モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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アイドルシスターズ 中編

 

 

 

 

 

 

 

「香澄……あなたどうして世名君と一緒に……?」

「お姉ちゃん……この変態と知り合いなの!?」

「へ、変態……?」

「そうよ! この男、いきなり私のスカート汚した挙句、私の胸に体を押し付けた変態野郎なのよ!」

「ちょっ、ちょっと意味分からないかな……どういう事かな、世名君?」

 

 天城が困ったように苦笑しながら俺に問い掛ける。が、今の俺はそれに答える余裕など無かった。今し方明かされた事に混乱し、パニック状態なのだから。

 

「えっと……どういう事? 二人が姉妹って……だってその子甘義……えぇ……?」

「あー、えっと……うん。まずはこっちの説明だよね」

 

 質問に質問を返された事に困惑しながらも、天城はコホンと咳払いをすると、未だ不機嫌そうな顔でこちらを睨む甘義の頭にポンと手を乗せる。

 

「この子は天城香澄(かすみ)。私の二つ下の妹なの。甘義カスミっていうのは、いわゆる芸名ってやつなの」

 

 や、やっぱり妹なんだ……というか芸名って……ああ、天城(てんじょう)って天城(あまぎ)とも読むし……だからか? いや問題はそこじゃない。まさか天城に妹が居たとは……しかも現役アイドル?

 

 ステージの時と全然性格の違うアイドルに、それが天城の妹である事、そもそも天城に妹が居た事――色々衝撃的過ぎて理解が追い付かない。

 だが、一つだけ理解出来た事があった。それは先日のライブで感じた不思議な感覚。あれは以前燕さんと出会った時の感覚と同じ――どこかで見たことあるようなという感覚だったんだ。

 あの時は気付かなかったが、こうやって横並びで見ると、二人は結構似てる。体格や雰囲気は全然違うが、大きな黒目やサラサラとした黒髪と、割と共通点が多いように見える。まあ日本人なんて大体黒目黒髪だし、その時は深く考えなかった。でも普段からよく接する天城との共通点みたいなものを、無意識に感じ取っていたのだろう。

 

 それに気付き、少しスッキリした気分になっていると甘義――もとい天城の妹ちゃんである天城香澄は俺を嫌悪の眼差しで見ながらズガズガと近付き、刺々しい声を発する。

 

「あなた……まさかお姉ちゃんに変な事したとかじゃ無いでしょうね?」

「はい? いや違……うのかな?」

「何ですかその曖昧な答え……やっぱりそうなんですか!?」

「お、落ち着いて香澄! 一旦話を整理しよう! ね?」

 

 天城は慌てた様子で俺達の間に割って入る。それに妹ちゃんは渋々といった感じに一歩下がる。天城の言う通り、ここは一旦ゆっくりと整理しよう。

 

 とりあえずまずは、俺が何故彼女と一緒に居たかという事を説明する。

 俺がバイト帰りに偶然飛び出してきた彼女とトラブルになり、言い争いになってしまった事。そこに彼女のストーカーと思われる男性が現れ、その男から逃げる為、俺は彼女を連れてここまで来た事。そこでまあ……色々あったところに天城が来た――それをある程度掻い摘んで説明し終えると、天城は納得したように相槌を打つ。

 

「そっか……大体分かったよ。ごめんね、何だか妹が迷惑掛けたみたいで……」

「い、いいよ頭下げなくて! 俺が悪いんだし……」

「そうよ! 全部その男が悪いんだから! お姉ちゃんがわざわざ謝る理由……」

「香澄……」

「……ッ!」

 

 天城が少し威圧感のある声を出しながら視線を向けると、妹ちゃんは一瞬で言葉を飲み込む。姉の威厳ってやつか……今のは確かにちょっと怖かったな。

 

「うっ……ぶ、ぶつかった事は、まあ私も悪いって事でいいよ……でも! 私をあんな狭い場所に押し込んで、体を密着させといて、許せる訳無いわよ!」

「あ、あれはだからストーカーから……」

「うっさい! あれ以外にも方法はいくらでもあったでしょう? 何でわざわざあんなとこに隠れたのよ!」

「そ、それは俺も焦ってたというか……」

「嘘付け! どーせアイドルと密着出来るー、とか考えてあそこ選んだんでしょ汚らしい!」

 

 こじつけ過ぎるだろう! あの状況でそんな下心出す余裕あるかよ! つーかそんな考えしないわ!

 が、天城はその言葉に何故か俺の事を据わった目で見つめる。え、もしかして疑ってる?

 

「ち、違いますよ!? そんな事考えてませんよ!?」

「……分かってるよ。香澄、あんまり世名君を悪く言い過ぎちゃ駄目だよ?」

「ぐっ……何よお姉ちゃんはそっちの味方なの? 大体! 二人は一体どういう関係なのよ!? 今度はそっちが答えてよね!?」

 

 ビシッと人足し指を俺と天城に突き付ける。それに天城は少し困ったように視線を泳がせる。

 

「ど、どういう関係って……それは……」

「何? まさか言えないような間柄なの?」

「そ、そんなんじゃ無いよ! ただ……」

「……まさか……!? そいつがお姉ちゃんが前から言ってた好きな人だって言うの?」

 

 そのズバリ正解の言葉に、天城はピクリと肩を震わせる。妹ちゃんは当たったことに一瞬驚くように目を見開くと、溜め息を吐いて呆れたように肩を落とす。

 

「まさかとは思ったけど……こんな奴がお姉ちゃんの好きな人?」

「そ……そうよ! だから、世名君はそんな人じゃ無いから……」

「ふーん……」

 

 妹ちゃんは目を細め、俺を観察するように見つめると、こちらへ靴を鳴らしながら近付く。俺の目の前に来ると立ち止まり、下から覗き込むように目を合わせる。間近で見ると本当に天城の大きな黒目とそっくりだ。違うのは一つ。そこに好意の類の感情が一切無い事。

 

「……冗談じゃない。こんな男がお姉ちゃんと付き合うなんて、私は認めない!」

「か、香澄……!?」

「こいつがお姉ちゃんと恋人になったら、こいつは私の兄になるって事でしょ? 私はこんな変態で最悪な兄なんていらない!」

「ちょっと、香澄!」

「スカートの事や諸々は、お姉ちゃんに免じて許します。ただ、二度と私の前に姿を見せないで下さい!」

 

 そう吐き捨てると、彼女は俺から遠ざかり、その場から立ち去っていく。

 

「香澄! ああ、もう……ごめん世名君、話はまた今度でいい?」

「あ、ああ……」

「本当にごめんね……! 香澄、待ちなさい!」

 

 天城は申し訳無さそうに謝罪すると、妹ちゃんの後を追いかける。俺はその二人の後ろ姿を、黙って見送る事しか出来なかった。

 なんかよく分からんが……妹ちゃんには大分嫌われちまったらしいな……こりゃ大変な事になりそうだ。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 翌日――俺は昨日の事で話がしたいと、天城から連絡を受けて昼過ぎに商店街にある、以前に燕さんと千鶴さんの姉妹関係を知った喫茶店に来ていた。

 店内に入ってすぐ、先に来ていた天城が座る向かい側の席に腰を掛け、適当に飲み物を注文。天城はアイスコーヒーを一口飲んで一息つくと、こちらを申し訳無さそうな少し沈んだ瞳で見つめる。

 

「ごめんね、わざわざ呼び出して。明日バイトの時にって思ったんだけど、出来るだけ早く話しておきたくて」

「いや構わないよ。それで話って……やっぱり昨日の妹ちゃんの事だよね?」

「うん……」

 

 そう短く呟くと、天城は突然頭をテーブルにぶつかりそうな程深く下げる。

 

「改めて、昨日は妹が迷惑を掛けてごめんなさい。姉として、謝らせて」

「い、いいって別に! 特に何か怪我とかあった訳じゃ無かったんだし、俺は気にして無いよ」

「でも……」

「俺がいいって言ってるんだから、顔を上げてくれよ。俺が悪者みたいになっちゃうだろ?」

「世名君……うん、そうだね……」

 

 安心したように健やかに微笑むと、天城はゆっくり顔を上げる。それと同時に頼んだ飲み物が来たので、それを軽く口に含んで喉を潤してから、話し始める。

 

「しかし、天城の妹があのラヴァーズのメンバーだとは驚いたよ。というか、妹居たんだな?」

「ご、ごめんね隠してて……あんまり妹が有名人だって、知られたく無かったんだよね。妹も迷惑だろうし、私もちょっと嫌だしさ」

「そっか……妹さんはウチの中等部なのか?」

「ううん、香澄は隣町の女子校に。理由は……色々と」

 

 言い辛そうに視線を逸らす。色々あるみたいだな……あんまり触れないようにしとくか。

 話題を変えようと何を話すか数秒考えてから、口を開く。

 

「しかし、随分と刺々しい妹さんだな。天城とは全然違うっていうか……」

「そ、そんな事無いよ! あの子は本当は優しい子で……あ、別に私が優しい子って意味じゃ無くて……と、とにかく本当は凄く良い子なの!」

「そっか……その割には俺はボロクソ言われてたけどな……」

「そ、それは……聞いた限りだと、世名君との出会い方はあんまりいい感じとは言えないみたいだし、あの子ちょっと年上嫌いな所があって……仕事で関わる大人との人付き合いが大変とか愚痴こぼしてたし……」

「そ、そうか……」

 

 アイドルって大変何だなぁ……確かにあの性格からすると、アイドルのキャラは完全に作ってるみたいだし、色々ストレス溜まるんだろうな。そこにあの出会い方だ、キツく言われるのも無理は無い。

 この話題もあんまりよく無いなと、すぐさま新たな話題を振る事に。

 

「えっと……天城は妹さんと仲良かったりするのか? 昨日はよく分からなかったけど」

「それは……まあ、良い方だとは思うよ。たまに喧嘩するけど、香澄は私に懐いてくれてるし。多分、友香ちゃんに負けないぐらい出来た妹だと思うよ?」

「へー、そうなんだ……正直昨日の事からは生意気な子にしか見えないけど」

「そんな事無いよ! スッゴイ良い子で、私の自慢の妹なんだよ! 色々助けてもらってるし、それに――」

「わ、分かった分かった! ははっ……天城って割とシスコンか?」

「ムッ、世名君に言われたく無いな……」

 

 天城はプクッとほっぺを膨らませる。それに思わず俺は笑いをこぼし、天城もそれに釣られたように笑い出す。

 数秒程笑い続け、落ち着いたところで互いに飲み物を口にして、再び話に戻る。

 

「まあ、俺が嫌われちゃった事に変わり無いか」

「そうだね……香澄には、世名君と仲良くしてほしいんだけどな……だって、将来嫌でも関わる事になるだろうし……」

「……それって?」

「それは、結婚したら義理の妹になるんだ……し……」

 

 そこまで口にすると天城は機能が停止したロボットのように口を閉じる。次の瞬間、カァァっと顔が燃え上がり、両手を前に出して慌ただしく振るう。

 

「ちちち、違うよ!? 今のはえっと、あー、その……」

「お、落ち着け! 言いたい事は何となく分かるから!」

「うっ……はうぅぅ……」

 

 肩をシュンとすくめ、俯いたまま全身を縮こませる。

 自分の天然で動揺するのがもはや当たり前と化してきたな……可愛いからいいんだが。

 

 まあ、結婚とかはさて置き、確かに天城とこうして関わる以上、彼女とは何らかの接点はあり続けるだろう。ならこのままわだかまりがあったままじゃ、色々とあれだろう。出来ればどうにかしたいところだが……どうしたものか。

 

「……なあ、妹さんの事、色々聞かせてくれるか?」

 

 彼女とのわだかまりを無くすなら、まずは彼女の事を少しでも知っとかないと。そう思い未だ黙り込む天城に問い掛ける。

 それに反応した天城はゆっくり顔を上げると、アイスコーヒーの残り全部を飲み干し、落ち着いてからコクリと頷く。

 

 

「分かった。どんな事聞きたい?」

「そうだな……じゃあ、あの子どうしてアイドルなんかに? 特殊な職業だし、中学からってなると、相当強い気持ちがあるんだろ?」

「そ、それは……」

 

 天城は少し表情を暗くすると、目線を斜め下に落とす。

 

「あ、答え難い事なら無理にとは言わないよ。ちょっと興味持っただけだし……」

「……ううん、答えるよ。香澄がアイドルになったのは……私を庇ったから……かな?」

 

 天城を庇った……? どういう事だ? 彼女がアイドルになった経緯に天城が関わってるのか?

 

「二年ぐらい前……かな。渋谷辺りに香澄と二人で出掛けた時さ、偶然芸能事務所の人に声を掛けられたんだよね。君達、芸能界に興味無いかって」

「それって……スカウトってやつか?」

 

 天城は無言で首を縦に振る。

 そうなのか……まあ、天城は美人だし、あの妹と二人並んで歩いてたら、嫌でも人目に付くよな。そういう人材を探してるスカウトマンがその二人を逃すとは思えない。それがあの子がアイドルになった理由か? ……あれ、でも二人誘われたなら天城は断ったのか?

 色々疑問が浮かぶ中、天城は話を続ける。

 

「その時はすぐに答えを出さなかったんだけど、後日自宅にその事務所の人が来てさ。君達はきっと芸能界で成功する素晴らしい逸材だ! 是非とも事務所に入ってほしい――そう、かなりしつこく勧誘してきたんだ」

「まあ、それはそうだろうな……でも、天城はそれを断ったんだよな?」

「うん……私、芸能人とか、そういう人前に出る職業……あんまり好きじゃ無いんだよね。煽てられたり、敬われたり、妬まれたりするの……嫌だから」

「天城……」

 

 そういえば、最初に貰った手紙。あそこに書いてあったな……学園のアイドルと煽てられて、邪な目で見られたり、敬遠されたり、妬まれるのが嫌だって。そういうのが嫌いなら、より多くの人に注目されまくる本物のアイドルや芸能人なんて、なりたく無いよな。

 

「もちろんその時もそう言ってキッパリ断った。でも相手も必死で、何度も食い下がってきた」

「相手としては……無視するには惜しい逸材だもんな……」

「そ、そんな事……と、ともかく私が何度断っても、その相手は勧誘を続けたの。そんな時に、香澄が言ったの。私がその事務所に入ります! その代わり、お姉ちゃんの事はキッパリ諦めて下さい。でないと私も入りません――って」

「あの子がそんな事を……」

「香澄もさ、人付き合いとかが元々苦手で、そういう仕事はしたくなかったと思うんだよね。でも、嫌がる私を見て、私を庇おうとしてくれたんだ」

 

 そんな事があったのか……お姉ちゃんを守る為に……

 

「相手もその条件を渋々受け入れて、私を諦めてくれた。そして香澄は事務所に入って、今のグループで活動してる……それがあの子がアイドルになった理由だよ」

「そうだったのか……じゃあ、あの子も嫌々?」

「それは分からない……同じグループの子とは仲良くやってるみたいだし、仕事も楽しんでると思う。ただ、迷惑は掛けてると思う」

「迷惑? 天城が?」

「うん。私がそういう目立つのが嫌だって知ってるから、自分が私の親族だって気付かれないようにわざわざ芸名を使ったり、学校も私とは違う場所にしてくれたり……私がアイドル天城……ううん、甘義カスミの姉だって知られないよう、色々気を使ってくれてるの」

 

 そっか……アイドルの姉だって知られたら、色々大変そうだもんな。学校中の話題になるし、最悪世間にも知れ渡るかもしれないし。姉である天城の為にか……

 

「妹さん、相当天城を慕ってくれてるんだな」

「うん……本当、感謝してもし切れないぐらいだよ。だから、あの子も決して悪い子じゃ無いんだよ?」

 

 確かに、姉とはいえ自分以外の人間の為にそんな苦労を背負う人だ。悪い子じゃ無いのは十分に理解出来る。もっと色々聞いて彼女への理解を深めようと思ったが、これだけでいいかもな。

 

「……ありがとうな、話してくれて。何となく分かったよ、あの子が俺を嫌ってる理由」

「え、分かったの?」

「ああ。さっき言った通り、妹さんは天城の事をとても慕ってる。そんな大好きなお姉ちゃんが、俺みたいな男に取られるのが嫌なんだろ。だって今のところ、彼女の中で俺はお気に入りの服を汚した上に……セクハラした最低男だからな」

 

 言ってて何か悲しくなるな……でも事実そうだし、仕方無いよな。セクハラしたつもりは無いけどな!

 

「そっか……でも、香澄だって世名君としっかり話せば良い人だって分かってくれるよ!」

「そ、そうかな? まあ、ちゃんと話してくれるかが問題だけど……」

「それは……私が取り持つよ! 私がその……す、好きになった相手だもん! きっと香澄も分かってくれるよ!」

「お、おう……」

 

 必死だな……まあ、天城は俺と……結婚したいって思いはあるんだし、それなのに妹が俺を嫌ってるのはいけないだろうしな。俺も出来れば仲良くしたいし、何かキッカケがあればいいんだが……

 

「……あ、そうだ世名君。この後、時間ある?」

「ん? ある事にはあるが……どうした?」

「うん。今、香澄が白場にあるレッスンスタジオで練習してて、それがそろそろ終わるんだけど……これから迎えに行くんだ。それに付き合ってくれると有り難いなって……」

「それって……どういう事だ?」

「実は……昨日世名君が出会したように、香澄にストーカーが付きまとってるみたいなんだ……だから一人は危険だから、ここ最近は一緒に帰ってるの」

「そうなのか……あ、じゃあ昨日住宅街に居たのは……」

「うん。レッスンスタジオへの近道だったから。昨日は香澄、勝手に一人でスタジオから出ちゃったらしいけど……今日はちゃんとレッスンが終わる前に向かうつもりなんだ。そこで、男手が居ると安心だなって……」

 

 まあ、いくら二人でも女性だしな……それに天城はお世辞にもそういうのに対抗出来る人とは思えない。

 

「もちろん、俺でよければ付き合うよ」

「ありがとう……! これがキッカケになって、二人のわだかまりが無くなればいいんだけど……」

「だといいがな……レッスン終わるのは昨日と同じぐらいか?」

「ううん、今日は早くて……多分そろそろだよ」

「じゃあ、早めに店出るか?」

 

 天城はコクリと頷き、席を立つ。俺も注文した飲み物を飲み干し、レジへと向かう。会計を済ませて店を出た後、天城の案内で、例のレッスンスタジオを目指し歩き出した。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 喫茶店を出た後、俺と天城は昨日と同じ俺の家がある住宅街を通り抜け大通りに出て、そこから十分程度歩いた先にある五、六階建てぐらいのビルの四階にあるレッスンスタジオへとやって来た。

 

「ウチの近くにこんなとこあったんだ……知らなかった」

「白場市って、案外広いからね。あ、ここだよ」

 

 何もない長い廊下をしばらく歩くと、ある部屋に辿り着く。その部屋からは音楽が漏れ出ている。どうやらここでレッスンをしているらしい。

 この先で現役アイドルがダンスレッスンをしていると思うと少し緊張するな……が、天城は何回か来たことがあるのだろう。何の躊躇いも無く扉を開き、部屋へ入る。

 天城に続き部屋にそろりと足を踏み入れる。部屋の中はドラマとかアニメで見るような奥の壁が一面デッカイ鏡になってる、学校の教室がすっぽり二部屋は入ってしまう程広い大部屋になっていた。

 その部屋には、鏡の前で音楽に合わせて踊る白シャツに短パンという動きやすい格好をした二人の少女が居た。一人は天城の妹。もう一人は俺と同い年ぐらいの金髪との少女。あの人、確かラヴァーズのリーダーの……ユカリンだっけ?

 

 集中しているのか、二人はまだこちらに気付かないで、ダンス練習に没頭している。邪魔しては悪いと静かに部屋の角の方へ移動し、練習が終わるのを待つ。

 

「カスミ! 動きキレ無いわよ!」

「す、すみません!」

 

「……練習なのに迫力あるなぁ……割と一生懸命やってるんだな」

「うん。愚痴とかよくこぼすけど、何だかんだアイドルやってるのは好きみたい」

 

 天城の為に嫌々と思ってたが、案外ノリノリ何だな。こういうの見ると、昨日とは印象変わるなぁ。

 そんな事を考えながら彼女達のダンスを見守る。そして音楽が終了し、二人が動きを止める。全力全開で踊っていた二人は肩で息をしながら膝に手を置く。

 

「はぁ……はぁ……ん?」

 

 その時、不意に鏡に映った妹ちゃんと目が合う。瞬間、彼女の表情が一変。口をあんぐりと開き、目を丸くした、正直アイドルらしからぬ顔になる。すると彼女は疲れなんか感じさせない速度で振り返り、こちらを指差す。

 

「なな、何であんたがここに居んのよ変態男ぉ!」

 

 まあ、いきなり居たらそういう反応するよな。でも変態男は止めてほしいな。もう一人の子はポカンとしてこちらを見てるから。変態呼ばわりしないでくれ。

 とりあえず事情を説明しようとしたが、妹ちゃんは俺の発言を許さないと言わんばかりに言葉の弾幕を浴びせてきた。

 

「どうしてここに居るんですか、どうしてお姉ちゃんと一緒に居るんですか、というか顔見せ無いでって言いましたよね? たった一日で合わせに来るとかどういう事ですか!」

「いや、だからあのね……」

 

 喋る隙が無い……彼女の言葉を遮って話し出すタイミングを伺っていると、金髪の少女が妹ちゃんに近付き、彼女の頭にチョップを食らわす。

 

「痛ッ!? 何するんですかゆかりさん!」

「事情は分かんないけど、相手の話を聞きなさいな。そこの彼困ってるでしょうが」

「ううっ……」

 

 その一言に彼女は口を閉じて黙りだす。おお、流石リーダー。

 とりあえずこの間に話そうとしたが、俺の言葉をまともに受け取ってくれる気がしないので、代わりに天城に説明してもらう事に。

 

 ストーカー被害の事で、俺も一緒に家まで送る事を天城から聞くと、彼女は一応納得したような顔をして俯く。が、すぐさま俺を睨み付け、またまた指を指す。

 

「事情は分かったけど、こんな人に家まで送ってもらうなんて嫌! なんでこんな変態男と……」

「いやだから変態男は止めて……」

「香澄。安全の為に、世名君にも付き合ってもらってるの。もし昨日だって世名君が居なかったらどうなってたか分からないよ?」

「うっ……あれはこの人が居たから出てきたんでしょ……! 居ない方がマシよ!」

「もう……」

 

 参ったな……好感度マイナスだなこりゃ。一緒に帰るとか無理臭いぞ?

 どうしたものかと困っていると、突然一連のやり取りを聞いていた金髪の少女がポンッと手を叩く。

 

「ああ、あなたが今日カスミがムカツク奴って愚痴ってた男ね」

「ムカツク奴って……まあ、多分そうです」

「となると……あなたが優香の彼氏って事? へー、なかなかいいんじゃない? やるじゃん優香」

「ゆ、ゆかり……! 別に付き合ってる訳じゃ……」

「似たようなもんでしょ? 初めましてね、彼氏さん」

「あー、えっと……天城と仲がいいんですね?」

「ま、カスミを通して知り合った仲よ。同い年だし、気が合ってね。あ、自己紹介まだだったわね。一応ラヴァーズのリーダーやらせてもらってる、小鳥遊(たかなし)ゆかりよ。よろしくね」

 

 そう言うと彼女はアイドルらしい笑顔を見せながら、ウインクをする。

 

「存じてます。その、友人がファンなので……あ、世名友希です」

「あら本当? それは嬉しい事ね。今度是非よろしく言っといてね、世名君」

「あ、はい……」

 

 この人は……割とライブの時と印象がちょっと違うな。あの時はライブって事もあってテンション高めだったが、今は何だかお姉さんみたいな雰囲気だ。でも、凛々しく、年上と勘違いしてしまうような顔立ちの彼女には、こっちの方があってるかもな。

 

「カスミ、折角の好意なんだから有り難く、大人しく受け取っときなさい」

「で、でもゆかりさん……」

「リーダー命令よ。あなたは優香と世名君と一緒に帰りなさい。ストーカーと一悶着あったりしたら、グループとしても痛手だからね」

「ぐっ……はい……」

 

 おお、すんなり受け入れた……リーダーシップあるなぁ、小鳥遊さん。

 どうも納得いかないといった風に溜め息を吐くと、妹ちゃんは部屋の扉へと歩き出す。

 

「着替えるから、お姉ちゃん……とあなたはビルの外で待ってて下さい」

「あ、うん……」

「……フンッ」

 

 荒々しく扉を閉め、彼女は外へ出る。

 

「はぁ……ごめんね世名君」

「いや、こうなるとは思ってたから。こりゃ簡単に許してくれそうに無いな」

「んー、あの子はあんまり他人に心開かないからねぇ……事情はよく知らないけど、頑張りなさいお二人さん」

「あ、ありがとうございます……出来る限り頑張ります」

「うんうん。……ところでお二人はどこまで進んでるのかな? チューぐらいしてんの?」

「だ、だからぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 アイドルの妹ちゃんとのわだかまりをどうにか出来るのか? 後編へ続く。





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