モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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クラウド・シークレット②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京ドリーム・ワールドにやって来てから約数分。俺達は適当に施設内をゆっくりと見て回っていた。

 俺は道中で手に入れたパンフレットと睨めっこをしながら、出雲ちゃんは俺の左腕にピッタリと抱き付いた状態で辺りをキョロキョロと見回しながら、多くの人が行き交う通路を歩く。

 

「結構広いですね。迷わないように気を付けないとですね」

「だな……さて、どうする? お昼まではまだまだ時間があるけど……」

「そうですね……あ! あれなんかどうですか?」

 

 と、出雲ちゃんは正面を指差す。そこにはテーマパークや遊園地、娯楽施設の顔とも言っても過言では無い定番アトラクション、ジェットコースターがあった。平均的なジェットコースターよりも高く、なんだかグネグネしていて、見ただけであれがどれだけ激しく回転、落下を繰り返すかが安易に想像出来た。

 

「やっぱり定番のやつは抑えておきたいですよね! 前に乗った時は先輩と隣になれなかったから、今度こそ横並びで乗りましょう! いいですよね?」

「もちろん。それじゃあ早速行こうか」

「はい!」

 

 そう元気よく笑顔で返事をすると、出雲ちゃんは腕を組んだ状態のまま駆け出し、俺はそれに引っ張られるように彼女に続く。

 

 数分後、ジェットコースターの乗り場の前に辿り着いた俺達は、早速列に並んだ。人が多いとはいえ、今日は平日。待ち時間はさほど長くも無く、俺達の順番はすぐに回ってきた。

 

「やった先頭ですよ! 先輩、早く早く!」

「分かってるって。そう急かすな」

 

 楽しそうにはしゃぎながら先頭の席に座る出雲ちゃんに続いて、俺もその隣に座り、安全バーを下ろす。その状態のまま発進の時を待っていると、不意に出雲ちゃんが俺の手を握り、待ちきれないと言わんばかりに楽しそうな笑顔を向ける。

 

「楽しみですね、先輩!」

「あ、ああそうだな……出雲ちゃんはこういうの好きなの?」

「はい! こういうスリル満点なのは大好きです! 先輩はどうなんですか?」

「俺は……どっちでも無いかな。好き好んで乗る事は無いけど、嫌いでも無いって感じ」

「そうなんですね。あ、そろそろ始まるみたいですね」

 

 出雲ちゃんのその言葉から数秒後、係員の人の合図と同時に、コースターがゆっくりと動き始める。そのまま真っ直ぐと低速度で進み、やがてだんだんと上昇し始める。

 このジェットコースターの醍醐味とも言えるドキドキワクワク感に少しだけ緊張しながら、チラリと隣へ目を向ける。スリル満点なのは大好きと公言しただけあって、出雲ちゃんは全く怖がったり緊張した様子は見せず、楽しそうに目を燦々と輝かせていた。

 その様子に、ほんの少し微笑ましい気持ちになっていると、コースターが頂上に辿り着く。次の瞬間に来る急落下、急加速に備え、正面を向いて全身に力を入れる。

 そしてその次の瞬間――コースターはレールの流れに従い、斜め下へと一気に加速して落下する。激しい風と衝撃が、全身に襲い掛かる。

 

「うおぉっ……!」

「ヤッホー! アハハハハハ!」

 

 その衝撃に怯む俺とは裏腹に、出雲ちゃんは歓喜の声を上げる。その声を聞いて、出雲ちゃん楽しそうにしてるな――などと感想を抱く暇も無く、コースターは目まぐるしく動く。一回転に急カーブ、少しスピードが緩んだと思ったらまた加速。食後なら胃の中を全部ぶちまけそうな振動が全身に走る。かといって大声を出すのは男としては情け無いので、グッと口を噤んで堪える。

 そんな激しい体験も数分で終わり、コースターはスタート地点へと戻ってきた。係員の指示に従いコースターを降り、出雲ちゃんと共に外へ出る。

 

「あー、楽しかったですねー!」

「出雲ちゃん、随分とテンション上がってるね……本当に好きなんだね、こういうの」

「はい! それに……先輩が隣で一緒に楽しんでるって思うと、なんだか嬉しくって」

 

 と、出雲ちゃんは嬉しそうにニンマリと笑う。

 楽しんでくれたようで何よりだ。……俺は予想以上に激しかったから、心の底から楽しめた訳じゃないけど……言わないでおこう。

 

「先輩、次のアトラクションに行きましょう! 私もっと色んな事を先輩と楽しみたいです!」

「言われなくても付き合うよ。とりあえず昼飯時まで自由に回ろうか。出雲ちゃんのプランに任せるよ」

「はい! じゃあ、行きましょう!」

 

 出雲ちゃんはすっかり定位置となった俺の隣に寄り添い、左腕に抱き付く。一日の間にこう何度も何度も抱き付かれていると、だんだんと慣れてくる――事も無く、相変わらずに胸の感触と彼女の無邪気な笑みにドキッとしながら、歩き始めた。

 

 

 

 

 

 ジェットコースターを乗り終えた俺と出雲ちゃんは、それからもお化け屋敷にメリーゴーランド、コーヒーカップ、体感型アトラクションと、様々なアトラクションを回った。

 そしていつの間にか時間はお昼を過ぎ、俺達は一旦アトラクション周りを休憩して、施設内にある飲食店で昼飯を取る事にした。

 

 

「ふぅ……まだ午前中だっていうのに、何だか疲れたよ……」

 

 昼飯に選んだハンバーグセットをナイフとフォークでチマチマと食べ進めながら、そう小さく呟く。すると出雲ちゃんがステーキセットをパクパクと元気よく口にしながら、俺に話し掛ける。

 

「シャキッとして下さいよ先輩! デートはまだまだこれからなんですから! まだまだ行きたいアトラクションはいっぱいあるんですからね!」

「ははは……出雲ちゃんは元気だなぁ……」

「当然です! 先輩とのデートなんですから、元気なんて有り余るほど湧き上がりますよ!」

「そ、そこまでか……」

「だって……先輩とのデートって、なんだかんだいって久しぶりだから……嬉しいんです」

「久しぶり……?」

 

 その言葉に俺はふと、この五ヶ月間にあった出雲ちゃんとの思い出について脳内で振り返ってみる。

 確かに、言われてみると出雲ちゃんと二人きりのデートをしたのは、かなり久しぶりかもしれない。彼女と出会う時は大抵友香なんかと一緒に居たし、もしかしたらまともなデートはゴールデンウィークの時以来かもしれない。

 

「いい感じの雰囲気になっても、毎回他の人達の邪魔が入ったりするし、デートに誘おうとしても、何だかタイミングも合わなかったり、色々忙しかったりで……だから、今日って日をずっと楽しみにしてたんです。先輩と二人っきりで、思う存分楽しめるこの日を……」

「出雲ちゃん……」

「だから……私スッゴく楽しいんです! 先輩と、二人でこうやっていられるのが。とっても幸せなんです!」

 

 そう言いながら出雲ちゃんは今日一番――いや、今まで彼女が見せてきたどんな笑顔よりも明るく、幸せそう表情を浮かべる。その純真無垢な笑顔を見て、つい俺自身も小さくほくそ笑む。

 そっか……出雲ちゃんは今日という日を純粋に楽しんで、喜んでくれてるんだな。なら、俺も全力で答えてあげないと。確かに他のみんなと違って、あんまり相手してやれてないところもあったしな……今日はその分、沢山付き合ってあげよう。

 

「……出雲ちゃんがそう思ってくれるなら、俺も嬉しいよ。午後も目一杯楽しもうか」

「はい! ……あ、そうだ先輩!」

 

 会話も一区切りかと思い、ハンバーグを口へ運ぼうとした矢先、急に出雲ちゃんが声を上げる。それに反応して手を止めて顔を上げると、目の前にフォークに突き刺さった一口サイズのステーキがあった。

 

「はい! 先輩あーん!」

「えっ、えっと……」

「もう、分かるでしょ先輩! はい、あーん!」

 

 プクッとほっぺを膨らませながら、ステーキをさらにこちらへ突き付ける。この行動の意味は当然理解している。が、ほんの少しの羞恥心が働き、動きが止まる。

 しかし、つい先ほど沢山付き合ってあげようと決めた以上、この出雲ちゃんの行動にも答えてやらなければならない。俺は羞恥心を責任感で振り払い、出雲ちゃんが差し出すステーキにパクリと食らい付く。

 

「…………」

「どう? 美味しいですか?」

「……うん」

「ならよかったです!」

 

 正直恥ずかしさでそれどころじゃ無かったけどね。本当、抱き付かれる事といい、こういうのは何回経験しても慣れない。今後もこういう場面が来る度に、葛藤を続けるのだろうな――そう思いながら、ハンバーグを食べようと再び手を動かす。

 

「あ、待って下さい! 私にもあーんして下さい!」

「え!?」

「食べさせてあげたんだから、私にもくださいよ! それに、初デートの時もしたじゃないですか」

「そ、そうだけど……」

 

 言葉は見つからないがとりあえず反論しようとするが、出雲ちゃんはすでに身を乗り出して、こちらにゆっくりと近付きながら口を開く。

 初デートの時もこんな感じだったな……仕方無い、断る理由も無いし、食べさせてあげるか。覚悟を決め、たった今食そうとしていたハンバーグを出雲ちゃんの口に近付ける。直後、出雲ちゃんは俺の手さえも食らってしまいそうなほどハンバーグに深く食らい付き、フォークに付いたソースを絡め捕るような勢いで口を離す。モグモグと味わうように数秒噛み締め、ゴクリと飲み込む。

 

「ふぅ……先輩から食べさせてもらうと、何だか三割り増しぐらい美味しく感じます!」

「そ、そっか……ならよかった」

 

 嬉しそうにニコニコしながら口に付いたソースを舌で舐め、出雲ちゃんは再び自分のステーキを食べ進める。どうやらこれ以上要求はしないようだ。少しばかり安心しながら、俺もハンバーグを食べようとフォークを使い、ナイフで切った一口サイズのハンバーグを口へ運ぶ。

 が、くわえる寸前に手を止める。理由は簡単、今使ってるフォークが先ほど出雲ちゃんがくわえた物だと気付いたからだ。 さっき、出雲ちゃんは割とガッツリフォークをくわえていた。恐らく……いや確実に唾液が付着してるだろう。それで食事をするのは少し気恥ずかしい。とはいえ、別のフォークを使えば出雲ちゃんを不快にさせてしまうかもしれない。

 ……少し気恥ずかしいが、このままにしよう。そもそも今までも間接キスなんかあったじゃないか。こんなの今更だ――そう割り切って、食事を続けた。

 その時、出雲ちゃんがちょっと嬉しそうにほくそ笑んだのがチラリと目に入ったが、気のせいだと流した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 食事を終え、俺達は早速午後のアトラクション巡りを開始した。

 午後も午前中同様に、沢山のアトラクションを見て回った。そして午後三時頃、施設内をほぼ休み無しで回り続けた事で足に疲労が溜まってきたのをキッカケに、俺達は一休みの為にあまり体力を使わずゆったり楽しめる観覧車に乗る事にした。

 観覧車が頂点へ達した頃、出雲ちゃんは座席に足まで乗せて、窓にへばり付くように外の風景を眺める。

 

「うわぁー、絶景ですねぇ……ドリーム・ワールドが一望出来ますよ!」

「本当……随分と高いな」

「夕方だったら夕焼けと相まってもっと素敵な景色になりそうですよね!」

「確かにそうかもな……前に見た時も幻想的だったし」

「前?」

「ほら、前の遊園地の時に天城と……あっ」

 

 しまった――慌てて口を塞ぎ、チラリと出雲ちゃんの様子を確かめる。案の定、出雲ちゃんは不機嫌そうに目を据わらせていた。

 迂闊だったな……今は出雲ちゃんの為のデートなのに、他の女子の名前出したら機嫌損ねるよな。

 

「ご、ごめん……」

「……別にいいですよ。事実だし、仕方無いです。ただ――」

 

 窓から離れ、ドスンと俺の隣に腰を下ろし、肩にコテンと頭を倒して寄り掛かる。そしてその状態のままこちらを上目遣いで見つめながら、唇を尖らせる。

 

「今は私とのデート中なんですから、他の女の事は考えないでほしいです」

「ご、ごめんってば……ついうっかり……機嫌を悪くさせたなら謝るよ」

「分かればいいです。――ただ!」

 

 急に声量を上げると、出雲ちゃんは両腕を広げ、俺の全身をギュッと抱き締める。

 

「罰として、観覧車が終わるまで離れませんから!」

「って、今日はずっとくっ付きっぱなしだろ?」

「あ、言われてみればそうですね。じゃあ――」

 

 パッと俺の事を離し、何やらモゾモゾと動き始める。一体何をするんだと、ちょっとばかし不安になった次の瞬間――出雲ちゃんは上半身をパタンと倒し、体を座席に収まるように小さく丸め、俺の膝に頭を乗せる。

 

「ちょっ!? 何して……!」

「膝枕ですよ。あ、もしかして先輩がしてほしい感じですか?」

「そ、そうじゃなくて! 何をいきなり……」

「罰って言ったじゃないですか! 観覧車を降りるまでこのままです!」

「何を言って……全く、直前になったら起きるんだぞ?」

「はい! ニヘヘ……」

 

 頬を微かに赤くしてフニャッとした笑い声を漏らしながら、出雲ちゃんはまるで猫のように俺の膝に擦り付く。膝枕という今まで経験した事の感覚にどぎまぎしながら、視線を窓の外と、幸せそうに目を閉じる出雲ちゃんに交互に移す。

 

「……幸せだなぁ……」

「え?」

「ちょっと思っただけです。二人っきりの空間で、先輩に膝枕してもらって……凄く、ドキドキします。先輩も……ドキドキしてます?」

「そ、そりゃまあ……ドキドキしてるし、緊張してるよ。こんな可愛い子と一緒なんだからさ……」

「……そっか、先輩も同じ気持ちなんだ…………そっか……」

「……あっ……そ、そろそろ観覧車終わるぞ!」

「えー、もうですか……まあ、十分楽しめたからいっか!」

 

 ゆっくりと体を起こし、頬に残る感触と体温をしっかりと確かめるように、手を当てる。その様子をしばらく見つめていると、ゴンドラが一番下に辿り着いて、係員の人が外から扉を開く。出雲ちゃんは手を頬から離して、ピョンと軽く跳ねて外に出る。それに続いて俺もゴンドラから降りる。

 

「楽しかったですね、先輩!」

「そ、そうだな……」

「あれ? 先輩もしかして楽しくなかった?」

「い、いや……俺の場合は楽しいより、恥ずかしいが勝ったというか……」

「……アハハッ! 先輩たらっ、照れ屋さんなんですから!」

 

 出雲ちゃんに言われたく無いな……というか、あんなの男なら誰だって照れるし緊張するし恥ずかしい。まあ……出雲ちゃんが楽しんでくれたなら何も言わないけどさ。

 

 

 観覧車エリアを離れ、今度はどこに行こうかパンフレットを見ながら歩いていると、不意に出雲ちゃんが声を掛けてくる。

 

「ねぇ先輩。私さ、今日スッゴく楽しいです!」

「どうしたの急に」

「ふと思っただけです。こうして先輩と一緒に、こんな風に楽しめる事が凄く嬉しいです! 先輩、これからも末長く――よろしくお願いしますね?」

「……いきなり何を言い出すかと思えば……当たり前だよ。どんな結果になろうと、出雲ちゃんとはこの先も仲良くしてくつもりだよ」

「むー……どんな結果にっていうのがちょっと引っ掛かりますけど……でも、嬉しいです。さあ! 早く次のアトラクションに行きましょう! 時間はあと僅かなんですから!」

 

 そう言うと出雲ちゃんは俺の腕を離して、一人で先に走り出し、後ろを向いて走りながらこちらへ手を振る。

 直後――後ろ走りをする出雲ちゃんが、背後に居た男性にぶつかってしまう。俺はそれに驚いて思わず小さく声を出し、慌てて彼女の元へ駆け寄る。

 

「出雲ちゃん! 大丈夫?」

「は、はい……あの……ごめんなさい!」

「いや、構わないよ。でも危ないから気を付け……」

 

 不意に、ぶつかった男性が言葉を詰まらせる。そして出雲ちゃんの顔をしばらく見つめると、驚いたように目を丸くする。

 

「もしかして……出雲ちゃんかい?」

「え……?」

 

 突然の男性の言葉に、出雲ちゃんは動揺したように声を漏らす。

 なんだ? 出雲ちゃんの知り合いなのか? でも、出雲ちゃんは知らなそうだし……二人の反応の違いを不思議に感じながら男性の容姿を確認してみる。

 男性は見た感じ、二十代後半ってところだ。身なりは黒髪で中肉中背で、特に変わったとこも無いし、極々普通の男性だ。

 一体彼は何者なのだろう――そんな事を考えていると突然、出雲ちゃんが目を見開き小さく後ずさる。

 

「も、もしかして……裕貴(ゆうき)さん……?」

「やっぱり……出雲ちゃんだったんだ! 久しぶりだね! えっと確か……六、七年ぶりぐらい……かな?」

「そ、そうですね……裕貴さんは、どうしてここに……?」

「いや、偶然遊びに来ただけだよ。今はこの町に住んでるから。それよりそっちは……もしかして、デート中とかかな?」

 

 チラリと、出雲ちゃんに裕貴呼ばれた男性は俺に視線を向ける。

 

「あっと……どちら様で……?」

「ああ、邪魔して悪かったね。僕は氷室(ひむろ)裕貴。以前出雲ちゃんの近所に住んでいてね。それで時々遊んであげたりしていた事があるんだ」

「そ、そうなんですか……あ、世名友希です」

「よろしく。それにしても、まさかこんなところで再会するとは思わなかったよ。 悪いね、二人のデートの邪魔をしちゃって」

「い、いいえ……裕貴さんも、お変わり無いようで」

「そんなに畏まらなくていいさ。昔みたいに気軽に接してくれていいんだよ?」

「は、はい……」

 

 出雲ちゃん……何だか元気が無いというか、気まずそうだな。何かあったのか? でも、裕貴さんの方はそんな雰囲気を感じられないし……

 出雲ちゃんの今までに見た事が無い大人しい様子に不思議に思っていると、不意に背後から視線を感じる。

 

「――こんなところに居たのね」

 

 同時に、その視線の主と思わしき人物の冷たく凛々しい声が、俺達の耳を通り抜ける。瞬間――出雲ちゃんは一瞬で表情を変える。とても強張った、まるで敵に背後を取られたような顔に。

 彼女の変化に疑問を感じながら、共に後ろへ振り返る。そこにはこれまた二十代後半と思われる女性が立っていた。

 その謎の女性は冷たさの中に力強さと、揺るぎない何かを感じさせる眼差しでこちらを――というより、裕貴さんを睨みながら、こちらへヒールをコツコツと鳴らしながら歩み寄る。美しく靡く藍色の髪が俺の横を通り抜け、そのまま裕貴さんの前に立つ。

 

「私を放っておいてデート中のカップルにちょっかいを出すなんて、感心しないわね」

「ち、違うよ! というか君が迷子になったんだろう……僕は君を探してる途中に彼女達とぶつかって……というか覚えてない? ほら、前に住んでた近所の子で……」

「前に……?」

 

 裕貴さんの言葉を聞くと、女性は視線を出雲ちゃんに向け、感情を読み取り辛い無表情で、観察するようにジッと彼女を眺める。それに出雲ちゃんは彼女を睨み返す。まるでいつも天城達に向けるような敵意のようなものを醸し出しながら。

 出雲ちゃん……この人とも知り合いなのか? でもどうしてそんな威圧感を出してるんだ? つーか……この人、何か雰囲気というか……既視感を感じる。

 短時間で浮かび上がった数々の疑問を解消する為に、俺は思考を回す。しかし俺の答えが出る前に、女性が答えに辿り着いたようで、声を上げる。

 

「ああ、あの子供ね。名前は……忘れちゃったわ」

「大宮出雲です。相変わらずですね……神宮寺(じんぐうじ)さん」

「……それは旧姓よ」

「旧姓? ……そうですか、結婚したんですね」

「そう。理解が早くて助かるわ」

「……本当、変わらない態度ですね」

 

 二人の何とも言い難い会話に呆気を取られながら、俺は先ほど上がった疑問の答えを見出した。

 彼女に感じていた既視感――似てるんだ。彼女と、朝倉先輩が。もちろん顔立ちは全然だが、雰囲気とか、似た空気を感じられない事は無い。

 

「……で、そっちの彼は?」

「え……あっと……」

「彼は出雲ちゃんの彼氏だよ」

「へぇ……あなたの彼氏。子供なのにやるわね」

「子供扱いしないで下さい!」

「そうね。ごめんなさい」

「ッ……! 何よその態度……!」

 

 あからさまに機嫌が悪くなる出雲ちゃんに困惑しながら、俺は裕貴さんに問い掛ける。

 

「えっと……彼女は?」

「ああ、彼女は霧華(きりか)。一応、僕の妻だよ。あと僕と同じように、出雲ちゃんの近所に住んでいた事があるんだ。まあ……ご覧の通りだけどね……」

「そ、そうなんですか……」

 

 ご覧の通り……仲が悪い訳だ。多分、これが出雲ちゃんが朝倉先輩を嫌う理由かもしれないな。彼女に雰囲気が似てる朝倉先輩が気に食わない――ってところなんだろう。

 

「……ねぇ、 そろそろ行きましょう。彼女達の邪魔でしょうし、私達にも予定がある」

「ああ、そうだね。それじゃあ僕達はこれで。邪魔してごめんね、出雲ちゃん。飛鳥ちゃん達にもよろしく言っておいてよ」

「……はい」

 

 出雲ちゃんの覇気の無い返事を最後に、裕貴さんと霧華さんは俺達の前から立ち去った。その後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、俯く出雲ちゃんに声を掛ける。

 

「……出雲ちゃん、大丈夫?」

「はい……なんか、ごめんなさい! 空気悪くしちゃったっていうか……」

「別に構わないけど……あの二人と、何かあったりした? なんか……様子がおかしかったし」

「……今は関係無いし、先輩にも関係無いです! ちょっとした事ですよ! さあ、気を取り直して行きましょう!」

 

 そう笑顔を作り口にするが、無理している事は簡単に察する事が出来た。

 彼女から言い出さないって事は、言いたく無い事なんだろう。そしてそれはきっと、以前別荘で俺が聞こうとした事、彼女にとっての辛い過去だろう。このまま隠して、口に出さない方が彼女にとって都合がいいかもしれない。幸せかもしれない。

 

 ――けど、俺はそれを知りたい。彼女の……彼女達の事を知ると決めたんだから。

 

「……出雲ちゃん、よかったら話してくれないか? ……今君が、抱えてる事を」

「……どうしてですか?」

「君を……出雲ちゃんをちゃんと、しっかり理解したいんだ! じゃないと……俺は君を、本当の意味で好きになれるとは思えないから。答えを出す為に……頼む――!」

「…………」

 

 出雲ちゃんはそっと目を閉じて、胸に手を当てて、服を荒々しく掴む。

 

「今思えば、とってもちっぽけで、くだらない事でした。全部……私の勝手なわがままだって事は分かってる。あの二人は悪くないし、悪気が無いって事も分かってる。けれどあの頃の私は本当に子供で……単純に悔しかった、悲しかった……寂しかったんです。全部……奪われた気がして」

「……話してくれるかい?」

「はい……全部話します。私の……これまでを――」

 

 

 

 

 

 




 幸せな遊園地デートが、謎の男女との出会いから一転。出雲が語る過去とは?
 次回、出雲の過去編開始です。





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