とうとうやって来た出雲ちゃんとの誕生日デート当日。俺は朝早くに起床して、朝飯を済ませ、自室にて今日の準備を進めていた。
まずは必要になるであろう物を鞄に詰めていく。海子や天城の時はプランを完全に相手に任せていて、一体どこに行くのだろうか、どんな事をするのだろうか、何が必要になるのか――そんな事を考えて前日から入念に考え、あらゆる事態を予測して手荷物を決めていたが、今回は違う。先週の内に出雲ちゃんと二人で今回のプランはバッチリ決まっている。つまりどこで何をするか分かっている。そうなれば、必要な物も自ずと分かり、荷物選びは過去最高にスムーズに進んだ。
荷物選びの次は服選び。自分はファッションセンスなんか全くもって無いので、いつも無難で適当な選択をしている。ので、これも時間を掛からなかった。最終的には10月に入ったからか、外は少し肌寒かったので、とりあえず半袖のTシャツの上に赤いパーカーを着て、下はジーパンという近所のコンビニに行くようなスタイルになった。
準備開始からおよそ十分たらずという、自分でもビックリするほどの早さで大体の準備を終えた俺は、ひとまずベッドへ倒れ込む。そのまま数秒ほどボケッと天井を眺めた後、枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。
「……八時半か……」
待ち合わせは九時半に駅前だ。流石に今から駅に行くのは早いし、もうしばらく時間を潰さないといけないな。
とはいえ、時間を潰すにしても、これといってする事は無い。読書なんてしてればうっかり時間が過ぎるかもしれないし、友香と陽菜は休日スイッチを全開にして寝てるから話し相手にもなれん。
短い時間で出来る事とは意外と少ないものだ。……こうやって何をするか考えるだけで三十分は過ごせそうだな。
そんな事をぼんやりと考えながら再び天井を見つめていると、不意に家のインターホンが家中に鳴り響く。こんな朝早くから客とは……珍しい。
まあ客は母さんが対応するはずだろうから、俺は気にせず三度天井をジッと見つめる。
「――友希ー! 出雲ちゃんが迎えに来たわよー!」
しかし、不意に下の階から届いた母さんの言葉に、バッとベッドから起き上がる。
出雲ちゃんが……? おかしいな、駅前で待ち合わせのはずだったけど……というかまだ待ち合わせ時間より一時間も前だぞ?
色々と疑問が浮かんだが、出雲ちゃんが我が家へやって来た事は事実。とりあえず鞄を肩に掛けて、玄関へ向かう。そして下の階に降りると同時に母さん、そして出雲ちゃんの姿が目に入った。
「出雲ちゃん……どうしたの? ウチに来て」
「えへへ……待ちきれなくて迎えに来ちゃいました! おはようございます、先輩!」
「そ、そっか……おはよう」
少しビックリしたが、出雲ちゃんは今日の事スッゴく楽しみにしてたしな……本人が言う通り、待ちきれなかったんだろう。
軽く化粧をしているみたいだし、服装も少し気合いが入ってるようにも見える。チェック柄のミニスカートと黒いストッキングによりいわゆる絶対領域が出来ていて、男性を魅了するような非常にドキッとする仕上がりになっているし、ネックレスやブレスレットなど可愛らしい小物もいくつか着けている。
ファッションに疎い俺から出る感想は可愛いしか無いのだが、なんとなくだがこのデートに対する気合いみたいなものを感じる。それだけ、このデートを楽しみにしていたんだろう。
今日のデート、彼女に楽しんでもらう為に色々頑張らないとな――そう思いながら、彼女に問い掛ける。
「えっと……どうする? まだ時間あるけど……もう駅に行っちゃうか?」
「そうですね……そうしましょうか! 折角だから、先輩と二人きりの時間をいっぱい満喫したいですし!」
「分かった。じゃあ行こうか。母さん、行ってきます」
「ウフフ……気を付けて楽しんできてねー」
母性あふれる笑顔で手を振る母さんに見送られながら、俺と出雲ちゃんは外に出る。そして扉を閉めると同時に、出雲ちゃんがいつものように俺の腕に絡み付く。毎度の事だと分かってはいるが、女性に抱き付かれるという事には慣れそうも無く、いつものように心臓が跳ね上がる。
そんな俺の緊張を知ってか知らずか、出雲ちゃんは頬を俺の肩の近くまで寄せ、男心をくすぐるような満面の笑みを無邪気に浮かべながらこちらを見上げる。
「それじゃあ行きましょう、先輩! 今日は目一杯楽しんで、一生忘れられない思い出にしましょうね!」
「お、おう……」
「むー、先輩反応薄いですよー?」
「い、いや……緊張してるというか……緊張してるというか……」
自分でも何故二回繰り返したか分からない言葉を聞くと、一瞬キョトンとした顔を見せると、ニヤッと笑みを見せてさらに俺の腕を強く抱き締める。わ、わざとやってるなこの子……
しかしここで口を開いて変に動揺するとまたからかわれそうなので、俺はそれ以上何も言わず、彼女に抱き付かれたまま歩き出した。
緊張感マックスな引きつり顔を浮かべる俺の隣で、出雲ちゃんが幸福感マックスな笑顔を浮かべながら俺の腕にしがみ付いている――という状態のまま歩き続ける事十五分、白場駅に到着する。
「うわぁ……人凄いですねぇ……」
駅の前までやって来ると、出雲ちゃんがそう呟く。彼女の言う通り、駅前はまるで祭りでもやっているのかと思うほど人でごった返していた。
無理もない。今日は本来なら平日。俺達は休みでも、サラリーマン達は週休二日制に従い、今日も憂鬱に出社するのだから。
「やっぱり通勤ラッシュの時間は避けた方がよかったかな……」
「そうかもしれませんね……でも、出発を遅くしたら先輩と過ごせる時間が減っちゃいますし、これでいいですよ!」
「そ、そういうもん?」
「そういうもんです! さ、私達も行きましょう!」
そう言うと出雲ちゃんは俺から離れて、身に着ける薄手の黒いジャケットのポケットからスマホを取り出し、何かを調べ始める。
「予定のとは違うけど、もうすぐ
黄嶋――白場から電車で四十分程度は掛かる、今回の目的地だ。俺も出雲ちゃんも一回も行った事が無い場所だから、土地勘も無い。もしも迷ってしまった時の事を考えて、早めに辿り着いておくのも悪くない。
「……そうだな、行くか」
「はい!」
出雲ちゃんはスマホをポケットにしまい、俺の左手をギュッと握る。それに再びドキッとしながらも、俺はそれに抵抗する事なく、彼女と横並びで歩き出す。
改札を抜け、ホームで電車が来るのを待つ。ホームにも大勢の人が集まっていて、満員電車になるのが目に見えていた。
どうやら席には座れそうに無いなと、少し憂鬱な気分になっていると、ホームに電車がやって来る。その電車にはすでに大勢の人が乗車しており、もしもこの場に居る人も加われば、明らかにぎゅうぎゅう詰めになるだろう。
この電車は見送り、次のに乗るという手もあるが、恐らく次のも満員だろう。ならどちらに乗っても変わりない。
「それじゃあ、乗るか。はぐれないように注意して」
「大丈夫ですよ! しっかり手を握ってますから!」
出雲ちゃんは俺の左手を握る手の力を強め、身を寄せる。それに本日何回目かも分からない鼓動の高ぶりを感じながら、彼女と共に電車の中に足を踏み入れる。
瞬間――後ろに並んでいたサラリーマンの大群が一斉に車内に押し入り、俺達はそれに押されるように反対側の扉付近まで流される。
「うおっ……! 通勤ラッシュ凄いな……出雲ちゃん、平気?」
「な、なんとか……でも……」
「どうかした?」
「そ、その……ちょっと、近いというか……」
出雲ちゃんは頬を朱色に染め、気まずそうに目を逸らす。一体どうしたんだろうかと思ったその時、俺と彼女の今の状況に気が付く。
人の波に流され、俺は今扉に背を付けている状態だ。そして出雲ちゃんは周囲の人の壁に押され、そんな俺にガッツリ密着している。
その状況を完全に理解した俺は急激に緊張が高まり、全身の体温が上がる。それに比例するように、出雲ちゃんが恥ずかしそうに目を伏せる。その可愛らしい反応に、さらに緊張が増す。
「い、いつもくっ付いてるのに照れるなよ……!」
「わ、私だってこれは緊張しますよ……! それに――」
出雲ちゃんが何かを口にしようとしたその時、扉が閉まり電車が動き出す。その初動の激しい揺れに、乗客が一斉に揺れ動く。当然俺達も同じように揺れ動き――出雲ちゃんが体勢を崩し、俺の胸元に顔を埋めた。
「なっ……!?」
「イッタァ……頭打った……大丈夫か?」
「えっ、あの、その、だ、大丈夫です……!」
キョロキョロと視線を泳がせ、顔を真っ赤かにしながら、しどろもどろに喋る。
相変わらず、予想外の事には動揺しまくりだな。……まあ、こっちも緊張してるからお互い様だけど。こんなに密着して恥ずかしくない訳が無い。
出来れば少し離れて落ち着きたいところだが、この満員状態ではまともに動けない。つまり、しばらくはこのままだろう。
結局、それから黄嶋駅に着くまでの四十分間、俺と出雲ちゃんはガッツリと密着した状態のまま、電車に揺られ続けた。その間、出雲ちゃんはずっと恥ずかしそうに俯いたまま、口を開かなかった。
◆◆◆
約四十分後――ようやく満員電車から解放され、俺達は今回のデートの地である黄嶋市へと足を踏み入れた。
ひとまず駅を出て、都心らしい広々とした風景を目の前に満員電車のせいですっかり固まった体をほぐす為、軽く体を動かす。
「まだ始まっても無いのに、もう疲労が溜まったよ……」
「そうですね……それに、ちょっと体が熱いです……」
腕を伸ばす俺の横で、出雲ちゃんは少し照れ臭そうな顔を浮かべながら、ジャケットをパタパタと動かす。恐らく電車内の事が原因だろう。四十分以上もずっと密着してたんだ……尋常じゃないほど緊張しただろう。……俺もまだ若干顔が熱いし。
「えっと……さっきは悪いな出雲ちゃん」
「べ、別に先輩が悪い訳じゃないですよ。それに……恥ずかしかったけど、嬉しかったからいいです……」
そう口にしながら、出雲ちゃんは微かに口元を緩ませ、目元をうっとりと垂らす。
その完全な恋する乙女な表情に思わず目を奪われ、彼女をジッと見つめてしまう。すると出雲ちゃんがその視線に気付いたようで、一瞬驚きと照れが混ざったような顔をすると、わざとらしくゴホンと咳払いをする。
「さ、さて! 気を取り直して行きましょう! 目的地にはここからバスで移動です! もうすぐ出るみたいですから、早くしましょう!」
「そ、そうだな」
一旦先の出来事を頭の片隅に追いやり、バス停を目指して歩き出す。
今回のデートは、以前の天城の時のような町をブラブラ歩くのでは無く、海子の時のようにある施設に遊びに行くプランとなっている。先週の予定決めの時、出雲ちゃんが是非ここに行きたいと志願したので、行く事になった。
その施設は「東京ドリーム・ワールド」という名の都内でも有名なテーマパークだ。夢のように素敵な時間をあなたに――というキャッチコピーの大型テーマパーク。沢山の定番アトラクションに飲食店、イベントまで、様々な娯楽が集結するデートスポットとしてはうってつけの施設だ。
「……そういえば、出雲ちゃんはどうしてここに来たかったの?」
バスで移動中、ふと気になったので隣の席に座る彼女に問い掛ける。出雲ちゃんはその問い掛けに窓の外に向けていた視線をこちらに向け、即座に返答する。
「そんなの、先輩とこういうとこに来たかったからですよ!」
「でも、前に遊園地に行った事あるじゃないか」
「あの時は天城先輩とかも居たじゃないですか! 私は先輩と二人っきりで行きたかったんです!」
「そっか……でも、他にも遊園地……というかテーマパークはあったのに、どうしてここに?」
「それは……ちょっとは知ってる場所の方が安心だと思って……」
「あれ? 出雲ちゃん黄嶋には来た事無いんじゃ?」
その問いに出雲ちゃんはこちらに向けていた視線を窓の外へ移し、しばらく沈黙してから、口を開く。
「……この町、姉が今住んでるとこらしいんです。で、少しだけこの町の事とか聞いてたんで……ちょっとは安心かなって……ドリーム・ワールドも、楽しいとこだって聞いた事あるし」
「飛鳥さんが……そうだったのか」
身内が実際住んでる町なら、治安とか気にする必要も無いし、前情報も詳しく仕入れられるしな。……というか、飛鳥さん今ここに住んでるんなら、近くの大学に通ってるんだよな? ……家からも通えるとか言ってたけど、ここまで四十分以上あるぞ……どんだけ出雲ちゃんと一緒に居たかったんだよ。
思わぬ事で飛鳥さんの出雲ちゃん愛を再確認していると、もうすぐ目的の場所に近付いている事がアナウンスされ、慌てて停車ボタンを押す。
数分後にバスは止まり、俺達はバスを降りる。その時、俺達の他にも何人かバスを降りた。どうやら俺達以外にもドリームワールドに向かう人達が居るようだ。
ここから目的地までは数分ほど徒歩で移動する必要がある。近くだし迷うなんて事は無いとは思うが、とりあえずその人達が動くのを待ち、引率の先生について行くように十メートルほど後ろを歩く。
そして歩く事約五分――俺達の目の前に、目的のテーマパークの姿が現れた。
「こ、ここか……」
「実際に見ると結構デッカいですねぇ……」
道路を挟んだ先にあるテーマパークの大きさに気圧されていると、信号機が赤から青に変わる。慌てて横断歩道を渡り、真っ直ぐ入場ゲートへ向かう。前もってチケットはコンビニで買っておいたので、これでチケットを購入する手間を省いて入れる。
ただ、入場ゲート前には平日にも関わらず、五十人は超えるであろう人数が並んでいた。これでは結局かなりの時間待つ事になりそうだ。
「凄い人だな……人気なんだな、ここって」
「休日はもっと凄いらしいですよ。前に行った場所より何倍も年間入場者が多いとか」
そんなにか……休日に来てたらもっと多かったのか……平日でよかった。人が多いと待ち時間とかも増えるしな。
とはいえ人が少ない訳でも無いし、それなりに待ちそうだ。結局入場ゲートを抜け、中に入れたのは十分近く経過してからだった。
園内にもすでに大勢の人が居て、平日の午前中とはとても思えなかった。開園時間は確か九時からだったと思うけど……もうこんなに居るとは、流石は人気テーマパークって感じだな。
「ふぅ……何はともあれ、ようやく辿り着いたな。なんだか軽い大冒険をしたぐらい疲れてるけど……」
「しっかりして下さいよ、先輩。デートはまだまだこれからなんですから!」
「分かってるよ。さて、まずはどうする? まだお昼って時間でも無いし……」
「そうですねぇ……とりあえず、グルッと回ってみましょう! ジェットコースターとか、メリーゴーランドとか、先輩と楽しみたいアトラクションがいっぱいあるんです! 全部、付き合って下さいね?」
「もちろん。今日は出雲ちゃんの誕生日を祝う為のデートだ。出雲ちゃんが満足するまで、とことん付き合うさ」
「先輩……はい! 思いっきり楽しみまくります! 今日だけで他の人達が適わないほどいっぱい思い出作るんですから!」
そう言うと出雲ちゃんは明るく笑いながら、俺の右腕を掴む。
「行こう先輩! 私、早く楽しみたくて我慢出来ないよ! 今日は私が、先輩を独占しちゃうんだからね!」
ウキウキと楽しそうに明るい声を上げ、出雲ちゃんは俺を引っ張って走り出す。
「うわっ!? ちょっと出雲ちゃん! 落ち着いてゆっくり行こう!」
「ダーメ! 先輩と楽しむ時間が減っちゃうよ! 少しでも先輩と長く楽しむんだから!」
全く……でも、楽しそうで何よりだ。今日が出雲ちゃんにとって最高の日になるよう、今回も頑張らないとな。
こうして、巨大テーマパークを舞台にした俺と出雲ちゃんの誕生日デートが始まった。このデートが一体どんな結末を迎えるのか――今の俺には分からない。
とうとう始まった三回目の誕生日イベント。無邪気に楽しむ出雲とのデートはどうなるのか? 次回、本格始動です。