モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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邪魔者とライバル

 

 

 

 

 

 

 

 耳へと流れ込む、何かを打ち付けるような心地良くもあり、耳障りでもある音。その音に眠りについていた意識がだんだんと目を覚まし、俺は瞼を開いた。

 視界に映ったのは真っ白な天井。しばらくその天井をボーッと見つめてからゆっくりと起き上がり、体を伸ばす。そのまま部屋の窓へと目をやる。

 

「……まだ雨降ってんのか」

 

 窓から朝日が差し込んでいない事に、部屋中に響き渡る雨音から未だ雨が降っている事を察する。それに雨音が大きいし、結構どしゃ降りみたいだ。

 

「んっ……」

 

 ふと、雨音に紛れて小さな可愛らしい声が聞こえ、首を横へ向ける。次の瞬間、スースーと寝息を立てて、体を丸めて横たわる出雲ちゃんの姿が目に入った。

 そういえば一緒に寝たんだったな……それにしても気持ちよさそう寝てるなぁ。

 ザーザーと雨音が響いているにも関わらず、出雲ちゃんは一切起きる気配が無く、とても安らかに眠っている。そしてその寝顔はかなり可愛い。正直このままずっと眺めていたい。

 とはいえ、もうすぐ朝食の時間だ。他のみんなを待たせる訳にはいかないので、かわいそうだが彼女の肩を軽く揺する。

 

「出雲ちゃん、朝だぞ」

「フニャァ……先輩……?」

「お、起きたか。もう朝食の時間だぞ」

「んー……?」

 

 どうやらまだ寝ぼけてるようで、出雲ちゃんは目をパチパチさせながら、こちらをボーッと見つめる。しばらくすると状況が理解出来たようで、目を擦りながらゆっくりと起き上がる。

 

「ふわぁ……先輩、おはようございますぅ……」

「おはよう。よく眠れたか?」

「はい、先輩と一緒でとっても…………あぁ!?」

 

 突然、出雲ちゃんが目をカッと見開き、大声を上げる。

 

「ど、どうしたの?」

「寝過ごしたぁ……先輩より早く起きて、先輩の寝顔を満喫しようと思ったのにぃ!」

「……へ?」

「うぅ……先輩の寝顔見たかったのにぃ……先輩、もう一回寝てください!」

「そ、そんな無茶な……別にそれぐらいいいだろ?」

「よくないですよぉ! 他にもほっぺツンツンしたり、ギュッと抱き締めたり、色々したかったのにぃ!」

 

 そんな事考えてたのか……もしこのまま寝てたら何されたか分かったもんじゃ無いな。

 

「はぁ……まあ、こうして朝一番に先輩の顔を見れただけ良しとします……」

「そうしといてくれ……とにかく、そろそろ時間だし行こう」

「えぇー、もっと二人きりの時間満喫したいですぅ……昨日は結局早く寝ちゃったし……」

「気持ちは分かるけど、みんなを待たせちゃうだろ? そこは我慢してくれ」

「はぁい……じゃあ、今日はいっぱい私の相手してくださいよ!」

「まあ、考えとくよ。けど……この雨だとなぁ……」

 

 俺はベッドから離れ、窓の前に移動する。外は完全な曇天。雨も降りしきり、多分今日は一日中別荘内で過ごす事になりそうだ。

 

「ちょっと残念だなぁ……」

 

 そう呟き、俺は無意識に溜め息をついた。

 ともかく、こうして俺達の黒南島での四日目が、幕を開けた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 それから俺と出雲ちゃんは互いに着替えを済ませ、大広間でみんなと合流して朝食を頂いた。本来ならこの後森林浴をする予定だったのだが、この雨では外に出る気には全員なれなかったので、リビングルームに集まり、暇を潰す事にした。

 

「しっかし、凄い雨だなぁ……傘ありでもしんどかったわ」

「……何だかデジャヴだけれど太刀凪さん、どうしてあなたが居るのかしら? 朝食の時には居なかったけれど」

「イヤー、昨日借りた傘返しに来た。んでこの雨だし、海の家も人が来ないんでここに居る事にした」

「何を勝手に……まあ、問題は起こさなければ構わないわ」

 

 朝倉先輩は昨日と同じく燕さんが帰る事は無いだろうと諦めたのか、それ以上は何も言わずに紅茶を啜った。

 

「分かってるよ。ところで、これから何すんだ?」

「なんか昨日も似たような事話しましたね……特に何も。予定がこの雨で丸々潰れたので」

「やっぱりか。予定が潰れたんなら、新しく作ればいいだろ。室内でも出来る事はいっぱいあるんだからよ」

「……例えば?」

「そりゃ室内の遊びの定番と言ったら……」

 

 そう口を動かしながらポケットに手を突っ込み、そこから何かを取り出して見せつけるように前に出す。

 

「トランプだろ! ババ抜き、ポーカー、神経衰弱と多種多様だ! これだけで半日はいける!」

「いや半日は無理でしょ……」

 

 とはいえ、言う通り室内で出来る遊びと言えばそれぐらいか。どうせ何もやる事が無いんだし……やってみるのもありか。

 

「……どうする?」

「私は賛成! ババ抜きやろババ抜き!」

「私も構わないわ。あんまり遊んだ事無いけど、興味があるわ」

「私も……構わない」

「うん。何もしないよりはマシだよね」

「私も……まあ、先輩がいいなら」

「おっ、みんな乗り気な感じか? そんじゃ、トランプ大会始めっか!」

 

 

 

 

 それから、燕さんが持ってきた物と、孝司が暇潰し用に持ってきていた物を使っての全員参加、トランプ大会が始まった。

 特にチーム分けだったり、商品なんかは賭けずに、みんな自由に好きなゲームで遊ぶ事にした。

 ババ抜きでは分かりやすい表情でババの場所がすぐにバレて陽菜が惨敗したり、ポーカーでは全く表情の変化を見せずに朝倉先輩が圧勝したり、神経衰弱では天城が意外な記憶力の良さを見せたり、スピードでは海子が圧倒的な反射神経を発揮したりと――みんな和気あいあいと楽しんでいた。

 その間はこれといったいがみ合いも無かった。それどころか、意外な光景も見られた。

 

「ふぇぇ……全然勝てないぃ……」

 

 ババ抜き勝負に再び負け、陽菜がヘナヘナと肩を落とす。そんな彼女の隣に海子が座り込んで、顔を覗き込みながら声を掛ける。

 

「陽菜、もう少しポーカーフェイスを意識したらどうだ? 流石にあれだけ分かりやすかったら、勝てないぞ?」

「分かってるんだけど……上手くいかないんだもぉーん……」

「そうだな……スピードや神経衰弱なら表情は関係無いし、そっちで勝負したらどうだ?」

「スピードかぁ……そういうの苦手なんだよねぇ……」

「なら、私がコツを教えてやろうか? 少し知るだけで上手くなるかもしれないぞ?」

「本当!? 是非お願いしたいです!」

 

 グイッと陽菜が海子へ体を寄せ、右手をガシッと掴む。それに少し驚きながらも、海子はうっすらと微笑み、左手に持つトランプの束を顔の横まで持ち上げる。

 

「なら、まずは私と一勝負するか」

「はい! 海子ちゃん! いや、海子師匠!」

「師匠って……まあ、とりあえずやるぞ」

「おー!」

 

 元気よく手を真上に掲げ、陽菜は海子と共に別の席へ移動した。

 あの二人……なんか仲良くなってる? 昨日の肝試しでなんかあったのかな? そう不思議に思いながら、彼女達の様子を眺める。

 

「いいか、ここはこうで……」

「ほうほう……なるほどなるほど……」

 

 でもまあ……仲良くなってくれたなら、俺としては喜ぶべき事だな。いがみ合う関係より、ああいう関係の方がこっちも安心できるというか……見ててほっとする。

 この旅行で彼女達の関係性に少し変化が出来た事を喜びながら、なんとなく部屋を見渡してみる。その時ふと、近くの席でポーカー対決をする出雲ちゃんと朝倉先輩の姿が目に入り、顔が止まる。

 

「――フルハウス。私の勝ちね」

「なっ……チッ……!」

 

 勝負はどうやら朝倉先輩の勝ちのようで、出雲ちゃんが不機嫌そうに舌打ちをして、カードを雑にテーブルに投げ捨てる。

 

「そんなに機嫌を損ねないで。たかがゲームなんだし、楽しんでいきましょう?」

「……偉そうに……やっぱり、あなたとなんて仲良くなれません……!」

 

 あっちは相変わらずのようだ……昨日出来れば仲良くしてほしいとは言ったが、あんなんじゃ無理そうだな。朝倉先輩は悪気があるわけじゃ無いんだろうが、出雲ちゃんは彼女のあの態度が気に入らないんだな……どうしたものか。

 二人の関係も海子と陽菜のように良くさせる方法が何か無いかなと頭を悩ませていると、出雲ちゃんが突然席から立ち上がる。

 

「お手洗い借ります」

「そう。場所は分かるわよね?」

「分かりますよ……!」

 

 ギロリ朝倉先輩を睨み付け、出雲ちゃんは扉に向かって歩き、そのまま荒っぽく扉を開けて部屋から出て行った。

 言い知れぬ不安を抱きながら彼女が出て行った扉を見つめていると、朝倉先輩が不意に声を掛けてくる。

 

「私、相当彼女に嫌われてるみたいね」

「……よく分からないですけど、多分先輩に似た性格の人に嫌な思い出があるん……だと思います」

「私と似たねぇ……」

 

 朝倉先輩は手を口元に当てて、何か考え込むように指先を小刻みに動かす。

 

「……ねぇ友希君。あなたとしては、私と彼女、どうなってほしいの?」

「どうなってって……出来れば、仲良くしてほしいと……思ってます」

「そう……なら、その願いを叶えないとね」

 

 そう呟くと、朝倉先輩は席から立ち上がり、扉の方へ歩き出した。

 

「どこへ……?」

「彼女と少し話してくるわ。友希君が望むなら、少しは彼女との関係を良くしないと」

「先輩……」

「まあ、私も特別仲良くする気も無いのだけれど……このままだと私も疲れるしね」

 

 冗談っぽく微笑みながらそう言うと、先輩は扉を開いて部屋から出て行った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

「はぁ……何してんだろ、私……」

 

 まるでスーパーのお手洗いぐらいの大きさのある女子トイレの洗面台の前で、私は鏡に映った自分の顔を見つめながら呟いた。

 思わず部屋を出て来ちゃったけど……何あんな事でイラついてんだろ……いつもの私なら激しく言い争ったりしたのだろうけど、今日は不思議とそんな気持ちになれなかった。

 昨日の肝試し中の出来事……あの一件以降、何だか心にモヤモヤしたものがある気がする。これが何なのか、全く分からない。彼女は……私が思うほど悪い奴では無いのだろうか?

 

「……でも、彼女が私の恋敵である事は変わらないんだ……私から先輩を奪おうとする彼女は……敵なんだ……!」

「――奪おうだなんて、物騒な物言いね」

 

 突然、背後から声が聞こえバッと顔を上げる。すると鏡に映った私の後ろに、彼女――朝倉雪美が腕を組んで立ち尽くしてる姿が見えた。

 

「……何の用ですか?」

「ここに来たんだから、お手洗いよ。まあ、手を洗いに来ただけだけど」

 

 そう言うと彼女は隣の洗面台の前に立ち、水を出して手を洗い始める。水道と雨、二つの水の音が耳に流れ込む中、私はジッと彼女の顔を睨んだ。

 彼女はその視線には気付いていたようだが、やはり表情一つ崩さない。手を洗い終えるとスカートのポケットからハンカチを取り出し、黙って手を拭く。

 

「……ねぇ、改めて聞いていいかしら?」

「……何ですか」

「あなた、どうして私が嫌いなのかしら?」

「……言ったでしょう。純粋に嫌いなだけです」

「そう……でも、純粋に嫌いだとしても、理由はあるんじゃないかしら? 私のような人種を嫌いになった理由が」

 

 彼女のその言葉に、私は思わず口を噤む。その反応を見て、彼女はさらに言葉を続ける。

 

「是非、教えてくれないかしら」

「どうしてそんな事を聞くんですか……?」

「興味よ。人から嫌われる経験はあまり無くてね。いい参考になるかと思って」

「何それ……そんなの、教えるわ――」

「そういえば、昨日のお礼を言ってもらってないわね」

 

 私の言葉を遮るように、彼女が口を開く。昨日のお礼――恐らく、肝試しの時に私を背負ってここまで運んだ事だろう。

 

「そのお礼代わりに、教えてくれるかしら?」

「んなっ……! あなたって人は……」

「駄目かしら?」

「……分かりましたよ! 話せばいいんでしょう!」

 

 この人はやっぱり嫌いだ……まあ、話したところで何も変わらないし、全部話す気も無い。

 

「……小学生の頃です。私の近所に高校生ぐらいのお姉さんが住んでいたんです。その人はとっても上から目線で、私をよく馬鹿にしてきました。だから私はその人が大嫌いでした。だから――」

「その女性が私と重なって、私も嫌いになった――ってところかしら?」

「……そうですよ。あなたのその達観した態度が彼女を思い出させるんです。だから、あなたは好かないんです……!」

「なるほどね……私はとんだとばっちりを受けているようなものね」

 

 彼女はそう言いながら、肩をすくめる。

 

「まあ、私が特別嫌われている理由は分かったわ。でも、そんなに大きい嫌悪を抱くなんて、何かその女性に嫌な思い出でもあるのかしら?」

「……あなたには関係無いです。ただ一つ、あなたを嫌いな一番の理由は彼女と姿が重なるからじゃない。あなたが……先輩に手を出してるからです」

「…………」

「私の好きな先輩に手を出して、私から奪おうとしてるのが一番許せないんです! 私はあなたに……先輩を奪われたくない! 当然、他の女にも!」

 

 感情のまま叫ぶと同時に、雷が落ちる音が響き渡った。すると彼女は突然口元を緩ませ、うっすらと微笑んだ。

 

「どうやらあなたは、奪われるという事に相当恐れを抱いてるみたいね。……過去にそんな経験があるのかしら?」

「……ッ!」

 

 ズバリ放たれた言葉に、私は思わず言葉を詰まらせる。それに彼女は何も問い詰めず、言葉を続けた。

 

「どんなトラウマがあったかは知らない。けれど、私は友希君を手に入れるだけが勝利とは考えてないわ」

「勝利……?」

「ええ、あなた達に私が彼のパートナーとして相応しいという事を認めさせるのが、私にとっての真の勝利。もし彼の心を手に入れたとしても、あなた達が認めてなければ、私は彼と付き合う気は無いわ」

「ほ、本当なんですか?」

「ええ。その為には、まずはあなたの私に対する認識を友希を奪う悪女じゃなく、ライバルとして認めさせないと。だから、安心して頂戴」

 

 ニッコリと微笑み、右手をそっと胸元に添えて、彼女は口を開いた。

 

「私はあなた達から、一方的に彼を奪うなんて事はしないわ。それは私にとって――勝利じゃないもの」

「…………」

「私はあなたを――いえ、あなただけじゃない。天城さんを、雨里さんを、桜井さんを正面から負かして、友希君を手に入れる。その為に私は、あなた達と正々堂々と戦いたいわ。ライバルとして」

「正々堂々……ライバルとして……そんなの、信じろと?」

「是非そうしてほしいわ。もし私が友希君を強引に奪い取る行為をしたら、出刃包丁でも持ってきて私を消せばいいわ」

 

 彼女は真剣な眼差しで、こちらを見つめてくる。恐らく、本気なのだろう。

 

「…………」

 

 私はずっと彼女の事を疑っていた。いつか私の見えないところで先輩をたぶらかして、私から先輩を奪い取るんだって。あなたみたいな人間を、私は信用してなかったから。私にとっては彼女を含めて、全員単なる邪魔者でしかなかった。どう排除しようかと、ずっと考えてた。

 けれど彼女は今、私に堂々と宣言した。先輩を巡って、真正面から私達と戦うと。私と同じですぐにでも先輩を手にしたいはずなのに、私達にそれを認めさせてやると。

 

「……分かりました。その勝負、受けてやります」

 

 なら、私もそれに答えてやる。正面からぶつかって、彼女を打ち負かしてやる! 邪魔者じゃ無く、ライバルとして倒す!

 

「すぐに先輩をラブラブにして、私達の愛情を思い知らせてあげます!」

「そう……なら私も深い愛情を見せ付けて、あなたを新たな恋路へと導いてあげるわ」

「悪いけど、私はこの道を……先輩との未来への道を外れる気はありません! 逆にあなたをはね除けてやりますよ!」

「あら楽しみ。なら、お互い頑張りましょう。この道に留まれるように」

 

 スッと、朝倉先輩はこちらへ手を差し伸べる。しかし私はそれを取らず、思いきり払う。

 

「勘違いしないでください! 私はライバルとしてあなたを認めても、嫌いなのは変わりませんから! あの女と同じ、偉そうで気に食わない女ですから!」

「あら、残念。まあ私も特別仲良くする気は無いけど。もし友希君と過度な事をしていたら、容赦も慈悲も無く完膚無きまでに潰すからね」

「それはこっちのセリフです! 決着がつかない内に先輩に手を出したら、骨をすり潰して粉末状にして、日本海にぶちまけてやります! それに、基本先輩と話してるだけで私はあなたを恨みますから!」

「それは私も同じ気持ちよ。だからいち早く、勝利をもぎ取ってみせるわ」

「望むところです……!」

 

 目を鋭くさせて睨む朝倉先輩に負けじと、私も一歩近寄って彼女の目を睨む。しばらくすると彼女は私から目を逸らし、トイレの出口に向かい歩く。

 

「それじゃあ、これからもよろしくね」

「……フンッ」

 

 その短い会話を最後に、彼女はその場から立ち去った。

 一人になり、静まり返った女子トイレ。しばらくして私は洗面台に向き合い、水を出して、顔を一心不乱に洗う。

 

「ふぅ……」

 

 息を軽く吐き、気持ちを落ち着かせてから鏡をジッと見つめる。ポタポタと雫が垂れ、びしょ濡れな私の顔は――どこかいつもよりスッキリしたようにも見えた。

 彼女が敵である事は変わりない。けど、邪魔者じゃ無くライバルとして、私は彼女と……彼女達と戦う。

 

「……あなたの事、少しはマシな奴だって認めてやります。ただ……絶対に先輩は渡さない! 先輩は……私のものなんだから――!」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 二人が部屋を出てから十分近くが経過した。その間に陽菜とスピード対決をしながら、彼女達が今なにをしているか気に掛かって仕方なかった。

 

「ああー! また負けたー!」

 

 決着がつくと、陽菜が手に持ったカードを盛大にぶちまけて髪を掻きむしる。それとほぼ同時にリビングの扉が開き、朝倉先輩が戻ってくる。

 

「あ、先輩。……どうでした?」

「さあ、どうかしら?」

「どうかしらって……出雲ちゃんと話したんですよね?」

 

 俺の問い掛けにコクリと頷きながら、俺の隣に座る。

 

「私はあくまで私の事を、覚悟を、決意を話しただけ。それを彼女がどう感じるかは……彼女次第よ。まあ、決して悪くは無いと思うわよ。彼女、いい目をしてたから」

「それって……?」

「まあ、それは彼女から聞いて頂戴。……あら?」

 

 ふと、先輩が首を後ろに向ける。それに釣られて俺も振り返る。瞬間――突然視界に眩しい光が差し込み、思わず目を閉じた。

 

「外……晴れたみたいね」

 

 いつの間にか外の雨は止んで曇天は消え去り、燦々と輝く太陽が雲の間から姿を見せていた。それを見た時、俺は不思議と心が安らぎ、口元が綻んだ。なんとなく、もう大丈夫な気がして。

 

「……俺もいつか、出雲ちゃんとしっかり話そうと思います。それが、俺のするべき事だと思うから」

「そう……友希君がそうしたいなら、そうするといいわ。ただ――」

 

 突然、朝倉先輩が体を動かし、俺の方へ身を寄せる。

 

「私は諦めた訳じゃないわよ? 私の事も、きっちり相手をしてよね?」

「そ、それは分かってますよ……」

「本当? えこひいきは許さないわよ?」

 

 そういつものからかうような雰囲気を醸し出しながら、さらに身を寄せる。

 彼女の密着に動揺していると、突然辺りを照りつけていた日差しが再び雲に隠れた。それに、そこはかとなく不安を抱いた。

 次の瞬間――リビングの扉が開き、そこから不機嫌オーラ全開の出雲ちゃんが部屋へ入ってきた。

 

「あ、いや、これは……」

 

 彼女の不機嫌の理由は間違えなく朝倉先輩の密着だろう。慌てて言い訳しようとしたが、その前に出雲ちゃんが口を開く。

 

「何してるんですか……朝倉先輩」

「あら、言ったでしょう? 勝利をもぎ取ってみせるって。だからこうやってスキンシップで友希君との距離を縮めてるのよ。あなた達に認めさせる前に、まずは友希君の心を手に入れないと……ね」

 

 先輩がさらに自分の身を俺に押し寄せる。それに出雲ちゃん、そして傍らで見ていた天城と海子の雰囲気がさらに不穏になる。

 

「やっぱり……あなたは大嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




 雪美と出雲の関係が少しは良くなった……かな? ライバルとなって何が変わる……かな?
 出雲が雪美を嫌う理由が軽く語られましたが、彼女の詳しい過去やトラウマは、また次の機会にて。

 少しシリアスムードが続いたが、次回は明るい回……の予定です。





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