モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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恋心とは複雑なものである

 

 

 

 

 

 

 

 

 八月半ばの午後――俺は裕吾、親戚の家から帰ってきた翼、無事……かどうかは分からないが補習を終えた孝司といういつものメンバーと、燕さんを加えた四人と一緒に、とあるゲームセンターに遊びに来ていた。そして今は孝司と燕さんが格ゲーで対戦しているのを残る二人と共に観覧している。

 

「トドメだオラァ!」

 

 そう高らかに叫ぶと燕さんは慣れた手付きでアーケード台のレバーを回し、ボタンを押す。そのコマンドにより燕さんが操作するキャラクターが必殺技を発動。派手なエフェクトと共に発生したそれが、孝司のキャラクターをぶっ飛ばした。

 

「だはぁ!? 負けた!」

「シャオラァ!」

 

 燕さんが右腕の二の腕を押さえながらガッツポーズをする。反対側の台では孝司が頭を抱えながら唸っている。格ゲーには自信があったみたいだし、相当悔しいようだ。

 

「くっそぉ……もっかいだもっかい!」

「おー、どんと来い! ぶっ潰してやる!」

「止めとけ。金無くなるぞ?」

 

 裕吾の言葉に孝司は手をピタリと止め、そろりと左手に持った財布の中を覗く。それから数秒後、肩をガクッと落とす。

 

「だな……止めとくわ」

「んだよもう終わりかぁ? ま、楽しかったわ」

 

 燕さんは台に背を向け、勢いを付けて立ち上がる。孝司は弱々しく立ち上がり、俺達の方へ歩む。

 

「はぁ……強すぎるだろ」

「お前もなかなか強かったぜ。いやー、やっぱり友希の知り合いはおもしれー奴が多いな。ついて来て正解だったぜ」

 

 燕さんは孝司の背中をバンバン叩きながら豪快に笑い出す。

 

 ついて来て――そう、今日は元々燕さんは居る予定では無かった。孝司の補習も終わり翼も帰ってきたし、久しぶり男四人で出掛けようという事になったのだが、道中偶然燕さんと出会し、流れでついて来る事になったのだ。

 最初は男の集団に居ても楽しくないのではと思ったが、燕さんに限ってそんな事は無く、あっという間に溶け込んでしまった。

 

「さて、次はどうする? アタシはまだまだ行けるぜ?」

「俺も大丈夫だな」

「僕もまだ暇かな」

「同じく!」

「ヨッシャ! じゃあもうちっとゲーセン回ってみるか!」

 

「…………」

 

 溶け込むどころかなんかリーダーみたいな立ち位置になってきたな。まあ、構わないんだけどさ。

 そのまま燕さんを先頭に、アーケードゲームが多い二階から、プリクラやクレーンゲーム等がメインの一階へ降りる。

 

 

「あれ、お兄ちゃん?」

 

 一階に降りて階段から少し歩くと、ガヤガヤと流れる騒音の中から、聞き慣れた声が耳に届く。その声の方へ顔を向けると、少し驚いたような顔をした友香が立っていた。

 

「友香? お前どうしてここに?」

「私はみんなと買い物の途中で寄っただけ。お兄ちゃんは?」

「まあ、俺も似たような感じだ。みんなって事は……もしかして出雲ちゃん達も?」

「うん。あそこで愛莉と悠奈と一緒にクレーンゲームしてる」

 

 そう言うと右の方を指差す。そちらへ首を回すと、確かに出雲ちゃんを含めた友香の友人三人組がストラップが景品のクレーンゲームの前に集まっていた。

 

「あー! また落ちたぁー!」

 

 景品を取る事に失敗したのか、出雲ちゃんが悔しそうに髪をクシャクシャに掻きむしりながら仰け反る。その時、不意に出雲ちゃんと目が合う。それとほぼ同時に今の失敗で落ち込んでいた顔が一気に明るくなり、俊敏な動きでこちらへと駆け寄ってくる。

 

「先輩だー! どうしてここに居るんですか? もしかして、私に会いに来たんですか?」

「あ、いや……と、とりあえず落ち着こうか……」

「偶然だとしても嬉しいです! これって運命ですかね?」

 

 落ち着かせようとしたが、興奮状態の出雲ちゃんは止まらず俺の手を両手で握り締めながら、腕を軽く上下に振る。

 しばらくこのままかと思ったが、出雲ちゃんが急に動きを止める。そして目付きが鋭くなり、明るさが一気に消える。視線の先はどうやら燕さんだ。

 

「……どうして居るんですか? まさか先輩に……」

「怖い顔すんなよ。アタシは偶然会ってちょっとコイツらに付き合ってるだけだよ」

「……フンッ」

 

 出雲ちゃんは鼻を鳴らして顔を逸らす。敵対対象でないとは分かってくれたけど、気に入らないのは変わらないか。

 出来れば仲良くしてもらえると嬉しいんだが……燕さんもそうしたいのか、困ったように頭を掻く。

 

「世名先輩達、こんちはです」

「ど、どうも……」

 

 そんなやり取りが終わると、タイミングを見計らっていたかのように小波と中村の二人もやって来る。小波は相変わらず気だるそうな感じだが、中村はちょっと様子がおかしい。いつものように凛とした佇まいでは無く、怯えたような表情で小波の後ろに姿を隠してる。

 一体どうしたんだ……って、そうか。裕吾達が居るからか。

 

「お、そっちも友香のダチか? って、後ろの黒髪の奴はどうしたんだ?」

 

 だが、事情を知らない燕さんはあっけらかんと問う。ざっくりと説明しようとしたが、俺の代わりに友香が口を開く。

 

「愛莉はちょっと男性恐怖症なとこがあるんです」

「男性恐怖……なるほどな。そりゃデリカシーねー事聞いちまったな。悪い」

「い、いえ……」

 

 中村はさらに体を縮ませて小波の小柄な体に身を隠す。それを宥めるように友香は彼女に近寄って優しく声を掛ける。

 

「大丈夫だよ。裕吾さんも翼さんも良い人だから」

「さらっと俺を省かないで!」

 

 孝司が突然声を上げると、中村がビクッと肩を震わせる。それを見て友香、小波、出雲ちゃんが同時に孝司を据わった目で睨む。

 

「真島先輩サイテー」

「軽蔑します……」

「えっ、俺が悪いの!?」

「はぁ……あんなんでも悪くは無いから、大丈夫だよ」

「わ、分かってますけど、やっぱりまだ慣れなくて……」

 

 そう力無く呟くと、中村は数回深呼吸をして小波の背後から離れる。どうやら落ち着いたらしい。

 

 それからまずは燕さんと小波達が互いに自己紹介をする。それを終えると、燕さんは何か考えるように両腕を組んで唸る。

 

「んー、女相手だと普通だな。どうして男が怖いんだ……って、またデリカシーねー事聞いちまったな……」

「い、いいんです。その……私の家は母子家庭で、上も姉が二人の女所帯なので、単純に男の人に慣れてないだけで……それに、小学校の頃に少し……」

「まさか、イジメにでもあったのか? って、またやっちたな……悪い」

「そ、そんな大層な事じゃ無いです。その……ス……スカート捲りとかなんで……」

 

 中村が恥ずかしそうに顔を斜め下に向けながら口にした言葉に、一瞬全員が何故か黙る。しばらくして、燕さんが頭をポリポリ掻きながら喋り出す。

 

「あー……まあ、女にしたらトラウマもんだよな、うん」

「男子って、どうしてそんな事するんですかね……しないで下さいよ真島先輩」

「名指しは止めろ! つーかしねーよ! そんなのは小学校で卒業したわ!」

「小学校の時してたんだ……サイッテー……」

 

 女性陣全員が軽蔑した目で孝司を見る。孝司はそれに救いを求めるようにこちらへ目を向けるが、俺達はそれを無視する。今のはお前が悪い。

 

「ジョ、ジョークだからなジョーク! 本気にすんなよ!」

「ジョークでも最低ですから。もういいです……先輩、行きましょう!」

 

 前半蔑むような声で孝司を突き放すと、それが嘘のように甘えた声を出しながら俺の腕にしがみつく。切り替え早いなおい……というか何か一緒に行動する事になってるし。

 そのまま流れで俺達と出雲ちゃん達のグループはまとまって行動する事になり、先程彼女達がプレイしていたクレーンゲームの前にやってくる。

 

「これ、何回やっても取れないんですよー! 本当に取れるんですかねぇ?」

 

 出雲ちゃんは機械の中にある無造作に積まれたストラップ群の中央辺りにある、デフォルメされた白いウサギのキャラクターのストラップを指差す。サイズは鞄に付けるぐらいで、上の方に積まれてるので割と取りやすそうだが……

 

「……折角だから、お兄ちゃん取ってあげれば?」

「って、何で俺?」

「この中じゃこういうの一番上手そうだし」

「まあ、得意な方だけど……」

 

 確か以前、朝倉先輩との初デートの時に同じように取ってやろうとして盛大に失敗したからなぁ……同じ失敗したら俺立ち直れないぞ。

 

「そうなんですか!? じゃあ、先輩にこれ取ってほしいなぁ……」

 

 だが、そんな事情を知らない出雲ちゃんは期待でいっぱいな眼差しでこちらを見る。仕方無い……やってやるか!

 腹を括り、クレーンゲームの前に立つ。百円を入れて、アームを操作する。他のメンバーがそれをジッと見守る。緊張するなぁ……

 

「…………ここだ!」

 

 目的のストラップの上にアームが来た瞬間、ボタンを離す。アームがゆっくりと下がり、ウサギのストラップを掴む。

 そのまま行け! そう強く念じながら、アームが移動するのを固唾を呑んで見守る。そして――開口部へとストラップが落下した。

 

「と、取れたぁ……」

「すごーい! 先輩カッコいいー!」

 

 安堵して背中を丸めた俺の背後から、出雲ちゃんがいきなり抱き付く。その勢いに押されながら、ゲットしたストラップを取り出し、出雲ちゃんへ渡す。

 

「はいこれ」

「ありがとうございます先輩! 大事にしますね! フフッ、先輩からのプレゼントだぁ……」

 

 出雲ちゃんは俺から受け取ったストラップを両手で優しく握り締め、ニマニマと笑顔を浮かべる。喜んでくれてなによりだ。本当、失敗しなくてよかったぁ……

 

「世名先輩、やるじゃん」

「凄いですね。私達はあんなに苦労したのに……」

「ははっ……上手く行ってよかったよ。大して役に立たない技術だけど」

「そんな事無いですよ。そういう特技みたいなの、憧れます。私も得意なら、簡単に取れるんでしょうけど……」

 

 そう言うと中村は積まれるストラップの方を向く。もしかして……欲しい物があるのか?

 

「……よかったら、中村の分も取ってあげようか?」

「あ、いえ違うんです! 欲しい物がある訳じゃ無くて、単純にそう思っただけです!」

「そうか? まあこういうのは慣れだよ」

「慣れですか……私も是非上手くなりたいです」

 

 上手くか……中村もこういうのに興味あるんだな。てっきりこういうのはそんな好きなタイプでは無いと思ってたけど。

 そんな会話を中村と交えていると、ふと燕さんがこちらを不思議そうに見てる事に気付く。

 

「……何か?」

「いや、愛莉は友希となら普通に話せんだなって」

「え? それは……世名先輩とは友香さんと知り合った頃からよくしてもらって、良い人だって理解してるから……ですかね」

「ふーん……もしかして、アンタも友希に惚れちゃった感じのタイプか?」

「へ!?」

 

 燕さんのいきなりな爆弾発言に中村は裏返った変な声を出すと、耳まで真っ赤になって両手をブンブン振るう。

 

「ちちちち、違いますよ! わ、私は別にそんなんじゃ……」

「アッハッハ! 冗談だって! そこまで動揺しなくていいだろ?」

「愛莉、こういう色恋沙汰には全然耐性無いから」

「なーるほど……若いねぇ……」

 

 おっさんかよ……全く、突拍子もない事言ってくれる。

 アワアワと混乱する中村を友香と小波が宥めているのを端から見守ってると、不意に背後の方から何やら寒気を感じる。咄嗟に後ろを振り向くと、そこには中村を見つめる出雲ちゃんが。その目は、不思議と明るさを感じられなかった。

 

「えっと……どうしたの?」

「……いえ、何でもありません。私も愛莉を励ましてきますね!」

 

 ニコッと笑うと、彼女は女性陣の輪へと歩み寄る。

 気のせいだったのかな? そう思って先の感覚を忘れようとした時――囁くような声を、俺の耳が捉えた。

 

「愛莉――後で話、いい?」

 

 それに一抹の不安を感じながらも、俺はそれを問い詰める事は無かった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「今日もアッチィなぁ……何で夏はアチィんだよ……」

 

 燕さんはTシャツの襟をパタパタとしながら、愚痴をこぼす。それに誰も応えようとせずに、炎天下の中を歩く。

 

 ゲームセンターを出た後、俺達は友香達の買い物に付き合う事にした。次の目的地は洋服屋らしいのだが、それがゲームセンターから結構離れていた。さらに急激に気温も上がり、もう全員喋る気力が湧かない程グッタリしていた。

 

「溶けそう……」

「はぁ……なあ、ちょっとあそこで涼んでかねーか?」

 

 燕さんは近くにあったファーストフード店を指差す。確かに、あそこなら涼めそうだな。

 

「さんせー……私もう限界……」

「そうだな……オヤツのついでにちょっと休憩するか?」

 

 皆に聞くと、全員黙って頷く。満場一致で、俺達はその店で休憩する事にした。

 

 

 

 

 

「くぅぅ……! 冷房最っ高!」

 

 店内に入り、適当な物を注文して二階の飲食スペースの席に座ると、燕さんは両手を広げて天井を仰ぎ見る。

 

「生き返るぅ……」

「やっぱり店の中は涼しいね」

「ま、外出ればまた暑いんだけどな」

「それ言うなよ……」

 

 みんな各々駄弁りながら、買ったものを口に付ける。俺も飲み物でも飲んで喉を潤そうとした時、隣に座っている友香かちょんちょんと俺の肘をつつく。

 

「どした?」

「ね、出雲と愛莉知らない? 見当たらないんだけど……」

「え……」

 

 友香にそう言われ、俺は店内を見回してみる。本当だ……気付かなかったけど、二人が見当たらない。出雲ちゃんならこういう状況なら真っ先に俺の隣に座りそうだけど……

 トイレか何かに行っているのかとも考えたが、ふと先のあの言葉が頭に浮かぶ。

 

 ――後で話、いい?

 

 まさか……いや、心配無いとは思うけど……でも、あの時の出雲ちゃんの雰囲気に、状況……普通に考えれば、そういう事になる……のか?

 

「……ちょっと探してくるよ」

 

 席を立ち上がり、一階に降りる。

 流石に出雲ちゃんも手荒な事は――ましてや友人に対してしないだろう。だけど、何となく不安は感じる。以前から、彼女には狂気っぽいものは感じていた。あの時感じた感覚もそうだ。つまりあの時、出雲ちゃんは中村にいつも天城達に向ける感情と似たものを向けた事になる。

 だとすれば……あの時言ったのがただの話し合いとは考え難い。間違い無く、俺関連だろう。だとすれば……一波乱あるかもしれない。

 

 

 一階に降りてすぐ、二人が窓際にある小さな飲食スペースに並んで座るのが見え、俺は反射的に階段近くの壁に背を向けて隠れる。

 このまま割って入ろうとも思ったが、少し様子を見る事に決め、会話を聞き取る為に耳を研ぎ澄ます。

 

「それで、話って何ですか? わざわざ皆さんから離れたんですし、大切な事ですよね?」

「うん……早速で悪いけどさ」

 

 出雲ちゃんは首を回して中村と目を合わせると、静かに口を開いた。

 

「さっきのさ……本当はどうなの? 先輩に惚れてるって話」

「えっ……あ、あれは……」

 

 やっぱりその話だよな……それにしても、やっぱり出雲ちゃんの雰囲気があんま良いとは言えないな……声もいつもの明るさが欠片も感じられないし……大丈夫だよな?

 

「……すぐ否定しない。やっぱりそうなの?」

「ち、違いますよ! あれは太刀凪さんが勝手に言った事で……」

「それは分かってるよ。でもさ、言われてみると愛莉って先輩相手だと全然怖がる様子も無いし……それってやっぱりそういう事なのかな?」

「そ、それは世名先輩は友香さんのお兄さんで、優しい方ですし……」

「私が聞きたいのはそういうのじゃ無い。愛莉は先輩が好きなの? そうじゃ無いの? もしそうじゃ無いならいい。でももし好きなら……」

 

 それ以上彼女は何も言わずに、中村を見つめた。その目はいつも友人と接するような明るく楽しい目では無く、敵を見るような静かで背筋を凍らすような目。その目に中村は声を失ってしまったのか、口を噤んでしまった。

 

「やっぱりそうなんだ……」

 

 出雲ちゃんは俯きながら、そう小さく呟く。右手がプルプルと震えだし、今にも殴りかかってもおかしく無い。

 流石にこれ以上はいけないと感じ取り、俺は彼女を制止しようと飛び出すそうとした――のだが。

 

「お前が行くとややこしーだろ。アタシに任せな」

 

 その声と共に、後ろから誰かに肩を引っ張られ、バランスを崩して後ろに倒れる。それと同時に、誰かが俺の横を通り過ぎて二人の元へ向かう。

 あれは……燕さん? まさか、俺の代わりに彼女を止めようと?

 

「よー! アンタら何やってんだー? あれ、愛莉涙目じゃん。喧嘩でもしたかぁ?」

「……何しに来たんですか?」

「いや、アンタらが居ないから様子見にな。話も少し聞こえたぜ」

 

 燕さんは中村の隣に座り、彼女の背中を優しくさすりながら、反対側に座る出雲ちゃんへと視線を向ける。

 

「全く、嫉妬する気持ちは分かるが、あんな威圧的じゃ答えられるもんも答えられないだろ? そういうのはアンタが気に食わない答えを聞いてからにしな」

「……言われなくても……で、どうなの愛莉?」

「わ、私は……」

 

 中村はオドオドした様子で視線を落とすが、燕さんが頭を優しくポンッと叩くと、それで気分が落ち着いたのか顔を上げて口を開く。

 

「世名先輩は……とても優しくて、素敵な人だとは思います……多分、ですけど……私は心を許していて、知らずに興味があったのかもしれない……というのは否定しません」

「…………」

「でも! それは過去の事です! ただの優しい先輩で、親友のお兄さん――それが今の私にとっての世名先輩です!」

「……そう言い切れるの? いつか、先輩に対して恋心が目覚めるとか……無いと言える?」

「それは……分かりません。ただ、目覚めたとしても私はそれを消します! だって――世名先輩は出雲さんの大切な人ですから! 出雲さんの好きな人に、手を出したりしません!」

「…………」

 

 中村の真摯な言葉に、出雲ちゃんはしばらく黙り込む。すると、口元緩ませて、瞳に明るさが微かに戻る。

 

「そうだよね……愛莉はそういう子だもんね」

「出雲さん……?」

「ごめん、問い詰めるような言い方して。信じたかったんだよね、愛莉が恋敵じゃ無いって。だからついああなっちゃって……」

「出雲さん……いいえ、私がすぐ答えられたらよかったんですから……」

「ううん、私が悪いよ。……そうだよね、愛莉は私が嫌がるような事しないよね」

 

 出雲ちゃんが小さく笑う。それに釣られるように、中村もクスクスと笑い出す。よかった……ひとまず、わだかまりは無くなったようだ。これで一安心――

 

「――でも、もしそうじゃなかったら?」

 

 と思ってた矢先、燕さんが突然発言する。な、何だ?

 

「もし、愛莉が友希の事を今でも好きで、お前の恋敵になったとしたら……どうするつもりだったんだ?」

「た、太刀凪さん……?」

「……何でそんな事聞くんですか?」

「いやぁ、単なる興味だよ。それに、アタシは一応相談役ってポジションだから。この際だから、色々聞こうと思って」

 

 燕さんは中村に断って席を入れ替え、出雲ちゃんの目を真っ直ぐ見つめる。

 

「アンタは愛莉……イヤ、質問を変えよう。アンタは自分の恋敵に対して……どういう感情を向けてる?」

「……どういう意味ですか?」

「そのまんまさ。憎い、邪魔、ウザイ、消したいとか――さ。一度聞いてみたいと思ったんだよね。アンタ、優香達を見る目、スッゴイこえーからさ」

 

 な、何を聞いてるんだあの人!? そんなの聞いて一体どうしようっていうんだ!?

 出雲ちゃんはその問いにしばらく燕さんの目を睨む。それに燕さんは気圧される事無く、余裕の表情を返す。

 

「しょーじきに答えろよ? 包み隠さずに全部を」

「……私は……」

 

 一体彼女の口から何が出るのか。正直もう答えは分かりきってる。多分燕さんもそうだ。それを聞いて、彼女はどうするんだ?

 言い知れぬ多くの不安を感じながら、彼女の発言を待つ。そして、彼女の口がゆっくりと動いた。

 

「憎いですよ。邪魔ですよ。ウザイですよ。好印象なんて一個もありません。私と先輩の幸せ妨げる邪魔者ですよ」

「ふーん……で、もしアイツらが友希と付き合――」

「そんな事させませんよ! どんな事をしてでも、アイツらに先輩は渡さない……例え――殺してでも!」

 

 

 出雲ちゃんの憎悪に満ちた叫びが店内に木霊し、周囲の人が静まり返る。

 やっぱりこうなった……あの人、本当に何が目的だよ!?

 

「……だろうね。殺意全開だなオイ」

「……こんな事聞いて何がしたいんですか? アナタも殺されたいんですか?」

「まっさかぁ。……でもさ――どうしてしないんだ?」

 

 ふざけた雰囲気から一転、張り詰めた声を出した燕さんに、出雲ちゃんが一瞬たじろぐ。

 

「ぶっ殺すならいつでも出来る事だぜ? アタシがアンタの立場で、同じ思考を持ってたなら、とっくに優香達を殺ってると思うぜ? だって好きな男とデートしたり、一緒に住んでたり、抱き付いたりしてるんだぜ? 殺すには十分過ぎる程にムカツク相手だろ」

「それは……」

「でも、アンタはそれを実行しない。怖いとかか? そんな覚悟もねーなんて薄っぺらい愛情だな」

「そんな事……!」

「じゃあ何だ? アンタが動かない理由は何だ? 正直に答えな」

「何でアンタなんかに――」

 

 出雲ちゃんのその言葉を遮るように、燕さんは彼女の後頭部へ手を回し、自分の方へ引き寄せ、額を彼女の額にくっつける。

 

「アタシは気になった事は明かしたいタイプなんでね。それにアタシはアンタらと、友希の相談役だ。なら、全部知っとかないとだろ?」

「…………」

 

 額を離し、出雲ちゃんをジッと見つめる。出雲ちゃんは膝の上で拳を握り締め、唇を噛む。だがしばらくするとそれを解き、ゆっくりと小さく口を開く。

 

「……嫌われたく無いから」

「……それは?」

「私は、先輩をただ手に入れたいんじゃ無い。先輩に好きになってほしい! 無理矢理手に入れるんじゃ駄目なの! それに先輩はそういうのを……人を傷付けるのを嫌う。だからもし、私がアイツらの誰かを殺したり、傷付けたりしたら……先輩はきっと私の事を好きになってくれない! だから……」

「アンタは動かないと……」

 

 燕さんの言葉に、出雲ちゃんはコクリと頷く。

 

「もちろん、さっき言った事。殺してでもって思いは変わらない。どうにかして先輩から突き放したい。でも……それで彼女達に手を出して傷付けたら先輩は私を受け入れてくれない! それで無理矢理繋ぎ止めても、私を好きになってくれないんじゃ意味が無い……私は! 先輩に……愛されたいの……」

 

 そこまで口にすると、出雲ちゃんはポロポロと涙を流しだす。それを見て燕さんはそっと彼女の頭を撫でる。

 

「何だよ……ただの狂気いっぱいのお嬢さんかと思ったけど、可愛らしいじゃねーか」

「……勝手に撫でないで下さい。撫でていいのは先輩だけですから」

「おっと悪いな」

 

 燕さんが手を離すと出雲ちゃんは涙を拭い、前を向く。

 

「……これでいいですか?」

「おうよ。アンタの素直な気持ちを聞けてよかったよ。これで良いアドバイスが出来そーだ」

「アドバイスなんて貰う気ありません」

「ハッハ! そりゃ残念。ま、困ったらいつでも聞けよ。っと、悪いな愛莉。除け者にしちまって」

「い、いえ私は……」

「まあ、後は二人で話しな。今度は泣かすなよ? じゃあ、まったなー」

 

 席を立ち、プラプラと両手を振りながら歩き出す。そして俺の元へやって来た燕さんはピタリと立ち止まる。

 

「だ、そうだ。よかったな、率直な気持ちが聞けて」

「……はい。その……ありがとうございます」

「いいって事よ。ただ、これをどうにかするのはアタシじゃ無くてお前だ。しっかり、見てやれよ?」

「……分かってます」

「それでよし。相談にはいつでも乗ってやる。思う存分悩めよ」

 

 そう言い残し、燕さんは二階へと上がっていった。

 

 今思うと、出雲ちゃんのここまで素直な気持ちを聞いたのは初めてかもしれない。今までは誰も聞かなかったし、俺も何だか怖くて、深くは聞けなかった。でも、燕さんはそういうのを臆せず聞けるタイプだ。それは多分、俺にとって頼もしい存在なのかもしれないな。

 それに多分、出雲ちゃんも本当の意味で全てをさらけ出したのは今回だけかもしれない。それも燕さんの人柄があっての事なのかもしれない。

 

「……好きになってほしいか……」

 

 正直出雲ちゃんは周りを排除する事しか考えてない狂気的な人間だと、心のどこかで少し思っていたのかもしれない。それでどこか素っ気なく接してたかもしれない。でも、彼女はただの恋する女の子なんだ。出雲ちゃんも、当然他のみんなも、俺を手に入れたいんじゃ無くて、好きになってほしいんだ。

 

「……恋愛って、難しいんだな……」

 

 今更だが思い出した……俺は彼女達のわだかまりをどうにかしようとばかり考えてた。でもその先、俺が誰かを好きになる事がゴールなんだ。そうしなきゃ、何も終わらない。

 

「本当……責任重大だな……」

 

 改めて俺の立場がどういうものか……それを理解した。でも、それ以上は考えるのが少し怖くなって、俺は思考を止めて、みんなの居る二階へ戻った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「これなんて可愛いんじゃない?」

「うーん……こっちのがいいかも?」

「私はこれが可愛いと思います」

「えー、絶対これでしょ?」

 

 ファーストフード店を後にした俺達は女性陣の目的地である洋服屋に辿り着き、和気あいあいと服を選ぶ彼女達を、俺達男性陣と燕さんは傍らで見守りながら待っていた。

 

「女子って本当服とか好きだよなー」

「燕さんは見なくていいんですか?」

「アタシは服とか興味ねーしな。後金が無ぇ」

「でしょうね」

「…………」

 

 出雲ちゃんと中村……さっきあんな事あったのにもうあんな楽しそうに話して……やっぱり女子って凄いな。

 

「どうした浮かない顔して」

 

 彼女達の事をぼーっと見ていると、隣に居た裕吾声を掛けてくる。

 

「ま、さっきの店での事だろ」

「聞いてたのか?」

「いや。ま、お前の様子から何かあったのは想像出来た。幼なじみとして付き合いは長いしな」

 

 そんなに顔に出てたか……ま、そりゃそうか。

 

「……恋愛って、難しいんだなって思ってさ……」

「……ポエマーに目覚めたか?」

「ちげーよ。何かさ……色々改めて考えたら、重圧に押し潰されそうになってさ……それに、いつまでも何も考えずに、この状況を続けてていいのかなって……」

「……お前、相変わらず糞真面目だな」

「え……」

「それは悪い事じゃねーよ。ただ、そんな難しく考えてたらお前壊れるぞ?」

「じゃあ、どうすれば……」

 

 俺が問い掛けると、裕吾はサラッと口にする。

 

「思った通りにすればいい」

「思った通り……?」

「どうせ誰かを好きにならなきゃとか考えてるんだろうが、それは違うだろ? そんな難しく考えた愛情貰っても、嬉しくないだろ。だから、思った通りでいいんだ。誰かを可愛いと思ったんなら可愛いと言えばいい。何かを嫌だと思ったなら嫌だと言えばいい。誰かを好きだと思ったなら、好きだと言えばいい。そもそも愛情って、いつか勝手に芽生えるものだろ?」

「勝手に……」

 

 そうだよな……必死に考えても、好きになる事なんて出来ない。愛情ってのは彼女達に芽生えたように、いつの間にか自然と出来るものだ。なら俺は、それが出来るのを待てばいい。自分の思いに嘘をつかずに。

 

「でも、それはいつになるかな……」

「いつでもいいんじゃね?」

 

 俺の呟きを聞き取り、孝司が突然口を挟んでくる。

 

「別にアイツらだって今すぐ出せとは言ってないんだ。なら、とことん悩め。じゃねーと、真剣な大宮達に悪いだろ?」

「孝司君の言う通りだよ。友希君はゆっくり、彼女達の事を知っていけばいいんだよ。前から言ってたじゃない」

「孝司、翼……」

「お前は深く考え過ぎて前の決意を忘れるからな。ま、俺達が覚えといてやるよ」

「裕吾……ああ、そうだな。ゆっくりと彼女達の事を知って、好きになるよ。深く考えず、思った通りに」

 

 俺の言葉に三人は微笑み、俺はそれに感謝の気持ちを込めて、頷いた。

 

「ふーん……いいダチじゃん。アタシも惜しみなく協力するぜ?」

「燕さん……はい、お願いします」

 

「センパーイ!」

 

 その元気な大声に話を止め、俺達は彼女達が集まる試着室の方へ向かう。そこには店で売っている黒く大人っぽいシックな服を試着した出雲ちゃんが。

 

「どうです? これ可愛く無いですか?」

「そうだな……」

 

 その服にどうコメントを返すか考えながら辺りを見回す。その時ふとある服が目に入り、それを手に取る。ピンク色の可愛らしい服だ。

 

「出雲ちゃんにはこっちが似合うと思うよ?」

「えー……でもそれ子供っぽく無いですか?」

「そうかな? 俺は出雲ちゃんにはこれが可愛くて似合うと思うけどな?」

「そ、そこまで言われたら……」

 

 出雲ちゃんは照れたように髪の毛先をいじりながら目線を逸らす。

 

「……うん、じゃあそれ着てみる!」

「おう。じゃあ、これ」

 

 出雲ちゃんに服を渡そうとした時、出雲ちゃんの隣の試着室のカーテンが開く。そこから店の服を試着した中村が姿を現す。清楚な白いワンピースを着た彼女は、少し恥ずかしそうに試着室からヒョコっと体を出す。

 

「おー、愛莉似合ってる」

「そ、そんな事無いですよ……」

「いやいや似合ってるよ。ね、お兄ちゃん?」

「ん? ああ、そうだな。うん……可愛いんじゃ無いか?」

「へ!? あっ、えっと……あ、ありがとうございます……」

 

 中村が頬を紅潮させ、試着室の中へ姿を隠す。その瞬間、辺りの空気が何故か凍り付いた。え、何? 思った通りに言っただけなんだけど……

 

「お前……少しは自重しろよ」

「え!?」

「先輩……どうして私には可愛いって言ってくれないのに愛莉には言うんですか!?」

「ど、どうしてって……そう思ったから?」

「愛莉……」

「い、出雲さん、目が怖いです……! 私はそんなつもりじゃ……」

「はぁ……振った私が馬鹿だった」

「世名先輩天然ジゴロ」

「ぐぅぅ……! こうなったら私がもっと大人っぽい衣装で先輩を悩殺してあげるんだからぁ! 悠奈手伝って!」

「アイアイサー」

 

 な、何がどうなった? 可愛いって言ったけど二人のわだかまりは収まったんじゃ? ……いや、今考えると出雲ちゃんの人格が変わった訳じゃ無いんだし……こうなるわな。

 

「はぁ……恋愛って難しい……」

 

 俺は彼女達を理解し、恋を理解する事が出来るのか? 少なくとも……それはまだ先になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ちょいシリアスな回。友希はまた少し前に進めたのかな?
 出雲は限度を理解して抑える事が出来るヤンデレです。……それってヤンデレなのか?

 そして次回はまさかの急展開……の予定。お楽しみに。




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