モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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文化祭の始まりは準備期間から 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽菜の採寸を手伝い終わり、一休みした後に再び文化祭の出し物のアイデアを考える事にした。一応アイデアは思い付いたが、あまりピンと来なかったのでコレだ! というのが思い浮かぶまで夕食中、入浴中と、あらゆる時と場所で頭を悩ませ続けた。

 

 しかし、これ以上のものは無いというアイデアは一向に思い浮かばず、結局俺は一応思い付いたアイデア――言うなれば微妙なアイデアだけを海子の機嫌を損ねない為に頭の中に保持したまま、月曜日を迎えたのだった。

 ちなみに、俺が思い付いた微妙なアイデアとはお化け屋敷だ。定番な出し物だし、いくつかオリジナリティーがある案を考えてはあるので、悪くは無いと思う。だが、多分却下は間違え無いだろう。そう思う理由もあるし。

 

「はぁ……」

 

 このアイデアで大丈夫なのかと、一抹の不安が残る朝。俺は制服に着替えてから朝食を食べる為にリビングへ向かった。

 まあ、決してアイデアが無い状態な訳じゃないし、真面目に考えたつもりだから、海子も文句は言わないだろう。……他が考えてなかったら結局機嫌損ねるんだろうけど。それに……いや、きっと大丈夫大丈夫。

 そう自分に言い聞かせながら、俺はリビングの扉を開く。そこでは既に友香と陽菜、そして珍しく出勤前であろう父さんが朝食を進めていた。

 

「おはよう友希。あなたも早くご飯食べちゃいなさい」

 

 席に着くと母さんがキッチンから朝食を持ってくる。トーストにスクランブルエッグ、ウインナーとスタンダードな朝食だ。俺はテーブルにあったマーガリンをトーストに塗り、口に運ぶ。

 

「そういえば友希、文化祭の出し物は決まったのか? 何だか行き詰まってるらしいな?」

 

 朝食を食べ進めていると、不意に父さんが話し掛けてくる。それに一瞬返事をするのが面倒だなと思ったが、一応トーストを皿に置いて返事をする。

 

「一応……ま、多分今日却下されるだろうけど」

「弱気だな。まあそれは置いといて……陽菜ちゃんのクラスはメイド喫茶なんだって?」

「はい! 今日完成したメイド服を試着するんです! 楽しみだなぁ……」

 

 そう口にしながら、陽菜がのほほんとした表情で天井を見上げる。大方、完成したメイド服の妄想でもしてるのだろう。

 

「……って、メイド服作り始めたのってこないだの金曜からだろ? もう完成したのか?」

「そうみたい。メイド服作り担当の子達、スッゴく仕事早いの!」

「いくら何でも早過ぎだろ……まあいいか。という事は、もうやる事無いんじゃないか?」

「言われてみると……そうかも。あとはメニュー考えたり、飾り付けぐらいだろうし……結構暇かも!」

 

 暇か……今のウチのクラスからは遠く掛け離れた状況だな。ウチのクラスもそれぐらいの余裕が欲しかったもんだ。

 C組の余裕を羨ましく思っている俺の正面で、父さんが顎をいじりながら何かを考え込むように目を閉じる。

 

「しかしメイド喫茶か……俺の時代ではそんな事考える奴らは居なかったよ。羨ましいもんだよ……もし俺の時代にもそんなアイデアがあったら、母さんの可愛いメイド姿が見れたかもしれんのにな」

 

 父さんが若干ニヤニヤしながら放ったその言葉に、俺は思わず想像してしまった。……母さんのメイド姿を。

 

「…………」

 

 その想像図が頭に浮かび上がった瞬間、俺は頭を抱えて深くうなだれた。

 母親のメイド姿予想以上にキッツイな……酷いもん想像しちまった。

 

「どしたの友くん?」

「どーせお母さんのメイド姿でも想像しちゃったんですよ。思春期な高校生男子にはダメージデカいんでしょうし、放っておきましょう」

「失礼な奴だなお前……母さんは今でもメイド姿が似合う美人だというのに!」

「もぉ、お父さんったら……!」

「……はぁ」

 

 朝っぱらからイチャつく両親にうんざりしたように溜め息を吐きながら、友香は食器を片しにキッチンへ向かう。それに続き陽菜、そして朝食をささっと済ませた俺も食器を片し、荷物を持ち、三人揃って学校へ向かった。

 

 外はすっかり秋模様。風も冷たく、辺りの木々は緑から紅葉に変わった。俺達の制服も今日から冬服に戻り、黒いブレザーで身を包んでいる。

 そんな変化にまた季節が流れたのだなと感じていると、不意に俺達の前に一人の人物が現す。陽菜や友香と同じ黒いブレザーに、男から見たら寒そうな膝丈ぐらいのスカートを着た、黒髪の少女。そう、天城だ。どうやらいつの間にか彼女の家の前まで来ていて、バッタリ遭遇したらしい。

 天城は俺達と目が合うとピタリと足を止め、こちらへ体を向ける。

 

「おはよう、天城」

「おはよう。今日はちょっと寒いね」

「ああ、もう秋だな」

 

 そんな適当な会話を交えながら天城も俺達の輪の中に自然と入り込み、横並びで歩き出す。

 それからも四人でなんて事無い会話を続けていると、話題が文化祭の事へ。

 

「そういえば、こないだメールで教えてもらった世名君との文化祭巡りを賭けた勝負だけど……内容は決まったの?」

「いや、実は孝司から全然連絡来ないんだよ。今日聞くつもりだけど……もし変な内容だったら却下するから」

「そっか……でも、私はどんな勝負でも頑張るよ。世名君と文化祭見て回りたいからさ」

「天城……ありがとうな、勝負に賛成してくれて」

「私も大宮さんや朝倉先輩とある意味同じ考えだからさ。世名君と私だけの思い出が欲しい……だから、絶対負けられない……!」

「私だって負けないからね、優香ちゃん! でもその前にメイド喫茶、一緒に頑張ろうね!」

「え? う、うん……」

 

 と、天城は何故か陽菜の言葉に歯切れ悪く返事をする。

 

「どうした?」

「う、ううん……その、やっぱり注目されるよね? メイド喫茶って……」

「そりゃ……メイド喫茶だしな。それがどうした?」

「……私、目立ったり、ちやほやされるのあんまり好きじゃ無いからさ」

「ああ、そういえばそうだったな……」

 

 告白された時のラブレターや、香澄ちゃんの件の時話してたな。学園のアイドルなんて言われるのも、本人は嫌みたいだし。

 

「じゃあ、どうしてメイド喫茶なんて賛成したんだ? 嫌だって言えばよかったんじゃ?」

「そうは思ったんだけどさ……クラスのみんなも乗り気で、楽しそうだったから、何だか言い辛くって……折角みんなが盛り上がってるのに、私がそれを台無しにしちゃ駄目だと思って……」

「そっか……優しいんだな、天城」

「そ、そんな事無いよ。……それにね、ちょっと別の理由もあったし……」

「別の理由? 何だ?」

 

 なんとなくそう問い掛けてみると、天城は急に頬を軽く染めて、視線を逸らす。……もしかして答え辛い事だったか?

 

「その……せ、世名君に……メイド服着てるとこ、見てほしかったから……」

「えっ……ど、どうして?」

「だ、だって男の子って……そういうの好きなんだよね? だから……世名君も、好きかな……って思って……だから……」

 

 人差し指をツンツンさせながら呟いた彼女の言葉の全貌が明らかになる寸前、その声が消え入る。彼女の言いたかった事はつまり、メイド姿を見てもらえば、俺の思いが少しは自分に傾くと思った――という事だろう。

 そんな事無い……と言えなくも無い。正直彼女のメイド服姿には興味はある。一瞬でもいいから見て、記憶に納めておきたい気持ちもある。

 だが、それを口にすると天城がパニクるだけなので、そっと心の内に閉まった。

 

「……た、楽しみにしとくよ、メイド喫茶」

「う、うん……」

「……朝から気まずい空気流さないでほしいんだけど、お兄ちゃん」

 

 俺のせいかよ……しかし、その言葉で若干空気が和んだ。助かった、我が妹よ。

 

「しかし、優香さんがメイド服着るとなると……学園中が混乱しそうだね。陽菜さんも居るし」

「だろうな……同じ学年としては話題を掻っ攫われた感じだけど」

「でもその分暇になりそうだからいいんじゃない?」

「そうだよ! その空いた時間でメイド喫茶に来たらいいよ! 私が接客するよ、友くん! じゃなくて、ここはご主人様……かな?」

「桜井さん、あんまり調子に乗らないでね」

 

 と、天城が陽菜をジロリと睨む。

 メイド喫茶か……顔出したいところだけど、多分客でごった返してるだろうな。そんなとこで陽菜から接客受けるとなると……周りの目がシンドイな、きっと。

 未来に訪れるかもしれない憂鬱な状況に、溜め息をこぼしながら、天城達と真っ直ぐ通学路を歩き続けた。

 

 

 ◆◆◆

 

「――では、こないだ出した宿題の件について話をするぞ」

 

 いつかと同じように、海子が教室の教壇に立ち、クラスメイト全員に視線を向ける。そのどこか緊張した空気に唾を飲み、視線を泳がし、汗を垂らしながら皆彼女を見つめる。

 

 本日の一時間目の授業は以前の金曜日同様に中止になり、文化祭の出し物を決める会議になった。ここで決めなければ本当にマズイ。それを理解してか、海子もクラスのみんなもどこか緊張した様子を見せている。……何人かはそうじゃない奴も居るが。

 

「よし、まずは今言った通り、先週の宿題――文化祭の出し物案についてだ。何か思い付いた者は挙手してくれ。というか……全員考えてきたよな?」

 

 海子の鋭く、問い詰める声に教室の空気が強張る。恐らく考えて無い奴は心臓がキュッとなってるに違いない。現に俺の斜め前に居る男子生徒は、肩を震わせながら俯いてる。多分、他にも何人か居る。

 海子はそれを察してか、深く溜め息を吐き、頭を抱える。

 

「全く……ここまでやる気が無いクラスだったとはな……もう考えてこなかった奴をどうこう責めるつもりは無い。ただ、考えてきた者は隠さず話せ。分かったな? じゃあ、何か思い付いた者は居るか?」

 

 海子の言葉の直後、数人の手が挙がる。俺もそれに紛れて手を挙げる。

 

「……友希、お前から言ってみろ」

「お、俺から?」

「ああ。正直お前が一番信用出来る。頼むぞ」

 

 海子は安らかに微笑む。

 有り難い言葉だ。でも、多分その信用を裏切る事になるだろう。それに少々口を開くのを躊躇してから、俺は考えてきたアイデアを口にした。

 

「……お化けやし――」

「却下だ」

 

 とてつもなく食い気味に、海子は早口で冷酷な言葉を口にした。

 

「……あの、まだ言い切って――」

「却下だ」

「い、一応オリジナリティーもあるか――」

「却下だ」

「……あ――」

「却下だ」

「…………はい」

 

 先ほどの信用を一切感じさせない冷たい言葉、全く目を合わせてくれない彼女の行動に若干心が折れながら俺は発言を止めた。

 まあ、こうなると思ってたけどね。でも想像以上の拒絶だったわ。海子に悪気が無いのは分かってるが、流石にちょっと傷付く。

 彼女が俺の案を容赦無く却下した理由は一つ――怖いからだ。

 お化け屋敷――というかビックリ系の耐性が皆無どころかマイナスな彼女が、お化け屋敷などという出し物を受け入れる訳が無い。そんなの準備段階で発狂と混乱の連続だ。実際、今海子の口元がピクピクと引きつっている。お化け屋敷という単語を聞いて想像してしまったのだろう。それだけであんなんじゃ、もう無理だ。

 

「……他にあるか」

「……無いです」

「……次の者」

 

 なんか、ごめん――心の中で、俺は海子に謝罪した。

 

 

 それからも勝手に抱いた恐怖を背負った海子の進行で、文化祭の出し物アイデアの発表は続いた。だが、どれもクラス全員の賛成を得られるものは無かった。

 

 クラスでバンドをやる――これは楽器が出来る者が居ないし、練習する時間も無いので却下。

 

 謎解きゲーム――これも謎解きを考える時間も無い上、D組と被るので却下。

 

 劇――同じく時間が無い上、E組と被るので却下。

 

 純喫茶風の飲食店――メイド喫茶に客を持ってかれて盛り上がらなそうという理由で却下。

 

 合コン系出し物――問答無用で却下。

 

 ことごとく却下され続けるアイデア達。そしてとうとう全員の考えてきた案が出され、中でも可能そうな数点が黒板に書き残された。

 といっても、どれもピンと来ない微妙なものばかり。これではクラスのモチベーションも上がらなそうだ。

 

「参ったな……」

「もうお好み焼き屋とかたこ焼き屋とかでいいんじゃね?」

「出店系はもうとっくにいい場所取られちゃってるんじゃない? ていうかそれもうありそう」

「だとしたら人集まんねーか? それやる気出ねーな……」

「わがまま言ってる場合じゃないんじゃない? まあ、盛り上がれる方がいいけどさ」

「……やっぱ休憩所?」

「出し物じゃねーじゃん」

「あ、言い忘れてましたけど、ちゃんとした出し物にしないと、成績に影響するかもしれませんよー?」

「言うの遅いよハル先生……」

「どうすんだよマジー」

 

 教室中に生徒達の会話がどよめく。それに海子は反応する素振りを見せず、黒板に書かれたアイデアをジッと眺める。彼女もなかなか思い浮かばないようだ。

 俺も考えてはいるが、なかなか思い付かない。やっぱり地味でも人が集まりそうじゃなくても、妥協しとくべきなのか――そう思った、その時。

 

「――ちょっと待った!」

 

 突然教室の扉が盛大な音を立て開き、廊下から複数の生徒が教室に入り込んできた。その先頭に居たのは――なんと孝司だった。

 

「な、何だいきなり……今は授業中だぞ?」

 

 困惑した海子の言葉に反応する事無く、何故か堂々と胸を張って教壇に上がる。その後ろに男子、女子一人ずつ、二名の生徒が続く。あれは……男がB組、女がC組のクラス委員長だっけ?

 

「……一体なんの用だ?」

「ヘッへ……どーせ文化祭の出し物で切羽詰まってると思って、俺が助けに来たわけさ……」

「訳が分からん。というか、それはお前のB組もだろう」

「イヤイヤ、ウチはもう決まったよ。でも、その為にはA組の協力が必要なんだよ」

 

 孝司の発言に、海子はさらにクエスチョンマークを浮かべる。

 何言ってんだあいつ……面倒事持ってきたんじゃないだろうな……いや、絶対そうだ。

 

「……分かるように説明してくれないか?」

「フッフン……ウチの……いや、ウチ達の出し物はな――A、B、C組合同のメイド喫茶&執事喫茶に決まったのだ!」

 

 ビシッと差し向けられた人差し指と共に、孝司の言葉が教室中に響き渡る。

 ……どこからツッコめばいいのか。

 

「分かるようにと言ったはずだが……メイド喫茶&執事喫茶とはなんだ? 何故私の知らないところでそんな企画が進行している? そもそもなんだこれは?」

「まあまあ慌てなさんなって。一から説明するからさ」

「さっきからなんだそのムカツクノリは……」

 

 海子の言葉をスルーし、孝司が俺達に向けて説明を始めた。

 

 

 

 話をまとめると――B組も俺達同様、出し物が決まらず困っていたらしい。そんな時、「クラス間での合同の出し物が許可されている」という事を思い出した孝司は、C組のメイド喫茶に加わらせてもらおうと考えたらしい。C組のメイト喫茶はほぼ準備が完了している上、文化祭当日までかなり余裕がある。つまり、準備期間の少なさをあまり気にしなくて済む。さらに、確実にメイド喫茶は人気が出るはずだから、それにあやかろう……という卑怯な手段を思い付いたらしい。

 そして早速、B組はC組にその件を伝えた。するとC組は割と呆気なくそれを受け入れたようだ。理由はメイド喫茶という企画を発案したC組の女子が「そんな面白そうな事断る訳が無い! 予算も人手も増えるし万々歳!」という事らしい。

 しかし、そこには一つ条件があった。それが「A組も巻き込み、出し物をメイド喫茶&執事喫茶へと変更する」という事だった。

 ハッキリ言って意味不明だが、ちゃんと理由があるらしい。まず一つ、ウチのクラスには雨里海子という、学年でも一、二を争う美人が居る事。彼女がメイド喫茶に参加すれば、さらなる反響を受けられるという魂胆からだ。

 もう一つ、学園に「翼君を愛で隊」なるファンクラブがあるほど人気な美少年、早乙女翼を腐らせるのは勿体無いからという理由で、メイド喫茶では集め難い女性客も手に入れる為に執事喫茶を発案。そしてそこに我がクラス所属のイケメンである新庄裕吾も加わればさらに盛り上がるという策略。

 以下の事から、A、B、C組合同メイド喫茶&執事喫茶が企画され、交渉の為に我がクラスへとやって来た――という事らしい。

 

「…………」

 

 全てを聞いた海子、そしてクラスの全員が、唖然と表すに相応しい顔で孝司を見つめた。当然、俺もだ。

 

「な、なんだその馬鹿げた話は……」

「馬鹿げたも何も、実際さっきあった事だからしゃーない! ちなみにB組C組は協力する気満々だ! あとはA組が協力してくれたら企画始動だぜ!」

「ふ、ふざけるな! いきなりそんな事を言われて、はい分かりましたなど言えるか! 大体、C組はそれでいいのか? いきなり二クラスも増えたら負担が掛かるだろう。衣装とか、色々……」

「あ、その件に関してはウチのクラスの衣装制作担当で企画発案の者が、『全然構わない! 人手が増えて有り難いし、むしろやる気が出るし、何より面白そうだからオッケー!』……と言ってました」

 

 大人しそうな見た目のC組のクラス委員長の女の子が、恐らくその企画発案者のモノマネをしたような口調で声を教室中に響かせる。

 それに海子は言葉を失ったように口を開き、ガックリと肩を落とした。

 

「そんなに軽い気持ちでいいのか……」

「でもさ、それってウチにしたら有り難い事じゃね?」

「そうだよ。出し物決まって無いし、それに人手が三倍になれば準備も何とかなりそうだし」

「それにメイド喫茶も執事喫茶も楽しそうだしさ」

「これ以上最高の答えは無いんじゃない?」

 

 確かに……一理ある。合同なら被るなんて心配も無い。そして今朝聞いた話だとC組の衣装制作担当は仕事が相当早いらしいし、人手も増えるし準備に関しては問題無いかもしれない。予算も三クラス分になるから問題無いだろう。何より今までやる気が無かったみんなに、やる気出た気がする。言う通り、多分これ以上無い最高の答えだろう。

 

「し、しかし……叶先生、いいんですか?」

「私は構いませんよー。元々文化祭は生徒の自主性を鍛えるのが目的でもありますから。それに面白そうですし。あとはクラスの代表である、雨里さんが決めて下さい」

「しかし……メイド喫茶というのは…………今の話を聞く限り、私もその……メイドとして出るんだろ?」

「当たり前!」

「ぐぅ……!」

「大丈夫だって! 変な客はお断りだし、天城に桜井! それにお前のお友達の川嶋や滝沢もメイドやるから! 恥ずかしく無いよ!」

 

 嘘を言っている訳でも無いのに滲み出る、孝司の胡散臭さ全開な口調の言葉に、海子はさらに眉間にシワを寄せる。

 海子は恥ずかしがり屋だ。人前でメイド服で接客っていうのは相当恥ずかしいはずだ。とはいえ、クラスのみんなはもうメイド喫茶&執事喫茶で満場一致な感じだ。クラスの意見を無視して断るというのは、海子はしたくないだろう。

 自分の意志、クラスの意志。どちらを尊重すべきなのか、彼女は必死に悩んでいるのだろう。

 

「ムムムッ……!」

 

 そんな葛藤を続ける彼女を見守っていると、不意に足に何かがぶつかる。視線を落とすと、そこには先ほどまで無かった紙屑が一つあり、それを拾い上げる。どうやら何か書かれているようだ。

 

「…………」

 

 その書かれた内容を確認してすぐ、俺はその紙屑を俺の元へ投げたであろう人物――孝司へ目をやった。彼は俺の無言の問い掛けに答えるように、グッと親指を立てた。

 ……はぁ、あいつ最初からこうなると考えてたんだな……海子には少し申し訳無いが、仕方無い。このままじゃキリが無いし、ここで却下したらみんなのやる気が一気に削がれる。

 意を決し、俺はソッと手を挙げて、紙に書かれた事を口に出した。

 

「あのさ……いいんじゃないか、メイド喫茶と執事喫茶」

「と、友希……」

「えっと……合同は許されてんだし、B組もC組も協力的なら、やるしかないだろ。そ、それに……お、俺はその……み、海子のメイド姿も見てみたいなー……なんて」

「なっ……!? お前っ……! いきなり何を言って……!」

「だってほら、他にもそういう人居るだろうしさ! だから……やらない?」

「…………お、お前が……そこまで言うなら、やらんでも……無いぞ?」

 

 と、海子は真っ赤に染まり上がった顔で、裏返った声で、メイド喫茶&執事喫茶参加に賛成した。

 

「……チョロい」

「チョロいね」

「チョッロ……」

 

 クラスメイト達の小さな呟きが耳に流れ込んでいく。

 ……俺が言うのもあれだけど……チョロ過ぎるぞ、海子。

 

 こうして、我がA組――そしてB組、C組の出し物は、合同メイド喫茶&執事喫茶に決定したのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 昼休み――午前の授業を全て終え、昼食も終わらせた俺は、いつものメンバーである裕吾、翼、孝司と共に校内を歩いていた。

 

「全く……お前はくだらない事考えるな」

「何だよその言い方。むしろ誉めてほしいね! お前らのクラスの出し物提案してやった上に、学園のトップクラスの美人である雨里をメイド喫茶という聖域に召喚したんだからな! 崇めたまえ!」

「召喚って……」

「でも、楽しそうでいいんじゃないかな? お客さんもいっぱい集まると思うし」

「翼……お前はそれでいいのか? これってお前出しにされてるぞ?」

「別に構わないよ。それに……最初は僕を女装させてメイド喫茶に参加させようなんて案が出てたし、執事喫茶なら喜んで受けるよ……」

 

 と、翼がどこか遠くを見ながら力無く呟く。

 そんな事があったのね……でも正直そうさせようと思った連中の気持ちも分かる。青髪青眼な美人。大人しい性格と優しい性格も相まって、翼は完全に女性寄りな男の娘だ。女装させたら恐らく男女問わず客が押し寄せる。むしろその方が客が来る。本人は嫌がってるようだが。

 

「でも、執事喫茶も執事喫茶で大変だろ?」

「男の格好な分、百倍マシだよ……」

「でも、男性客は何人か来そうだな。頑張れよ」

「他人事だね裕吾君……」

「でも、そういうお前だってきっと大変だぞ?」

 

 少し悔しいが、裕吾は普通にイケメンだ。これといった特徴は無いが、純粋に顔が整ってる。気だるい感じなんかも、女心を掴んだりするんだろう。こいつ自身はモテる事に興味無いみたいだが。

 

「俺は別に普通にやるだけだ。特別な接客も何もねーよ。忙しかったら他の奴に任せる」

「客からブーイング来そうだな」

「安心しろって! お前が忙しかったら俺が対応してやるよ!」

「……お前裏方だろ?」

「勝手に決めんなよ! 俺だってスーツとか着て、お帰りなさいませお嬢様とか言うんだよ!」

「……客からブーイング来そうだな」

「うぉい! お前ら舐めすぎだろ! 蔑みすぎだろ! 俺流石に泣くよ!?」

 

 そんな孝司の悲しい叫びが響き渡る。

 正直言って、孝司の見た目は言うほど酷くは無い。だが、なんなんだろう……女性にモテる要素は見つからない。本当によく分からないが……こいつには嫌われる才能でもあるんだろうか。悪い奴では無いんだけどな……でもモテるとは到底思えない。だって孝司だし。

 

「友希ぃ! お前失礼な事考えてただろ! 俺には分かるからな!」

「……悪かったよ」

「認めちゃうのかよ! 嘘でも違うと言って! 天城達に告白される前はそんなんじゃ無かったよ!? お前は俺の味方だったよ!? モテ期来て考え方変わりましたかそーですか!」

「違うって……」

 

 分かった……こういうとこだな。なんか鬱陶しいとこがモテない理由だ。これだけでも改善すれば、少しは変わるんだろうけどな。

 

「……あ、そうだ。天城で思い出したけど……お前、例の勝負どうなったんだよ?」

「勝負? 俺のリア充を撲滅するという一生を使った戦いの事か?」

「いやちげーよ……つーかなんだそれ……あれだよあれ。文化祭巡りを賭けたってやつ」

「……ああ、あれか。安心しろ、もう準備は済ませてある。最高の勝負を考えてやったぜ」

「不安はあるが……どんな勝負だ?」

「そう焦んなって。今から見に行こうぜ」

「見に……?」

 

 言葉の意味が理解出来なかったが、それを問い詰める前に孝司が下に続く階段を下り始める。仕方無く、俺は裕吾達と共にそれに着いていく。

 そしてやがて一階に辿り着く。同時に、先週と同じように下駄箱近くの掲示板前に人集りが出来ているのが目に入った。

 

「さあ、答えはあそこにあるぜ」

「答えって……なんだよ」

「いいからいいから! さあ、その目で確認したまえ!」

 

 そう言いながら孝司は俺の背中を押し、人集りの中に強引に押し込む。そのまま俺の体は人の壁の間を通り抜け、掲示板の目の前に辿り着く。顔を上げると、そこには以前も見たミスコンの広告が張られていた。

 

「これが何……ん?」

 

 その広告をよく見てみると、以前と違うところがあった。前は書いて無かった賞品が書いてあったのだ。

 

「えっと……ミスコン優勝者には賞品として、文化祭二日目で世名友希を独占出来る権利を差し上げます……か。ふーん……俺を独占ね……」

 

 広告に書かれている文字を一字一句漏らさず口にしてみる。そこで、思考が一瞬停止した。そして数秒後――

 

「……って俺ぇ!?」

 

 俺は訳も分からず叫んだ。その叫びに驚き、周りの生徒が一気に散らばる。

 

「ハッハッハッ! どうだ? 驚いただろ!」

「ちょっ、おまっ、これ……! どういう事だよ!」

「書いてある通りだよ。俺が提案する勝負内容……それはズバリ、このミスコンだ!」

 

 孝司の堂々とした発言に、俺は開いた口が塞がらなくなった。

 

「お前に任せた俺が馬鹿だった……」

「なんでだよ! 女性にとって一番の勝負とも言えるミスコンで勝敗をしっかり決められて、さらに乱場学園が誇る美人五人がミスコンに参加して文化祭が盛り上がる! まさに一石二鳥だろ!」

「お前な……だからってこんな大事にするか馬鹿! こんなん却下だ!」

「えー、なんでだよー。最高の勝負じゃんよ。それとも他の勝負決めんのか? 言っとくけど俺は大会取り下げる気は無いぜ。賞品もそのまま」

「はぁ……構わねーよそれで。大体今まで参加者集まって無かったのに、今頃参加者集まるか。つまり無視してても問題無いんだよ」

 

 そう、ミスコンに人が参加しなければ大会自体開催されない。つまり、賞品は無かった事になる。無視して他の勝負を決めても問題無い。

 

「フッ……甘いな友希よ。俺がそんな事を考えないと思ったか?」

「思ってるよ」

「マジで舐めてんな……言っとくけど! このミスコン、既に参加者が居る! 俺の人脈をフルに使って参加をお願いして、三人ほど承諾してくれたのだ!」

「……お前に女性の人脈なんて無いだろ」

「舐めすぎにも程があるだろ! 蜘蛛の糸の如く細く脆い人脈を伝って、なんとかお願い出来たんだよ!」

 

 この感じ……嘘じゃ無さそうだな。つまり、本当に参加者が居るのか?

 

「つまり……このミスコンを無視して別の勝負をしたとしても、文化祭の優勝者がお前を独占する事になるのだ!」

「そんなの……無視すりゃいいだろ」

「まあそうだな。けど、それでいいのか? ミスコンは大々的に開かれる。賞品の件もみんな知っている。それなのに、文化祭当日にお前が優勝者と二人じゃ無いところを見たら……お前の学園での印象はガタ落ちだぜ! ついでにその時お前と居た相手も悪印象を受ける!」

「んぐっ……! お前、なんか卑怯だぞ……」

「なんとでも言え! 俺には文化祭を盛り上げる……ミスコンを開かなければならないという使命がある! この使命を果たす為……俺は友を追い詰める! ……一つ、覚えておけ友希――リア充に人権など無い!」

「なんだよそれ……」

 

 しかし、面倒な事になったぞこれ……でも、俺としてはあんまり大事にしたくないし、彼女達もミスコンなんか参加したく無いだろうし……

 

「……だが、お前には人権は無いが、彼女達は別だ。彼女達が全力で拒否するというのならば……俺も潔く諦めよう」

「――いいえ、その必要は無いわよ」

 

 不意に背後から届いた声に、慌てて振り返る。そこにはさっきまで居なかったのに、いつの間にか朝倉先輩が立っていた。

 

「朝倉先輩!? いつの間に……!?」

「今さっき来たのよ。話は大体聞いていたわ。そのミスコン、是非参加させてもらうわ」

「で、でも……こないだはミスコンなんかに参加する気は無いって……」

「確かにミスコン自体には興味が無いけど、友希君を賭けた勝負なら別よ。この勝負、全力で戦うわ」

 

 右手で髪を軽く払い、自信満々に微笑む。

 この感じ……マジだ。本気でミスコンに参加する気だ。

 

「友希君も別に構わないわよね?」

「い、いやでも……他のみんなが……参加したく無いかもしれないし……」

「そうなら、私の不戦勝という事でいいわね」

「へ?」

「だって、友希君の為にたかがミスコンにすら参加出来ないなんて……友希君への愛が足りないという証拠よ。なら、友希君を賭けた勝負は私の勝ちという事で問題無いでしょう?」

 

 な、なんだその理屈……あってるのか? 間違ってるのか? なんだか頭が混乱してきた……

 

「このまま彼女達が参加しないなら、私が残りの参加者を蹴散らせばいいだけ。これで友希君と文化祭を共にするのは、私で決まりね?」

「そ、それは……」

「――そうはさせませんよ!」

 

 突然――いや、ある意味予想通りの一声が、俺達の元に届いた。その声の先には、息を切らした出雲ちゃん。その後ろには天城、海子、陽菜の姿も。

 毎回毎回タイミング良すぎだろう……いや、今回に限っては良いのかな?

 

「あら、あなた達も参加するの?」

「当然です! 不戦勝なんかで先輩を渡してたまるもんですか! 私もミスコンに参加しますよ! もちろん先輩の為に!」

「私も……少々乗り気では無いが、参加させてもらう! 友希の為に……私も、友希と一緒の時を過ごしたいんだ!」

「正直ミスコンみたいに目立つ事は嫌だけど……世名君の為なら、私はどんな事も受ける……!」

「うんうん! こういうお祭り事はみんなで参加した方が楽しそうだよね! 私もやるー!」

「フッ……そう言うと思ってたわ。私も不戦勝なんてする気さらさら無いわ。真正面から叩き潰してやるわ。真島君、参加受付お願い出来る?」

「ヘイ喜んで!」

 

 と、孝司は前もって用意していたのか、懐から参加受付の書類のような物を五人に渡す。それを五人は受け取り、互いを睨み合う。

 

「さて……友希君との一日を賭けた勝負……全力でやりましょうか」

「望むところです。友希の事だけで無く……純粋に勝負にも負けたく無い!」

「先輩と少しでも距離を縮める為に……この勝負負けられない!」

「私も全力で戦うよ! なんだかワクワクするね!」

「……絶対勝つ!」

 

 廊下である事も、周りの目も気にせず火花をバチバチと散らせる五人。俺はそれを、傍らから見ている事しか出来なかった。

 まさか勝負がミスコンになるとは……いや、もしかしたら心のどこかで予想はしてたのかもな。孝司の事だし。でも、ここまで来たら後には引けない。文化祭でのデートは――ミスコンで決まる!

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 メイド喫茶&執事喫茶、ミスコンの決定という衝撃の連続が起こったその翌日。出し物も決まった俺達A組は、B組、C組と共同で文化祭の準備を開始した。

 新たに衣装を作る者は採寸をして、衣装制作担当の者が服を作る。他の者は実際に喫茶で出すメニューの試作、飾り付けの準備、食材の調達などなど。割と厳しいと思ったが、人数が三クラス分、九十人近く居るお陰で準備は滞り無く着々と進んでいき、時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 そして10月10日、土曜日――ついに乱場学園文化祭開始の日が、やってきた。

 

 

 

 

 

 




 出し物はメイド喫茶&執事喫茶に、勝負内容はミスコンに決まり、準備は完了。
 次回、文化祭編開始です!





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