モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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祭りの開幕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭当日――A、B、C組の男性陣は文化祭開場前の最終準備の為、開場の十時よりも二時間も早くに執事喫茶の会場であるここ、2年A組の教室に集まっていた。

 飾り付けやテーブルに不備は無いか、メニューの一覧に記入ミスは無いかなどなど、色々な確認を生徒総出で行う中、俺は教室の隅っこで、この出し物のメインとも言える特別な衣装に着替えていた。

 上は白いシャツに真っ黒なジャケットとネクタイ。下もこれまた黒一色なズボンという組み合わせの服装――いわゆる燕尾服というやつだ。これもメイド喫茶で使うメイド服同様に、C組の衣装制作担当の者達と、A組B組の裁縫好きの者達が協力して作った、手作りの衣装だ。

 そんな今まであまり着た事の無い衣装への着替えに少々苦戦しながらも、なんとか着替えを終わらせ、近くに立て掛けてあった姿見に視線を向ける。当然そこには、燕尾服を身にまとった俺の姿が映し出されていた。

 

「うーん……なんか微妙……」

 

 普段パーカーやジャージといったラフな格好しかしないからか、こういったキッチリした服はなんだか俺には似合って無い気がする。燕尾服である以上、正装なのは確かなのだが……コスプレ感が少しある。

 自分と燕尾服の相性があまりよくない事に少し残念に思っていると、俺と同じように燕尾服に着替えていた裕吾、翼がこちらへやって来る。そんな二人の姿を見て、俺は思わず一瞬言葉を失った。

 着ている服はほぼ俺と同じなのに、二人は俺とは全然違った。裕吾は流石学年で一、二を争う男前と言うべきか、それが普段着でもおかしく無いぐらい着こなしてる。そして翼は、完全に見た目は男装した女子だが、とても似合っている。これが差というやつか……

 

「流石だな……俺とは格が違うわ」

「そ、そんな事無いよ。友希君だって結構いいと思うよ?」

「ま、七五三には見えないからいいだろ」

「なんかあんま嬉しくない言い方だなそれ……」

「ハハッ……あれ? そういえば孝司君、見当たらないね?」

 

 翼の発言に、教室内を見渡してみる。教室内には全員では無いが、三クラス分の男子生徒が集まり作業を進めている。だが、翼の言う通り孝司の姿が見えない。

 一体どこに行ったのだろうと、あいつの行き先を考えていると、裕吾が口を開く。

 

「あいつなら学園中でビラ配ってるぞ。生徒にも宣伝して、客を集めてやるとかなんとか」

「そっか……あいつにはミスコンの事で、色々聞きたかったんだけどな……」

「ミスコンの事で?」

 

 不思議そうに首を傾げる翼に対し、俺は無言で頷く。

 文化祭で俺との文化祭巡りを賭けた勝負がミスコンに決まったのはいいのだが、俺はそのミスコンの詳しい内容を一切聞いていない。知ってる情報といえば今日の十五時半に体育館でやるという事ぐらいだ。出来れば細かい内容なんかを聞きたいのだが、居ないなら後で聞くしかなさそうだ。

 

「ま、あいつも天城達に迷惑が掛かるような内容にはしないだろう。節度は守るだろうよ」

「だといいけど……」

「とはいえ、天城や雨里辺りにとっては、ミスコンに出る事自体が割とハードな事だろうけどな」

「天城さんも雨里さんも、結構恥ずかしがり屋さんだからね。正直メイド喫茶もちゃんとやれるか心配だよね」

 

 翼の言う通りだ。人前に出る事自体は平気だろうが、メイド服っていう……言ってしまえば恥ずかしい衣装でまともに接客など出来るのか、若干心配だ。

 

「天城も雨里もやる事はキッチリやるタイプだろうし心配は無いだろうがな。俺は逆に言うと桜井の方が心配だな」

「なんで?」

「考えてみろ。あの桜井だぞ? まともな仕事が出来るかどうか怪しい」

「それは流石に……無い……よな?」

「疑問系になっちゃったね……」

「……まだ開場までは時間あるし、ちょっと様子見に行ったらどうだ?」

 

 裕吾はそう言いながらチラリと視線を掛け時計に目を向ける。現在の時刻は九時四十分。開場まではまだ二十分近く余裕があるし、裕吾の言う通り彼女達の様子を見に行ってもいいかもしれない。

 

「そうだな……ちょっと行ってくる」

「うん。じゃあ僕達は準備を進めてるよ」

「ああ、今B組は女子が着替えに使ってるから、廊下側から行けよ。覗きしたいなら止めんが」

「するか!」

 

 裕吾のボケに一ツッコミ入れてから、俺は廊下へ続く扉を開き、メイド喫茶の会場であるC組の教室へ向かった。

 

 俺達A、B、C組の合同の出し物であるメイド喫茶&執事喫茶は、会場をA組とC組の教室で分ける事になった。理由はそっちの方が男性客、女性客が別れて接客をしやすい事。もう一つは折角三つも教室を使えるのだから使おうという理由だ。

 余ったB組の教室は調理室、休憩室となっている。客に提供する飲み物を保存する冷蔵庫や、コンロなど調理に必要な物をまとめてその部屋に置いている、執事喫茶とメイド喫茶共用の場所だ。ちなみにB組の扉、そしてA組、C組のB組側の扉はダンボールの通路で直接繋げて、窓も閉めっきりなので、外からは見えず、入れない仕組みになってる。

 

 そんな関係者以外進入不可能なB組の教室を通り抜け、メイド喫茶会場のC組の教室の扉を開く。

 執事喫茶より可愛らしい飾り付けが目立つ教室内には、既にメイド服を着た数人の女子が執事喫茶と同様に、最後の準備を進めていた。だが天城、海子、陽菜の三人の姿は見当たらなかった。

 女子だけの空間に堂々と入り込むのに少々躊躇してしまい、入り口付近で彼女達の姿を探していると、見覚えのある二人がこちらへと歩み寄ってきた。天城、海子の親友である川嶋と滝沢だ。二人も他の生徒同様、メイド服に身を包んでいた。

 

「よお世名。なんかあったか?」

「いや、ちょっと様子を見に来ただけで……」

「様子? ……ああ、ゆっちゃん達の? 三人ならまだ着替え中だよ」

「そっか。……にしても、川嶋はともかく……滝沢もメイドとして出るんだな」

「おいおい、ナチュラルに失礼な事言ってくれるねー。ま、私もそう思うけどさ。こんなフリフリした服、似合わねっての」

 

 そう言いながら、滝沢はスカートの裾にあるフリルを摘む。

 彼女自身も自覚してるように、正直滝沢にはメイド服みたいな可愛らしい服は似合わないとは思う。川嶋みたいにおっとりしてて女の子って感じの子にはピッタリだが、武闘派で男勝りな彼女はどちらかと言うと、カッコいい服装の方が似合う。むしろ執事喫茶に来た方が輝きそうだ。今から翼と交換してもいいかもしれない。……かわいそうだからしないが。

 

「まあそれは置いといて……世名もなかなかいいんじゃねーか?」

「うん。馬子にも衣装って感じ」

「それ誉めて無くね?」

「あんま誉めると海子達に嫉妬されそーだからこれぐらいでいいんだよ。……というか、おせーなあいつら」

「もうそろそろ着替え終わってるはずだけどねー……私見てこよっか?」

 

 と、川嶋がB組の教室へ繋がる扉の方へ向かおうとした寸前、その扉がガラリと開き、一人の人物が教室に入ってくる。

 川嶋や滝沢と同じく、黒いワンピース、フリルの付いた白いエプロンにカチューシャという、王道なメイド服に身を包んだ陽菜だった。彼女は教室に入ると同時に辺りをキョロキョロと見回し、俺と目が合った瞬間――

 

「あー、友くんだー!」

 

 と、いつものように明るく元気な声を上げ、こちらへ駆け寄ってきた。

 

「どうしてここに居るの?」

「ちょっと様子見に来ただけだよ」

「そっか……その服カッコいいね! 友くんはいつもカッコいいけど、今日はなんだか……三倍ぐらいカッコいいよ!」

「そ、そりゃどうも……そういうお前も……」

 

 そこまで口に出たところで、続きを言うのがちょっと恥ずかしくなり、つい言葉が詰まる。陽菜はそれに、不思議そうに首を傾げる。

 彼女の服装自体は他のメンバーと大差無い一般的なメイド服だが、陽菜のこういう格好を見た事が無いからなんだか新鮮だ。それに、髪型もいつものサイドテールでは無く、まとめてないロングヘアーだから、いつもと違った印象を抱いく。

 まあ、つまり何を言いたいかと言うと――

 

「……可愛いんじゃないか……?」

「……エヘヘ……ありがと!」

 

 一瞬キョトンと目を丸くしたが、陽菜はすぐさま嬉しそうに笑った。その可愛らしい笑顔に恥ずかしさが増し、思わず視線を逸らす。

 

「いやー、お熱いねお二人さーん」

「ヒューヒュー」

 

 その一部始終を見ていた滝沢と川嶋が横から茶々を入れてくる。さらに、周りの女子生徒からも生暖かい視線と、キツイ視線が送られる。

 それにこの場に居るのが居たたまれなくなり始めたその時――

 

「せ、世名君……!?」

「なっ……!? 友希が居るのか……!?」

 

 B組に続く扉の方からそんな聞き覚えのある声が二つ聞こえ、視線をそちらへ移す。しかし、扉の前には誰の姿も無かった。

 

「……はっはぁーん」

 

 すると、不意に滝沢が怪しげな笑みを浮かべ、川嶋に視線を送る。その意図を察したのか、川嶋はコクリと頷き、滝沢と共に扉の方へ歩き、扉の奥へ手を伸ばす。

 

「ほら、照れてないで出て来いって!」

「い、いやその……!」

「二人とも世名君に見てほしいなって言ってたじゃん。出ておいでー」

「い、今は心の準備がまだ……キャア!」

 

 小さな悲鳴の直後、扉の奥から滝沢達の手により、二人のメイドが引っ張り出される。教室に強引に引き込まれた二人――天城と海子は俺と目が合うと同時に両手で自分の姿を覆い隠し、二人揃って顔を赤くして目を逸らす。

 

「突っ立ってないで、さっさと世名んとこ行けよ!」

「だ、だって……」

「恥ずかしいじゃないか……」

「もう見られてんだから恥ずかしいもクソも無いだろ? ほらほら!」

 

 ポンッと滝沢に背中を押され、二人は渋々といった風にこちらに向かい歩き出す。

 

「わー、二人とも可愛いね! スッゴい似合ってるよ!」

「あ、ありがとう……」

「……どうも」

「…………」

「おい世名! お前も二人になんかコメントしなよ! 男でしょ? バシッと言え!」

「わ、分かってるよ……」

 

 滝沢に急かされ、二人の姿をジッと眺める。二人は照れ臭そうにモジモジしながら視線を逸らし、それに緊張が高まったが、気にせず観察を続ける。

 二人ともメイド服は陽菜達とほぼ同じだ。けど、二人ともいつもとは違うとこがある。

 

「……天城、ツインテールなんだな」

「う、うん……この方がいいって言われたからこうしたんだけど……やっぱり変かな?」

「いや、凄い可愛いし、そっちの方がメイドさんって感じがしていいと思うぞ。やっぱり天城はどんな格好でも似合うな」

「え、えっと……あ、ありがと……凄く、嬉しい……」

 

 天城は小さく微笑みながら、俯く。その反応にドキッとしながらも、続けて海子のコメントに移る。

 

「海子は……眼鏡掛けてんだな」

「ああ……眼鏡要素はあった方がいいとかなんとかでな……家から持ってきた」

「そ、そうなのか……なんというか……キリッとした感じだな。前に眼鏡掛けたとこ見た時も可愛かったし、メイド服と合ってていいと思うぜ」

「よ、余計な一言は言わなくていい! ……まあ、嬉しいから良しとするが……」

 

 恥ずかしそうにそう口にしながら、気を紛らわす為か眼鏡の蔓をいじくる。

 

「ヒュー、なかなか気の利いた事言うじゃん」

「うん。みっちゃんもゆっちゃんも嬉しそう。流石だねー」

「からかうのはよしてくれ……」

「むー、なんか私の時よりコメント多いー! 私ももっと言われたい!」

「い、いいだろ別に……俺は思った事言ってるだけだよ」

「おー、カックイー。こりゃ海子達も惚れる訳だ」

 

 と、滝沢が半笑いで口を開く。だからからかうのは止めてくれ……

 

「で、そんな二人は世名の執事姿にも興奮してんのかい?」

「こ、興奮なんてしてない! た、ただカッコいいなと思ってるだけで……」

「へぇー、カッコいいとは思ってるんだ?」

「んなっ!? は、はめたな!?」

「海子が勝手に言っただけでしょ?」

「ぐぅ……!」

 

 海子の奴、滝沢に完全に手玉に取られてるな……

 

「ねぇ、ゆっちゃんもカッコいいって思ってるの?」

「え!? そ、それは……と、当然、だよ……凄く、カッコいいよ……」

「ヒューヒュー。ゆっちゃんカッワイー」

「もう! からかわないで!」

 

 天城も川嶋に手玉に取られてるな……というか、俺を目の前にそういう会話は止めてほしい。……さっきから顔が熱くてたまらない。

 そんな俺の気持ちも知らず、四人は聞いてるだけで恥ずかしい会話を続ける。この空気に耐えきれなくなり、俺はゴホンと一発咳払いをして彼女達の会話を無理矢理せき止める。

 

「……俺はそろそろA組に戻る。お互い、成功するように頑張ろうぜ」

「う、うん! お客さんがいっぱい集まるように頑張ろうね!」

「そうだな……ここまで来たら、やれるだけやろう」

「よーっし、頑張るぞー! 友くんもよかったら顔出してね! 私達も暇だったらそっち行くから!」

「時間が取れたらな。じゃあ、またあとで」

 

 そう言い残し、メイド喫茶を後にして、俺は執事喫茶の方へ戻った。

 

「……って、これじゃ何しに行ったか分からないな……」

 

 なんか照れ臭い思いして帰ってきただけだなこれ……でも、あの様子なら心配は無さそうだし、大丈夫かな。

 そんな事を考えながら執事喫茶に戻ってくると同時に、校内放送が流れ出す。

 

『もう間もなく開場の時間です。各クラス、準備を済ませて下さい。繰り返します――』

「友希君! もうすぐ時間だよ!」

「お前も接客するんだ、位置に着いとけ」

「分かってる。……よっし、やるか!」

 

 パンッ! と頬を叩き、気合いを入れる。

 今日から二日間、色んな事があるだろう。だけどまずは、精一杯楽しめるように頑張ろう。その為に――この出し物も全力でやってやる!

 燕尾服の裾を正し、適当な場所に立つ。そして数分後――時計の針が、十時を告げる。

 

「さて……始まりだな――!」

 

 いよいよ、二日間に渡る乱場学園文化祭初日が――幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回から、文化祭編本格始動です。執事喫茶、メイド喫茶、その他の出し物――文化祭の色んな場所でどんなイベントが巻き起こるかのか?
 メインヒロインとのイベントはもちろん、色んなサブキャラも出る予定。お楽しみに。





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