モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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海はナンパ男の聖地である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女達のガチバレー終了後、俺達は再びみんな揃って海を満喫した。

 先の勝負が原因なのか、少し四人の間の空気がギスギスしてたりしたが、それ以外は何ら問題無く時間が過ぎていった。

 そして午後の三時過ぎ――みんなそれぞれ別行動を取り自由に遊ぶ中、俺は少し体を休める為に海の家に立ち寄り、そこで買ったたこ焼きを片手に浜辺を一人歩いていた。

 

「あっつ……! ふぅ……潮風を感じながら食べ歩きってのも悪く無いな……」

 

 貴重な一人の休憩時間だ。思う存分堪能し、この後の激動になるであろう時に備えなくてはな。

 たこ焼きの最後の一個を口に放り、数回噛んで飲み込む。空になったパックを捨てる為にゴミ箱を探してしばらくブラブラと辺りを見回しながら歩く。

 

「ん、あれは……」

 

 その時、ふと数十メートル先に見覚えのある白い水着を着た、これまた見覚えのある長い黒髪の女性の姿が目に入る。あれは……天城か?

 天城は確か海子と二人で泳ぎの練習をしてたはずだが、周囲に海子の姿は見当たらない。それどころか、天城は何やら見知らぬ男性に話し掛けられている。誰だあれ……知り合い?

 何やら話しているようだが、周囲が騒がしいし、遠いのでよく聞こえない。少し気になったので、なんとなく天城の元へ近付く。

 その間にも天城は男性と話していたが、突然天城が何かを謝罪するように頭を下げた。すると男性の方はガッカリしたように肩を落とすと、とぼとぼと天城その場を立ち去った。

 あー、なるほどね……それを見て大体の察しがついた。とりあえず歩みを止めずに天城へ近付く。すると天城も俺に気付いたのか、こちらへパタパタと足を動かし歩み寄ってくる。

 

「世名君、居たんだ」

「偶然見かけてな。そのぉ……今のナンパか?」

「え……み、見てたんだね……」

 

 複雑な表情を浮かべて視線を斜め下に落とし、頬をポリポリと掻く。

 

「ちょっとね……もちろん、しっかり断ったよ! 強引な人でもなかったから、簡単に諦めてくれたし……」

「そっか……天城も大変だな」

「ううん、慣れてるから大丈夫。実は今日だけで何回かされたけど、ちゃんと断れば諦めてくれる人達が多いし、問題無いよ」

 

 慣れてるか……割と日常なんだな、天城にとっては。まあ、芸能事務所の人がスカウトするような美人をスルーする男性は少ないよな。それに水着で美人度が上がってるし、夏のテンションの勢いでアタックする若者が居てもおかしくは無い。

 そんな事を考えていると、自然と天城の水着に視線が向く。ふくよかな谷間に、スラッとしたくびれ。これを見てしまえば、お近づきになりたいと思ってしまうのも仕方が無い。俺ももし他人だったら、柄にもなくナンパするかもしれん。

 

「せ、世名君……」

「ん?」

「あ、あのさ……あんまりジッと見ないでほしいな……」

「へ……」

 

 一瞬何の事か分からなかったが、彼女の自分の体を覆い隠すような動きに、彼女の水着を凝視していた事に気付き、慌てて視線を外す。

 

「ご、ごめん! ついボーッとしてたっていうか……」

「う、ううんいいの! 嫌では無いし……ただ、やっぱり恥ずかしいからさ……」

 

 天城の顔がみるみると赤くなり、それに比例するように気まずさも増していく。

 これ以上気まずくなるのを阻止しようと、何とか別の話題を振って気を紛らわせようと試みる。

 

「あー、えっと……そ、そういえば海子と一緒じゃ無かったっけ?」

「え!? あ、うん! 海子とはちょっと前に別れて、今は別行動中なんだ!」

「そ、そっか…………」

 

 イカン、会話が終わってしまった。このままではまた気まずさが再来してしまう。

 再び話題を考えるがいい内容が思い付かず、頭を悩ませるていると――

 

「……あの、世名君」

 

 天城が突然口を開いた。さっきまでの照れ臭そうな表情では無く、どこか物悲しそうな目をしながら俯き、不安を抑え込むようにダラリと下げた左の二の腕を、右手でギュッと掴んでいた。その神妙な雰囲気に動揺は消え、俺も自然と表情が強張る。

 

「今日と明日の夜さ……何も無いよね?」

 

 うるうると瞳を微かに揺らしながら、顔を動かさずに視線だけをこちらへ向ける。

 今日と明日の夜――多分、出雲ちゃんと朝倉先輩の事だろう。男女が同じ部屋で寝るんだ。何があってもおかしくは無いと、天城は不安を感じているんだろう。それが積極的なあの二人なら尚更だ。

 俺も正直、不安ではある。何があるかは想像も出来ない。でも――

 

「……安心しろよ。別に俺から何かをするつもりは無いよ。それに俺は答えを出すまでは、あくまで友人としてみんなと付き合っていく。恋人同士がするような事はしないよ」

「世名君……そうだよね、疑ってごめんね」

 

 天城は口元を緩ませてうっすら微笑む。が、すぐに不機嫌そう顔を横へ向けると目を細め、頬をプクっと小さく膨らませる。

 

「でも、一緒に寝るのは恋人っぽいよ?」

「そ、それはその……友人同士でもそういう事は許容範囲というか……そこはデートとかと同じで許してほしい……」

「分かってるよ。私もそれを狙ってたんだし、文句は言えないよ。でも……」

 

 シュンと目尻を垂らし、肩を落とし、あからさまに落ち込んだ様子を見せる。

 

「今回で朝倉先輩と大宮さん。それに海子と桜井さんも、世名君と一緒に寝て、私だけ仲間外れって感じがして……」

「天城……」

「私も……世名君と一緒に寝たいな……」

 

 ボソッと、波の音に掻き消されてしまいそうな小さな声で呟く。それに何と返したらいいか困惑していると、天城が急に目を見開く。すると口がアワアワと波打ち、目が泳ぎ、顔が真っ赤に燃え上がる。その様子を見て、俺は何となく先の展開が読めた。ああ、いつものあれか――と。

 そして案の定、天城はサッと一歩後退すると手を忙しなく動かしながら、口をパクパク動かした。

 

「ちちち、違うよ! 一緒に寝たいっていうのはそういう意味じゃ無くて、単純に一緒に眠りたいって事で……あぁ、そうでも無くてぇ!」

 

 もう何回も見てきた、天城の自爆テンパリ芸に自然と頬が緩んで笑いが漏れ出てしまう。それに天城がさらに恥ずかしそうに顔を赤くする。

 彼女は何とかこの状況を抜け出そうと考えたのか、小さく「えーっと」と何回も呟きながら目線をグルグルと動かす。そして目線が俺の持つたこ焼きの空きパックを捉えた瞬間、天城がそれに手を伸ばし、俺からパックを奪い取る。

 

「せ、世名君これ邪魔そうだね! 私が捨ててくるよ!」

「え、いや別――」

「それじゃあ私ゴミ箱探してくるね! また後でね!」

 

 俺の言葉を聞く素振りも見せず、彼女はその場から超スピードで走り去っていった。

 

「…………」

 

 俺はその後ろ姿を彼女が見えなくなるまで呆然と見送り、その場にジッと立ち尽くした。相変わらずというか……忙しいな、天城は。

 追いかけても結局またテンパらせてしまうだけだと、俺は彼女を追いかけず、反対方向に向かい歩き出した。その時、近くにゴミ箱らしき物を見かけたが、天城の事を思い見なかった事にした。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 天城と別れてから歩き続ける事数分――今度は海子の姿を見かけた。そしてまたまた、見知らぬ高校生らしき男性に声を掛けられていた。……またナンパか。この海岸チャレンジャー多いな。

 何となく、しばらくその様子を遠くから見守ってみた。海子と男性は二、三回会話を交えたようだが、一分も経たずに男性は落胆しながら立ち去った。どうやら撃沈したようだ。というかその男性は泣いているようにも見えた。それほどか……よっぽど海子がタイプだったんだな。

 心の中で玉砕した少年に何となく謝罪をして、今度は良い出会いがあるといいなと祈りながら、入れ違うように海子の元へ歩み寄る。

 

「ふぅ……」

「溜め息するほどだったのか?」

「うわぁ!?」

 

 気付いてなかったようなので背後から声を掛けてみたが、海子は肩をビクッと震わせ大声を上げた。予想以上の反応に思わずこちらも肩をピクリと動かす。

 

「と、友希……!? いつの間に……!?」

「いや、見かけたから……そんなに驚くか?」

「し、仕方無いだろう……! 気を抜いていたのだから……」

 

 言い訳するような口調でそう言うが、自分でも過剰すぎたかと思ったのだろう、少し耳が赤くなる。

 

「ははっ、ごめんごめん。それより今の、ナンパか?」

「ん……まあ、そんなところだな。一応丁重に断ったが、あれでよかったのだろうか……? ナンパされた経験など無いからな……」

「え、そうなのか?」

 

 意外だな……海子も美人だし、一回や二回はあるものだと思っていたが……

 彼女の発言に目を丸くしていると、海子が少しうっすらと微笑みながら口を開く。

 

「意外……といった感じだな。私はそんなナンパされるような人種では無いさ。その方が気が楽だが」

「ふーん……でも、一回も無いのか?」

「まあ……な。いや、以前行った水族館の時のあれはそうなのか?」

「あれは……ナンパとは言えないんじゃないか?」

「それもそうか……ともかく、小学生の頃は地味な見た目でナンパとは縁遠かったし、中学の頃は優香と一緒に居る事が殆どだったからな。ナンパ目当ての男は全部そちらへ流れたのさ」

 

 そう、少し悲しげな表情を浮かべる。女性としては、魅力で負けてる感じがして複雑……なのかな? でも――

 

「……海子も十分、男性の目を奪いそうだけどなぁ。天城とは違うタイプの美人なんだしさ」

「び、びじ……!? そそ、そういう事を軽々しく言うなと言ってるだろう馬鹿ぁ!」

 

 海子が頬を一気に紅潮させながら、人差し指を立てた右腕を上下にブンブンと俺に向けて振るう。

 またやっちゃった……天城の事言えないな俺も。

 

「ご、ごめん。つい思った事が口に出て……」

「そ、それも余計だ!」

 

 声を荒げながら、腕を組んでプイッとそっぽを向く。一瞬怒っているようにも見えたが、何だか嬉しそうに口元が緩んでるのが見えた。……どうやらご立腹な訳では無いようだ。

 

「全く……心臓に悪い……」

「ごめんごめん。でも、本当に一回も無いんだな」

「そうだと言ってる。まあ、されたところで嬉しく無いがな」

 

 そう口にすると、海子は何か言い難そうに口をモゴモゴ動かし、照れ臭そうに目を伏せる。その数秒後、彼女は勇気を振り絞ったようなか弱い声を出した。

 

「その……私が思いを寄せられたいのは……お前だしな……」

「…………」

「…………」

 

 その聞いただけで耳が真っ赤になりそうな――というか実際なったセリフを言った瞬間、海子は沈黙したまま自分の胸に顔が埋まってしまうのではと思うぐらい深く俯き、頭から湯気が出そうな程赤面する。

 だから照れるなら言わないでよそういう事……こっちも恥ずかしいんだから。

 

「……すまん、余計な事を言ったのは私だった」

「いや、別にいいんだけど……」

「……悪いが一人にしてくれないか」

「え……」

「……恥ずか死にそうだ」

「……分かった」

 

 俯いたまま出される海子の今にも泣き出しそうな震えた声に、俺はそれ以上何も言わずに静かに立ち去った。ざっくり五十メートルぐらい離れた辺りで、彼女が海に飛び込んだ姿がチラリと見えたが、見なかった事にした。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 天城、海子と何回も経験したような出来事を連続で受けた後――俺は裕吾と翼と合流し、海の家でゆったりしていた。

 

「……何かナンパ野郎多いな、この海岸」

 

 三人でボーッと外を眺めていると、裕吾が興味無さそうな口調でそう発言する。

 裕吾の言う通り、確かにこの海岸はナンパに挑戦している男が多い気がする。現に天城と海子もされてたし、今も海の家から見える範囲でそれっぽいのをチラホラ見かける。

 

「夏だからなぁ……彼女見つけるぞとか張り切ってんじゃね?」

「そういうもんかねぇ……もう夏終わるけどな」

「まあ、みんな必死なんだろうね……そういえば、さっき大宮さんと朝倉先輩もナンパされてたよ?」

 

 翼の言葉に無意識に眉がピクリと動く。あの二人もか……まあ、天城達がされたなら可能性は大いにあるよな。

 

「あの二人がねぇ……で、どうだったんだ?」

「会話はよく聞こえなかったけど……どっちも一蹴って感じだったよ。朝倉先輩の方は何だか男の人が異常な程落ち込んでて、大宮さんの方は何だか……顔が恐怖に満ちてた」

「……何か想像出来んな」

 

 俺もその図が頭に自然と浮かんだ。多分朝倉先輩はこれでもかって程罵声を浴びせ、出雲ちゃんは……想像したく無いな、何となく。

 

「なんか……悪い事したな、ナンパの人に」

「ま、お前に惚れてる連中だもんな。成功率ゼロだろうな」

「でも、友希君が悪い訳じゃ無いんだし、気に病む事無いよ」

「そうだな。ナンパなんて希望が薄い博打をする連中が悪いんだ」

 

 そう言葉を呟きながら、裕吾は椅子の背もたれに寄り掛かる。

 

「よくやるよなぁ、ナンパなんて。ある意味尊敬するわ」

「まあ、勇気が無きゃ出来ない事だもんね。凄い事なのかも」

「やろうとは思わないし、そんな人生御免だけど」

「アハハ……」

 

 まあ、確かに彼女を求めてナンパに明け暮れるのは、嫌だな。そう思うと俺は割と幸福な方……なのかな?

 そんな事を考えながら、海の家の外で必死にナンパを繰り返す、青春を追い求める男性達を眺める。

 金髪のチャラチャラした男に、褐色のサーファー男に、気弱そうな高校生グループに、黒髪の高校生――

 

「……何か知ってる奴居るんだけど」

「……何か知ってる奴居るな」

「あれ……孝司君だよね?」

 

 何やってんだあいつ……海の家の前で年上らしき水着のお姉さんに必死に声を掛ける友人を見て、内心溜め息をつくきながら、しばらく様子を見守ってみることにした。

 何やら慌ただしく陽気に動きながら、何かを訴えるように喋る孝司。それに若干引き気味に顔を引きつらせるお姉さん。

 

「……駄目だな」

「駄目だな」

「駄目……だろうね」

 

 満場一致で失敗すると予想した俺達。その数秒後、予想通りお姉さんは逃げるように孝司から遠ざかった。孝司はそれを引き止めるように右手を伸ばした後――膝から崩れ落ちた。

 

「……哀れだな」

「よく成功すると思ったもんだ」

「ははは……まあ、夢ぐらいは持たせてあげようよ」

 

 翼、それは遠回しにナンパ成功は夢だと言ってるようなものだぞ――という注意をする必要も無いかと飲み込み、両手両膝を地面につける孝司へ目を向けた。

 しばらくすると、孝司はゆっくりと立ち上がり、何故か俺達の方へ歩み寄ってくる。そして俺達が座るテーブルの前に立つと、物凄く不機嫌そうな顔で俺達を睨む。

 

「……駄目だなとか予想すんなよ」

「あ、聞こえてたのね」

「大体想像つくんだよ! そういうネガティブな事言わないで! 結果に影響すんだろ!」

「安心しろ。どうせ失敗する」

「どういう意味だコノヤロー!」

 

 盛大に騒ぎ散らすと、孝司は大きく溜め息を吐き、空いてる席に座る。

 

「チクショー、今年こそ彼女ゲットしたかったぁ……」

「諦めろ。ナンパで彼女ゲットなんて幻想なんだからよ」

「うるせぇー! 俺にはこれしか方法がねぇんだよ! ……って、これ何だよ」

 

 孝司がテーブルの上に置いてあった小さな正方形の紙切れを手に取る。そういやそれなんだ? 確か裕吾が置いてたけど……

 俺も少し気になったので、孝司が手に取ったそれを覗き込む。真っ白な紙には、電話番号、メールアドレス、女性の名前らしきものが書き込まれていた。

 

「……おい、これ何だよ」

「……知らない女子にいきなり渡された」

「逆ナンされてんじゃねーよテメェ! この裏切り者ぉ!」

 

 木製のテーブルをバン! と叩きながら孝司がカバッと立ち上がる。

 

「何だよ裏切り者って……」

「リア充はみんな敵なんじゃボケェ! 逆ナンとかどんだけだよイケメン糞野郎!」

「ま、まあ落ち着きなよ孝司君……それにしても、凄いね裕吾君」

「だよなぁ……それで、どうすんだお前?」

 

 そう問い掛けると、裕吾は孝司からメモをヒョイと取り上げ、ヒラヒラと揺らしながら答える。

 

「別に、どうもしないさ。メールはするが、丁重に断るさ」

「マジかよ! 勿体無さすぎだろ!」

「見知らぬ女性と付き合う気はねーよ。それに恋愛なんて面倒臭いだけだ。少なくとも、成人するまでは遠慮したいしな」

「贅沢な野郎だな……お前それでも男か!?」

「男が皆テメェみたいな欲の塊だと思うな」

「誰が欲の塊だ!」

 

 裕吾と孝司が口論を続けるのを、俺と翼は黙って傍らから見守った。

 一分程すると疲れたのか、孝司は机に突っ伏す。

 

「はぁ……彼女欲しい……どうしたらナンパ成功すんだチクショー……」

「諦めろ」

「悩める友人にその対応は無いだろう! 扱いが酷すぎるぞ! つーかこの際だから言わせてもらうが、俺こないだ誕生日だったのに祝ってくれなかっただろ!」

「え? あー……」

 

 孝司のその発言に俺はチラリと裕吾と翼に視線を送る。二人も、同じように目を俺に向ける。

 

「……忘れてたな?」

「…………うん」

「友情は何処(いずこ)!?」

「しょ、しょうがないだろ、ここ最近忙しかったし……」

「いいですよー! どーせ俺はリア充と違って影も薄いですからー! みんな女性の相手で忙しいですもんねー!」

 

 メンドクサッ……まあ、忘れてたのは正直に悪いとは思うけどさ……そこまで卑屈になんなよウザったい。

 

「はぁ……落ち着けよ。ここは素直に謝るから、機嫌直せ」

「う、うん! 今回は僕達が完全に悪いし……」

「忘れた分好きなだけ付き合ってやるからさ」

「いいよ別に……つーかお前らに祝われても大して嬉しくは無いし……同情するなら彼女をくれ」

「調子乗んなアホ。そして同情はしとらん」

 

 いつも以上に卑屈だな……ナンパ連敗が拍車を掛けてるな。

 

「俺だってなぁ……彼女と誕生日デートとかしたかったですよ! 幸せな夏を過ごしたかったですよ! でも現実はボッチ! ハーレムウハウハのお前には俺の気持ちなんか分かんないんだぁー!」

「分かった分かった! お前の幸せな夏の為に協力でも何でもすっから、そのネガティブ発言止めろ。聞いてるだけで気が滅入る」

「男との青春なんて求めてねぇんだよ……はぁ、俺には彼女なんて出来ないんだろうか……」

 

 テーブルにゴンッと額をぶつける。いつもなら「そうだな」とかジョークを言うんだが、ガチで凹んだ様子にそれを躊躇ってしまう。流石の裕吾も口ごもり、腕を組んで黙って孝司を見つめる。翼もどうすればいいか戸惑ってるようだ。

 落ち込んでいる彼をどうやって立ち直らせようか、そう頭を悩ませていたその時――

 

「諦めるのは早いぞ、少年!」

 

 という、高らかな声が俺達の耳に届く。するといつの間にか、孝司の背後にはその声の主と思わしき金髪のアロハシャツにグラサンという派手な男性が立っていた。

 

「だ、誰?」

「フッ……通りすがりの恋の伝道師さ。恋に悩める少年を見かけ、声を掛けたまでさ」

 

 男性はサングラスをサッと外し、透き通った水色の眼で孝司を見つめると、真っ白な歯を剥き出しにして整った顔立ちに相応しい爽やかスマイルを浮かべる。

 何だこの人……出会って数秒でインパクト強過ぎだろ……というか、どこかで会った事あるような……

 

「……あ! あなたプールの時の……」

「ん? おお、よく見たらあの時の可憐な美女を連れていた少年ではないか! これは奇遇だ!」

 

 間違えない……あの時俺が居るのに気付かず天城と友香をナンパした変人だ! この人、何故黒南島(ここ)に居る? ここは白場から大分離れた場所だぞ……旅行か何かか?

 疑問が尽きない中、その金髪アロハの変人男は孝司の隣に座り、顔を覗き込む。

 

「さて話を本題に戻して……どうやら君は恋に悩んでいるようだね?」

「え……あ、まあ、はい。彼女が出来ないっつーか……ナンパも失敗するし……」

「なるほどねぇ……それは確かに辛いねぇ。だが、落ち込む事は無いさ!」

 

 男性は孝司の右手をガシッと掴むと、それを眼前まで持ち上げる。

 

「出会いが無いという事は、これから出会えるという事だ! ナンパに失敗したという事は、また新たに出会いを求める事が出来るという事だ! 彼女が居ないなら、これから彼女を作れるという事だ!」

「……!?」

「全てをポジティブに考えるんだ! 自分はまだ沢山恋が出来ると! まだ多くの女性に出会えると! そうすれば……いずれ素晴らしいパートナーに出会えるんだ。それが……恋愛ってものだろう?」

「アロハの兄さん……!」

「少年……恋愛、しようぜ!」

「……オッス!」

 

 謎の熱い言葉を交わし、孝司は力強く男性の手を握り返した。

 その目の前で起こった青春ドラマのワンシーンのような光景を、俺達三人は呆然と見つめた。

 

「……なにこれ?」

「……言ってる意味、分かったか?」

「えっと……なん、となく分かったような……分からないような……」

「……まあ、勢いだろうな、こういうのは」

 

 言葉の意味はチンプンカンプンだったが、とりあえず孝司が元気付いたのなら、それでいいか。

 

「よし少年! 二人でナンパへ繰り出すぞ! 最高の女性を見つけようではないか!」

「オッス!」

 

 ……元気になりすぎて若干ウザったいが。

 

 

「あら、ここに居たのね友希君」

 

 活気が戻り過ぎた友人と、突如現れた自称恋の伝道師である変人の対応に困っていると、突然朝倉先輩が海の家にやって来た。

 

「あれ、どうしたんですか?」

「いえ、そろそろ時間も時間だから、別荘に戻ろうかと探していたのだけれど……なんだか騒がしいわね」

「ははっ……色々ありまして……」

 

 どう説明したものかと思考を巡らせている間に、朝倉先輩は孝司と共に騒ぐアロハの変人へと視線を向ける。

 その人に近付くと多分危ないですよと、一応注意しようかと口を開こうとした瞬間――先輩は少し驚いたように目を微かに見開くと、いつも通りの冷静な口調で、俺より先に口を開いた。

 

 

「あら、お兄様」

「ん? おお、雪美じゃないか!」

「…………お兄様ぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 前半はイベントを逃したヒロイン二人とのテンプレの絡み。
 そして後半は男性陣のくだらない会話から、再びヒロインの親族である会長兄登場。次回、どうなる?




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