日も落ち始め、海から別荘へと帰ってきた俺達。風呂に入り着替えを終わらせ、夕食を食べ終えた後、別荘の広大なリビングルームにて全員集まって、適当に時間を潰していた。
「それにしても、デケー家だなおい」
「……太刀凪さん、どうしてあなたが居るのかしら? 夕飯の時には居なかったはずだけど」
「イヤー、暇だから遊びに来た。別にいいだろ? あ、場所はおやっさんに聞いた。結構島民に知られてるんだな、ここ」
「……まあ、何も問題を起こさなければ構わないわ」
朝倉先輩は何を言っても燕さんが帰る事は無いだろうと諦めたのか、それ以上は何も言わずに紅茶を啜った。
「さっすが、話が分かるな。んで、アンタらこれから何かすんのか?」
「これから……別に後は寝るだけですね」
「マジか? もっとやる事あんだろ。夜は長いぞー?」
「やる事って……もう夜遅いですし、外真っ暗ですよ」
そう言いながら、窓の外へ目をやる。時刻はもう十時過ぎ。辺りは木々に囲まれている事もあり、ほとんど真っ暗闇だ。こんな状況で外に出てする事なんて無いだろう。
が、燕さんは突然ズボンのポケットへ右手を突っ込みそこから何かを取り出して、この場に居る全員に見せつけるように目の前に突き出す。
「夏の夜、暗闇の森林……なら、やる事は一つ!」
そして燕さんは突き出した物――十一本ある割り箸を、扇のようにバッと広げる。
「ズバリ、肝試しだ!」
と、彼女が高らかに叫んだ瞬間、この場に居るメンバーの内約三名程が肩をビクッと震わせた。その反応に気を引かれながら、得意気に笑う燕さんへ喋り掛ける。
「肝試しって……今からですか?」
「おう! 折角こんだけのメンバーが集まってんだし、やるしかないだろ! それに、海の家で仕事中にチラリと聞いたんだが……ここ、出るらしいぜ?」
「……出るって?」
「そりゃ決まってんだろ、オバ――」
「ば、馬鹿馬鹿しい!」
突然海子がバンッ! と机を叩きながら裏返った声を上げる。それに全員の視線が彼女に移る。海子の目はグルグルと泳ぎ回り、顔は思いっきり青ざめ、燕さんを指差す手はブルブルと震えていた。ああ……そういやオバケとか苦手なんだっけ。
そんな海子の丸分かりの反応を見た燕さんはいたずらっ子のよう不適な笑みを浮かべる。
「なぁんだぁ? 海子幽霊怖いのか?」
「そそそ、そういう事では無く! オ、オバ……! オバケなどというものが存在する訳――」
「あ、後ろに髪の長い女が」
「ヒィィィ!?」
燕さんの言葉に海子は小さな悲鳴を上げながら、猫のようにビョンっと飛び退く。当然今のは燕さんの嘘。海子の反応を見た燕さんはお腹を抱え、盛大に笑い出す。それに海子の顔がドンドンと赤くなる。
「燕さん、それぐらいに……」
「ごめんごめん、つい面白くってさ……! 悪いな海子、からかっちまって」
「くぅっ……! はぁ、もう構いません……」
ドッと疲れが襲い掛かったのか、海子が深くうなだれる。が、しばらくすると顔を上げ、燕さんを見つめる。
「と、とにかく私は反対だ! そ、そんな事に付き合う気は無い! その……やっても、メリットが一切無い!」
「メリットが無いねぇ……それはどうかな?」
ニヤリと口元を上げると、燕さんは割り箸を逆さに持ち替える。逆さまになった割り箸の先端は、赤や緑といった色に塗られていた。
「肝試しといえば、二人一組が基本だ。だから今回もそうしようと思ったんだがなぁ……もし友希とペアになったら、いい思い出が出来ると思うんだがなぁ……距離が縮まると思うんだがなぁ……ドキドキなハプニングがあると思うんだがなぁ……」
その言葉に、彼女達全員の表情がピクリと動く。
「アタシの気遣いは無駄だったかなぁ……で、どうする?」
「やりましょう」
「賛成です」
朝倉先輩と出雲ちゃんが即答を返す。まあ、今の言葉聞いたらそうなるよね……
二人の賛成を得た燕さんは、残る三人に目をやる。天城、海子、陽菜の三人は難しい顔をしてしばらく沈黙した後、無言でコクリと頷く。
「よっしゃ決まりだな! んじゃ、クジ引こうぜ!」
割り箸を再び逆さまにして、ジャラジャラと混ぜ、前に出す。
それを全員順番に引き、俺は最後に残った一本を引く事に。その際、小声で彼女に話し掛ける。
「……何企んでるんですか?」
「べっつにぃ。アタシはアイツらに協力する立場だから、やる事しただけさ。それに、単純にアタシもしてみたかった!」
「……はぁ、もういいです」
まさかの展開だが……まあ、これもいい思い出にはなりそうだし、いいかもしれないな。問題は誰とペアになるかだな。
俺が引いた割り箸の先端の色は赤。割り箸は十一本で、一組だけ三人になるが、赤はあともう一本しかない。つまり誰か一人が、俺とペアを組む事になる。
チラリと彼女達に視線を向けてみる。恐らく俺とペアになる事を祈ってるのだろう。全員念のようなものを込めてる空気を感じる。特に海子は恐怖心も強い分、思いが強そうだ。
「そんじゃあ、一斉に割り箸を前に出すか。せーの――」
◆◆◆
「……どうしてこうなった」
暗闇に包まれた森林を歩みながら、私はほっそりと呟いた。
太刀凪先輩の提案で行う事になった肝試し。別荘から歩いて十分程の場所に黒南島で有名な大樹がある――という朝倉先輩の情報からそこまで一ペアずつ歩き、スタート地点である別荘前まで戻るというのが肝試しの目的となった。
昼間なら全く苦行では無いのだが、今は真っ暗闇の夜。懐中電灯の明かりだけが頼りで、周囲がよく見えない不安が足取りを重くする。歩く度に響く砂利道に落ちる枝を踏む音や、時々吹く風に揺らぐ木々の音に、心臓が毎回跳ね上がる。これだから私は嫌だと言ったのだ! 私はこういうのが大の苦手なんだ!
だが、そんな絶大な恐怖心にも、友希と二人きりになれるという事に期待を持ってしまい、私は結局肝試しに賛成してしまった。
しかし現実は――
「…………」
チラリと、私は隣をそろりそろりと歩く――
「……一つ聞くが、お前はこういうのは……得意か?」
「うん……スッゴイ苦手ぇ……」
と、桜井は涙目、震え声と恐怖を感じ取るには十分過ぎる反応を返した。……不安過ぎる。
友希が一緒なら……いや、百歩譲って他の男性陣や太刀凪先輩が一緒ならこんな不安にはならなかっただろう。だが、今の私のペアは私同様に恐怖心全開の桜井だ。そのせいで私の恐怖心も積み重なる。
「ね、ねぇ海子ちゃん、早くに行こう! パッと行って、パッと帰ろう!」
恐怖のせいか早口になりながら、桜井はガシッと私の手を握る。その手はまるで極寒の寒空の下に居るのかと思うほどガクガクと震えていた。その震えを感じる事で、私の不安と恐怖が一層増していく。
早く帰りたい……しかし、ここで逃げ帰るのは私のプライドが許さない。しっかりと大樹に辿り着き、速攻で帰る!
意を決して、私は桜井の手を同じく震える手で握り返し、一歩前に踏み出す――瞬間、強い風が吹き荒れ、辺りの木々を激しく揺らす。
「ヒィ……!」
その音に、私と桜井はほぼ同時に小さな悲鳴を上げて立ち止まる。木の音だと分かっていても、自然と恐怖を感じてしまう。それが怖がりな人間というものだ。
そしてそんな怖がりな人間な私達は、その場で完全に停止してしまった。
「……おしっこ漏れそう……」
「そういう事は言わないでくれ……」
私達は本当に大丈夫なのだろうか――その不安に押し潰されそうになった。
それから私達は幾度と無く襲い掛かる恐怖に立ち向かいながら、目的の大樹の前へと約二倍の時間を掛けて辿り着いた。昼間ならば堂々とそびえ立つその大樹の姿に感動したりするのだろうが、今はそんな余裕は無い。ここまで来たという証拠として、大樹をスマホでさっさと撮影する。これで目的達成だ。
「お、終わった? 終わったよね? 終わったでしょ!? 早く帰ろうよぉ……!」
「わ、分かっている! 私だってそのつもりだ……!」
慌ててスマホをしまい、大樹に背を向けて桜井と手を取り合い別荘へと戻ろうとする。
「……あれ?」
が、桜井が突然ピタリと動きを止め、近くの草むらをジッと見つめる。
「な、なんだ!? 何をボーッとしている!?」
「今……なんか動いた」
「ななな、なんかってなんだ!?」
「分かんないけど……なんか光って……」
「ひかっ!? そそ、そんな訳ないだろう……! き、気のせいだ気のせい!」
そう言葉では否定しながらも、心のどこかで本当にそうなのではと思ってしまい、心臓が尋常じゃ無いほどバクバク鳴り響く。
気のせいに決まっている――それを確認して安心したい一心で、私は桜井が見つめる視線の先に懐中電灯の光をゆっくりと向ける。
その光が草むらを照らしたが――特に何の姿も無かった。
「な、なんだ何も無いじゃないか……」
「そ、そうだったね……私の気のせいだったみたい! ごめんね!」
「ま、まあ人間勘違いぐらいある。さ、早く――」
帰ろう――そう言葉を発する直前に、私は視界に映ったあるものにピタリと動きを止める。桜井はその私の反応に同じ方向を向き、同様に表情を強張らせる。そう、見てしまったのだ。
先程の草むらの陰から私達を睨む――金色に輝く何かの眼を。
「で……出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それに私――いや、私達は我を忘れ、互いの手を取り合い逃げるように走り出した。それが何の眼だったかは分からない。だが、それに恐怖心は限界へと達し、早く皆の元へ帰りたいという思いだけが足を動かした。
しかし全速力でいつまでも走れる訳も無く、数分程走り続けたところで、私達は一旦立ち止まり呼吸を正す。
「はぁ……はぁ……」
「い、今の何だったんだろう……」
「分からない……だが、考えたくも無い……」
「そうだね……それにしても……」
桜井は膝に手を乗せ、肩で息をしながら私の顔を覗き込む。すると何を思ったのか、クスリと笑い出す。
「な、なんだ人の顔を見て……!」
「だって、海子ちゃん顔酷いんだもん! 涙で顔グチャグチャ!」
「なっ……!? そ、それを言うなら桜井もだろう! 鼻水まで出てるぞ!」
「ほへ? ……ハッ、本当だ……!」
気付いてなかったのか、目を丸くして驚く。そんな彼女の反応を見て、不思議と笑いが漏れる。それを見て、桜井も再び笑う。
とりあえず持っていたポケットティッシュを渡し、桜井はそれで鼻をかむ。
「ありがとね、海子ちゃん」
「これぐらい構わない。しかし、お前も相当な怖がりだな」
「ムッ、海子ちゃんに言われたく無いな。でも、ちょっと意外だったなぁ……海子ちゃんこういうの平気かと思ってた」
「わ、私にも苦手なものはある……むしろ苦手なものの方が多いだろうし……」
「そっかぁ……海子ちゃんも女の子だね。……ねぇ海子ちゃん!」
不意に、桜井は背筋を伸ばし、スッと右手を私に向かい差し出す。
「私とお友達になろう!」
「な、なんだいきなり!? しかもこんな時に……」
「私、前から海子ちゃんとお友達になりたかった! 優香ちゃんや、出雲ちゃんや、雪美さんとも! でもさ、私達っていわゆる恋敵だから、そういうのは難しいかなって思ってたんだよね……でも、私はみんなと仲良くなりたい! その方が絶対楽しいもん! だから、お友達になって下さい!」
「なんだそれは……それはともかく、どうして今このタイミングで言うんだ?」
「何かいい雰囲気だったし、今ならなれると思って勢いで!」
そんな滅茶苦茶な……だが、どうやら彼女の言葉自体は本気みたいだ。お友達か……
確かに、私達は恋敵だ。彼女に友希を渡す気など、さらさら無い。だが、だからといって仲良くしない理由も無い。他の二人はともかく、優香とは友人関係を維持している。
なら、彼女の申し出を断る理由は――どこにも無いな。私はそっと、彼女の手を取った。
「……もちろん、構わないさ。私もお前のような人は嫌いでは無い」
「本当に!? ありがとう海子ちゃん!」
彼女はパァッと表情を明るくすると、私に抱き付いてくる。彼女の大きな胸の弾力と体重に押され、思わず頭から転びそうになってしまう。
「おっと……! だ、だからといって、恋敵の関係が無くなった訳じゃ無いぞ!」
「分かってるよ! 私だって、友くんは諦めてないもん! 最後の最後まで、真剣勝負だよ!」
「と、当然だ! ……とりあえず、離れてくれないか?」
「あ、ごめんごめん……」
サッと離れ、申し訳無さそうに頭を掻く。騒がしい奴だな……まあ、少し気が紛れた。
「……さあ、早く帰ろう桜井」
「うん! あ、そうだ! 私の事は陽菜って呼んでよ! その方が友達っぽいでしょ?」
「ま、まあ構わないが……」
そんな事にこだわなくても……いや、私も友希に似たようなお願いをしたし、人の事は言えないか。
「よっし! じゃあ早くみんなのところに行こう、海子ちゃん!」
「わ、分かってる……」
桜井……もとい陽菜が私の手を引っ張り、別荘方面へ歩き出そうと足を踏み出した――直後、ガサッ! と近くの草むらから揺れたような音が鳴り渡る。その音に陽菜の足が固まったように止まる。
「……い、今の何?」
「か、風だと思うぞ?」
「で、でも今……無風だよ?」
陽菜の言う通り、今は全く風が吹いていない。ならば一体何故、草むらは揺れた? その答えを確かめる為、私と陽菜はそっと音の方を振り返った。
その視線の先には――再びこちらを睨む、金色に光る眼があった。
「ま……また出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして私達は再び、我を忘れて走り出したのだった。
◆◆◆
「……遅いなあの二人」
海子と陽菜の二人が別荘から出てから約三十分。俺達は別荘前に集まって一組目である彼女達の帰りを待っているのだが、一向に帰ってこない。普通なら往復二十分程度だと、朝倉先輩から聞いているのだが。
「何かあったのかな……」
「だ、大丈夫だよきっと。海子はこういうの苦手だし、きっとゆっくり歩いてるんだよ」
まあ、そうだろうな。陽菜も確かこういうの全然駄目だったし、そんな二人が一緒なら多少遅れても不思議じゃ無いか。電波も繋がるし、何かあったら電話するだろうし。
とりあえず気長に二人を待っていると、不意に耳にどこかで聞いた事のあるような声が流れ込んでくる。
「……ァァァ……」
「この声……?」
他のみんなはまだ気付いてないらしいが、俺の耳には確かに届いていた。二つの声が混じる悲鳴が。これは……海子と陽菜?
その声が聞こえてくる、大樹へと向かう道へ続く茂みの方へ近寄ってみる。その直後――
「キャァァァァァァァァァァァ!!」
「ギャァァァァ!?」
その茂みから突如、陽菜が発射されたミサイルのように飛び出し、俺の腹へと抱き付いてきた。突然のタックルに耐えきれず、俺は思い切り地面に倒れ込んだ。
「イタタ……何だよいきなり……」
「出たぁ! 出たの友くん! ピカッて光ったの! ガサッて鳴ったの! ギラッて睨んできたのぉ!」
「まてまて落ち着け! 何言ってるかさっぱり分からないから! まずは落ち着け!」
涙で顔をクシャクシャにして、支離滅裂な事を喋る陽菜を何とか落ち着かせようと宥める。その間に、ペアを組んでいた海子も姿を現す。
「お、おい海子! これ一体どうし……」
「ででで、出たんだ! 目が光ったと思ったら風が無いのに草が揺れて……オオ、オバケかもしれないと思って逃げてきて……」
お前も絶賛パニック状態かい……まあ、二人の様子と言葉から察するに、オバケが出た……って事でいいんだろうな、多分。
とりあえず起き上がり、陽菜を離して、砂埃を払いながら立ち上がる。
「つまり……オバケと出会したって事か?」
俺の問い掛けに、二人はコクコクと力強く頷く。
本当に出たのかよ……詳しい事を聞こうとした時、不意に出雲ちゃんと朝倉先輩が口を挟んでくる。
「本当にオバケなんて出たんですかぁ? 二人の気のせいじゃないですか?」
「そうね。それにこの島、野生の動物なんかも出るし、それかもしれないわ」
「そ、そうかもしれないが……」
「でも何か出たのは事実なんだよぉ! 本当だよ!」
「ふーん……信じがたいですけど、それが本当なら危ないかもしれませんねぇ」
「そうね。なら、肝試しは中止という――」
「ふざけないで」
突然、先輩の言葉を天城が遮る。
「アナタ達はただ中止にしたいだけでしょう、私の邪魔したいから。そんな横暴許されないわよ」
「……チッ、分かってますよ」
「私は危険だという本心から言ってるつもりだけども?」
「いらない心配です。野生の動物でも、熊なんかじゃ無いんだから平気です」
天城のツンとした口調に、出雲ちゃんと朝倉先輩が機嫌を損ねたように顔を背ける。
二人が不機嫌なのも無理は無い。この後の二組目は俺と天城なのだから。しかもその後の三組目は、出雲ちゃんと先輩だ。恐らくこの肝試しには既に乗り気では無いのだろう。
今のやり取りで空気が悪くなる中、今回の言い出しっぺの燕さんがパンッ! と手を叩き、発言する。
「まあ、この島は危険な生物が居ないってのは調べてあるし、オバケだとしてもそれは肝試し的にはあり! だから、肝試しは続行! 二組目、さっさと行っといで!」
「は、はい! じゃあ天城、行こうか?」
「うん」
燕さんに目線でお礼を送りながら、俺は天城と共に茂みの中に足を踏み入れた。二人の空気が未だ悪いのが気掛かりだったが、とりあえず今は天城と一緒に大樹を目指すのに集中する事にした。
みんなと別れ、歩き続ける事三分。みんなの気配は完全に消え、静寂に包まれた森林を懐中電灯で前方を確認しながらゆっくりと歩く。
こういうのは苦手では無いが、得意でも無い。何があるかも分からないし慎重に行こうと、気を引き締めていると、不意に天城が俺の服の裾を引っ張る。
「どうした?」
「あの……世名君……手、握ってもいい……?」
「え……!?」
突然の申し出に思わず変な声が出る。天城がそんなお願いするなんて珍しいな……でも、凄い可愛らしいんだけど。
思いがけない事にドキッとしていると、彼女の顔が何だか怯えたような表情をしている事に気が付く。
「……もしかして、怖いのか?」
「…………うん」
とっても小さく、そう呟きながら頷く。天城もこういうの苦手なタイプだったのか……あれ、でもおかしいな?
「……前に遊園地でお化け屋敷行った時は平気そうな反応見せてたと思うけど……あれは?」
「つ、作り物だって分かってるのは平気なの。ただ……こういう本物っぽいのは全然駄目で……」
「そうなのか……なら、さっき先輩達が中止って言った時賛成すればよかったのに」
「それは別だよ! だって……」
天城はサッと視線を下に落とし、ポワっと顔を赤く染める。
「……世名君と……二人っきりになりかったから。それなら、怖いのぐらい我慢しようって……」
「そ、そっか……」
気まずい事聞いちゃったな……それぐらい気付けよ俺!
「でも、やっぱり怖くて……だからさ、その……」
「ああ……もちろん、それぐらいなら構わないさ。ほら」
サッと右手を差し出すと、天城は照れ臭そうにその手を左手で優しく握る。彼女の手の感触が伝わり、少し気分が高揚して鼓動が早まる。
「暖かい……これなら、安心出来るよ。ありがとうね、世名君」
うっとりと目尻を垂らし、にっこりと笑う。懐中電灯の光に照らされた美しい彼女の笑顔に、全身の体温が跳ね上がり、照れを隠すように視線を逸らす。
何かスゲェドキドキした……暗がりと懐中電灯のせいで美人度が上がってる気がする……それにその反応は何だかズルイ!
「あっと……と、とにかく早く終わらせようか! 天城もその方が安心だろ?」
「それもそうだけど……」
不意に、天城が手の握る力を少し強める。そして頭を俺の肩に近付けて、身を寄せる。
「もうちょっと長く、こうしててもいいかな……なんて」
そう呟きながら、幸せそうに目を閉じる。その仕草に、俺の鼓動がさらに高鳴る。どうしたの天城さん、やけに積極的過ぎるよ!
密着する彼女の体に、柔らかい彼女の手。先輩や出雲ちゃんはいつもの事だが、天城とこんなに密着する事はあまり無い。だから他の女性と密着するより、若干緊張が激しい。
「あ、あの天城……少し近い……かな……」
「え……?」
俺はとうとう耐えきれずに、天城へそう指摘をしてしまう。すると天城はキョトンと目を開き、目線を動かして俺との距離を確認する。
そして自分が俺ときっちり密着しているのに気付くと、彼女の顔が徐々に赤くなり、バッと素早く離れる。
「ごごご、ごめん! 別にそんなつもりじゃ無くて……! 二人きりで、暗がりで、気持ちが高ぶったというか……何というか……」
「い、いいって別に! 天城の気持ちは分かってるし、俺も嫌な訳じゃ無かったから……」
「はうぅ……」
天城はプシューっと煙があがりそうな程赤面しながら、肩をすぼめて俺から目を逸らす。
やっぱり、天城は天城だな。こっちの方がなんか落ち着くわ。
「……落ち着いたか?」
「うん……ごめんなさい、動転しちゃって」
「ハハッ、いつもの事だから、何だか慣れたよ」
「そっか……その、世名君!」
スッと左手を俺に差し出し、細めた目で俺を見つめる。
「また手、繋いでくれる? まだ怖い……からさ」
「あ……お、おう……」
再び少し緊張しながら、俺はその手を握った。すると天城はまた嬉しそうに笑い、ギュッと手を握り返した。
それから俺達は手を繋いだまま目的の大樹を目指して歩き、数分で到着。スマホで写真を撮り、来た道を戻ったが、海子と陽菜が見たというものは見かけなかった。
それに少し安堵しながら、別荘前へ向かい歩き続けた。その間も、天城は俺の手を握り締めていた。再び無意識なのか、身を寄せ始めていたが――幸せそうな彼女の顔を見て、今度は何も言わず、黙って彼女の自由にさせた。
そのまましばらく歩くと、別荘の明かりが見えてくる。どうやら何も問題無く到着出来たようだ。
「あ、着いたね……って、ごめんまた……!」
別荘が近付いたのをきっかけに、天城は自分が身を寄せているのに気付き、慌てて離れる。その可愛らしい反応にクスリと笑いながら、俺達は茂みを抜け出した。
「お、帰ってきたな」
「友くん! どうだった? オバケ出た!?」
帰ってくるなり、陽菜が決死の形相で食い掛かるように問い詰めてくる。その後ろでは、海子も真剣な眼差しをこちらへ向けていた。
「いや、別に何も見なかったぞ?」
「そ、そうか……やはり気のせいだったのだな……」
「そっかぁ……よかったぁ……」
俺の報告を聞いて、二人は胸を撫で下ろす。大げさだなぁ……気持ちは分かるけど。
二人の反応に苦笑していると、不機嫌そうな出雲ちゃんと朝倉先輩の姿がこちらへ歩み寄ってくる。
「……で、お二人には何かあったり……してないですよね?」
出雲ちゃんのその問い掛けに、天城は先ほどまでの幸せそうな顔からはかけ離れた鋭い目を向ける。
「……言う義理はある?」
「何ですかその態度……」
「まあ、何も無かったという事にしとくわ。さて、次は私達の番ね。行きましょう、大宮さん」
「命令しないで下さい! なんであなたなんかと一緒に……」
出雲ちゃんはブツブツと呟きながら、先輩と共に茂みの奥へと足を踏み入れる。あの二人……大丈夫かな?
そんな俺の不安を現すように、夜空が雲に覆われ始めた事に――その時は誰も気が付かなかった。
夏の王道イベント、肝試し。
友希と優香のちょっとした二人きりの時間。海子と陽菜は怖がり同士をきっかけに友情が芽生えた?
そんな中、次回は不穏な空気な出雲と雪美の出番。一体どうなる?