別荘から出発して約五分。目的の大樹まで恐らく残り半分といったところだろう。そしてここまで、私と朝倉先輩は一言も会話を交わしていなかった。
本当なら先輩と一緒じゃ無いから肝試しなんてやる気なんて無いが、太刀凪さんが「いいからやれ」と威圧感全開で言うから拒否する事が出来なかった。他の人とのペアならまあよかったのだが、最悪な事に一番嫌いな
彼女を置いてさっさと先に進んでしまいたいが、この暗闇の森林の中の唯一の明かりである懐中電灯を彼女が持っている以上、そうもいかない。
早くこの時間が終わってくれ――そう祈りながら、黙々と表情一つ変わらない彼女の横顔を睨む。
「……そんな殺気全開の目で見ないでくれるかしら?」
その私の視線に気が付いたのか、彼女が目線だけをこちらに向けて口を開く。それに私は即座に視線を逸らして口を閉じて、彼女との間に壁を作る。
「……ねぇ、一つ聞いていいかしら?」
「…………」
話したくない私は沈黙を貫く。しかし彼女はそれを質問を許可すると解釈したのか、続けて口を開く。
「あなたはどうして私をそんなに嫌ってるのかしら? 正直、私はあなたに何かをした覚えは無いのだけれど?」
「はぁ……?」
無視をしようと思ったが、あまりにもふざけた質問に思わず反応を返してしまう。私は感情のまま、言葉を続けた。
「何言ってるんですか? 先輩に手を出しといて何もしてない? ふざけてるんですか?」
「あら、最初に友希君に告白したのは天城さんよ? ならその殺気は天城さんに向けるべきでは?」
「そんなの関係無いです! 彼女も同じく嫌いですけど、あなたは特別嫌いです! 正直、先輩云々以前に私は朝倉雪美という人間が大嫌いなんです!」
「それは……随分と酷い物言いね。流石に少し悲しいわ」
と言いながらも、彼女の表情は相変わらず変化を見せていない。それに私のイラつきはさらに加速して、口が動き続ける。
「それですよ……そういう達観したような感じが気に食わないんですよ……!」
「あら、どうしてかしら?」
「純粋に嫌いなだけです! 年上は嫌いですし、あなたのように今まで全部望み通りにいった感じの人が嫌いなんです!」
「そう……何だか子供みたいな言い草ね」
「……ッ! 子供扱いしないで!」
怒りに身を任せ、思わずブンと右手を彼女に向かい払ってしまう。しかし彼女はそれが自分の頬に直撃する寸前に軽々と受け止める。それにまた訳も分からずイラついてしまい、私は彼女の手を思いっきり払い、歩む速度を速めた。
ああ、ムカツク……! 今すぐにでも消し去りたい! あの懐中電灯を奪い取って、脳天をかち割って、頭蓋骨を粉々にして、この森林の土に沈めてやりたい!
でも……そんな事をすれば先輩は私を軽蔑するに違いない。そんなのは嫌だ。だから私は心の底から湧き上がる憤怒を必死に押し込めた。
「……まあ、いいわ。先に進み……あら?」
不意に、前方を照らす光の動きが無くなる。どうしたんだと振り返ると、朝倉先輩が懐中電灯を下に向けて空を見上げていた。
何をしているんだと、怒鳴り散らそうとした瞬間――手の甲にポツリと、一滴の雫が落ちた。
「……雨?」
「みたいね……どうする? このまま進むか、帰る?」
「……どうせもうすぐなんです。ここまで来て帰るのはなんか嫌ですし、私は進みます」
「そう。なら、行きましょうか」
「別にあなたは帰っていいんですよ? というか帰ってくれた方が助かります」
「残念だけど、私も肝試しというものを最後まで楽しみたいの」
「……勝手にしてください」
結局、私と彼女は雨の中、目的の大樹を目指して移動を再開した。
雨は割と強く、体に激しく打ち付けられた。それに私の体力は少しずつ奪われていったが、何とか目的地の大樹に辿り着いた。
辿り着いた証拠として写真を撮り、目的を達成したのでさっさと立ち去る事にした。
「さて帰りましょうか……あら?」
しかし、不意に朝倉先輩が足を止める。それに釣られて私も思わず立ち止まり、彼女の方を振り返る。
「……何か物音がしたわね。もしかして例の幽霊かしら?」
「雨の音でしょう。適当な事抜かさないでください」
馬鹿馬鹿しいと私はクルリと再び前方を向き、歩き出そうとした。
その瞬間――突然草むらからガサッ! と何かが飛び出し、私の足元を物凄い勢いで通り過ぎた。
「なっ……!?」
突然の事に思わずビックリしてしまい、体勢を崩す。そして足元が雨でぬかるんでいたせいで踏ん張りが利かずに、そのまま尻餅をついてしまう。ベチャ! とぬかるんだ地面にお尻を打ち付けたと同時に飛び出した何かは反対側の草むらへ姿を消した。
「イッタァ……何よ今のぉ……」
「今のは……野良猫のようね。雨が降って慌ててたのかしらね」
「野良猫ぉ?」
「この島は野良の動物が多いから。雨里さん達が見たのはあの猫のようね。それで、大丈夫かしら?」
朝倉先輩がこちらへ近寄り右手を伸ばす。でも、私はその右手を払って自力で立ち上がろうとする。
「ッ……!?」
しかし、突然足首に激痛が走り、半分程腰を浮かせたところで再びお尻を打ち付ける。
痛みが走った右足の足首に手を伸ばす。どうやらさっきぬかるみに足を取られた際に捻ったらしい。これじゃあまともに歩けそうにない。
一体どうしようと困っていると、朝倉先輩がそれに気付いたようで、両膝を曲げて足に目を落とす。
「捻ったのね?」
「別に、関係ないでしょう……!」
彼女に心配されたのが癪に障り、痛みを我慢して立ち上がろうとする。が、やはり思うように動かせずにまた地面にへたり込んでしまう。
「その様子じゃろくに歩けなさそうね。手伝いましょうか?」
「冗談じゃ無いです……! あなたの力なんか借りません! 先に帰ってもいいから放っておいてください! 時間を掛ければ一人でも帰れますし……!」
「そういう訳にもいかないわ。この雨に長時間当たっていたら風邪を引くし、足下も悪いわ。強がってないで、言うことを聞きなさい」
そう言うと、彼女は私の正面に移動して背を向けると、片膝をつき、腰を丸めて両手を後ろに出す。
「別荘まで背負うわ。帰れば手当て出来るし、早くしましょう」
「な、何を……!?」
彼女のその行動に、私は驚愕した。
彼女は雨でぬかるんだ泥の地面に
困惑を隠せずに微動だにせず彼女の背中を見つめていると、不意に彼女が首を後ろに回す。
「どうしたの? 早くしなさい」
「あなた……」
「ああ、心配は無用よ。あなたのようなコンパクトな相手なら、簡単に背負えるわよ」
「コンパクト……」
一体なんの事だと一瞬考えたが、彼女の視線が私の胸に向けられている事に気が付き、慌てて胸を覆い隠す。
「失礼な事言わないで! というかそうじゃ無く、どうしてそこまでするの! 私は――」
「言っておくけれど、私は別にあなたの事を嫌いな訳じゃ無いわよ」
「は……?」
「確かにあなたは恋敵という立場の相手。決して好意を持てる相手では無いけど、そこまで憎らしい訳でも無いわ。だからあなたが危機的状況なら、救いの手を差し伸べるわ」
「だからって……!」
「それに、私は生徒会長よ。我が学園の生徒が困っているのなら、助けるわ。例えそれが恋敵でもね」
「…………」
一瞬見せた彼女の表情に起きた微かな変化――小さな微笑みに、思わず言葉を失う。何だか、彼女と本気でいがみ合ってた私が馬鹿みたいに感じてしまって。
「…………」
「ねぇ、早くしてくれないかしら? 私まで風邪を引いてしまうわ。いや、でもそれはそれで友希君に看病してもらえていいかもしれないわね」
「んなっ……!? そんなのさせませんよ! 分かりました、頼ればいいんでしょう!」
気に食わないが、私は彼女の背中に乗っかる。その後朝倉先輩は両手を私の足に回し、しっかりと掴んでから立ち上がる。
「あら、思った以上に軽いわね。よっぽど小さいのね」
「うるさいです! あなたがデカ過ぎるんですよ!」
やっぱり、この人のこういうところが嫌いだ! けれど、言い知れぬモヤモヤが私の心にはあった。これが何なのか……よく分からなかった。
◆◆◆
「出雲ちゃん達、大丈夫かな……?」
彼女達がここを離れて二十分近くが経過した。雨が降り始めたが、メイドさん達に貰った傘を差しながら、俺達は変わらず別荘前で彼女達を待っていた。
「まさか雨が降ってくるとはな……」
「こりゃ肝試しは中止だな」
「えぇー、次のアタシと友香の番は!?」
「こんなんじゃ無理でしょう。案外雨強いし」
「んだよ楽しみにしてたのによー……」
燕さんがガックリと肩を落とす。それを呆れて横目で眺めながら、彼女達が向かった茂みの方へ顔を向ける。二人共大丈夫かな? ここまではほぼ一本道だし、問題は無いと思うけど……電話してみようかな?
何故か不安が収まらず、ポケットからスマホを取り出して連絡しようとしたその時――
「あ、戻ってきたよ」
友香の声に茂みへ目をやる。そこから、何故か出雲ちゃんを背負った朝倉先輩がこちらへと歩いてくる姿が見えた。
「ど、どうしたんですか?」
「大宮さんが少し足を捻ってね。まあ、大事は無いみたいだけど」
「そうなんですか? 出雲ちゃん、大丈夫なのか?」
「は、はい。平気です……ちょっと、ここまで来たらもういいでしょう! 降ろしてください!」
「分かってるわよ――と言いたいけど、友希君に甘えそうだから、このまま別荘の中まで運んでメイドに任せるわ」
「……チッ」
図星だったのか、出雲ちゃんが舌打ちを打つ。まあ、この様子なら平気そうだな……
とりあえず持っていた傘を二人の頭上まで持ち上げ、そのまま別荘の中へと入り込む。別荘に入った後、タイミングが分かっていたかのように、タオルを持った黒髪のメイドさんがどこからともなく姿を現す。
「彼女の手当てをお願い。後、着替えもね」
「かしこまりました。大宮様、こちらへ」
「は、はい……」
朝倉先輩の背中から降りて、そのままメイドさんの肩を借りて歩き出す。その後ろ姿を見えなくなるまで見送る。
「さてと……とりあえず、この雨だし肝試しは中止という事でいいのよね?」
「あ、はい」
「そう。なら悪いけど、私は少しお風呂で体を洗ってくるわ」
「分かりました」
朝倉先輩はメイドさんから受け取ったタオルで頭を拭きながら大浴場へ向かった。
「……なーんか慌ただしい感じになっちまったな」
「そうですね……」
「ま、大事にならなくてよかっただろ。んじゃ、アタシは帰るわ」
「え、今からですか?」
「おう。おやっさんにもそう言ってるしな。安心しろ、道は覚えてる。あ、傘は借りてくぜ。そんじゃ、また明日会えたらなー!」
と、燕さんも扉を開いて別荘から出て行く。大丈夫か? ……いや、あの人なら大丈夫か。
「……で、どうするお兄ちゃん?」
「そうだな……とりあえず、今日はもう遅いし解散にするか」
その提案にみんなコクリと頷き、俺達はこの場で解散した。
みんなと別れた俺は、とりあえず出雲ちゃんの様子を見に行く事にした。
近くに居た使用人さんから聞いたところ、出雲ちゃんは応接室で手当てを受けてるらしい。初日に案内された道順を思い出しながら、応接室へと何とか辿り着く。
コンコンと扉をノックすると、さっきのメイドさんの声が返ってきたので、扉をそのまま開いて中に入る。そこには椅子に腰掛ける出雲ちゃんの姿が。
「出雲ちゃん、足大丈夫?」
「先輩……もう大丈夫です。心配掛けてすみません」
「そっか。でもあんまり無理するなよ? なんなら俺が女子部屋まで送ろうか?」
その足じゃ思うように歩けないだろうとの気遣いから言ったのだが、出雲ちゃんは何故かプクッと頬を膨らませ、ジトッとした目で俺を見た。
「あれ……余計なお世話だった?」
「違います。とっても嬉しいです。だけど……先輩忘れてるんですか?」
「何を……?」
「今日、私と二人で寝るって約束じゃないですか」
「え……あぁ! そうだったな!」
イカン、色々あってすっかり忘れてた……確かに昨日のバレー対決でそう決まったな。
「なのに女子部屋に送るなんて……それじゃあ二人きりじゃ無いじゃないですか」
「ご、ごめんごめん! あれ、じゃあどこで寝るんだ?」
女子部屋や男子部屋は無いだろうし、昨日もあそこは朝倉先輩の部屋だったし、一体どこで寝ればいいんだろう? 出雲ちゃんなら知ってるかと思い目をやるが、知ってないようで困ったような顔を見せる。
答えが見つからず困っていると、出雲ちゃんの手当てをしていたメイドさんが突然口を開く。
「お二人が今夜お使いになるお部屋は、別に用意させて頂きました。お嬢様に空いた客室を使えるようにしておけとご命令されたので。後でご案内します」
「あ、そうなんですか?」
先輩が用意してくれてるなんて……意外だな。てっきり「部屋が無いなら諦めるのね」とか言うかと思ったが……そこら辺はきっちりしてるというか……
「お嬢様もどこか不本意そうでしたが、ここで
「あの人がそんな事を……」
「出雲ちゃん?」
「あ、いや何でも無いです……」
一瞬なんか難しい顔してたけど……朝倉先輩となんかあったのかな?
「あ、一応ご忠告しておきますが……もしも過度な行動を起こした場合はお仕置き――ともお嬢様は仰っていたので、高揚し過ぎてレッツパーリーしないよう、お気を付けてください」
「は、はい……」
お仕置きってなんだ……多分お仕置きで収まるレベルの事じゃ無いだろうな。ていうかレッツパーリーってなんじゃい……大体分かるけど。
「ふぅ……とりあえず、どうする? 部屋に行く?」
「……そうですね、行きましょうか」
一瞬何かを考え込むように沈黙したが、すぐに明るい顔を見せたのであまり気にせず、俺は彼女に肩を貸した。それからメイドさんに案内を頼み、今日使用する部屋に向かい歩き出した。
数分後、先行するメイドさんが一つの扉の前で止まる。どうやらこの部屋らしい。
「では、私はこれで。世名様、大宮様、素敵な夜を。ああ、この部屋は防音設備が無いので、注意してくださいね」
「いや何を思っての警告ですか……」
「冗談です。それでは」
と、とても爽やかな笑顔を残して彼女は立ち去った。洒落にならん冗談言ってくれたなぁ……レッツパーリーする気は無いからね。
とりあえず立ちっぱなしは出雲ちゃんの足に負担をかけるので、部屋の中に入る。内装も広さも、男子部屋とほぼ同じ。ただし、ベッドは一つだ。わざわざ一つにしたのか……ご丁寧なこった。
今日も同じベッドで女性と寝る事に少し緊張しながら、出雲ちゃんをベッドの上に座らせる。
「どう、大丈夫?」
「はい! 先輩と密着してたら元気出ました!」
と、出雲ちゃんはとても明るく笑う。なんかさっきまで難しい顔してたけど、いつも通りに戻ったな。まあ、元気ならいいか。
「そういえば、雨で全身びしょ濡れだったけど、平気か?」
「え、はい。しっかり拭いたし、あのメイドさんから温かい飲み物も貰ったんで」
「そっか。でも無理しちゃ体に毒だし、早く寝な」
「はい。でも……」
スッと目を伏せると、出雲ちゃんの顔が少しずつ赤く染まっていく。
「先輩と二人っきりなんだし……もうちょっと話とかしたいです……」
「あ……」
そっか……それもそうだな。出雲ちゃんはきっとこの時を楽しみにしてたんだし、あんまり相手をしないですぐ寝かせちゃうのはちょっと酷いか。
「……分かったよ。ただ、ちょっとでもダルイと思ったらすぐ寝るんだぞ?」
「先輩……はい! それじゃあ先輩、横になりましょう!」
「え!? 寝ながら話すの!?」
「どうせ一緒に寝るんだし、布団に潜りながらの方がぬくぬくしてていいです!」
「そうだけど……」
流石にいきなりは緊張するなぁ……でも、確かにどうせ同じベッドで寝るんだし、ここで躊躇しても仕方無いか。
「……じゃあ、横になるか」
「え!? あ、はい!」
ビクッと肩を跳ね上げ、裏返った声を上げる。流石に出雲ちゃんも緊張はしているらしい。まあ、意外と照れ屋だしな。
「……その、先輩」
「ん?」
「あの……先輩はさ……レッツパーリーする気無いですよね?」
「な、無いよ! そういう期待はしないで! というかレッツパーリー言うの止め!」
「き、期待してませんよ! 私だって、流石にそういうのはまだ早いというか……緊張するというか……恥ずかしいというか……」
と、だんだんと声が小さくなり、肩をすぼめていく。
が、次の瞬間真っ赤にした顔をこちらに向けると、出雲ちゃんは俺の腕に掴みかかる。
「い、いいから寝ましょう! ほら先輩!」
「ちょっ、いきなり引っ張らないで……!」
そのまま出雲ちゃんは俺を引き寄せながらベッドに倒れ込み、俺も引っ張り出されてベッドに倒れる。危うく彼女の顔面に頭をぶつけそうになったが、ギリギリ直撃は避け、彼女の顔の真横に顔を埋める。
が、体は彼女に左腕をガッチリ掴まれながら、思いきり覆い被さってしまった。
「ヒャァ……!?」
すると出雲ちゃんが突然変な声を上げる。徐々に顔が赤くなり、口をパクパクと動かし、目をパチパチ動かす。完全に動揺した様子だ。
「い、出雲ちゃん、平気?」
「へ、平気でしゅ!」
「いや噛んでるけど……」
完全にパニクってるな……とりあえず力が弱まった出雲ちゃんの腕から左腕を抜き、起き上がる。密着した状態が解かれると少しずつ冷静さを取り戻したのか、出雲ちゃんもゆっくり起き上がり、ベッドに座り込む。
「……ここに来るまでくっ付いてて平気だったのに、どうしたの?」
「だ、だって今のは流石にドキドキしたというか……だって押し倒されたから……」
「出雲ちゃんが引っ張ったんだろ?」
「それでも……ドキドキするのはするんです」
プイッと瞳を潤ませながらそっぽ向く。
自分からは積極的なのに、自分の思いもしない事があると照れるんだな……そこら辺、案外朝倉先輩と似てるかもな。
そんな事を考えながら彼女の顔を見つめていると、彼女は落ち着かない様子で視線を泳がせる。
「見つめてくれるのは嬉しいですけど……今は恥ずかしいんで出来ればあんまり……」
「あ、ごめん……」
いつにもなく緊張した様子の出雲ちゃんに、こっちまで緊張が高まってくる。顔が自然と熱くなり、思わず視線を逸らす。その俺の行動に、出雲ちゃんも同じように視線を逸らす。
「……先輩! 早く寝ましょう!」
「そ、そうだな!」
出雲ちゃんが脱兎の如く素早く布団に潜り込む。それに続き俺も彼女の隣へ横になろうとする。
「――ッ!」
すると出雲ちゃんはささっとベッドの端へ移動する。てっきりピッタリくっ付いたりすると思ったが……意外だな。いや、くっ付かれても緊張するからあれだけど……この雰囲気もどことなく緊張するな。
とりあえず横になって、布団を掛ける。布団は一つなのだが、三人は軽く潜れる大きさなので、出雲ちゃんが端っこに居ても余裕で全身を布団に潜らせる事が出来た。
枕に頭を倒し、出雲ちゃんの方へ顔を向ける。彼女はこっちに背を向け、今にも落ちるんでは無いかと思うほど端に寄っていた。
「……そんな端だと落ちるぞ?」
「わ、分かってますけど……近付くと緊張するし……」
「いつも抱き付いてるじゃん……」
「あれは好きでやってるんです! でも、今は状況が状況です! ……一緒に寝るなんて、緊張するに決まってるじゃないですか……」
そう口にすると、彼女は布団を肩の上まで掛ける。その様子に、俺は思わずクスリと笑いをこぼす。
「日焼け止めの時も思ったけど、自分から望んでるのにそんな緊張するなよ」
「そ、それは……こんなに緊張するとは思ってなかったんですぅ……臆病者って馬鹿にすればいいじゃないですか……」
「卑屈になるなって。むしろ好印象だよ。なんか可愛らしいし」
「なっ……!? いきなりそんな事言わないでくださいよ! 心臓に悪いです!」
バッとこちらに顔を向け、照れて綻んだ顔を必死に引き締めながら叫ぶ。
「ごめんごめん。でも、本当にそう思っただけだよ」
「ううっ……先輩はどうしてそんなに私をドキドキさせるんですかぁ!」
「お、俺が悪いのか?」
参ったなぁ……いつも以上にテンパってるな出雲ちゃん。このままじゃショートしそうだ。
どうにかして話題を変え、空気を和ませようと思考を巡らせる。
「……そういえば、足はもう大丈夫か?」
「へ? ああ……もうほとんど痛みは無いです。なんか悔しいですけど、あのメイドさんの手当てが相当効いてるみたいです」
「ならよかった。にしても、朝倉先輩におんぶされて来るとは思わなかったよ」
「……私も思いませんでしたよ。まさかあの女に貸しを作る事になるなんて……」
さっきまでとは一転、彼女が思いきり不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。
イカン、彼女には他の女性の話はNGだったな……しかし、今更だが出雲ちゃん朝倉先輩には特別嫌ってる感じがするんだよなぁ……まあ、他の女性とも仲悪いが。……この際だし、聞いてみるか?
「……なあ、出雲ちゃん。出雲ちゃんってさ……朝倉先輩嫌いなのか?」
「当然です! ただでさえ嫌いな人種なのに、先輩に手を出すなんて……許せるわけ無いです!」
「そ、そっか……」
かなりヒートアップしてるな……そこまで嫌う理由があるのか?
「……どうしてそんなに嫌うんだ?」
「純粋に嫌いなだけです。ああいう達観した大人な女は大っ嫌いです!」
「そ、それほどなのか……」
正直想像以上だな……なんかそういう人に嫌な思い出でもあるのかな?
「……出雲ちゃんが朝倉先輩を嫌ってるのは分かるけど、俺としては仲良くしてほしいな」
「どうしてですか? 私は恋敵と仲良くする気は無いです!」
「それは分かってる。けどさ、もし……俺が誰かと付き合って今の関係性が無くなってもさ、俺はみんなと友達として付き合っていきたい。もし俺が出雲ちゃんと付き合っても、朝倉先輩とは友人でいたい。もし俺が……朝倉先輩や他の女性と付き合っても、出雲ちゃんとは友人でいたい」
「…………」
「わがままだって言うのは分かってる。でもどんな結果になろうと、俺はみんなと縁を切るつもりは無い。だからさ、出雲ちゃんと朝倉先輩が少しでも仲良くなってくれると……俺は有り難い」
その言葉に、出雲ちゃんは無言で目を伏せた。
「朝倉先輩だって、そこまで悪い人じゃ無いんだ。だからさ……」
「……それは、なんとなく分かってます」
「え……?」
「今日だって自分の体が汚れるのも気にせずに私の為に動いてくれたし……悪い人じゃ無いのは分かってます。けど、私から先輩を奪おうとしてる彼女を好きにはなれません! もう……」
出雲ちゃんはそこで言葉を飲み込み、布団に潜り込む。
「……やっぱり、何か嫌な思い出でもあるのか?」
「…………」
「その……よければ話してくれないかな? 俺、少しでも出雲ちゃんの事知れたらって思うし……」
「……ごめんなさい。今は、そういう気持ちにはなれません……」
「……分かった」
結構辛い過去なのかな……彼女が話したくないなら、今は無理に聞かないでおくか。
「その……ごめんな、嫌な空気にしちゃって……」
「いいんです……私を知ろうとしてくれたり、仲良くしてほしいってのも……私を思っての事だって分かってますから」
「そっか……」
「……過去の事は、いつか話します。それに朝倉先輩との事も……努力はしてみます。まあ、先輩を譲る気なんてありませんし、仲良くなりたいとも思ってませんけど」
「出雲ちゃん……ありがとうな」
と、お礼を伝えた矢先、出雲ちゃんが突然両手で頭を掻き乱し、布団をバッと吹き飛ばす。
「あー! なんか私が想像してたのと違ーう!」
「ど、どうしたんだ急に?」
「先輩との二人っきりの夜、もっと楽しいものだと思ってたのにぃ! なんかどんよりしてるしぃ!」
「それは……ごめん、俺のせいだな」
「ぐぅ……こうなったら、今から無理矢理にでも先輩との時間を満喫するんだからぁ!」
そう叫び出すと、出雲ちゃんはいきなり俺の胸元に顔を
「ちょっ、出雲ちゃん!?」
「今から朝まで、こうしてますから!」
「えぇ!? それはちょっと……」
「どーせ朝倉先輩もこうしたんでしょ? なら私もこうします!」
「なんだよそれぇ……」
出雲ちゃんはさらにギュッと俺の体を抱き寄せる。さっきまではあんなに照れてたのに、いきなり積極的過ぎるだろ……
とはいえ、彼女は離す気は無さそうだ。仕方無く、彼女の好きにさせる事にした。が、しばらくすると彼女の腕の力が弱まる。
「スー……スー……」
「寝ちゃったか……」
疲れてたんだな……風邪引いたらあれだし、ゆっくり寝かせてやるか。
にしても、出雲ちゃんと朝倉先輩の関係……これからどうなるのか……それだけじゃ無く、彼女達五人の関係は改善されるのだろうか……じゃないと、色々困る。
いつか彼女達が仲むつまじく――とまでは行かなくていいが、いがみ合わずにいる光景が見れる事を信じて、目を閉じた。
「ムニャムニャ……セン……パイ……大好き……」
「…………」
――が、先日同様抱き付かれたままな状態で、緊張して思うように寝付けず、眠れたのは一時間半後だった。
出雲の雪美に対する心境に少し変化が? 一体どうなるか?
彼女の過去についてはいずれ。だんだんとヤンデレ成分が無くなっている気がする……
何はともあれ次回から別荘編も四日目、もうすぐクライマックスです。