モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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甘く修羅場な出店巡り 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ友くん、あとどれぐらい時間あるの?」

「ん? ちょっと待ってろ……」

 

 神社を移動中、不意に陽菜にそう問われ、俺はポケットからスマホを取り出して時間を確認する。

 現在は八時過ぎ。花火大会が九時からだから……あと三十分ちょいで出店巡りを切り上げたいところだな。

 

「あと三十分ぐらいだ」

「もうそんなに経ったんだ……なんかあっという間だね」

「というか、なんか全然先輩とのお祭りを楽しめてない気がします……先輩、ここらで何かしましょうよ!」

「何かって言われてもなぁ……」

「なら、あれはどうかしら?」

 

 朝倉先輩がとある出店を指差す。どうやら射的みたいだ。

 

「射的か……まあ、祭りの定番だな」

「あれなら友希君も加えてみんなで楽しめるし……いいんじゃない?」

 

 まあ、折角祭りに来たんだし、ああいうのも一つはやってきたいよな。

 

「じゃあ、みんなでやってくか?」

「さんせーい!」

 

 陽菜の言葉に続いて、皆もコクリと頷く。

 それから早速射的の出店へ移動して、店のオジサンに全員一回分の金を払って射的に挑む。一度に全員は無理なので、初めは陽菜、出雲ちゃん、天城、香澄ちゃんの四人が挑戦する事に。

 

「よぉーし、いっぱい取るぞぉー!」

 

 コルクを銃口に詰めて、身を限界ぎりぎりまで乗り出して景品に向かい銃を伸ばす。陽菜が狙う景品は手乗りサイズのウサギのぬいぐるみ。正直落とすのは難しそうだけど、陽菜は恐らく考え無しに狙ってるのだろう。

 陽菜は足をパタパタさせ、腕をプルプルと震わせながら、必死にぬいぐるみに狙いを定める。

 

「んー……ココ!」

 

 そして次の瞬間、引き金を引いてコルクを発射する。コルクはぬいぐるみに見事に命中したのだが――ぬいぐるみは少し揺れただけで、落ちる事は無かった。

 

「あぁ! もうちょっとだったのにぃ……今度こそ!」

 

 再びコルクを銃口に詰め、同じように身を乗り出す。が、また落とす事が出来ずに陽菜はガックリと肩を落とす。

 

「うにゅー……駄目だったぁ……」

「フンッ、あんなのも落とせないなんてダメダメですね。先輩、私のテクニック、見ててくださいね!」

 

 その言葉に、陽菜の隣に居る出雲ちゃんに視線を移す。

 コルクを詰めた銃を陽菜が狙っていたぬいぐるみへと向ける。陽菜のように身を乗り出さずに、スナイパーのよう体勢で、じっくり狙いを定める。

 

「おお、出雲ちゃん本格的……!」

「話し掛けないでください、気が散ります」

 

 その状態のまま、出雲ちゃんは気持ちを落ち着かせるように数回深呼吸をする。

 直後――微動だにせず銃の引き金を引き、コルクを発射。コルクは一直線にぬいぐるみに向かって飛び、見事に命中してぬいぐるみを棚から落とした。

 

「おおー! 出雲ちゃんスゴーイ!」

「フッフン、射的だけは得意なんですよ、私。どうですか先輩、私凄いですよね?」

「ああ、驚いたよ。意外な特技ってやつだな」

「エヘヘ……もっと誉めていいんですよ?」

 

 嬉しそうに笑いながら、出雲ちゃんは誇らしげに胸を張る。

 出雲ちゃんがこういうのが得意とは思わなかったな。でも、さっきの輪投げは苦手っぽかったのに、射的は得意なんだな……何でだろ? ……まあ、別にいいか。

 

「出雲ちゃんやるなぁ……私も負けないぞ!」

「フンッ、あなたになんか負けませんよ!」

 

 やる気を見せながら、陽菜が再び銃を構える。それに対抗するように、出雲ちゃんも新たな景品に狙いを付ける。

 二人は射的を楽しんでくれてるようだな……そういえば、天城はどうだ?

 ふと気になり、端っこの方で射的に挑む天城の方へ視線を向けてみる。

 

「……あっ……外れちゃった……」

 

 天城は案の定こういうのが苦手なようで、悪戦苦闘しているみたいだ。

 

「難しいか?」

「世名君……うん、やっぱりこういうのは向いてないかな、私」

 

 天城は頭を掻き、苦笑しながら口にする。まあ、こういうのは得意不得意があるし、仕方無いっちゃ仕方無いな。

 そのまま彼女の挑戦が終わるまで見守ってやろうと出店の後ろで立ち尽くしていると、彼女の隣で射的に挑む香澄ちゃんが突然、天城の耳元に顔を近付ける。

 

「お姉ちゃん、お兄さんにコツみたいなの教えてもらえばいいじゃん。そしたら親密度上がるし、密着し放題だよ?」

「み、密着って……! 何言ってるの香澄!」

「いーじゃん、大チャンスだよ? 私が他の人の注意逸らすから! 手取り足取り、色々教えてもらいなよ!」

「て、手取り足取り……」

「あ、お姉ちゃん変な妄想した」

「してない! でもそんなの……恥ずかしいし無理だよ……」

「お姉ちゃんのヘタレ」

「だってぇ……」

 

 という、二人のひそひそ話が耳に流れ込んでくる。何を話してるんだあの子達は……

 その後結局、天城は何も行動を起こさずに射的を終えて、しょんぼりとしながら銃を置いて、香澄ちゃんと一緒にこちらへ歩み寄る。

 

「はぁ、一個も取れなかったぁ……」

「フフン、私はたんまりですけどね」

 

 その直後に陽菜は不満足そうに手ぶらで、出雲ちゃんは逆に満足そうに沢山の景品を入れた紙袋を持ってこちらへと近寄る。

 

「お疲れ様」

「さて、今度は私達の番ね」

 

 彼女達と入れ替わりに、今度は俺、朝倉先輩、海子、友香の四人が台の前に並ぶ。

 

「射的か……なんだか久しぶりだな。二人は?」

「私は何だかんだ毎年やってるな。こういうのは好きだからな」

「私は祭り自体初めてだからやった事無いけれど……これであそこの景品を撃ち落とせばいいのよね?」

「まあ、基本は」

「なら簡単ね」

 

 そう言うと朝倉先輩は手際良くコルクを銃口に詰めて、構える。初めてとは思えない美しい構え方で、とても様になってる。

 朝倉先輩はそのままジッと狙いを定め、引き金を引く。コルクは真っ直ぐに飛び、景品のお菓子を一発で撃ち落とした。

 

「ま、こんなところね」

 

 落とした景品を見下ろしながら、朝倉先輩は銃を肩に担ぐ。

 カッケェ……流石だな……もう射的を物にしてる。というか何か銃の扱いに慣れてるような……気のせいか。

 

「俺もやるか……なあ、何か欲しいのあるか?」

 

 いざ射的に挑もうとしたが、よく見るとこれといって欲しい物が無かったので、隣で射的に挑む友香へ問い掛ける。

 

「ん? じゃあ、あのゲーム機」

 

 と、友香は景品棚の中央にある最新型の携帯ゲーム機を指差す。ちっちゃい箱を落としたら貰える――とかでは無く、箱詰めされたゲーム機がそのまま堂々と置いてある。

 

「いや、あれは無理だろ……ゲーム機重いぞ?」

「置いてあるんだから落とせる。ファイト」

「簡単に言うな……まあ、やってみるけど」

 

 とりあえず銃を構えて、ゲーム機に向かいコルクを発射する。が、コルクはあっさり弾かれ、ゲーム機は微動だにしない。

 

「やっぱ無理だろ」

「諦めんの早すぎ。海子さんはどうです?」

「わ、私か? ……まあ、やってみよう」

「無理に挑まなくていいぞ?」

「いや、私も特に欲しいのが無いし構わないさ」

 

 そう言うと海子は銃口をゲーム機に向け、引き金を引く。しかし、コルクが命中してもやはりゲーム機は少しも動かない。

 

「むぅ……なかなかに手強いな」

「あんなのこんなコルクじゃ動かないだろ。悪いが諦めろ。つーかお前持ってんだろあれ」

「スペアとして欲しかったの。まあ、無理ならいいんだけど」

「あら、友香ちゃんはあれが欲しいのかしら?」

 

 朝倉先輩のその言葉に、友香はコクリと頷く。

 すると朝倉先輩はしばらく景品棚のゲーム機をジッと見つめると、それに向かい銃口を向ける。

 

「え、落とす気ですか?」

「友香ちゃんが欲しがってるんだもの。やってみるわ」

 

 そう口にした直後、朝倉先輩はコルクを撃ち放つ。コルクは箱の角に命中し、微かだが箱が動く。

 なるほど……ああやって少しずつ動かして落とすのか。でも、相当難易度高いだろあれ。

 流石の朝倉先輩でも難しいのでは――そう思いながら彼女の挑戦を見守る。

 

「…………」

 

 朝倉先輩は無言で次々とコルクを撃ち続ける。コルクは毎回箱の角に一寸もズレずに命中し、少しずつ箱をズラしていく。とはいえ流石に一回分の弾では足りなそうなので、俺達の分の弾もあげる事にした。

 

「ありがとうね」

 

 朝倉先輩は小さく笑いながらそれを受け取り、続けてゲーム機に向かい撃つ。

 そしてラスト一発。箱もあと少しで落ちそうなぐらい傾いてる。もしかしたら行けるかもしれない。

 全員が固唾を呑んで見守る中、朝倉先輩が最後の一発を、放つ。コルクは真っ直ぐに箱に飛び、角に直撃。それにより再び箱が少しズレ――そのまま箱は景品棚の真下へと落下した。

 

「ふぅ、何とか足りたわね」

「ほ、本当に取るとは……」

「凄っ……」

 

 マジで取ったよこの人……本当に凄いな。

 これには店のオジサンも俺達と同様に――いや、それ以上にビックリしたようで、口をあんぐりと開けて落ちたゲーム機を眺めていた。多分、取られるとは思ってなかったのだろう。

 

「店主さん、取ってくれるかしら?」

 

 しかし朝倉先輩のその言葉でハッと我に返ったようで、慌ててゲーム機の箱を拾い上げて朝倉先輩へ渡す。

 

「はい、友香ちゃん」

「あ、どうも……いいんですか?」

「もちろん、友香ちゃんの為にしたんだから」

「それじゃあ……遠慮無く」

 

 友香はペコリと頭を下げながら、朝倉先輩からゲーム機の箱を受け取る。

 

「フフッ、喜んでくれてよかったわ」

「すみません、友香の為にわざわざ……」

「いいのよ。未来のお姉ちゃんとして、当然の事をしたまでよ」

 

 クスリと笑みを浮かべながらそう口にすると、朝倉先輩は後ろで見学する天城達の元へ、一足先に戻る。俺達もそれに続き、みんなの元へ合流する。

 

「お疲れ様! 雪美さん凄かったね! 私ちょっと興奮しちゃったよ!」

「フンッ、あれぐらい私だって出来ますよ」

「本当かしら?」

「本当ですよ! なんなら今から証明しましょうか?」

「はい、そこまで。そろそろ時間も時間だし、移動するぞ」

 

 射的に結構時間を掛けてしまって、既に八時半が近付いてる。そろそろ移動しないと間に合わなそうだ。

 

「本当だ。そろそろ行かないと、愛莉達待たせちゃうかも」

「ここから例の穴場スポットまでどれぐらい掛かるの?」

「えっと……神社を出て二十分ぐらいかな」

「結構掛かるな」

「でもその分花火がよく見えるいい場所なんだよ!」

「そうだな。人通りも多くなるだろうし、早く行こう」

 

 その言葉に全員がコクリと頷き、神社から出る為に歩き出す。

 

 

 

 

「そういえば、夏祭りと花火大会って、去年は別々でしたよね? しかも時間も九時って遅いし……」

「今年は確か色々事情があって同時期になったとか聞いたけど……開始が遅いのもその都合があって、時間も四十分ぐらいだって」

「そうなのか……まあ、祭りは十分楽しめたしいいだろ」

「でも、別々だったら先輩との個別デート出来たかもしれないのに……」

「それもそうね。まあ、他の人もするだろうから、それはそれで嫌だけど」

 

 そんな会話を交えながら、入り口を目指し歩き続ける。その移動中に急に尿意を催し、足を止める。

 

「お兄ちゃんどうしたの?」

「悪い、先に行っててくれ。ちょっとトイレ行ってくる」

「ん、分かった。鳥居の前で待ってるね」

「悪いな」

 

 道を外れ、神社内にある公衆トイレを目指し走る。

 トイレ自体は運良く近くにあったのだが、予想以上に並んでいたので、数分ほど待つ事になった。

 

「ふぅ……ギリギリセーフ……」

 

 ようやく空いた便器の前に立ち、さっさと小便を済ませ、手を洗って公衆トイレを出る。結構時間が掛かった。もうみんな神社を出てるかもしれないと、慌てて向かおうとする。

 が、不意に同じ公衆トイレの女子トイレの方から出てきた人物に目を取られ、慌てて立ち止まる。

 

「あれ、海子? お前もトイレかよ」

「友希、まだ居たのか……というか、女子にそういう事を易々と聞くんじゃない!」

「あ、悪い……」

「まあいい……それより急ごう。みんな先に行ってしまってるぞ」

「ああ、そうだな」

 

 今度こそみんなの元へ向かおうと足を進める。

 

「……ッ!」

 

 しかし、不意に海子が小さな声を漏らし、その場でしゃがみ込む。

 

「どうした?」

「いや、足が少し……」

「足……?」

 

 慌てて海子へ駆け寄り、近くにしゃがんで彼女の足へ目を向ける。海子の足は、親指と人差し指の間が見るからに痛々しく赤くなっていた。鼻緒で擦れたみたいだ。

 

「あー、こりゃ痛いな……歩けるか?」

「我慢すればなんとかな……」

「そういう訳にはいかないだろ。確かもしもの時の為に絆創膏持ってたな……とりあえず、座れるとこに移動するぞ」

 

 スクッと立ち上がり、彼女に手を差し出す。海子はそれに一瞬顔を赤らめるが、俺の手をそっと取る。そのまま彼女を引っ張り、足に負担を掛けないようにゆっくりと近くのベンチに移動する。

 ベンチに海子を座らせて、下駄を脱がせる。それからポケットから取り出した絆創膏を、何枚か彼女の足に貼る。

 

「これで一応は大丈夫だろ……あんまり無茶はすんなよ?」

「すまないな友希、手を煩わせてしまって……」

「いいよこれぐらい。痛かったらすぐ言えよ?」

「ありがとうな……何だかこそばゆいな、こういうのは……」

 

 海子は気恥ずかしそうに目線を逸らし、頬をポリポリと掻く。その反応に思わず目を奪われるが、海子の足を掴んだままな事に気付き、慌てて手を離す。

 

「わ、悪い……!」

「い、いや別に構わない……でも、やっぱり慣れない下駄なんて履くものじゃ無いな」

「海子はあんまり浴衣着ないんだっけ?」

「あんまりどころか、今日初めて着た」

「そ、そうなのか?」

「ああ。その……言ったかもしれないが、お前に見せたくてな……」

 

 ああ、そういえばそんな事言ってたかな……

 

「でも、こうして怪我をしてしまって迷惑をかけるなら、着てこなかった方がよかったかもしれないな。浴衣姿も優香達に比べると、劣ってしまってるしな……」

「劣ってるって……そんな事無いだろ」

「え……」

「普段の海子と違った印象で、新鮮な感じでいいと思うぞ。素材が良いんだし、何を着ても似合うし可愛いさ」

「なんっ……!? い、いきなり何を言うだお前はぁ!」

 

 カァァっと顔を真っ赤にして、少し裏返った声を上げながら足をバタバタと振るう。

 

「ちょっ、止めろって!」

「う、うるさい! お前が変な事を言うから……!」

「分かった! 分かったから!」

「全く……! お前の発言は本当に体に悪い……」

 

 そう呟きながら足を止め、下駄を履き直す。

 それはこっちのセリフだよ……俺だってお前の反応にドキッとする事が多いんだから。まあ、原因は大体俺だけど。

 

「ふぅ……とりあえず、ゆっくりと行くか。ほら、俺が引っ張って支えるから」

「い、いらない世話だ! 一人で歩ける」

「いいから。無茶して悪化したらいけないだろ?」

「うっ……わ、分かった」

 

 差し出した手を、海子は少し緊張した顔付きで握り、ベンチから立ち上がる。

 

「じゃあ、行こうか。足、大丈夫か?」

「これぐらい問題無い」

「そうか。でも、無理はすんなよ。なんならおぶってやろうか?」

「おぶっ……!? い、いい! そんな恥ずかしい事人前で出来るかぁ!」

「だよな……んじゃ、行くか」

「あ、ああ……」

 

 そのまま彼女の手を引き、ゆっくりと歩き出す。

 

「……フフッ」

 

 すると海子が、小さく嬉しそうな笑い声をあげる。

 そういう反応がドキッとするんだよ、こっちは……

 

 

 

 

 

 

 




 出店巡り後半戦。今回は割と平和な回だった。
 次回は花火大会。とうとう夏休み編もクライマックスです。






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