モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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スノー・ロスト

 

 

 

 

 

 

 ――私が自分の才能というものに気が付いたのは、確か小学生の頃だった。

 

 朝倉グループ総帥の娘という立場から、私は幼い頃から学業、音楽、スポーツと様々な英才教育を受けてきた。一日十時間以上行われていたそれは、恐らく遊びたい盛りの幼い女子にしたら苦行だろう。だけど、私はそれ自体に苦痛は感じなかった。初めてやる事に悪戦苦闘しながらも、それを上手く出来た時の喜びや達成感。それを褒めてくれる両親や教師。

 幼い私はそれがとても嬉しくて、遊ぶ時間など作りもしないで、多くのものを学んだ。時にはわがままを言って、本来ならもっと先の中学、高校からやるはずの内容もその時点で教えてもらったりもした。そして当然のように、身に付けていった。

 当時の私はそれが当たり前だと思っていた。こうして次々と知識や技術を身に付けていくのが当然なんだと、頑張ればなんでも出来るものだと思っていた。

 

 けど、小学校に入ってそれが異常だという事を私は知った。

 

 一年生となり、私のようないわゆるお金持ち以外の子供も多く通うごく普通の小学校へと通い始めた。今まで箱入り同然の暮らしをさせてきた私に社会というものを見てほしい、そして子供らしく多くの友達を作って、思いっきり学校の生活を楽しんでほしい――と父は考え、学校に身分を隠すように頼んで、私をこの学校へ通わせたらしい。

 そんな父の気遣いがあった事は当時の私は知らなかったが、学校をとても楽しみにしていた。あまり外に出る機会も少なかったし、同年代の相手と出会うのもほとんど無かった。

 どんな子が居るんだろうか、お友達というものになれるのだろうか。そんなワクワクが止まらなかった。

 そして何より、その学校ではどんな事が学べるのだろう――それが一番の楽しみだった。

 そんな沢山の期待を胸に詰め込んで、私の小学校生活が始まった。

 

 けれど、その生活は私のイメージ通りにはならなかった。

 また新しい事を覚えられるかと期待に胸を躍らせた授業は、足し算やひらがなの書き取りなど、基礎中の基礎。こんなものはもう私にとっては難問でもなんでも――いや、もはや学習とも言えないレベルのものだった。

 私はその時、とても失望した。小学校とはこんなものを学ぶところなのか、と。今更こんな事を学んで何になる、時間の無駄だろうと、心の底から感じた。

 でも、周りの生徒達はその問題に必死に頭を悩ませていた。こんな簡単な問題に何分も時間を掛けて、酷いときは答えを間違える。私には到底信じられない事だった。それを見て私は初めて感じた。

 

 もしかして、私がおかしいの――と。それが、私が才能に気付くきっかけとなった。

 

 

 それからも当然のように学校生活は続いていき、毎日低レベルの授業が繰り広げられる。今まで実家での充実した授業とは違う、聞く気にもなれない授業に、だんだんと嫌気が差してきた。

 知っている事を学ぶ必要なんで無い。もっと私の知らない、新しい事を知りたいんだ。そんな新たな知識を身に付けたいという欲求が溜まっていき、ストレスとなっていった。

 小学校(ここ)ではそんなものは得られない。そう悟った私は小学校に通ってる間は自由にしろ、という両親の考えで止めていた実家での家庭教師による英才教育を、三年生の頃に再開した。内容は私が今まで習っていない、大学の範囲の授業。

 新しい事が覚えられる、本当の難問に頭を必死に悩ませて、それを苦労して解く――その快感をまた、ようやく感じられると私は気持ちが高ぶった。そして早速、家庭教師による授業が始まった。

 

 

 

 そして私は――それをたった半日で熟知して、授業はあっさりと終わりを迎えた。

 信じられない程授業の内容がすんなりと頭にまるで縫い付けられるように入り込んだ。そして出されたテストに満点をあっさり取った。その難問を1+1を覚えるように、五十音を覚えるように簡単に身に付けた。

 それに教師や両親は驚きながらも「お前は凄い奴だ!」と、とてもよく褒めてくれた。だが、私は全然嬉しくなかった。ずっと求めていた新しい事を覚えたのに、みんな褒めてくれるのに、私には一つの感情しかなかった。

 

 つまらない――達成感も何も無い、虚無感だけだった。

 

 

 

 

 それから私は、何か達成感を与えてくれる物を探し求めた。しかし何かに挑んでも、私はそれをすぐに熟知してしまい、達成感は手に入らなかった。

 スポーツは一回経験したり見てしまえば、上級生と互角に渡り合える程にマスターし、小学校で流行っていた攻略が難しいというゲームに手を着けてもあっさりクリアしてしまい、友達が欲しいと思ってクラスメイト全員に声を掛ければ、簡単に仲良くなった。

 

 その時、私は完全に気付いてしまった。私は何でも簡単にこなしてしまう才能を持ってしまったのだ。もう二度と過去に経験した困難を乗り越えて新しいものを身に付け、知識や技術を苦労して手に入れる達成感を味わえないのかと。

 それを知った私はこの先の人生に、深く絶望した。生き甲斐をゴッソリ奪われた――そんな失望感を抱いた。

 

 

 

 そんな失望感を背負いながら、私は小学校生活を過ごした。

 毎日がつまらなくて、何も得られない日々が続いた。周囲の友人達と共に過ごし、新しいものに出会っても、それもあっさりと自分のものにしてしまう。達成感を得られない私の日常に、潤いは無かった。

 それがだんだんと苦痛に変わり、早く人生が終わってしまえばいいのにと、小学生にして死を望んでしまっていた。こんな飽き飽きする喜びも無い日々から脱却したくて。

 

 それでも私が死ねば、家族には大きな迷惑をかける事になる。それだけは嫌だった私は、辛くても毎日を生き続けた。

 飽き飽きしてたはいえ、生きる上で微かな楽しみはあった。お風呂に読書と、才能が関係しない事は十分に楽しめた。でも、それで得られる幸福は僅か。達成感という最大の快楽を失った私の人生は、枯れる寸前だった。

 

 そんな人生が続いて小学校を卒業して中学へ進学する際に、私は退屈な毎日に変化を加えようと、一人暮らしを始める決意をした。両親は最初は反対だったが、私がどうしてもと頼み込むと、割とあっさり認めてくれた。とはいえ、使用人をつけるという条件付きで。

 

 そして私は実家から離れた白場市へと引っ越し、乱場学園中等部へ入学した。

 それで何かが変わるかはわからない。でももしかしたら、新しい快楽を手に入れられるかもしれない。新たな困難を見つけ、達成感を再び得られるかもしれない――そう少し期待した。

 だが、人生とは私の才能を持ってしても上手くいかないものだ。最初は使用人に何もさせずに一人で家事をこなしていったが、何ら問題無く過ごせた。中学でも小学校と同じく、何も達成感を得られない日々が続いた。

 

 そのまま何も得られず、中学の三年間も終わるのかと思ったが、私はそこで新たな挑戦をする事にした。それが生徒会だ。この私から全てを奪った才能を他人の為に活かす事で、この才能を良きものと考えたかったのだ。

 それから私は中学一年から高校生になってからも、生徒会での活動を生き甲斐にする事で、生徒の手助けをする事を勝れた才能を持つ私の義務だと考えて――学園生活を過ごした。

 その生活は、案外楽しいものだった。生徒の助けになるのは割と嬉しかったし、生徒会のメンバーとの日々も悪くなかった。小学校以降ずっと生気を失った私にも、彼らと関わる事で少しだけ活気が戻ったと、当時使用人達が言っていた。

 それでも、私の人生にはぽっかり穴が空いたように、何かが物足りなかった。生徒会の仕事も私の求めるような困難は無く、やはり達成感は得られなかった。このまま高校でも、何も変化は無いのだろうかと、私はうんざりしていた。

 

 

 そんな失望感が残る高校二年の夏休み前――私は、彼と出会った。

 

 

 その日もいつもと何ら変わらない、放課後の事だった。丁度来週がテスト期間という事もあって、生徒会の活動も休み。とはいえ、テスト勉強なんてしても意味が無いのを分かっている私は、暇を潰す為に一人でゆっくり本でも読もうと学校の図書室へ向かった。

 生徒は皆テスト勉強の為に家に帰っているはず。だから誰も居ない静かな場所で落ち着けると思っていた。けど予想が外れ、その日図書室には先客が居た。

 扉を開けて図書室に入ると、真ん中辺りの席に一人、黒髪の男子が座っていた。机いっぱいに教科書を広げて、表情を曇らせながら頭を掻きむしり、ノートとにらめっこをしていた。理由は分からないが、彼は学校に残りテスト勉強をしていたようだ。

 一人だと思っていた私はそれに少々落胆しながらも、図書室に足を踏み入れた。他には生徒も居なかったし、彼もこちらを一瞬チラリと見ただけですぐにノートへ目を向けた。恐らく相当切羽詰まってるのだろう。これなら居ないものとして扱えそうだと、私は適当な本を探して持ち出してから、端っこの席に座り読書を始めた。

 

 最初の方は集中して読書にのめり込む事が出来たのだが、時折聞こえる彼の唸るような声に、チラチラと視界に映ってしまう彼の頭を抱える姿が目に入り、次第にイラつきを感じ始め、集中力が無くなっていった。

 理由は一つ。彼はどうやら問題に頭を悩ませていたようだ。しかし先ほど本を取りに行く際にチラリと見たが、彼が挑んでるのは割と簡単な部類だ。どうしてそんな問題が分からないんだ――そう、何故かイライラしてしまっていた。

 いっそ答えを教えてしまおうかと、腰を浮かせて立ち上がろうとした瞬間に、彼に少し変化が起こった。その変化を見て、私は思わず動きを止めた。

 何て事のない、些細な変化だ。彼はどうやら問題の答えが浮かんだようで、唐突に口を開いて目を輝かせてノートにシャーペンを走らせた。ただ、それだけだ。でもその彼の姿に、私は少し気を引かれた。

 

 それから私は本を読むのも忘れて、彼の勉強に取り組む姿を見守った。時折ペンを止め頭を抱えたと思うと、再び目を輝かせてペンを動かす。それがなんとなく、私にとって懐かしい感じがした。

 そしてその彼の姿を見つめ続けてしばらく経つと、彼はペンを置き、ノートを閉じる。そして大きく体を伸ばしながら――彼は開放感溢れる笑顔を浮かべ、声を上げた。

 

「終わったぁー!」

 

 その笑顔を見た瞬間、私は今まで私の中にあった感情を悟った。

 彼は自身にとっての難問に必死に頭を悩ませ、止めてしまいたいという苦悩に襲われていた。けれど答えが分かった瞬間にパズルのピースがはまったように感情が高ぶり、それを解いた。そして全ての問題を解き終えた時――達成感を得たんだ。

 そう、あれは過去の私だ。昔は才能なんて無くて、難しい問題に必死に答えを考え、それを解くことが何よりも嬉しかった、今は失ってしまった私と同じ。

 私が彼に気を引かれたのは、直向きな彼に過去の私を思い出したんだ。私が一番好きだった――才能なんて無い、あの時の私を。

 

 勉強を終えて、私の失った達成感を今まさに感じている彼に、過去に感じた喜びを思い出せるような感覚を覚えた私は、彼から目が離せなくなっていた。

 そんな彼を見つめ続けていると、いつしか心臓の鼓動が高鳴り、心の穴が埋まったように温かい気持ちになった。この感情がなんなのか――その時の私は理解できなかった。

 

 

 

 

 その翌日、私は彼の事を調べ上げた。生徒会役員、そして朝倉グループの権力を使い彼の情報を仕入れた結果、彼の正体が世名(せな)友希(ともき)という一年生だと分かるのに時間は掛からなかった。

 どうして彼の情報なんか集めたのか、私にもよく分からなかった。けれど、彼を知りたい。彼を知る事で、何か大切なものを手に入れ――いや、取り戻せる気がしたのだ。

 でも、それ以外にも何か違う感情があった気になった。彼の笑顔を見た時、過去の私を思い出すのとは別に感じた、温かい感情。それが一体なんなのか、分からなかった。

 

 考えても答えが見つからない、そんな初めての経験に私はこれが新しい難題になるのでは――そう思ったが、それよりも答えが知りたいという感情が勝り、私は使用人に問い掛けた。その使用人のメイドの女性は一瞬驚いた顔をしながらも、どこか嬉しそうな優しい微笑みを浮かべながら、回答をくれた。

 

「それはきっと――恋だと思いますよ」

 

 恋。その答えを聞いた瞬間、私は一瞬理解が遅れた。

 私が恋を? あんな一瞬しか会ってなく、話してもいない相手に惚れたというのか? 

 正直、信じられなかった。今まで多くの男性に言い寄られたりはした経験はあるが、自分から恋をした経験など無かったのだから。

 だから私はその時、馬鹿馬鹿しいとその答えを無かった事にした。

 

 

 けど、その日以降も私は彼の事を考えていた。授業中も、生徒会の仕事中も、寝る時も、彼のあの笑顔が頭から離れなかった。

 やはり私は彼に恋をしているのか? そう思い悩む日々が続いたある日の昼休み――私は偶然、再び彼と出会った。

 出会ったといっても、廊下ですれ違った程度だ。彼は私に注目したりはしてなかっただろう。だが私は彼の姿を見つけた瞬間に目を奪われ、視線が釘付けになった。それと同時に自然と心臓が跳ね上がり、顔が紅潮した。それを感じて、私はようやく実感した。

 

 ――私は、彼に恋をしていると。

 

 

 どうして恋心に発展したかは、正直詳しくは分からなかった。これはあくまで予想だが、彼の笑顔に過去を思い出して、その喜びが恋心へ変わっていったのだろう。全く、恋心とは不思議なものだ。それから単純に、彼の容姿が好みだったのかも……しれない。

 でも、確かに恋をしているのは間違えないだろう。彼を知りたい、彼を手にしたい――その感情が、私の胸に渦巻いていた。彼と恋人のような関係になりたいという目的が、私の中に出来た。

 

 私はずっと目的が欲しかった。達成感を得られるような、困難な目的を。もしかしたら彼の恋人になる事が、私の求める達成感を与えてくれるかもしれない。そう思うと、気持ちが高ぶった。それだけで、今までに無い感情が芽生えたのが分かった。早くその達成感を味わってみたいと思った。

 でも、私は今までそんな色恋沙汰には関心が無かったし、知識もほとんど無い。私はどうすればいいか分からず、彼に話し掛ける事も無いまま四苦八苦を続けた。

 けれどそれも新鮮で嬉しかった。彼の事を考えたり、付き合った未来を想像すると、胸がドキドキした。恋という未知の難題に挑むのが、楽しかった。

 

 

 そんな日々が続き、いつの間にか高校生活最後の三年生を迎えた。

 生徒会長にもなり、色々忙しい毎日を過ごしながらも、私は彼をどうやって手に入れるか考えていた。いつか思いを告げる為に行動を起こそうと思ってはいたが、この考える時間も楽しくてなかなか実行出来ずにいた。それに、何だか少し照れ臭いというか、躊躇してしまってもいた。

 

 けれど三年生になってから一ヶ月も経たない四月の末、私はある噂を耳にした。彼、友希君が学園のアイドルと呼ばれる事で有名な天城(てんじょう)優香(ゆうか)に告白されたという噂を。

 それを聞いた瞬間に、私の心にいつの日か経験した痛みが襲った。あの時――私が自分の才能を知って人生に絶望した時と似た痛みが。

 もし彼が彼女と付き合ってしまっては、私の恋は破れた事になる。それでは目的を達する事も、それによる得られる達成感も無くなる。そんな不安が私を押し潰した。

 

 けれどそれ以上に私を締め付けたのは、もっと単純な気持ち――彼を渡したくないという感情だった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「――そして私はあなたの下駄箱へ手紙を出して、告白する決意をした……という事よ」

「…………」

 

 朝倉先輩はそれを最後に黙り、そっと目を伏せた。対する俺は彼女の過去の話にどう反応を返していいか分からず、同じように目を伏せた。

 先輩にそんな事があったのか……才能の事を今はそれほど深く悩んでるようには思えなかったけど、昔はそんなに思い悩んでいたのか……そんな時に俺と出会って、才能に気付く以前の自分を思い出したと……

 

「……その、ありがとうございます。話してくれて」

「……いいのよ。いつか話さないととは思っていたし。それでどうかしら、私の過去を知って。結構めんどくさい女でしょ、私」

「そんな……事は無いと思います。俺には到底理解できない事ですけど、楽しみが無くなるとかそういうの……辛いとは思いますし」

「……そう、ありがとう。やっぱり優しいわね、友希君は。こんな面倒な女性だと知られたら、嫌われてしまうかと思ったけど」

 

 そう、どこか安心したように口元を緩ませる。

 

「……少し気になったんですけど、俺に一目惚れしたって前に聞きましたけど……理由がちょっと違ったような……」

「ああ……あれは多少作り話よ。過去を思い出したから……なんて言っても訳が分からないってなりそうだったから。でも、あなたの笑顔を見て心を救われた……これは一目惚れと言っても、問題ないんじゃない?」

 

 首を小さく倒しながら俺の目を真っ直ぐ見つめる。まあ、そうかもしれないけど……ああ、こういうのにどう対応していいか分からないな……

 

「……とりあえず、先輩の過去は分かりました。先輩にとって、それはとても辛い事だったって事も」

「ええ、そうね……昔は何かを覚えたりするのが楽しみだった。でも才能のせいで、それを奪われた。とても悲しかったわ。でも、友希君と出会って、あなたを好きになって……またあの頃のワクワクを思い出せた気がするの。あなたを手に入れるという目的が出来たから」

「目的……」

 

 まあ、愛しい人を手に入れるってのは、最大の目的になりそうだな。その困難が昔先輩が感じていた難題に挑むというワクワクを思い出させたと。

 

「正直最初は、友希君はすぐ私のものになると思っていた。才能の事を否定してても、それが私の当たり前だったから」

「ああ……初デートの時も、そんな事言ってましたね」

「そうね……今思うと、とんだ物言いよね。自惚れにも程があるわ」

 

 あの時の発言を思い出したのか、先輩は苦笑いを浮かべる。その後、再び神妙な顔付きになり、胸元に右手を当てる。

 

「でも、そんな事は無かった。結局今も友希君とは恋仲になれていない。でも、それが少し嬉しかったわ」

「嬉しい?」

「ええ。だって自分の思い通りにならなかったから。ああ……これは私の求めていたものだって」

 

 ギュッと右手を握り締め、目を瞑る。

 

「私はずっと困難を求めていた。そして今の……彼女達との友希君を巡る争いは、まさに私の求めている困難だった。どう友希君の心を振り向かせるかという難題。そして手に入れるという目的……私の求めているものが全て手に入って、嬉しかった」

 

 そっと目を開き、先輩は透き通った水色の瞳を潤ませながら、俺の目を覗き込む。

 

「私きっと、この状況を楽しんでいる。あなたを巡って、悪戦苦闘する事を嬉しく思っている」

「先輩……」

「ありがとう友希君。私はあなたと出会えたお陰で思い出せた。何かに挑むという……達成感を得る為に頑張るという楽しさを」

 

 そう、彼女は笑顔を浮かべた。が、すぐにその笑顔を解いて、表情を曇らせた。

 

「それから……ごめんなさいね」

「え……どうして謝るんですか?」

「いえ……何だかあなたを、私の自己満足で振り回している気がしてね。私があなたを手に入れようとしてるのは、達成感を得る為。そんなの、友希君にしたら迷惑かと思ってね」

「……別に、迷惑だなんて思ってませんよ」

「え……」

 

 その言葉に先輩は驚いたように小さく声を上げる。

 

「俺が先輩の助けになったのなら嬉しいですし、その……」

 

 この先の言葉は思い付いてるのだが、口に出すのが少し恥ずかしくて口ごもってしまう。だけど、ここで言わなければ男では無いと――勇気を出して続きを口にする。

 

「……達成感を欲しいとか、目的とか……そういう難しい事はともかく……俺を好きって思ってくれてるん……ですよね? なら……別に迷惑に思う理由はありませんよ。恋愛の形は……人それぞれですし、女性に好かれるのは……嫌では無いですし」

 

 視線を泳がせながらその言葉を言い終え、顔が徐々に熱くなっていくのを感じながら俺は先輩に目を向ける。先輩はキョトンと口を開きながらこちら見つめていた。

 

「フッ……アハハハハハッ!」

 

 すると先輩はいきなり表情を大きく崩して、いきなり涙を浮かべながら笑い出す。

 

「な、何で笑うんですか!」

「ごめんなさい……何だかつい……」

 

 今までに無いほど感情を露わにした彼女は、しばらくすると小さく息を吐いて、表情をいつもの落ち着いた顔に戻す。

 

「そうよね……私の思い通りにならなかったのが少し嬉しいとは言っても、同時にとても悔しかったもの。それは私がちゃんと、あなたに恋をしてるから。私があなたを好きだという証よね。その気持ちは、この三ヶ月間でより増していったわ。それに……」

 

 先輩は突然俺の右手を掴み、それを自身の胸元まで上げて、指先を谷間の真上――鎖骨の辺りに当てる。

 指先から伝わる彼女の柔らかい肌の感触、今にも触れてしまいそうな程に近い胸に、全身の体温が一気に上がる。慌てて離そうとしたが、彼女のトロンとした目付きに、頬を赤く染めた恥じらいの表情。そして肌の感触と共に伝わってく心臓の鼓動に、思わず動きが止まる。

 そして先輩はその状態のまま。微笑みながら口を開いた。

 

「本当に好きじゃなかったら……こんなにドキドキしないわよね?」

 

 確かに、先輩の鼓動はとても大きく高鳴っている。指先で触れているだけなのに、伝わってくる程に。

 それを感じていると、呼応するように俺の心音も高鳴ってきた。それに急激に羞恥心が増し、思わず手を思いっきり引っ込める。

 それに先輩は楽しそうにクスリと笑う。すると今度は俺の頭を両手で優しく掴み、額を自分の額に引き寄せてコツンとぶつける。

 

「私は確かに、今のあなたを巡る争いを楽しんでいる。けど、いつか必ず終わらせるわ。だってあなたが好きだから。友希君という最愛の人を手にしたら……きっととてつもない達成感を得られるから。そしてその先に、最高の幸福があると思うから。だから諦めない。私は――あなたの心を手に入れる」

 

 その彼女の言葉に、俺は純粋な愛情を感じた。彼女は本当に、俺を好きでいてくれているんだと。それと同時に、やはり辛いものがあった。そんな彼女の心を裏切り、達成感を与えられない可能性がある事に。

 

「友希君……別に、無理矢理好きになれとは言わないわ」

「え……」

 

 そんな俺の思考を読んだのか、先輩は額を離して真っ直ぐ俺の顔を見つめながら楽しそうに話し出す。

 

「とても難しいけど、私はあなたの心を手に入れる。その難題の答えを模索するのが、今の私の一番の楽しみ。だから友希君。間違っても……嫌々好きになったりしないでね。私は完璧な答え……完璧な愛が欲しいのだから」

「……分かりました」

 

 また深く考えちゃったな……そうだ、過去を知ったからって俺のやる事は変わらないんだから。今まで通り彼女を含めたみんなを平等に見て、誰と付き合うか――好きになるかって事だけだ。

 

「ああ、一応言っておくけれど、彼女達に友希君を渡す気はさらさら無いから。あなたを奪い取るつもりで掛かるから、覚悟してよね?」

「お、お手柔らかにお願いしますね……」

 

 そう、何も変わらないな……彼女達が他の女性と争うのも、彼女の愛情も、何も。

 

 

 

「…………さてと、すっかり話が長くなっちゃったわね。そろそろ寝ましょうか?」

「そ、そうですね……えっと……」

 

 先輩は先に布団へ潜り込み、隣の枕をポンポン叩く。

 

「もちろん一緒のベッド、添い寝でね」

「ですよねー……」

 

 もう抗う事も出来そうに無いので、俺は黙って先輩の隣で横になった。瞬間――先輩は俺の腕にしがみつき、ふくよかな胸をムニュ、という効果音が付きそうなぐらい思いっきり押し付けた。

 

「ちょっ!? 先輩……!?」

「言ったでしょう? 私はあなたの心を手に入れるって。だから、使える物は何でも使うわ。こういうのが好きなんでしょう、男の子って」

「いや、その……好きとかそういうのじゃ無く……!」

 

 薄い服の生地越しにほぼダイレクトに伝わる枕以上に柔らかい感触に、全身から変な汗が滲み出てくる。こんなんじゃ寝られないわ!

 しかし先輩は先までのシリアスムードが嘘のように、いつもの俺をからかうような雰囲気を醸し出しながらキツく俺を抱き締める。

 

「フフッ……まだまだ別荘での時間は長いわ……お楽しみはこれからよ?」

「お楽しみって……何する気ですか!?」

「大丈夫。変な事はしないわ。友希君がちゃんと好きになってくれるまで、友人としての節度は守るわよ。ただ、好きなってもらう為にする事はするわよ」

「だからする事って何!?」

「そうね……例えば――」

 

 先輩は少し体を離して、俺の耳元へ顔を近付けると――

 

「愛してるわよ、友希君」

 

 と囁きながら――俺の耳たぶに軽くキスをした。しっとりと湿った唇の感触に、俺は耳から顔まで一気に熱くなった。

 

「んなっ……!? ちょっ……!?」

「フフッ……可愛い反応ね」

 

 いきなり何してんのこの人! キスはイカンでしょキスは! というか何かちょっとキャラ変わってない!?

 

「愛しの人の気持ちを手に入れるなら、キャラぐらい変化を加えるわ」

 

 思考読まれた!? って、なんかデジャヴ……やっぱり、この人のからかいは……心臓に悪い。

 

「お休み、友希君。また明日……楽しみましょうね?」

 

 変わらないクールな口調でそう言うと、先輩は再び俺の腕にしがみつきながら目を閉じた。

 そうだ、まだ明日……いや、朝一番で島を出る最終日を除けば二日残ってるんだ。これからもっと大変な事が起きるのだろうか――そう思うと、少し気が滅入った。

 

「とりあえず……頑張ろう」

 

 そう決意しながら、明日に備えて俺も目を閉じて、眠りについた。

 

 

 ――のだが、先輩の胸の感触のせいでなかなか寝付けず、夢の世界に行けたのは二時間後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 語られた雪美の過去と恋心。達成感を手に入れる為、愛しい友希との幸福を手に入れる為に、彼女はこれからも(ちょっと過激に)頑張ります。

 相変わらずのクライマックス感ですが、別荘編はまだまだ続きます。
 次回も夏の定番イベントてんこ盛りの予定。どうぞお楽しみに。





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