モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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女の勝負は真剣勝負である

 

 

 

 

 

 

 

 

 日焼け止め騒動の後、俺達は全員揃って海で泳いだ。

 誰が俺と一緒に泳ぐかとか、ちょっとした小競り合いはあったものの、これといった大事も無く、比較的平和な感じで海を満喫する事が出来た。

 そして時刻はあっという間に正午を過ぎ、俺達は泳ぎ疲れた体を休める為、適当な場所にシートを広げ、使用人のコックさん達に作ってもらったサンドイッチなどを詰め込んだ弁当を食べる事にした。

 照りつける日光、心地よい潮風、癒されるさざ波の音と、夏の風物を感じながら食べるそれは、まさに絶品だった。みんなも小競り合いなど忘れ、適度に会話を交わしながら昼食を進めた。

 

 そして弁当も残りわずかとなり、このまま何も無いまま終わるかと思われた時――彼女の突然の発言に、事が大きく動き始めた。

 

「そういえばあなた達、昨日は同じ部屋で一夜を共にしたらしいけど……どうだったのかしら?」

 

 朝倉先輩のその言葉に天城、海子、出雲ちゃんの動きがピタリと止まる。

 

「……どうしてそんな事聞くんですかね?」

「それは私は昨日自室で一人だったから、どんな様子だったか知りたくってね。それで、どうだったのかしら?」

 

 先輩の二度目のに問い掛けに、三人が一斉に目を伏せる。いかにも思い出したくも無いって感じだ。まあ、友香から聞いた話だと、相当散々な夜みたいだったからな。忘れ去りたいんだろう。

  そんな事を考えながら、三人と同室だった俺の斜め前に居る陽菜へと目をチラリと向ける。彼女達と同じ当事者にも関わらず、あっけらかんとした顔でサンドイッチを頬張っている。呑気な奴だなぁ……

 

「……ま、その反応を見る限り酷い有り様だったようね。一緒の部屋じゃ無くてよかったわ」

「ムカつきますねその言い方……ま、今日も一人寂しく夜を過ごして下さいよ!」

 

 出雲ちゃんの嫌みっぽい言葉に先輩は何か反論するかと思いきや、不思議そうな顔で首を横に倒す。

 

「何を言ってるの? 今日は私、一人で寝るつもりは無いわよ」

「はぁ? 何言ってるんですか?」

「まさか……私達の部屋に来るつもりですか?」

「いいえ、違うわよ」

 

 海子の言葉を即座に首を横に振って否定すると、先輩は真正面に座る俺の顔を見つめながら、口を開く。

 

「私、今日は友希君と一緒に寝るつもりよ」

「は……」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 と、俺の代わりに天城、海子、出雲ちゃんが絶叫する。それに先輩は表情を一切変えず、澄まし顔のまま彼女達の顔を順に見て回る。

 

「うるさいわよ。他の観光客に迷惑でしょう、落ち着きなさい」

「落ち着いていられますか! 何であなたと先輩が一緒に寝るんですか!」

「それは私が寝たいからよ。一人寂しく夜を過ごすのは嫌だから」

「だ、だからってどうして友希となんだ!」

「それより……あなたは世名君に同室を断られたでしょう?」

「あら、確かに同室は断られたけど、一緒に寝るという事は断られて無いわよ?」

 

 屁理屈だろ……参ったな、まさかこんな展開になるとは思ってなかったぞ……さてどうしようか。

 突然の先輩の発言に動揺しながら、とりあえず事態を収めようと発言する。

 

「あ、あの朝倉先輩?」

「何かしら?」

「そのぉ……まあ、気持ちは分かるんですが、そういうのはちょっと……」

「……それはつまり……私と一緒に寝るのは嫌という事?」

「そ、そういう事言ってる訳では……昨日も言いましたけど、他のみんなが不愉快になる事は……」

「なるほどね……なら、こうしましょうか」

 

 友香を除いた女性陣全員に視線を送ってから、先輩はゆっくりと立ち上がって、腕を組んだ仁王立ちの状態で全員を見下ろした。

 

「今から私達全員で、勝負をしましょう。そして勝者二名が今日と明日、友希君と一夜を共にする事が出来る――っていうのはどうかしら?」

「何故にそうなる!?」

「これなら、私以外にもチャンスがある。実に平等でしょ?」

 

 か、考えがぶっ飛び過ぎでは……それ程までに一緒に寝たいのかよ……

 

「で、でもそれは三人は省かれる事になるし……」

「真剣勝負で決めるの。いわゆる恨みっこ無しってやつよ。それに……」

 

 先輩は少し首を傾げ、小さく微笑んで俺を見つめる。

 

「出来る限りわがままを聞いてくれるって……言ってくれたわよね? このわがままは……聞いてくれないかしら?」

「うっ……!」

 

 言ったけどさ、言ったけどさぁ! こんなお願いされるとは思ってない訳で!

 別に一緒に寝る事自体は、そこまで嫌な訳では無い。むしろ女子と寝れるなんて男にとっては嬉しい事だ。だが、いくら真剣勝負で決めるとはいえ、除け者を出すのは少し心苦しい気もする。

 これは流石に断ろうと口を開こうとした瞬間、それを遮るように出雲ちゃんがいきなり立ち上がり、朝倉先輩を睨みながら発言しだす。

 

「その勝負……乗りました!」

「い、出雲ちゃん!?」

「お、大宮! お前何を言って……」

 

 海子が驚愕の声を上げながら立ち上がる。が、そんな彼女を気にせず出雲ちゃんは言葉を続ける。

 

「チャンスがあるなら、乗らない手は無いです! 私だって、先輩と二人っきりで寝たいです!」

「だ、だがそれは勝負に勝ったらで、負けたら他の者が友希と寝る事に……」

「なら勝てばいい」

 

 海子の言葉を遮り、天城までも立ち上がる。何この展開……

 

「どの道他の女も寝るっていうのは気に食わないけど……私もそれを望む」

「ゆ、優香……」

「海子はどうなの? 世名君と二人っきりになりたいと思わないの? 私は少し恥ずかしいけど……このチャンスを逃したく無い」

「……わ、私だって友希と二人っきりになりたいが……それは……」

 

 海子は頬を染め、視線を泳がせる。だが数秒後、迷いを断ち切ったかのように目を見開く。

 

「わ、分かった! 乗ってやる! 私だって友希を渡したくない、もっと進展したいという気持ちはある!」

「……どうやら決まりね」

「ええ、先輩と一緒に寝る権利をかけて……」

「真剣勝負……!」

「よく分かんないけど……なんか面白そうだね!」

 

 ……どうしてこうなった? つーか俺が居ないところで話が勝手に進んでるんですけど! 俺の意思の尊重は!?

 ……まあ全員それで納得してるなら、もう何も言うまい。君達は君達の思うままにやってくれたまえ……

 

 最早戦いの火蓋は切って落とされたも同然だ――そう、全てを彼女達に委ね、俺は傍観者として、彼女達の戦いの行く末を見守る事にした。……大丈夫かなぁ。

 

「それで、何で勝負します? いつものあれですか?」

「ジャンケンでは味気無いわ。折角海に来ているのだから……それらしい戦いをしましょうか」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 昼飯を食べ終えてすぐ、彼女達の俺と一緒に寝る権利を巡っての戦いが始まった。場所は人が少ない砂浜の一郭だ。そこに全員横一列で並び、その正面には朝倉先輩が俺ら全員を眺めるように立っている。

 

「で、何で勝負するんですか?」

 

 出雲ちゃんの問い掛けに、朝倉先輩は何も返事をせず、足元のバッグから何かを取り出し、前に突き出す。それは見たところ、まだ空気を入れていないビーチボールのようだった。

 

「勝負の内容はこれよ」

「もしかして……ビーチバレーですか?」

「ええ。二対二でチームを組んで、勝利チームが友希君と共にする権利を得るのよ」

「なるほど……チーム分けはどうするんだ?」

「公平にくじ引きで決めるわ。それでいいわよね?」

「他の人と組むっていうのは気が乗りませんけど……優劣をつけるには丁度良いですね」

 

 出雲ちゃんの言葉に、天城と海子も無言で頷く。

 ビーチバレーか……まあ、それならしっかりとした勝敗もつけられるし、問題ないかな。あれ? でも二対二って……勝負をするのは天城、海子、出雲ちゃん、朝倉先輩、陽菜の五人だ。二対二だと一人省かれる事になるぞ?

 その理由を彼女達に問い質そうとした瞬間、俺の考えを察したのか、陽菜が自分を指差しながら、こちらを見て喋り出す。

 

「あ、私はこの戦い欠席したよ」

「え、何で?」

「私も参加したかったけどさ、これは友くんと一緒に寝る権利をかけてるんだし、私は辞退する事にしたの。だって、私はいつも友くんと一緒に寝てるしさ。それに、今回は折角のお泊まり会だし、みんなと一緒に寝たいし!」

「そ、そうなのか……」

 

 まあ、陽菜自身がそう言うなら何も言わないが……気を使わせたみたいでちょっと悪いな。

 が、しばらくして俺は彼女の今の発言がとんでもない事だという事実に気付き、慌てて彼女達へ目を向ける。すると案の定、彼女達はおぞましい雰囲気を醸し出しながら、こちらを見つめていた。

 

「……友希君といつも一緒に寝てるからという理由は大いに気に食わないけど、ライバルが減るのは有り難いわね」

「というか一緒に寝てるとか初めて聞いた気がするんですけど……」

「そこは後でゆっくり問い質すとして……始めましょうか」

「ああ……早くボールに湧き上がる何かをぶつけたい気分だ……」

 

 …………逃げたい。

 

 

 

 それから近くの海の家で貸しているビーチバレーのコートを借りた。俺達男性陣と友香、そして勝負を辞退した陽菜はコートの外で観覧。残る女性陣はチームで分かれて、コート内に入る。チーム分けはくじ引きの結果、天城、海子チームと、出雲ちゃん、朝倉先輩チームとなった。

 

「海子、私あんまりスポーツ得意じゃ無いから……」

「分かってる。私が優香の分まで動く」

「ありがとう……この勝負、絶対勝とうね……!」

「ああ。……少し複雑な気持ちはあるが、今は目の前の勝負に勝つ!」

 

 天城と海子の方は流石親友と言うべきか、チームワークには一切問題無さそうだ。勝負に勝てば相方も自分と同じ権利を得るという複雑な心境もあるようだが。

 一方、出雲ちゃんと朝倉先輩のチームは――

 

「……足引っ張らないで下さいよ」

「それはこっちのセリフよ。あなたに友希君と一夜を共にする権利を与えるのは癪だけど、勝利を目指して戦ってね」

「……チッ」

 

 雰囲気は最悪。コンビネーションが大事なビーチバレーという競技において、あのコンビより不適なチームは恐らく無いだろう。あの二人は一段と仲悪いというか……出雲ちゃんが朝倉先輩を心の底から嫌ってる感じなんだよなぁ……何かあったのかな?

 

 各チームが位置についたところで、審判を任された友香がビーチボールを持ってネット横へ立つ。

 

「それじゃあ、お兄ちゃんとの夜をかけた試合を開始しまーす」

 

 妹よ、その言い方なんかヤらしいから止めて。健全な事だからね!

 

「ルールはとりあえず、先に七点取った方が勝ちという事で。サーブは交互に。いいですか?」

 

 友香の興味無さそうな流暢で適当な説明に四人は無言で頷く。それを確認してから、友香はビーチボールを最初のサーバーである出雲ちゃんに向けて投げる。出雲ちゃんはそれ軽々と受け取ると、ライン際まで下がって身構える。

 

「それじゃあ、試合開始でーす」

「いきますよ――それ!」

 

 ポーンと真上に投げたボールを力強く叩く。バチン! と大きな音を鳴らし、ボールは相手コートに向けて割と速めに飛んでいく。

 

「任せろ!」

 

 ボールの落下する場所に海子が素早く走り、それを軽々とレシーブでネット際まで上げる。そこに天城が砂地であるせいか、動き難そうにひょこひょことボールの真下へ移動する。そしてこれまた慣れてなさそうな動きでトスをする。不格好ながら、ボールはしっかりとネットの上に上がる。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 そこへ海子が目一杯助走を付けて飛び込み、プロ顔負けのフルスイングでボールを叩き落とす。ボールは女子が叩いたとは思えぬ速度で反対側のコート目掛け落下し、そのまま地面の砂を勢いよく抉った。

 

「おおー」

 

 そのあまりにも迫力のあるワンプレーに、俺達は思わず声を揃えて上げる。

 

「流石武闘派だな」

「凄いスピードだったね……」

「俺、取れる自信ねーぞあれ……」

 

 俺も、正直今のスパイクは拾えそうに無いな……やっぱり海子は根っからのスポーツウーマンだな。というか、全然遠慮しないのね。

 

「よし……!」

「凄いよ海子! やったね!」

「優香も、ナイストスだった。次も頼むぞ」

 

 二人は笑顔を浮かべながら、軽くハイタッチをする。

 そういえば、あの二人のあんな仲良くした姿見るの、初めてかもしれないな……親友といっても今は恋敵だし、俺の目の前だとああいう感じになる時が無いもんな。何だか……少し嬉しいな、ああいう仲むつまじい姿を見るのは。

 そんな事を思いながら、点を取られた出雲ちゃん達の方へ目を向ける。彼女達は天城達と正反対に空気は最悪で、思わず顔が引きつってしまう。

 

「やられちゃったわね……流石は雨里さんね」

「呑気な事言ってる場合ですか! このままだと負けちゃうじゃ無いですか!」

「大丈夫――次はこっちの番よ」

 

 朝倉先輩は危機感など一切感じさせない余裕な雰囲気を醸し出しながら、地面に落ちたボールを拾って相手コートへ投げる。それを受け取った海子はサーブの為にライン際まで下がる。

 

「悪いが、一気に決めさせてもらうぞ――!」

 

 力強い眼力で相手を睨むと、海子は助走すると同時にボールを高々と放り投げ、数秒後にそのボール目掛けて飛び上がる。

 

「フッ!」

 

 その短い気合いの叫びと共に、ボールを叩く。海子の強烈なジャンプサーブが相手コートに迫る。これは流石に拾えないだろう。続けて天城、海子チームに点が入るなと思ったその時――

 

「甘いわよ」

 

 朝倉先輩がいつの間にかそのボールの前へ飛び出し、端から見ると完璧と言えるレシーブで、海子のサーブを拾った。そのまさかの光景に味方の出雲ちゃんを含め、全員が驚愕する。

 

「大宮さん! ボーッとしないで、トスを上げて頂戴!」

「わ、分かってます! 命令しないで下さい!」

 

 朝倉先輩の声に我に返ったのか、出雲ちゃんが慌てて動き出し、レシーブにより上がったボールをトスでネット際まで持って行き、そこに先輩が走る。

 

「さっきのお返し――よ!」

 

 そう言いながら先輩は、先程の海子と同じようにボールへ飛び込み、全力でそれを叩き落とした。撃ち出された銃弾のように飛んだそれは、地面へと打ち付けられた。

 

「…………」

 

 そのあまりにも華麗なプレーに。俺達は思わず唖然とした。

 

「ま、こんなものね」

「な、何ですか今の……」

「何って、さっき雨里さんがした事を真似ただけ。私、物覚えがいいから」

「そういうレベルですか今の……」

 

 出雲ちゃんの言う通り、今のは物覚え云々のレベルじゃ無いだろう。スパイスの威力とスピードはさっきの海子と同じ――いや、多分それ以上だぞ。確かに何でもすぐ出来るって言ってたけど、基本スペックが高すぎるだろう朝倉雪美。

 今のプレーに全員驚きが消しきれない中、朝倉先輩は一人普段通りに振る舞い、ボールを持ってサーブの位置に着く。それにコート内の三人は慌てて身構える。

 

「さてと……確かこうだったわね……」

 

 そう小さく呟くと、朝倉先輩は助走をしながらボールを高く上げる。その動きは先の海子の動きとほぼ同じ。つまりこの後彼女が起こす行動は――

 

「はっ!」

 

 数秒後、彼女は思った通りボールへと飛び上がり、前のスパイスに匹敵する威力のジャンプサーブを繰り出した。

 衝突したら木の板ぐらいはへし折ってしまうのではないかと感じてしまう速度のサーブに、海子は臆せずに腕を出して受け止めようとする。

 しかし、海子の腕にボールが当たった瞬間――バァン! とビーチボールから出るとは思えない激しい音を鳴らし、ボールは後方へと吹き飛んだ。ボールを上げる事に失敗した海子はその勢いに押されるように尻餅をつく。

 

「ぐっ……!」

「海子、大丈夫!?」

「あ、ああ……」

 

 海子は右腕を押さえながらゆっくりと立ち上がる。だ、大丈夫なのかあれ……ビーチボールじゃなかったら腕折れてもおかしくないレベルだろ。

 幸い怪我は無かったらしいが、海子は悔しそうに唇を噛んで、朝倉先輩の方を鋭い目で睨む。

 

「次は取る……!」

「そう簡単に取らせないわよ」

 

「……ガチだな」

「ガチだね」

「ガチですな」

「……ガチ……だな」

 

 ここまで本気でやりますか……何の大会ですかこれ、三年生が引退でもするんですか? 女子同士のビーチバレーって、もっとキャッキャしてるもんじゃないか?

 彼女達の予想以上の真剣さに言葉も出ず、俺はとりあえず怪我だけはしないでくれと祈りつつ、試合を見守った。

 

 それからも彼女達の本気の勝負は続いた。天城と出雲ちゃんは女子らしい、たどたどしいプレーで何とかついて行けている感じだったが、海子と朝倉先輩は別だった。繰り出される数々のスーパープレーの連続。スポーツ漫画のような激しいスパイクの応酬。まるであの二人だけプロの選手のようだった。

 そんな二人の実力はほぼ拮抗。点を取られたら取り返すという展開が続き、まさに勝負はシーソーゲーム。

 

 だが、勝負である以上、いずれ決着は訪れる。そしてその時が、とうとう来た。

 

「――それ!」

 

 この短時間で慣れてきたのか、安定したトスで出雲ちゃんがボールを上げ、朝倉先輩がジャンプする。

 スコアは現在五対六――ここで先輩が決めれば勝ちだ。ここで再び、あの強烈スパイクを繰り出そうと、朝倉先輩が腕を大きく振りかぶる。

 ――しかし、ボールを叩く直前にスイングの速度を落とし、彼女はそっとボールを叩いた。先までの弾丸のようなスパイスと違い、ボールはネット際にゆっくりと落下する。

 

「しまった――!?」

 

 再び強烈なスパイスが来ると踏んでいたのだろう、海子達はネットから遠く離れた場所で身構えていた。その予想外の行動に海子は慌ててネット際へ走り、勢いよくダイブしながらボールに腕を伸ばす。

 

 だが一歩届かず、ボールは海子の手を掠めて、地面へ静かに落下した。

 

「……クソッ!」

 

 地面に倒れた海子は、悔しそうに地面を叩く。その後ろで、天城も同じく悔しそうに、へたり込む。

 

「……終わったな」

「……そうだな」

 

 この勝負、出雲ちゃんと朝倉先輩の勝ちだ。天城と海子には悪いけど――

 

「友希君と一緒に寝るのは私……って事ね」

 

 俺の心の声を代弁するように、朝倉先輩が二人を見下ろしながら口を開いた。

 

「ちょっと! 私もですからね!」

「あら、そうだったわね。まあそれはともかく……あなた達、この期に及んで認めない……とか言わないわよね?」

 

 先輩の威圧するような問い掛けに、天城と海子はしばらく黙ってから、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……真剣勝負の結果だ、文句は言わない」

「私も同じ。でも、世名君に何かしたら……許さないから」

「そこは安心して頂戴」

「私達……というか私はただ先輩のあったかーい体温を感じて、幸福の中眠るだけですから」

「……そう」

 

 出雲ちゃんの挑発めいた発言に、天城と海子の機嫌があからさまに悪くなる。それに俺は慌てて彼女達の元へ移動して、四人の間に割って入る。

 

「ふ、二人共そんな機嫌損ねずにさ。別に一緒に寝るといっても、そういう事はしないからさ!」

「あらそうなの? 残念」

 

 そう言いながら先輩がクスクスと笑う。余計な一言は言わないでほしいな……

 

「と、とりあえずその……」

「……お前が言いたい事は分かってる。私もそこまでわがままでは無い。大人しく引き下がるさ」

「うん……世名君を困らせたくないし」

「そ、そうか……ありがとうな」

 

 二人はああいってるけど、いい気分では無いだろうな。でも、二人の事を考えて要求を断れば、今度は出雲ちゃんと朝倉先輩を裏切るし……はぁ、難しいな。

 

「……ともかく、勝負はついたわ」

「そうです! 今日と明日、先輩は私の物ですから!」

「……私を省かないでくれるかしら?」

「あ、そうでしたね。ごっめんなさーい」

「い、言っておくがあくまで夜だけだぞ!」

「世名君を独占させるつもりは無いから」

 

 勝負は終わっても険悪ムードは変わらずか……前途多難とはこの事だな。

 今日と明日の夜、それにより四人の間の険悪ムードがどれぐらい悪化するか等、数え切れない不安が浮かび上がり頭を抱えていると、突然今まで黙っていた陽菜が出雲ちゃんと朝倉先輩を見ながら口を開く。

 

「そういえば……出雲ちゃんと雪美さん、どっちが先に友くんと寝るの?」

「…………」

 

 その発言に二人は口を閉じ、無言で互いの目を合わす。

 

「……あなたは明日でいいわよね」

「嫌です! 私も今日がいいですから!」

「あら、後の方が印象に残るのでは?」

「寝るのは別です!」

「それは困ったわね……なら、あれで決めましょうか」

「いいですよ……恨みっこ無しですから!」

 

 まだ勝負を続けるのか……全く、本当に先が思いやられるなぁ……

 何はともあれ、俺と相部屋で寝る事になったのは、出雲ちゃんと朝倉先輩の二人だ。一体どうなるのやら……

 

「はい、私の勝ち」

「ぐぐぐっ……もう一回!」

「あら、恨みっこ無しじゃ?」

「誰も一回勝負とは言ってませんから!」

「屁理屈ね」

「結構です! はい、ジャンケン――」

 

 とりあえず……色々不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 海イベント定番のビーチバレー。でも和気あいあいとしたものでは無く、ガチガチの真剣勝負に。
 勝負の結果後輩ちゃんと会長さんがイベントゲット。一体どうなる?





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