モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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正妹戦争勃発

 

 

 

 

 

 

「勝負の内容は全て妹力(いもうとりょく)が試されるものです。それでどちらが真の妹に相応しい妹力を持つかハッキリさせましょう!」

「いいわよ、受けてやろうじゃない」

 

 目の前で行われている友香と香澄ちゃんのバチバチと火花を散らせる会話を、俺は裕吾達と傍らで見守っているのだが――会話の内容がさっぱり分からん。

 

「おい、妹力って何だよ」

「知るか」

「とりあえずお前の妹に相応しい方を決める戦いすんだろ……マジ爆せろ」

「なんだそれ……というかボソッと怖い事言うな」

「何か面白い事になりそうだねー。友くんモッテモテだねー」

「全然面白く……って、何お前サラッと帰って来てんだ! つーか何食ってんの!」

 

 先程まで出掛けていたはずの陽菜がいつの間にか俺の隣に座っていて、さらに何故かせんべいを食べていた事に驚き、思わず大声を出してしまう。が、友香と香澄ちゃんはそれに反応を見せず、互いに睨み合う。完全に集中してらっしゃる……

 

「で、お前いつの間に帰ってきた」

「何かゴタゴタしてるみたいだったからさり気なく入ってきた。これってどういう事? あ、おせんべい食べる?」

「さり気なくって……まあいいや、軽く説明するよ。一枚貰う」

 

 陽菜の持つ袋からせんべいを一枚取って食してから、とりあえずあらましを説明した。

 彼女が天城の妹である事。そして何故か俺に兄になってくれと頼んできた事。そしてそれに友香が反論し、何故か真の妹を決めようという意味不明の勝負が発生した事。

 大体の説明を聞くと、陽菜はバリバリとせんべいを食べながら不思議そうに友香を見つめる。それに釣られ、俺も視線を友香へ移す。いつもは基本手を出さずに俺の手助けをしてくれる友香が、こうやって他人に突っ掛かるとは……一体どうしたんだ?

 

「友香ちゃん珍しいね……どうしたんだろ? ……止まんないねこれ」

「ま、何かあるんだろう。面白そうだしこのまま好きにさせてやればどうだ? ……このせんべい美味いな」

「クソッ、どうして友希だけウハウハなんだよコノヤロー……あっ、せんべい歯に挟まった……」

「お前ら他人事だと思ってよ……もう一枚くれ」

「バリバリうっさい男共!」

 

 いきなり友香が怒号を上げる。それに思わず驚き、口に運びかけたせんべいを床に落としてしまった。友香の奴……何か相当イラついてんな……マジでどうしたんだ?

 彼女の心境に何があったのか、それが疑問に思いながらも、とりあえずこれ以上バリバリ音を立てるのはよく無いと陽菜からせんべいを取り上げる。陽菜は宝物でも奪われたかのように返してくれとせがんできたが、これ以上友香の機嫌を損ねたく無いので心を鬼にして没収する。

 

 せんべいのうるさい音が消えて静寂に包まれたリビングで無言のまま睨み合う二人。そしてとうとう事が動き始める。

 香澄ちゃんが右手を天井に向けて高らかに掲げると、人差し指を立てて友香の眼前へと振り下ろした。

 

「真の妹として重要なファクター……それはなんと言っても、兄にとって癒やしの存在である事! 毎日疲れを溜める兄を、裏表の無い優しい言葉と行動で癒やしてあげる……それが妹の役目! という訳で、最初の対決はどちらがお兄さんをより癒せるか勝負よ!」

 

 なんだそのざっくりな勝負内容……それでいいのか? というか最初って……複数の勝負をやるつもり?

 

「望むところよ……で、具体的には何をするのかしら?」

「そうですね……お兄さん、何かしてほしい事ありますか?」

「えぇ!? 俺が決めるの!?」

「当然です! お兄さんの疲れを癒すんですから、お兄さんがしてほしい事で無いと! 私、お兄さんの為なら何でもしちゃいますよ?」

「何でも!?」

「お前が反応するな馬鹿」

 

 急にテンションが上がった孝司にチョップを食らわせてから、とりあえず考える。してほしい事ねぇ……別にそんな事頼んだことも無いし、頼もうとも思った事は無いんだけどなぁ……でも、決めないと収拾付かないなこれ。

 

「じゃあ……丁度バイト帰りで疲れてるし……何か疲れが取れるような事……かな?」

「疲れが取れる事……了解しました、それにしましょう。文句は無いですよね?」

「ええ、いいわよ」

「決まりですね。それじゃあ、私から行かせて頂きますね」

 

 香澄ちゃんがこちらへとゆっくり近付き、ソファーの後ろへ回り、俺の肩に手を乗せる。

 

「それじゃあ、お兄さんの疲れを癒やす為に、今から私が肩揉んであげますね! ゆーっくり、堪能して下さいね?」

「お、お手柔らかに……」

 

 アイドルモードへ入ったのか、先程までの険悪な雰囲気を感じさせない可愛らしい笑顔と声が視覚と聴覚を同時にくすぐる。今更だがこの子アイドルなんだよな……今まで意識してこなかったが、凄い可愛いな。こんな子に肩を揉まれるかと思うと……緊張するな。

 ドキドキする俺とは裏腹にこういうのは慣れっこなのであろう。香澄ちゃんは何も躊躇う事無く、柔らかい手付きで、俺の肩を揉み始める。

 

「うわっ、お兄さんの肩凝ってますね」

「え、そう? まあ、割と重労働だから……」

「大変ですね……でも、こういう固くてゴツゴツしてる肩、男らしくてカッコいいと思いますよ?」

 

 耳元で囁かれる甘い声色がさらに全身をくすぐる。やっぱりアイドルだな……こういうスキルは熟知してるって感じか? 心臓バクバクなんだけど……

 

「カスミンの肩揉み……俺もされたい!」

「お前キモイぞ」

「スケベー」

「うるせぇ! オープンなスケベは許されるんだ!」

 

 少し離れた場所でくだらないやり取りをする三人。いつもならウザイと思ってしまうだろうが、今は彼らの存在が有り難い。あいつらが居るお陰で理性が保ててる気がする。 

 

「どうですか? 痛かったりしませんか? もし何か要望があったら言って下さいね?」

「あ、うん……このままで大丈夫だよ」

 

 といっても、ちょっと気を緩めたらどうにかなりそうだ。香澄ちゃんの手付きは正直とてつもなく気持ちいい。朝倉先輩とかのスキンシップにも時々似たような感覚を覚えるが、これはそれに匹敵するかもしれない心地良さだ。

 ……いや、というか普通に気持ちいいな。手触りがとかそんなんじゃ無く、単純に肩揉みが上手い。一気に疲れが取れてく感じがする。

 

「香澄ちゃん……何か手慣れてる感じだね?」

「そうですか? それは多分、お姉ちゃんにもしてるからかな?」

「天城に?」

「はい。確か同じお店で働いてるんですよね? お姉ちゃんも最近肩凝りが酷いみたいで、だから時々私がしてあげてるんです。それにアイドルも重労働ですから。こういうのには慣れてるんです!」

 

 なるほどな……確かに天城は俺よりバイト歴は短いんだし、俺より疲れは溜まるよな。そんなお姉ちゃんを日頃相手にしてるから、手慣れてるんだな。こういう風にマッサージしてもらえるってのは、なかなか良いものかもな……

 

 心地の良い感覚に身を委ねていると、あっという間に肩揉みは終了し、香澄ちゃんは最後に肩を軽くポンポンと叩く。

 

「はい、終わりました! 肩の調子はどうですか?」

 

 香澄ちゃんの手が肩を離れた直後に、軽く肩を回してみる。今まで溜まっていた疲れが取れたように肩は軽くなっており、感じた事の無い身軽さに思わず驚きを隠せなかった。

 

「おお……こりゃ凄いな。かなり楽になったよ、ありがとう」

「そうですか……上手くいってよかったです! もしまたしてほしくなったら、いつでも呼んで下さい! いっぱい、モミモミしてあげますね!」

「お、おう……その時に気が向いたらね……」

 

「モミモミ……!?」

「キモイぞ」

「へんたーい」

「そろそろ俺泣くぞ!?」

 

 いや何でも口にするお前が悪いだろう。そう心の中でツッコミをしている間に、香澄ちゃんは友香の方へと近付き、ドヤ顔と言う表すに相応しい表情を友香に向ける。

 

「どうですか? 私の妹スキルは」

「威張るような程じゃ無いでしょ。次は私ね」

 

 無表情のまま言葉を返し、香澄ちゃんと入れ違いに俺の元へ来る。友香は俺の真正面に立ち尽くすと、やはり無表情のまま口を開く。

 

「寝て」

「はい? お前、何怒って……」

「いいから。ソファーにうつ伏せで寝っ転がって」

 

 どこか不機嫌そうな友香に疑問を抱きながら、言われるままにソファーに寝転がる。

 すると、友香はうつ伏せの俺に馬乗りになり、腰に手を当てる。もしかして……こいつもマッサージか?

 

「それじゃあ始めるよ。少し我慢してね」

「が、我慢って……」

「せーっの!」

 

 俺の言葉を無視し、友香は俺の腰に右肘を乗せる。その肘をグリグリと回し、小刻みに振動させる。

 

「へ――って、イタタタタタタタタッ!?」

 

 直後、腰から全身に激痛が走る。な、何これ!?

 

「イタタタタタタタタッ! ちょっ、友香さーん!?」

「すぐ終わるから、我慢してって」

「いや、これ我慢とかいうレベルじゃ……腰砕け……!」

「大丈夫大丈夫。痛い方がいいの。多分」

「そんな適当な……イタッ……! アァァァァァァッー!」

 

 

 

 それから約一分間。彼女の荒いマッサージは続き――

 

「はい終了ー」

「…………」

 

 終わった時には、俺は真っ白に燃え尽きていた。し、死ぬかと思った……

 

「うわぁー……友くん大丈夫ー?」

「随分な悲鳴だったな」

「へっ、罰が当たったんだよ」

 

「はぁ……はぁ……友香、お前八つ当たりでもこれは酷いだろう……」

「八つ当たりのつもりは無いよ。私はしっかりとマッサージしたよ」

「どこがマッサージだ! あんなの拷問だろ!」

 

 素っ気ない返事に流石にカチンと来て、俺はソファーから勢いよく起き上がる。……って、あれ? あんだけ痛かったのにスゲェ軽々と起き上がれたな……というか、腰軽っ!? まるで重りが取れたみたいだ。

 突然の変化に動揺していると、友香がそれを説明するように話し出す。

 

「言ったでしょ? マッサージしたって。大分疲れが溜まってたし、それが一気に取れたんでしょ」

「そ、そうなのか……? でも、あんなのでか?」

「これでも私、色々勉強してんだよ? お兄ちゃん毎回バイト帰りに腰押さえてるから、役に立つかなと思ってね」

「友香……お前そんなとこ見てたのかよ……」

「兄の些細な変化に気付いてあげて、それを支えてあげるのが妹の役目……でしょ?」

 

 今まで不機嫌そうだった友香がニコッと微笑む。

 友香の奴……そんなところ見ててくれたんだな……やっぱ良い奴だな。……でも、出来ればもっと優しい方法がよかったな。あれは痛すぎる。

 

 軽くはなったとはいえ、痛みはまだ残る腰をさすりながら、ソファーに座り直す。その間に友香は香澄ちゃんの元まで戻り、さっきのお返しと言わんばかりにしたり顔を見せる。

 

「ふーん……ま、悪く無いんじゃないですか? より癒せたのは私ですけど」

「癒せたとしても、妹としてかは怪しいけどね」

「言ってくれますね……お兄さん! 結果を教えて下さい!」

「え、俺が出すの!?」

「当然です! お兄さんの妹を決めるんですから! さ、どうぞ!」

「え、えぇ……」

 

 参ったな……どう言うのが正解なんだ? でも、正直どっちもよかったしな……

 

「……その、引き分けじゃ駄目かな?」

「……つまり、どっちも妹として相応しいと?」

「こ、怖い目で見んなよ友香……いや、マッサージの効果は友香の方が軽くなったけど、気持ちよさで言えば香澄ちゃんが圧倒的だったし……正直決めるのは難しいというか……」

 

 自分でも曖昧な答えだと分かっている。当然友香はその答えに納得がいかないようで、あからさまに不機嫌な顔付きだ。

 しかし、香澄ちゃんは一瞬膨れっ面になっただけで、すぐに笑顔に戻って手を叩く。

 

「分かりました……じゃあ、第一試合は引き分けって事で!」

「なっ……!?」

「あれ? どうしたんですか? もしかして、お兄さんの言うことに反論するんですか? 妹なのに?」

「ぐっ……分かったわよ。それでいいわ」

「案外物分かりがいいんですね。じゃあ、二本目、行きましょうか!」

 

 まだやるのか……この争いに終着点はあるのか、少し不安になって来た。君達、妹なら兄の気持ちを分かってくれ……友香よ、お前はいつも分かってくれるだろうに。

 

 

 だがそんな俺の気持ちを知らずに、二人の妹力を競う戦いは続いた。

 ファッション対決、料理対決、妹っぽいセリフをより妹っぽく言えるのはどっちだ対決等々――よく分からない対決が続き、俺はそれに困惑しながらも結果を出し続けた。

 

 そして戦いは未だ決着は付かずに……というか最早どうなれば決着なのかも分からずに、約二時間の時が経過した。

 

「ふぅ……なかなかやりますね……」

「あなたもね……伊達に優香さんの妹やってないわね……」

 

「……なにこれ」

「よく分かんないけど……二人共燃えてるね!」

「これいつになったら終わんだよ……」

「俺に聞くな……」

 

 もうこうなったら二人の気が収まるまで戦いは続くだろう。終わるのは一体いつになる事やら――そう頭を抱えると、突然リビングに携帯の着信音のような音が鳴り響く。

 

「な、なんだ!?」

「あ、ごめんなさい私です!」

 

 ペコリと頭を下げ、香澄ちゃんがポケットからスマホを取り出し、電話に出る。

 

「はいもしもし! あ、マネージャーさん? ……えっ、もう時間ですか!? はい……はいすみません今すぐ行きます!」

 

 慌ただしく電話を切り、スマホをポケットへねじ込む。

 

「ど、どうした?」

「その、これから仕事で……私そろそろ行かないと!」

 

 仕事か……まあ、アイドルだもんな。というかこれから仕事あったのにウチに来てこんな対決してたのか……随分マイペースだな。

 香澄ちゃんは「失礼しました!」と頭を下げ、リビングから飛び出すように扉を開く。が、突然ピタリと立ち止まって、クルリとこちらを振り向くと、友香をビシッと指差す。

 

「今日のところはお預けですけど……いつか、どっちが真の妹か決着付けますから!」

「……いいわよ。絶対に妹の座は渡さないから」

「覚悟しといて下さいね……それじゃあお兄さん、今日はこれで! また暇な時に遊びに来ますねー!」

 

 そう満面の笑顔と言葉を残し、香澄ちゃんは慌ただしく我が家を飛び出し、仕事へと向かった。

 

「何というか……何もかも騒がしかったな」

「賑やかな子だったね! 優香ちゃんの妹とはちょっと思えなかったね」

「……あっ!? サイン貰うの忘れたぁ! 折角カスミンと会えたのにぃ!」

「また会えんだろ」

 

 はぁ……とりあえず、何とか無事に事を終えたか……それにしても友香の奴……どうしていきなり香澄ちゃんに突っ掛かったんだろう?

 その真意を聞いてみようとしたが、友香はいつの間にかリビングを出たらしく、その場から居なくなっていた。

 

「あれ、部屋に行ったのか? どうしてあんな事したか聞きたかったんだけどな……」

「ま、そこら辺は単純な事だろう」

「へ?」

「兄貴として、妹と一対一で話しとけ。俺達はもう帰るわ」

「そうだそうだ。あ、それと今度カスミンと会ったら俺も呼べよ!」

 

 そう言い残し、二人はリビングから出て行く。

 一対一でか……確かに、最近は天城や陽菜達に構いっぱなしだったし、たまにはいいかもな。

 

「……よし、ちょっと友香と話してくるか」

「うん、それがいいよ! 兄妹水入らず話し合ってきな、友くん!」

「おう」

 

 

 

 それから俺は裕吾達を玄関先で見送った後、二階の友香の部屋を訪ねた。案の定、友香は部屋へ戻っていて、ベッドにふてくされたように足をブラブラさせながら座っていた。

 

「……何か用?」

 

 俺の存在に気付くと、やはりふてくされたよな声を出し、こちらを見る。俺は何も言わずに部屋へ足を踏み入れ、彼女の元へ歩く。ベッド前に着き、目線で確認をとってから友香の隣に座る。

 

「用って訳でも無いんだが……今日はどうしたのかなと思ってな」

「…………」

「いや……お前いつも天城達が何しても何も言わないのにさ、今日は香澄ちゃんに口出しして、勝負なんかしだして一体どうしたのかと……」

「……別に、お兄ちゃんには関係無いでしょ」

 

 相当機嫌損ねてるな……こいつがこんなに機嫌悪くなったのは多分小学校以来かもな……中学入ってから、一気に大人しくというか……騒ぎとか起こさなくなったし。

 でも、今回はああやって香澄ちゃんと一悶着を起こした。何か理由があるはずだ。

 どうにかして理由を聞き出したい……口を開かせる方法を考えていると、友香が突然喋り出す。

 

「……私にも分かんない」

「へ……?」

「別に、お兄ちゃんがどこの誰とイチャイチャしてようが、私は構わないと思ってる。でも……今日あの子がお兄ちゃんの妹になるって言った時……何だか胸がチクッとした」

 

 表情を暗くして、胸の痛みを抑えるように両手を胸元に当てる。

 

「何だか凄い不安になった。お兄ちゃんが誰かと付き合ったりするのは、何とも思わない。それが当たり前なんだし。けど、あの子が妹になるって思ったら……凄く怖かった。私の居場所が……無くなっちゃう気がして」

 

 今にも消えてしまうのではと思ってしまう程、だんだんと声に力が無くなる。そのまま体の力も抜けてしまったように体を倒し、俺の右肩に頭を乗せる。

 

「お兄ちゃんの妹は……私だもん」

「友香……」

 

 なるほどな……何となく分かった気がしたよ。友香自身が言ったように、彼女は妹っていう立ち位置が奪われるのが怖かったんだな。俺が誰かと付き合ったとしても、妹っていう立ち位置は消えない。でも、香澄ちゃんはその立ち位置を狙ってきた。だから自分の居場所を守らなきゃって、彼女に突っ掛かかったんだろう。

 もし香澄ちゃんっていう妹が出来たとしたら、俺が自分を構ってくれないのでは無いか。俺が自分から離れてしまうのでは無いか――多分、無意識にそう思ってしまったんだろう。

 

 簡単に言ってしまえば、お兄ちゃんが取られるのが嫌だ――ってところか。はぁ……やっぱりこいつとことんブラコン野郎だな。恋人は構わないのに妹は嫌とか。

 まあでも、こうも俺を慕ってくれるのは……兄としては嬉しい事だな。

 

「全くお前って奴は……」

 

 そう呟きながら、俺の肩に寄り掛かる友香の頭を軽く撫でてやる。すると友香は驚いたように目を丸くして、俺の顔を見つめる。

 

「い、いきなり何……?」

「安心しろって。誰が妹になろうと、お前は一生俺の大切な妹だ。ゲームの相手になってやるし、好きな食べ物も買ってやるし、たまには構ってやるからよ」

「…………当たり前でしょ、馬鹿兄貴」

 

 ツンとした口調で言いながらも、友香は嬉しそうに可愛らしく微笑んだ。……こういう俺も、大概シスコンか。

 しばらくすると友香は肩から頭を離し、心を落ち着かせるように数回深呼吸する。

 

「ふぅ……今日はごめん。カッとなって迷惑掛けちゃった」

「いいって。あれぐらい可愛いもんだ。ただ、香澄ちゃんとは仲直りしとけよ?」

「……気が向いたらね」

 

 ははっ……香澄ちゃんの事は認めた訳じゃ無いのね。

 

「ああ、言っとくけど、優香さんとの交際は反対しないよ。ただ、あの子を妹とは認めないから」

 

 頑固だなぁ……まあ、二人は年近いし、仲良くなる事を祈ろう。ともかく、二人のいざこざは何とかなった……かな?

 

「……さて、用も済んだし、そろそろ戻るよ――」

 

 これ以上話す事も無いので、ベッドから立ち上がろうとしたのだが――急に友香がそれを阻止するかのように俺の膝に倒れ込んできた。

 

「うおっ!? いきなりどうした……って」

「すー……すー……」

「寝てるし……」

 

 さっきの香澄ちゃんとの競い合いで疲れたのか? 仕方無い奴だな……しかし、これでは動けんな。起こすのもあれだし……

 

「んっ……お兄ちゃん……」

「……ま、いいか」

 

 俺は彼女が目を覚ますまで、その場に居座る事にした。彼女の幸せそうな寝顔を眺めながら、刻々と時は流れていった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ふぅ……やっと仕事終わったぁ……」

 

 夜の九時過ぎ――お兄さんの家からマネージャーの元へ直行し、車で仕事現場へ移動した後、写真撮影などをこなして、私はようやく自宅へと帰ってきた。

 仕事は楽なものだったのに……何だかいつも以上に疲れたなぁ……やっぱりお兄さんの家でのあれが影響したのかな。

 

「にしても、まさかあんな事になるとはね」

 

 私もついムキになっちゃったけど、友香さん……だっけ? なかなか頑固っぽい人だなぁ。

 

「はぁ……計画通り上手く行くと思ったけど、甘くないか」

 

 計画――そう、私がお兄さんの妹になると言い出したのは訳がある。当然単純に彼が理想的な兄だから、なってくれたらいいなーっと思う気持ちもある。でも一番は私の考えた、お兄さんとお姉ちゃんをくっつける計画の為だ。

 もしもお兄さんがお姉ちゃんと結婚すれば、私も自動的に義理の妹になる訳だ。そこで私の妹としてのスキルをお兄さんにアピールする事で、「こんな妹が欲しい!」みたいな気持ちにさせて、お姉ちゃんとくっつくように仕向けようとしたのだ。

 けど、まさかあんなに出来た妹さんが既に居たとは……もっと前情報お姉ちゃんに貰っとくんだったな。

 これじゃあ私の計画も上手くいかないかな……あんな出来た妹さんが居るなら、新しい妹が欲しいなんて、お兄さんも思わないだろうし。

 

「……でも、今日はちょっと楽しかったな」

 

 彼女とお兄さんを巡る戦い、案外面白かった。それに彼を兄と思って接していた時、何だか幸せだった。もしかして計画とか関係無く、純粋にお兄さんの妹になってみたいという思いが強かったのかもしれない。彼女との勝負も、思わず本気になってたし。

 

「……計画はもう意味無さそうだけど、続けよっかな、お兄さんの妹」

 

 折角の機会だもん。思いっきり、兄という存在を楽しんでみるのも悪くない。でも、新しい計画は考えとかないと。

 今度はどんな事をしようかな――そうウキウキと体を踊らせながら、私は玄関のドアを開けて家に入った。すると偶然玄関先に居たお姉ちゃんとバッタリ出会す。

 

「お帰り香澄。……何だか楽しそうね?」

「あ、ただいまお姉ちゃん。えへへ……ちょっとね」

「ふーん……お風呂沸いてるから、入ってきたら?」

「はーい。もうクタクタだよぉー……」

「フフッ……あ、そうだ。香澄、今週の土曜日から水曜日……仕事ある?」

 

 不意の質問に風呂場へ向かおうとしていた足を止め、スケジュールを頭に浮かべる。

 

「んー……うん、仕事あるかな。来週は結構忙しいかも」

「そっか……空いてれば誘おうと思ったんだけど……残念」

「ん? 何かあるの?」

 

  私の問い掛けにお姉ちゃんはしばらく考えると、小さく微笑みながら口を開いた。

 

 

「ちょっとした旅行……かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お兄ちゃんが本当に大好きな妹ちゃん。妹という立場を狙われれば、彼女も黙ってはいません。

 なお、作中で彼女が行っていたマッサージ方法は作者が適当に考えた手法です。多分危険で効果も無いかもしれないので、決して実践しないように。

 それから、アイドル妹とリーダーさんのプロフィールを登場人物一覧表に追加します。




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