっかりと見回ってるんですよ。ぶっちゃけここまで休憩無かったようなもんですよ!」

「ふーん……」

 

 という事は、朝倉先輩とかも見回りしてんのか。大変なんだな、生徒会って。……花咲の場合はこいつ自身がトラブルを巻き起こしそうだが。

 

「まあそれはさて置き……そろそろ体育館へ向かった方がいいと思いますよ? かなり人気だから、席が埋まっちゃうかもしれませんし!」

「そうなのか? だったら、早めに行っとくかな……」

 

 開演時間はまだもうちょっと先だが、それなら早めに行って席を確保しといた方がいいかもしれんな。

 花咲の助言を有り難く受け取り、残りのケーキを平らげて体育館へ向かおうと席を立つ。

 

「さ、早く行きましょうか! 取るなら最前列です!」

「別にどこでもいいだろ……じゃ行くか」

「――って、ちょっと待って下さいよ!」

 

 花咲と共に教室を出ようとしたその瞬間、バタバタという慌ただしい足音と共に、喧嘩腰な声が聞こえてくる。それに立ち止まって後ろを向くと、物凄い剣幕の出雲ちゃんがこちらへ駆け寄り超至近距離で花咲を睨み付ける。

 

「何ナチュラルに先輩と二人で行動しようとしてるんですか!」

「ち、近いです大宮さん! だ、だって目的地同じだし……」

「だからって二人揃って行く必要無いじゃないですか! あなたみたいな部外者が先輩とデートだなんて、許しませんから!」

「デートって……別にそんなんじゃ無いですよ! ね?」

 

 チラリと、花咲が助けを求めるようにこちらへ目を向ける。

 

「と、とりあえず落ち着きなよ出雲ちゃん。花咲と言う通り、別に目的地が一緒なだけだから。デートとかじゃないよ」

「……それは分かってますよ。でも、二人なんだか仲良さげだし、なんか心配っていうか……」

 

 そう言うと、出雲ちゃんは少しションボリと表情を暗くする。

 心配か……まあ、確かに花咲とはなんとなく気さくな感じで話してるし、嫉妬とかもしちゃうのかもな。

 

「心配しなくていいよ。花咲と気さくに話してるといっても、そんな気は全然無いから」

「世名先輩、そこまでズバッと興味無い宣言されると、流石に乙女心が傷付きます……興味持たれても困りますけど」

「興味持たれても困る宣言されて俺もちょっと傷付いてるからイーブンだ。ともかく、そういう事だから。な?」

「……分かりました。……あなた、先輩に手ぇ出したらタダじゃ済まないからね……?」

「だ、大丈夫ですよ! 間違ってもそんな気は起こしませんから! というか、そんな事したら会長に何されるか分かったもんじゃないですし……」

 

 そう小さく呟くと、花咲の顔が一気に青ざめる。恐らく朝倉先輩に恐ろしいお仕置きをされる事でも想像したのだろう。

 

「……じゃあ、俺は行くよ。出雲ちゃん、お店頑張ってね」

「はい……先輩! 私、今日のミスコンで絶対に優勝して、明日は目一杯先輩に付き合ってもらいますから! 覚悟してて下さいね!」

「……ああ、分かってるよ。それじゃあ」

 

 彼女のミスコンに対する決意をしっかりと受け止めてから、俺は花咲と共に1年B組の教室を後にして、体育館を目指した。

 

 

「しっかし、世名先輩はモテモテですねー」

 

 その移動中、不意に花咲がそんな事を呟きだした。

 

「どうした急に」

「いや、なんだか羨ましいなーって思っただけです。私も大宮さんみたいに劇的な恋をしてみたいです!」

「花咲、結構モテるんじゃないのか? スタイルいいし、顔だって整ってんだから」

「……先輩ってさらっとそういう事言いますよね……モテてもあんまり意味無いですよ。もっと、素敵な王子様と出会いたいんですよ私は!」

「素敵な王子様ね……例えばどんな奴?」

 

 そう問い掛けると、花咲はピタリと立ち止まり、天井を見上げながらこめかみ辺りを指でグリグリといじくる。

 

「……どんな人でしょう?」

「知らんがな」

「まー、多分目の前に現れたらビビッ! ときますよ!」

「適当な……まあ、見つかるといいな」

「はい! ……とりあえず、世名先輩は除外ですね。手を出したら死にますし」

 

 いちいち口に出すな……あとその言い方止めろよ。なんか俺が悪いみたいじゃん。

 

「――おい、廊下の真ん中で立ち止まっているな」

 

 そんな会話を交わしていると突然、背後からキツイ口調の声が俺達の元に届く。それに後ろを向くと、そこには腰に手を当てて鋭い目付きでこちらを睨む、夕上の姿があった。

 

「ゆ、夕上先輩……!?」

「全く……通行人の邪魔になるだろう。生徒会役員として、それぐらい頭に入れておけ」

「す、すみません! 以後気を付けます!」

 

 夕上に説教されると花咲はビシッと背筋を伸ばし、敬礼をする。

 

「まあいい……ところで、珍しい組み合わせだが、一体何をしてるんだ?」

「えっと、会長の劇を見に行こうと……世名先輩とは偶然というか……」

「会長の……お前達もか」

「お前達も……って事は、夕上もか?」

「ああ。巡回も一段落したし、顔を出すつもりだ。それに、後のミスコンの事もあるしな」

「ミスコンがどうかしたんですか?」

 

 花咲の問い掛けに夕上は何故か一瞬俺の方へ目を向け、すぐに逸らして口を開く。

 

「ミスコンなどという大会になれば、騒ぎを起こす馬鹿が居るかもしれんしな。一応監視のようなものだ。それに……あの馬鹿が会長の参加するミスコンで不埒な事をしないか心配だしな……」

「あの馬鹿……ああ、孝司か。多分、そこら辺は大丈夫だと思うぞ」

「……だといいがな。さて、開演まで時間も無いし、さっさと行くぞ」

 

 そう言うと夕上は体育館の方へ先行して歩き出す。それに慌てて俺と花咲も続く。

 

 

「……ところで、お前は何故上がジャージなんだ?」

「制服汚しちゃいました!」

「……はぁ」

「なんですかその溜め息!?」

「いや、お前は変わらないなと呆れているだけだ」

「うぅ……スカート汚さなかっただけ私としてはかなりマシなんですよ! 二日前に家で牛乳こぼした時はブラからパンツまでびしょびしょになったんですから!」

「……はぁ」

「またですか!? 世名先輩もなんか言って下さいよ!」

「…………はぁ」

「新手のイジメですかこれ!?」

 

 

 そんなどうでもいいくだらない会話を交えながら歩く事、数分――目的の体育館へと辿り着き、俺達は早速中へと足を踏み入れた。

 体育館の中にはパイプ椅子が大量に並べられていて、それを埋め尽くすほど多くの観客が体育館に集まっていた。

 

「うわっ、本当にいっぱいですね……!」

「凄いな……これほぼ満席じゃないか?」

「仕方無いな……立って見るしかなさそうだな」

「ですね……一番後ろに行きましょうか!」

 

 花咲の提案に俺と夕上は即座に頷き、薄暗い体育館を壁沿いに進み、ステージから一番離れた壁際に立ち、壁に背中を預けて幕が下りたステージを見つめて開演の時間を待つ。

 

「しかし、凄い人の数だな……どんな劇なんだ?」

「確か……オリジナルの恋愛系の劇……らしいですよ。詳しい事は知りませんけど」

「恋愛系ね……」

 

 となると、ヒロインは朝倉先輩なのかな? ……なんか複雑な感じだな。

 よく分からない気分を味わい、なんとなくモヤモヤしていると――

 

「あら? 友希君、来てくれたのね」

 

 不意に隣から聞き慣れた声が聞こえ、慌てて首を動かす。すると、暗がりでも分かる美麗な笑顔を浮かべる、朝倉先輩の顔が俺の視界に映り込んだ。

 

「うわっ!? 朝倉先輩、どうしてここに……!?」

「か、会長……!?」

「い、居たんですか……!?」

「あら、羽奈に真昼も来ていたの。嬉しいわ、わざわざ来てくれて」

 

 二人にも軽く笑顔を見せると、朝倉先輩は俺の隣に立ち、腕を組んで壁にもたれ掛かる。

 

「先輩、これから劇じゃ? ここに居て平気ですか?」

「ああ、それなら問題は無いわ。だって、私はこの劇の脚本担当だから」

「きゃ、脚本!?」

「そうだったんですか……」

「知らなかったです……てっきり、会長が主演だからこんな人気が出てるのかと……」

「違うわよ。よく見てみなさい、観客の殆どが女性でしょう」

 

 その言葉に、俺はザッと観客の男女比を確かめてみる。

 確かに……八割近くが女子だな。一体どうしてだろう?

 

「……もしかして、殆どが夜雲先輩目当てですか?」

「あ、夜雲先輩も会長と同じクラスでしたっけ! だからですか……」

 

 夜雲……確か、生徒会会計のあのイケメンか。あの人も女子人気凄かったし、この集客力も納得だ。

 

「でも、朝倉会長も劇に出たら男性客も増えてたんじゃないですか? そうしたらもっと話題になってたかも!」

「おい花咲、いきなり何を言ってるんだ」

「まあ、それはクラスの人達からも言われたけど……劇の内容が内容だからパスしたのよ」

「それって……?」

「そんなの、決まってるじゃない」

 

 と、クスリと小さな笑みを見せると、朝倉先輩は突然俺に近寄り、全身を使い俺の右腕を抱き締める。

 

「ちょっ……!?」

「私の王子様は友希君だけだもの。例え演技でも、他の男と恋愛するなんて御免よ」

「はぁ……なんというか、流石ですね、会長」

「……会長、その心構えは結構ですが、公共の場そのように行動は控えて頂きたい」

「いいじゃない、暗がりだからバレないわよ」

「そういう問題ではありません! 生徒会長として、節度を弁えて下さいと言ってるんです!」

「これぐらい普通なんだけれど……ま、いいわ。明日のデートで思う存分出来るだろうし」

 

 パッと俺から離れ、朝倉先輩は澄ました表情で再び壁にもたれ掛かる。

 いきなり抱き付かれ衝撃と、暗がりという状況下の相乗効果か、バクバクと動く心臓の鼓動を抑え、落ち着きを取り戻してから、俺も壁に寄り掛かる。

 先輩は相変わらずいきなりするから、心臓に悪い……夕上が居て助かったな。

 

『間もなく、3年A組による演劇が始まります――』

 

 すると、突然体育館のスピーカーから女性の声が流れる。どうやら、そろそろ開演のようだ。

 

「そういえば、恋愛系の劇って聞いてますけど、会長がそんな脚本を書くなんて意外ですね。どんなのですか? やっぱり、お姫様と王子様的なのですか?」

「そうね……ま、見てのお楽しみよ。私にとっては、最高の作品に仕上がってると思うわ」

 

 自信満々だな……先輩色んな才能あるし、やっぱり演劇の脚本なんかもチャチャッと書けちゃうもんなのかな? まあ、とりあえず楽しみますか。

 朝倉先輩脚本の演劇がどれほどのものかと期待に胸を膨らませながら、開演の時を待つ。

 そしてステージを覆い隠していた幕が開き、体育館がさらに暗くなる。とうとう開演の時が来た。

 

『――これは、現代のとある街に住む、とある一人の高校生の少年の物語』

 

 スピーカーからナレーションと思われる声が流れる。同時にステージがライトに照らされる。そして、ステージ上にはウチの制服を着た夜雲先輩の姿が。次の瞬間、会場の女性から一斉に「キャアアアアアア!」という黄色い声援が湧き上がる。

 

「さ、流石夜雲先輩ですね……」

「圧巻だな……騒ぎが起きなければいいが」

 

 その様子に花咲と夕上も圧倒されたようで、苦笑する。

 本当、イケメンって凄いな……にしても、劇の舞台は現代なのか。どんな話になるのやら。

 

『彼は至って普通の高校生活を過ごしてきた、いわゆる平凡な高校生。しかし、高校二年の春、そんな彼に転機が訪れるのでした』

 

  そのナレーションの直後、ステージ上に一人の女性が姿を現す。そんな彼女の元へ夜雲先輩が近寄り、マイクを通した彼女の声がスピーカーから流れる。

 

『よかった……来てくれたんですね……』

『どうしたんだい? こんなところに呼び出したりして』

『いきなりごめんなさい……あの! これを……受け取ってほしいんです!』

『こ、これは……? もしかして……ラブレターかい?』

『返事は……後でいいです! それじゃあ!』

 

 夜雲先輩に何かを手渡した女性はそのまま舞台袖まで走り、姿を消す。

 ……なんだろう、この感じ。……いやいや、こんなの有りがちな話だよね、うん。これから面白い展開があるんだよきっと。

 一抹の不安というか、複雑な気持ちを覚えながら、俺は黙って演劇のストーリーを見守った。

 

 

『――今まで会話もした事が無い、学園の高嶺の花といえる女性に突然告白された彼は、酷く混乱しました。しかし、そんな彼に、更なる追い討ちが襲い掛かるのでした。告白から休日を挟んだ、翌週。彼の下駄箱に、謎の三通の手紙が置かれていたのです』

 

 ……ま、まあまあ……これからこれから。ここから予想外な展開が待ってるんだよ。

 

『その手紙を不審に思った彼ですが、彼は臆する事無く、手紙が指定する場所へ赴きました。するとそこには、先日自分に告白した彼女の友人が居たのです』

 

 そのナレーションの直後、再び舞台が証明に照らされる。教室の背景が書かれた張りぼてを前に夜雲先輩と、新たな女性が立っていた。

 

『き、君は彼女の……な、何の用かな?』

『大した用事では。貴様に、少々話があるのだ』

『話? 一体何かな?』

『簡単な事だ……私と、付き合ってほしい!」

『え……な、なんだって……!?』

 

 ……まあ、ある……よね、うん。あるある。こういうのもベタな展開だよね。さて、これからどうなるのかな?

 

 

 

『――先日自分に告白した彼女の友人に告白されるという、異様な事に、彼はその場で深く頭を悩ませました。一体どういう事なんだ? 一体何が起こっているのだと?』

 

『クソッ……なんでこんな事になったんだ……?』

『あー! こんなところに居たんですねー!』

 

 その叫び声の直後、再び別の女性が袖からステージ上に現れ、夜雲先輩の前に立つ。

 

『き、君は妹の友達の……何か用かい?』

『何言ってるんですか! さっき下駄箱にラブレターを出したじゃ無いですか!』

『えっ……それじゃあ、あの手紙の一つは……という事はまさか……!?』

『私、先輩の事が好きなんです! 私と、付き合って下さい!』

『そ、そんな……馬鹿な……!?』

 

 うん、もう迷う事は無いね。もっの凄い身に覚えがあるストーリーだこれ。

 完全に確信を得た俺は、それを思い切って朝倉先輩にぶつける事にした。

 

「あの……先輩、これって……」

「ええ。悪いけど、私達の事を演劇に使わせてもらったわ。安心して、丸々そのままじゃ無いから」

「やっぱり……別に俺はいいんですけど、なんでこれ劇にしようって思ったんですか?」

「勢いかしら? 他にいいストーリーが思い付かなかったし」

「勢いって……よくクラスのみんなやるって思いましたね……」

「女性陣はみんな夜雲君と疑似恋愛が出来ると喜んでくれたわ」

 

 イケメンパワー本当スッゴイな……もう何も言えんわ。まあ、やっちゃってるんだからもう仕方無い。これが俺達の事だって分かるのは、せいぜいウチの生徒だけだし、構わないか。

 色々と諦め、俺は黙って演劇――俺の実体験を元とした恋愛物語を見守る事にした。……どんな気持ちで見ればいいんだか。

 そして、シーンはいつの間にか変わり、ステージ上にはまたまた夜雲先輩と別の女性。恐らく、朝倉先輩役の人だろう。

 

『――先輩……この手紙、先輩が?』

『ええそうよ。ごめんなさいね、いきなり呼び出してしまって。呼び出した理由は……』

『告白……ですか?』

『……! どうして分かったのかしら?』

『いや、実は今さっき、同じ事が二回ほどあったので……』

『そうなの……私と同じ事を考える人が居たのね……それで、あなたはそれになんて答えたのかしら?』

『……どうすればいいか分からなくて、返事を保留にしましたよ』

『そう……なら、私にも同じ答えを出すのかしら?』

『……いいえ、違いますよ。俺は……あなたの気持ちを受け止めます!』

 

 ……あれ? なんか俺の知ってる展開と違う。俺あんなカッコイイ事言ったっけ?

 

『それって……どういう事かしら?』

『俺は……先輩みたいな人には全く興味を持ってもらえて無いと思っていました……けれど、こうして先輩は俺に告白してくれた。だから! 俺はその気持ちを受け止めます! ……俺も、あなたが好きですから!』

『……! ああ……なんて事なの……! まさか……こんなに幸せ気持ちを体感出来るなんて……!』

『先輩……これから……よろしくお願いします……!』

『ええ、こちらこそ……!』

 

 夜雲先輩と女性がステージの中央で互いの手を合わせて、至近距離で見つめ合う。

 

『こうして、彼は最後に告白した女性と付き合う事となった。真に愛する者と結ばれた彼は、幸せの絶頂にあった。そしてここから、彼と彼女の物語が始まるのである――』

 

 そのナレーションと共に、ステージを照らした明かりがだんだんと消え、二人の姿を闇に隠した。

 

「……あのー、先輩これ……」

「ええ、私なりにアレンジを加えさせてもらったわ。ここからは彼と彼女のイチャイチャラブラブの恋人生活を描くストーリーよ」

「えぇ……それ、演劇的には……面白いんですか?」

「さあ? 正直八割ほど私の自己満足だから、面白いかどうかは微妙だけど、私としてはとても愉快よ。観客も夜雲君のカッコイイセリフを聞けてとても満足してくれているみたいだし、いいんじゃないかしら?」

 

 なんだその適当な感じ……そんな適当な劇でも演者、観客共に満足しちゃうんだから……イケメンパワーは偉大だな。

 

「でも……いいんですかこれ? その……天城達が知ったらどうするか……」

「これはあくまでフィクションよ。別に今の私達には何ら影響も無いんだから、構わないんじゃない?」

「はぁ……でも、なんか意外ですね。先輩がこんなストーリーを描くなんて……」

「あら? 私だって、妄想ぐらいするのよ?」

 

 そう言うと朝倉先輩は目を細め、どこか楽しげな口調で口を開く。

 

「もしも友希君と付き合えたらどうなるのか? 恋人になったらどんな事をするのか? 私を愛してくれた友希君は、一体どんな事を言ってくれるのか? ……そんな事をよく考えるわ」

「そ、そうなんですか……?」

「ええ。私だって、恋する女の子なのよ? 今回はその妄想を、脚本担当という立場を使って演劇で実現させてみた訳。まあ、所詮は劇だけどね。でも、こんな風なんだと……より鮮明にイメージが掴めたわ」

 

 朝倉先輩は嬉しそうに微笑み、こちらをジッと見つめる。薄暗い中でも際立つ水色の眼に吸い込まれるように、俺もそれを凝視してしまう。そして先輩は、そっと俺の手を握る。

 

「あれがいつか現実になるのを……夜雲君が演じているようなカッコイイ言葉で私の愛を受け止めてくれる事を……祈ってるわよ」

「……俺には、あんなにカッコイイセリフは言えませんよ……今もウジウジ迷って、みんなの気持ちに答えられていないんですから」

「別にカッコイイ言葉を求めている訳じゃないわ。私は答えを求めてる。友希君は、いつか答えを出してくれるのでしょう?」

「そ、それはもちろん……」

「ならいいわ」

 

 そう一言口にすると、先輩は手を離し、今度は腕を組んで、俺の肩に寄り掛かる。

 

「今はゆっくりと、ウジウジと考えて。それでちゃんとした答えが出るならば、私は満足よ」

「先輩……なんか、ありがとうございます。ちょっと、心が安らぎました」

「フフッ……まあ、望んだ答えが貰えたら私は大満足だから、それを祈ってるわね」

「そ、その……は、はい……」

 

 朝倉先輩のいつもの調子のからからう一言に、俺は言葉を詰まらせながら返事をした。

 まさかこんな真剣な感じになるとは……相変わらず先輩は予測出来ないというか、なんというか。

 

「ゴホンッ!」

 

 そんな時、不意に傍らで俺達の様子を見ていたであろう夕上がわざとらしい咳払いをする。

 

「……親交を深めるのは構いませんが、場を弁えて下さい会長」

「もう……羽奈は厳しいわね」

「で、でも折角夜雲先輩が頑張って演技してるんですから、しっかり見ておきましょうよ! なんか二回目のデートシーンに入ってますよ!」

「あら、もうそんなに進んでいるの? クライマックスのプロポーズまでもうすぐね」

「そこまで行くんですか……」

 

 劇のストーリー規模の大きさに驚きながらも、俺は朝倉先輩達と共に、夜雲先輩達の渾身の演技を見守り続けた。

 ストーリーはヒロインと主人公のデートシーン、彼女の過去が語られ、それを主人公がカッコよく受け入れたり、結婚の為の親への説得だったり、意外としっかりとストーリーが作られてた感はあった。まあ、正直半分は夜雲先輩のカッコよさで保ってたとこがあったが。

 

 そして、ラストシーン――主人公がヒロインにプロポーズをするシーンが終わったところで、舞台の幕は下りた。

 観客からは拍手が湧き上がり、中には夜雲先輩の演技にやられたのか、昇天したように幸せそうな顔をした観客がチラホラ見受けられた。

 

「いやー、意外とよかったですね! 私もあんな素敵な恋愛したいですよ、本当……!」

「私は正直楽しみ方が分かりませんでしたが……まあ、夜雲先輩の演技は確かに素晴らしかったですね」

「まあ、満足してくれてよかったわ。友希君はどうだったかしら?」

「いや、なんというか……どういう立場で見ればいいか分からなくて、素直に楽しめなかったです……かね」

「それもそうかもね。まあ、深く考えないで頂戴。あくまで、私の妄想だから」

「は、はい……」

 

 でも、あの劇が朝倉先輩の望む事かもしれないんだよな……プレッシャーというか、色々頑張らないとな……とりあえず、夜雲先輩にカッコイイセリフの言い方とか教わってみようかな……止めとこう、俺には似合わない。

 劇も終わり、満足げな雰囲気を醸し出しながら多くの客が席を立ち、体育館の外へ出始める。

 俺はこの後のミスコンを見る予定だし、この場に残ろうかと空いた席に座りに行こうとした寸前、体育館のスピーカーから声が流れ出す。

 

『この後、四時十五分頃よりこの体育館にて第三回、ミス・ランジョーコンテストを開催致します。その準備の為、体育館を数十分ほど閉鎖致します。お手数をお掛けしますが、館内にお残りのお客様は至急退場をお願い致します。繰り返します――』

 

 準備か……ま、そりゃ必要か。外で待ってるか。

 

「そろそろね……じゃあ、私はミスコンの準備があるから行くわね。友希君、私の勇姿を見届けて頂戴ね?」

「もちろんです。楽しみにしてますよ」

「私達も応援しますよ! 頑張って下さいね、会長!」

「会長、何かお手伝いする事などありますか?」

「そうね……気持ちだけ受け取っておくわ。手伝いならもう知り合いに頼んでいるの。あなた達は自由にしていて」

「そうですか……分かりました。会長のご活躍、私も見させてもらいます」

「ええ。それじゃあ、また後で会いましょう」

 

 朝倉先輩はそのままミスコンの準備へと向かい、俺達はそれを見送った後に、体育館の外へと出た。

 外へ出た後、夕上は体育館周辺の見回りをすると、花咲は腹ごしらえをしてくると言ってそれぞれ俺の元を離れた。

 一人になった俺は体育館近くで適当に時間を潰しながら、ミスコンが始まるその時を待った。

 

 

 

 

 

「――あ、居た居た!」

 

 外で待ち続けてから数分ぐらい経過した頃、こちらにとある二人組が近付いてくる。翼と裕吾だ。

 どうやらなんとか休憩取れたみたいだな……執事喫茶の方が忙しくて来れないと思ってたけど。

 

「お疲れ様。執事喫茶、なんかあったか?」

「別に。客足も大分減ってるから、俺達抜けてももう大丈夫だろ」

「そっか。ところで……孝司はどうした?」

「さあな。俺達より先に出てったぞ」

「孝司君がミスコンをプレゼンしたんだし、何かあるのかもしれないね」

「何かか……」

 

 結局ミスコンの方は情報が皆無だし、不安は残ってるんだよな……準備ってのがどんなのかもよく分からないし。多分、普通に全員で並んで投票――って、訳では無いんだろうな。変な事をあの馬鹿が考えてなきゃいいけど。

 

「まあ、後は大人しく見守るしかないだろ」

「孝司君だって、ミスコンを潰したくないだろうし、節度はちゃんと守るよきっと」

「……そうだな」

 

『――お待たせしましたー! 準備が終わりましたので、体育館を開放致しますー! ミスコンを観覧するお方は、係員の指示に従って体育館にお入り下さーい!』

 

 と、体育館の入り口でメガホンを持った男子生徒が大声を出す。それを聞き、周囲の人達がぞろぞろと体育館へ入っていく。

 凄い入ってくな……やっぱりそれだけ注目されてんだな、ミスコン。

 

「さて……俺達も行くか」

「ああ……」

 

 いよいよだな……なんかよく分からんが緊張してきた。彼女達がどんな大会を繰り広げるのか……しっかりと見届けないと――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 会長さん、意外と乙女なところもあるっちゃある。そしてイケメンパワーはやっぱり凄い。イケメンは正義。
 ちなみに、前回拉致られたイケメンさんはヤンデレ(?)メイド長とのお話が長引き、結局妹の劇には来れませんでした。

 次回はようやくミスコン回。文化祭一日目もクライマックスです。




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