「――これが、今までの私の全てです」
夕焼け空の下、ドリーム・ワールド内にある噴水広場のベンチに座り、自身の過去を語ってくれた出雲ちゃんは、全てを話し終えると口を噤み、目を伏せる。
彼女の語った過去。先ほど遭遇した裕貴さんと霧華さんとあった事から、俺に気を惹かれたキッカケ――全てを包み隠さず話してくれた彼女の言葉に、俺は掛けるべき言葉を考える。
「……とりあえず、ありがとうな。辛い事を話してくれて」
「いいです。辛い事といっても、もう過ぎた事です。あの二人の事も、もう恨んだりしてませんし。ただ……先輩には、出来れば知られたくなかったです」
「どうして?」
「だって…………嫌われると……思ったから」
「嫌われる……?」
「その……私が先輩の事が気になったのは、裕貴さんに似ていたからって理由です。だから……その……裕貴さんが前提で、先輩自身に惹かれた訳じゃないんだって思われると思って……その……」
どう説明したらいいか分からないのか、出雲ちゃんは目を泳がせ、歯切れ悪く口を動かし続ける。
出雲ちゃんが俺に興味を持ったのは、昔自分に優しく接してくれた裕貴さんに似ていたのがキッカケだ。だから、俺に惚れたのも裕貴さんに似ていたから――そう思われるのが彼女は嫌なのだろう。世名友希という人間じゃ無くて、氷室裕貴に似ている世名友希という存在に惚れたんだと思われるのが。それじゃあ、結局は今も裕貴さんに心残りがあると思われるから。それで俺に、毛嫌いされると思ったんだろう。
「……大丈夫、ちゃんと分かってるよ」
「先輩……」
「確かに俺に興味を持ったのは、裕貴さんに似ていたって理由なのかもしれない。じゃあ、好きになった理由もそれ?」
「違います! 裕貴さんは私にとって、あくまで遊んでくれた……優しいお兄さんみたいな存在でした。でも、先輩は違います! ちゃんと一から先輩の優しさに触れて、好きになったんです! 世名友希っていう人を……私は好きになったんです! 裕貴さんの事は……過去なんて関係無く! 今の私は……先輩一筋ですから! 先輩しか……見てませんから!」
「それなら文句は言わないよ。出雲ちゃんの過去がどうとか、関係無いよ。今の出雲ちゃんが、俺の事を好きで、しっかり向き合ってくれてるなら、俺もしっかり向き合うだけだよ」
「あっ、えっと……」
出雲ちゃんは言葉を詰まらせ、両手をあわあわと動かしながら、恥ずかしそうに目を逸らす。
我ながら恥ずかしい事口にしちゃったな……でも、今のは本心だ。出雲ちゃんが俺っていう人間を好きでいてくれてる事は十分理解してる。昔裕貴さんと仲良くしてたからって、突き放したりはしない。今は今。しっかり彼女の思いに、変わらず真剣に向き合うつもりだ。
「だから安心してよ。別に過去の事を聞いても、君に素っ気なく向き合ったりしないよ」
「先輩……そうですよね、先輩は優しい人ですもんね……好きになった人も信用出来ないなんて、駄目だな私……」
少し反省したように、そして照れ臭そうに肩をすぼめる。
「……私、あの時は本当に悲しかったんです」
しばらくすると、出雲ちゃんが不意に語り始める。俺はそれに耳を傾ける。
「裕貴さんは私にとって……さっきも言った通り、お兄ちゃんみたいな存在でした。毎日遊んでくれて、楽しかった。だから、急に遊んでくれなくなって……悲しかった」
「……裕貴さんの事、許せない?」
「いいえ、今はもうちゃんと分かってます。裕貴さんも……霧華さんも悪く無い。互いを好きになって、二人で一緒の時間を過ごしたい。そう思うのは、当たり前の事です。私なんか相手をしている時間ありませんよ。……けど、あの時は裕貴さんを……お兄ちゃんを奪われたって……霧華さんを少し恨みました」
ギュッと唇を噛み締め、胸元に拳を当てる。その様子に俺は彼女を宥めるように、彼女の背中に優しく手を添える。出雲ちゃんはそれにビックリしたように体をピクッと動かしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「……それで、悲しい思いを忘れようって、全部記憶の奥底に閉じ込めて毎日を過ごして、先輩に出会った。最初は正直、裕貴さんに似てるなって思っただけなんですけどね」
「そんなに似てるかな?」
「まあ、顔とかは全然ですけどね。ただ、あの雰囲気に既視感を覚えました。それでいつしか先輩に会う事が楽しくなっていって……だんだんと私は、世名友希という人間に惹かれた。そして……好きになった。温かくて、優しい先輩に」
「そ、そっか……」
「友香と遊ぶって理由で家に遊びに行って、先輩と会うのが楽しみだった。毎日こんな日が続けばいいな……それでいつか、恋人になれたらいいなって……思ってました」
幸せそうに表情を緩ませながら言葉を続けていく。しかし、そこで不意に言葉を切り、表情を強張らせる。
「でも……先輩が天城先輩に告白されたのを聞いて、深く絶望した。……もし先輩が天城先輩と付き合ったら、私に構ってくれなくなるかもって……裕貴さんみたいに」
「…………」
「私もう……怖くて、怖くて……先輩が私から離れちゃうって……大好きな先輩が、他の女と付き合っちゃうって……もう、あの時みたいな寂しい思いをしたくないって……! だから絶対! 先輩を渡したくないって……他の女に奪われる訳にはいかないって……先輩と私の繋がりを、守る為に――!」
自分の体を抱えながら、震えた声を出し続ける。
そうか……これか。これが、出雲ちゃんが俺を執拗に求める、天城や朝倉先輩達を憎み、敵対視する理由。昔みたいに、大切な存在を失いたく無いから。だから俺を異常なほど求め、俺と付き合おうとする、奪おうとする彼女達に酷く敵意を向けるんだ。過去のように、悲しい思いをしたく無いから。
「私……先輩を手放したく無い。先輩とずっと一緒に居たい……! 他の女なんかに渡さない……私が先輩の一番になるの! もう……見放されたくない……!」
「出雲ちゃん……」
涙を流し、俺にしがみ付く彼女に対し、俺はそっと彼女の頭を撫でた。
「大丈夫、俺は出雲ちゃんを見放したりは絶対にしない」
「先輩……」
「その……申し訳無いけど、出雲ちゃんと恋人になるかは……分からない。けど、いつか言ったように、俺は出雲ちゃんとはこれからも付き合っていきたいと思う。恋人としてか、友達としてかは分からない。けど、君に悲しい思いは、寂しい思いはさせないから。そういう結果にならないよう、俺は答えを出すんだ。全部終わっても、みんなで仲良く出来るようにな」
俺の言葉に、出雲ちゃんは黙って俺の顔を見つめる。すると、出雲ちゃんはクスリと笑顔を浮かべて、目に浮かぶ涙をそっと拭う。
「そうですね、先輩はそういう人ですよね……私、昔のトラウマに捕らわれて、またああなるんだって怖がってた……でも先輩は……誰かと付き合っても、私を見放したりはしないよね?」
「当然だよ。だって出雲ちゃんは友香の……そして俺の、大切な友人だからな」
「そっか……そうだよね! なんか……安心した!」
背負っていた重荷が降りたようにニコッと笑顔を浮かべ、明るい声を出す。
よかった……出雲ちゃん、元気になったみたいだな。これで彼女達への敵意みたいのが、ちょっとは無くなるかな?
「――ただし!」
と思った矢先、突然出雲ちゃんが俺の顔に近付きながら大声を上げる。
「ど、どうしたの?」
「誰かと付き合っても見放さないって分かっても、私は先輩を諦めたりしませんから! 今まで以上に深く愛して、他の女達と激突するつもり満々ですから! たって私は……先輩が大好きなんですから!」
「で、ですよね……」
そう上手くは行かないよね……あくまで、彼女達は出雲ちゃんの恋敵なんだから。まあ、少しはよくなったと考えよう。
「……ありがとうございます先輩。全部話して、スッキリしました」
「俺も、聞けてよかったよ。出雲ちゃんの事をもっと知れた気がする。でもごめんな、空気を悪くして……折角のデートだったのに……明日にでも聞けばよかったよね」
「いいんですよ。きっとあのままデートを続けてても、モヤモヤしてて楽しめなかっただろうし。……先輩、今からもう一度デートを楽しみましょう!」
「え、でももう遅いよ?」
チラリと噴水広場にあった時計に目をやる。時刻はもうすぐ午後五時。時間も時間だし、そろそろ白場に戻りたいところだ。
「俺としては付き合ってあげたいけど……今日は家族で誕生日パーティーやるんだろ? 早く帰らないと」
「そんなものより先輩との時間が大事です! ……って言いたいですけど、ごめんなさい。私としては……そっちも……大切です」
当然だ。めったに一緒に居られない家族との時間だ。とても大切だろう。
「けど! 先輩との時間も同じぐらい大切です! だから――」
そっと右腕を上げて、俺の後ろを指差す。そこには先ほど乗った、大きな観覧車。
「もう一度だけ乗りませんか? 今日最後の……思い出を作りに」
◆◆◆
再び訪れた観覧車のゴンドラ内。俺と出雲ちゃんは横並びで座り、窓の外から外の景色を眺めていた。
「うわぁ……スッゴイ綺麗……さっきと全然違いますね」
「本当……凄いな」
外の景色は夕焼けに照らされ、色鮮やかな幻想的な風景が広がっていた。出雲ちゃんはその風景を先ほど以上に楽しそうに眺め、俺はその様子を黙って見つめた。
その時ふと、ある事に気が付き思わず声を上げる。
「あ、そういえば……」
「どうしたんですか?」
「いや……出雲ちゃんの誕生日プレゼント、買うの忘れてたと思って……途中で一緒に買いに行こうと思ってたんだけど……」
「そうだったんですか……嬉しいです!」
「これ降りたら買いに行こうか。何か欲しい物はある?」
その質問に出雲ちゃんは人差し指を口元に当てて、斜め上を見ながら考え込む。
「……何にもいらないです」
「え?」
「だって、どうせ天城先輩や雨里先輩だって、同じようにプレゼントを受け取っているんですよね? だったら何だか特別な感じもしないし、同じでなんか嫌です」
「で、でも……いいのか?」
「だから……物じゃ無く、思い出をください。一生忘れられないような……素敵な思い出」
「お、思い出……? ぐ、具体的には?」
「本当は色々お願いしたいですけど……それはまだ我慢します。……膝枕で、お願いします」
「膝枕って……さっきもやったじゃん」
「今度は私が、先輩にしてあげるんです!」
「出雲ちゃんが? ……別にいいけど、そんなんでいいの?」
「そんなんがいいんです! さあ、どうぞ!」
姿勢を正し、ポンポンと自分の膝を叩く。思わぬ要求に緊張して息を呑みながら、彼女の願いを叶える為に、意を決して行動を始める。
体を丸め、上半身をソッと倒し、彼女のほっそりとした太ももに頭を乗せる。ミニスカートとストッキングの間に僅かに存在する生肌のスベスベとした感触に、心臓の鼓動が加速する。
「ンッ……! 先輩……くすぐったいよ……」
「えっ!? お、俺なんかした!? どこも触って無いよ!?」
「せ、先輩の息が当たって……ちょっと……」
「あ、いや、それは……」
これだけ緊張してるんだ、息遣いぐらい少しは荒くなる。
ただ、出雲ちゃんの為に何とか呼吸を整えようと意識し始める。しかし、それと同時に出雲ちゃんが俺の頭をソッと撫で始める。それにより緊張が高まる。
「ちょっ……!?」
「フフッ……でも、先輩もそれだけドキドキしてくれてるんだよね? 何だか……嬉しいな」
「…………」
「もっと甘えてもいいんですよ? 私もう大人なんだから、甘えさせる事だって出来るんですから」
「あ、甘えるって……」
膝枕に加えて頭を撫でられてるせいで、まるで猫になった気分だ。正直、このまま甘えたりもしてみたい気もする。が、そういう訳にもいかないので、何とか理性を保つ。
すると、出雲ちゃんが急に頭を撫でるのを止めて、俺の手を握る。
「出雲ちゃん……?」
「でも……私は甘える方が好きかな……やっぱり、私って子供っぽいですかね?」
「……そんな事無いと思うよ。人は誰でも、子供っぽいところがあるものだからさ」
「……そうですね」
「……あの、そろそろ起きてもいいかな?」
「ダーメ! さっきも降りるまではこうだったし、今回もそう! 下に着くまで、このままですからね!」
下に着くまでか……まだ半分近くあるぞ? それまで理性が保てるかどうか……
「……ありがとうね、先輩」
「え?」
「私、先輩に出会えてよかった。先輩を好きになれてよかった。お陰で、恋心っていうのを理解出来た。そのお陰で……昔の事に納得が出来た。そして、今こうして幸せを味わえてる。私……最っ高にハッピーです! だからこれからも……一緒に居て下さいね?」
そう言うと出雲ちゃんは俺の顔を見下ろしながら、満面の笑みを見せた。
「先輩、だーい好き!」
その言葉はゴンドラ内に響き渡り、俺の耳に刻み込まれた。彼女の笑顔に緊張と照れを感じ、俺は彼女の膝の上に寝ながら、夕空の下を回る観覧車を満喫した。
◆◆◆
ドリーム・ワールドを思う存分堪能し、私達は黄嶋市から白場市へと戻ってきた。私と先輩は二人で家路を手を繋いで歩き、今日のデートの事を振り返っていた。
途中、裕貴さん達と出会って、少しだけムードが重くなってしまったが、それでもデートはとても楽しかった。私にとって、今日は絶対忘れられない一日になるだろう。
でも――そんな楽しい一日も、とうとう終わりだ。
「それじゃあ、俺はこっちだ」
「はい……今日はここで終わりですね。……ちょっと残念です」
「……あの、本当によかったのか? プレゼントあげなくて」
「いいんですよ! 今日の思い出が、私にとってのプレゼントです! それに、今日は全部話せて気が楽になったから、もう十分です!」
「そっか……じゃあもう何も言わないよ。家族での誕生日パーティー、楽しめよ?」
「はい。……あの、先輩」
「ん?」
「その……きっとあの姉の事だから、来年も誕生日パーティーとかやると思うんです。だから……来年は、先輩も一緒に楽しみませんか? 私の……未来の旦那さんとして」
私の問い掛けに、先輩は数秒ほど口を閉じる。そして私の目を真っ直ぐと見つめながら、返事をする。
「悪いけど……その答えは、今はまだ出せない。俺はまだ……誰と付き合うかは決められそうにないから。無責任な事は……言えないよ」
「……先輩、真面目過ぎますよ。まあ……らしいですけど」
「悪い。けど、毎年誕生日は祝わせてもらうよ」
「……はい。先輩、今日は本当に、ありがとうございました!」
先輩の答えに不満が無いと言えば嘘になる。けど……今はこれでいいんだ。今は――
それから私は先輩と別れて、自分の家に向かって歩き出した。
数分後、自宅に到着した私は、鍵の開いた扉を開いて中に入り、リビングに真っ直ぐ向かった。
「あ、お帰りイズモン!」
リビングに入ると、お姉ちゃんがテーブルに料理を並べながら声を掛けてきた。テーブルには七面鳥みたいなのからシチューにサラダと、色とりどりの豪勢な料理がテーブルからはみ出そうなほど並べられていた。
「……何この量」
「イズモンの誕生日なんだから、思いっきり豪勢にやるのは当然でしょ? お姉ちゃんバイトの給料三ヶ月分全部使って今日の材料買ったんだから!」
「無駄遣いを……こんなに食べられる訳無いじゃん」
「お母さんとお父さんも居るから大丈夫よ!」
「いやそれでも無理でしょ……というか、そのお母さん達は?」
軽くリビングを見渡してみるが、居る気配は無い。玄関に靴はあったから居るはずだけど……
「ああ、二人は今部屋で寝てるわよ。出雲の誕生日を祝うんだから、寝不足で楽しめなかったら大変だー! ――って言って体力回復に勤しんでます」
「お母さん達は……」
「あ、イズモン嬉しそう」
「そ、そんな事無いし……!」
「もうっ、素直じゃ無いんだから。でもそんなイズモンも可愛い!」
「はいはい」
お姉ちゃんのいつものうっと惜しいテンションを軽く流して、荷物を片す為に一旦部屋に向かい、着替えを終えてから再びリビングに戻る。未だにお姉ちゃんが忙しなく晩ご飯の準備を進める横で、私は疲れきった体を椅子に座って休める。
「そういえばイズモン、彼とのデートは楽しめた?」
「まあ、楽しめたけど……」
「そっか……イズモンもデートとかで楽しめる年になったんだねぇ……お姉ちゃんイズモンのデートを目に焼き付けておきたかったよ。きっとスッゴイ可愛いんだろうなぁ……」
「止めてよね本当……」
「フフッ……ああ、そうだ。イズモン向こうで氷室さんと会ったんだって?」
「えっ……なんで知ってるの!?」
「あれ、言ってなかったっけ? 今私が住んでる近所に、あの二人住んでるのよ」
そ、そうだったの……? そういえば、裕貴さん達今黄嶋に住んでるとか言ってたっけ……まさかお姉ちゃんと近所だったなんて……
「……それでね、実はさっき氷室さんから電話を貰ったのよ。イズモンと会ったって」
「そ、そうなの……」
「で、こんな事言ってたわ。『出雲ちゃん、何だか様子がおかしかったけど、何かあったのかい?』……てさ」
「裕貴さんが……そんな事」
「……イズモン、昔の事思い出しちゃったんでしょ? それで気まずくなっちゃったんでしょ?」
「うっ……」
お姉ちゃんに図星を指され、思わず目を逸らす。
そうだ、あの時裕貴さんと出会って、気まずくなってしまったんだ。裕貴さんが引っ越した時、私は風邪を偽って会おうとしなかったから。それに、あの時霧華さんに言った事もあったから。
でもそういえば……裕貴さんはそんな様子見せなかったな。以前のように、私と普通に接していたし。
「実は……氷室さん、あの時の事知らないんだって。遊んでくれなくなって、イズモンが拗ねてた事」
「え……でも、私霧華さんに……」
「霧華さんは氷室さんに言わなかったらしいよ、イズモンに言われた事。氷室さんに責任を感じてほしく無かったからって。あと、イズモンも知られない方がいいと思うから――だって」
き、霧華さんがそんな事を考えて……じゃあ、氷室さんは私の気持ちを知らなかったから、今日会った時に私と普通に接してたんだ。
「……それでさ、イズモンには悪いんだけど……私全部話しちゃった、氷室さんにあの時の事」
「えっ……!?」
「だって氷室さんしつこく聞いてくるからさ……それに、こういうのは隠しておいたら駄目だと思ってさ。……きっと、イズモンの為にもなるから」
「私の為……」
「で、それを聞いたら氷室さん、スッゴく反省してたよ。出雲ちゃんを悲しませるような事をして、自分は最低だって」
「裕貴さんが……?」
「うん。で、なんとイズモンに対してメールも送ってきたの」
そう言うとお姉ちゃんはズボンのポケットからスマホを取り出し、私に向かい投げる。それをキャッチして画面を見ると、そこには裕貴さんからと思われるメールが表示されていた。
――出雲ちゃんへ。
飛鳥ちゃん……それに、霧華からも話は聞いたよ。 まさか、出雲ちゃんがそんなに悲しい思いをしていたとは、知らなかった。すまない、全部僕のせいだね。君といつでも遊んであげると自分から約束したのに、君を放ってしまって……自分でも最低だと思うよ。
けど、あの時の僕は霧華の事で頭がいっぱいだった。彼女と出会い、一瞬で彼女の魅力に惚れた。どうすれば彼女に好きになってもらえるか、必死に毎日考えて、それだけに時間を費やした。
そして付き合う事が出来て、僕は僕を求めてくれている彼女の為に時間を使いたいと思った。でも、君も同じように僕との時間を楽しみにしていた。それに気付いてあげられずに、僕は自分の霧華と共に居たいという気持ちだけを優先してしまった。
霧華も悪気があった訳では無い。彼女も僕と同じように、自分の気持ちを優先しただけだ。決して君を悲しませたかった訳じゃ無い。だから、彼女を責めないでほしい。
今さら許してくれとは言わない。けど、これだけは言わせてほしい。君との経験は、夢を叶えて小学校の教師となった僕にとって、貴重な日々だった。君との毎日は楽しかったし、とても有意義だったよ。
ありがとう。そしてすまない。もしまた機会があれば、また会おう。
p.s 霧華です。来年、私と裕貴の子供が産まれる予定です。もしよかったら、あなたも会いに来て頂戴。年上の元近所のお姉ちゃんとして、私達の子供に何か一つでも教えてあげて。子供じゃないところを、是非見せてください。それでは、彼氏さんとお幸せになれるよう、祈らせてもらいます。……また会いましょう。
「…………フッ」
裕貴さん、ついでに霧華さんから送られたメールを読み終えた私は、何故か不思議と笑ってしまった。何だか、ようやく心を覆い尽くしていた雲が晴れた気がして。
なんだかんだいって、あの時裕貴さんの事が許せなかったのかもしれない。私を見放して、忘れて霧華さんとばかり共に居た彼を。
でも、こうして裕貴さん……それに霧華さんの気持ちを聞けた事が、嬉しかった。これでようやく……心の底から二人を許せた気がする。そう、裕貴さんも霧華さんも悪くないんだ。だって――
「恋なんてしちゃったら……他の事に構う暇なんて無いよね」
そう、誰かを好きになったら、他の事なんて構う暇も無く、それだけを見てしまう。それだけを追い求めてしまう。裕貴さんもそうなんだ。霧華さんを好きだから、それだけを見ていた。私なんかに構う暇は無くなっちゃうよね。
今の私には……よく分かる。
「……どうやら、曇天は晴れたみたいね」
「うん……ありがとうお姉ちゃん。私……ようやく過去を振り払えた気がする」
「そっか……じゃあ、もし今度霧華さんと会ったら、仲良くしなよ?」
「それは別! あの人の態度はやっぱり気に入らない!」
「あらあら……まあ仕方無いか。……でも、氷室さんも優しいよねー。こんな事言われたら惚れちゃうかもねぇ」
「……そうかもね。でも、今の私はこんな事言われたって惚れたりしないよ」
だって今の私には――友希先輩しか見えてないから。あの時の裕貴さんのように、今の私は先輩にどうやって好きになってもらうか、他の女達に負けないように頑張るので精一杯なんだ。他のものに目移りする暇なんてほとんど無い。今日の誕生日パーティーが終わったら、早速次の行動を考えなくては。先輩が私を好きになってくれるように、常にアピールしないと。
「先輩……いつか私が望む最高のプレゼントが貰えるの………祈ってるから」
本当に私が望む答えが貰えるか分からない。けど、それを信じなかったらおしまいだ。他の女には絶対負けない。必ず、私が先輩からの愛の告白っていう最上のプレゼントを貰うんだ。その為に全力で真っ直ぐに――私は私の恋路を進む!
「よぉし……頑張るぞー!」
私が望む最高の未来――大好きな先輩と一緒の未来を、必ず掴んでみせるんだから!
出雲の過去や、子供扱いを嫌う理由、友希を執拗に求め、他の女を異常に敵意する理由など色々明らかになった出雲の過去編&誕生日イベントも無事完結です。
過去のわだかまりが解け、改めて友希に好きになってもらう為に歩み出した出雲。友希からの愛の告白を貰う為に、彼女はこれからも戦います。
そして次回、とうとう学園物最大級のあのイベントが開幕――の予定です。ちょっと変わった事も近々しようと思っているので、お楽しみに。
それから、今後出番があるか分かりませんが、裕貴、霧華夫婦のプロフィールを登場人物一覧表に追加するので、気になる方は是非。