出雲ちゃん達との買い物を終え、家に帰ってきた俺はまず着替えを済ませる為に自室へと戻った。部屋に入って荷物を適当に放り投げ、さっさと着替えようとした矢先、ポケットに入れたままのスマホがいきなり鳴り出す。
画面を見るとそこには『真島孝司』の名前が表示されていた。さっきまで一緒に居たのに、一体なんだ? 不思議に思いながらも電話に出る。
「もしもし?」
『おー、悪いな! ちょっと伝え忘れてた事があってさ。お前、今週末の日曜、暇か?』
「日曜? まあ……多分暇だけど……」
『本当か!? ならもしよかったらさ、ライブに行かねーか?』
「ライブ? 何の?」
『ほら、前にプールの時に話したラヴァーズっていうアイドルグループ! あれのライブだよ!』
ハイテンションな孝司から出された単語に頭を働かせ、過去の事を思い出す。
ああ……そういやそんな事言ってたな。あいつファンだって言ってたっけ。
「ん? でもそのライブって先週じゃなかったか?」
『それはプールでのスペシャルライブ! 今週のはドームでやるワンマンライブだよ!』
ドーム……そんなデカイとこでやんのか。そのラヴァーズってのはよく知らないけど、結構凄いグループなんだな。
『で、どうだ? 翼や裕吾も誘ってみるつもりだし!』
「別に構わないが……どうして俺なんか? 俺がそういうの興味無いの知ってるだろ?」
『だからだよ! ラヴァーズの恋人として、彼女達の魅力を知ってもらう為に誘ってんの! そういうのがファン心理だろ!?』
スマホから部屋全体に響き渡りそうな程大きな声が流れ、思わず顔をしかめてスマホを耳から離す。
熱いなおい……つーか恋人って……ああ、ファンの事そういうんだっけ? 正直興味無いが、ここまで熱心に誘ってもらってんだし……断るのもあれだな。
「……分かったよ。日曜でいいんだな?」
『さっすが我が友! 詳しい事はまたメールするからそん時な! じゃ!』
それを最後に、ブツリと通話が切れる。テンション高いなぁ……
通話が切れたスマホをなんとなく見つめながら、一人小さく呟く。
「アイドルねぇ……」
そんなライブに行くだなんて今まで思いもしなかったな……ま、一応少しは楽しみにしとくか。
◆◆◆
孝司との約束から時は流れ、8月16日――例のライブ当日。俺と裕吾、翼、そして誘った張本人である孝司は、白場を離れて都内某所、某ドームへとやって来ていた。そしてそのドーム内に入って、目に映った光景を見て、俺はただただ絶句する事しか出来なかった。
「すっげぇ……」
薄暗い円形状のドーム。軽く数万人は入るであろうこの場所を埋め尽くす人。それが放つ熱気。ガヤガヤと騒ぐ様々な声。まるでこの空間だけ別世界のように感じてしまう雰囲気に、俺は圧倒された。
それは翼や裕吾も同じようで、目を丸くして辺りをキョロキョロと見回している。唯一、こういうのに慣れているのであろう。孝司だけは冷静だった。
「ははっ、どうだすげーだろ?」
「これ、全部そのラヴァーズ……? のファンなのか?」
「凄いね……何だか、次元が違うというか……とにかく凄いね……」
「こういう場所は好んで来る事は無かったが……ここまでとはな。暑苦しいな」
「まーまー、ライブが始まれば楽しくて色々気にならねーよ」
そう言うと孝司は自前のバックから何かを取り出し、俺達一人一人にそれを渡す。
「何これ?」
「ペンライトとタオル。一応持っとけ」
「え、でも使い方とか……」
「まー、それはノリで何とかしろ!」
そんな適当な……まあ、言う通りこういうのはノリか。
とりあえずタオルを首に掛け、ペンライトを片手で持ちながら、俺はドームの中央へと目を向ける。ここは一番遠い二階席だが、中央にあるド派手なステージはここからでも割とはっきり見える。あそこで例のアイドル達が踊って歌うのか。
開始時刻は確かもう少しだ。始まれば一気に周囲は歓声に包まれるだろう。早めに準備しとくか……
ズボンのポケットに手を突っ込み、中から自前の耳栓を取り出し、耳へ入れる。
「お前、耳栓なんかしてどうした?」
「ライブ始まったら相当うるさいだろ? そんなんじゃ耳がいかれそうだから一応な。これでも十分聞こえるだろうし」
「そっか、友希君は耳いいもんね。こういうガヤガヤした場所はシンドイかもね」
翼の言う通り、大音量は俺にはシンドイ。ゲーセンとかならギリギリ大丈夫だが、これだけ大人数の歓声は流石に無理そうだ。どれぐらいかは経験した事無いから、よく分からないが……備えて損は無いだろう。
それから四人で適当に会話を交えながら、ライブが始まるのを待つ。そして数十分後――その時がやってきた。
突然明かりが消え、辺りが真っ暗になる。それと同時に、周囲の観客から歓声が少しずつ出始める。
「始まるのか?」
「ああ。来るぜ来るぜ……!」
孝司も興奮気味にペンライトを両手に身構える。よく分からない俺はとりあえず中央のステージの方へ視線を向け、立ち尽くしたまま待つ。
次の瞬間――ステージ周囲をライトが照らし、直後に演出と思われるスモークが勢いよく噴出し、ステージを覆い隠す。
そしてそのスモークが晴れると、先程まで姿が無かった派手な衣装を着た七人の少女がステージ中央に立っていた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
と同時に、ドーム中の観客から大歓声が湧き上がる。耳栓をしているのにも関わらず鼓膜を激しく刺激する程のテンションの上がりよう……どうやら彼女達がラヴァーズこと、ラヴァーズチルドレンのメンバーらしい。
その大歓声が途切れる事無く鳴り響く中、ステージを色とりどりなライトが照らし始め、会場に音楽が流れ始める。どうらいきなり歌から始めるらしい。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
それにさらに観客のテンションが上がり、会場を揺らすぐらいの大歓声を出す。つーかうるさっ!
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
孝司も周囲と同じように奇声に近い声を上げる。ライブの魔力恐るべし……
「す、凄いね……」
「なんかもう疲れたわ……」
裕吾と翼は俺と同じく周りについて行けないようだ。まあ、しょうがないよな。正直完全に別次元だ。こんなの素人がいきなりついて行ける訳が無い。とりあえず、歌だけは聞いてみるか。
合いの手とかそういうお決まりは全く分からない以上、俺達には歌を楽しむ事しか出来ない。ステージ上では俺達とほぼ同年代と思える少女達が音楽に合わせ、歌い、踊っている。
「現役女子中高生だけで構成されたアイドルって聞いてたが……結構レベル高いな」
「うん。歌も踊りも、テレビとかで見るアイドルさながらって感じ。まあ、実際アイドルなんだけど」
「ああ、案外良いかもな。なあ孝司――」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「……駄目だこりゃ」
完全にライブにのめり込んでるな……質問とかは後にするか。
とりあえず貰ったペンライトを点けて、適当に振りながら彼女達の曲を聴く。ザ・アイドルといった明るい曲調がなかなか聴いてて心地良く、つい聴き入ってしまう。するとあっという間にその曲は終わり、観客達の盛大な拍手に辺りが包まれる。
「へぇ……生で聴くと結構迫力あんな。思わず聴き入ったよ」
「お、お前もラヴァーズ気に入ったか? ただ可愛いだけじゃ無くて歌もいいんだなこれがぁ!」
「まあ、実力はある事は分かった。いいんじゃないか?」
「おお、同士が増えたぜ!」
孝司は俺の右手を掴み、嬉しそうに首を縦に振る。同士って……流石にそこまでのめり込んでる訳じゃ……まあ、どうでもいいか。
『みんなー! 盛り上がってますかー!?』
そんなやり取りをしていると、マイク越しの大きな声が会場内に響き渡る。確かMC……だっけ? どうやらそれに突入したっぽい。
それに孝司は素早く俺の手を離し、ステージを食い入るように見る。俺もそれに合わせてステージへ目を向ける。ステージ中央ではメンバー七人が全員集まり、今はその内の一人、凛々しい金髪の少女が話している。
『えー、ここに居る皆さんは知ってると思いますが、改めて! メンバーの自己紹介をさせて頂きます! まずは私! このラヴァーズチルドレンのリーダーをやらせてもらってます!
高らかに叫びながらゆかりと名乗った彼女が右手を上げると、観客がそれに合わせるように歓声を上げる。
「ユカリーン!」
「今日も可愛いよー!」
「結婚してくれー!!」
「……凄いね」
「ああ、カオスだな」
「こんなんでみんな最後まで保つのか? おい孝――」
「ユッカリーン!」
「……駄目だこりゃ」
それからも他のメンバーの挨拶は続き、とうとう最後の一人になる。他のメンバーに比べて少し小柄な、黒髪ツインテールの恐らく中学生ぐらいの少女。その少女は左手を大きく振りながら笑顔を振り撒き、天真爛漫と言い表すに相応しい声を出す。
『ハーイ! 最後はこの私、ファンみーんなの妹、
「カスミーン!」
「俺の妹になってくれー!」
「カワイィィィィィィ!!」
「……みんなの妹ね。アイドルらしいキャラ付けだな」
「キャラ付け言うな! カスミンは俺達の妹じゃい!」
「ね、熱心だね……」
「あんな妹、実際居たらどうかと思うぞ? どうだ、実際兄である友希は? あんな妹欲しいか?」
「……え、ああ……まあ、どうだろうな?」
「……曖昧な答えだな。どうしたぼーっとして」
裕吾は不思議そうに首を傾げる。俺はどう返答すればいいか一瞬考えてから、口を開く。
「ん、いや……何かさ、ちょっと不思議な感じがして」
「どういう事だ?」
「もしかして、カスミン推しになったか?」
「いやそういうのでは……」
うーん……何だろうこの感覚……まあ、あんまり気にし過ぎても仕方無いか。
その不思議な感覚を一旦忘れ、俺はライブに集中する事にした。
『それじゃあ、次の曲、行ってみよー!』
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」
それからも彼女達の活気あふれる歌と踊りが続き、二時間近く行われたライブは大盛況のまま幕を閉じた。
それまでの間、結局俺のあの不思議な感覚の正体は分からなかった。が、ライブの熱に流されて気にする事も無くなり、いつの間にか消えた。
◆◆◆
「いやー! 楽しめた楽しめた! 補習頑張った甲斐があったわ……」
ライブ終了後。時刻は夜――辺りはすっかり暗くなっていた。
俺達はさっさとドームを後にして、白場へと帰る為人がごった返す電車の車内で運良く取れた席に座りながら、今日の事を話していた。
「俺は疲れたな……」
「僕もちょっと人の熱にやられたかな……まさかあんなに激しいものとは思わなかったよ」
「だな……でも、何だかんだ楽しめたかな。いいグループじゃん」
「だろぉ? これだからファンを止めらんねーんだよ! 来年……いや、やるであろう冬のライブも行こうぜ!」
「……流石に遠慮しとく」
あの大観衆は流石にシンドイ……耳栓なんて機能しないも同然だったな。でも、今度CDぐらいは借りてみようかな。
「ところで、お前らは推しメンとか決まったか?」
「推しメンって……」
「流石にそこまでは……」
「んだよつまんねーな。友希はどうだ?」
「俺? 俺は……」
「そういやお前、甘義……だっけ? に感じた不思議な感じはどうなったんだ?」
裕吾の問い掛けに、俺は忘れかけていたその時の感覚を思い出す。そういえば……あれなんだったんだ?
「さあ……? まあ対した事では無いんだろうけど……」
「もしかして……一目惚れでもしたか? カスミン可愛いもんなー!」
「いや、それは無い」
今の俺がそんな考えを思い浮かべるとは思えないし。確かに可愛かったけども、それは流石に無い。もしそうだったとしたら、俺は彼女達に何されるか分かったもんじゃ無い。
そういえばこの感覚……最近も感じたような……一体いつだったかな?
結局、この感覚はなんなのか? それを考えている間に電車は白場へと到着し、今日という日は幕を閉じたのだった。
◆◆◆
ライブから一夜開けた月曜日。遠出での疲れも抜けきって無いまま、俺は午前中から太刀凪書店で仕事をこなした。
天城は家族の都合があるらしく、今日は俺とシフトが変わり休みだったので、久しぶりに一人集中して仕事に没頭した。その甲斐あって千鶴さんの洗礼を一回も受ける事無く仕事を終え、少し上機嫌な気分で、俺は帰り道を歩いていた。
時刻は午後五時過ぎ。綺麗な夕焼けに照らされる住宅街を一人闊歩しながら、俺はイヤホンを耳に付けて、スマホから音楽を流す。昨日ライブに行ったラヴァーズの曲だ。
昨日聴いた曲の中に、気に入った曲がいくつかあったので、早速ダウンロードしてみたのだ。アイドルの曲でも、中にはロックテイストなものもあって、意外と中毒性がある。
最近バイト帰りは天城と二人で帰る事ばかりだったたので、音楽を聴きながら帰る事は無かったのだが、たまにはいいかもな。
イヤホンから流れる曲を小さく呟きながら、帰り道を歩く。だが昨日聴いたばかり。当然うろ覚えなので、次の歌詞は何だっけなー、と頭を回していると――
「ちょっ……!?」
「へ――うわっ!?」
ちょうど曲がり角に差し掛かったところで、突然飛び出してきた誰かと真正面からぶつかってしまう。
「イッタァ……」
俺は咄嗟に足へ力を込めたので転ばずに済んだが、ぶつかった人物はそのまま転んで尻餅をついてしまう。
しまった……集中し過ぎて周りに目がいってなかった……って、そんな事考えるのは後!
「すみません、大丈夫ですか!?」
イヤホンを外して強引にポケットへ突っ込んでから、倒れる相手に手を差し伸べる。
相手は恐らく十代ぐらいの女性。白いスカートにピンクのシャツという可愛らしい服装で、目深に帽子を被っている。
「何なのよ全く……はぁ……って、あぁ!?」
しかし女性は俺の手を無視して勝手に立ち上がる。そして視線を下に落とすと、急に大声を上げる。
すると女性はいきなり顔を上げると、俺の顔を大きな黒目で睨み付け、グイッと顔を寄せてくる。な、何?
「ちょっと、これどうしてくれるんですか!」
「こ、これって?」
「これですよこれ! 私のスカート!」
彼女は膝丈ぐらいの長さのスカートを掴み、その手を荒っぽく動かす。それに視線を彼女の履くスカートへ向ける。恐らく転んで尻餅をついたのが原因だろう。純白のスカートのお尻の辺りに、簡単には消すことが出来ないであろう汚れが出来ていた。
「どうしてくれるんですか! これ私のお気に入りなんですよ!」
「そ、それは……申し訳無い! こっちの不注意が原因だな……」
「そうですね。分かればいいんです。じゃあ、弁償して下さい!」
「うっ……もちろん」
そりゃこっちが悪いんだしするつもりだけど……言い方ってものがあるだろう。
「で、いくらだ?」
「五万で」
「ご……!?」
躊躇無くさらっと要求された金額に、俺は顎が外れそうなぐらい大きく口を開き、目を丸くする。
「五万って……それそんなに高いのか!?」
「実際は半分ぐらいです。でも、あなたはこの私のお気に入りの服を汚した。それぐらいの責任はあるんじゃ無いですか?」
「はぁ!? 確かに俺が悪いけど……それは無茶苦茶だろう!」
「何ですか? こっちは下手したら怪我したかもしれないんですよ? 慰謝料と思って払って下さいよ」
「何で上から目線なんだよ!」
何だこいつ……いきなり失礼極まりない事言って……大体俺も悪いがいきなり飛び出してきたそっちだって悪いだろう!
今にでもそう口にしたいが、また無茶苦茶な返しをされるだけだと、何も言わず彼女の顔を威圧するように睨む。彼女もそれに対抗するかのように大きな黒目を吊り上げ、睨み返す。
「……ん?」
あれ……何かこの子見たことあるような……小柄な体型といい、凄い見覚えがある。それにこの声、感じは違うが……凄い聞き覚えがある。何だっけ?
そうこの声をどこで聞いたのか考えている時、ポケットに突っ込んだイヤホンから、流したままの音楽が微かに耳に入る。その瞬間――全てに合点が行った。
「あんた……ラヴァーズの……!?」
「え……あっ!? グラサン……!」
彼女は慌てるように辺りを見回し、地面に落ちていたサングラスを見つけるとすかさず手に取る。
この反応……どうやら間違い無いみたいだ。彼女はラヴァーズメンバーの――甘義カスミだ。
「……マジか?」
「……マジだったら何ですか?」
嘘ぉ!? マジで昨日の子!? 全然キャラ違うじゃん! どこがみんなの妹だよ! 超刺々しい性格じゃん!
だが、改めて見るとやはり昨日ライブで見た子だ。髪型は昨日ライブで見た時のツインテールでは無く何も束ねていないストレートで、メイクもしてなかったりと色々違いはあるが間違え無い。マジであの可愛らしい子なのか……
「バレちゃったのは仕方無いです……けど! それは今は関係ありません! さあ、早く弁償して下さいよ!」
「あ、いや、ちょっと待って……俺そんなすぐ順応出来るタイプじゃないからちょっと考えさせて……」
「何ですか? まさか……芸能人ってところに漬け込んで切り抜ける策を考えてるんじゃ無いでしょうね?」
「違うって! ギャップに混乱してるというか……」
「あなた……もしかして私のファンとかですか? 悪いけど、私はあなたみたいな人ファンにいらないですから」
「な、何だその物言い! 大体ファンじゃねーよ!」
彼女の毒の強い言葉にだんだんと苛立ってきて、俺もつい荒っぽい口調になってしまう。それに彼女もさらに苛立ったのか、言い返してくる。
そんな口論をそのまましばらく続けていると――
「な、何だお前ぇ!?」
突然、野太い声が聞こえ、俺達は口論を止めてその声の方へ向く。視線の先には、眼鏡を掛けた小太りの男性が息を荒らしながら俺を指差していた。誰だ?
「お前……僕のカスミンに何してるんだよ!」
「はぁ? 僕のって……」
知り合いか何かかと思い、彼女へ目を向けてみる。が、彼女はさっきまでの強気な態度が嘘のように怯えた表情をしていた。とても知り合いに向ける顔では無い。
もしかして……ストーカーとかそんなんか? アイドルって職だし、居てもおかしく無いだろう。それにこの男性……正直そんな感じな雰囲気はある。
「答えろよ! お前……カスミンの何だ!」
「……面倒そうだな」
ここは逃げた方がよさげだな。でも、ここで彼女を置いていったらヤバイだろうな……なら――
「仕方無いか……ちょっとごめんよ!」
「は……ちょっ!?」
ここは二人で逃げる! 俺は男性とは反対側へ走り出すと同時に、彼女の手首を掴み、無理矢理引っぱりながらその場から立ち去る。
「ま、待て!」
男性も追い掛けてくるが、見た目通り大した速さでは無い。一気に距離を離し、別の曲がり角へ差し掛かったところでそこを曲がる。すると運が良い事に、近くの民家の石垣と石垣の間に人一人が入れそうな小さな隙間があった。
「ここに!」
「うわっ……!」
俺はその隙間に彼女を半ば強引に突っ込ませ、俺もそこに隠れ、息を殺す。彼女もビックリしていたが、俺の考えを察して息を潜める。
「くそぉ……どこ行ったぁ!」
すると数秒後、男性の荒々しい声が聞こえる。どうやら近くに居るらしい。
頼む……このまま立ち去ってくれ――そう祈りながら、息を殺し続ける。
「…………行ったか?」
一分程経過すると、男性の声も聞こえなくなったので、恐る恐る隙間から顔を出して辺りを見回す。男性の姿は影も形も無かった。どうやら諦めて他の場所へ向かったらしい。
「ふぅ……もう大丈夫みたいだ」
「そ、そう……」
俺の言葉を聞くと彼女はホッと息を吐き、表情を和らげる。やっぱりあれはストーカーだったのだろうか?
「……って――」
が、突然彼女は顔を強張らせる。
その瞬間、今まで迫る男性に意識を集中させていたせいで気が回らなかったが、俺が今彼女に体を密着させていて、思いっきり胸に体を押し付けている事に気が付いた。
「イ……ヤァァァァァァァ!!」
「どぉぉっ!?」
それに当然と言えば当然だろうが、彼女はそう悲鳴を上げると両手を前に出し、俺を思いっきり突き飛ばす。それに俺は隙間から通路へ飛び出し、盛大に尻餅をつく。
「こ、この変態! 何してくれてんのよこのスケベ!」
「い、今のは不可抗力だろ!? 俺はあの男からあんたを助けようと……」
「うるさいうるさい! ホンット最低! 服は汚されるし、人の胸に……謝んなさいよ!」
「なっ、確かに悪いけど、助けてあげたんだからそんな言い方……」
「助けなんていらなかったのよ馬鹿!」
こ、こいつ恩知らずにも程があるだろう……こんなんじゃ謝る気も湧かねーわ!
流石に頭にきた俺はガツンと一言言ってやろうと、立ち上がって石垣の隙間に隠れる彼女へ歩み寄る。
「――世名君?」
が、不意に誰かに名前を呼ばれ、立ち止まる。この声は――振り返ると、そこには予想通りの人物が。スーパーの袋を手に提げ、不思議そうにこちらを大きな黒目で見つめる天城が立っていた。
「ど、どうしてここに……!? 家ってここら辺だったっけ?」
「ううん、ちょっと用事があって……世名君はどうしたの? 何だか言い争ってたみたいだけど……」
「え、えっと……」
な、何て言ったものか……この状況をどう説明しようかと頭を悩ませる。
「この声……?」
すると、突然甘義が石垣の隙間から飛び出す。そして天城と目を合わせる。と、二人は同時に驚いたように目を見開いた。
「香澄……?」
「お、お姉ちゃん……!?」
お姉ちゃんって……何だ、二人は姉妹だったのか――
「……って、お姉ちゃぁん!?」
二人が姉妹って……えぇぇぇぇぇぇ!?
まさかの展開。学園のアイドルの(実は居た)妹はモノホンのアイドルだった。
少し生意気そうな妹との出会い。果たしてどうなる? 次回へ続く。