モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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波乱渦巻く文化祭①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいま戻りましたー」

 

 文化祭開場直後、今までビラ配りに出ていた孝司が執事喫茶会場のA組の教室へ戻ってきた。孝司はそのまま窓際で客が来るのを待っている俺、裕吾、翼の元へ近寄り、近くのテーブルに余ったビラを置く。

 

「おー、なかなか似合ってんじゃん執事姿」

「そういう孝司君はまだ着替えてないんだね」

 

 翼の指摘通り、孝司はまだ燕尾服に着替えておらず、制服姿のままだ。

 

「俺は午前中はビラ配りに専念するって決めてっから着替えはあとだ。動きづらい格好じゃない方が楽だろ? あ、お前にも後々ビラ配り手伝ってもらうから、そのつもりでな」

 

 ビシッと俺に人差し指を向けながら、テーブルの上のビラを反対の手で取り、ヒラヒラと揺らす。

 ビラ配りか……面倒そうだけど、執事喫茶を盛り上げる為だし頑張るか。

 

「ビラ配りもそうだけど、インターネットでもここの宣伝はバッチリしたし、そろそろ客が来ると思うぜ。精一杯死ぬ気で頑張れよー」

「他人事だな……お前は接客しないのか?」

「するに決まってんだろ! あわよくば可愛い女の子とお近付きになるんじゃい! もし可愛い子来たら教えろよ! じゃ、俺はまたビラ配り行くわ!」

 

 そう言って、孝司は教室を飛び出し、再びビラ配りへ向かった。

 

「お近付きって……そんな上手く行くわけ無いだろ」

「まあ夢ぐらい見させてやれ。それより、あいつの言う通りそろそろ客が来るだろうし、準備しとけよ」

「そ、そうだね! うぅ……なんだかちょっと緊張してきたかも……」

「やる事は簡単だ。客が来たら注文聞いて、B組の教室に居る裏方の奴らにそれ伝えて、品物を持ってく。それだけだ。執事喫茶だからって、特別な事は何もする必要ねーよ」

「相変わらず簡単に言うな」

 

 ま、事実その通りなんだが。ちゃんとした接客業はした事無いが、難しい事では無い。落ち着いてやれば、失敗はしないし、客に迷惑も掛けないだろう。気楽に行った方が上手く行きそうだ。

 

「……おい、来たぞ」

 

 そんな事を考えていると、不意に裕吾に声を掛けられ、視線を彼と同じ入り口に向ける。直後、十代ぐらいの二人の女子が、教室に入ってきた。どうやら客が来たようだ。

 さらにその二人組を皮切りに、別の客が次々と教室に入り、適当な席に座る。数はおよそ数十人は居る。

 

「いきなりこんなに来るとは……」

「予想以上だね……これは大変そうだ……」

「ま、こっちも人数は居るしなんとかなるだろ。ただ……」

「翼くーん! 注文お願いしまーす!」

 

 裕吾の言葉を遮るように、教室の中央辺りの席に座る三人組の女子が手を挙げながら、甘えるような大声を上げる。

 ウチの制服着てるな……多分、翼のファン連中だろうな。目がハートだもん。

 

「……ああいう連中も居るから、必然的にお前は忙しくなりそうだが。ほら、ご指名だ」

「……頑張るよ」

 

 と、分かりやすくうんざりとした様子を見せながら、翼は三人組の元へ向かった。

 

「……大変だな」

「それを言うなら、お前もそうじゃないか?」

「俺は適当に流すだけだ。じゃ、お前も頑張れよ」

 

 右手をブラブラと振りながら、裕吾は接客に向かった。

 マイペースだな……あいつはあれでいいんだろうけど。

 

「すみませーん!」

 

 と、今度は一番窓際の席のギャル系な二人組の客が手を挙げる。裕吾や翼は他の客に対応してるし、近くに他の者も居ない。どうやら俺の出番みたいだ。

 ついにやって来た本番に若干緊張しながら、手を挙げる二人組の元へ歩み寄り、席の近くに立つ。 

 

「お待たせしました。ご注文は?」

「え?」

「……え?」

 

 客からの予想外の返答に、思わず全く同じ言葉が口から漏れ出る。お、俺なんか変な事言った?

 しかし、失言した覚えなど全然無い。一体何が原因だろうと、頭を回す。が、彼女達の様子を見て、すぐに答えが出た。

 恐らく、ここに来る客の大半は翼と裕吾――イケメン目当てだろう。そして多分今俺の目の前に居る彼女達もそうなのだろう。だからこそ、俺みたいな奴じゃ無く、翼や裕吾に接客してほしかったのだろう。現に彼女達は「お前なんかお呼びじゃねーんだよ」みたいな超不機嫌な顔をしている。

 正直傷付く。だが、ここで何も聞かずに帰る訳にはいかないので、接客を再開する。

 

「……ご注文は?」

「え? ああ、えー、コーラ一つ」

「あー、じゃあ私もそれで」

「……かしこまりました」

 

 あからさまにテンションが下がっている声と態度にさらに心が傷付きながらも、品を取りにB組の教室へ続く扉へ向かい歩みを進める。

 

「……チッ」

 

 その道中、彼女達の席から舌打ちが聞こえたが、気にせず足を進めた。

 これは予想以上にシンドイかもな。……精神的に。

 

 

 

 

 その後も、執事喫茶には絶え間無く大勢の客が押し寄せた。だが、やはりその内七割は裕吾と翼目当ての客で、先ほどの客同様に不機嫌な態度を見せる事が多々あった。

 そしてそれは俺達の心に少なからずダメージを与えていき、開始前のやる気をどんどんと削ぎ落としていった。

 とはいえ、全員が全員そんな客な訳でも無いし、なにより沢山の女子が集まる事が男子高校生の活力になり、なんとかみんな気力を保つ事が出来た。

 

 そんなこんなで、文化祭開始から一時間ほど経過した。だんだん接客にも慣れてきて、余裕が出来始めてきた。しかし客足は未だ衰えず、席は常にほぼ満席状態が続いた。

 客層は乱場学園の女生徒から、他の学園の女子、大学生と思われる女性、中には男子も混ざっている。翼は男子人気もあるし、それで来たんだろう。

 

「注文お願いしまーす」

「こっちも頼みますー!」

「俺達も!」

「裕吾くーん!」

 

 ガヤガヤと響き渡る色んな人の色んな声に圧倒されながら、俺はとりあえず窓際の席に一人で座る十代ぐらいの女性――室内なのにキャップを被り、サングラスまで掛けている怪しさ満点な客の元へ注文を取りに向かう。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 そう声を掛けると、女性は顔をメニューから逸らし、こちらを見る。

 

「あら、世名君じゃない。お久しぶりね」

「……へ?」

 

 本日二回目の客からの予想外な返答に、思わず間抜けな声が漏れ出る。

 お久しぶりって……俺の知り合いか? でも、こんな怪しげな知り合いは居ないと思うが……

 彼女の正体が掴めずに困惑していると、その女性がサングラスを少しズラし、大きな瞳でこちらをジッと見つめながらウインクをする。

 

「私よ。わ、た、し」

「……あっ! たかな――」

 

 ようやく出た答えを叫び出そうとしたその時、女性が右手をスッと伸ばし、人差し指を俺の唇の近くに持ってくる。

 

「今はプライベートだから、あんまり騒がないでね?」

「あ……す、すみません……」

 

 彼女の注意に声量を落としながら謝罪する。

 さっきまで思い出せなかったけど、間違え無い……声に帽子の下に隠れる金髪。そしてあのウインク――確かに彼女は俺の知り合いだ。天城の妹の香澄ちゃんが所属するアイドルグループ『ラヴァース』……そのリーダー、小鳥遊ゆかりさんだ。

 

「フフッ、ようやく思い出したようね。一度しか会ってないから仕方無いかもだけど、ちょっとショックだわ」

「ご、ごめんなさい……」

「冗談よ。こっちは一応変装してるから、気付かれても困るんだし」

「は、はぁ……でも、小鳥遊さんどうしてウチの文化祭なんかに?」

「世名君に会いに来たの」

「はい!?」

「冗談よ」

 

 と、小鳥遊さんはクスクスと笑う。

 冗談って……前会った時はあんま話さなかったから知らなかったけど、小鳥遊さんってこういうキャラなのか……?

 

「本当は香澄に優香がメイド喫茶やるって聞いて、仕事も休みだったから遊びに来たの。ここにはちょっと面白そうだったから寄ってみたの。まさか世名君のクラスだとは思わなかったわ」

「そ、そうなんですか……でも、大丈夫なんですか? 小鳥遊さんみたいなアイドルが文化祭みたいな人が集まる場所に来て」

「んー、大丈夫じゃない? 今のところ気付かれて無いし、なんとかなるでしょ」

 

 なんとかなるでしょって……小鳥遊さん適当だな。

 初対面の時は見れなかった彼女の意外な一面を垣間見て、呆気に取られていると、不意に小鳥遊さんが俺の服の裾を引っ張る。

 

「ところで、注文お願いしてもいいかしら?」

「え……ああ、すみません! 何にします?」

「えっとね……結構色々種類あるのねー」

「なんか無駄に気合い入ってるんで……」

「気合いがあるのはいい事よ。それじゃあ……オレンジジュースとホットケーキで」

「かしこまりました。では、少々お待ちを」

 

 彼女の注文をしっかり覚え、B組の教室へ向かいその内容を調理担当の者に伝え、ホットケーキが出来るのをしばらく待つ。

 数分後、完成したホットケーキとオレンジジュースを携え、再びA組の教室――小鳥遊さんの元へ向かう。

 

「お待たせしました。オレンジジュースと、ホットケーキです」

「へぇー、美味しそうね。じゃあ早速……」

 

 小鳥遊さんはナイフとフォークを手に取り、ホットケーキを一口サイズに切り、パクリと口にする。

 

「うんっ、美味しい。久しぶりに食べたけど、やっぱりいいわねー」

「ホットケーキ好きなんですか?」

「ええ。アイドルって仕事やってると、体重管理が大変でねー。甘い物は基本控えてるんだけど、やっぱりやめられないわねー」

 

 ニヤニヤと目尻と口角をだらしなく上げながら、幸せそうにホットケーキを食べ進める。

 アイドルってなんとなく別次元の感じがしてたけど、普通に女子なんだな。

 

「それじゃあ俺はこれで。どうぞごゆっくり」

「あら、もう終わり? 折角だから、もうちょっと話さない?」

「え? いや、でも……」

「執事喫茶なんだから、お客様であるお嬢様を満足させなきゃ駄目よ? ほら、お喋りは一番の調味料なんだから」

「……分かりましたよ。でも、俺と話しても面白くありませんよ?」

「いいのいいの、私が話したいんだから。さあ、座って座って」

 

 彼女に言われるがまま、正面の椅子に腰を下ろす。幸い窓際の席だし、他の者も接客で手一杯のようで、周りにはこの状況が気付かれていないらしい。気付かれたら大変な事になりそうだし、彼女の食事が終わるまでこのままであってほしい。

 そんな俺の緊張とは裏腹に、小鳥遊さんはお気楽にホットケーキを食べ進める。気付かれた時の事など全く考えていないようだ。

 

「美味しいものを気にせず食べれる……幸せだわぁ……ところで、世名君と優香はどれぐらい進展したのかな? もう大人の階段上っちゃったりしたのかな?」

「いやだから、別に付き合ってる訳では……」

「分かってるわよ。で、どんな感じなのかな?」

「……まだ、なんとも言えませんよ」

「そっか……恋愛って難しいもんね。分かる分かる」

「……小鳥遊さんは恋愛経験あるんですか?」

「ううん、全然」

「無いんですか……」

 

 じゃあなんで分かるって言ったんだ……適当過ぎるなこの人。

 

「私も優香みたいな劇的な恋愛をしてみたいんだけど、アイドルって職業だし、難しくてねー。そもそも私はそういう感情に縁が無いみたいでね。今まで愛情なんて感じた事が無い」

「はぁ……アイドルになったのっていつ頃なんですか?」

「うーん……アイドル目指して事務所に入ったのは小学生からよ。ラヴァースが結成されたのが二年ぐらい前……かしらね。ずっとアイドル目指してたから、恋愛なんてする暇無かったのかも」

「ずっとですか……そんなにアイドルが好きなんですね」

「まあね。私の夢であり、憧れだから」

 

 そう言うと彼女は今までの冗談混じりの笑顔とは違う、真っ直ぐな笑みを浮かべた。それだけで、彼女がアイドルという職業にどれだけ真剣なのかが、伝わってきた。

 

 それからも適当な会話を小鳥遊さんと続け、やがて彼女はホットケーキを完食し、オレンジジュースも全て飲み干す。

 

「ふぅ……ごちそうさまでした。ごめんね、こんなどうでもいい話に付き合わせちゃって」

「いや、別に構いませんよ。いい息抜きになりましたよ」

「ならよかった。私も世名君とのお話、なかなか楽しかったわ。優香が惚れた理由もなんとなく分かったし」

「それって……?」

「世名君はアイドルっていう、いわゆる特殊な職業の私にも気兼ね無く接してくれたでしょ? 多分そういうところよ」

 

 気兼ね無くか……天城は学園のアイドル扱いが嫌みたいだし、確かにそうなのかもな。俺は普通に接してるだけだから、あんまり分からんが。

 

「……こんなに楽しいなら、私も世名君の恋人候補に立候補してみようかしら?」

「えぇ!?」

「フフッ、冗談よ。そんな事したら優香にどんな目向けられるか分からないし。私はあくまで彼女の応援者でいますよ」

 

 全く……冗談にしてはシャレにならんぞ。もしその発言を彼女達が聞いていたら……

 

「――その話、本当に冗談かしら?」

 

 そうそう、こんな事言われて、とんでもない事態になりかねないし……ん?

 何かがおかしい事に気が付き、慌てて首を横に動かす。するとそこには、仁王立ちで俺達を見下ろす、朝倉先輩の姿が。

 

「先輩……!? どうしてここに……!?」

「ちょっと暇が出来たから様子を見に来たのだけれど……とんだ誤算ね。彼女達では無く、見知らぬ女が居るなんて」

「……ああ、もしかして噂の優香のライバルさん? 美人さんねー」

「そんな事はどうでもいいわ。あなた、彼とどんな関係? 何故私の友希君と親しげに話してるのかしら? それに今の発言……聞き捨てならないわよ?」

「うーん、私と世名君は……そんな深い関係じゃ無いですよ。一回会った程度の知り合いなんで。話の内容はまあ、色々と。今の発言はジョークなんで、あんま気にしないで下さい」

 

 と、朝倉先輩の質問に一つ一つ丁寧に回答していく。

 スゲェ……! このプレッシャーを相手に動揺一つ見せない……流石アイドル、修羅場に慣れている!

 

「……どうしてあんな冗談を?」

「だから深い意味は無いですよ。ユーモアですよユーモア」

「……ま、本気じゃ無いならいいわ。でも、友希君に馴れ馴れしいのはあんまり愉快じゃ無いわ」

「それはごめんなさいね。じゃあ、私はこれで退散させてもらいます。じゃあね世名君」

「あ、はい!」

 

 小鳥遊さんはそのまま入り口近くで会計を済ませ、教室を立ち去った。

 今のひと騒ぎに教室内が一瞬静まり返ったが、数秒後には何事も無かったかのように元に戻る。そんな中、俺と朝倉先輩だけは黙って立ち尽くしていた。

 

「……友希君。今の彼女とは、本当に何も無いのよね?」

「も、もちろんですよ! 小鳥遊さんは本当にただの知り合いですし、やましい事は何もありませんよ!」

「……そう。けど、彼女と楽しそうに話してた事に私が嫉妬してた事は……理解してほしいわね」

「し、嫉妬?」

「あら? 私だって嫉妬ぐらいするわ。彼女達ならまだしも、他の女と仲むつまじく話しているのは……いい気分では無いわ」

 

 ギュッと、腕を組んだまま二の腕を強く握る。

 それもそっか……朝倉先輩にしたら小鳥遊さんは見知らぬ他人だし、そんな相手と仲良さそうに話してるの見たら、気分を害するよな。

 

「その……すみません」

「別に怒ってないわ。友希君がそれだけ魅力的だという事だもの。ただ……女性の嫉妬は少し怖いわよ?」

 

 ニヤリと、口角をつり上げる。それに嫌な予感を感じ、思わず息を呑む。

 

「な、何をすれば?」

「そんなに怖がらなくてもいいわ。難しい事は要求しないわ。ただ、私にも彼女のように接客を頼んでいいかしら? お客様として、従業員のあなたへの頼みよ」

「そ、それぐらいなら構わないです。じゃあ、ご注文は?」

「そうね……」

 

 朝倉先輩は先ほどまで小鳥遊さんが座っていた席に座り、メニューに目を通す。

 

「……たこ焼きを一つ」

「え、たこ焼きですか?」

「前々から興味があったの。お願い出来るかしら?」

「か、かしこまりました!」

 

 急いでB組の教室へ向かい、たこ焼きのオーダーを伝える。数分後、完成した六個入りのたこ焼きを手に朝倉先輩の元に戻り、熱々の状態で彼女の前に出す。

 

「これがたこ焼き……たこっぽく無いわね」

「やっぱりそういう反応ですか……熱いんで気を付けて下さいね」

「ええ。さて……頂こうかしら」

 

 割り箸をパキッと割り、未だかつお節が踊るたこ焼きを一つ取る。口元まで近付けるとフーッと息を吹いてたこ焼きを冷まし、そのまま口へ運ぶ。

 

「ハフッ……ンッ……なるほど……なかなか美味しいわね。こんなに美味しいものがあるとは……知らなかったのが恥ずかしいわ」

「先輩はこういうの食べなさそうですからね。飲み物いります? 水なら無料ですよ」

「そうね……お願いするわ。思ったよりしょっぱくて熱かったし」

「分かりました」

 

 彼女の元を離れ、再びB組の教室に向かい水をコップに注ぎ、彼女の元へ持って行く。水を運び終えたあとは正面に座り、彼女がたこ焼きを食べ進める姿を見守る事に。

 朝倉先輩は次々とたこ焼きを食べ進めていたが、不意に手を止め、こちらをジッと見つめる。

 

「ねぇ友希君。接客を頼んだのだから、もっと色々してほしいわ」

「……例えば?」

「そうね……このたこ焼きを、食べさせてあげるとか……かしら」

「た、食べさせてあげるですか……? それは接客とは違うんじゃ……」

「あら駄目? 執事として、お嬢様のお願いは聞くものよ?」

 

 口元に手を添え、クスリといたずらな笑顔を浮かべる。

 本物のお嬢様に言われるとなんか迫力あるな……周りの目があるし、照れ臭いけど……やらなきゃ納得してくれそうに無いな。

 

「……分かりました」

「ありがとう。じゃあ、お願いするわね」

 

 使っていた割り箸を俺に渡す。それを受け取り、たこ焼きを一つ掴む。

 

「それっぽいセリフもお願いね?」

「うっ……」

 

 本当、からかうのが好きだなこの人……仕方無い、とことん付き合ってやる。

 

「……お嬢様、失礼します。あーん……」

 

 そんなシンプルな言葉を口にしながら、たこ焼きを朝倉先輩の口元に運ぶ。先輩はそのたこ焼きを口を大きく開き、髪を色っぽく掻き上げながらパクリと口にする。モグモグと咀嚼をして、ゴクリとそれを飲み込むと、朝倉先輩は満足そうに笑い、ペロリと唇を舐める。

 

「ウフフッ……ありがとう友希君。とっても美味しかったわ」

「そ、それは何より……です」

 

 いちいち色っぽい先輩の仕草に緊張してしまい、思わず視線を逸らす。すると先輩はさらに嬉しそうに笑い、こちらへ身を乗り出す。

 

「あら? 友希君、緊張しているの?」

「い、いやその……」

 

 彼女のからかいに反論する事が出来ず、視線を泳がせる。その時、身を乗り出しているせいでテーブルの上に彼女の大きな胸が乗っかり、さらにボリューム感が増しているのが目に映り、慌てて視線を下に向ける。その反応に、朝倉先輩はさらに嬉しそうに、小さな笑い声を上げる。

 凄い照れ臭い。そして周りの視線が痛い。あとなんか周りの客がこんなサービスがあると勘違いしてか、「私にもあーんしてほしい!」と騒いでいる。当店はそんなサービスございませんから。

 

 どうにかしてこの空気を変えたい、そう心の中で策を考え、願ったその時――

 

「センパーイ! 暇が出来たんで遊びに来まし……た…………あー!」

 

 入り口から届いた明るく元気な声で、空気が変わった。……悪い方向に。

 

「ちょっと! どうして朝倉先輩がここに居るんですか!」

 

 そう声を荒げながら、突如執事喫茶にやって来た出雲ちゃんは、朝倉先輩の元へ大股で歩み寄る。それに先輩は動じた様子も見せず、冷ややかな目を彼女に向ける。

 

「別に、あなたと同じ理由よ。暇が出来たからここに来ただけよ」

「だからってなんで先輩と一緒の席に座ったりしてるんですか! 抜け駆けじゃないですか! 先輩との文化祭はミスコンでの勝負のあとでって決めたじゃないですか!」

「それはあくまで文化祭巡りのデートでしょ? 今の私は客としてここに来て、従業員である友希君に接客をお願いしてただけ。なんの問題も無いわ。そもそも、私と同じ魂胆でここにやって来たあなたにどうこう言う権利は無いわ」

「んぐっ……!」

 

 図星なのか、出雲ちゃんは歯を噛み締め黙り込む。が、俺の持つ割り箸を視界に捉えると、驚いたように目を見開く。

 

「なんで先輩が箸持ってるんですか! まさか……食べさせてもらったとかじゃないでしょうね!?」

「あら鋭いわね」

「んなっ……!? それは接客にしては度が過ぎてるでしょう!」

「どうせあなたも考えてたんだから、別にいいじゃない」

「いい訳無いでしょう! あなたはいっつもいっつも抜け駆けして……ズルいじゃないですか!」

「全く……相変わらず嫉妬深いのね」

「これが嫉妬せずにいられますか! 先輩、次は私にお願いします!」

「今は私が頼んでるのだからあとにしなさい。二時間ぐらい外で待ってなさい」

「長いです! 四十秒で立ち去って下さい!」

 

 周りの目、俺の存在、あらゆるものを気にせず、二人はいつも通りな口論を繰り広げる。その修羅場に、周囲の客は唖然としたように彼女達を見つめ、俺はその視線の中で黙って頭を抱えた。

 もう言い争うなとは言わない。だがせめて、人目が無いところで争ってくれ。……周りの客に迷惑だから。

 

 だが二人の口論は収まる様子を見せず、結局俺が朝倉先輩と同じように、出雲ちゃんの相手をしてあげる事で事態は収束したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回もまだまだ波乱が続きます。あの姉妹やあの姉妹も登場予定。






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