モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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夏のイベントとトラブルはセットである

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 眠りから覚め、意識がだんだんと覚醒していく。重い瞼を開けるが、寝起きなので半開きが限界で、視界もぼやけてほとんど何も見えない。

 

「あ、起きた?」

「へ……」

 

 不意に耳に優しく、艶やかな声が流れ込む。それに顔を少し動かすと、視界に俺を見下ろす女性の顔が映り込む。寝ぼけてるせいかそれが誰か一瞬理解出来なかったが、数秒後にそれが朝倉先輩だという事に気が付くと同時に、完全に目が覚めた。

 

「おわぁ!? せ、先輩!?」

「おはよう友希君。よく眠れた?」

「な、なんでここに……って」

 

 そうだった……昨日は先輩と一緒に寝てたんだったな……なら居てもおかしく無いか。流石に起きてすぐにこんな至近距離で顔を合わせるとは思わなかったが……

 先輩は俺の枕元に座って、顔を見下ろしている。恐らくもうちょっと顔を横に倒せば彼女のお尻が目に映るだろう。流石に朝からそれは刺激が強いので、俺は顔の位置をガッチリ固めてゆっくり起き上がる。

 

「えっと……先輩、もう起きてたんですね」

「ええ。昨日はぐっすり眠れたから。色々打ち明けてスッキリしたのもあるけど、友希君を抱き締めててとても心地よかったから」

「……もしかしてずっとあのままでした?」

「少なくとも、私が起きた時には私の体は友希君に密着してたわよ」

 

 つまりずっと抱き枕だった訳だな俺は……よく寝れたな、俺。

 自分の寝付きの良さに我ながら脱帽していると、突然朝倉先輩が右頬に手を当てながら、クスリと笑う。

 

「それしても、友希君ったら大胆なのね」

「な、何がですか?」

「私が起きた時、友希君ったら私の胸に顔を思いっきり埋めてたわよ? それに涎まで垂らしちゃって、意外と可愛いところがあるのね」

「そ、それはすみません……ってマジですか!?」

 

 嘘!? 俺そんなハレンチな事してた!? 谷間に顔埋めて涎垂らすとか変態じゃん! 俺いつの間にか変態になっちゃったの!?

 

「フフッ……冗談よ。流石に涎までは垂らしてなかったわ」

「な、何だそうですか……ってそれじゃあ顔埋めてたのは本当なんですか!?」

「ええ。思いっきりね。まあ、私の方が寝ぼけて抱き寄せてしまったのだろうけど。無意識の欲求が働いたのかしら?」

 

 と、どこか嬉しそうに笑う先輩。満更でも無いって感じか……? なら俺に非は無いよねうん! ……まあ、一応後で謝っておこう。女性の胸に顔を埋めるのは流石にあれだし。

 

「さてと……二人きりの時間が終わってしまうのは少々名残惜しいけど、そろそろ朝食の時間だし、行きましょうか」

「わ、分かりました!」

「あ、その前に着替えないといけないわね。そこで待っててくれる?」

「あ、はい……って外で待ってます!」

「あら残念」

 

 危うく流されるとこだった……先輩、昨日の夜に過去の事話して色々吹っ切れたのか、何だか押しが強い気が……これはこれまで以上に気を引き締めないと危ういぞ、俺。

 自分に警告しながら部屋の外に出る。それから部屋の前で先輩の着替えが終わるのを待つ。数分後、着替え終えて部屋から出てきた先輩と一緒に夕食にも使用した大広間に向かう。

 その途中に自分がまだ着替えてない事に気付き、男子部屋へ立ち寄って手早く着替えてから再び出発する。男子部屋に誰も居なかったし、もう全員大広間に集まっているのだろうと、少し足を早めた。

 

 そして移動する事数分、大広間へと辿り着く。そこには予想通り他のメンバーが全員集まっていて、昨日と同じ席に座っていた。テーブルの上には朝食と思われる料理も並べられていた。どうやら待たせてしまったようだ。

 とりあえず軽い謝罪と挨拶をしながら席に移動する。先日と同じ高級そうな椅子に腰を下ろすと同時に、俺は正面に座る女性陣から異様な視線を感じた。

 

「…………」

 

 そのどこか威圧感があり、自然と冷や汗をかかせる視線に恐る恐る彼女達に目を向ける。案の定、正面席のみんな(友香と陽菜を除く)は不機嫌感全開の雰囲気を醸し出しており、思わず背筋をゾワッと震わせる。

 何故そんなに不機嫌なのかはまあ……安易に想像出来る。次の瞬間、彼女達は思った通りに朝倉先輩へと目線を移動させる。

 

「……何かしら?」

 

 しかし先輩は(とぼ)けるように首を傾げる。それに三人はイラッと目元を吊り上げる。

 

「一応聞いときますけど……昨日、先輩と何も無かったですよね?」

「勝負で決めたとはいえ、状況次第ではそれなりの弁論はさせてもらうぞ?」

「……で、どうなんですか?」

「まあ怖い。そうね、昨日の夜は……」

 

 すると先輩は悪巧みを思い付いた子供のように口元をニヤリと上げる。目を閉じ、笑みを浮かべて肩頬を押さえて首を左右に振りながら、先輩は口を開いた。

 

「とても……赤裸々な夜だったわ」

「赤……!?」

 

 その発言に、三人は唖然と口を開く。

 ちょっとぉ!? 誤解を招くような言い方は止めてぇ! 過去話聞いただけだから! 赤裸々といえばそうかもだけど、それだけだと変な感じになるでしょう!

 

「おい友希! 本当なのか!?」

「いや、その……先輩、何言って……」

「あら? 友希君も嫌じゃ無いって言ってくれたじゃない」

「んなっ……!?」

 

 だからぁ! 言ったけど、確かにそんな事言ったけど! 開示情報が断片的すぎるでしょう! それだけだとあれ的なあれだと思われちゃうでしょう!

 

「本当ですか、先輩!」

「ち、違うよ! 本当に違うから! 超絶健全な夜を過ごしましたから!」

「ええ、確かに健全な夜を過ごしたわよ。ただ友希君、朝は大胆に胸に顔を埋めてたけどね」

「はぁ!?」

「あの感触……なかなかに癖になっちゃいそうだったわねぇ……」

 

 挑発多すぎぃ! これ以上あらぬ事……いや実際あったらしいけども! それ以上の発言は彼女達の闘争心という炎にガソリンぶち込むだけだから!

 

「……世名君」

「はい!」

「今の話どこまでが本当か……説明してくれる?」

 

 ニッコリと、天城が悪魔のようなどす黒い笑みを浮かべる。それに他二名も同様に黒いオーラを放ちながらこちらをガン見する。

 

 ……今日も大変そうだ――こうして、黒南島での三日目が幕を開けた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 朝の食事と尋問を終えた俺達は、昨日と同じく水着に着替えて海岸へとやって来た。

 女性陣は自由に行動する中、俺達男性陣は砂浜の一郭にて、ある準備を進めていた。

 

「はぁ……」

「朝から災難だったな」

「まあ、こうなるとは思ってたけどね……」

「ざまあみろってんだ。赤裸々な夜を過ごした罰だ」

「だからあれは先輩のからかいで……」

「でもオッパイに顔埋めたのは事実なんだろー!? どんな感触だったか三十字以内に述べて下さいコンチクショー!」

「寝てたから分からなかったよコノヤロー! でも多分枕より柔らかいよバカヤロー!」

「文字数オーバー」

「数えんでいいわ! はぁ……こんなくだらない事話してねぇで早く進めようぜ。翼、テーブル立てるの手伝ってくれ」

「うん分かった」

 

 会話を打ち切り、別荘から持ってきた大きめの鞄から組み立て式のテーブルを取り出し、翼と手分けしてそれを作り始める。

 俺達が進めている準備――それはバーベキューの準備だ。「夏といえば海でバーベキューだろ!」というどこぞの馬鹿の提案でする事になった。

 材料は別荘にあるもので十分に足りたし、道具も自宅から持ってきていた。後は道具を準備し終え、お昼からスタートする予定だ。

 

「それにしても……雹真さんもう帰っちゃったんだね」

「忙しいらしいからな。バーベキューに参加してくれれば盛り上がっただろうに、残念だな」

「ま、仕方無いだろ」

「それもそうだな……よし、テーブル出来た。孝司、割り箸と紙皿は? お前が持ってきてたはずだろ?」

「俺の鞄の中に入ってんぞ」

 

 孝司の言う通り、鞄を調べてみる。――が、割り箸も紙皿も見当たらない。

 

「おい、無いぞ?」

「はぁ? あるはずだろ?」

「いや無いって。お前まさか忘れてたのか?」

「そんなはずねーって! 昨日も確認したっつーの!」

 

 孝司は声を張って反論するが、無いものは無い。とはいえ昨日確認したんならあったんだろう。じゃあ一体どこに?

 

「あの……もしかして別荘に忘れたとかじゃ?」

「んな訳ねーよ。鞄の中にちゃんと……あ」

 

 コイツ今あって言ったぞ。図星だろ。絶対図星だろ。

 疑いの眼差しを全員で孝司に向けると、どんどんと彼の顔色が悪くなっていく。

 

「そういえば……今朝着替えを探す時に鞄の中身全部出したな……その時に入れ忘れた……のかな?」

「……これだから馬鹿は」

「しょ、しょうがないだろ! 失敗ぐらいある! だって人間だもの!」

「年がら年中失敗してる奴が偉そうに言うな! はぁ、どうすんだよ……今から別荘行くの大変だぞ?」

 

 別荘はここから結構離れてる。歩けば間違えなく十分以上は掛かるだろう。別に行けなくは無いのだが、多少面倒だし、もうすぐ昼だ。

 

「……お前、取ってこいよ」

「そうなるよな……でも俺、道覚えてねーぞ?」

「まあ、森林の中だしな。朝倉先輩の案内無しじゃ無理か」

 

 とはいってもコイツの凡ミスで先輩を別荘まで行かせるのはあれだしな……どうしたもんか。

 案を考えていると、孝司が突然後ろを振り向き、その先を指差す。

 

「そうだ! あそこの海の家で割り箸ぐらい借りれるんじゃないか!?」

「借りれるかぁ? てかあんの?」

「昨日行った時店長っぽいオッサンいい人そうだったし多分大丈夫!」

「そんなざっくりな……まあ、駄目元で行ってこい」

「おう! んじゃ行こうぜ!」

「……って何で俺も」

「一人じゃ量が多いだろうが。ついて来いよ」

 

 何だよそれ……割り箸と紙皿ぐらいなら持てんだろう。まあ、多分一人でそんなに割り箸と紙皿を借りてくるのがちょっと怖いからついて来いって事だろ。まあ、そんな客他に居ないだろうしな。

 仕方無く、俺は孝司と共に割り箸と紙皿を借りに行くことに。一キロぐらい先にある海の家に辿り着き、適当な店員に声を掛ける。

 

「あのー、すみません」

「はいはいなんか用――って、友希と孝司じゃねーか!」

「ん?」

 

 この声――どこか聞き覚えのある店員の声に、その店員の姿を確認する。

 筆文字で大きく「海」と書かれた、正直ダサイ青いシャツに下は水着姿の、茶髪の女性。いつもと違い後ろで髪を結んでいたりと印象が違ったので一瞬気付かなかったが――

 

「……って、燕さん!?」

 

 その店員の正体は俺達のよく知る人物――燕さんだった。

 

「なんだお前らもこの島来てたのかー! 奇遇だなー!」

「燕さんこそ……どうしてここに?」

 

 ここは白場から遠く離れた地だ。そんな場所に何故彼女が居るのか問い質すと、彼女は胸を堂々と張りながら答える。

 

「フッフン……出稼ぎだ!」

「出稼ぎって……」

「ここ出稼ぎに来るような距離じゃ無いだろここ……」

「いやー、アタシのちょっとした知り合いの親父がここの店長でさー。ちょっと小遣い稼ぎの為に働かせてもらってんだよ」

「小遣い稼ぎって……それでこんな遠方まで来ますか……つーか、ここに来る金だけで稼ぎ分飛ぶんじゃ……」

「そこは抜かりない! 店長のおやっさんに送ってもらうからな!」

 

 店長いい人過ぎんだろ……まあ、もう何も言うまい。

 

「あれ、でも昨日は居ませんでしたよね?」

「まあ、今日からだからな。しばらくは世話になるんだ。お前らは何で居るんだ?」

「えっと……朝倉先輩の別荘に遊びに来てるというか……」

「別荘? なんだ雪美って金持ちなのか?」

 

 しまった、つい口が滑った……まあ、燕さんならバラしても問題は無さそうだけど……後で先輩に謝っとくか。

 

「ふーん……まあ、いいや。そんで、お前ら声掛けてきたけど、用あるんじゃねぇのか?」

「あ、そうだ。実は――」

 

 燕さんとの遭遇に割り箸と紙皿を借りに来たのをすっかり忘れていた。慌てて事情を説明し、借りれるか聞いてみる。説明を聞いた燕さんは「ちょっと待ってろ」と言い残し、店の奥へ。数十秒後、再び俺達の元へ戻ってくる。

 

「オッケーだとよ! 好きなだけ持ってけっておやっさん言ってたぞ!」

「本当ですか? 助かります」

「だろ? 俺の言った通りいい人だっただろ!?」

 

 何でお前が偉そうにしてんだよ……まあ、これで解決だな。

 

「しかしバーベキューか……いいなぁ、そういうの!」

「……もしよかったら、燕さんも参加します?」

「え!? いいのか!?」

「まあ……材料は余るぐらいにはあるんで、都合がよければ……」

「丁度この後昼休みだ! なら遠慮無く参加させてもらう! 許可とってくるから待っててくれよ!」

 

 再度店の奥に走る。予想外の事だけど……人数が多い方が楽しいよな。燕さんなら……彼女達も不機嫌にはならんだろう。

 

「許可取れたぁ! 早速BBQ行くぞぉ!」

 

 と、活気よく叫びながら燕さんが店内から走り出る。店長さんから割り箸と紙皿を受け取ってから、俺達もその後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 それから燕さんと共に裕吾達の元に戻り、 事情をざっくりと説明して組み立作業を再開。十分程度で準備が完了。いつでも始められる状態になったところで女性陣のみんな集合し、早速バーベキューを開始する事にした。

 

「さーって、焼こう焼こう!」

「……どうして彼女が居るのかしらね?」

「その、かくかくしかじかで……」

「……まあ、別に構わないわ。騒ぎだけは起こさないでね」

「分かってるって! それより焼こうぜ!」

「はいはい。それじゃあ……」

 

 トングを手に取り、まずは野菜辺りから焼こうと瞬間、陽菜が突然ガバッと手を上げる。

 

「はいはい! 私焼きたーい!」

「お前が? ……大丈夫か?」

「焼くのは得意! ミディアムレアの女王って私が呼ばれてたの忘れたの?」

「忘れてねーし、覚えもねーよ」

 

 何だよミディアムレアの女王って……つーかそれ中までしっかり焼けてねーじゃん。まあ、焼くぐらいなら陽菜でも出来るか。

 キラキラと目を輝かせながらこちらを食い入るように見つめる陽菜へトングを渡す。それを受け取った陽菜ははしゃぎながらテーブルの上に置かれた食材の近くに移動し、そこから豚肉を一切れ掴み取る。

 

「よぉーし、それじゃあ焼っくよぉー!」

 

 それをコンロの上に置き、続けて他の肉や野菜と、次々に食材を並べる。ジュージュー肉が焼ける音に、美味しそうな匂いが食欲をそそる。

 

「うーん……美味しそー!」

「……お腹鳴りそう」

「バーベキューは初めてやるけど……なかなかよさそうね」

「え、マジか!? 雪美やった事無いのか!」

「ま、この人世間知らずですからね。先輩、私がアーンしてあげましょうか?」

「却下」

「天城先輩には聞いてません!」

「おい、そろそろ焼けるんじゃないか?」

「お、そうだな。んじゃ、みんな好きに取ってくれ!」

 

 俺の合図と同時に、全員がコンロの周りに群がり始める。コンロはそれなりの大きさで食材も大量に焼いていたが、あっという間に皆の紙皿の上へと移されていく。

 流石に十人以上居ると減りが早いなぁ……早く取らないと無くなりそうだ。

 

 それから全員それなりの食材を手に取り、各々食べ始める。

 

「あむっ……んー、美味しい!」

「この肉……柔らかいな」

「野菜もスッゴい美味しい……」

「まあ、ウチの食材だしね。味は保証するわ」

「何であなたが偉そうなんですか……」

 

 みんな自由に喋りながら食事を進める。俺はその様子を見ながら、食事を進める。

 しばらくすると陽菜は自分から焼くとか言ってたが、食事に夢中で早速役目を半分放棄している事に気付き、仕方無く俺が変わって食材を焼く事にした。

 

「食べたい物あったら言えよー」

「お兄ちゃん、私トウモロコシー」

「私はお野菜お願い出来るかな?」

「先輩、私はお肉を!」

「同じく肉!」

「私は……ホタテを頼めるか?」

「それじゃあ私は……フランクフルトで」

 

 言えとは言ったが容赦無く言ってくるなぁ……まあ、焼くけどさ。

 

「友くん、手伝うよ!」

「おう、助かる。……って、元々お前が焼くって……まあいいや」

 

 予備のトングを渡して陽菜と共に食材を焼き続ける。そして焼けた物から、みんな順に取っていく。その合間に俺も自分の物を焼いて食べる。

 

 

 

 最初は少しいざこざがあったりしたが、みんなバーベキューを楽しんでくれたらしく、基本的に和気あいあいとした空気のまま、食事は続いた。

 そしてバーベキューの締めにコンロを金網から鉄板に変えて焼きそばを友香と一緒に焼いている最中――

 

「ねぇねぇ! 折角海に来てるんだしスイカ割りしようよ!」

 

 と、陽菜が持ってきていたスイカを持ちながら、言い出した。

 

「おー、いいじゃんいいじゃん! 夏! って感じでさ!」

「そうですよね? 思い出作りの為に、みんなで力を合わせて割ろうよ! ね、友くん!」

「俺は別に構わないが……みんなはどうだ?」

「私も別にいいけど……」

「異論は特に無い」

「先輩がいいなら構いませんよ」

「私も賛成よ。ちょっと興味あるし」

 

 満場一致で賛成。なら、別に止める理由無いか。

 

「よーし! それじゃあみんなでやろうか! 割るのは……友くん、お願い出来る?」

「はぁ? 何で俺が……」

「だって割るのにも力はいるし、友くんをみんなで導いてあげるの面白そうじゃん!」

 

 面白そうって……はぁ、海のせいでテンションが倍盛りだな陽菜の奴。

 

「別に構わんが、今焼きそば作って――」

「いいよ、私に任せて。お兄ちゃんは陽菜さん達に操られてきな」

「言い方あんだろ他に……まあ、そういうなら……」

 

 正直なんとなくの不安は感じるが……楽しそうだし、やってみるか。

 焼きそば作りを友香に任せ、彼女達の元へ向かう。

 

「――で、どうすんだ?」

「んー、そうだなぁ……とりあえずこの棒を友くんが持ってぇ、目隠しをしてぇ、私達がそれをスイカまで導いて……」

「ちょっと待った! アタシにいい案がある!」

 

 燕さんがいきなり陽菜の言葉を遮り、ヒョイッとスイカを陽菜から奪い取る。

 

「折角こんだけの人数が居るんだし、対決にしないか?」

「対決?」

「おう。二チームに別れて、どっちが先にスイカ割るか競争するんだ! 勝った方が……スイカを多く食えるとか!」

「おおー、それ面白そうですね! それにしようよ友くん!」

「や、ややこしくないか? 声が混ざったりして……」

「それが面白いんだろ! さ、やるぞ!」

 

 駄目だ、燕さん意見を曲げる気無いな。まあ、それでもいいか。

 燕さんの案を採用にし、スイカ割りを二チームによる対抗戦にした。

 チーム分けはとりあえずジャンケンで決め、俺に指示を出すのが出雲ちゃんと朝倉先輩。相手チームが指示出しが天城、海子、燕さん。割るのが陽菜になった。

 

「よーっし、優香ちゃん、海子ちゃん、燕さん、お願いね!」

「任せとけ!」

「うん」

「まあ、やるからには勝つ気で行く」

 

 向こうのチームはそこまで空気は悪くなさそうだ。対してこっちは……

 

「またあなたとチームですか……」

「そうね。友希君、私がしっかりと指示を出すから、頑張ってね」

「私だってするんですから! 先輩、私の指示だけ聞いて下さいね!」

 

 非常に不安だ。この二人の仲の悪さはどうにかならんのか……

 

 何はともあれ、チーム対抗スイカ割りの幕開けだ。

 左隣の少し離れた場所に立つ陽菜は、予備に持ってきていたもう一個の棒を脇に挟みながら目隠しをする。俺もそれに続き、目隠しをする。黒い布に視界が覆われ、目の前が真っ暗となる。ここから約三十メートル先のスイカを二人の指示を聞いて目指す。

 

「審判は俺達がやる。危険だと思ったら止めるし、指示出しとしてアウトなものは注意する。んじゃ、二人とも回って」

 

 裕吾の指示に従い、棒を地面に差し、そこに額を付けてグルグル十回ぐらい回る。

 

「うっぷ……酔った……」

 

 回り終えると同時に、陽菜の気分が悪そうな声が耳に入る。大丈夫かよあいつ……見えないから様子は分からないが。

 回転したせいで今俺がどこを向いてるか分からないが、とりあえず棒を前に構える。

 

「――それじゃあ、始め」

 

 その直後、やる気の無い裕吾の声が聞こえた。声張れよ審判。

 

「先輩! とりあえず、えっと……回れ右!」

「桜井! 少し左へ向け!」

 

 出雲ちゃんと海子の大声が同時に耳に届く。えっと、俺は出雲ちゃんの指示を聞けばいいんだから――彼女の指示通りに回れ右をする。その状態のまま次の指示を待つ。

 

「先輩次は――」

「少し回り過ぎよ。十五度ぐらい右に傾いて!」

「ちょっと! 勝手に指示出さないで下さい!」

 

 だが、早速出雲ちゃんと朝倉先輩が言い争いを始めた。やっぱりこうなるか……

 

「よっしゃ陽菜! この隙に進めぇ! 全速前進だ!」

「全速前進って事は……前に走ればいいんだね!」

「ちょっ、燕さん……! 桜井さん、そうじゃ無くて一旦左に!」

「えぇー、どっちぃー!?」

 

 そんな慌ただしいやり取りが聞こえる。どうやら向こうも悪戦苦闘してるらしい。こりゃ泥仕合になりそうだ……

 

 俺のその予想通り、彼女達の指示はひっちゃかめっちゃかだった。

 朝倉先輩の指示出しは例の才能が活きたのか、徐々に分かりやすくなっていった。しかし、それに負けじと出雲ちゃんが割と大雑把な指示を出すので、俺はどちらに従えばいいのか分からず、混乱した。

 相手チームも燕さんのざっくり指示に他二人が苦労してるようだ。陽菜も様子は見えないが、酷く混乱してそうだ。

 

 そして開始から約五分――戦いはいよいよクライマックスに入った。

 

「友希君、スイカが射程圏内に入ったわよ!」

「先輩、もうちょっと右! そこに振り下ろして!」

「わ、分かった!」

 

 どうやらスイカが近くにあるらしい。言われるがまま、俺は棒を全力で振り下ろす。しかしスイカに当たらなかったようで、腕に走った感触と聞こえた音は、砂に当たったものだった。

 

「ああ、惜しい!」

「友希君、落ち着いて軌道修正して! 半歩後ろに下がって、数センチ右に!」

 

 二人の反応を聞く限り、どうやらもう少しのようだ。朝倉先輩の指示通り、体を動かす。

 

「陽菜急げ! 割られちまうぞ!」

「嘘ぉ!? ど、どっち行けばいい!?」

「えっと……こっちもかなり近い」

「方向的には真っ直ぐだ! 一、二メートル先だ! 向きを変えずに行け!」

「う、うん! 分かった!」

 

 陽菜が焦ったような声を出すと、後ろから砂を踏み歩く音が微かに聞こえてくる。どうやら背後から彼女も迫ってるらしい、急がないと取られる!

 慌てて棒を振りかぶり、振り下ろそうとした直前――

 

「とりゃあ!」

 

 と言う声が左隣から聞こえ、微風がそこから吹く。恐らく陽菜が棒を振り下ろしたのだろう。しかし、音から察するに当たっては無いみたいだ。

 

「陽菜! もう一回!」

「うん! ヨイショ――って、ウワァ!?」

 

 不意に、陽菜が小さな悲鳴を上げる。次の瞬間――俺の右半身に突然大きな衝撃が襲い掛かった。

 

「なんっ……だぁ!?」

 

 謎のその衝撃に押されるように俺は地面に倒れた。砂浜の砂が顔にかかり、それが少し口の中に入り()せる。

 一体何なんだと、体を起き上がらせようと動かした瞬間――お腹の辺りに何か体感した事のある、柔らかい感触が走った。

 

「…………」

「イッタァ……転んじゃったぁ……」

 

 直後に聞こえた、陽菜の声。それに俺は今の状況を、目隠しを外すまでも無く察した。

 出来る事なら、このまま目隠ししたまま「え、何が起こったの?」とやり過ごしたかったのだが、無情にも目隠しの布が今の衝撃でスルリと(ほど)け――俺の体に覆い被さる陽菜の姿が、目に入った。

 

「……ですよね」

 

 コイツの事だ、正直こうなってしまうのではと始まる前からちょっと思ってた。元々ドジなとこあるし、海でテンション上がってたし。でも、まさか本当に起きるとは思わなかった。というか最近こういう密着多くね!? ……前からか。

 思うように動けず倒れたまま制止してると、陽菜は突然モゾモゾと体を動かし始めた。そのせいで俺のお腹の辺りにある彼女の胸が思いきり押し当てられる。

 

「ちょっ、何してんだよ!」

「あれ? もしかして友くん? ちょっと水着に砂が入っちゃって……」

 

 そう言いながら、彼女は水着のパンツを指でいじくる。布地が彼女の肌を離れ、今にもお尻が見えそうだ。

 

「おまっ……!? 人が居んのにそういう無防備な事すんな!」

「だって気持ち悪いんだもーん」

「だとしても隠せ! それからまずは起き上が――」

 

 瞬間――背後から寒気を感じ、声を止める。

 この後の事は今までの経験上、安易に想像が出来る。振り返りたく無い――けど、そうもいかない。意を決し、俺はゆっくりと後ろを振り返った。

 

「…………」

 

 そしてやはり、背後には殺気が漏れ出た四人の水着美女が仁王立ちをしていた。……さあ、どう言い逃れようかな。

 

 

 その後、俺は何とか彼女達の許しを得る事ができ、みんなで気まずく、焼きそばとスイカを食したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 バーベキューにスイカ割りと、夏の定番イベント二連弾。友希に休まる時はやっぱり無い。
 次回はあの、夏の定番イベントを実行? さらに一波乱ある……かも。




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