モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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お見舞いは大切な事である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよーっす……」

 

 いつも通りに登校して、2年A組の教室へ足を踏み入れ、自身の席を目指して歩く。その移動中、教室内に居る男子生徒達は殺気立った目で俺を睨んでくる。

 

「……はぁ」

 

 陽菜の一件から既に一週間が経過しているというのに未だ学園中の男子生徒の大半は俺を目の敵にしている。朝倉先輩の一声もあり、何かをしてくる訳では無いのだが、視線だけでも十分に辛い。

 とはいえ、陽菜の事が事実である以上言い訳の言葉も無いので、耐えるしかない。人の噂もなんとやらと言うし、ほとぼりが冷めるまでこのまま現状維持だな。

 朝から憂鬱な気分がマックスになりながらも、カバンを机の上に置いて、席に座る。

 

「……あれ?」

 

 その時、いつもならあるはずの海子の挨拶が無い事に気付き、隣の席へ目をやる。そこには席替え以降、ずっと緊張しっぱなしの海子の姿が無かった。

 珍しいな……いつも俺より早く学校に来てるのに。まあ、単に遅刻だろ。あいつだってそれぐらいある。

 そう自己完結し、あまり気にする事無くカバンから教科書なんかを机に入れ、家から持ってきた本を読んでHRまで時間を潰す。

 

 そしてしばらくするとチャイムが鳴り、扉からハル先生が教室に入ってきて、教壇の前に立つ。

 

「……あいつ、まだ来ないのか」

 

 まだ海子は来ない。流石にHRに遅刻するのはおかしい。何かあったのかと心配していると、ハル先生がいつも通りのおっとりとした口調で喋り出す。

 

「はい皆さん、おはようございます。二学期が始まって一週間が経ちましたが、もうカンを取り戻せましたか? それから急な環境の変化に体調を崩さないよう、気を付けてくださいね。今日も雨里さんが風邪を引いてしまったそうです。皆さん帰ったら手荒いうがいを忘れずに――」

 

 海子の奴……風邪引いたのか。大事じゃなきゃいいが。

 ハル先生の話に耳を傾けながら、チラリと隣の海子の席へ目をやる。隣の席が空席だと、何だか寂しいものだ。

 

「――という訳で、今日も一日頑張りましょう。一時間目は数学です。先日の続きですよー」

 

 心配ではあるが……まずは授業に集中しよう。俺は机からノートと教科書を出し、ペンを握り黒板に向き合った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「えっ!? 海子ちゃん休んだの!?」

 

 昼休み――いつものメンバーで屋上に集まって昼食をとる最中、海子が欠席した事を話すと、陽菜がくわえていた牛乳パックのストローを離し、大声を上げる。

 

「ああ、風邪だとよ」

「そっか……心配だね」

「まあ、水樹さんも居るから大丈夫だろうけど……バイトが終わったらお見舞い行こうかな、私も心配だし」

 

 天城が少し心配そうな表情を浮かべ、俯く。親友としてやっぱり心配ではあるよな。今日は俺バイト休みだし、お見舞いぐらい行ってやろうかな。

 

「先輩、今お見舞いでも行こうかな――とか考えてました?」

「へ?」

「駄目ですよそんなの! もし先輩に風邪移ったらどうするんですか!」

「いやでも……」

「友希君が行っても逆効果よ。彼女の熱が悪化しそうだから止めておきなさい」

 

 そんな事……あるかもな。変に動揺させたりするのは体に毒かもしれないし、止めておくか。まあ、出雲ちゃん達は単にお見舞いに行かせたくないだけなんだろうけど。二人きりな状況になるからな。

 

「でもやっぱり心配だよね……電話ぐらいした方がいいかな? それともメール?」

「どうせ明日か明後日には復活するだろうし、そっとしといてあげなさい」

「そうですそうです。先輩の隣の席になった罰ですよ。何日か先輩と会えない日が続けばいいんですよ」

 

 二人共冷たいなぁ……まあ、二人も完全に心配してない訳では無い――よな?

 

 それから適当な会話を交えながら昼食を食べ進め、全員が完食したところで朝倉先輩は生徒会室、残りの三人は次の授業の準備の為に教室へ戻った。

 俺はこれといってやる事も無いので、教室に戻って本の続きでも読んで暇を潰そうかと移動を開始する。

 

「あ、丁度よかった。世名くーん!」

 

 その道中、不意に誰かに呼び止められ、後ろを振り返る。

 

「ハル先生? 何か用ですか?」

「世名君、今日の放課後暇かしら? もし暇なら、これ頼まれてくれる?」

 

 ハル先生は右手に抱えたプリントの束から一枚を取り出し、俺へと渡す。

 

「これは?」

「今日配る予定のプリント。大した物じゃ無いんだけど、もしよかったらこれを雨里さんの家まで届けてくれないかしら?」

「これを? ……別に構いませんけど、何で俺に?」

「それはお隣さんだからよ。それに、二人って仲がいいんでしょ? 雨里さんもあなたが来てくれた方が嬉しいだろうし」

 

 と、ニッコリと微笑みながら首をチョコンと倒す。

 この人……海子の恋愛に協力する感じなのか? ま、生徒の力になると思っての事だろうな。

 

「……まあ、分かりました」

「ありがとうね。それじゃあ、よろしくねー」

 

 手を首の辺りで小さく振り、職員室に向かい歩き出す。

 結局、海子の家に行く事になったな……でも、頼まれた事だし、仕方無いよな。まあ心配ではあるし、顔ぐらい見てくか。……あいつの熱が上がったりしなきゃいいが。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 放課後――授業が全て終わってすぐ、ハル先生から受け取ったプリントを届ける為に、自宅には帰らず、そのまま直接海子の家を目指して歩き出す。彼女の家に行くのは前に雨の時お邪魔して以来だ。

 

「えーっと……お、見えてきた」

 

 その時の記憶を頼りに道を進んでいると、目の前に見覚えのある一軒家が目に入る。早速その家に向かって歩を進め、玄関前のインターホンを鳴らす。

 そのまましばらく待っていると、家の中からドタバタと足音が微かに聞こえてくる。直後、玄関が開いて、中からエプロン姿の水樹さんが出てくる。

 

「あら、友希君じゃない! 久しぶりねー! 今日はどうしたの?」

「お久しぶりです。その、担任の先生にプリント持っていくように頼まれて……」

「そうなのー、わざわざ悪いわね。あ、よければ上がって上がって。ジュースぐらい出すわよ」

「それじゃあ……お言葉に甘えて」

 

 ぺこりと頭を下げ、家の中に足を踏み入れる。

 

「そういえば……海子の調子はどうなんですか?」

「まあ軽い風邪よ。今はぐっすりと寝てるから、明日には治るんじゃないかしら」

 

 そうなのか……よかった、あんまり酷いものじゃなかったんだな。

 内心ホッとしながら、水樹さんの後に続いてリビングを目指す。リビングに到着してすぐ、水樹さんは飲み物を用意すると言ってキッチンへ。俺はそれを適当な席に座って待つ。

 

「お待たせー。はいどうぞ。炭酸大丈夫よね?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 喉も渇いていたので、遠慮せずに水樹さんが出したコーラを少し飲んで一息つく。水樹さんも正面の席に座り、コーラを半分ほど飲み干し、ふぅと息を吐く。

 

「そういえば、あなたと海子、隣の席になったんだってね? どう? あの子きっとガチガチに緊張してるでしょ?」

「まあ……そうですかね。授業自体は真面目に聞いてますけど、なんとなく気まずい感じはしてますかね……」

「アハハ、やっぱりね。まああの子はただ恥ずかしがってるだけだから、あんまり気にしてあげないでよ。そうすれば、あの子もその内慣れるから」

 

 水樹さんはコーラの残りを全て喉に流し込み、空になったコップを机に静かに置き、こちらを真っ直ぐと見つめる。

 

「ま、色々よろしくしてやってよ。あの子も色々頑張ってるみたいだから」

「は、はい……善処します」

「よろしい! あの子の努力に気遣ってあげてね? こないだなんか『気になるあの子の心を鷲掴み! モテテク必勝法!』って雑誌の記事を食い入るように見てたんだから」

「そ、そうですか……」

 

 そんなテクニックを披露された覚えは無いけどな。

 それから水樹さんから海子の話を聞かされていると、リビングの扉が不意に開き、水色のパジャマを着た海子がリビングへ入ってくる。

 

「あら海子、どうしたの?」

「いや喉が渇いて――って!? とと、友希ぃ!?」

「よ、よお……お邪魔してるぜ……」

「なんっ……!? おまっ……!? ちょっ……!?」

 

 海子は目を大きく見開き、口をパクパクさせながらこちらを指差す。 あからさまに動揺してる。顔も分かりやすく赤くなってる。風邪のせいかもしれんが。

 

「落ち着きなさいよ。友希君はプリントを届けに来てくれたのよ」

「そ、そうか……す、すまないな、友希。手を煩わせて」

「別にいいさ。海子の事も心配だったし、お見舞いついでだよ」

「し、心配してくれてたんだな……」

「当たり前だろ?」

「それは……ありがとうな……」

 

 と、小さく呟き、嬉しそうに微笑む。

 

「あら海子ぉ? 随分嬉しそうじゃなぁい」

「う、うるさい! と、ともかくプリントを届けてくれた事は感謝する。用が済んだならさっさと帰れ! 風邪を移したくないからな!」

「お、おう……分か――」

「あー、忘れてたー!」

 

 突然、俺の言葉を遮るように、水樹さんがわざとらしく棒読みな大声を上げる。

 

「今日の夕飯のおかず買うの忘れてたわー」

「な、なんだいきなり……買いに行けばいいだろう」

「いやいや、風邪を引いている一人娘を置いていくのは心が痛むのですよ、シングルマザーとしては」

「なんだそれは……」

「イヤー、どうしたものかなー?」

 

 水樹さんは小芝居を続けながら、キョロキョロと首を回す。そして俺を視界に捉えた瞬間に、ポンッと手を叩く。

 

「そうだわ! 友希君、海子とお留守番、お願いできるかしら?」

「え?」

「な、何を言ってるんだあんたは!」

「だって友希君が付いてくれれば安心でしょ? だからさ、海子をお願い出来るかしら?」

「えっと……」

 

 水樹さん……海子と俺の距離を少しでも近付けようとしてるんだな。その魂胆が目に浮かび上がってる。

 

「どうかしら?」

「……まあ、別にいいですけど」

「んなっ!?」

 

 別に断る理由も無いし、俺も心配ではあるからな。だからと言って何か出来る訳でも、する訳でも無いが。

 

「さっすが友希君、話が分かるわー。それじゃあ、私はお使い行くからよろしくね」

「ちょっ、ちょっと待て! 私はいいと言ってないぞ!」

「いいじゃない、海子だって嫌では無いでしょ?」

「そ、それはまあ……」

「折角の機会なんだから、友希君に優しーく看病してもらいなさいよ。色々と」

「いっ……!?」

 

 いやそんな事しないから……この人は娘になんつー事言ってるんだか。

 

「ともかく、海子の事はお願いするわね。出来る限りゆっくり帰ってくるから!」

「いや普通に帰ってきて下さいよ……」

「だ、だから私は――」

「それじゃあお願いねー! お赤飯の用意はいつでも出来るわよー!」

 

 と、海子の話を聞く素振りも見せず、水樹さんはエプロンを投げ捨て、そのままリビングを後にした。

 それに海子は呆然と立ち尽くし、数秒後にガクリと肩を落とした。

 

「全く母さんは……変な気ばかり使わなくていいのに……!」

「ま、まあ水樹さんも心配なのは事実だろうし、いいじゃないか」

「あの人は私をからかってるだけだ……全く」

 

 海子は腕を組んで、溜め息をつく。

 

「まあ、とりあえずゆっくり寝てろよ」

「ああ、そうするつもりだ。……寝てる間に変な事をしたら許さんぞ?」

「分かってるって……海子が嫌がる事はしないよ」

「べ、別に嫌では……いや、何でも無い!」

 

 そう言うと海子はキッチンへと早足で向かい、気を紛らわすように水道水をコップ一杯分一気に飲み干す。

 

「ふぅ……」

「もう熱は下がってるのか?」

「大体はな。あとはゆっくり寝れば明日には学校へ行けるだろう」

「そっか、それは何よりだ。それじゃあ俺がする事は何も無いか」

「だから心配する必要は無いと言ってるんだ。お前も、母さんの事は無視して帰っていいんだぞ?」

「いやいいよ。それでも心配だし、水樹さんが戻ってくるまで一応居るよ」

「……全く、お前も世話焼きだな」

 

 コップをシンクの上に置き、プイッとそっぽ向く。が、その直後に嬉しそうに小さく微笑んだ。

 なんだかんだ嬉しいんじゃないか……まあ、そこに触れたらまたテンパるだろうし、スルーしとくか。

 

「……それじゃあ、俺はリビングに居るからさ。何かあったら呼んでくれ」

「あ、ああ……」

 

 と、海子は少し歯切れ悪く返事をする。それからどこか落ち着かない様子で前髪をいじくる。

 

「ん? 何かあんのか?」

「べ、別に何も無いぞ! ただ……」

「何かしてほしい事なら聞くぜ? お粥ぐらいなら作れるし、リンゴの皮むきも多分出来る」

「そ、そういう事では無い! そ、そのぉ……」

 

 海子は顔をいつものように赤く染めると、指先をモジモジと絡ませながら視線を泳がせる。

 

「そのぉ……い、一緒に……居てくれないか?」

「そ、それって……?」

「へ、変な意味では無いぞ! ただ……一緒居てくれたら……隣に居てくれたら、元気が出る気が……する」

「……まあ、別に構わないけど」

「そ、そうか……! なら、私の部屋に……来てくれるか?」

 

 海子の恥ずかしそうな口調にこちらまで何だか恥ずかしくなってきたが、ここまで来たら嫌だとは言えない。覚悟を決め、俺は海子と一緒に彼女の部屋へ向かった。

 部屋に入るのは二回目だが、やはり緊張する。海子もそれは同じようで、部屋に入ってすぐ、何も言わずにベッドへ走り出し、布団を被って横になる。

 

「て、適当なところに座っててくれ! わ、私は寝る!」

「お、おう……」

 

 一緒に居てくれって言っておいて自分が一番緊張するなよ……というかこれ俺が来た意味無いだろ。

 とはいえ黙って帰るのはかわいそうなので、勉強机の椅子を拝借してそこに腰掛け、横たわる彼女をジッと見つめる。海子は微動だにせず、布団に潜ったままこちらに背を向けている。

 

「……と、友希」

 

 が、突然寝返りを打ち、こちらをウルウルと潤ませた瞳で見つめる。

 

「ど、どうした?」

「その……もっと、こっちに来てくれないか……?」

「え……?」

 

 どうして彼女がそんな事を頼むのか完全に理解は出来なかったが、とりあえず言う通り椅子をベッドの近くへ持っていき、腰掛ける。

 すると、海子が膝に置いた俺の右手に自分の左手を伸ばし、ギュッと握り締める。

 

「しばらく……こうしててくれ」

「あ、ああ……」

 

 海子は手を握ったまま目を閉じる。

 彼女の優しい手の感触、息遣い、安らかな表情と、何だか普段と少し違った雰囲気に心臓の鼓動が早まる。

 すると海子が突然目を開き、クスリと笑った。

 

「友希の手は、とても暖かいな。何だかとても落ち着いて……幸せな気分になれる。こんな経験を出来たなら、風邪を引いたのも悪くなかったかもな……ありがとうな、友希。お前が来てくれて嬉しいぞ。私は幸せ者だ……」

「海子……いきなりどうしたんだよ、そんな事言って」

「え……?」

「いやその……あんまそういう事言わないしさ、お前。……正直ちょっとこそばゆい」

 

 そう口して、頬を掻きながら視線を逸らす。すると海子も自分が口に出した言葉が急に恥ずかしくなったのか、顔が徐々に赤くなる。

 

「うぅ……お前がそんな事を言うから私まで恥ずかしくなってきたじゃないか……! いい雰囲気だったんだからそのまま流せ!」

「そ、それは……ごめんなさい」

「くうぅ……は、恥ずかしいからさっさと忘れろぉ!」

 

 そう声を荒げながら、海子は再びこちらに背を向けて横になり、布団を頭まで被る。

 

「わ、悪かったって。俺もちょっと緊張を紛らわそうと……」

「うるさい! お前は黙ってそこに居ろぉ! 私は寝る!」

 

 駄目だこれ、完全に機嫌損ねちゃってるな。まあ、空気読まずにそんな事言った俺も悪いけどさ。海子の奴も、気持ちが高ぶって口に出ちゃっただけだろうし、黙ってればよかったな。

 そう反省しながら、俺は背もたれに寄り掛かり、彼女へ目を向ける。

 結局海子はそのまま布団から出る事は無かった。寝息が聞こえているので多分眠っているのだろうと察して、俺は黙って彼女の近くに座りながら、適当に時間を潰した。

 

 

「――あ、居た居た」

 

 それから約四十分後、買い物から帰ってきた水樹さんが部屋へやって来た。そして布団に潜った海子を見て察したのか、小声で話し掛けてくる。

 

「どう、海子とは何かあった?」

「何も無いですよ……」

「あら残念。それじゃあ今日は白米ね」

「何言ってんですか……」

「冗談よ。今日はありがとうね。風邪移っちゃうとあれだから、今日はもう帰りなさい。はいこれ」

 

 と、水樹さんはズボンのポケットから何かを取り出し、俺に渡す。どうやら飴のようだ。

 

「のど飴でも舐めときなさい。効くかどうか分からないけど」

「どうもです。じゃあ、海子によろしくお願いします」

「ええ。あの子が喜ぶような話を作って伝えておくわ」

「ありのままを伝えて下さい……」

「冗談よ冗談」

 

 大丈夫かな……そう心配になりながら、俺は荷物をまとめて椅子を元の場所に戻してから、部屋を出ようとする。

 

「んっ……友希……」

 

 その時、眠りにつく海子が寝返りを打ながらそう囁く。布団から出た可愛らしい寝顔に、思わず目を奪われて暫し見つめてしまう。

 

「フフッ、寝言であなたの名前を呼ぶなんて……本当に好かれてるわね?」

 

 その水樹さんの言葉にどう答えていいか分からず、頬に集まる熱を感じながら、髪を掻きむしる。

 

「照れちゃってぇ。青春ね」

「からかわないで下さいよ……それじゃあ、俺帰るんで」

 

 海子の部屋を後にして、そのまま家の外に出る。水樹さんに軽く挨拶を済ませ、貰ったのど飴を口で舐め回しながら、自宅を目指して黙って歩いた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 翌日――今日もいつも通りに教室に入ると、昨日とは違い隣の席に海子の姿があった。どうやら無事に風邪が治ったようだ。

 よかったと安堵しながら、自分の席に向かい、彼女に声を掛ける

 

「おはよう。もう風邪は平気なのか?」

「ああ、おはよう。もう大丈夫だ、心配をかけたな」

「ならよかった。あんまり無理してぶり返すなよ?」

「分かっている。……な、なあ友希」

「うん?」

「そ、その……昨日お前が帰った後に母さんに聞いたんだが……」

 

 そこで海子は言葉を切り、頬を染め上げる。

 その反応に先の言葉――少し嫌な予感がしながらも、黙って耳を傾ける。

 

「き、昨日帰る直前に……ね、寝てる私にき、キスをしようとしたというのは……本当か?」

「……はい?」

「いや! 母さんの冗談だというのは分かってるぞ! ただその、もしも本当だったらあのぉ……その何というか……あれだからその……」

 

 と、若干早口で喋りながら人差し指をツンツンする。

 何を話してるんだあの人は……娘の恋愛事情楽しみ過ぎだろ!

 

「ど、どうなんだ友希! お前はその……わ、私にキスをしようとしたのか!?」

「いやそれは水樹さんの……ていうかそんな事大声で言わない――」

「おい世名どういう事だオイ!」

「テメェまた青春してんのか! いい加減にしないと処すぞゴラァ!」

 

 案の定、周囲の男子生徒が声を荒げて食いか掛かってきた。

 折角陽菜の事が落ち着きそうだったのに……俺の平穏な学園生活はいつ来るの!

 

 その後、俺と海子のキス未遂事件の噂はあっという間に学園中に出回った。そしてそれは当然彼女達の耳にも入り――俺は必死にその弁解する事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 以前は友希が風邪を引いた側だが、今回は逆。
 水樹お母さんは娘の恋愛を全力で応援して楽しみます。




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