モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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夏の終わり告げる花火

 

 

 

 

 

 

 

 

 海子の足に負担を掛けないように気を付けながら移動し、少し時間を掛けて鳥居の前でみんなと合流。到着してすぐに天城達に「二人で何かしてた?」と問い詰められたが、時間も無いから早く行こうと説得して、会話を切り上げて穴場スポットへ向かう事に。

 穴場スポットは白場神社から少し離れた場所にある高台だ。住宅街の外れにあり、花火の打ち上げ会場である河川敷を一望出来る。

 そこは人通りも少ないし、あまり知られている場所では無い。以前あそこで花火大会を見た時は他に人が居なかったし、運が良ければ独占出来るだろう。広さは小規模な公園ぐらいあるが、座るところが無いなど色々不便だが、花火を見るには持って来いだ。

 

 そして移動して約二十分、目的の高台に何とか開始時刻前に到着する。

 

「あ、こっちこっち!」

 

 高台の敷地内に入ると同時に声が聞こえ、そちらへ顔を向ける。そこには先に集まっていた裕吾達男性陣の三人。

 

「間に合ったな」

「ああ。他のみんなは?」

「まだみたい。僕達が一番最初に着いたみたい」

「そっか――」

「うおぉ!?」

 

 突然、孝司が変哲な声を上げ、目を丸くする。

 

「何だよ急に……」

「何だよじゃねーよ! あの金髪の子、カスミンだよな!」

 

 と、俺の後ろの方で辺りを見回す女性陣の中に紛れる変装した香澄ちゃんを、興奮気味に指差す。

 

「まあ、そうだけど……よく分かったな」

「分かるに決まってんだろアホ! それよりも! まさかカスミンの浴衣姿を見れるとは……感無量だ!」

「……そう」

 

 とてつもなくどうでもいい事だったな……まあ、大体予想は出来てはいたが。

 そんな友人のテンションに呆れていると、高台にとある集団がやって来る。

 

「あ、皆さん集まっていたんですね」

「お、全員来たか」

 

 その集団は小波、中村の一年生組、川嶋、滝沢の二年生組に、生徒会の三人。これで全員揃ったな。いや、燕さんがまだか。でも燕さんは多分来れないか、出店の手伝いあるし。

 高台にやって来た一年生組は出雲ちゃんと友香、二年生組が天城と海子、生徒会は朝倉先輩にそれぞれ挨拶をしに向かう。

 

「出雲さん、友香さん、こんばんは」

「こんばんは。あれ? 二人は浴衣じゃ無いんだ」

「私は面倒だったから」

「私は、そういう物は少し苦手で……男性の視線が集まるんで」

「なるほどね……まあ、着る着ないは自由だからね」

 

 

「よー、遅れて悪いなー。って、海子あんた浴衣着てんの? 珍しいね」

「ま、まあな……そういう二人は私服だな」

「私はそういうオシャレはしねーからな」

「私はうっかりしてて忘れちゃった。ゆっちゃんとみっちゃん綺麗だし、私も着てくればよかったなー」

「フフッ、ありがとう。私も由利の浴衣見たかったな」

 

 

「会長、今日は私達も誘ってくださり、ありがとうございます」

「どうせ友希君と二人きりになれないなら、折角と思ってね。逆に迷惑じゃなかったかしら?」

「僕は暇だったから別に」

「私も全然問題ナッシングです! どうせベッドでよだれ垂らしてグータラしてただけだと思うので!」

「……そう、ならよかったわ。そういえば、あなた達も浴衣じゃ無いのね」

「私はそういうのはあまり好まないので」

「私は……着付けが出来なくて断念しました……」

「……あなたらしいわね」

 

 それぞれのグループが浴衣の話を中心に盛り上がるのを、俺達男性陣は傍らから眺める。

 

「いいよなー、ああいう女子トーク」

「生徒会は夜雲先輩居るけどな」

「確か、これでメンバーは全員だよね?」

「ああ。一応燕さんも誘ったけど、無理そうだったしこれで全員かな」

「あ、そうだお兄さん」

 

 ふと、香澄ちゃんがこちらへ近付き、声を掛けてくる。

 

「どうした?」

「いや、実は私も知り合い誘ったんですけど、問題無いですよね?」

「え、まあ見るだけだし問題は無いけど……それって――」

「それってもしかしてラヴァーズのメンバーか!?」

 

 俺の言葉を遮り、孝司が香澄ちゃんへ問い掛ける。

 

「は、はい……来れるか分かんないんですけど、彼女も今日は暇なんでよかったらと思って……」

「誰!? それって誰!?」

「えっと……ゆかりさ――」

「ユカリンか!? マジでか!?」

「落ち着け馬鹿! 香澄ちゃん引いてるだろ!」

 

 テンションがさらに上がる孝司を香澄ちゃんから遠ざけるように引っ張り、頭を叩いて無理矢理落ち着かせる。

 

「全く……それより、小鳥遊さんを誘ったのか?」

「はい。問題無ければ来るはずなんですけど……」

 

 そう口を動かしながら、香澄ちゃんは浴衣からスマホを取り出す。

 

「……あ」

「どうした?」

「いや、今気付いたんですけど……ゆかりさんからメールがあったみたいです。ちょっと急用が入ったみたいで、来れないみたいです」

「えぇ!? ユカリン来れないの!?」

 

 孝司のどこか悲痛な声に、香澄ちゃんはコクリと頷く。すると孝司はガクリと膝から崩れ落ち、四つん這いになる。

 

「そんな……ユカリンに会えると思ったのに……」

「そのぉ……ぬか喜びさせてすみません」

「いや、いいんだ……こうしてカスミンの浴衣姿見れただけで、大満足だから……」

 

 大満足な人間はそんなどんよりした空気を醸し出さないぞ。まあ、気持ちは分からなくは無いがな。

 とりあえず落ち込む孝司はほっといて、時間を確認する。八時五十九分――残り一分で九時だ。

 

「みんなー、そろそろ始まるぞー」

 

 その呼び掛けに、みんなが会話を切り上げて適当な場所に集まり、河川敷の方を見つめて花火大会の開始を待つ。

 

「しかし……よくこんな場所を知っていたな」

「そうだね……こんな場所、あんまり人目につかないもんね」

「ああ、それは……」

「ここはね、私と友くんが見つけたとこなんだよ!」

 

 と、陽菜が俺のセリフを奪い取るように口を開く。

 

「あなたと……世名君が?」

「うん! 昔友くんとここら辺を探検だーって遊んでた時に偶然見つけたの! ね、友くん!」

「えっ、ああ、そうだな。それ以来、ここで花火大会を見てるんだ」

「……そうなんだ」

 

 それを聞くと、天城達四人の機嫌が少し悪くなったように、表情が曇る。どうやら陽菜と俺の思い出エピソードが気に入らなかったようだ

 それをみんなも察して、バラバラに目を背けて無言を貫く。気まずい空気が流れ、どうしようかと頭を抱えたその時――雲一つ無い夜空に、一筋の光が上がった。

 次の瞬間、光は鼓膜と胸を震わせる程の大きな音を出して、巨大な花を咲かせた。

 

「あ、始まったよ!」

 

 陽菜の言葉をきっかけに全員が河川敷の方へ顔を向け、空を見上げる。 そしてそこに次々と、色とりどりの花火が上がる。

 

「うわぁ……」

「綺麗ね……」

「花火、よく見えますね……」

「ああ……遮る物が何も無い」

「でしょ? たーまやー!」

 

 空を見上げながら、皆感嘆の声を上げる。どうやら花火のお陰で、機嫌は直ったようだ。

 

「お姉ちゃん達、すっかり花火に夢中ですね」

「花火に感謝しなきゃだね、お兄ちゃん」

「だな……」

 

 タイミングよく上がってくれた事に心の中で感謝を伝えながら、俺も咲き乱れる花火を眺めた。

 

「本当に、よく見えますねぇ……」

「悪くないかも」

「まさに穴場スポットってやつだね」

「おおー、凄いです! 何だか興奮しますね!」

「見事だな……」

「いやー、なかなかにいいもんだな」

「掴めちゃいそうだねー」

 

 他のみんなも同じく感動してくれてるようだ。ここに連れてきてよかったな。

 そのまま立ち尽くしたまま、空に絶え間なく上がり続ける花火を、時折会話を交えながら鑑賞し続ける。

 

 

 

 そしてやがて花火大会は早くも終わりの時間を迎える。夜空から華々しい光は消え、辺りは一気に静まり返った。

 

「もう終わりかー……何だかあっという間だったね」

「時間も短いしな。でも、楽しめたよな?」

 

 そう問い掛けながら、みんなに視線を送る。それにみんな首を縦に振り、笑顔を見せる。どうやらみんな満足してくれたみたいだ。これで、もうやり残した事は無いな。

 このまま解散して、それぞれ自宅へ帰ろうと呼び掛けようとしたその時――

 

「あちゃー、間に合わなかったか」

 

 そう声を上げながら、一人の人物が高台に姿を現した。

 

「って、燕さん!」

「よっ。店終わって急いでここ来たんだが……終わっちまったみたいだな。いやー、残念残念」

「そうですか……って、何ですかそれ?」

 

 と、燕さんが右手にぶら下げている謎の紙袋を指差す。よく見ると左手には水の入ったバケツも持っている。

 すると燕さんはバケツを足元に置き、紙袋に手を突っ込み、何かを取り出す。

 

「それって……おもちゃ花火?」

「おう! 何だかいっぱい集まってるって聞いたし、折角だからな。数は少ねーし、手持ち花火しかねーがな」

「花火か……そういえば今年はまだやってないな。どうする?」

「もちろんやる!」

 

 陽菜が右手を大きく上げて口を開く。それに続いて、他のみんなもコクリと頷く。

 

「それじゃあ……少しやってくか」

「そうこなくっちゃ! ライターは持ってるからまかせろ!」

「あ、私やりますよ」

「お、んじゃ任せた!」

 

 燕さんはポイッとライターを友香へ投げ、友香はそれを難無くキャッチする。それからおもちゃ花火を地面に広げて、パンッと手を叩いて皆の視線を集める。 

 

「よし、んじゃ好きなの選べ!」

 

 その言葉を合図に、みんな一斉に燕さんが地面に置いたおもちゃ花火へと群がる。

 

「私はこれとこれ!」

「二本同時って……危なくないか?」

「私は……線香花火にしようかな」

「種類は少ないですね……まあ、いいですけど」

「どれがいいのかしら……まあ、適当にやりましょうか」

 

 みんなそれぞれ好きな花火を手に取り、火をつける。

 陽菜と花咲は吹き出す手持ち花火を両手に持ってはしゃぎ回り、一年、二年生組は集まって線香花火をして、生徒会は朝倉先輩に花火の楽しみ方を教え、燕さんは大量の花火を両手いっぱいに持ったりと――みんなそれぞれに花火を楽しんでいた。

 俺はその様子を傍らで眺めながら、クスリと笑った。

 夏休み最後にいい思い出が出来たな――そんな嬉しい気持ちを抱きながら、手元でパチパチと火花を散らす線香花火を見つめる。

 

「この夏休み、色々あったな……」

 

 プールに黒南島での旅行に、今回の花火大会と夏祭り――本当、色々あった夏休みだ。

 大変な事もあったし、正直今までで一番疲れた。けれど、それだけこの夏休みは有意義だった。みんなの事を改めて深く知れた気がする。それに彼女達の仲も――

 

「……あら、もう終わってしまったわ」

「フンッ、流石のあなたも花火までは上手くいかないみたいですね」

「そんなに威張る事でも無いでしょう」

「でも長く続くのって凄いよねー。私すぐ終わっちゃうもん」

「そんなにブラブラ揺らしてたらそうだろうな……」

 

 少しは、縮まってる気がする。この夏の事で、俺達の関係性も少しは進展したかも知れない。

 そして明日からとうとう二学期だ。陽菜も学校に通い始めるし、今まで以上に色んな事があるはず。気を引き締めて挑まないと。そして早く――答えを出さないと。

 

「……俺も頑張らないとな」

 

 そう呟きながら、未だ激しく火花を散らす線香花火を、ジッと見つめ続けた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 花火を全て使い切り、今度こそやる事が無くなった俺達は、全員その場で解散した。

 みんなそれぞれ家路に向かう中、俺、陽菜、友香も高台から自宅へ続く道をゆっくりと歩きながら、今日の事を話していた。

 

「うーん……スッゴイ楽しかったね! お祭りに花火に、いっぱい楽しめた!」

「お兄ちゃんも、今日は楽出来たんじゃない? いつもよりみんな大人しかったし」

「ああ……そうだな」

 

 まあ、それでも十分にいざこざはあったんだが。結局花火で遊んでる時もちょっとした口論はあったし。最早周囲の目は気にしないな、彼女達。

 でも、いつもよりかは幾分マシだったかな? ……あれをマシって言える自分に少し呆れるな。

 

「あーあ、でも楽しい夏休みももう終わりかー」

「お前も明日からは学校生活だな」

「うぅ……楽しみだけど、ちょっとシンドイかなぁ……勉強とか」

「そこは頑張れ」

「うん……でも、学校に行ったら新しい友達も出来るよね! それはスッゴイ楽しみだな!」

 

 と、陽菜は楽しそうにぴょんぴょんスキップする。

 

「おい、転ぶぞ」

「大丈夫だよ! そんなドジはしない――あっ!」

 

 突然、陽菜はピタッと止まり、足元に視線を落とす。

 

「どうした?」

「友くん、どうしよう!? 下駄の鼻緒が切れちゃった!」

 

 その言葉に陽菜の足元へ視線を向ける。確かに、親指と人差し指の間の鼻緒が、見事に真っ二つになっている。

 

「あーあ……ぴょんぴょん跳ねるからだぞ。少しは考えろ」

「ごめん……でも、どうしよう? これじゃあ歩けないよ」

「直す……のは難しそうだな。どうしたもんか……」

「……お兄ちゃんが陽菜さん背負えばいいんじゃない?」

「背負う……?」

 

 確かに、それなら問題は無いけど……

 

「……お前はいいのか?」

「友くんがいいなら……私はいいよ! ちょっと重いかもだけど……」

「俺もお前がいいなら構わないよ。あんまり外に長居すると風邪引くしな。友香、悪いけど先戻っててくれ」

「了解。気を付けてね」

 

 友香はプラプラと手を振り、一足先に家に向かい歩き始める。ここから家まで十分ちょいだし……一人でも問題は無いだろう。

 

「よし……じゃあ、早く乗れよ」

 

 俺達も早く帰ろうと、すぐさま陽菜の前でしゃがみ込み、手を後ろへ向ける。

 

「それじゃあ……失礼しまーす!」

 

 その直後、陽菜は勢いよく背中に飛び付き、力強く俺を抱き締める。それにより、彼女の胸が思いきり背中に押し当たる。

 

「あ、あんまりくっ付くなよ!」

「だって、落っこちたら危ないもん!」

「ちゃんと支えるから安心しろ! 立つぞ?」

 

 陽菜が頷くのを確認してから、彼女の足をしっかり抱えて、ゆっくりと立ち上がる。数回ほど体を少し揺らし、落とす心配が無い事を確認してから歩き出す。

 歩く事に支障は無かったが、一歩進む度に体が揺れ、彼女の胸の感触が背中に走り全身から変な汗が出てくる。

 無駄に緊張するなぁ……さっさと家に着いて降ろしたい。

 

「フフッ……」

 

 そんな緊張する俺とは裏腹に、陽菜は突然クスクスと笑い出す。

 

「な、何だよいきなり」

「……なんか昔を思い出したの」

「昔?」

「うん。確か小四の時……あの時も夏祭りの帰りで、私今日と同じように鼻緒が切れちゃってさ。その時も、友くんがこうしておぶってくれたなって」

「そ、そんな事あったか?」

「うん。ずっと覚えてる、私の大事な思い出」

 

 すると陽菜は背中に頭をコテンとぶつけて、 小さく呟く。

 

「あの時と同じ……あったかくて、優しい背中。私、この背中が大好き」

「い、いきなり何言って……」

「私ね、この街に……友くんのところに戻ってきてよかった。また友くんに会えて、本当によかった。明日からまた友くんと同じ学校に行ける……それが凄く嬉しいもん」

「ほ、本当にどうしたんだよいきなり……」

「単純にそう思っただけだよ! 私は友くんが好きなんだなってさ……ともかく! 明日からも……そしてこれからも、よろしくね!」

 

 そう明るく口にしながら、陽菜は満面の笑顔を見せる。その笑顔に思わず顔を背け、口を噤む。

 こいつは本当にナチュラルに照れ臭い事言うよな……悪気が無いのは分かってるけどさ……反応に困るんだよな、幼なじみとしては。

 

「……まあ、よろしくな」

「うん……よろしくね……」

「陽菜?」

「……スー……スー……」

「って、寝てるし……」

 

 全く……相変わらず自由というか……まあ祭りではしゃいで疲れてるんだろうし……ゆっくりさせてやるか。

 背中で眠りにつく彼女を起こさないように気を付けながら、歩みを進める。

 

「んっ……友くーん……ニヘヘ……」

「……どんな夢見てんだか」

 

 ともかく、こうして俺達の夏休みは終わりを告げた。

 そして明日からは二学期の始まり。それが俺達の関係にどんな変化をもたらすのか――今はまだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 別荘編に比べて少しあっさりし過ぎてたけど、夏祭り編完結です。

 そして約三十話以上にも渡った夏休み編も終了し、次回から二学期編がスタートです!
 だからといって何かが大きく変わる訳ではありませんが、是非お楽しみに!





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