モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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波乱渦巻く文化祭④

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天城と別れ、無事執事喫茶へ戻ってきた俺は、まずは店内の状況を知る為、入り口付近で教室を見回した。

 店は相変わらずの賑わいを見せていたが、午前中と比べると客足も減っていて、空席もチラホラある。みんな余裕を持って接客をしているようだ。

 とりあえず俺が戻ってくるのが遅れても、人手が足りないといった問題が無かった事に一安心する。

 

「あ、友希! やっと帰ってきたか!」

 

 と、ちょっと怒り気味な声が届いた直後、声の主である孝司がこちらへと歩み寄ってくる。

 

「たくっ、二時前に交代って言ったろ?」

「すまん、ちょっとトラブルがあって……」

「トラブル?」

「実は――」

 

 ひとまず、孝司に先ほどあった事――天城をナンパしようとしていた男と一悶着あった事を簡単に伝える。

 全て説明し終えると、孝司は「ふーん」と呟きながら腕を組む。

 

「そんな事があったのか……そりゃ大変だったな」

「まあな。とはいえ、遅れて悪いな。ビラはある程度配れたからさ」

「いや、トラブルがあったならしゃーねーよ。まあお疲れさん」

「ああ。ほい、これ余ったの」

 

 丸めてポケットに突っ込んでいた余ったビラを孝司に渡す。それを受け取った孝司は、そのまま次のビラ配り担当の者にそれを渡す。

 

「さて……俺も仕事に戻るか。客足減ってるみたいだけど、どうだ?」

「結構余裕は出来てきたぜ。……友希、お前が戻ってもやる事無さそうだし、早めに休憩に入ればどうだ?」

「いいのか?」

「ま、この調子なら大丈夫そうだしな。大宮や朝倉先輩のやってる出し物でも見に行けよ」

「……それもそうだな」

 

 こっちにも来てもらったんだし、こっちからも見に行くか。確か出雲ちゃん達が1年B組で、朝倉先輩のクラスは確か体育館で劇だったな……さっきの事もあったし、天城の様子も気になるから……メイド喫茶にも寄っておこう。

 脳内でちゃちゃっと予定を組み、教室の掛け時計に目をやる。現在の時刻は二時十五分ぐらい。ミスコンが三時半だから、自由時間は一時間ちょいか……ちょっとギリギリか?

 

「あ、そうだそうだ。ミスコンなんだけど、体育館でちょっとトラブルがあったみたいでさ。四時十五分に延期になったから」

「トラブル?」

「照明がどうたらこうたら……だったかな? まあ、大した事じゃねーから」

 

 そうなると……二時間近く余裕が出来るな。それなら、大丈夫かな。

 

「……そういや、聞きたい事があるんけど。ミスコンってどんな内容なんだ? 海子も詳しく知らないって言ってたけど……」

「ああ、それか。見てからのお楽しみって事にしといてくれ。その方が楽しいだろうしさ!」

「なんだそれ……変な内容とかにしてないよな?」

「大丈夫大丈夫! 安全で健全で最高な大会になってるから! 安心して待つがいい!」

 

 自信満々に右手の親指を突き立て、こちらに向けて突き出す。

 本当に大丈夫だろうな……まあ、もしも不健全な大会だったらみんなも棄権するだろうし、平気か。

 

「……じゃあ、先に休憩させてもらうぜ」

「おう! ミスコンの会場でまた会おう!」

 

 そう言って、孝司は再び仕事に戻った。

 孝司プレゼンのミスコンに一抹の不安を感じながら、とりあえず窮屈な燕尾服から制服に着替える為、教室を出て更衣室に向かい歩みを進めた。

 

 着替えを終え、燕尾服を片付けた後、俺はまず天城の様子を見にメイド喫茶へ向かった。

 メイド喫茶に到着して早速、入り口付近から店内を見回して天城を探す。が、彼女らしき姿は見当たらない。

 もしかしてB組の方に居るのだろうかと、一旦その場を離れて執事喫茶の方からB組の教室へ向かおうとした矢先――

 

「そこで何をしてるんだ?」

 

 不意に誰かに呼び止められ、足を止める。そのまま振り返ると、メイド喫茶の入り口からひょこっと顔を出し、こちらを不思議そうに見つめる海子の姿があった。

 

「何か用か?」

「いや、ちょっと天城の様子を見に来ただけだよ」

「優香の? ……ああ、なるほどな」

 

 と、海子は何か納得したような表情を浮かべ、教室を出て俺の目の前まで歩く。

 

「優香なら一足先に休憩に入ってもらった。……先の事で疲れているだろうからな」

「先の……ああ、もう聞いてるのか」

「ああ、さっき太刀凪先輩が来てな。大体の事は聞いた。……大変だったみたいだな」

「まあな……でも、天城にも俺にも何も無かったから、別にいいんだけどな」

「そうか……今は太刀凪先輩が優香に付いてくれている。安心していいと思うぞ」

 

 そっか……燕さんが一緒なら安心だな。どうやら心配する必要は無かったようだ。

 

「……すまんな友希。お前と優香が危険に晒されていたのに、気付かずのうのうとしていて」

「そんな、別にいいよ。正義のヒーローじゃ無いんだからさ」

「そうだが……悔しいものは悔しい。大切な人が危機に晒されていたのに何も出来なかったのがな……今度お前が危機に晒されたら、私が一目散に助けに行くからな」

「大げさだな……でも、ありがとうな」

 

 海子の奴、責任感が強いというか……正義感があるというか……ま、優しくていい奴って事だよな。とはいえ、俺も海子をあんまり危険に晒したくは無いんだけどな。

 海子の心遣いに感謝しながら、そういった機会が訪れない事を密かに願う。彼女なら、どんな危機的状況でも俺や天城を助けようとしそうだ。まあ、そんな機会は日常生活の中ではそうそうやって来る事が無さそうだが。

 

「……何をぼーっとしている?」

「え? ああ、何でも無い。じゃあ、俺は行くわ」

「も、もう行くのか?」

「ああ、天城の様子を確認しに来ただけだしな。燕さんが付いてるなら、心配する事無いだろうし、もう用は済んだよ」

「そ、そうか……」

 

 と、海子は少し残念そうに肩をすくめながらシュンとした顔をする。

 

「ど、どうかしたか?」

「……も、もしよかったら、何か食べて行かないか? その、客足も少なくなって、余裕も出来たし事だし……か、軽いサービスをしてやると……言ったしな」

「あっ……」

 

 そういえば、そんな事言われたな……その軽いサービスが何なのかは知らないが。だが、海子の恥ずかしそうな様子を見る限り、きっと照れ臭い事なんだろうな……それはちょっと俺としても恥ずかしい。

 とはいえ、ここまで来て断るのは良心が痛むというか、申し訳無い気がする。海子を傷付ける事になるだろうし。

 とどのつまり――俺はその軽いサービスを受けるしか選択肢が無いという事だ。

 

「……そうだな。何か食ってくよ」

「そ、そうか……!」

 

 パァっとあからさまに嬉しそうな表情を見せる。が、すぐさまハッとしたように口を開き、少し照れた様子を見せながらこちらを指差す。

 

「い、言っておくがサービスといっても変な事では無いぞ! そうだな……メニュー半額とか、ドリンク一杯無料とか……」

「そんなんじゃ生温いよ、みっちゃん!」

「へ……?」

 

 突如、背後から響き渡った声に、海子は不抜けた声を出してバッと後ろを向く。そこには、何だか口元がニヤついている、彼女の友人コンビである滝沢と川嶋が立っていた。

 

「な、なんだいきなり……」

「駄目だよみっちゃん! 折角のチャンスなんだから、頑張って攻めないと!」

「そうそう。メイドらしく、甘ーい接待でもしてやんなよ。オムライスにケチャップで大好きとか書いたり、あーんしてあげたりさ」

「なななっ……!? 何を言ってるんだお前らは!」

「これで世名君の心も鷲掴みだよ! イチコロだよ!」

「そ、そういう事を大声で言うな由利! 大体、お前は優香を応援してるんだろう!? そんな事言っていいのか!?」

「……それはそれ、これはこれ!」

「面白そうだからいいんだよ! ささ、ゴーゴー!」

 

 川嶋と滝沢のいつもより三割り増しぐらいのテンションの押しに、海子は顔を真っ赤にして困惑したように口を歪ませる。

 何だか、見ててかわいそうだな……滝沢と川嶋に悪気は無いんだろうけど。

 助け船でもでも出してやろうかと思ったその時、海子は急にグルリと体を180度回転させ、こちらを今にも煙が上がりそうな、羞恥心全開の顔でジッと見つめる。そして深く息を吸い込み――

 

「……せ、席へご案内、致します……ご、ご主人、様……!」

 

 途切れ途切れで、酷く裏返った声を出した。俺はその言葉にどう返答していいか分からず、黙って頷いた。

 とりあえず……頑張ったな、海子――そう心の中で呟きながら、俺は彼女に案内された席に座り、テーブルの上のメニューを取り、目を通す。

 合同の出し物だから当たり前と言えば当たり前だが、メイド喫茶のメニューは執事喫茶と大体同じものになっている。ドリンク各種にたこ焼きにクレープにホットケーキなどなど――

 本当、色んなメニューあるな……どうしてここまで気合い入れてんだか。

 

「お、おい……決まったか?」

「ん? ああ、じゃあ……ホットケーキで」

「わ、分かった……」

 

 俺からの注文を聞くと、海子はまるで俺から逃げるように調理場であるB組の教室へ向かおうとする。

 ――が、それを何故か滝沢が正面に立ち、道を塞ぐ。

 

「な、なんだ……?」

「駄目だよそんなんじゃ! そこは、『かしこまりました、ご主人様』だろ?」

「んなっ……!? そんなの出来るか!」

「メイドなんだから当然だろ?」

「そんな対応はここではしてないだろう! 私にどれだけ辱めを与えれば気が済むんだ!」

「私はイジワルでいってんじゃ無いの。ここで世名に可愛いアピール出来れば、大チャンスだぞ? 海子の事を思ってだよ!」

「ううっ……!」

 

 二人は周りに聞こえないように小声で話しているが、他人より感覚が鋭い俺の耳にはそれが一字一句漏らさず流れ込んでくる。

 それにどういった反応を見せていいか困り、俺はとりあえずメニューとにらめっこする。

 

「さあ行け海子!」

「ぐぅ……! 分かった、やってやる……!」

 

 ギリッと歯を食いしばり、海子が俺を見つめる。そして――

 

「かか……かしこまりました、ご主人様ぁ」

 

 引きつった笑顔を見せながら、語尾にハートが付いてそうな言葉を口にして、海子は猛スピードでB組の教室へ走り去った。

 

「あの照れ屋なとこ、どうにかなんないかねー」

「……お前、案外性格悪い?」

「私はあくまで海子の事を思ってやってんの。あの子も恥ずかしいだけで、やりたくない訳じゃないだろうし」

「そう……」

 

 とはいえ、恐らく海子は今隣の教室で顔を隠して体育座りしてそうだけどな。とりあえずこういう時は……そっとしておこう。

 これ以上は何も言うまいと、俺は頼んだホットケーキが来るのを黙って待った。

 その間、今のやり取りを見ていた他の客が「今のサービスは何だね!?」とか、「俺もご主人様って呼んで下さい!」とか騒いでいたが、店内のメイドは誰一人ご主人様という単語を発する事は無かった。

 それによりご主人様と呼ばれ、端から見たら特別扱いされてた俺に男達の妬みの視線が集まり始める。

 俺が悪い訳じゃないんだけどな……メイド達もご主人様って呼んであげなよ。それぐらいプライスレスでいいじゃん。

 

 周りの視線に耐えながら待つ事数分――ホットケーキを片手に海子が戻ってくる。

 

「お、お待たせしました……」

「あ、ありがとう……」

「…………」

「…………」

 

 気まずい……海子、さっきの事相当気にしてるな。まだ耳まで真っ赤だもん。こっちまで恥ずかしいわ。

 これ以上無言の時間を過ごすのは無理だと判断した俺は、会話をする必要を無くす為にさっさとホットケーキを口に運ぼうと、フォークを手にする。

 

「ストップ!」

 

 が、今度は川嶋が俺達の元にやって来て、俺がホットケーキを食そうとするのを阻止する。

 その謎の行動に驚いていると、川嶋が海子の耳元で、俺の耳でもよく聞き取れないほど小さな声で何かを伝える。直後、海子の顔が熟したトマトのように赤くなり、酷く慌てふためく。

 

「なっ、おまっ、ばっ……! そそそ、そんな事……! いいい、言える訳、にゃ、無いだろうが!」

「みっちゃんなら出来るよ。ファイト!」

「で、出来るとか、そういう問題では無くて……」

 

 チラリと、海子はこちらへ目を向ける。が、プルプルと震え、すぐに目を背ける。

 一体何を言われたんだよ……尋常じゃないぐらい恥ずかしがってるぞ? ……いつもの事だけど。

 

「……あのさ、別に無理しなくていいぞ?」

 

 流石にこれはかわいそうになってきたので、そう声を掛けてやる。しかし、海子は背を向けながら首を横に振り、キッチリと俺に向き合う。

 

「い、いや……これぐらい出来ないと、駄目な気がする……! ゆ、勇気を付ける為に……やや、やってやる……!」

 

 声が震えてるけど大丈夫か? ……でも、海子が決めたんなら、何も言うまい。

 俺は口を閉じて、黙って海子の行動を見守る。

 海子はスゥーっと大きく息を吸って、呼吸を整える。覚悟を決めたように目を見開く。そして、両手を胸元まで持ってきて、その手でハートの形を作り――

 

「お、美味しくなーれ、萌え萌えキュン……」

「…………え?」

 

 棒読みな上、引きつった声と笑顔から放たれたその言葉に、思わず言葉を失う。

 こ、これはあれか? いわゆる、魔法の言葉的なあれなのか……?

 思いがけぬ事に混乱していると、海子は作っていた笑顔を崩し、ハートを作っていた両手で顔を覆い隠した。

 

「…………死にたい……」

「……が、頑張ったな……」

 

 恐らく史上最大に赤く染め上がっているであろう彼女の顔を想像すると、それ以外掛ける言葉が浮かばなかった。

 

「……すまん、これ以上は私のメンタルがどうにかなりそうだ……少し休ませてもらう」

 

 そう言うと、海子はトボトボとB組の教室の方へ歩き出す。

 

「友希、また後でな……それから、さっきの事は出来れば忘れてくれ……恥ずかしくて発狂しそうだ」

「お、おう……で、でもまあ、結構可愛かったと思うぞ!」

「……!?」

 

 ピクッ! と大きく肩を震わせて立ち止まる。そのまましばらく、笑いを堪えるように小刻みに震えた直後――

 

「……さ、さっさと忘れろ馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そう叫びながら、B組の教室へ逃げ去った。

 

「……流石にちょっとやり過ぎちゃったかな?」

「そんな事無いと思うぜ。だって海子の奴、世名に可愛いって言われた時ニヤニヤしてたし。満更でもないんじゃない?」

「ならよかった……のかな?」

 

 よかったのか……? 人目もあったし、ちょっとかわいそうだったけど……でも、海子がやるって言ったんだし……今はその覚悟を称えよう。

 そう心の中で彼女を称えながら、海子渾身のおまじないが掛かったホットケーキを口に運んだ。それは普通のホットケーキより少しだけ美味しい――気がした。

 

 

 

 

 




 文化祭一日目も後半戦に突入。今回はちょっとブレイクタイム的な緩いお話でした。
 海子は友人の押しには凄く弱い。彼女はなんだかんだ今回の事は恥ずかしながらも、楽しんでる……はず。







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