モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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アイドルシスターズ 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妹ちゃんの着替えをビルの外で待つこと数十分後、先程までのスポーティーな服装では無く、全身黒ずくめのスカートとシャツという格好で彼女はビルから出てきた。変装用にキャップを目深に被り、サングラスをしていて一瞬気付かなかったが、天城はすぐに気付き歩み寄る。

 

「お待たせ。さっさと帰ろう」

「うん。それじゃあ世名君、家の前までお願い出来る?」

「ああ。元々そのつもりで来たんだし」

「…………」

 

 サングラス越しに、妹ちゃんが俺の事を睨み付ける。敵意全開の目だ。やはり完全に嫌われてるようだ。

 

「……行こ」

「あ、香澄! もう……ごめんね」

「いいよ。とりあえず行こうか」

 

 一足先を歩く妹ちゃんに続き、俺と天城も横並びに歩く。その道中、何度か彼女へと話し掛けようとしてみたが、俺がその素振りを見せると歩く速度を速め、俺からすぐに遠ざかる。話す気は皆無らしい。

 隣を歩く天城もどうにかして俺と妹ちゃんに会話をさせようと努力はするものの、俺と彼女が言葉を交える事は結局一度も無かった。

 

 そしてビルから歩く事四十分弱――ストーカーによる被害も無く無事に、目的地である天城の自宅前へと辿り着いた。

 そういえば、天城の家に来るのは何気に初めてかもしれないな。俺の家から離れた場所にある別の住宅街に建つ、ごく普通の二階建ての一軒家だ。

 初めて見る彼女達の家を何となく見上げていると、妹ちゃんがサングラスを外し、鋭い目付きでこちらを睨みながら、口を開く。

 

「……結局、何も無かったですね。だから必要無いって言ったの」

「ちょっと香澄!」

「ははっ、そうだな。まあ、何も無かったのは良い事だよ」

「……フンッ」

 

 顔を背け、ツカツカと玄関に向かい一人歩き出す。それを俺と天城は後ろから立ち尽くしたまま見送る。

 

「はぁ……本当にごめん世名君」

「そんな何回も謝んなくていいよ。ただ、これじゃあわだかまりをどうにかするのは難しいな。会話すらしてくれないんだし」

「そうだよね……どうにかして心を開いてもらいたいんだけど……」

 

 天城は手を顎に当て、考え込むように目を閉じる。しばらくすると、天城は何かを良い案を思い付いたのか、目を急に開いて口を小さく開く。

 が、その数秒後に何故か顔を赤くして両頬を手で覆い、口をアワアワと歪ませる。い、いきなりどうした……?

 

「どうかしたのか?」

「えっ!? いや、何でも無いよ! …………あの! 世名君!」

「は、はい?」

「も、もしよかったらだけどさ……今からさ、少しだけ………ウチでお茶とか……飲んでいかない?」

 

 天城は人差し指をツンツンしながら視線を泳がせながら、照れ臭そうに目を伏せながらか細い声を出す。何これ可愛い。

 あまりの愛らしさに返答が遅れ、慌てて返そうとしたところ、天城が急に顔を上げて両手を振るう。

 

「ち、違うよ! 別にそういう事じゃ無くて、単純に香澄との会話のキッカケになるかなってだけだよ!」

「お、おお……それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 そういう事ってどういう事だろう……それが少し気になったが聞いたらさらにテンパりそうなのでスルーしておいた。

 天城が落ち着きを取り戻した頃、何故か玄関から妹ちゃんがこちらへと戻ってくる。

 

「お姉ちゃん、お母さん居ないみたい。鍵持ってる?」

「うん。それじゃあ世名君、行こう」

「ちょっ、ちょっと待ってよ! その男家に上げる気?」

「ここまで付き合ってくれたんだし、お礼ぐらいしないとでしょ?」

「冗談じゃ無いわよ! 私はこんな男を家に上げるなんて嫌よ!」

 

 それ程か……流石にそこまで嫌われる程酷い事したつもりは無いんだけどなぁ……でも、彼女が嫌がってるんだし、ここは帰っておくか?

 天城の心遣いを断るのは申し訳無いが、ここは大人しく帰る――そう言い出そうとした時、天城が突然威圧感のある声を出す。

 

「香澄、いい加減にしなさい。世名君に失礼でしょ」

「うっ……でもお姉ちゃん……」

「でもじゃ無い。私が世名君を上げるって言ってるの。私が……友達を家に上げるのに、あなたの許可がいる?」

「ぐっ……分かったよ。その代わり、絶対私の部屋には来ないでよね!」

 

 そう言いクルリと向きを変えて再び玄関へ歩き出す。が、鍵を持っていない事を思い出したのか再びこちらへ少し恥ずかしそうな顔で戻ってくる。

 お姉ちゃんには適わないんだな……でも、天城があんな高圧的なのは珍し……くも無いか。出雲ちゃん達と関わる時はこんな感じか。

 

 何はともあれ、俺は天城家へとお邪魔する事になった。ここで妹ちゃんとの距離が縮ればいいのだが――そう思いながら、俺は天城家へと足を踏み入れた。

 天城家は見た感じは俺の家何かとほぼ変わらない、至って普通の内装だった。ただリビングが二階で個人の部屋が一階というのが違うぐらいだ。

 まずは天城に案内され二階のリビングへ入り、それぞれの部屋へ荷物を片付けに行った二人をリビングの端の方にある椅子に座り待つ。

 

「世名君、お待たせ」

 

 数分程待つと、片付けを終えた天城達がリビングへ戻ってくる。

 

「お姉ちゃん、私は……!」

「いいから、香澄も一緒に」

 

 嫌がる妹ちゃんを天城が後ろから無理矢理に押し、長方形のテーブルを挟んだ俺の正面の席へと座らせる。妹ちゃんは俺の事を睨み付けると、鼻を鳴らしながら腕を組んで顔を逸らす。目も合わせたく無いって事か。

 数分後、キッチンへ向かった天城がカップを両手に持ち、俺達の元へ戻ってくる。

 

「はいこれ。世名君、コーヒーでいいよね?」

「ああ、ありがとう」

「はい、香澄の分」

「……ありがとう」

 

 目の前に出されたコーヒーカップの取っ手を握ると、妹ちゃんはヤケクソにそれを喉に流し込む。が、入れ立てのコーヒーは当然熱々なので――

 

「アチッ……!」

 

 想像通り、素早くカップから口を話し、舌を出して顔をしかめる。天城はそんな彼女の左隣に座りながら、呆れたように息を吐く。

 

「そんなに焦るからよ」

「わはっへるよ……」

 

 妹ちゃんは舌を出して空気に当てながら喋る。

 その様子を正面から見ていると、彼女がいきなりこちらを鋭い目で睨む。

 

「何見てるんですか!」

「ご、ごめん」

「全く……うっ……!」

 

 彼女は怒りを紛らわそうとしてか、再びコーヒーを飲むが、舌がヒリヒリするのだろう。一口飲んだだけで即座に口を離す。

 

「あんまり無理して飲まない方がいいぞ?」

「分かってますよ!」

「そういう事言わないの。全く……どうしてそこまで世名君にキツく当たるの?」

「……別に。私が年上嫌いなの知ってるでしょ?」

「それはそうだけど……流石に度が過ぎるわよ?」

「……お姉ちゃんには関係無い」

 

 

 そう目を伏せながら、小さな声で呟く。この感じ……ただ俺っていう人間が嫌いってだけじゃ無いのか?

 少し気まずい空気が流れ、会話が途切れたその時、急にリビングに電話の着信音が鳴り響く。天城が立ち上がり、電話に出る。

 

「はいもしもし。あ、お母さん? うん……うん……分かった。うん、じゃあね」

「……お母さんから?」

 

 妹ちゃんの問い掛けに天城は受話器を戻してから、頷く。

 

「うん。夕飯の買い物頼みたいんだって。仕事が遅くなりそうで、帰りに寄っていく余裕が無さそうなんだって」

「ふーん……」

「二人のお母さんって仕事してるのか?」

「うん。両親共働き。家に帰ってこない訳じゃ無いんだけどね」

「へー……」

 

 ウチと似たようなもんかな? それにしても二人の母親か……きっと凄い美人何だろうな……会ってみたい気もするが、遅くなるんなら会う事は無いか。

 

「さて……ごめんね世名君。私これから買い物に行くからさ。香澄と二人でお留守番しててくれる?」

「え、ああ構わない――」

「ちょっと待ってよ! この男と二人で留守番しろっての!? 何で!? なら私も行く!」

「駄目。香澄はいつストーカーに襲われてもおかしく無いんだし、家で大人しくしてて」

「なら、こいつには帰ってもらって……」

「それも駄目。家でも、一人じゃ危ないでしょ?」

「うぐっ……分かったよ」

「よろしい。それじゃあ、ちょっと出るから。その間に世名君と仲直りしとくのよ?」

「な、何で……」

「分かった?」

 

 威圧感のある天城の言葉に、妹ちゃんは言葉を詰まらせる。唇をギュッと噛んで小刻みに震えると、渋々といった感じにコクリと頷く。

 それに天城は「よろしい」と微笑み、リビングから出ようと歩き出す。

 

「そうだ……さっき香澄が被ってた帽子、借りていい? 外結構日差しが強かったからさ」

「……部屋にあるから勝手に持って行っていいよ」

「ありがとう。それじゃあ世名君、香澄の事よろしくね」

「おう。気を付けて」

 

 天城はそのままリビングを後にする。残った俺と妹ちゃんは互いに言葉を発さないまま席に座り続ける。それが五分程続くと、流石に気まずさが頂点に達し、限界が来たので、とりあえず声を掛けてみる。

 

「え、えっと……舌、大丈夫?」

「……関係無いでしょ」

「あ、そうですね……」

 

 会話終わったぁ……駄目だ、全然仲良くなれる気がしない。大体どうしてこんなに嫌われてるの? そんなにあの服がお気に入りだったのか? それとも、その後のあの密着が原因か? 確かに初対面の男にあんな事されたら嫌になるのも分かるが……

 

「――言っておきますけど」

 

 そんな事を考えていると、不意に妹ちゃんが話し掛けてくる。が、相変わらず不機嫌なようで、決して仲良くする気は無さそうだ。

 

「私、あなたと仲良くする気無いですから。お姉ちゃんはそうしてほしいらしいけど、私はあなたみたいな最低男と仲良くなんか御免です」

「……なあ、どうしてそこまで俺の事嫌いなんだ? そりゃ、服汚しちゃったり……なんだりした訳だけど、正直そんなに軽蔑される程では無いと思うんだよな……」

 

 年上嫌いとはいえ、流石に拒絶が強過ぎる。何かそこまでさせる理由があるはずだ。

 俺の思い切った問い掛けに彼女はしばらく沈黙すると、目を逸らした状態のまま口を開く。

 

「私……兄って存在に憧れてたんです」

「え……?」

「頼りになって、カッコよくて、みんなに自慢出来るような……そんな存在がずっと欲しかったんです。単純に男兄弟に憧れてるとこもありましたし。甘義カスミとして活動する時にみんなの妹とかキャラ付けしたりしてるのも、憧れをちょっとでも叶えられたらって思ってですよ」

「そ、そうだったのか……」

「だから、いつかお姉ちゃんが結婚して、素敵な兄が出来るのかなとか、色々夢を持ってました。だけど……」

 

 そこで言葉を切ると、いきなり顔を上げて俺を指差す。

 

「こんなセクハラするような人がその兄候補だなんて……そんなの拒絶するに決まってるじゃないですか!」

「なっ……だから別にセクハラした訳じゃ無いって!」

 

 というか本当にそんなんが理由かよ! 自分勝手というか……滅茶苦茶だろう!

 

「……ていうのは半分冗談で」

 

 と、指を下ろし、急に大人しくなる。ち、違う理由があるのか?

 

「あなたが嫌いな本当の理由は……お姉ちゃんとあなたの関係性が許せないんです」

「関係性……?」

「聞いてますよ。あなたがお姉ちゃん以外の人……海子さんとかにも告白されてて、そこから誰と付き合うか決めている最中だって」

「し、知ってたのか……でも、それが……?」

「当たり前じゃ無いですか。お姉ちゃんが好きだって言っているのに、あなたはその思いにすぐ答えずに保留にして、他の女性と向き合ったりしてる。そんなお姉ちゃんの気持ちを弄んで、最悪その気持ちを受け入れずに他の女性と付き合って、お姉ちゃんを悲しませるかもしれないような奴を……好きになんてなれる訳無い」

 

 真っ直ぐな眼差しと共に突きつけられたその言葉に、俺はどう返していいか分からず、思わず息を呑んで黙ってしまう。

 

「お姉ちゃんはとっても脆い人なの。ちょっとした事で傷付いて、挫けてしまうような程に。私はそんなお姉ちゃんを守りたい、支えたいの。だから、あなたみたいな人にお姉ちゃんを渡す事は出来ない。お姉ちゃんの事を、本気で大切にしない人を――私は兄と認めない」

「……そうか」

「……それに、単純に人の胸に体を押し付けるような変態は嫌です」

 

 彼女は軽く毒付き、すっかり冷めたコーヒーを飲む。

 お姉ちゃんの事を、か……確かに天城を――自分の姉を傷付けてしまうかもしれない奴と仲良くするなんて、嫌だよな。

 

 彼女の強い思いを感じ、簡単には心を開いてくれそうに無いと俺は少し心が折れ、黙り込んでしまった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「はぁ……香澄、どうしたら世名君と仲良くなってくれるかなぁ……」

 

 買い物を終えて、家路を歩きながら私は一人呟いた。

 このまま二人の仲が悪いままだと、色々不都合が起きる。どうにかして二人には仲良くなってくれないと、私と世名君の仲にも問題が生じるかもしれない。それは絶対阻止しなくては。

 今頃、香澄は世名君と仲直りしてくれてるのだろうか? ああは言ったけど、正直仲むつまじく話してるとは思えないし……どうしたものか。

 

「……そういえば考えてなかったけど、今世名君と香澄二人きりなんだよね……」

 

 もし香澄が世名君と仲直りしたとして、私と同じような感情を抱いたら……どうなるのだろう? もしかしたら海子と同じように……

 

「……か、考え過ぎだよね!」

 

 香澄に限って、そんな事は無いはず! でも、世名君の優しさに気付いたら……彼女は彼に恋をするのだろうか? そうなったら、私はどうする? その未来を想像して少し不安になり、思い悩む。

 

「……ッ誰!?」

 

 そんな事を考えながら歩いていると、ふと背後から視線を感じ、立ち止まって後ろを振り返る。だが振り返った先には誰も居ない。

 気のせいか――そう再び歩き出そうとした時、 曲がり角の陰から誰かが出てくる。眼鏡を掛けた、小太りの男性だ。

 

「ど、どちら様ですか? 私に何か……?」

「君さ……カスミンのお姉さんか何か?」

「へ……?」

 

 カスミン――それが香澄……いや、アイドル甘義カスミの愛称だという事を理解するのに時間は掛からなかった。そして、彼がカスミのファンで、例のストーカーである事を察するのにも、さほど時間は掛からなかった。

 私はいつでも逃げられるよう、男性から視線を外さないまま、気付かれぬように少しずつ後ずさる。

 

「……違いますよ」

「でも、その帽子……カスミンのお気に入りの帽子だよね? それに、顔もよく似てるし……」

 

 お気に入りの帽子……そんな事を知ってるって事は、やっぱりこの人が例のストーカー? だとしたら……あまり関わらない方がいい。

 

「もし親戚ならさ、カスミンと会わせてくれないかな? 僕ファンで……」

「お断りします。ストーカーをするような方を、妹に会わせるなんて出来ません!」

 

 そう口にしたと同時に、私は体の向きを素早く変え、地面を蹴り出す。

 

「ま、待って!」

 

 それを男も追い掛けてくる。足は速くないけど、それは私も同じだ。その内体力が尽きて捕まってしまうかもしれない。でも、家までは後少しだ。このままなら追い付かれる前に――

 

「…………」

 

 でも、そうしたらストーカーが香澄の所に来てしまう。それじゃあ香澄が危険に巻き込まれてしまう。そんなの……絶対に駄目だ!

 家へと向かい走り出していた私は曲がり角を家の方とは反対方向に曲がる。香澄を危険な目に合わせる訳にはいかない!

 全速力で走りながら、後ろを確認する。男はほぼ私と同じ速度で追い掛けてきている。このままじゃいつか追い付かれちゃう……でも、交番や近所の家に駆け込むのは香澄の為にあまり大事にしたくないから出来れば避けたい。なら、身内に助けを求める?

 こういう時に頼りになる友人は沢山居る。けどこの緊迫した状況で咄嗟に誰に助けを求めるか思い付かず、とりあえず無我夢中にポケットからスマホを取り出す。

 一体誰に助けを求めるか――私は鈍る思考を必死に回した。そして私の頭に、彼の顔が思い浮かんだ。そう、私の一番信頼する彼の顔が。

 

「お願い……助けて、世名君――!」

 

 その咄嗟の思い付きのままに指を動かし、世名君にメールを送信した。その時に私は、彼が今香澄と一緒居る事など、すっかり忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「…………」

「…………」

 

 あの会話から数十分。あれから俺と妹ちゃんは一切会話を交える事無く、黙々と天城が帰ってくるのを待ち続けた。

 俺としては少しでも彼女との溝を埋めたいのだが、相手は顔すら合わせてくれない。気まずい状況が続くのが耐えきれなくなり、俺はカップを手に取り、コーヒーを口に流し込もうとする。

 

「……あ、もう無いや……」

 

 が、コーヒーは既に無くなり、俺の口に入ったのは底の方に微かに残った数ミリ程度の冷めきったコーヒーの残りだけだった。はぁ……気が重いなぁ。

 一体いつまでこの状況が続くのかと、気が滅入り、何となく部屋の壁に掛けてある時計へと目をやる。時刻は午後三時過ぎ。天城が出たのが二時半ぐらいで……買い物は多分、近所にあった十分ぐらいで着くスーパーだろうし、もうちょっとかな?

 後少しの辛抱だな――そう思った矢先、俺のスマホが鳴り出す。ポケットからスマホを取り出すと、天城からメールが届いていた。

 一体どうしたんだろう? 早速内容を確認してみると――そこには「助けて」と短い文面が書かれていた。

 

「……何だこれ?」

 

 助けてって……何かあったのか? 天城がイタズラでこんなの送る訳無いだろうし……

 

「……まさか……例のストーカーか!?」

 

 その考えが脳裏に浮かび上がり、思わず我を失って席から立ち上がる。それに妹ちゃんは全身をビクリと震わせ、嫌悪の目付きでこちらを見る。

 

「な、何ですかいきなり?」

「……天城が危ないかもしれない」

「……どういう事ですか?」

 

 彼女の不安、疑問、恐怖、怒り、様々な感情が混じり合ったような声を聞いた瞬間、俺は我に返った。

 しまった……これは彼女に伝えるべきじゃ無かったか? 慌てて弁解しようかとしたが、彼女は俺のスマホを奪い取り、画面へ目を通す。その瞬間、彼女の顔が一気に青ざめる。

 

「何これ……どうしてお姉ちゃんからこんなメールが……!?」

「分からない……けど多分、例のストーカーが……」

「お姉ちゃんに付きまとってるって言うの……?」

 

 その問い掛けには返答せず――いや、どう返答していいか分からず、黙って目を伏せる。

 それに妹ちゃんは何かを決意したように目に力を込め、スマホをテーブルに投げ捨て、席から立ち上がる。

 

「ま、待てよ! 行くのか!?」

「当たり前でしょ! お姉ちゃんが危ないのよ! しかも、きっと私のせいで……」

「それは……」

「だから私が助けに行く! 決めたの、私がお姉ちゃんを守るって! お姉ちゃんの支えに……味方になるって!」

「一人で何が出来るんだよ! 俺も……」

「あなたが来ても、結局お姉ちゃんを守りきれないでしょ?」

「……ッ!」

 

 確かに、俺は喧嘩も強くないし……女の子を守って戦うみたいなヒーローの真似事は出来ない。

 

「なら、警察に連絡して……」

「警察沙汰になったら、世間に知れ渡る事になる。お姉ちゃんはアイドルの姉だって知られたく無いの。それは絶対に駄目」

「でも――」

 

 その方が安全かもしれない――そう俺が言いかけた瞬間、彼女は急にこちらへ顔を向け、急に語り始めた。

 

「……昔お姉ちゃんが芸能事務所の人にスカウトされてる時、お姉ちゃんはそれを嫌がってた。けど、お姉ちゃんがスカウトされてるって知った人達はみんなアイドルになりなよ、絶対人気になれるよ――そう言う人ばっかだった。お姉ちゃんはそれを嫌がってたのに! 周りの人はお姉ちゃんの気持ちも知らないで、お姉ちゃんが嫌がる事を平気で口にする! だから私は決めたの! 私は……私だけはお姉ちゃんの味方になるって! お姉ちゃんの気持ちを分かってあげるって!」

 

 気持ちが抑えきれなくなったのか、彼女は涙を流しながら叫ぶ。お姉ちゃんの気持ちを分かってあげるか……

 妹ちゃんは涙を拭い、俺に背を向けてリビングの扉を開ける。

 

「お姉ちゃんの気持ちを理解しない人に、お姉ちゃんは任せられない。だから……お姉ちゃんは私が守る」

 

 そう口にして、彼女はリビングから飛び出していった。俺はそれを追い掛けずに、ただリビングで一人立ち尽くした。

 気持ちを理解しないか……確かにそうかもしれない。俺は天城の気持ちを理解してないし、受け入れてもいない。そんな相手には任せられないって事か。

 その気持ちは分かる。けど、今は話が別だ。早く彼女を追い掛けないと! でも、俺が行ったところでどうする? やはり警察に――

 

 ――警察沙汰になったら、世間に知れ渡る事になる。

 

 でも、それは天城が望むものじゃ無い……わざわざ俺にメールを送ったって事は、事を荒立てたく無いのだろうし……どうすれば?

 

「……いや、今は天城を守らなきゃ――!」

 

 迷ってる時間は無い――俺は妹ちゃんを追い掛けながらスマホから電話を掛けた。天城を助ける為に。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「はっ……はっ……!」

 

 一人家を飛び出し、私はお姉ちゃんを探し出す為、住宅街を走り回っていた。

 お姉ちゃんはきっと、私を巻き込みたく無いって思ってるはず。なら家から遠ざかってるはず――!

 長年の付き合いからお姉ちゃんの考えを読んで、お姉ちゃんが居るであろう――自宅とは正反対の方角を目指して走り出す。この住宅街は狭い。一通り走れば、きっとすぐ見つかる!

 

 

 そして走る事数十分――自宅から離れた場所にある十字路へと辿り着く。

 

「はぁ……はぁ……お姉ちゃん、どこに居るの?」

 

 全然見つからない……まさか、もうストーカーに捕まってたり……?

 一瞬、最悪の想像が脳裏に浮かび、胸が痛む。駄目! こんな事考える暇があるなら走れ! 早く見つけ出して、安全を確認して――

 

「か、香澄……!?」

 

 捜索を再開しようと足を踏み出した瞬間、背後から聞き覚えのある声が耳を通り抜け、足を止めて振り返る。そこには、全身汗だらけで、息を荒らすお姉ちゃんの姿があった。

 

「お、お姉ちゃん……!」

 

 その姿を見た瞬間、胸の痛みが消え去り、急いでお姉ちゃんの元へ駆け寄る。お姉ちゃんは疲労に満ちた顔で驚愕の表情を浮かべながら、私の体を抱える。

 

「よかった……お姉ちゃんが無事で……何もされて無い!?」

「香澄……どうしてあなたがここに……」

 

「ま、待ってよー……」

 

 その時、お姉ちゃんの後ろから野太い男の声が聞こえる。その瞬間にお姉ちゃんは私を抱き締め、後からやって来た小太りの男を睨み付ける。あれは……昨日の奴!? やっぱりお姉ちゃんを付け回して……

 その男はお姉ちゃん以上に疲れているようで、汗をだらだらと流しながら、立ち止まって膝に手を置く。

 

「ぼ、僕はただカスミンの事を……」

 

 そう肩で息をしながら喋りながら顔を上げると、不意に私と目が合う。その瞬間、男の表情が明るくなる。

 

「カ、カスミンだぁ……! やっぱりカスミンのお姉さんだったんだ……!」

「お姉ちゃんに近付かないで下さい! それ以上近寄ったら、容赦しませんよ!」

「そ、そんな事言わないでよぉ……僕はただカスミンともっとお近付きに……」

「あなたみたいな変態……ましてやお姉ちゃんを困らせる奴は、ファンにいりません! さっさと私の視界から消えて下さいよ!」

 

 そう自分でも流暢だと思える暴言に、男が動きを止める。諦めてくれたのか――そう期待を抱いたが、男のおぞましい表情を見て、すぐに消え去った。

 

「何だよその言い草……こっちは真剣に応援してやってるのに……」

「そ、そんなの頼んだ覚えないんですよこっちは! 消えて下さいよ変態!」

「また悪口……カスミンはみんなの妹なんだよね? なのにお兄ちゃんに向かって……その言い方は無いだろう!」

 

 怒り狂った――そう言い表すに相応しい怒号を男は上げる。それにお姉ちゃんは私を離し、庇うように腕を伸ばして、前に立つ。

 

「香澄、逃げて! この人……危ない!」

「そんな……お姉ちゃんも!」

「私は大丈夫! お姉ちゃんだから、妹を守らないと!」

 

 そう私に笑顔を向けるが、お姉ちゃんは手が小刻みに震えている。無理をしているのが見え見えだ。

 

「……嫌」

「香澄……?」

「私はお姉ちゃんを守るって決めたの! だから……!」

 

 お姉ちゃんの背中を押し退け、今度は私がお姉ちゃんを庇うように前に立つ。

 

「お姉ちゃんを守るのが……妹の役目!」

「香澄……」

 

 

 

 

 

 

「――いいや、女を守るのは、男の仕事だよ」

 

 不意に聞こえたその声と共に、後ろから誰かが私の肩を掴む。その腕に引っ張られ、私はバランスを崩して後ろへ倒れる。それをお姉ちゃんが支える。

 一体誰が――そう思った瞬間、私達の目の前に、彼がいきなり姿を現した。

 

「あ、あなた……!?」

「世名君……!」

「ベストタイミングだったかな?」

 

 彼――世名友希はいきなり現れ、私達の前に立った。

 

「な、何しに来たんですか!」

「何しにって……お前と同じだよ。天城を助けに来た」

「あ、あなたに何が出来るっていうんですか!?」

「それはこっちのセリフだ。お前だって何にも出来ないだろ?」

「ぐっ……」

 

 言い返せない悔しさに歯を噛む。彼が来ても、状況はよくなって無い……一体どうするっていうのよ! すると彼はそんな不安を抱く私を安心させようとしてか、余裕な笑みを見せる。

 

「大丈夫だよ。必ず天城を……お姉ちゃんと君を守るからさ」

「…………」

 

 何の自信があるのか分からない。けど、彼は臆する事無く、ストーカーの方へと歩き出した。

 

「ま、またお前か……何なんだよ! 彼女達を助けて、ヒーローになろうっていうのか!? 言っとくけど、僕はこう見えて結構強いん――」

「いや違うよ」

「……は?」

「俺は強くないし、あんたを倒して彼女達を救うなんてヒーローみたいな事は出来ねーよ。そこら辺はしっかり分かってる」

「な、何だそれ……カッコ悪いな!」

「ああそうだな。でも、俺は彼女達を助けたい。だから――他人に頼らせてもらった」

「……は?」

 

 男と彼が会話を交え終えた瞬間――誰かが私達の真横を颯爽と通り抜けた。

 

「へ――ゲボォ!?」

 

 刹那――その人物が大胆に飛び上がり、ストーカー男の顔面に向け跳び膝蹴りを繰り出した。端から見ても威力が伝わってくる一撃に男はぐらつき、地面へと顔を押さえながら倒れる。

 膝蹴りを食らわせた人物――刺々しい茶髪の、何故かスーパーの制服らしい服を着た女性は地面へスタッと着地し、拳を打ち付けた。

 

「テメェかぁ? アタシのダチにちょっかい出してる野郎は?」

「つ、燕さん……!?」

 

 お姉ちゃんはその女性の姿を見ると、驚いたように声を上げる。し、知り合い?

 その声に燕と呼ばれた女性はクルリとこちらを振り向く。少々強面の顔に少し体が強張ったが、直後に見せた微笑みに安堵する。

 

「よー、優香と……その妹! 平気かぁ?」

「ど、どうしてここに!?」

「話は後だ後! まずは……そのストーカー野郎を懲らしめる」

「ヒィ……!?」

 

 女性に睨まれると、ストーカー男の表情が一気に青ざめる。彼女の恐ろしさを感じ取ったのだろう。その場から逃げ出そうと、慌てて立ち上がる。

 

「おっと、そう簡単に逃がさねーぜ」

「観念してもらおうか?」

 

 が、ストーカー男の背後にいつの間にか立っていた二人の人物に、足を止める。

 あれは……海子さんに、薫さん!? どうしてあの二人まで!?

 

「あ……ぼ、僕は何もしてないぞ……!」

「何言ってんだ? ストーカーは立派な犯罪だろうが」

「事情は聞いている。さあ、大人しくしてもらおうか?」

 

 薫さんは指を鳴らし、海子さんは軽く両手を振るいながら近付く。それにストーカー男は後ずさるが――背後に居るもう一人の女性に、襟首を掴まれる。

 

「ヒッ……!?」

「さーて、選びな。このままアタシ達にボコられて警察行くか、自首するか……どっちがお好みだストーカー野郎」

「ひ、ヒィィィィィィィィィ!!」

 

 ストーカー男は悲痛な叫び声を上げて、まるで化け物から逃げ出すかのように、その場から走り去った。す、凄い……

 

「んだよ、張り合いねー野郎だな」

「燕先輩に睨まれたら、誰でもああなりますって」

「言うじゃねーか薫」

「世間話はそれほどに。優香、それに香澄ちゃんも、大丈夫か?」

 

 海子さん、それに薫さんと、燕と呼ばれる女性。三人がこちらへと駆け寄る。それを私は、理解が追いつかずに呆然としたまま見つめる。お姉ちゃんも同じ思いなのか、ポカンと口を開いてる。

 

「海子達……どうしてここに?」

「ん? いや友希から優香がピンチだって電話もらってな。急いで駆けつけたって訳!」

「私も同じだ」

「私は海子と一緒に居たから、ついて来た訳」

 

 じゃあ……あの人が海子さん達に助けを頼んだの!?

 その事を聞いて、私は彼へと視線を向ける。彼はしばらくストーカー男が立ち去った方を見つめると、こちらへと近寄ってくる。

 

「あなたが……海子さん達を?」

「ん? ああ。俺だけじゃあストーカーに対抗出来ないのは分かり切ってるからな。カッコ悪いとは思ったけど、彼女達の手を借りるしか方法が思い付かなかったんだよな。警察沙汰にはしたくないみたいだったしな」

「いやいや、そんな頼みが出来るのは、アタシはカッコいいと思うぜ? あんなに必死にお願いするなんて、どんな顔してたか見てみたかったぜ」

「そうだな……正直、少し妬けてしまったよ。あそこまで優香の為に必死になっていて」

 

 そんなに……この人は、お姉ちゃんの為にそこまで本気になって……

 

「いや、俺もその時は必死だったからさ……でも、まさかどっちも来てくれるとは思わなかったですよ。正直間に合うか不安でしたし」

「アタシは最近働き始めたバイト先が偶然近くでな! 運良く辿り着けてよかったわ!」

「私は薫と一緒に、偶然ここらをうろついててな。連絡を受けて、すぐに駆けつけた」

「適当に走り回ってけど、案外遭遇するもんだね。ま、この住宅街狭いしね。そういや、燕先輩バイト中っぽいけど、大丈夫ですか?」

「ん? 何が……」

 

 そこで言葉を止めると、彼女は一気に青ざめ、口をあんぐりと開いた。

 

「これ……クビコースか?」

「……でしょうね」

「…………あのストーカー野郎ぉ……! ぶっ飛ばす!」

「お、落ち着いて下さい!」

「そうですよ! どーせまた一週間でクビになるんですから!」

「どういう意味だゴラァ!」

 

 暴れる燕さん? を海子さんと薫さんが押さえつける光景を、私とお姉ちゃんはポカンと見つめる。そこに、彼が近寄り、声を掛けてくる

 

「二人共、大丈夫か?」

「う、うん……ありがとうね、世名君」

「俺は何もしてないよ。守るとか助けるとか大口叩いたのに、結局は彼女達に任せただけだ。悪いな、こんなカッコ悪い男で」

「そ、そんな事無いよ! 世名君は……とって……カッコ……」

 

 お姉ちゃんはそう言葉を口にしていると、だんだんと涙ぐみ顔を歪ませると、急に彼の胸元へと顔を埋めた。

 

「怖かった……怖かったよぉ……! もし世名君が助けに来てくれなかったらって考えたら……」

「あ、えっと……大丈夫、もう大丈夫だから。泣かないで、な?」

 

 胸元にしがみつき、泣くお姉ちゃんを、彼は動揺しながらも宥める。それを私は、隣で黙って見ていた。お姉ちゃんが、人前で泣いてる事に驚いて。

 お姉ちゃんはとても脆く、傷付きやすい人間だ。悲しい事があったら、すぐに泣いてしまう程に。でも、それは心を許した相手にだけ見せる姿だ。どんなに辛くても、お姉ちゃんは心を許した相手でなければ、こんな姿は見せない。

 でも、お姉ちゃんは今、彼の胸の中で、感情を露わにしている。それは心の底から、彼を信用しているという事だ。

 

 お姉ちゃんは、本当に彼の事が好きなんだ――その時、私はそれをハッキリと理解した。

 

 そしてこの人も……お姉ちゃんの為に、必死になってくれた。女性に助けを求めるっていう、男性からしたら恥に近い行為を、迷いも無く実行した。お姉ちゃんを助ける為に。それほどに、彼はお姉ちゃんを思ってくれているのだろうか?

 

 彼の気持ちを……真意を聞きたい。そう思った時、彼が不意にこちらへ顔を向け、目が合う。

 

「えっと……大丈夫か? その……なんて呼べばいいかな?」

「……一つ聞きたい事があります」

「ん?」

「あなたにとって……お姉ちゃんって何ですか?」

 

 私の問い掛けに彼は沈黙する。お姉ちゃんは私の言葉に少し不安そうな顔をする。それが心苦しかったが、私は聞きたい。彼の本当の気持ちを。

 そしてしばらく沈黙を続けた後――彼は口を開いた。

 

「……分からない。まだ、その答えは見つかってない……いや、まだその答えを出す訳にはいかないんだ」

「え……?」

「君が言った通り、俺は天城の事を全く理解してない。だから、俺はちゃんと知りたいんだ。天城優香っていう人間を。そして他のみんなの事もちゃんと見て、しっかり答えを出したいんだ。俺にとって、彼女がどういう存在かを」

「…………」

「もちろん悲しませて、傷付けてしまうかもしれないけどさ……それでも俺は天城が――彼女達が納得出来る答えを出したいんだよ」

 

 

 その答えを聞いて、私の心の中にあった彼に対する拒絶の感情が、薄まったような気がした。

 

 彼とお姉ちゃんの関係を聞いて、私は彼をお姉ちゃんを傷付ける奴だと思っていた。結局ろくに考えもせず、適当に答えを出してお姉ちゃんを悲しませるんだって。今までだってお姉ちゃんの気持ちを考えないで、周りは好き勝手言ってきた。だから今回もって、そう思っていた。

 でも違った。彼はとことん本気で考えている。お姉ちゃんと本気で向き合って、理解しようとしてる。どんな結末になろうと、お姉ちゃんを挫けさせない為に。

 

「……そっか……やっと分かった気がするよ。お姉ちゃんがどうしてあなたを好きになったのか」

 

 彼は真剣に、本気でお姉ちゃんの事を思ってくれている。だから、お姉ちゃんは彼を好きになったんだ。

 これじゃあ、認めるしかないよね……お姉ちゃんは彼を真剣に愛してるのに、私がそれを否定したら、お姉ちゃんを悲しませちゃうもんね。それに彼なら……きっとお姉ちゃんを、悲しませない気がする。

 

「……認めるよ」

「え?」

「あなたはお姉ちゃんの事を……本気で考えてくれてるって。だからあなたがお姉ちゃんに相応しい人だって認めます……世名さん」

「えっと……よく分からないけど、仲直りって事でいいのかな?」

「勘違いしないで下さいよ。セクハラした事は許してませんから」

「あ、そうなのね……ていうかセクハラじゃないから!」

 

 まあでも……悪い人じゃ無いってのは、認めますけど――そう口にせず、心の中で呟いた。

 

 

 

「んー? なんかよく分からんが、友希は優香の事好きになったとかか?」

「なっ!? そうなのか友希!?」

「へっ!? いやそういう訳では無くて………」

「世名君……酷い……」

「あ、いやそういう事でも無くてぇ!」

 

 でも……お姉ちゃんの事を幸せにするのは、まだまだ先そうだなぁ……

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「お姉ちゃん、ちょっといい?」

 

 ストーカー騒動も無事終息した日の夜――私は夜遅くに、お姉ちゃんの部屋を訪れた。お姉ちゃんはお風呂も済ませ、ラフな部屋着姿で勉強机の前に座り、本を読んでいた。

 

「どうしたの? こんな遅くに」

「うん、ちょっと聞きたい事があって」

「聞きたい事? 珍しいわね」

 

 本を閉じ、机の横の本棚にしまうと、お姉ちゃんはベッドの方へ移動して腰を下ろし、隣に座るように手招きする。私は何も言わずにお姉ちゃんの隣まで移動して、同じようにベッドに腰を下ろす。

 

「それで、話って何?」

「うん。単刀直入に聞くけどさ――お姉ちゃんって世名さんの事、どれぐらい好きなの?」

「ど……!? 好……!? あ、え、その……どど、どうしてそんな事聞くの……!?」

 

 その質問を投げかけた瞬間、お姉ちゃんは顔を真っ赤にして激しく動揺する。凄い……ここまでテンパったお姉ちゃんを見るのは初めてかもしれない。

 

「今日の事でさ、世名さんが悪い人じゃ無いって分かった。だから、お姉ちゃん彼の事にどれぐらい真剣なのか知りたいの。お姉ちゃんの恋を真剣に応援する為に」

「か、香澄……わ、分かった」

 

 恥じらう乙女の表情を浮かべるお姉ちゃんに少し困惑しながら、私は問い掛ける。

 

「で、どれぐらい?」

「それは……スッゴくだよ。私は世名君がスッゴく好き。絶対に諦めたくない。彼と付き合う為には、誰とだって争うつもり」

「……もし、私が世名さんを好きだって言っても?」

「それは……もちろんそう。絶対に、渡さない」

 

 お姉ちゃんは今まで私に向けた事の無いような、敵意を含んだ瞳で、私を見つめる。

 そっか……お姉ちゃんはそこまで真剣なんだ……うん、なら私は応援しよう。お姉ちゃんの恋を。

 

「……ありがとうお姉ちゃん。これで私も決心付いた」

「決心……? まさか、本当に世名君の事……」

「あれは例え話だって! 本気にしないでよ!」

 

 そうは言ったが、お姉ちゃんは疑いの目で私を見る。おお、よっぽどだなぁ……早めに説明しないと変な勘違いされそうだよ。

 

「決心っていうのは……お姉ちゃんを世名さんに渡す……ていうのも変だけど、そういう事」

「それって……?」

「私はずっとお姉ちゃんは私が守らなきゃって思ってた。だから最初もあんな奴に渡してたまるか! って、何かムキになってた」

「香澄……そんな事思ってたんだ」

「……でもさ! 今日の世名さん見たら、お姉ちゃんを任せられるかもって思った。そしてお姉ちゃんも、世名さんを心から信じてる。だから、決心付いた。私はお姉ちゃんの恋を、全力で応援するよ!」

「香澄……うん、ありがとうね。私、頑張るよ!」

 

 笑顔でガッツポーズをするお姉ちゃんを見て、少し微笑ましい気持ちになり、口角が緩む。こんなに幸せそうなお姉ちゃんを見るのも、初めてかもしれない。これも世名さんのお陰……なのかもね。

 

「……よっし! だとしたら、私も色々張り切っちゃうよ! お姉ちゃんと世名さんをくっつける為にね!」

「香澄……ひ、控え目でお願いね?」

「そんな悠長な事言ってられないよ? やれる事やんないと、他の人に奪われちゃうよ?」

「わ、分かってるけど……恥ずかしいから……」

「お姉ちゃんがこんなにシャイだとは……二人にはくっついてもらわないと困るよ?」

「え、それって……」

「いいからいいから! それじゃあ、私が恋愛テクニックを教えてあげる! 現役アイドルとして、あざといテクニックはいっぱい持ってるんだから!」

「お、お手柔らかに……」

 

 お姉ちゃんには幸せになってほしい。だから世名さんのような人がお姉ちゃんの恋人になってくれれば、私も安心だ。

 それに……ちょっと私の願望もあったりもする。

 頼りになって、カッコよくて、自慢出来て、お姉ちゃんを幸せにしてくれる存在――私の理想のお兄ちゃん像っていうのを、あの時の世名さんに感じた。方法はちょっと情け無いけど、私を庇ってくれた時の背中は……少しカッコよかった。

 あんな人がお兄ちゃんになってくれたら、きっと幸せだろうな――そんな私の願望を叶える為にも、お姉ちゃんには頑張ってもらわないと! その為に私は精一杯お姉ちゃんを応援し、惜しみ無く協力する。それが、私の偽らざる思いだ。

 

「それじゃあ、まずは上目遣いの練習からいってみよー!」

「お、おー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 アイドル妹とのわだかまりも無くなり、無事解決です。
 一応友希と仲直りはしましたが、彼女は正妻戦争には参加せず、天城の応援者、協力者ポジションです。
 今度こそヒロイン追加だ! とワクワクしていた方は、またまた申し訳無い。

 ただ、彼女は友希を理想的な兄と慕い始めちょっとデレ状態なので……何か一波乱あるかもしれません。そこら辺を乞うご期待。






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