「ふーん……そんな事がねぇ……」
不良騒ぎの翌日――俺は天城と二人で、裕吾の家に来ていた。
理由は一つ。先日俺達を不良から助けてくれた謎の女性についてだ。彼女は一体何者なのか、それが何となく引っ掛かり気になっていた。
そこでネットで幅広い交友関係を持ち、情報通な裕吾ならば何か知っているのではと考え、俺は今日彼の元を訪れたのだ。天城が居るのは一応関係者だし、彼女も気になっているだろうと考え誘ったのだ。
そして現在、裕吾の自室にて――俺からの昨日の出来事のあらましを聞くと、裕吾は椅子の背もたれに深くもたれ掛かり、後ろの机に右肘を付ける。
「大体の事情は分かったが……どうしてそんな事を聞きに来た? その彼女を知ってどうしたいんだ?」
「それは……助けてもらったんだし、ちゃんとお礼を言いたいからかな。それに……何かどっかで会った事ある気がするんだよなぁ……」
昨日からずっと抱いてる違和感。彼女はどうも初めて会った気がしないというか……既視感みたいのを感じたんだよな。それをどうにかして明かしたい……だからもう一度会えたらって思った。
「……もしかして、お前その女性に惚れたか?」
「はぁ!?」
裕吾がさらっと放った一言に思わず声を荒げて反応してしまう。それとほぼ同時に、俺の隣に正座で座る天城が恐ろしい目つきでこちらを睨み付ける。
「ち、違う違う! 決してそんなんじゃ無いから!」
「冗談だ。お前も流石に今の状況で他に目が向く程余裕は無いし、馬鹿では無いだろうからな」
「そういう冗談は止めてくれマジで!」
今の彼女達はそういうの鵜呑みにしちゃうから! マジで勘弁してくれ俺の胃が痛む!
俺は恐れながらも横で天城の方を見てみる。何とかそういう意味では無いと納得はしてくれたらしく、威圧感を沈め、ただ黙って目を瞑っている。
よかったと一安心するが、スカートの裾を力強く握り締めているのが見えて再び冷や汗が流れる。
まだ完全に納得した訳では無さそうだな……一応フォローしとくか。
「ほ、本当にそんなんじゃ無いからさ、安心してくれよ。な?」
「……分かってるよ。世名君真面目な人だから、そういうのにしっかりケジメ付けたいんだよね?」
「ま、まあそんなところだ……」
「それは構わないよ。私も彼女は気になるし、知りたいと思うから。だけどさ……」
天城はスカートの裾をさらに強く握り締め、シュンと表情を暗くし、斜め下に視線を落とす。
「世名君が他の女の子に気を向けてたら……良い気分じゃ無いよ……」
「あ、それは……ごめん……」
そっか、そりゃそうだよな。天城も気になってるだろうと誘ったけど、俺が他の女性の正体を必死に探してるのを近くで見るのは良い気分じゃ無いよな……俺の注意力不足だな。
「その……もし嫌なら帰ってもいいぞ? 何ならもう止めといた方が良いか?」
「ううん、ここまで来たら付き合うよ。私も気になるし、それに世名君は私……とみんなが共通して嫌なような事はしないもん……ね?」
「天城……ああ、それは約束する。彼女が何であれ、礼を言うだけだよ」
別に礼を言ったら自然と関わりも無くなるだろうし、俺が惚れるなんて事も無い。そりゃちょっとはカッコいい人だなとは思ったがそれだけだし。天城達が望まない結果にはしないつもりだ。
天城もその俺の思いを理解してくれたのか、安心した表情に戻る。決して機嫌が良い訳では無いけど、これなら平気だな。
「……人の家でイチャコラすんな。放り出すぞ」
そんな俺と天城のやり取りを黙って見ていた裕吾が、白けた目でこちらを見ながら声を上げる。
「べ、別にイチャ……いや、悪い」
「はぁ……これ以上家にピンク色のオーラ振り撒いたら、ネットにお前の有りもしない噂流して社会的地位を落とすぞ」
「その地味でとてつもなく恐ろしい脅迫止めて!」
「冗談だ」
お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ……マジで止めてくれよ?
裕吾はキャスター付きの椅子をクルリと回し、机の側へさらに寄り、机の上のパソコンを慣れた手付きで操作し始める。
「で、その助けてくれた女性を探してほしいんだっけ?」
「ああ。お前なら知ってるかなと思って。知り合い多いし、誰か知ってるかもだろ?」
「ま、それは有り得るな」
「あ、ちなみに彼女の特徴は――」
「いや、いい」
俺の言葉を制止し、裕吾はパソコンのキーボードをタンッ! と力強く弾き椅子ごと少し横へ移動する。それが画面を見ろの合図だと、長年の付き合いから察し、床から立ち上がってパソコンの前へ移動する。天城もそれに続き立ち上がる。
画面に映るのは会話のような文字列。正直ネットには疎いから何がなんだか全然分からん。
「なんだこれ?」
「この町で起こった事だったりを情報交換してる、小規模なチャットのログだ」
「この町の? そんなのあんだな……」
「俺が作った」
「お前かよ!」
こいつこんなの作ってんだな……でも、これが一体何なんだ?
頭にクエスチョンマークを浮かべていると、裕吾がそれに返答するように言葉を吐く。
「これはつい最近のログだが……こないだこの町で起こった騒ぎの事についての話題で持ちきりだ」
「こないだ?」
「……もしかして、深夜のバイクの?」
天城がふと口にしたその言葉に、俺は画面に視線を集中させる。
チャットの内容には深夜、バイク、暴走族などといった単語がチラホラ書かれている。どうやら天城の言う通りチャットの内容はこないだの深夜に響き渡ったバイク音の事みたいだ。あれだけ町中に木霊してた訳だし、話題に上がってもおかしくは無いが……
「これが何だって言うんだよ?」
「ここ見てみろ」
裕吾はコンコンと指先でパソコンの画面を叩く。そこにはある一人の書き込みが。
――あの暴走族、実は『暴姫』が潰したって噂だよ。
「暴……なんて読むんだ?」
「
「ふーん……で、その暴姫って奴が族を潰したって……」
「ああ。どうもあの騒ぎを起こした奴らを、その暴姫が懲らしめたらしい」
「懲らしめたって……喧嘩して倒したって事?」
天城の少しおどおどした問い掛けに、裕吾は黙って頷く。
マジかよ……って事はこないだいきなりバイク音が止まったのはその暴姫って奴に倒されたからか?
「どうもこの暴姫って奴はこういった族や不良といった輩に突っ掛かって、潰してるって噂がある」
「族を……潰す!?」
「この町はそういう輩が割と居るからな。喧嘩なんて一日一回はどこかで起きてても不思議じゃ無い。ま、あくまで噂だから真実がどうか分からないけどな」
「そんな奴居たんだな……でもなんでそんな話を今した?」
「……って、もしかしてその暴姫って人が……?」
天城が突然声を上げる。それに裕吾は何も言い返さず、机の上のスマホを操作し、俺達の前に差し出す。その画面に映っていたのは一枚の写真。
「それは俺の知り合いが偶然撮ったっていう暴姫の写真だ。どうだ――お前の探してる女性か?」
「え……?」
裕吾の問い掛けに、俺はその写真を食い入る見つめる。
写真はぼやけていて、正直よく見えない。どんたけ下手くそだよこれ撮った奴。だが、状況は何となく分かる。
場所は恐らく、どこかの路地裏。そこに複数の男性が壁を背に地べたに座り込んでいる。そしてその中に一人だけ立つ、髪の長い女性らしき姿。
「世名君、これって……」
「ああ……」
くっきりと見える訳では無いが、どことなく立ち姿や風貌は似ている。間違え無く、昨日の女性だろう。
俺達の反応を見ると、裕吾はふぅと息を吐き、スマホを引っ込める。
「どうやらビンゴみたいだな」
「じゃあ、その暴姫って人が私達を助けてくれた人……って事?」
「そういう事になるな」
これは……まさか俺達を救ってくれた人が族を潰してるようなちょっとした有名人だったとは……これはとんでもない人と関わったな、俺達。
「……で、どうするんだ?」
「へ?」
「頼まれた通り目的の女性が誰か突き止めたが……これから探して礼を言いに行くか?」
「それは……お前はこの暴姫が誰だか知ってるのか?」
「いや、残念ながら彼女が誰なのかは分からない。だが、ネットで呼び掛けてみれば知ってる奴も居るだろう。どうする、突き詰めるか?」
裕吾の問いに、俺は思わず口ごもる。
「俺はここらが退き際だと思うぜ。相手は族を相手にするような奴だ。あんまり深く関わり過ぎると、厄介事に巻き込まれるぞ? それに、彼女も言った通り、わざわざ礼を言うまででも無いだろ。彼女にとっては、いつも通りなんだしよ」
確かに、裕吾の言う通り、これ以上詮索するのはどうなのだろうか? 相手がそういった不良を相手にしてる人物だとしたら、危険な人物かもしれない。それにあの時俺達を助けたのも、彼女が言った通りムカツク相手が居たからという理由だけかもしれない。ならそこまでして俺が礼をする理由はあるのか?
「…………」
でも、正直彼女がそんなに悪い人物だとは思えない。理由はどうあれ、俺を助けてくれた事は事実だし、それに俺からたかがアイスの当たり棒何て物を貰っただけで見せたあの喜びよう……やっぱり悪い人じゃ無い気がする。
それなら……俺はしっかりとお礼をしなきゃいけない気がする。それに、まだ彼女に対する既視感など、疑問が残ってる。それを明かさないまま終わるのは……何だか嫌だ。
「……ああ、このままとことんまで突き詰めるよ。助けてもらってお礼しないなんて、ヤダからな」
「……そうか。本当に糞真面目だな。……やっぱり惚れたのか?」
「世名君……?」
「だ、だから違うって! 俺は礼儀を尽くすだけ!」
「礼儀をね……尽くし過ぎな気がするがな。……まあいい。じゃあ、今からネットの知り合いに少し呼び掛けてみる。結果が出るまで待ってろ」
そう言うと裕吾はパソコンに向き合い、カタカタとキーボードをいじり始める。これで見つかればいいんだけど……
裕吾が作業を続けるのを座って見守る中、天城が俺の横へ近寄ってくる。その表情は少し不安そうだ。
「世名君……」
「悪いな、こんな事に付き合わせて。もし面倒事に巻き込まれたらごめんな」
「ううん、いいの。それに私もあの人は悪い人だとは思わないし。だけど……」
コテンと首を倒し、俺の肩に頭を乗せる。
「本当に惚れちゃったら……嫌だよ?」
「あ、えっと……うん……」
ヤバイ、スッゴイ可愛い……だけど、何だか怖さも感じるのは何故だろう……
「……イチャコラすんな」
「あ、ごめん……」
「はぁ……まあいいけど。ところで、情報出たぞ」
「え、もうか?」
「ああ。暴姫を見た事あるって奴が昼間に商店街の方で見かけたって。一時間ぐらい前の事だし、まだ近くに居るんじゃ無いか?」
商店街……俺達のバイト先である太刀凪書店がある場所だ。そこに昨日の彼女が?
「どうする? 行くか?」
「ああ、出来る限り早めに礼をしときたいしな。天城はどうする?」
「私も行くよ」
「俺も付き合う。気にはなるしな。……天城には悪いが」
「そ、そんな事無いよ……?」
手を振って否定するが、少し残念そうなのが伝わってくる。二人きり……とか考えてたのかな。でも、何が起こるか分からないし男手は多い方が助かるから、裕吾にもついて来てもらおう。
「よし、それじゃあ行くか!」
◆◆◆
暴姫を見かけたという情報を頼りに、俺達三人は白場商店街へとやって来た。
流石夏休みの昼下りというだけあって、人はいつもの商店街より多い。たが、それでも通路は隙間があって歩くのも一苦労なんて事は無い。
「えっと……それでどうする? 昨日の人がここに今も居るとは限らないし……」
「そうだな……ここでも見かけた人が居ないか聞いてみるか?」
「それが良いかもね。なら……まずは書店で聞いてみる?」
「書店か……」
あそこ知り合いも居るし、あそこは割と商店街の人通りを確認する事も出来る……確かにいいかもな。
コクリと頷き、まずは太刀凪書店で情報を集める事にした。
商店街の入り口からしばらく歩き、一直線の道を進み続けて数分。商店街の中央付近にある太刀凪書店へ辿り着く。早速店の中に入ろうと入口の方へ向かうと――
「あ、おい」
「ん――おわっ!」
裕吾の警告から一瞬、突如店内から飛び出してきた人とぶつかり、吹き飛ばされて尻餅を付く。
「いってぇ……」
「ってぇ……悪い! 大丈夫か?」
「あ、はい。こちらこそごめんなさい――」
差し伸べられた手を掴もうと、顔を上げた瞬間――
「き、昨日の……!?」
「あれ、アタリ棒の奴!」
俺の声と、視界に入った女性――目的の人物、暴姫の声が重なり合った。
まさかの遭遇から数十分後。俺は裕吾と天城、そして今さっき書店の前で巡り会った暴姫さんと共に、商店街にある喫茶店で軽く飲み物を頼み、話す事にした。
「イヤー、まさかまた会うとは思わなかったわ」
「俺もこんなにすぐ会えると思いませんでしたよ……でも、あそこで何を?」
「んー? まあ、ちょっと野暮用。無駄足だったけど。そういうアンタ達は?」
「それは……あなたを探しに来たというか……」
「アタシを?」
頼んだメロンソーダをストローでクルクルとかき混ぜ、氷をカチャカチャと鳴らしながら俺の目を睨む。その迫力ある眼力に、思わず息を呑む。
「その……昨日の事、改めてお礼を言いたくて。昨日は本当、危ないところを助けて頂いて、ありがとうございます」
深々と頭を下げ、感謝の言葉を告げる。それに続いて天城も何故か少し不機嫌な顔をして、渋々といった感じで頭を下げる。無関係の裕吾も流れでペコリと頭を下げる。
すると彼女はポカンと目を丸くして黙ったと思うと、大口を開き笑うと、俺の背中を叩く。
「ハッハッハ! アンタその為だけに来たっていうの? 面白い奴だなお前!」
「これも礼儀というか……イタッ! 痛い!」
「おっとわりぃな。まあ顔上げろよ。そんな礼を言われるような事やってねぇよ。言ったろ? 礼はいらねぇって」
「で、でも助けてもらったんですし……少しぐらいお礼しないと気が済まないっていうか……」
「クッソ真面目な奴だなぁ。礼ならアタリ棒で十分だよ」
「で、でもそれじゃあ……」
俺が反論すると、女性は顔をしかめて髪を掻きむしる。
「ホンット真面目だなぁ……嫌でも礼をする気か? 良い性格してんなぁ。それじゃあ……」
低く唸り、腕を組んで首を傾げる。数秒後、何かを思い付いたようにポンッと手を叩く。
「じゃあさ、ここで昼飯、奢ってくんない?」
「え、それでいいんですか?」
「いいんだよ。アタシがそれがいいって言ってんの。それを受け入れないのは、違うんじゃねぇか? おぉ?」
テーブルに肩肘を突け頬杖をしながら、ニタリと笑みを浮かべながら言い寄ってくる。
「わ、分かりました……好きなだけどうぞ」
「ヨッシャ助かるぜぇ! 最近バイトクビになって困ってたんだよなぁ! すんませーん! 追加の注文お願いしやーす!」
右手を上げ、大声で店員を呼び、メニューを片手に次々と料理を頼む。
まあ、これで彼女が満足したならいいか……しかし、本当に暴姫とか呼ばれる人なのか? そうは見えないけど……ても凄く強かったし、言い知れぬ恐ろしさがあったのも事実だ。
少し気になるな……それにあの既視感みたいのも消えてない。それも確かめたい。
「……あの、すみません」
「ん? 何だ?」
注文を終え、メニューをテーブルに戻しながらこちらを向く。
まず何から聞こうか数秒程悩み、まずは既視感の方を確かめる事にした。
「そのぉ……もしかして昨日以前に会った事とかあります?」
「んー? いや、私は覚えて無いけどなぁ。ま、アタシすぐ人の顔とか忘れちまうから参考にならねぇだろうけど」
「そうですか……」
「でも仮に会ったとしたら、アンタみたいに面白ぇ奴は忘れねぇとは思うけどな。この短時間で結構気に入ったぜ、アンタの事」
ストローをコップから取り、指差すようにピッとこちらへ突き付ける。
その彼女の言葉を聞いた途端、今まで黙りだって天城が眉をピクリと動かし、目が据わる。
今まで我慢してたらしいが、どうやら機嫌が損ね始めたようだ。するとそれに気付いたのか、彼女は半笑いの状態で天城へ視線を向ける。
「おっと、悪いな。彼女が居んのにこういう事言っちゃマズかったな」
「か……!? 別に私はそんなんじゃ……」
「違うのか?」
「ち、違うって訳では無いんですけど……そのぉ……」
機嫌を損ねていたのが一転、照れまくる天城。凄いな……争う事なく彼女を抑え付けた……
「何だか、随分と聞いてた印象と違うっていうか……」
「とても暴姫と呼ばれる人とは思えねーな。まあ、ネットの噂なんてそんなもんだが」
「じゃあ、あの族を潰したって話もただの噂なのかな?」
「さあ?」
ボソボソと裕吾と話し合っていると、彼女がチラリとこちらへ目を向ける。聞かれたか?
「なんだヒソヒソ話してよ」
「いや……噂を聞いたというか……」
「噂? ……ああ、あの失礼なあだ名か。箒だか何だかだろ?」
「いや微妙に違うというか……いや、それは置いといて……その……」
「暴走族を潰したかどうかってやつですよ」
俺が言いよどんでいると、裕吾がさらっと口にする。
「ちょっ、裕吾!」
「ここではぐらかしても無駄だろ」
「ハハッ、ストレートな奴だな。友人も面白い奴だな」
「そりゃどうも。で、どうなんですか?」
「ん、こないだの事言ってんなら、そりゃ本当だな」
裕吾の問いにあっさりと答えた事に、俺、そして今まで照れてた天城も驚愕の表情を浮かべる。
「じゃ、じゃあ不良に突っ掛かってるって噂は……」
「ああ、勘違いすんなよ? 別にアタシは自分からふっ掛ける趣味はねーよ。ただ、何故か向こうからふっ掛けてくんだよ。こないだだって、わざわざ向こうからアタシのとこ来て、喧嘩仕掛けてきたんだぜ?」
「そ、そうなんですか……?」
「たくっ、迷惑ったらありゃしねぇぜ。それ以外にもよく喧嘩をふっ掛けられるしよぉ……それで変な噂が出回ってんだよ」
「なるほど……噂を聞いた輩が押し寄せ、それを倒してまた噂が広がる……その繰り返しか」
裕吾の呟きに彼女は大きく首を縦に振る。
「こっちからやる事はめったにねーのに、困ったもんだぜ。こっちはしたくはねーんだけど」
「でも、こないだは私達を助けるため自分から……」
「あれは別だよ。困ってる奴居んのに無視する訳にはいかねーだろ。そんなの女の名が廃る!」
パンッと掌に拳を打ち付け、ニカッと笑う。
何だ……ただ単に正義感が強い良い人じゃ無いか。怖い人だと思って悪かったな……
「わざわざ手を汚してまで、ありがとうございました」
「だーからいいっての! もう汚れきった手だしよ! にしても……本当に面白い奴だな。これも何かの縁だ。何かあったら、また助けてやんよ。そのか弱い彼女を助ける力ぐらい貸すぜ?」
「ハハハ……覚えておきますよ」
何だか不思議と憎めない人だな……悪い人では無いみたいだし、今後も付き合いがあるかもしれないな。
そんな事を考えていると、天城がテーブルの陰で俺の服の裾を引っ張り、ジトッとした目付きで俺の顔を見る。
「惚れてないよね?」
「あ、当たり前だよ! あくまで好印象を受けただけだから!」
「……それって惚れてるんじゃ……」
「だから……」
参ったな……完全に嫉妬状態だ。
どうしたものかと悩んでいると、急に向かい側の席から彼女が天城へ顔を寄せる。
「安心しな、別に彼氏取ったりしねーよ。何ならアタシが恋の相談に乗ってやろうか? こう見えて恋愛はいける口だぜ?」
「は、はあ……」
グイグイ迫る彼女にタジダシな天城。ここまで気圧されてる天城を見るのは珍しいかもしれないな……
「そういや……まだアンタら名前聞いてなかったな」
「ああ……そういえばそうでしたね。俺は世名友希。高二です」
「天城優香です」
「新庄裕吾」
「友希に、優香に、裕吾だな。うっし覚えた! アタシは
燕さんか……ていうかやっぱり年上だったんだな。敬語使っといてよかった――
「……ん? 太刀凪……?」
おかしいな……何か物凄く聞き覚えのある単語だ。結構珍しいよね名字としては。
一瞬頭がパニックになり、理解が遅れた瞬間、喫茶店の扉がベルの音を鳴らして盛大に開く。咄嗟にその音に反応し扉へ顔を向けると、一人店内に入ってくる女性が。俺達がよく知る人物――千鶴さんだ。
「ん? お前ら何を……って――」
店内に足を踏み入れた千鶴さんは、俺達へ気付くとこちらへ近寄り俺達――では無く燕さんに目をやる。
「何してんだお前?」
「ゲッ、鶴姉……!?」
「つる……ねえ……?」
その言葉にまたまた理解が遅れる。それに構わず、千鶴さんが続けて口を開く。
「何だお前ら。私の妹と知り合いだったのか?」
「いもうと…………妹ォ!?」
その言葉に理解するよりも先に、口が動いた。天城と裕吾もそれには流石に驚いたようで、大きな反応を見せた。
「い、妹って……という事は、二人って……姉妹?」
「ん? そうだが」
「アンタら鶴姉と知り合いだったんだ?」
ウッソォ……!? 姉妹って……え、千鶴さんってもうアラサーだよな? それにまさかこんな年の離れた妹が……!?
その驚愕の事実に驚きを隠せない中、ある事に合点が行った。そうか……あの謎の既視感……あれはこういう事か!
髪の色が違ったりもするが、こうやって横並びになると瓜二つと言える。少し違うが、つり目なところもそっくりだし、顔の全体のバランスも基本似てる。そして今まで気にして無かったが、胸囲も千鶴さんと同じく……割とボリューミーだ。
どうりで会った事があると思った訳だ。乱暴な言葉遣いに、見た目、千鶴さんと重なるところが多かったんだな……
「お前ら、一体どういう関係なんだ?」
「鶴姉の方こそどういう関係?」
「そっちの二人は私の店のアルバイトだ」
「マジ!? アタシは働かせてくれねーのにぃ!?」
「お前みたいなガサツの塊を雇えるか。で、そっちの関係は?」
「別に、昨日偶然助けて、それから……」
その燕さんの言葉を聞くと千鶴さんはピクリと目尻を動かす。それにある一種の危機を感じたのか、燕さんが言葉を止める。
「助けたね……まさか、アンタまた喧嘩したの?」
「ヤバッ……!」
額に汗を滲ませ、燕さんの顔色が悪くなったと思った矢先――千鶴さんが腰の木刀を引き抜き、燕さんの頬へ突き当てる。
「アンタねぇ……散々注意したのにまたやったのか、あぁ!?」
「いや、あれは仕方無いっつーか……」
「仕方無いも何も騒ぎ起こしたのは変わんないでしょーが! 全く……アンタが問題起こす度に私が大変な思いしてんの分かってんのかゴラァ?」
「い、いやでも向こうから……」
「シャラップ! こないだだって真夜中に暴走族相手にどんちゃん騒ぎ起こしてよぉ……私が処理すんのに睡眠時間削ったの忘れたかぁ!」
「わ、忘れてねーよ! ただあれもしつこく迫ってくるから……」
「うっさい。これ以上問題起こしたら今月の小遣い減らす」
「ちょっ!? それだけは勘弁! アタシ最近プールの監視員クビになって持ち金ヤバイんだって!」
「だったら仕事見つけろ! 高校行ってない分働けオラァ!」
「…………」
目の前で繰り広げられる姉妹喧嘩を、俺達は呆然と見るしかなかった。今の会話で他に色々引っ掛かってた事に合点が行ったが、もう正直どうでもいい程その喧嘩は壮絶だった。
「たくっ……帰って説教だ! ほら行くぞ!」
「ちょっ、待った! まだアタシのナポリタンとその他多数がまだ!」
「年下に奢ってもらおうとすんなタコ! いいから来る!」
「あー! アタシの昼飯ィィィィィィィ!!」
千鶴さんに引きずられる燕さんの悲痛の叫びが店内に木霊した数秒後、扉とベルが荒々しく鳴り渡り、二人が店内から姿を消した。
「…………何か、ゲリラ豪雨みたいな勢いだったな」
「色々言いたい事あるけど……言葉が出ないや」
「そうだな…………とりあえず、ナポリタンとかどうしようか?」
いきなり多くの情報を受け取り呆然とした今の俺には、これから来るであろう料理の数々の処理を考える事しか出来なかった。
これは……何だか凄い姉妹と知り合ってしまったなぁ……
こうして強烈な姉妹の存在を知った怒濤の一日は終わった。今後、太刀凪燕という存在がどういう風に関わるか……それは今の俺達には分からない。
という事で謎の少女の正体は店長さんの妹でした。
作中でチラッと言ってますけど、彼女は以前のプール回に監視員として登場してます。燕側は友希の事を覚えてないですけど。