モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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波乱渦巻く文化祭③

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、どこに居んだ……?」

 

 下駄箱を抜けて外に出てすぐ、俺は孝司に頼まれ、先にビラ配りをしているはずのメイド喫茶の人を探した。

 校舎の外には焼きそばやクレープといった生徒達による出店が並び、外からやって来たお客さんも食べ歩きをしていたりして、非常に混雑していた。

 これは探すのに苦労するかと思ったが、幸いな事に下駄箱から数分ほど歩いたところでメイド服を着た人物を見つける事が出来た。恐らく、彼女が孝司の言っていたメイド喫茶のビラ配り担当だろう。

 彼女はこちらに背を向けてビラ配りを続けている。どうやらこちらには気付いて無いみたいだ。早速合流しようと、彼女の元に駆け寄りながら「おーい」と呼び掛ける。すると、彼女はビラ配りを止めて振り返る。

 

「せ、世名君?」

「あれ? メイド喫茶のビラ配り任されたのって天城だったのか?」

「うん……という事は、世名君もビラ配りを?」

 

 その質問に俺はコクリと首を縦に振る。すると天城はホッとしたように表情を崩し、胸に手を当てる。

 

「よかった……男の人と一緒にビラ配りはちょっと不安だったから、世名君で助かったよ」

「天城はあんまり男子に仲良さそうな相手居なそうだしな。俺も知らない女子より気楽だし、助かったかな」

「うん。それじゃあ、早くビラ配り済ませちゃおっか」

「だな。とりあえず……校門の近くで配るか。まだまだ今から来る人も居るだろうし」

「そうだね。じゃあ、移動しよっか」

 

 天城の言葉に頷き、二人で校門の近くまで移動する。

 

 校門に到着した後、固まって配るより効率が良さそうという理由で、数十メートルほど離れてビラ配りを開始する事にした。

 

「本校舎二階にて、2年A組の教室で執事喫茶、2年C組の教室でメイド喫茶をやってまーす! 是非立ち寄ってみてくださーい!」

 

 そんな事を叫びながら、人が目の前を通る度にビラを前に差し出し、取ってくれるのを祈る。その作業を何回も繰り返す。

 やっぱり、ビラじゃ無くて看板とかでよかったような……大声上げて宣伝するだけで大抵の人は興味持ってくれるだろうし、こんなの荷物になるから貰ってくれないだろ。まあ、何か六割ぐらいの人が貰ってくれてるけど。ビラに印刷されてる翼と陽菜の写真の効果かもしれんな。

 とりあえず、このペースなら結構配れそうだと一安心しながら、離れた場所でビラ配りをする天城の様子をチラリと確認する。

 

「二階、A組とC組の教室で執事喫茶とメイド喫茶やってます! 是非来てくださーい!」

 

 天城はほんの少しだけ恥ずかしそうにしてるが、堂々と大声を出しながら順調にビラ配りを進めている。

 よかった……照れ屋な天城にメイド服でビラ配りとかハードル高いと思ったが、案外やれてるようだ。意外に度胸はあるようだ。

 これなら心配する必要は無いなと安心しながら、再び自分ビラ配りに集中する。

 

 それから数十分間、文化祭の為に作られた生徒手作りのゲートから次々と校内に入ってくる客にビラを配り続け、半分程度が配れたところで少し休憩しようかと、近くの木陰に入りしゃがみ込む。

 

「ふー……意外と疲れるもんだな、ビラ配りって……ま、書店の仕事に比べればマシか」

 

 人知れず呟きながら、ポケットに入れていたスマホを取り出し時間を確認する。スマホの示す現在の時刻は午後の一時三十分。確か二時前で交代のはずだから、あと十五分ぐらいで切り上げたいところだ。

 ラストスパートだな……折角だから、出来るだけ多く配れるよう頑張りますか。

 勢いをつけて立ち上がり、体を伸ばしながら木陰から出て、ビラ配りを再開しようとしたその時、ふとビラ配りを続けていた天城の姿が視界に映り、何か様子がおかしい事に気が付く。

 天城が見慣れぬ二十代ぐらいの――なんというか、いわゆるホスト風の金髪の男性に言い寄られて、天城は困惑したように校門横の木陰の下まで後ずさっている。

 

「あれって……もしかしてナンパか?」

 

 遠くて声も聞こえないし確証も無いが、端から見た感じそうっぽい。

 天城は男性から見たらとても美人な女性だし、ナンパするあの男の気持ちは分からなくも無い。文化祭は多くの人が集まるし、そういう出会い目的の人も居るだろう。

 だが、明らかに天城は困っている。それを黙って見過ごす訳にはいかない。悪いが、彼のナンパは早急にぶち壊そう。

 ビラを丸めて強引にポケットに突っ込み、彼女達の元に向かい走り出す。天城をナンパする男の背後に立ち、肩を掴む。

 

「ん……? 君、誰だい?」

「あの……彼女、嫌がってるみたいなんで、その辺にしといてくれます?」

「せ、世名君……!?」

「何? 彼女の知り合い?」

「まあ、そんなとこですよ」

「ふーん……ナイト気取りで彼女の事を守るって訳? ハッハ……ムカツク」

 

 と、男性が半笑いで煽るようなイラつく口調で言葉を吐く。

 この人……思ったより性格悪いな。結構爽やかな見た目だから穏やかに収まると思ったんだが、どうやらどっかの金髪アロハのグラサンナンパ男と違って、話を聞かなそうで簡単には退かなそうだ。

 周りが騒ぎ出せば退くかもしれんが、ここは周りに人が居なくて気付きづらい木陰の下。運が悪い事に誰も気付いていない。目に入ったとしても、周りがざわついてて会話が聞こえないから、状況が分からずみんなスルーするだろう。

 

「言っとくけど、僕こう見えて空手やってたりしたんだよね?」

「……怪我したく無かったら退けって事ですか?」

「そういう事」

「そんな……世名君は関係無いです! 巻き込まないで下さい!」

「と言ってもなぁ……絡んできたの彼だし」

「……あんたが先に天城に絡んでたんでしょう」

「まあね。可愛い子が居たら話し掛けるのが男でしょ? 普通は僕が声を掛けたら女は馬鹿みたいについて来るんだけどね……ついて来なかった彼女が悪いでしょ?」

 

 そうペラペラと流暢に話しながら、男は薄ら笑いを浮かべる。

 こいつ……想像以上にムカツク野郎だな……正直一発ぶん殴りたい。

 とはいえ、俺が手を出して勝てる相手じゃ無いのは重々理解してるし、天城を巻き込む訳にはいかない。どうにかして、この状況を抜け出したいところだ。

 どうやってこの男から逃げるか、男を睨みながら考えていると、不意に男が拳をパキパキと鳴らす。

 ヤバッ……マジで殴るつもりだぞオイ……

 

「ちょっと! 世名君に手を出さないで下さい! 彼を傷付けたら……許しませんよ!」

「許さないねぇ……彼だってこうなるとは分かっていたでしょ?」

「そりゃそうですけど……俺殴ったらひと騒ぎ起きますよ?」

「それもそうだね。じゃあ、騒ぎが起きないよう校舎裏でも行く? あ、でも告げ口されたら面倒だな……ま、そこは口止めでもすればいいか。方法はいくらでもあるし」

 

 と、男はまるで談笑するかのように爽やかな笑顔を浮かべながら胸くそ悪い言葉を口にする。

 こいつ……本当にクソ野郎だな……なんか胃がムカムカしてきた……!

 

「ハッハッハ……いい顔じゃん。ま、そっちが絡んできたんだ。怪我の一つや二つ覚悟してもらわないとね?」

「世名君……!」

 

 

「――その言葉、そっくりそのまま返すぜ」

 

 男の言動に堪忍袋の緒が切れかけたその瞬間――不意に背後から強気な声が耳に届き、慌てて振り返る。そこには、野暮ったい緑色のコートを着た一人の女性が立っていた。

 

「つ、燕さん……!?」

「よっ、友希に優香! 何だか久しぶりだな! 文化祭に遊びに来たぜー!」

「あ? 誰だ?」

「それもそっくりお返しするよ金髪チャラ男。折角の祭りだってのに物騒な事してよ……空気読めアホ」

「いきなり出て来て生意気だな……女の癖に」

「はぁ……どっかで聞いたようなセリフだな……大人が情けねーな。小物臭プンプンしてっぞ?」

 

 呆れた顔でこめかみをトントンと叩きながら、男を煽るように言葉を放つ。すると、男はその煽りが相当頭に来たのか、歯をギリギリと鳴らす。

 

「年上を舐めすぎだぞ……どうやら怪我したいらしいな?」

「やる気? 騒ぎ起こっちまうぞ?」

「フンッ、こんだけ騒いで気付かれないんだ! 一発ぐらい殴っても平気さ! それで僕の気が収まる!」

 

 そう言うと、男は拳を勢いよく振りかぶり、燕さんの顔面目掛けて腕を突き出す。空手をやっていたと言うだけあり、男の鉄拳の速度はかなり速い。当たればひと溜まりも無いだろう。

 ――だが、その拳が燕さんの顔面を直撃する寸前、燕さんはその腕の手首を掴んで鉄拳を受け止める。

 

「なっ……!?」

 

 そしてその防御に男が驚いている隙に――燕さんは男の左足を思い切り踏みつけた。

 

「足ィッ……!?」

 

 渇いた悲鳴を上げ、まるで象に踏まれたかのように顔を歪め、男はその場に跪く。

 

「なんだ思ったより脆いなオイ。軽く踏んだだけだぞ?」

「ど、どこが軽くだ……! というか、こんな事をして済むと思っているのか……!?」

「そっちが先に手出したんだろ? 正当防衛だよ。それに、お前が言ったんだろ? 怪我の一つ二つ覚悟しろって。テメェもアタシのダチに絡んだんだ、それぐらい覚悟しろよな?」

「ふ、ふざけるな……!」

「ふざけてんのはテメェだろ。それとも、もう一発殴らないと分からねーか?」

 

 と、燕さんはポキポキと指を鳴らす。

 個人的にはもうちょっとこの男に仕置きをしてやりたい気持ちもあるが、流石にこれ以上はマズいと判断し、慌てて燕さんを止めようと、彼女と男の間に割って入ろうとしたその時――突然、燕さんの頭上に見慣れた茶色い一閃が背後から振り下ろされた。

 

「ダァッ!?」

 

 ズバンッ! という激しい衝撃音と共に燕さんはグラリと崩れ落ち、頭を押さえながらゆっくり立ち上がり後ろを向く。そこには黒いロングコートに身を包んだ、木刀を携えた鬼が燕さんを見下ろしていた。

 

「つ、鶴姉……?」

「たくっ、文化祭で騒ぎ起こさねーか監視する為について来たのによ……勝手に先走った挙げ句入場一分足らずで騒ぎ起こしてるってどういう事だオラァ!」

「い、いやこれは優香と友希を助ける為に……!」

「あぁん? どういう事だよ?」

 

 と、千鶴さんは何故か俺を睨み付ける。

 仕方無く彼女に今の出来事を手短に説明し、燕さんは悪く無い事を伝える。

 

「……状況は分かった」

 

 木刀を肩に担ぎ、千鶴さんは足を押さえてうずくまる男に目を向ける。

 

「ただ、この馬鹿妹がこいつに怪我をさせたのは事実だ。それは姉として、しっかり叱る責任が私にはある」

「そ、そうだ! そいつは僕に怪我させたんだ! その責任がある! 慰謝料ぐらい払って――」

「ただし――」

 

 空気を切り裂きながら、千鶴さんが木刀を男に向かい突き付ける。それに男は怯えたように「ヒッ!」と声を漏らし、尻餅を付く。

 

「こいつは私の店の可愛いアルバイト達に暴力を吹っ掛けようとしたり、セクハラ紛いな事もしようとした。それを店長として、しっかり咎める責任も私にはある」

「と、咎めるって……何を?」

「……私は割と警察に仲の良い知り合いが多くてね……きっと、軽い取り調べぐらいなら喜んで受けてくれると思うぞ?」

 

 ニタリと、まるで悪魔のような笑顔を浮かべる。それを見た男は先までの余裕はどこへやら、怯えきった表情で、顔をくしゃくしゃにして涙を浮かべ――

 

「す、すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 説教された子供のように叫び、あたふたと起き上がって左足を引きずりながら校門を飛び出した。

 そのあまりにも情け無い様子を、俺と天城は呆然としながら見送った。

 

「フンッ……全く余計な騒ぎを。オイ、お前ら平気か?」

「……えっ、あ、はい!」

「その……ありがとうございます!」

「構わん。お前らに怪我でもされて店休まれたら、私が困るからな」

 

 千鶴さんは木刀を腰に納め、フンッと鼻を鳴らしながら目を背ける。

 やっぱり、なんだかんだで優しい人なんだな、千鶴さん。

 

「……その生暖かい目は止めろ。仕事増やすぞ」

「す、すみません……」

「にしても、お前ら何だか毎回悪そーな男に絡まれてんな。そういう体質か?」

「ご、ごめんなさい……多分、私のせいです……」

 

 燕さんのその指摘に、天城は申し訳無さそうに頭を下げる。

 

「ま、優香は欲まみれな男を引き寄せそうだからな、なんとなく。文化祭ともなりゃ、ああいう男も多そうだしな。ま、そんな奴はアタシが見かけたらはっ倒してやんよ」

「止めろ馬鹿。これ以上問題増やすな」

「……本当、ごめんなさい……私のせいで……世名君も、巻き込んじゃって……」

「天城……そんな事無いさ。天城に何も無くてよかったよ」

「世名君……うん、ありがとね」

 

 落ち込む天城に優しく声を掛けてやると、彼女は安心したように微かな笑みを見せる。

 ともかく、何事も無くてよかった……燕さんと店長のお陰だな。

 

「でも警察とか、鶴姉ちょっと大げさ過ぎるでしょ? 冗談だとしてもさ」

「ああいう馬鹿な輩を脅かすにはそれぐらいがいいんだよ。それに、私は冗談のつもりは無いけどな。(げん)さん辺りに任せようと思ってたし」

「本気だったのかよ……」

「――全く、相変わらず野蛮というか……やんちゃでございますね」

 

 と、背後から数時間前にも聞いた凛々しい声が聞こえる。それに体を後ろに回すと、そこには冬花さんとハル先生の姿があった。

 

「ハル先生に冬花さん? どうして……」

「お客さんから校門前で騒ぎが起こってると聞いたんですよ」

「私は偶然出会したので。何かあったのですか?」

 

 騒ぎが起こってるって……誰か気付いてたのか。

 ハル先生の言葉を聞いて周囲に視線を向けてみると、大勢の人がこちらへ視線を集中させていた。いつの間にか注目を集めていたようだ。

 まあ、燕さん来た辺りから騒ぎ大きくなったし、当然と言えば当然か……でも、このまま注目されたままはちょっとあれだな……

 

「……とりあえず場所を移しましょうか」

 

 俺……そして恐らく天城も思っていたであろう気持ちを察してくれたのか、ハル先生がそう提案して、冬花さんと共に校舎の方へ歩き出す。それに続いて、俺達は燕さんと千鶴さんも加えて歩き出す。

 

 数分後、校舎内の職員室に移動し、俺は事情をハル先生に説明した。

 それを聞いたハル先生は顎に人差し指を添え、目を伏せ、溜め息を吐く。

 

「……またですか」

「また?」

「ウチの文化祭では、そういった女生徒目当てでやって来る男性がたまに居らしいんです。幸い、全て未遂で終わっているのですが……彼もそういった類の者なんでしょう」

「マジか……最低だなオイ!」

「でも、ひとまずは天城さんに何事も無くてよかったです。私達教員も警戒を強めて見回ります。くれぐれも気を付けて下さいね」

「は、はい……」

 

 そういった奴はどこにでも居るもんだな……ま、この町は割と治安悪そうだし、仕方無いのかもしれないな。でも、先生と言う通り天城に何事も無かったのが救いだ。

 

「……それはさて置き、私の学園の生徒に手を出そうとしたその男性には、手痛いお仕置きが必要ですね。天城さん、世名君、その男の顔を覚えてますか?」

「い、一応……どうするんですか?」

「そうですね……警察にでも突き出しましょうか。私、こう見えて警察に仲の良い人が多いんですよ? 色々お世話になってますから。源さん辺りなら喜んで引き受けてくれるでしょう」

 

 ニッコリと、ハル先生はどことなく怖さを感じさせる笑顔を浮かべる。

 警察にお世話になってるってどういう事だよ……ていうかまた出たよ源さん。誰だよ源さん!

 

「姉さん、程々にしといて下さいね?」

「ええ、程々にコッテリとシバきますよ」

「全く……春菜は相変わらず怖いとこあるわね」

「まあ、千鶴さんに言われたくないですねー」

「あれ? お二人はお知り合いなんですか?」

 

 二人のやり取りに、天城が不思議そうに首を傾げる。

 

「ん? まあ、私達同級生だから。ここの学校で同じクラス」

「そ、そうなんですか」

「ええそうですよ」

「お二人は学園でも随一の人気者でしたね。当時中等部だった頃の私の耳にも、千鶴様と姉さんの噂は届いてました。レディース総長の鬼鶴(おにづる)と、それに匹敵する可能性を持つ女、スプリングクイーン――と」

「ああ、そんな噂流れてたわねー」

「それも懐かしいですねー。……あ、私は極々普通の生徒でしたからねー」

 

 誤解を生んではならないと考えたのか、ハル先生はそう言いながら俺達に笑顔を見せる。

 極々普通の生徒にスプリングクイーンなんてあだ名は付かないと思いますけど……

 

「さて、思い出話もこれぐらいにして……天城さん、世名君、少しお時間頂きますよ。冬花達は……」

「私達は退散致します」

「邪魔になるだけだろうしな。何かあったら連絡でもよこしな」

「は、はい! 千鶴さん、燕さんありがとうございました!」

「礼は今度のバイトで返してくれ」

「アタシは……お前らの出し物の料理無料券で――」

「調子乗んな行くぞ。お前はまずは説教だ」

「えっ、マジですんの……?」

 

 顔を青くする燕さんを、千鶴さんは無理矢理引っ張り職員室を出る。それに続いて、冬花さんも礼儀正しく頭を下げて外に出る。

 三人が出た後、俺と天城はそのまま職員室に残って、先の男の人相などをハル先生に覚えている限り伝え、職員室を後にして執事喫茶とメイド喫茶に戻る事に。

 

 

「……あの、世名君」

 

 その道中、不意に天城が足を止め、悲しげな表情を見せる。

 

「その……本当にごめんね。巻き込んじゃって……」

「その事か……いいって言ったろ? 気にして無いよ」

「うん……でも、謝りたくて。世名君は関係無いのに……」

「……関係無くないさ」

「え……?」

「その……一応、天城は俺にとって……恋人……になるかもしれない相手だし、困ってたり、悪い奴に絡まれてたら……助けるよ。その責任が……俺にはあると思うし」

 

 全身が痒くなり、体温が上がるのを何とか我慢しながらそう口にする。

 その俺の言葉を聞くと、天城は頭が真っ白になったようにポカンとして、急に小さく嬉しそうに笑う。

 

「やっぱり……世名君は優しいね。私、世名君に守ってもらうのが嬉しい。もちろん、そんな状況に世名君を巻き込みたくないけど……世名君の優しさが、とっても嬉しいよ」

「優しさって……そんなの、当然だろ?」

「ううん、私にとっては特別な事だよ。今まで、男の人は私に欲まみれで言い寄ってくるのが大半だったから……こうやって、守ってくれるのが嬉しいよ。そういうところが……好きだな」

 

 口元を右手で隠しながら、天城は目をうっとりと細める。その様子を俺は思わずジッと見つめてしまい、それに気付いた天城が慌てて目を背ける。

 

「ご、ごめんね急に変な事言って! は、早く戻ろうか! みんな心配してるし!」

「お、おう!」

 

 天城は早足で俺の前を歩き、教室に向かう。俺は慌てて後を追い掛ける。が、階段を上がる途中、不意に天城は足を止めてこちらを向く。

 

「あの、さ……もしも今日のミスコンに勝って、明日世名君とデート出来たらさ……私、今日のお礼がしたいんだ。だから、その……」

 

 そこで言葉を詰まらせる。天城は続きの言葉を探すように、忙しなく指を絡ませながら目を泳がせる。俺はそれを、黙って見守る。

 

「その……だから……が、頑張るね、私!」

「えっ……う、うん……」

「…………い、行こっか!」

 

 カァっと顔を赤くし、天城は再び階段を駆け上がる。

 

「うぅ……何訳分かんない事言ってんだろう……私の馬鹿……」

 

 そんな呟きが耳に届いたが、とりあえず聞かなかった事にして、俺は彼女の後に続いた。

 ただのビラ配りだったのに、何だか疲れたな……ま、天城もしっかりと守れたし、よかったとするか。

 

「……守る、か」

 

 何にも出来なかったけど、こうやって感謝されるのも……悪くは無いかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 燕さん久しぶりの登場。何だか悪い男退治担当みたいになってきたな。
 今回、あのナンパ男のせいで気分を悪くした方が居たら、大変申し訳無いです。彼はあの後、ハル先生の手により源さんにこっぴどくしごかれたので、ご安心を。嫌な奴が出たら即刻退治がこの作品のモットー。

 次回は普通に平和な回になるので、ご安心を。





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