「んっ……? 何だぁ……?」
とある日の真夜中。先日のプールの疲れも残っていた事もあり、その疲れを完全に消し去る為にぐっすりと眠りについていたのだが――突然耳に入り込んだ耳障りな音に、俺は目を覚ました。
寝起きで視界が霞んだ状態のままむくりと起き上がり、音が聞こえてくる窓の方へ顔を向ける。
聞こえてくるのはラッパのような陽気な音に、ブルンブルンというバイクのエンジン音のようなのが複数混じり合った寝起きに聞くにはとても不愉快な轟音。
「んー……なぁにぃ……?」
その音の正体を寝ぼけた脳みそを回転させ考えていると、俺の隣で寝ていた陽菜が目を擦りながら起き上がる。……つーか何ナチュラルに俺の部屋で寝てんだこいつ。
「なにこれ……バイク?」
「……みたいだな。もしかして、暴走族かもな」
「暴走族……? この町そんなの居るのぉ?」
陽菜のぼけっとした声から出される問い掛けに、俺は何も言わずに肩をすくめる。
暴走族と言ってはみたが、正直そんなの居るかは知らない。とはいえ、この町は治安が良い方では無いと思う。深夜の町に繰り出せば、コンビニの前でヤンキー座りでたむろってる高校生ぐらい居ると思う。だからこそ、近所迷惑なんぞ考えずにバイクを鳴らす馬鹿な連中も存在する可能性もある。夏休みっていう時期だしな。
「そーなんだ……この町も変わったねぇ。でもこのままじゃ寝れないよぉ……友くんが目を覚ますぐらい凄い音だもん」
そう顔をくしゃっと歪めながら両耳を手で塞ぐ。確かにこのバイク音の中じゃ寝ようにも寝れないな。明日バイトだし、俺も早く寝たいんだが……
頭を抱え内心愚痴をこぼすと、突然バイク音がピタリと止まる。
「止まった……? どうしたんだ?」
「お家に帰ったとか? それとも……お巡りさんに注意されたとか?」
「そんなんで止まるような連中とは思えないけどなぁ……」
何はともあれ、お陰で辺りが静まり返った。これでゆっくり眠れそうだ。
急に音が止んだ理由が頭の隅で気になりながらも、俺は布団へ潜り込んだ。
「これで一安心……かな? おやすみー……」
それに続き、陽菜も自然に俺の隣へ寝込む。……もうツッコミはしないぞ。
それから数分と経たずに、俺は再び眠りについた。
◆◆◆
「くっ……あぁぁ……」
翌日――バイト先の太刀凪書店にて仕事中、まだお昼過ぎの時間帯にも限らず、俺は盛大なあくびをした。
はぁ……昨日夜中に起きたのが原因だな、スッゴイ眠い。普段夜中に目を覚ます事なんて無いからなぁ……
目を擦ったり、髪をくしゃくしゃに掻きむしったりと、とにかく何とか眠気を消しながら本棚に向かい、品出しの作業を続ける。
「世名君……何だか眠そうだけど大丈夫?」
すると別の場所で作業を進めていた天城が、少し心配そうな表情を浮かべながらこちらへ近寄ってくる。俺の隣に立つと、身を屈め中腰状態で俺と目線を合わせる。彼女の大きく綺麗な黒目に見つめられ、一気に眠気が覚める。
「あ、ああ……ちょっと昨日色々あって……」
「色々……もしかして、あの暴走族?」
「天城の家まで聞こえてたのか?」
「うん。スゴかったよね……私も夜中目が覚めちゃったし」
「だよな……ああいうのは本当に困るから止めてほしいな」
「そうだね……でも、ちょっと不思議だったよね? あんなにうるさかったのがいきなり聞こえなくなったりして」
「急に聞こえなく……ああ、そういえばそうだったな」
確かに気にはなってたけど、どうして何だろう? あの音だと数人程度の集団だろうし、一斉に止まるってのもおかしいよな……それにあれ以降バイク音なんか聞こえなかったし。
「一体何だったんだろうね?」
「さあ? 陽菜は止まった時に家に帰ったとか、お巡りさんに注意されたんじゃ……とか言ってたけど、どうなんだろうな?」
お巡りに注意されて大人しく従うなんてのは無いだろうし、家に帰ったとしても一斉に止まるのは全員同じ場所に住んでなきゃ有り得ない。色々謎だな。……ま、こんな事考えてもなんの特にはならないか。
そんな思考はさっさと捨て、仕事に戻ろうとした瞬間――何故か輝きが無くなったような据わった目でこちらを見つめる天城が視界に入った。どうしてそんな目をしてるか分からなかったが、自然と冷や汗がじわりと滲み出す。
「ど、どうしたのかな天城さん?」
「世名君……どうして知ってるの?」
「……へ?」
「桜井さんの考えたバイク音の止まった理由」
「え、いやそれは……今朝聞いたというか……」
「でも世名君、さっき止まった
「えっと……」
「どうして……夜中に一緒に居たの?」
何この子着眼点怖っ! そこ普通スルーしない!? 深く掘り下げるような所じゃ無くない!? 考え無しに言っちゃった俺も悪いだろうが、そこ問い詰められるとは思わないじゃん!
何とか言い逃れようと必死に脳内をフル回転させて言い訳のセリフを考える。その間、天城はジッと俺の目をまばたきもせずに真っ直ぐと見つめる。さっきの可愛らしい眼と同じとは思えない程ドス黒い。
ヤバイ……下手な事言ったらヤバイ! 誰かヘルプミー!
そう心の内で助けを願ったその時、天から救いの手――いや、制裁の一撃が振り下ろされた。
「仕事しろ、阿呆!」
「ダハァ!?」
その怒りの砲哮と共に背後から振り下ろされた高速の剣撃が俺の脳天にジャストミート。バコォン! と頭が真っ二つに裂けそうな音が鳴り響き、痛みと衝撃が俺の脳みそを激しく揺らす。
「て、店長……!?」
天城が狂気に満ちた表情から恐怖に満ちた表情に変わる。
頭を押さえて痛みに耐えながら、後ろを振り返る。当然そこには俺を襲った人物――木刀を担ぎ仁王立ちでこちらを睨み付けるこの書店のボス、千鶴さんが立っていた。その魔王の如きオーラを放つ彼女に俺は子犬のように黙り、苦笑いを浮かべるしかなかった。
いつもより目付きが三割り増しぐらい悪い。何があったが知らんが、どうやら今日はご機嫌斜め状態らしい。これでは言い訳も通用しそうに無い。
次は恐らく怒号が待っているだろうと覚悟するが、千鶴さんは何も言わずに俺の後ろに立つ天城の元へ歩み寄る。ま、まさか天城にまで木刀の洗礼を!?
それは流石に駄目だろうと止めようとするが、千鶴さんは既に天城の目の前だ。
千鶴さんが正面に立つと天城は若干涙目になりヒッ、と小さな悲鳴を漏らして後ずさる。だが店長は容赦無く木刀を振りかざし――ポンっと物凄く軽く天城の頭に当てる。
「へっ……?」
天城はそれにポカンと口を開ける。千鶴さんはそれ以上何もせずに、木刀を肩に担ぐ。
な、何とか天城は無事だったか……それはよかった。だけど、何だか納得いかない。
「……どうして俺だけ思いっきりやられたんですか?」
思いきってそれを聞くと、店長はクルリとこちら振り向き、口を開く。
「女尊男卑が私のモットーだ」
「酷っ!」
さらっと言い放った彼女のセリフに反応すると、それが気に食わなかったのか、千鶴さんは木刀の切っ先を俺の頬に押し当てグリグリとねじ回す。
「大体お前が手を止めて話してんのが悪いんだろぉ? イチャコラしてねーで仕事しろ!」
「イタタタタッ……! ちょっ、頬抉れる! ていうかそれは天城も……」
「天城はちゃんと自分の仕事終わらせてる。まあお前に話し掛けたのは決して誉められる事では無いが、それはお前の先輩としての管理力不足だ」
「何その理由!?」
言い返してはみたが、不機嫌状態の千鶴さんには何を言っても無駄だろう。ていうか何で機嫌悪いんだよ。
それを問い詰めるのも怖いので黙っていると、千鶴さんが木刀を下ろし腰のベルトに差し込む。
「まあいい。今度はしっかり仕事しろよ」
「う、ういっす……」
抉られまくった右頬をさすりながら適当に返事を返す。それにまた何か言われるかと思ったが、千鶴さんは何を言わずに大きなあくびをする。
「千鶴さんも例の暴走族で寝不足ですか?」
「あ? ……いや、これは別件だ。気にするな」
「別件……?」
「気にするなって言っただろう。いいから仕事に戻れ」
そう言うと千鶴さんはその場から立ち去る。何か一瞬言いよどんだ気がしたが……何だろう?
気になるがこれ以上聞くのも怖いので、大人しく仕事に戻る事に。まだ頭グワングワンする……
「世名君、平気?」
そんな俺を心配してか、天城が少し気弱な声を掛けてくる。多分自分のせいだと思っているんだろう。
あまり気負わせてはいけないと、俺は出来るだけ明るい笑顔を作る。
「平気平気。これぐらい慣れっこだから。今のは流石に効いたけどね……」
冗談のつもりで半笑いをしながら喋る。
するとどうした事か、天城はこちらへ少し近寄り――俺の頭にフワリと手を乗せ、優しく撫でる。
「ごめんね、私が話し掛けたばっかりに……」
「あ、えっと……」
痛みを和らげるような天城の気持ちのいい手付きに、思わず無言になってしまう。
すると天城は我に返ったようにハッと目を丸くし、急に顔を赤くしたと思ったら、いきなり手を離し後ろへ下がる。
「ご、ごめん! その、つい無意識に……」
「い、いや別に……」
互いに気まずくなり、目線を逸らす。
その時、後ろの方からタイルを踏みつけたような激しい音が響く。それに恐る恐る振り返ってみると――
「…………」
何も言わないが、明らかに「仕事しろ」オーラを放ってこちらを睨み付ける千鶴さんの姿が視界に入った。恐らく後しばらくしたら木刀の洗礼が襲い掛かってきそうだ。
「し、仕事に戻ろうか?」
「そ、そうだね……」
それに気まずさなど一気に吹き飛び、顔を引きつらせながら互いの仕事に戻った。
◆◆◆
それから問題無く本日全ての仕事を終わらせた俺達は、店を後にした。その後、もう六時近くだっていうのに日光から降り注ぐ光による全身を襲う暑さに耐えかね、天城と共にアイスでも買いに近くのコンビニへ立ち寄った。
「アッチィ……一体いつになったらこの暑さは収まるんだか……」
「多分八月はずっとこんなんだろうね……店はクーラーがあるから良いけど」
身に着ける黒のワイシャツの襟をパタパタと動かして微風を起こし、涼む。だがこれだけでは高が知れているので、さっさと買ったアイスキャンディーの袋を開き、口に運ぶ。
シャクっとしたソーダ味の氷を噛み砕いた瞬間、口の中全体にひんやりとした空気が広がり、一気にスッキリとした気分になる。やっぱ夏はアイスの買い食いだなぁ……
天城も俺の隣で買ったアイスクリームをペロリと舐め、幸せそうに顔を緩ませる。
それからしばらくコンビニの前でアイスを食べ進める。一足先に食べ終えた俺はアイスキャンディーの棒をゴミ箱に投げ捨てようとする――が、寸前で当たり付きのやつだったと思い出す。
どうせ当たってないだろうと思ったが一応確認してみる。
「……って、当たってる!?」
「え、本当!?」
辺りに響き渡る程大きな俺の叫びに、天城も驚いたように反応を見せる。残ったソフトクリームをペロリと食らうと、手に持つ俺のアイス棒を覗き込む。
「本当だ……当たりって書いてある。私初めて見たよ……」
「俺もだ……これ、レジに持ってけばいいのかな?」
「さ、さあ? 多分そうなんじゃ無い?」
未経験の事に二人揃って困惑する。とりあえず店員に聞いてみようかとコンビニに入ろうとしたところ――
「おいちょっと待て」
突然誰かに呼び止められ、足を止める。
声が聞こえた方へ体を向ける。そこには五、六人程度の高校生の集団。制服を着崩し、髪を染め、中にはピアスをした者と、見るからに柄の悪い集団だ。
危険を感じ、俺は天城の前に出る。天城は不安そうに俺の後ろに隠れ、俺の服の裾をギュッと掴む。
「何か用ですか?」
気圧されてはいけないと出来るだけ強気な声を出す。すると集団のリーダーらしきガタイが大きい男が一歩前に出る。
「その声……もしかしてお前あん時の奴か?」
「あん時……?」
「忘れたとは言わせねぇぞ? あの駅ビルの時の事だよ!」
駅ビル? 一体何の事言ってるんだ? こんな奴らに関わった覚えが無いぞ。
とはいえ彼らのイラつきを見る限り、冗談を言ってるようには思えない。駅ビルそいう単語を手掛かりに、彼らと何かあったか必死に過去の記憶を辿る。そして、ある出来事が俺の頭に浮かび上がった。
もしかしてこいつら……あの時海子と友達にちょっかい出してた……?
確か六月の時だ。改装工事をした駅ビルを裕吾達と見て回った時、誰かが海子とその友達にちょっかい出してたのを見かけた。どうにか助けようとして、あたかもお巡りさんを呼んだように叫んで、そいつらを追い払ったはず……こいつらがその時の奴らなのか?
「テメェ、あの時はよくもおちょくってくれたなぁ?」
男がポキポキと指を鳴らし、ズイッと近付く。
どうやらそうっぽいな……まさかあんな前の事を覚えていて、まだ根に持ってるとはな……というかさっきの叫び声だけで俺だって特定するとか……どんだけだよ。
参ったな、逃げられそうに無い。コンビニの中の店員も運が悪い事に気付いて無いし、通行人は面倒事を避けるようにスルーだ。冷たいねぇ……
ともかく、天城を巻き込む訳にはいかない。何とか彼女だけでも逃がさないと。
「……そんなちっぽけな事で怒るなんて……器小さいな、あんたら」
「あぁ? んだとテメェ!」
男は俺の挑発に乗り、俺の胸ぐらを掴む。他の男達も俺を囲うように近付く。
よし、上手い具合に俺へ矛先を集中出来た。この隙に天城がコンビニへ逃げてくれれば、店員に助けを求められる。俺が一、二発殴られるのは避けられないだろうが、それで十分だ。
手を後ろへ回し、天城へ合図を送ろうとしたその時――
「あ、あの!」
俺の意思とは裏腹に、天城は男達に立ち向かった。
「世名君を……離して下さい!」
「天城……!? 馬鹿、早く逃げろ!」
「でも、逃げたら世名君が傷付いちゃう! そんなのヤダよ!」
天城は涙目になりながら、必死に声を上げる。
その気持ちは嬉しい。けど、この状況ではそれは駄目だ!
「ほぉー、言うじゃん。彼女か何かか?」
案の定、男は天城へと矛先を向けた。
「オイ! 彼女は関係無いだろ! やるなら俺だけにしろ!」
「うるせぇなぁ……ストレス解消の為に付き合ってもらうぜ」
「このゲスが……天城に手ぇ出したらただじゃおかねぇぞ!」
「そっ。じゃあお前からぶっ飛ばす」
男が拳を握り、それを振り上げた瞬間――
「――タッ!?」
男の背後から首筋に向かい何かが飛び、それが命中。それに男が怯み、俺の胸ぐらを離す。
その飛んできた何かが地面に落ちる音が耳に聞こえ、無意識にそれに視線が向く。あれは……アイスの棒?
「――たくっ……寄ってたかって弱い者イジメかぁ? つまんねー事してんなぁ」
男達の背後から聞こえた、凄みを利かした力強い声。その声に男達が俺から少し離れ、後ろを振り向く。それにより開けた視界に、声の主らしき人物の姿が映った。
傷だらけのダメージジーンズに、肩の辺りにこれまた傷がある白いTシャツというワイルドな格好をした、俺達と同年代と思われる一人の女性。彼女は刺々しい茶髪を掻きむしりながら、見つめられたら気圧されてしまいそうな鋭いつり目で、男達を睨み付ける。
「あぁ? んだテメェ! 何か用でもあんのか?」
「別に? ここを通ったただの一般市民だよ。アタシはただ、か弱そうな女連れてる奴に絡んでる不良もどきを見かけたから声掛けただけ。流石に見逃すのもあれだしね。早いとこ止めといた方が身の為だぜ?」
「はぁ? 何言ってんだ?」
「アタシがイラつく前に立ち去っといた方が言ってんだよ。怪我したくなかったら帰って大人しくしてるんだな」
挑発めいた――いや、完全に挑発目的で言ってるとしか思えない彼女の言葉を聞くと、リーダー格の男はズガズカと彼女に向かい迫る。
「ぐっ……! おい、あんた!」
早く逃げろ――そう口にする前に、男が彼女の胸ぐらを掴む。
「女のくせに調子乗ってんじゃねぇぞ?」
「出たよ。いかにも噛ませっぽいセリフ。そういう風に女をなめる奴は痛い目見るぞ?」
「ざけんな……!」
男が拳を振りかざすと、周りの男達が彼女を囲い込む。
マズイ、このままじゃ彼女が!
助けられるとは到底思えない。けど、このまま見過ごす訳にはいかないと、俺は男達の元へ走る――寸前、女性が口を開く。
「止めとけって言ったのにさ……文句言うなよ。警告無視したあんた達の自業自得だ」
「何言って――」
男がその言葉を言い終える直前――彼の体が宙を舞った。
「なっ……!?」
その事に俺や天城、周りの男達全員が、驚愕の声を漏らした。胸ぐらを掴んだ男が、彼女に背負い投げをされる光景に。
「ガハァッ!?」
宙を舞った男はそのまま地面に打ち付けられる。それから数秒の合間に、女性は男の腕を掴んだままそれを地面に叩き、押さえ付ける。
俺達とほぼ同い年で、体格も天城と大差があまり無い女性が、一瞬にして屈強な男を地に沈めてしまった。それに俺は彼女を助けるなんて事を忘れ、呆然とそれを見つめてしまっていた。
「ぐっ……テメェ……!」
「言ったろ? 怪我したくなかったら帰れって。言っとくけどアタシ今、機嫌悪いんだよねぇ……だからさ――」
そう悪魔のように囁くと女性は地面に倒れる男の顔目掛け左腕を伸ばし、真横の地面を掌で思い切り叩く。
「病院の世話になりたくなかったら――アタシの視界から消えな」
彼女の背筋が凍るような冷ややかで、恐ろしい言葉が吐かれた瞬間、男達の表情が凍り付いた。その凍てついた空気を感じ、俺でもすぐ理解出来た。今の状況で彼女に逆らう事が、どれだけ無謀な事か。
「くっ……覚えてろクソが!」
リーダー格の男は彼女の腕を振り払いそそくさと起き上がり、ベタなセリフを残して仲間を連れて即座にその場から立ち去った。
「覚えてるかアホ」
女性はそう呟くとゆっくり立ち上がり、ズボンに付いた埃を払う。そして俺達の方をジロリと見る。
敵意が無いのは分かっているが、彼女の威圧感がある瞳に、先程の事が頭をよぎり自然と全身が強張る。天城も同じ思いのようで、表情が固まってる。
そんな俺達の若干の恐怖心とは裏腹に、彼女は刺々しさが抜けたさっきまでとは微かに違う柔らかい声を出す。
「あんたら、大丈夫か?」
「え……あ、はい!」
「その……助けてくれて、ありがとうございます!」
「別に礼なんていらねぇよ。アタシはただ視界に気にいらねぇ奴が居たから突っ掛かっただけさ」
か、カッケェ……そんな事人生で言った事無いぞ俺。
女性はカツカツと靴を鳴らしながらこちらへ近寄り、彼女が投げ、地面に落ちたアイスの棒を拾い上げる。
「チッ、またハズレかよ……バイトクビになるわ、今日はツイてねぇな畜生が……!」
ボソボソと呟きながら、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻きむしる。そのまま手にしたアイスの棒をコンビニ前のゴミ箱に投げ捨てる。
そ、相当イラついてんな……助けてくれたんだし、お礼の一つぐらいあげた方がいいかな?
「あ、あのぉ……もしよかったら何ですけど……いります?」
恐る恐る彼女に声を掛け、俺は手に持っていた先程当たったアイスの当たり棒を差し出す。
女性はドスの利いた低い声を出し、それをジッと覗き込む。瞬間――彼女の目の色が変わり、当たり棒をサッと奪い取る。
「おまっ、これ当たってんじゃねーか! くれんのか!?」
「え、ええ……助けてもらったお礼って事で。そんな物じゃあれですけど……」
「十分十分! イヤー、お前イイ奴だなぁー!」
女性は強張った顔を崩し、正反対な笑顔を浮かべて俺の肩をバンバンと叩く。
な、何か一気に印象変わったな……凄いフレンドリーな感じになった。というか痛い!
「イヤー、最後の最後に良い事あったわ! 早速これをアイスに変えないとな……という訳で、じゃあな!」
「え? あ、ちょっと――」
俺が制止する暇も無く、女性は猛ダッシュでその場から立ち去ってしまった。
行っちまった……結局何だったんだあの人……というか、アイスこのコンビニで変えられるんじゃないか……?
「あ、あの人一体誰なんだろうね?」
「ああ……一瞬で不良達を圧倒しちまって……何者なんだか」
でも、何かどこかで見たことあるような……気のせいか?
その事を考えていると、天城が不意に何か思い出したように俺の腕を掴む。
「そうだ……! 世名君、怪我は無い!? どこか痛むところとかある!?」
「え……ああ、特に何も無いよ」
「本当? よかったぁ……」
ヘナヘナとうなだれ、安心したように息を吐く。
本気で心配してくれたみたいだな……それは嬉しい。けど、俺からも言う事がある。
「天城、どうしてあの時逃げなかった?」
「え、それは世名君が傷付くのが……」
「そう思ってくれるのは嬉しい。だけど、あのままもしあの女性が来なかったら、天城も怪我したかもしれないんだぞ? あそこでコンビニに逃げ込んで助けを呼べば、助かった。少し俺が傷付くだけで済んだんだぞ?」
「それは……ごめんなさい……でも、やっぱり駄目だよ!」
珍しく声を荒げて食い下がる天城に、俺は思わず気圧されてしまう。
「世名君がちょっとでも傷付いちゃうのは嫌! 店長とかはしっかり手加減してくれてるけど、あの人達はそんな事しない。だから、もしそれで世名君が……! 怪我したらって思ったら……! ヒック……!」
「ちょっ、天城!?」
感情が抑えきれなくなったのか、急にボロボロと泣き出す天城に、どうすればいいか分からずオロオロと腕を動かす。天城の奴……そんなに心配してくれてたんだな……
自分の言った事を、曲げるつもりは無い。けれど、俺が彼女を守ろうとしたように、彼女も俺を守ろうとした――ただそれだけなんだよな。なら、俺が責めるのも少し違うか。
そう心の中で納得し、俺は彼女の頬を伝う涙を、そっと指先で拭う。
「悪かったよ。でも、俺はこうして無傷で、天城も無事だ。だからもう泣くなよ。な?」
「世名君……うん、そうだね。ごめんね、いきなり泣いちゃって……」
「いや、ちょっと嬉しかったよ。俺をそんなに心配してくれたんだって」
「そ、そんなの当たり前だよ。だって……好きな人なんだし……」
そう言うと天城はモジモジと体を動かしながら、視線を下に落とす。
「あっと……あんまり居座るのもあれだし、帰ろうか!」
「そ、そうだね!」
気まずさを打ち払う勢いで喋りかけ、天城がそれにコクコクと頷く。
それから俺達はその場から逃げ去るように走り出し、帰り道へ戻り、それぞれの家へと帰宅した。
途中あの女性と会うことがあるかと思ったが、結局出会う事は無かった。
彼女は一体、何者だったのだろうか……? それがずっと、頭の中で引っ掛かった。
颯爽と現れ二人を救った謎の女性。彼女は一体何者? 今後友希達とどう関わるのか? 次回に続きます。