「ねぇ、友くんもこっちに来なよ! 風スッゴい気持ちいいよー!」
「おい、あんまり端っこ行くと落ちるぞー?」
「大丈夫大丈夫! 今はきっちり泳げるもん!」
そういう問題じゃ無いだろう……陽菜の童心に返ったような、いつも以上のはしゃぎっぷりに呆れながらも、俺は彼女が立つ場所――船頭へ向かい歩き出す。
俺達は今、とあるフェリーに乗船している。軽く数千人は収容出来るであろうこの巨大なフェリーは、俺達の今回の目的地である、とある島を目指して夕焼けに包まれた広大な海を移動している。
「あ、居た居た」
船頭から身を乗り出し、今にも海に落ちてしまいそうな陽菜を押さえつけていると、翼と裕吾の二人がこちらへ歩み寄って来る。
「何してんだお前ら。映画の真似事かなんかか?」
「ちげーよ。ところで、孝司は?」
「絶賛船酔い中だ。出発前はあんなテンション上がってたのにな」
「まあ、それだけ楽しみだったんでしょ。僕もちょっとワクワクしてるし」
「そうだな……俺もちょっと楽しみだ。プライベートでこんな遠出するのは初めてかもしれないし」
「フフッ……楽しんでくれているのなら幸いだわ」
二人と会話を交える最中、二人の背後から声が聞こえる。そちらへ視線を向けると、麦わら帽子を被った朝倉先輩がこちらへ向かって来ていた。
「本当は友希君と二人きりがよかったのだけれど……楽しんでくれてるなら良しとしましょう」
「ははっ……でも、いいんですか? こんな大人数で押し掛けて……俺達だけじゃ無く、友香や天城達まで……」
「本当なら彼女達はお断りしたいところだけど、残念ながら支障は無いわ。お父様もお母様も今は居ないし、広さは十分足りるわ。ただ一つ……あら?」
朝倉先輩は何かを言い掛けると、俺達の後ろへ視線を向ける。それに釣られて俺達も後ろを振り返る。そこには海に浮かぶ、夕日に照らされた一つの巨大な島が。
「うわー、おっきいねー!」
「もしかして……あれが?」
「ええ。どうやら船旅は終わりのようね。あれが今回の目的地――
◆◆◆
黒南島――九州方面にある、観光地としても有名な離島だ。自然豊かな森林に、綺麗な海原と、夏を満喫するには持って来いなこの場所に、何故俺達がやって来たのか。それは夏休み前から計画していた、ビッグイベントである、みんな揃ってのお泊まり会。その舞台である朝倉先輩の別荘が、この黒南島に存在するからである。
俺に天城、海子、出雲ちゃん、陽菜と、裕吾達男性陣に友香。そして別荘の所有者である朝倉グループ総帥の娘、朝倉雪美先輩。このいつものメンバーで今日から四泊五日――朝倉先輩の別荘へお邪魔するのだ。
フェリーが船着き場に到着して、俺達は早速島へと降り立ち、朝倉先輩の案内で彼女の別荘へ向かった。
この黒南島は割と大きく、あの屋久島に近い面積があるらしい。そんな島の中心部辺りにある森林の中に別荘はあるらしく、船着き場から約三十分もの時間を掛けて、ようやく別荘へと到着したのだが――
「…………」
目の前に現れた彼女の別荘に、俺は――いや俺達は、圧倒された。
木々が生い茂る中に堂々と存在する建物。俺の今までの経験と知識量ではとても言い表せないような外見の巨大な建物。だが、何となく漫画とかで見る貴族とかが住んでそうな建物だとは思った。
見た感じの大きさは大体……一軒家がスッポリが四軒ぐらい入ってしまう程度だろうか? だが、まだ奥行きや見えてない部分もありそうだ。多分中は恐ろしく広いのが安易に想像出来る。
「ここが私の……というより、朝倉グループが所持する別荘よ」
「デ……ッカ……!」
「べ、別荘ってこんなに凄いの……?」
「……他の別荘を見た事無いから分からん」
でも別荘ってもうちょっと抑え目な感じもするけど……これは小さめのお城と言われても疑わないぞ。
「というか……どうしてこんな森林の中に?」
「それは……お父様は森林浴がお好きでね。ここを大変気に入ったから、ここら辺の土地を買って建てたのよ。ここ以外にも、そういった場所は多々あるわ」
スケールが違いすぎる……俺は多分この世界を理解出来そうに無いな。開幕早々お腹いっぱいだ。こんなんじゃ今後も迫るであろう驚きに耐えられんぞ、俺。
「さて、立ち話も何だし、早速中へ入りましょうか。歓迎するわ友希君、友香ちゃん。それと一応その他大勢も」
「その他で括んないで下さいよ! 言っときますけど、自分のホームだからって、好き勝手させませんから! 先輩は私が独り占めするんですから!」
「そ、それも違うだろう!」
「そうよ。勝手な事言わないで」
「疲れたー……早く入ろー……」
早速一人を除いたバチバチの抗争が始まったか……この五日間、多分この夏休みで一番大変な期間になりそうだな。気を引き締めないとな。
「と、とにかくさっさと入ろうか!」
「そうね。それじゃあ、案内するわ」
別荘に向かい歩く先輩に続き、俺達も続けて歩く。高さ三メートルはありそうな扉を開き、建物の中へ入って早速広がったのは、外見通り巨大なエントランス。
どこぞの高級ホテルと錯覚してしまうような広々とした空間に度肝を抜かれていると、どこからかメイド服を来た二人の女性がやって来る。
「お帰りなさいませ、雪美お嬢様。それと、ご学友の方々」
「ただいま。今日から四日間、よろしくお願いするわね。早速で悪いけど、みんなの荷物を部屋へ運んでおいてくれるかしら?」
「かしこまりました」
「リアルメイドだ……マジで存在すんだな……」
「雪美さん、本当にお嬢様なんだねー……」
「ああ……普段はあんまり感じないけど、やっぱり凄い人なんだよな……」
改めて、俺は凄い人と関わってるんだな――そう再確認していると、メイドさん達が「荷物をお預かりします」と俺達全員から荷物を受け取り、この場から立ち去る。結構な数だったのに楽々と運んでる……メイドって凄いなぁ……
「さてと……改めてようこそ、我が朝倉グループの別荘へ。色々案内するのは後にして……まずはあなた達が使用する部屋へ案内するわ。ついて来て」
再び歩き出す先輩に続いてエントランスを抜け、これまた広く長い廊下を歩き続け、数分程歩いた先にある三つに分かれる分かれ道で立ち止まる。
「右側が男性陣の部屋。左側が女性陣の部屋。そしてこの奥が私と友希君の部屋よ」
「あ、はい…………はい?」
ん? どうして俺だけ個別で名前を呼ばれたんだ? それに何故に先輩とセット? 唐突に告げられた部屋割りに理解が追いつかずにどうようしていると、先輩が俺の腕をギュッと掴む。
「さ、それじゃあ行きましょうか?」
「って、ちょっと待ったぁ!」
先輩が俺を引っ張り奥へ進もうとすると、それを出雲ちゃんが大声を出しながら引き止める。
「何ナチュラルに先輩と相部屋になってるんですか! おかしいじゃないですか!」
「あら、どこにおかしな要素があるのかしら? 至極当然だと思うのだけれど」
「どこかですか! その……と、友希は普通男性陣の部屋でしょう! それに……」
「同じ部屋って事は……まさか世名君と一緒に寝るつもりかしら?」
「あら、もちろんそうだけど?」
当たり前でしょう――そう言いたげな口調から放たれた言葉に、全員唖然とする。
「じょ、冗談じゃ無いです! そんなの認められる訳無いじゃないですか!」
「そうだよ! 私も友くんと一緒に寝たい! 独り占めは駄目だよ!」
「そういう問題じゃ無いし、あなたは今回引っ込んでて下さい!」
「ともかく、そんなのは認められません」
「認められ無いね……いいのかしら、そんな事を言って」
どこか含みのある言い方に、全員が黙る。
「ここは私の別荘よ。部屋割りぐらい、私が自由に決めるわ。あなた達は招かれてる立場なの。あんまり私に逆らうと、野宿する事になるかもよ?」
「なっ……!? ひ、卑怯な手を……!」
「折角の機会だもの。使えるものは使わないと……ね」
先輩のその一言に、彼女達の間に険悪なムードが流れる。
開始早々とんでもない事になったなぁ……一体どうしたものか。
この状況をどう収拾つけるかしばらく考えてから、いがみ合いを続ける彼女達の間に割って入る。
「気持ちは分かるけど、とりあえずみんな落ち着いて。ゆっくり話し合おうぜ」
「……そうね。私も少し大人気ない事を言ってしまったわね」
「出雲ちゃん達も、いいか?」
その言葉に他のみんなも一旦静まり、コクリと頷く。よし、これで話が出来るな。
「それじゃあまずは……朝倉先輩。その……一緒の部屋にしたいって気持ちは分からなくも無いんですけど……俺は出来れば、裕吾達と同室の方が気が休まって助かるんですけど……」
「……それは私とでは嫌という事かしら?」
「そ、そういう意味じゃ無いですよ! ただ……ほら、今回はみんなで楽しむのが目的ですから! 俺と先輩が相部屋になる事で、彼女達が機嫌を損ねて、今回の旅行を楽しめなくなるのは嫌なんです。だから……」
「友希君……」
先輩は少し表情を落ち込ませて腕を組みながら目を伏せる。しばらく黙り込むと、溜め息を漏らして顔を上げる。
「分かったわ……友希君がそう言うのなら、その考えを尊重するわ」
「先輩……!」
「私もこの別荘に負のオーラを振り撒かれたく無いし。その代わり、ある程度のわがままは聞いてもらうわよ?」
「で、出来る限りは……みんなも、それでいいか?」
「先輩が言うなら……」
「相部屋で無いなら……まあ、構わない」
「私も同じ」
「うん! これで解決だね!」
ふぅ……何とか収まったか。先輩のわがままってのが何だか分からないが、ひとまず安心……かな?
「さてと……それじゃあ、まずはそれぞれの部屋で軽く休息をとってから、また集合しましょうか。場所はエントランス。時間は……三十分後にしましょう」
「分かりました」
それから男性陣、女性陣、朝倉先輩と別れ、それぞれの部屋へ向かった。そういえば、朝倉先輩一人になるのか……多分俺との相部屋楽しみにしてたんだろうし、少し申し訳無いな。とはいえ、流石に相部屋はハードル高い。
数分程歩くと、俺達男性陣の部屋へ辿り着く。扉を開き中へ足を踏み入れる。部屋はこれまた高級ホテルのような豪勢な部屋で、四つ並んだベッドの上に、メイドさんに預けた荷物が置かれていた。
「あれ、俺の荷物もこっちにあるのか……てっきり朝倉先輩の部屋にあるかと……」
「どうやら、メイドさんはお前がこっちに来るだろうと読んでたみたいだな」
「メイドスゲェなおい……」
「だな……とりあえず、一休みするか」
荷物が置かれたベッドの上に各々腰を下ろし、長旅で疲れた体を休める。
「そういえば、この後どうするんだっけ?」
「えっと、エントランスに集合した後……多分この建物の案内かな? 後は今日はもう遅いし、飯食って解散じゃないか?」
「だろうな。朝に白場出て、もう夕方過ぎだ。本格的な行動は明日からだろうな」
「いやー、楽しみだな! 夕飯もきっと豪勢何だろうな……それに海! 夏休み最後に相応しいぜ!」
「そして帰りはまたフェリーだな。酔い止め買っとけよ?」
「それを言うな……」
裕吾の言葉に、孝司は一気に青ざめて肩を落とす。
「ははは……まあ、それまでは存分に楽しもうよ! ね?」
「だな。ま、友希は色々大変だろうがな」
「そういう事言わないでくれよ……」
でも裕吾の言う通りだ。こんな大きなイベントで、何も無く平和に終わる……なんて事は無いだろう。一つ二つはトラブルが起きるやもしれない。彼女達もこの大きな機会を逃さず、何か動いてくるはず。
でも、やる事は今までと変わらない。ちゃんと彼女達全員を見て、相手をしてやる事。少しでもいい思い出が出来るよう、頑張らないとな!
「よし……そんじゃあ早速行くか」
そう気を引き締めていると、孝司がいきなり立ち上がる。
「行くって……どこに?」
「決まってんだろ……男湯と女湯の見取り図の確認だよ!」
「……アホか」
「あはは……」
「はぁ……」
色々先が思いやられるなぁ、この旅行……
何はともあれ、遠く離れた離島を舞台に、波乱と衝撃に包まれるであろう、俺達の夏休み最大のイベントが幕を開けた。
ちなみに、この後男湯と女湯の距離が物凄く離れた事に孝司がショックを受けたのだが――それはまた別の話だ。
夏休み終盤、とうとう別荘イベントが始まります。
海にお泊まり会と、イベント盛り沢山で、過去最大ボリュームの章になりそうです。
次回から本格始動。是非ともお楽しみに。