夏休みも中盤へ差し掛かってきたとある一日。今日は特に予定も無く、暇な時間が続いていた。夏休み前はほぼ毎日彼女達に付きっきりだと思ったが、彼女達個人にも予定があるせいか、案外俺の自由な時間が多い。
それは心身休まり、有り難い事なのだが、何も無いのは無いで退屈である。いつもは宿題に追われていたが、今年は最初の方で終わらせてしまっている。今日も一日家で読書でもしていようか――そう自室のベッドに寝転び、読みかけの本を開いた時、枕元に置いてあったスマホが鳴りだす。
「はいはーい……」
誰が聞いている訳でも無いがそうだるそうに声を出し、本を閉じて適当な場所に放ってからスマホを手に取る。画面に目を通すと『朝倉雪美』の名前が表示されていた。どうやら、今日の予定は埋まりそうだ。
「……もしもし」
『あ、友希君? ごめんなさいね、まだ午前中だっていうのに』
「いえ構いませんよ。それで、何か用ですか?」
『ええ、実は折り入ってお願いがあるのだけれど……構わないかしら?』
お願い? デートの誘いか何かと思っていたが、朝倉の声のトーンから察するに、そんな感じの話じゃ無さそうだ。
どんなお願いだろうと数秒沈黙して考えてみた。が、何もする事無く暇していた俺がそのお願いとやらがどんな内容でも断る理由も無いので、思考を止め返事をする。
「大丈夫ですよ。暇ですし」
『そう、助かるわ。じゃあ今日の正午過ぎ、駅前に来てくれるかしら?』
「はい、分かりました」
『ありがとう。あ、それからもう一つ』
「はい?」
『友香ちゃんも連れて来てもらえるかしら?』
◆◆◆
「あ、居た居た」
午後一時――友香と共に白場駅前へとやって来た俺は、時計台の前に白いワンピース姿で立ち尽くす朝倉先輩を見つけ、その場へ駆け出す。
それに先輩も気付いたらしく、太陽光に照らされ美しく煌めく銀髪を靡かせながらこちらへ振り向く。
「お待たせしました」
「いいえ、全然。こんにちは友希君。それに友香ちゃんも」
「はい、こんにちは。……いきなりで悪いんですけど、どうして私も呼んだんですか? お兄ちゃんとのデートじゃ無いんですか?」
出会うなりすぐさま放たれた友香の問いに、先輩は右手を頬に当てて首を傾げ、少し残念そうに息を吐く。
「私も友希君とデートしたいのは山々なんだけど、今日はそうもいかないのよね。今回はどちらかというと、友香ちゃんに用があるのだから」
「私に?」
「ええ、実は今日、羽奈の誕生日なのよね」
「羽奈……ああ、生徒会の副会長さんですよね?」
友香の言葉に先輩はコクリと頷く。
夕上の誕生日……そうなのか。でもそれが今回の事とどう関係が? ……毎回忘れてるが、こういう内容は前もって聞いとく方がいいな。
「そんな訳で明日、生徒会のメンバーで誕生日パーティーをする事になったのよ。でも、ちょっと問題がね……」
「問題?」
「誕生日ともなれば当然プレゼントを渡す事になるのだけれど……何を買えばいいか分からなくてね……」
「……それって?」
「知っての通り私は世間知らずで、他人とズレているところがあるわ。だから、最近の若者が何を欲するのかがよく分からなくてね……だから、同じく最近の若者である友香ちゃんに、羽奈のプレゼント探しを手伝ってほしいの。意見とか、色々参考にしたくて」
なるほど……失礼だが、確かに先輩が最近の女子が好きな物を理解し、それを探し出す事が出来るとは思えない。先輩こういう事は柔軟に考えられなさそうな人だしなぁ……でも――
「夕上は先輩に貰った物なら何でも喜ぶと思いますけどね」
「そうかしら? 一応前もってプレゼント候補は考えてみたのだけれど、これがいいのか分からなくてね」
「ちなみに、どんなのですか?」
「ブランド物のバックや誕生石を使った特注のブローチ。後はそこら辺の土地ね」
「……止めとた方がいいですね」
価値観が違い過ぎる……最近の女子がそういうの好きじゃ無いかは知らないが、少なくとも最近の高校生はそんなの買えない。あなたお嬢様って身分隠す気無いでしょ。というかそこら辺の土地って何? プレゼントに土地て。
「そう、やはりこれでは駄目なのね……難しいわね、誕生日プレゼント」
ぶっ飛びすぎな内容だが、先輩は至って真面目のようだ。これは、力を貸してあげた方がいいかな……多分一人だと今の候補の中から選びそうだし、それでは彼女もそれを貰った夕上も困るだろう。特に土地。高校生に使い道無いぞ土地。
このままでは白場に利用価値が分からない謎の土地が出来てしまうやもしれない。それを阻止するべく友香に協力してやるよう頼もうと視線を向ける。だが、俺の言葉を聞く前に友香は小さく頷く。どうやら言うまでも無く協力してくれるみたいだ。
「分かりました。私でよければ協力しますよ」
「本当? 助かるわ。じゃあ、これから色々な店を回りながら意見をくれるかしら?」
「了解です」
そう言葉を交わすと、先輩は「よろしくね」と右手を差し出し、友香はそれを無言で握る。
どうなるか分からないが、これで謎の土地が出現するのを阻止出来たな……ん、でもこれ……俺いらなくない?
友香の意見が欲しいってのが先輩の目的だ。俺は夕上の欲しがる物なんて想像出来ない。なら、俺が居なくても問題無いような……というか居る意味が無い。なら……何故誘われた?
「あのぉ……俺の存在意義って今回あります?」
小さく右手を挙げながら小声で言うと、先輩はキョトンとした顔で頭を傾けながら、首をこちらへ回す。
「あら? 十分にあるわよ。友香ちゃんも私と一対一じゃ気まずいだろうし、ついでに友希君と一緒に休日を楽しみたかったしね」
なるほど……つまり俺は今回特にする事は無いって事でいいのかな? ただ居るだけでいいと……ま、気楽でいいか。
「そうですか……まあ付き合いますよ、暇ですし」
「よかった……よろしくお願いね?」
うっすらと微笑みながらその場体の向きを変え、先程と同じように右手を差し出す。それに一瞬戸惑いながらも、俺は右手でそれを握る。白く細い外見からは予想出来ないもっちりとした気持ちのいい感触が右手に伝わり、緊張から手汗が滲み出す。
「よ、よろしくです……!」
慌てて右手を引き、ズボンで手汗を拭う。先輩はその反応を楽しむようにクスクス笑う。はぁ……彼女の思惑通りって感じだなぁ……
少し気まずくなり先輩から目を逸らしたその時、その様子を白けた目で見ていた友香がわざとらしく咳払いをし、俺と先輩の視線を集める。
「別にイチャつくのは構わないけど……なんかむず痒いからそういうのは二人っきりで」
「あらごめんなさい。つい友希君の反応が楽しくて」
「……よ、よし! 早速行きましょうか!?」
「ええそうね。友香ちゃん、この辺りで若者に人気のお店とかあるかしら?」
「そうですね……駅ビルに女の子に人気のアクセサリー何かが売ってるお店があるんで、行ってみましょう」
「そんな店があるのね……では、向かいましょうか」
友香は頭を縦に振ると駅ビルの方へ向かい歩き出す。それに俺と先輩も後を追いかけるように歩き出した。
全六階建ての駅ビル。その中で雑貨やファッション店舗が集中する四階にやって来た俺達は、早速友香の案内で例の店に足を踏み入れ、プレゼントに合いそうな物を探していた。
店にはペンダントからブレスレット、ピアスやイアリングにカチューシャと、若い女の子が好みそうな派手なアクセサリーが並んでいた。ピンクや明るい色の物が多く、店内の内装もそんな感じなので、何だか目がチカチカする。
「色々あるのね……こういうのが若者に人気なのかしら?」
「一応そうですね。ただ、あの副会長さんがこういうのを好むかどうか……正直分かりませんね」
確かに……夕上、オシャレとか興味無さそうだしな。ここの客層は見てみる限り俺達と同年代の女子が殆ど。だが、みんなギャルというか……いわゆる活発系な女子がメインだ。夕上みたいなキツイ性格の奴が、こういうのを好むとは考え難いかもな。
朝倉先輩も薄々それには感づいてるようで、口元を手で覆い隠して考え込むように商品棚に並ぶアクセサリーを見つめている。
「……やっぱり、こういう感じのじゃ無いですかね? 他の場所にします?」
「いいえ、いいわ。折角案内してもらったんだし、見るだけ見るわ。いいかしら?」
「俺はいいですけど……」
隣の友香に目をやると、何も言わずに右手の親指と人差し指で丸を作る。それに先輩は「ありがとう」と返すと、商品棚の品を手に取り、プレゼント探しを開始する。
正直ここでこれだって物は見つからないと思うが、先輩の表情は真剣そのものだ。本気でプレゼントを探してるんだな……こういうところ、先輩は真面目だな。
「……友希君」
そんな事を考えていると、先輩が派手なウサ耳のカチューシャとドクロのブレスレットのような物を手に持ち、それを真剣な眼差しで見つめながら俺に話し掛ける。そのなんとなく張り詰めた空気に、自然と唾を飲む。
「……これの何が良いのか分からないのだけれど……私は異常なのかしら?」
「……俺には、何とも」
うん、やっぱり真面目だな。そして正直だ。店の真ん中で堂々と言う事では無いですよ。
「……ふぅ、やっぱりよく分からないわね……ただ、やっぱり羽奈はこういうのを好むとは思えないわね……」
「俺も、それは思います」
「じゃあ、別の場所行きますか?」
「そうね……そうしましょうか」
先輩は手に持つ商品を元の場所に戻す。
そのまま店を出て別の場所へ向かおうと歩き出したその時――
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
突然、店内の奥の方から俺達の居る入り口付近まで女性の騒がしい悲鳴と何かが落ちるような音が聞こえてくる。
「な、何!?」
「何の騒ぎだ? というかこの声どっかで……」
聞いたことあるような――そう考えていると、何かを察した先輩は溜め息を吐き、その騒ぎの元に向かい歩き出す。それを俺と友香は不思議に思いながら追いかける。
「お客様、大丈夫ですか!?」
「イテテ……は、はぁ!? す、すみません! 商品落としちゃって! すぐに片付けますぅ!」
「あ、それは私達が――」
「えーっと、これはここで……あぁ!? ごごご、ごめんなさいぃ! 壊しちゃいましたぁ!」
「い、いえですから……」
「べ、弁償します! ごめんなさ――痛ぁ!? 旋毛が棚の角にジャストミート……って、また商品がぁ!?」
「お、お客様! 申し訳無いですが大人しく……」
店内から聞こえる騒がしい声。やっぱりこの声聞き覚えが……そして何だか光景が目に浮かぶ会話……
なんとなく、この声の主の予想が出来た頃、先輩がいち早くその騒ぎの元へ辿り着き、足を止める。俺も彼女の後ろへ立つ。すると、騒ぎの主らしき女性と店員が視界に入る。
床に散らばった商品をアワアワとしながら拾い上げる、ピンク色のTシャツにショートパンツという若々しい格好をした、茜色に染まったツインテールの女性。
ああ、やっぱり……俺が彼女の正体を把握したと同時に、先輩はその女性の後ろに仁王立ちをして、とても静かだが、恐ろしさを感じさせる形相を浮かべた。
「やっぱりあなただったのね……真昼?」
「へ――って!? あああ、朝倉会長ぉぉぉぉぉ!?」
朝倉先輩の冷ややかな声を聞き振り返った女性――乱場学園生徒会書記、花咲真昼は先輩の姿を捉えると絶叫し、表情が一気に青ざめた。
◆◆◆
「全く……学園外でも問題を起こすなんて……先輩として情け無いわ」
「ご、ごめんなさい……弁償の代金まで払ってもらって……」
「部下の不始末だもの。会長として、責任を果たしたまでよ。大体――」
場所は変わり三階のフードコード。先の店で偶然遭遇した花咲と共にこの場にやって来て休憩する事にしたのだが……今は彼女が朝倉先輩からこってり説教を受けているのを、俺と友香は傍らから見ていた。
理由は当然先程の騒ぎだ。
騒ぎの原因は至極単純。店内を散策していた花咲が何故か何もないところで躓き、転んだ拍子に近くの商品を地面にばらまいた。その後、花咲は慌てて商品を戻そうとしたが、その時またまたドジを踏んでその商品の一部を壊した。それを謝罪しようと頭を下げた拍子に商品棚へ頭をぶつけてまたまた商品をばらまく。そこに、俺達は出会したのだ。
その騒ぎは先輩が破損した商品を買い占め、残った商品を俺達も協力して戻した事で終わったのだが……花咲が起こした不祥事に先輩がフードコードで説教をしている――それが現状だ。
「全く……私がこういうのに巻き込まれるのは慣れてるからいいとして、友希君達にちゃんと謝りなさい」
「は、はいぃ! 世名先輩に、その妹さん! 大変失礼致しましたぁ!」
グワッと頭を下げ、テーブルにゴツンと額をぶつける。そしてその振動でテーブルの上のコップが倒れ、中身のコーラがテーブルに零れた。
「はぁ!? す、すみません!」
「い、いやもういいよ……」
「もう過ぎた事だから」
「はうぅ……お優しいご兄妹です……私感動です!」
「それは勝手だけど、早くテーブルを拭きなさい」
「はっ!? りょ、了解です!」
慌ただしくポケットに手を突っ込み、とりだしたハンカチでテーブルを拭く。
なんだろう……決して悪い子じゃ無いのは分かるが、何だか疲れるな、うん。
「全く……もうこれ以上何も言わないわ。以後気を付けるのよ?」
「りょう――カッ!?」
敬礼をしようとしたのだろうが、勢いが強すぎて右手が自身の額をチョップする。本当……色々疲れる。
「アイタァ……ところで、皆さんはここで何を?」
「明日の羽奈の誕生日プレゼントを買いに。二人にはその助言をしてもらってるのよ」
「あ、会長も何ですか? 私も何です!」
「あらそうなの奇遇……」
ピタリと、先輩がそこで言葉を止める。
「……という事は、まだ色々な店を回るのかしら?」
「そのつもりですけど……?」
「……また問題を起こしたりしないでしょうね?」
「うがっ!? そこまで信用されてないんですか私ぃ!」
「そうね……少なくともあなたが何も問題を起こさないという点に関しては、信用なんてものは皆無ね」
「皆無!?」
先輩の返答に花咲は大げさに反応する。
まあ、酷いとは思うが同感だな。正直この子が問題を起こさないのは想像出来ない。
「このまま野放しにするのは危険ね……」
「人を野獣みたいに言わないで下さいよぉ!」
「……友希君、もしよければだけれど、彼女も同行させて構わないかしら? 安心して、彼女が騒ぎを起こさないよう監視しておくから」
「俺は……別に構いませんよ」
「私も大丈夫です」
「ありがとう。という事で真昼、私と来なさい。これは命令よ」
「ううっ……はぁい……」
しょんぼりと肩をすくめながら文句も言わず――いや、言えずに俺達と共に行動する事を承諾する。こりゃ大変な事になりそうだな……
それからしばらくフードコードで一休みをしてから花咲を加え、行動を再開。夕上が気に入るようなプレゼントを探して駅ビル内を散策する。
「さて……今度はどこにしましょうか?」
「友香、何か良い店無いのか?」
「良い店と言われても……副会長さんの好みが分からないと、何とも……」
「それもそうね……真昼、あなたは羽奈の好みを知ってるのかしら?」
「いや、私も知らないです……でも、誕生日プレゼントはあげる事が大切なんですから! それに夕上先輩は案外優しいですし、使える物なら何でも――」
「いいえ違うわ」
花咲の言葉を遮り、先輩が真剣な眼差しで彼女を見る。その力強い視線に花咲はたじろぎ、額に汗を滲ませる。
「親しい仲、誕生日プレゼントという物だからこそ、真摯に考えるべきよ。私も……そしてあなたも、羽奈には世話になっているの。その感謝を伝える為、しっかりとした物をあげるべきなのよ。大切な仲間だからこそ、彼女が最高に喜ぶ品をね」
「は、はぁ……そ、そうですね!」
先輩の言葉に感化されたのか、花咲が目を輝かせる。
親しい仲だからこそか……先輩って――
「――後輩思い、部下思いというか……優しいし、案外真面目だよね」
そう、俺の心の声を代弁するかのように友香が呟く。
言う通り先輩はとても優しく、そして他人の事に対して真面目な人だ。花咲にキツく当たってても、本当は心配してるんだろうし、夕上にも本気で喜んでほしいから、真剣にプレゼントを選んでる。とことん他人を思いやる――それも、彼女の魅力なのかもしれないな。
新たに彼女の事を知れ、少し前進したような気がして嬉しく思っていると、花咲が突然拳をグッと握り締める。
「うぉぉぉ……! 何だかやる気みたいなのが湧いてきました! 夕上先輩への最高のプレゼントを見つけだすぞぉ!」
そう謎の気合いを放ちながら一歩前に出す。が、こういうのが裏目に出てしまうのがドジっ子というもので――
「おろっ!?」
前に出した足が地面を踏みつけた瞬間、まるで氷の上に立ったかのようにツルリと足を滑らせ、顔から床に向かい倒れる。
流石に顔面からタイルの床に落ちるのは洒落にならないと、俺は慌てて前に踏み出し、背後から腰回りに腕を回し、倒れる寸前で彼女の体を支える。
「危なっ……! 全く……気を付けろよな?」
「あっ、えっと、そのぉ……あ、ありがとうございます……」
花咲はポカンと目を丸くしながら首を後ろへ回し、俺の顔を見つめる。その顔は若干赤く染まり、可愛らしい声を出しながら目をパチクリさせて――いたのだが。
「ひぇ!?」
一転。声は一気に掠れ、口をあんぐりと開き、目はまばたき一つせずに一点を見つめ、顔が青ざめる。
「――真昼?」
直後、背後からおぞましい気配と共に背筋を凍らせるような声が耳を通り抜ける。振り返ってはいけないと思うが、振り返らないのもいけない気がする。恐怖心を殺しながら花咲が見つめる先へ、俺も顔を向ける。そこには――
「何……してるのかしら?」
座った目でこちらを――というか花咲を睨む、仁王立ちをした朝倉先輩が。
「ななな、何って……私は別に……」
「何もしてないの? なら何で、私の友希君とそんなに密着してるのかしら?」
「こ、これは見ての通りあれがあれでして……あのぉ……私も、大切な仲間ですよね?」
「ええ、生徒会の大切な仲間よ。ただ――恋敵となれば、話は別だけど?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
鬼に遭遇したような子供のように涙目になり悲痛な叫びを上げると、花咲は俺の腕を振り払い即座に離れると、全力で両手を振るう。
「めめめ、滅相もない! こ、恋敵なんて……私別にこんな男に興味ありませんから! 全く! 全然! 魅力の一欠片も感じませんから!」
「……それは友希君を愚弄してるのかしら? だとしたら……」
「ち、違います! と、とっても素敵な人ですよねぇ! ええ、全く! 理想的な男性だと思いますよー!?」
「あら……あなたにとって友希君は理想的なのね? ……つまり、そういう事かしら?」
「うひぃぃぃぃぃ!? せ、世名センパァイ! 私どうすればぁ……!?」
「……俺に聞くな」
こんな彼女でもとっても優しいん……だよな?
◆◆◆
「ふぅ……何とか無事に買えたわね……今日は付き合ってくれてありがとうね、友希君、友香ちゃん」
「いえいえ……」
「私、何もしてませんから。礼なら裕吾さんに」
「そんな事無いわ。友香ちゃんが居なかったら、これを売ってる店を見つけられなかったもの。まあでも、確かに彼にも後でお礼を言わなくてはね」
朝倉先輩はそう言いながら右手に提げる紙袋を両手で抱える。中身は駅ビル内にあったとある店で買った猫のぬいぐるみだ。
あの後、結局夕上の好みが分からなかった俺達は、最終手段(というか今まで思い付かなかった)として情報通である裕吾に連絡し、夕上が好きそうな物を聞いたのだ。
学園中の生徒の情報を持つあいつなら何か知っているだろうと連絡したのだが、案の定夕上に関する情報を持っていた。
彼女は月に三回は猫カフェへ通う程猫好きらしく、住んでいるマンションの都合で飼えずにいるという生徒会メンバーでも知らなかった事を教えてもらい、それを参考に猫のぬいぐるみという選択をしたのだ。これならば夕上も喜んでくれるだろう。
「これで明日、羽奈に満足出来るお礼が出来るわ。ねぇ、真昼?」
「は、はい……」
花咲はブルーな表情をしたまま返事をする。右手には同じくプレゼントとして買った猫型の目覚まし時計が入った紙袋が提げられている。
彼女がブルーな理由は先の朝倉先輩との説教……というか恐喝とも言える出来事だ。幸いあの後俺が間に入る事で何も起きずに終わったが、あの威圧的なオーラにやられ、花咲はすっかりグロッキーだ。またあの威嚇が来ると思っているのか、さっきから俺と目を合わせない。
そんな様子を見た先輩は呆れたように溜め息を吐くと彼女へ近付き、ポンッと頭に手を乗せ、軽く花咲の頭を撫でた。
「全く、いつまでも暗い表情しないで頂戴。あれがトラブルなのは分かっているし、本気で責めるつもりは無いわ。だから、もう元気出しなさい。辛気臭いわ」
「か、会長……やっぱり会長は優しいです! 尊敬です! 泣けてきます!」
「ただし――友希君に手を出したらタダじゃ済まさないわよ?」
「ワ、ワカッテマース……」
ははっ……ま、一段落か?
「それじゃあ、今日はありがとうね。また今度」
「し、失礼しました!」
「はい、また」
「さよならです」
最後にそう挨拶を交わし、俺達は駅前で解散した。
何はともあれ、こうして誕生日プレゼント探しの一日は幕を閉じた。あの後花咲は朝倉先輩に色々こってりと説教されたらしく、先輩を介した謝罪のメールが俺の元に届いたのは、また別の話だ。
会長さんは意外と優しく、生真面目な人です。そして他人のフラグを即へし折るヒロインの鑑です。