「そうだ、今週の土曜日って暇か?」
とある日の放課後――太刀凪書店で新作小説の陳列作業を進める最中、俺は同じく隣で陳列作業に取り組む天城にそう声を掛けた。
天城はその問い掛けに手を止めてこちらを向く。
「え? 一応暇だけど……」
天城はそこで言葉を詰まらせる。直後、頬がだんだんと紅潮し始め、彼女はその赤く染まり上がった頬を隠すように、両手を頬に当てる。
「そそ、それってもしかして……で、デート?」
「え? あ、いや……今回はそういうのじゃないんだ……」
「そ、そうだよね! うん、ごめんね早とちりしちゃって!」
わざとらしく大声を上げて、天城は顔を逸らして気を紛らわす為か作業を再開する。その横顔は心なしか残念そうにしょんぼりとしていた。
変な期待をさせちゃったな……言葉には気を付けないとな。
心の中でそう反省する。すると天城が作業を続けながら、口を開く。
「それで……何の要件なの?」
「ん? ああ、実は今週の土曜日、友香の誕生日なんだよ」
「友香ちゃんの? そうだったんだ……」
「で、その日にウチで友香達の誕生日パーティーをやるから、天城もどうかなって」
「へぇ……あれ? 友香ちゃん……
「ああ、それは――」
不思議そうに首をちょこんと倒す天城に、俺は作業を再開しながら説明した。
今週の土曜日、9月12日は友香の誕生日。そして、友人である中村と小波も、同じ9月が誕生日なのだ。それを理由にウチでは友香が中一の頃から、二人の誕生日も一緒に祝う合同パーティーを行っているのだ。
最初は彼女達友人の間でちょっとしたお祝い程度だったのだが、ウチの母が「折角だから盛大にやろう」と言い出した結果、毎年パーティーとして盛大に祝う事になったのだ。
その事を大ざっぱに説明してやると、天城は納得したように「へー、そうなんだ」と呟く。
「それじゃあ、そのパーティーを土曜日にやるんだ」
「そういう事。折角だから、天城もどうかなって。母さんが豪勢な料理も作るしさ」
「もちろん! 友香ちゃんの誕生日だもん、私も参加するよ」
「ありがとうな。友香の奴もきっと喜ぶよ」
「誕生日パーティーか……そういうのってなんだかいいよね。……ところで、それって海子や……朝倉先輩も誘うの?」
「一応、そのつもりだ。出雲ちゃんは当然参加するだろうし、陽菜はウチに居るしな」
「そっか……まあ、パーティーなんだし大勢でやった方がいいよね」
そう口にするが、天城の表情は少し複雑そうだ。他の女性も誘うってのはあんまをいい気分では無いのだろう。
「とりあえず、詳しい予定はまた今度連絡するよ」
「うん、分かった。楽しみにしてるね」
「おう。っと、そろそろ仕事に集中しないと千鶴さんに怒られそうだし、早く進めようぜ」
「そ、そうだね」
天城は顔を引き締め、陳列のペースを上げる。俺も千鶴さんの木刀の洗礼を受けない為に、黙々と仕事に没頭した。
◆◆◆
「ただいまー……」
バイトも終わり、そのまま一直線に家へと帰宅した俺は玄関で適当に靴を脱ぎ捨て、水分を補給する為にリビングへ直行した。
扉を開きリビングへ入ると、シワシワの黒いTシャツと短パンを見事に着こなしてしまっている友香が、ソファーに寝転びながらゲームをプレイしているのが目に入った。
「おかえりー」
「……ただいま」
相変わらずのグータラスタイルだな――そう呆れながらキッチンへ向かい、適当に取った麦茶をコップに注いで喉に流し込む。
水分補給も終え、麦茶とコップを元の場所に戻してから、荷物を片付けに二階の部屋へ向かう。
「あ、友くんおかえりー!」
二階に辿り着き、部屋の扉を開こうとした時、陽菜が同じく二階にある自身の部屋から出てきて、こちらへ駆け寄ってくる。
「ねぇねぇ、今週の土曜日に友香ちゃんの誕生日パーティーやるんだよね? だったらさ、その日までに誕生日プレゼント用意しといた方がいいよね?」
「誕生日プレゼント? そういえば、俺もまだ買ってなかったな……」
「そうなの? だったら今度一緒に買いに行こうよ! こういうのは二人で選んだ方がいいと思うし!」
「一緒にね……」
友香の誕生日プレゼントは大体決まってるし、選ぶのに支障は無いが……中村や小波のを選ぶのにこいつの意見があった方がいいかもしれないな。
「……分かった。じゃあ今週の金曜日の放課後にでも行くか」
「うん! 分かった! それじゃあ、私はプレゼントによさそうなの調べてくる!」
そう言うと、陽菜は自分の部屋へ戻る。
俺も自分の部屋に入り、荷物を片付け、制服から部屋着に着替えて一階のリビングに戻る。
リビングに入ると、さっきと変わらず友香が寝転がってゲームをしていた。
「……お前、そんなんだと太るぞ?」
「平気だよ。しっかり動く時は動くから。あ、冷蔵庫にシュークリームあるから取ってきて」
「……動く時は動けよ」
が、この状況の友香に言っても無駄なので、言われた通り冷蔵庫のシュークリームを取りに行く。……こうやって甘やかすからイカンのかもしれんな。
「ほい。食うなら起きて食えよ」
ポイッと友香へコンビニで買ったと思われるシュークリームを投げる。友香はそれを寝転んだままキャッチして、ゆっくりと起き上がり、ソファーの背もたれに寄り掛かる。そのまま袋を破り、シュークリームを口にくわえる。
その様子を傍らで見守りながら、俺も適当な場所に腰を下ろす。
「……あ、そうだ」
と、友香が不意に声を上げる。シュークリームの残りを口に頬張り、テーブルの上に置いてあったスマホに手を伸ばし、軽く操作をする。
「はい、これ」
すると、突然それを俺の方に投げる。俺は慌ててそれをキャッチして、画面に目を通す。画面には何かのホームページが表示されていた。
「なんだこれ?」
「最近出たゲームの公式ホームページ。お兄ちゃん、どうせ私の誕生日プレゼント買いに行くんでしょ? だったらそれ買ってよ」
「買ってよって……確かに買いに行くつもりだったけど、あっさり頼みすぎだろ」
「家族間で遠慮したり堅苦しくするなんて馬鹿らしいじゃん。それに、お兄ちゃんなら可愛い妹のお願いぐらい聞いてくれるでしょ?」
友香はいたずら小僧のようにニタリと口元をつり上げる。
よく出来た妹だな全く……まあ、買ってやるけどさ。
「これでいいんだな?」
「うん。あ、もし限定版あったらそれでお願いねー」
「はいはい。そうだ、小波や中村が欲しい物とか分かるか?」
「自分で考えなよそれは」
「……冷たい奴だなぁ」
まあ、それは今度買いに行った時に考えるか。
とりあえず予算の確認、海子と朝倉先輩への誘いのメール等々――誕生日パーティーに向けての準備を進める為、俺は部屋に戻った。
◆◆◆
誕生日パーティー前日の放課後――俺と陽菜の二人は学校が終わってすぐ、友香達の誕生日プレゼントを買う為に駅近のデパートへやって来た。駅ビル程の規模では無いが、プレゼントになるような物が色々売っている。友香に頼まれたゲームはゲーム屋でしか買えないので、今回は駅ビルを止めてこちらにした。
「んで、お前は何買うのか決めたのか?」
デパート内のエスカレーターで移動中、陽菜にそう問い掛ける。
「うーん……結局いいのは思い浮かばなかったよ。まあ、実際見て選ぶ方がいいよね! ところで友香ちゃん……それから愛莉ちゃんと悠奈ちゃん。どんな物が好きなの?」
「どんなのか……友香はゲームとか甘い菓子とかかな? 他二人は正直よく分からん。ただオシャレには興味無さそうだ」
「そっか……というか友くん、去年もプレゼントあげたんだよね? 何も知らないの?」
「……残念ながら」
毎年どんなのが好きなのか聞こうとはしてるんだが、毎回うっかりしてて聞き逃してしまう。それにプレゼントをあげたとしても中村は普通に何でも喜んで受け取るし、小波も「サンキュです」と言うだけだし。
ともかく、今年も自力でプレゼントを考えるしか無いという訳だ。まあ二人ともそこまで変わり者な訳でも無いし、普通に女性が喜びそうなのプレゼントすれば問題無い……よな?
プレゼント選びに一抹の不安を抱きながら、とりあえず購入が確定している友香へのプレゼントを買いに、五階のゲーム売り場に向かい移動を続ける。
エスカレーターで移動する事数分、目的の五階へ辿り着いた俺達は早速目的のゲームを探しに店内を散策し始める。
「そういえば……お前金はあんのか?」
「もちろん! ……と言っても、あんまり多くは出せないけど……」
「確か京都のオジサン達から毎月仕送り来てんだっけ?」
「うん! とはいえ、そんなに多い訳じゃないから結構厳しいんだよね……バイトでもしよっかなー……」
バイトね……こいつに仕事という物が出来るとは思えないが。まあ、そこは何も言わないでおこう。
一旦話をそこで切り上げ、目的のゲームを探し続ける。
「えっと……お、これだな」
しばらく歩くと、探し求めていた品を見つけ出し、早速手に取って確認する。
「ダークハート3……うん、これだな」
「うわっ、なんか……難しそうなゲームだね。友香ちゃんこういうのやるんだ……私てっきりキノコのあれとか、ピンク色のあれとかだと思ったよ」
「そういうのもやるけど……友香は割とガチでゲームをやるタイプだからな。裕吾に聞いたけど、あいつなんかのオンラインゲームではそこそこ有名らしい」
「へー、凄いね友香ちゃん……そんなにゲーム好きなら、私もゲーム関連のプレゼントしようかな……」
「何にすんだ? ソフトは簡単に買える値段じゃねーぞ?」
「うーん……まあ、色々見て決めるよ。ちょっと店内回ってくるから、友くんはそれ先に買っててー!」
そう言うと陽菜はそそくさとこの場を立ち去る。それを見送ってから、俺は彼女の言う通りに商品を持ってレジへ向かおうと歩き出す。
「――あれ? 世名君?」
しかし、右足を一歩前に出したところで背後から不意に声を掛けられ、ピタリと足を止めて振り返る。
「天城? どうしたんだ、こんなところに一人で」
「私はその……明日の為に友香ちゃんへの誕生日プレゼントを買いに来たの。友香ちゃん、ゲーム好きだって聞いた事あるから。もしかして世名君も?」
「そうだけど……友香にプレゼントくれるのか?」
「当然だよ。でもよかった……私こういうところ来るの初めてだからちょっと不安だったんだ。よかったら、プレゼント選び手伝ってもらっていいかな?」
確かに、天城はこういうとこに来るイメージ無いしな。折角友香の為にプレゼント選んでくれてるんだし……協力しない訳にはいかないな。
「もちろん、付き合うよ」
「本当? それじゃあ……よろしくね」
と、天城は何故か嬉しそうに笑い、同時に恥ずかしそうに目を伏せる。その反応が少し引っかかり、どうして彼女がそんな反応をしたかを考えようとしたが、そんな事をせずに答えを察した。
今俺は一人だ。そんな俺と一緒に買い物をするという事は、二人でこのデパートを回る事になる。それはすなわちデートという事になる。それが嬉し恥ずかしくて、天城はこういう反応をしたのだろう。
だが、今の俺は一人だが、一人では無い。ここまで二人きりで一緒に来た人物が居る。
それが何を意味するか、全てを悟った矢先――頭に浮かんだ最悪の事態が実際に起こった。
「――あれ、友くんまだゲーム買ってないの?」
そう俺の背後から声が聞こえた瞬間、天城が顔を上げ、その声の主を見つめる。
「……桜井さん?」
「ん? あ、優香ちゃん! もしかして優香ちゃんも友香ちゃんのプレゼント買いに来たの?」
「……桜井さんもそうなの?」
「うん! 友くんと一緒に!」
「……へー、そうなんだ……」
と、天城は顔を感情が感じ取り難い無表情にガッチリと固定したまま、これまた感情が読み取れない若干声色低めの声を出す。
完全に色々ご立腹だ。デートかと思ったらそんな事無くて、俺が他の女性と二人で居たんだ。そりゃそうなっちゃう。こんなどす黒いオーラも出ちゃう。
どうしてこの事態を想定しなかったのかと内心後悔をしていると、天城が不意にこちらへ目をやる。その瞳に宿る言い知れぬ威圧感に、全身から冷や汗が滲み出す。
「あ、いや、これはその……」
「別に何も言わないよ。同じクラスで同じ家に住んでるんだから一緒に買い物ぐらいするよね。しっかり分かってるよ」
そう若干早口で喋り、天城は微笑む。が、溢れ出る不機嫌さは一向に収まらない。
早く天城の機嫌を取り、この場を収めなければと、慌てて口を開こうとしたその時――
「何をしてるんだ?」
天城の背後から、再び聞き覚えのある声が聞こえ、全員揃ってそちらへ目を向ける。
「あ、海子ちゃん!」
「三人一緒で……一体どうしたんだ? ……まあ、優香の様子から大体の予想は出来るが」
ジロリと、俺へ何かを問い詰めるような眼差しを向ける。さらにややこしくなりそうだ……
ひとまず手にした商品を元の場所へ置き、人の邪魔にならないように店の外のベンチへ移動して、状況を説明した。
「……なるほど、まあそんな事だろうと思った」
説明を聞き終えると海子は溜め息をつき、こちらへと目を向ける。
「とりあえず、お前は陽菜と友香ちゃんへのプレゼントを買いに来て、そこで優香と偶然居合わせた……と」
「その通りです……でも、決してデートとかそういう訳では無くて……」
「分かってる。優香もそうだろう?」
海子に問われた天城は、無言でコクリと頷く。
「分かってるよ……世名君は悪くないって。でも……いい気分では無いよ」
「それについては同感だ。他の女性と二人きりで、嫌な思いをしない訳が無い」
「それは……申し訳無い」
デートって気じゃ無く、あくまで友香達のプレゼント選びに来ただけだし、そういう事が頭から抜け落ちてたな……そりゃ天城達も俺が陽菜と二人で買い物なんていい気分では無いわな。
陽菜もそれを理解したのか、二人に向かいペコリと頭を下げる
「何だか、ごめんね……みんなの事考えてなかったよ。連絡した方がよかったよね?」
「いや、私達もなんだかんだみんなにいちいち報告してる訳でも無いからいいんだが……」
「そもそも、報告されても不愉快だけど」
「だよね……じゃあさ、今から四人で一緒にプレゼント選び行こうよ! 友香ちゃん達のプレゼントをみんなで選ぼうよ!」
陽菜のその提案に、二人は顔を見合わせる。数秒後、俺と陽菜の方へ顔を向け、コクリと頷く。
「決まりだね! いいよね、友くん!」
「ああ、俺は構わないよ。二人にも意見貰えたら助かる」
「意見って……友希はもうプレゼント決めてたんじゃ?」
「友香のはな。でも中村と小波のはまだでさ」
「……中村さん達にもプレゼント買うんだね」
「友香だけにあげて、二人にあげないのは流石にな。二人には友香が世話になってるしさ」
「……そっか」
そう小さく呟くと、天城は物悲しそうに目線を落とす。海子も同じように、複雑な表情を浮かべる。
そっか……他の女性のプレゼント選んでるのもいい気分では無いよな。でも、さっき口にした通り二人にプレゼントを買わない訳にはいかない。
「ふ、二人にはお礼みたいなもんだからさ。そんな気にしないでくれよ」
「分かってる。私達もそこまで器の小さい人間では無い」
「ただ……やっぱりちょっと妬けちゃうよ」
「ご、ごめん……」
「あ、謝らなくていい。それより、プレゼントを買うなら早くするぞ! 時間もあまり無いんだから」
「そうだよ! もうすぐ夕ご飯だしね! それじゃあ改めてプレゼント探しに行こーう!」
それから俺は陽菜、天城、海子の三人と共に友香達のプレゼントを買いに向かった。
まずは先程のゲームを購入し、他の三人もカバーだったりゲーム関連の物を購入して、友香のプレゼントを買い終わらせる。
そして次は中村と小波のプレゼントを選びに下りのエスカレーターに乗って下の階に移動して、ひとまず雑貨屋で何か適当な物を探す事にした。
「別に三人は中村達にプレゼント買わなくてもいいんだぞ? いや、買ったら二人も嬉しいだろうけど……」
「ここまで来たら買うさ。別に二人は恋敵では無いしな」
「買ってあげる義理も無いけど、あの二人が世名君だけにプレゼント貰うと何か特別な感じがするから、私達も無理にでもあげる」
何だその理由……そんなの貰って中村達はどうしろと……まあ、別にいいか。
そうこうしていると、目的の雑貨屋の近くへ辿り着く。そのまま店内に入ろうとしたが、店内が何やら騒がしい事に気付き、足を止めて耳を澄ます。
どうやら、誰かと誰かが言い争ってるみたいだ。というかこれ、何か既視感が……
「――だから! こんなの友香達が喜ぶ訳無いじゃないですか!」
「そんなの分からないじゃない。友香ちゃんならきっと気に入ってくれるわよ」
「親友の私がそう言ってるんですから気に入りませんよ! いいからちゃんと選んで下さい! もしくは誕生日パーティーには来ないで下さい!」
「そういう訳にはいかないわ。未来の姉として妹の誕生日は祝わないと」
……絶対あの二人だろ……何で二人一緒に居るんだよ。
正直このまま知らん顔をしてスルーしたい気持ちもあるが、このまま騒がせるのもあれだ。覚悟を決め、俺は三人と共に雑貨屋へ足を踏み入れる。
しばらく進むと、思った通りの二人がいつものようにいがみ合っていた。
「……出雲ちゃんに朝倉先輩、何してるんですか?」
「え? って、先輩!?」
「あら友希君。偶然ね、どうしたのかしら?」
どうしたはこっちのセリフだ――とりあえず話を聞こうとしたその時、二人は後ろに居る天城達の姿を見つけるや否や、食い掛かるように口を開いた。
「ちょっ、どうしてあなた達先輩と一緒に居るんですか!」
「……抜け駆けかしら?」
「……はぁ」
これまた予想通りな展開になり、俺はガクリと肩を落とす。
俺は一旦彼女達に落ち着くよう声を掛け、迷惑にならないように店の外に出て、二人に事情を説明した。
「ふーん……ま、一応納得はします。あなた達は許しませんけど」
出雲ちゃんはギロリと天城達を睨み、天城達もそれを威圧感を醸し出して睨み返す。
「……で、二人はどうして一緒に? 仲良くお出かけ……な訳無いよな」
「当然です! 偶然この女と
「その通りよ。順を追って説明するわ」
そこから朝倉先輩は分かりやすく、事の次第を説明してくれた。
まとめると――朝倉先輩は明日の誕生日パーティーの為に、友香のプレゼントを買いにこのデパートにやって来て、そこで同じくプレゼントを買いに来た出雲ちゃんと遭遇。
朝倉先輩が明日のパーティーに参加する事を話すと、出雲ちゃんは「もしも参加するんなら、ちゃんと愛莉達の分のプレゼントも用意して下さいよ? もし変なの選んだら参加させませんから!」と言い、朝倉先輩はそれに「なら、プレゼント選びに協力してくれないかしら? 私こういうの苦手だから」と出雲ちゃんにプレゼント選びの協力を申し出た。
出雲ちゃんは最初それを受ける気は無かったらしいが、朝倉先輩一人で買い物をさせてはマズイと感じ取り、やむなく付き合う事になった――という事らしい。
「……そういう事ね。しかし、出雲ちゃんが朝倉先輩と行動を共にするとは……」
「この人が変なの買って愛莉達が困るのも嫌でしたから。本当なら参加すらさせたく無いんですけど」
「参加しない訳にはいかないわよ。大切な妹の誕生日なんですから」
「だーかーらー! あなたは友香のお姉ちゃんでも何でも無いでしょうが!」
「……まあ、事情は分かった。だったら、俺達と一緒に探さないか? どうせ全員目的は同じなんだし」
「そうね……是非お願いしたいわね。大宮さんのアドバイスじゃいい買い物が出来ないし」
「何様ですか! 私も、この人と二人きりは嫌ですから先輩と行きます!」
「んじゃ、決まりだな。みんなもいいか?」
天城達に確認を取る為顔を向ける。それに三人は一斉に首を縦に振る。
「それじゃあ、早速プレゼント探し始めるか。出雲ちゃん、中村と小波の欲しそうな物って分かるか?」
「なんとなくは分かります。先輩、早速二人で見に行きましょうよ!」
「抜け駆けは許さないわよ大宮さん」
「私達にも平等に教えてほしいな」
「じゃないと彼女達に土地押し付けるわよ?」
「土地……何か凄そう!」
「はいはい。出雲ちゃん、今回は三人の為に……な?」
「……分かりました……ま、私ももうすぐ誕生日で先輩とデート出来るからいいんですけどね!」
「あらそうなの。ならその日は我が家で盛大にパーティーを開いてあげるわ、一日中」
「結構です!」
全く……ともかく、これでプレゼントは問題無く買えそうだな。
それから出雲ちゃんのヒントを頼りに俺達は中村、小波の分の誕生日プレゼントも購入する事が出来た。
その後は明日のパーティーに使用する食材を、地下の食品売場で出来る限り買ってから解散した。
◆◆◆
「誕生日おめでとー!」
我が家のリビングに大勢の声が混じり合ったその言葉と、パンッ! というクラッカーの音が鳴り響く。クラッカーから飛び出した紙屑がヒラヒラと舞い散り、本日の主役である友香、中村、小波の三人の頭上に降り注ぐ。
小波は相変わらずの気だるそうな感じで、中村はとても嬉しそうに両手を合わせながら、友香は頭に乗った紙屑を払いながら口を開く。
「……どうもです」
「皆さん……私達の為にありがとうございます!」
「ていうか人多っ……超
友香の言う通り、お世辞にも広いとは言い難い我が家のリビングには現在、今回の誕生日パーティーのメイン三人に加え、天城、海子、出雲ちゃん、朝倉先輩、陽菜、そして俺に父さんと母さんという総勢十一名もの人数が居る。そして母さんがパーティーの為に作った大量の料理を置くために物置から出した、ちょいデカい長方形のテーブルがさらにリビングの面積を埋めている。動けない程では無いが、いつもここでだらけている友香にとってはかなり狭いと感じてしまうのも仕方が無い。
「まあ、これでもマシな方だろ。本来ならもっとメンバー居たかもだし」
「うへぇ、まだ呼ぼうとしてたの……床抜けるよ?」
確かに、その可能性は十二分にあるな。ウチ案外古いし。
本来ならここに居るメンバー以外にも、何人かこのパーティーに誘ったので来るはずだったのだが、都合が悪くて来れなかったのだ。ちなみに裕吾達は男が苦手な中村の事を思って毎年来ていないから誘ってない。もう中村もあいつらなら平気そうだけど。
まあ、友香の言う通りこれ以上増えなくてよかったのかもな。多すぎもあれだし。
「というか、毎年こんな盛大に誕生日祝わなくていいのにさ」
「いいじゃない、折角の誕生日なんだし、お友達と一緒に盛大に祝わないと。愛莉ちゃん、悠奈ちゃん、今年も目一杯楽しんでね」
「ラジャー」
「毎年ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいますね」
「全くお母さんは……お父さんも、わざわざ休み取らなくていいのに……」
「何を言う! 愛しの娘の為ならクビになってでも休みを取るさ!」
「永久の休み取ってまで祝ってほしく無いから。というか去年まで仕事して居なかったじゃん」
「それは……申し訳無いな。でも、今年はお父さんに祝ってもらって嬉しいだろー? 今日は一緒に寝んねしてやろうか!?」
「……はぁ」
父さんの馬鹿みたいにハイテンションな勢いについて行くのが面倒になったのか、友香は呆れ顔で目を背ける。若干顔が赤いのは多分あんな父親を見られて恥ずかしいのだろう。
それを察してか、みんなあの馬鹿親に気圧された雰囲気は見せるだけで、何も言わずにいてくれた。
「えっと……料理も冷めちゃうし、そろそろ食べるか!」
「食べる食べる! もう夕飯時だし、お腹すいたよー……」
「いっぱいあるから、どんどん食べてねー。あ、ケーキもあるから、腹八分目にしておくのよー」
「分かってるよ。それじゃあ――」
「いただきまーす!」
その言葉を合図に、みんなテーブルの周りに集まり、肉に魚に野菜――色とりどりの料理に手を伸ばす。
「うん、美味しい……!」
「相変わらず香織さんの料理は凄いですね!」
「フフッ、ありがとうねー。まだまだ作ろうかしら?」
「いや、流石に多いので遠慮しておきます……」
「お母さん、年々料理多くなってない?」
「ま、今回は人数多いしいいんじゃない?」
「これぐらいが丁度いいかもしれませんね」
「香織オバサン! ご飯おかわり!」
「よくそんなに胃に入るわね……」
「ハハハッ! 若いねー!」
ガヤガヤ会話を交えながらみんな料理を食べ進めていき、テーブルを埋め尽くしていた料理が、どんどんと平らげられていく。
そして約一時間後、テーブルの上の皿が大半が綺麗さっぱり空いた頃、母さんが「そろそろケーキを用意するわねー」と、キッチンへ向かった。
それを皮切りにみんな箸を止めて、胃を休める為に適当な場所へ腰を下ろす。
「ふひぃー……お腹いっぱい……」
「ちょっと食べ過ぎちゃったかな……」
「ああ……あまりに美味しかったからな。……体重が心配だな」
「みんなグロッキーね。ケーキは食べれるの?」
「ケーキは別腹ですから!」
別腹ね……女性は凄いなー、俺は正直限界が近いぞ。母さん気合い入れて作り過ぎだ。
食事前よりかなり張っている腹を押さえながら、みんなの事をぼーっと眺めていると、ふと誕生日プレゼントの事を思い出す。
渡すなら今がいいタイミングか? 母さんもケーキ切り分けて持ってくるのには時間掛かりそうだし。
「……よし」
帰り際に慌ただしく渡すよりいいだろうと判断し、俺はプレゼントが置いてある二階の自室に皆に気付かれぬよう移動し、三人へのプレゼントを取りに向かう。何とかバレずに部屋まで辿り着き、机の上に置いてあったプレゼントを取ってリビングへ戻る。
「友香! それに中村と小波も!」
リビングに入ってすぐ、彼女達を呼ぶ。三人はそれに反応して、こちらを振り返る。俺はそのまま彼女達の元へ移動して、一人一人にプレゼントを入れた紙袋を渡す。
「はいこれ、誕生日プレゼント。大した物じゃ無いけど」
「わぁ……! ありがとうございます!」
「いいんですか、私達なんかにプレゼントして。まあ、どもです」
「サンキュ。ね、中見ていい?」
お前は中身知ってるだろう――そうツッコミたい気持ちを抑え、無言で頷く。三人は紙袋の中に手を突っ込み、プレゼントの品を取り出す。
「これは……コーヒーカップですか?」
「ああ。中村はコーヒーが好きって聞いたから。安物だけど勘弁な」
「そんな事……! 大事に使わせてもらいますね!」
「私のは……目覚まし時計?」
「小波は昼寝好きなんだろ? 持っといて損は無いぞ。持ってたら悪い」
「ん、今まで使ってたのどっかいってたから、丁度いい。感謝です」
よかった……二人とも喜んでくれて何よりだ。
そんな事を思いながら、プレゼントを両手でしっかり持って眺め回す二人から、同じようにプレゼントのゲームのパッケージを眺める友香へ視線を移す。
「……何?」
「いや、何もコメントねーのかと思って」
「だってこれ私が頼んだやつだし」
「そうだけどさ……形だけでもなんかあんだろ」
「みみっちいお兄ちゃんだなぁ……」
「みみっちい言うな!」
「分かったよ――ありがとうね、お兄ちゃん」
友香は満面の笑みを浮かべ、優しい声色でそう口にした。それからは感謝の気持ちと嬉しい気持ちが、偽り無く伝わってきた。
たくっ……最初からそう素直でいればいいのによ。
「ま、本当は限定版がよかったけど」
「余計な一言を……残念ながら売り切れてましたよ」
こういうところは素直じゃなくていいんだよ全く……まあ、こんなとこも友香らしいか。
「友香ちゃん! それに愛莉ちゃんに悠奈ちゃんも! 私達からもプレゼント用意したんだよ!」
「えっ、本当ですか!?」
「まあ、友香ちゃん以外はついでよ」
「余計な事言わなくていいんですよ! 三人とも、おめでとう!」
「皆さん……本当にありがとうございます!」
「愛莉、それしか言ってない」
「まあいいじゃん。わざわざすみませんね」
「これぐらい構わないさ」
「はい、どうぞ」
友香達は出雲ちゃん達五人からそれぞれプレゼントを受け取り、それぞれに感謝の言葉を伝える。それから確認をとり、中身を確認する。
「これは陽菜さんのか……これって、スクリーンクリーナー?」
「うん! 友香ちゃんいっぱいゲームするから使えると思って!」
「そういえば面倒だから買ってなかったな……ありがとうございます」
「……枕?」
「小波さんは昼寝を好むのでしょう? だからあなたに合いそうな物を買ったの」
「なんか高そう……私なんかの為にどうもです、朝倉先輩」
「構わないのよ。これからも友香ちゃんと仲良くしてね?」
「これって……黒いウサギのストラップですか?」
「うん。夏休みにUFOキャッチャーで私が先輩に取ってもらったやつの色違い。前に愛莉興味ありそうな感じだったから。それに、あの時は悪い事しちゃったしさ……」
「出雲さん……ありがとうございます! 一生大事にしますね、私!」
「ちょっ!? なんで泣くの!」
「……どうやらみんな喜んでくれたみたいだな」
「ああ、後輩へのプレゼント選びなんて初めてだったから、少し安心した」
「うん。なんだかんだ嬉しいものだね、こうやって喜んでもらえるの」
最初は中村と小波っていう関わりが少ない相手も祝うパーティーに彼女達を誘うのはどうかと思ったが、楽しんでくれたようだな。誘ってよかった。
内心そう思いながら友香達の様子を見守っていると、ケーキが乗った皿を沢山並べたトレーを持って、母さんがキッチンからリビングへやって来る。
「あら、何だか賑やかね。ケーキいっぱい切り分けてきたから、一人二個まで食べていいわよー」
「二個って多すぎないか……」
「待ってましたー! いただきまーす!」
「よく食えんなオイ……」
「ケーキは別腹だよ。食べないならお兄ちゃんの貰っていい?」
「……一個だけやる」
それからみんなで苺のショートケーキを食べ始めた。二、三個は余ると思っていたのだが、女子の別腹は思ってた以上に広く、十分もせずに全て平らげられたのだった。
ケーキを食べ終えた後、しばらく休憩を取り、午後九時頃にみんな自分の家へと帰り、二時間近く続いたパーティーは幕を閉じた。
俺は玄関先でみんなを見送ってからリビングへと戻り、一人ソファーに腰を下ろして今日の疲れを癒やしていた。特にこれといって何もしてないが、何だか疲れた。パーティーというのはそういうものだ。
「グロッキーだね、お兄ちゃん」
ぼーっと天井を眺めていると、貰ったプレゼントを整理しに自分の部屋に戻っていた友香がリビングへ戻って来る。友香は俺から貰ったゲームを片手に、テレビの前へしゃがみ込む。
「お前、今からやんのか?」
「折角貰ったんだしね。今夜は徹夜だよ」
「本当にゲーム好きだな……んじゃ、俺は邪魔しないように部屋に戻るよ」
「待った。お兄ちゃんも一緒にやろうよ」
「はぁ? それって一人でやる系のやつだろ? 俺何すんだよ」
「いーじゃん別に」
パッケージから取り出した円盤型のソフトをテレビの近くにあるハードへ入れると、友香はコントローラーを片手に俺の隣へ座る。
「最近は優香さん達に付きっきりなんだからさ――今日ぐらい、私に付き合ってくれてもいいでしょ?」
「……はぁ、分かったよ。確かに、最近お前の相手してないかもな」
「ありがと。じゃ、これお願い」
と、笑顔を浮かべながらスマホを俺に渡す。その画面には何かのサイトが映し出されていた。
「……何これ?」
「ゲームの攻略サイト。このゲーム超難しくて、詰みまくるんだって。だから私が行き詰まったらそれ見て色々教えてよ」
「……お前、この為に俺に付き合ってくれって頼んだな。ていうか自分で見ろよ!」
「ネタバレ受けたらやじゃーん。明日日曜日で、バイトも休みなんだしいいでしょ?」
「お前って奴は……俺を何だと思ってるんだよ」
「何って、決まってんじゃん」
友香は俺の右肩にコテンと寄り掛かり、上目遣いでこちらを見つめながら微笑み、口を開く。
「優しくて頼りになる、たった一人の――大切で大好きなお兄ちゃんだよ」
「……全く……お前には適わないな」
こういうとこもあるから、こっちもあんまり厳しく言えないんだよなぁ……本当、出来た妹だよ。
「お前、ブラコンにも程があるぞ」
「シスコンに言われたく無いよ。ともかく、よろしくね。あ、ネタバレしたらほっぺ爪立てて
「地味に痛いことするなオイ……注意しますよ」
「んじゃ、レッツスタート」
それから、俺は友香のゲーム攻略に、夜遅くまで付き添う事になった。
が、友香は持ち前のセンスでゲームで詰んだりする事は無く、俺の存在価値は無かったのだが……友香が嬉しそうだったので、良しとした。
友香とその友人達の誕生日パーティー回。とはいっても、そんなに友香が目立って無い感じだった。