モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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浴衣美人と夏祭り

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月30日――夏休みもとうとうクライマックスへと突入した今日は、この夏最後のイベントである、白場神社で昨日から行われている夏祭りへ向かう事になっている。

 夜にみんなで現地集合の予定だ。まだ待ち合わせ時刻まで小一時間あるので、俺は準備を早急に済ませ、余裕を持って自室で読書でもしながら、時間が来るのを待っていた。

 

「友くん! 友くーん!」

 

 そんな中、慌ただしい聞き覚えがありまくる大声とバタバタとうるさい足音が部屋の外から聞こえてくる。それに面倒事を予感し、小さく溜め息を吐いて本をそっと閉じて机に置く。

 その数秒後、部屋の扉がノックも無しに開き、オレンジ色の花がいっぱいにプリントされた浴衣を着た陽菜がそそくさとこちらへ駆け寄って来る。そして何故か浴衣の帯が解けていて、陽菜はそれを両手で押さえつけていた。その様子に九割程度状況を理解した俺は、やっぱり面倒事だったと再び溜め息を吐く。

 

「友くん助けてぇー! 浴衣の帯が解けちゃったよぉー!」

「……だろうな。で、なんで俺のとこ来た。さっき母さんに着付けてもらってただろうが」

「香織オバサンもう出掛けちゃったよ! 友香ちゃんも出来ないし、私も一人で挑戦したら帯がこんがらがって……だからお願い! 友くんしか頼めないの! やり方はちゃんと調べてるから!」

 

 右手に持ったスマホをこちらへ渡す。その画面には浴衣の着付けの手順が書かれたサイトが映されていた。

 

「はぁ……分かったよ。無理だったらごめん」

「そんな事言わないでよぉ! それじゃあ私お留守番になっちゃうよ!」

「別に浴衣じゃ無くても祭りは行けんだろ」

「駄目だよ! 折角のお祭りなんだし、浴衣じゃないと!」

「なんだそのこだわり……まあ、頑張ってみるよ」

 

 彼女から帯を受け取り、とりあえずサイトに書かれている通りに進めてみる。

 色々難しいところもあったが、コツさえ掴めば案外簡単に進める事が出来た。

 

「おおー、友くん凄い!」

「ま、全部解けた訳でも無かったしな。よし、終わったぞ」

 

 帯を結び終え、しゃがんだ状態からゆっくりと立ち上がり、陽菜と少し距離を離す。陽菜は立ち尽くしたまま帯に目を向け、しっかりと元通りになっているのを確認すると、パァッと顔を明るくする。

 

「凄ぉーい! ありがと、友くん!」

「どういたしまして。もう解けないよう気を付けろよ?」

「はーい! 一時はどうなるかと思ったよ……そうだ、友くん!」

 

 俺の名を呼ぶと、陽菜はその場でクルリと一回転して、両手を広げて首をチョコンと傾げる。

 

「どお? 浴衣似合ってる? 可愛い?」

「え? そりゃ、まあ……似合ってるし……可愛いと思うぞ」

「そっか……ニヘヘ……友くんに可愛いって言われた……」

 

 と、嬉しそうに表情を綻ばせる。その反応になんだか恥ずかしくなり、耳から顔まで一気に体温が上がる。

 

「あ、友くん照れてる?」

「よ、余計な事言わなくていい!」

「否定しないんだ?」

 

 陽菜はニタリと笑みを浮かべながらこちらへ顔を寄せてくる。祭りのテンションのせいかいつもよりグイグイ来る……大きなイベントは凄く楽しみにしてるからなぁ、こいつ。

 

「ね、どうなの友くん」

「いいだろどうでも! いいから準備済ませとけ!」

「はーい。友くん、今日はいっぱい楽しもうね!」

 

 その言葉を残し、陽菜は部屋を出て行く。

 祭りが始まる前からテンション高いなぁ……ま、あいつにとっては久々な白場の夏祭りだし、楽しみなんだろ。引っ越す前までは毎年のように楽しんでたし。

 

「夏祭りか……」

 

 去年は確か行かなかったな……夏休みの宿題放置してて切羽詰まってたし。こうして大人数で行くのも、小学生以来かもしれない。

 あの時は時間なんか気にせず、純粋にみんなでワイワイ楽しめたなぁ。けど今日は彼女達の事もあるし、計画的に行動しないとな。しかし如何(いかん)せん今回は時間が無い。

 夏祭り自体は夜遅くまでやるのだが、夏祭り二日目の今日は九時から花火大会が行われるのだ。その花火大会を俺達だけでは無く、中村達一年生組や、生徒会メンバーなど、彼女達の関係者全員を集めて、とある穴場スポットにて見る予定なのだ。

 つまり、遅くてもそれまでには夏祭りを切り上げなきゃならん。そして俺達の待ち合わせ時刻は全員の都合により七時――つまり、祭りは中村達との合流も考えると約一時間半しか回れないだろう。それだけあれば祭りの屋台を回るのは問題無いが、全員にマンツーマンの時間を作るのは難しい。

 

「どうしたものか……」

 

 彼女達もマンツーマンの時間ぐらい欲しいだろう。とはいえそれは難しい。プールの時みたいにはいかないし、出来れば全員まとまって行動したい。白場神社は割と広いし、はぐれたら色々面倒だ。

 一体どうすれば円満に事が進むのか、それを椅子に座って天井を見上げながら考えていると、不意に部屋の扉が開き、そこから黄色い浴衣を着こなす友香が入って来る。

 

「どした? お前も帯解けたか?」

「違うよ。そろそろ時間だから呼びに来たの」

「え、嘘?」

 

 部屋の時計に目を向けると、時刻は既に六時半を回っていた。いつの間にそんなに経っていたんだ……考え事し過ぎたな。

 

「悪い、すぐ行くよ」

「うん、玄関で待ってるね。……どーせお兄ちゃんの事だから、優香さん達を平等に相手するにはどうすれば――とか考えてたんだろうけど」

 

 友香にズバリ思考を読まれ、思わず肩を震わす。俺そんなに分かりやすいか……

 

「その考えは悪くは無いけど、全員平等なんて限界あるよ。そんなに根詰めたらお兄ちゃん過労でぶっ倒れるよ?」

「それはそうだけど……あいつらの為には……」

「……確かに、あの人達も二人きりが最上の幸せだとは思うけど……お兄ちゃんと一緒にお祭り回れるだけで幸せだと思うよ?」

「一緒に回れるだけで……」

「だから、無理にマンツーマンの時間作ろうとせず、みんなで一緒に回ればいいよ。妥協も時には必要だよ?」

「……そうだな」

 

 確かに、時には妥協も必要かもな。彼女達には悪いけど、今回は我慢してもらうか。それに俺は、出来ればみんな一緒に祭りを楽しみたい。

 

「……ありがとうな、友香」

「どういたしまして。まあそれに……二人きりだろうが、全員一緒だろうが、あの人達は好き勝手やるだろうし」

「……だな」

 

 むしろ全員一緒の方が闘争心あるから大変そうだ……まあ、そこは忍耐だ。

 

「ふぅ……結局大変だな」

「まあ頑張んなよ。私は綿飴でも食べながら応援してるよ」

「適当な応援だな……まあいいや。そんじゃ行くか」

 

 ともかく今日もやる事は変わんない。ひたすら頑張る――だ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 午後七時前――白場神社に一足早く到着した俺、陽菜、友香は待ち合わせ場所である鳥居の前で他のメンバーが来るのを待っていた。

 今回は珍しく裕吾達男性陣は抜きだ。あいつらが言うには「毎回毎回付き合うのもあれだから、今回はパス」との事らしい。まあ、後の花火大会の時に合流するのだが。

 

「――世名君」

 

 鳥居の近くで適当に時間を潰していると、不意に背後から声を掛けられ振り返る。そこには可愛らしい花柄のピンク色の浴衣を着た天城と、同じくピンク色の浴衣を着た見覚えの無い金髪の女の子が。

 

「待たせちゃった?」

「いや全然。それより……その子は?」

「え? ああ……」

「私ですよ、お兄さん」

 

 そう、金髪の女の子は聞き覚えのある呼び方で俺を呼ぶと、ウインクをしながら俺の目を見つめる。

 

「その声……香澄ちゃんか?」

「はい! お久しぶりです、お兄さん」

「ああ、久しぶり。それにしても……どうしたのそれ?」

 

 普段の香澄ちゃんは天城と同じ黒髪ロングのはずだ。なのに今は金髪のストレートヘアーの上、目は赤色とまるで別人のような風貌になっている。……イメチェン?

 

「これはウィッグですよ。そして目はカラコンです。私が甘義カスミだってバレたら、色々大変ですから。人が多い場所ではこれぐらいの変装はしないと」

「そ、そうなんだ……」

 

 アイドルって大変なんだなぁ……でも、見た感じは可愛い女の子だし、結局目立ちそうだけど。

 

「それよりお兄さん、何か言う事あるんじゃ無いですか?」

「へ?」

「浴衣ですよ浴衣!」

「浴衣……ああ、似合ってると思うよ」

「私じゃないですよ! お姉ちゃんに一言、可愛いとかそういうのですよ!」

「ちょっ、香澄……! 世名君、私は別に……」

「いやコメントぐらいするよ。天城も似合ってるし、可愛いと思うよ」

「え!? あ、その、えっと……ありがとう……」

 

 と、消え入りそうな小さな声を出しながら、顔を真っ赤にしながら綻ばせ、身を縮こませる。

 

「……自分から振っといてなんですけど、あっさり言うんですね。そんなんだからお兄さんモテちゃうんですよ」

 

 モテちゃうって何だよ……俺は思った事言ってるだけだし……まあ、直そうとは思ってるけどね。毎回こう可愛らしい反応見せられたら心臓に悪い。今も天城の反応見てちょっとドキッとしたし。

 その後、天城は数回深呼吸を繰り返し、綻んだ表情を引き締める。まだ若干顔が赤いが、落ち着いたようだ。

 

「全くお姉ちゃんは……ともかく、今日はお願いしますね、お兄さん」

「おう、よろしく」

「よろしくね香澄ちゃん!」

「…………」

 

 俺と陽菜が応答する中、友香は口を開かずにどこかツンとした様子でそっぽを向く。

 もしかして……まだ前の事気にしてんのか。こいつも頑固だなぁ……

 

「おい友香」

「……分かってるよ」

 

 不機嫌そうに唇を尖らせながら、友香は香澄ちゃんの方へチラリと目を向ける。

 

「……よろしく」

「ええ、よろしくお願いしますね」

 

 友香の嫌々な感じの言葉に、香澄ちゃんも少し威圧感のある返事を返す。こっちもか……この二人のわだかまりはどうにかなるのかねぇ……

 

「あ、友くん、海子ちゃんも来たよ!」

 

 そんな時、陽菜が突然声を上げて数メートル先を指差す。そこからは藍色を基調とした、水玉模様の浴衣を着た海子がこちらへやって来る姿が見えた。

 

「すまん待たせたな。少し浴衣の着付けに手間取ってしまって……」

「うわぁ、海子ちゃん可愛いね!」

「そ、そうか? 初めて着たから、よく分からないんだがな……」

「へぇ、初めてなのか?」

「あんまりこういうオシャレは興味無いから、去年までは普段着で来ていた。ただ……」

 

 不意に、海子は視線を逸らし、足元を忙しなくモジモジと動かす。

 

「せ、折角お前も来るんだし、思い切ってな……」

「そ、そうか……似合ってるんじゃないかな、うん」

「ほ、本当か? なら……着てきてよかったな……」

 

 そう小さく呟きながら、嬉しそうにうっすらと微笑む。そんな彼女の反応にまたまたドキッとして鼓動が高鳴り、思わず視線を逸らす。

 その俺の反応に、天城が微かに不機嫌そうな顔をしたのが目に入り、慌てて気を引き締める。

 やっぱりこういういつもと違った格好をする機会はドキッとする場面が多いな……みんな可愛いし。

 残る二人も恐らく――いや絶対浴衣のはず。今度は気を緩めないように気を付けないと。

 

「居た! センパーイ!」

 

 そう気を引き締め直していると、黒色の布地に紫の花がプリントされた浴衣を着こなす出雲ちゃんが、海子とは反対方向から下駄をカランカランと鳴らしながらこちらへ駆け寄って来た。

 

「お待たせしました! あれ、先輩は普段着なんですか?」

「ん? ああ、そういうの持ってないしな」

「そうなんですか……先輩の浴衣とか見れると思ったのに……ま、先輩はどんな格好でもカッコいいからいいですけど!」

「そ、そう……」

「ところで先輩、私の浴衣どうです? 見惚れちゃいました?」

「えっと……やっぱり、出雲ちゃん浴衣似合うね。可愛いと思うよ」

 

 別のコメントを考えては見たが、結局それ以外の感想が出なかったので口に出す。すると、出雲ちゃんは何故か不満そうに唇を尖らせる。あれ……答え間違った?

 

「先輩……やっぱりってどういう事ですか?」

「へ?」

「それってもしかして……やっぱり胸がちっちゃいから――って事ですか?」

「ち、違うよ違う! そんな理由じゃなくて純粋に思ったっていうか……」

「本当ですかぁー? まあ、可愛いって言ってくれたからいいですけど!」

 

 出雲ちゃんは一瞬疑いの眼差しを向けるが、すぐにニッコリと笑う。どうやら機嫌は損ねていないらしい。

 が、後ろに居た香澄ちゃんの姿を捉えると、表情を強張らせて彼女へ近寄る。

 

「あなた……誰ですか?」

「どうも、天城優香の妹の香澄です」

「ああ、あなたが例の……一応言っとくけど、先輩に手を出したらタダじゃおかないから」

「安心してください、姉の彼氏候補には手を出しませんから」

「……フンッ」

 

 鼻を鳴らし、出雲ちゃんは香澄ちゃんから目を逸らす。

 そういえば初対面か……まあ、香澄ちゃんは出雲ちゃんの恋敵って訳でも無いし平気……だよな?

 

「……あとは朝倉先輩でしたっけ?」

「ああ、そうだな。そろそろ来るとは思うけど……」

 

 もうすぐ七時だし、彼女がこういう時間を破るとも思えない。

 近くに来ているのではないかと辺りを見渡してみると――

 

「こっちよ友希君」

「うおぉ!?」

 

 突然、背後から声を掛けられ思わずその場から飛び退き、慌てて振り返る。するとそこにはさっきまで居なかったはずの白い浴衣姿の朝倉先輩が立っていた。

 

「あ、朝倉先輩!? いつの間に……」

「フフッ、驚かせようと思って。待たせて悪かったわね」

「い、いえ……」

 

 しかし、どうやって背後に立った? 気配を消したとか? ……地味に怖いなそれ。

 

「ともかく、これで全員揃ったな」

「あら、みんなにはしたのに私へのコメントは無し?」

「なんで知ってるんですか……」

「友希君ならご丁寧に一人一人コメントしてると思っただけよ。それで、どうかしら?」

「いや、まあ……普通に似合ってますよ」

「そう? ならよかったわ。浴衣は胸が貧しい方が似合うと聞くから、不安だったのだけれど……」

 

 朝倉先輩は何故か出雲ちゃんへ視線を向ける。

 

「なんですかその目!」

「いえ別に。流石ね大宮さん、似合ってるわ」

「嬉しく無いです! 着物着てるくせに、いつもと変わらずこれ見よがしに胸をアピールしてぇ!」

「アピールしてる訳じゃないわよ。自然とこうなってしまうのよ」

「余計腹立ちます!」

「ま、まあまあ! 二人とも落ち着いて!」

 

 慌てて二人の間に割って入り、言い争いを止める。

 

「とりあえず、揃ったんだし祭りに行こう! 時間も無い訳だし」

「そうでした! 先輩、私金魚すくいしたいです! それから射的に輪投げ、焼きそばとかも食べたいし……」

「ちょっ、ちょっと待て! お前一人で独占する気か!?」

「そんな事は許さない。私達も世名君と一緒に祭りを楽しみたいの」

「……どうするの友希君。今回も全員にマンツーマンの時間を作る気?」

「いや、今回は考えがあるんです」

 

 その言葉に、全員がこちらへ目を向ける。俺はゴホンと咳払いをして、みんなを見回す。

 

「今回なんだけど……悪いが、マンツーマンの時間は作らない」

「それって……世名君とは二人きりになれないって事?」

「申し訳無いが、そうだ。今回はみんなで出店を回ろうと思う。時間も無いしな。それに……折角だから、みんなで楽しみたい。もちろん行きたい場所とか、リクエストには答える。みんなは不満足かもしれないけど……頼む!」

「…………」

 

 そのお願いに全員が沈黙する。しかし数秒後、率先して朝倉先輩が口を開く。

 

「私は構わないわ。友希君が居ればそれで十分よ。それに、誰が居ようと私は自由にするわ。私との祭りを印象付ける為にね」

「んなっ!? そんなのさせる訳無いです! 先輩との祭りを一番楽しむのは私です!」

「私は……友希との思い出を残せるなら、それで構わない!」

「私も……少し残念だけど、世名君と楽しめるならいいよ」

「うん! みんなで楽しもう! お祭りはそうでなくっちゃ!」

「みんな……ありがとう……!」

 

 よかった……正直旅行の時みたいに勝負でマンツーマンを賭ける――みたいな展開になると思ってた……これも彼女達の間柄が良くなった証かな?

 

「でも、友希君を独占するつもりでいるから、そこはよろしくね」

「私だって、あなた達の印象が霞むぐらい先輩と楽しむんですから!」

「そ、そうはさせない! 私も……友希と祭りを楽しむんだ!」

「絶対に負けない……蹴落とすつもりで行くから」

 

 ……良くなってんのかなぁ……とりあえず、大変そうだ。

 

「ふぅ……さて、それじゃあ行こうか」

 

 火花散らす彼女達を宥め、白場神社へと足を踏み入れる。

 こうして、夏休み最後のビッグイベント――夏祭りが幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 とうとう始まった夏のラストイベント、夏祭り。
 全員行動には当然修羅場が発生する? 次回から夏祭り編、本格スタートです!





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