結局それから海子が満足する結果が出るまで競争を続ける事になり、俺と海子の体力の限界がやってきたところでプールサイドに上がった。
「はぁ……流石にもう無理だわ……」
「そ、そうだな……」
だらしなく二人並んでプールサイドにぶっ倒れ、その状態のまま息を整える。しばらくして呼吸が落ち着いた海子がむくりと起き上がったので、俺も続いて起き上がる。
「ふぅ……悪いな友希。ついムキになって無理を言ってしまって……」
「別に構わないさ。俺も楽しめたし、海子の意外な一面が見れた感じがしてよかったよ。あんなに負けず嫌いだとはな」
「そ、それは……勝負には勝ちたいのは当然だろう」
唇を尖らせ、照れ隠しをするように顔を背ける。
それから海子は空を見上げて、息を吐く。
「しかし、夏休みの間も適度な運動は続けていたが……こんなに疲れたのは久しぶりだな……」
「ああ、まだランニングとか続けてたんだな頑張るなぁ……」
以前二人でラジオ体操に参加した事を思い出し、ふと海子の全身を眺める。
その視線に気付いたのか、海子は少し俺から遠ざかり、両腕で体を覆い隠す。
「な、なんだジロジロ見て……!」
「あ、悪い。いや、案外そうでも無いなって思って……」
「な、何がだ? ……まさか、胸か!?」
あからさまにショックを受けた顔をしたので、慌てて否定する。
「ち、違う違う! ほら、前にラジオ体操の後さ、見えてない所がとか言ってたじゃん?」
「よ、よくそんな事覚えていたな……」
「ま、まあな。で、今見てみたらそんなでも無いじゃんって思って……」
むしろ海子のスタイルは完璧に近いと思う。腰回りは引き締まってるし、腕や足にも贅肉みたいなのは無いし、気にする程でも無いとは思う。見るだけでは分からない肉なんかもあるのかも知れないが、高が知れている。逆にそういうのはプラスになると、個人的には思う。
「だから、そんな気にする事だったのかなっと……」
「そ、そういう単純なものでは無いんだ! それに……た、体重とかは、その……」
「そんなの他人には分からない事だし、いいんじゃないか? 普通にスタイルは良いし、ルックスだって良いんだからさ」
「なっ……!?」
と短くか細い声を出すと、海子は口をあんぐりと開き、プルプルと小刻みに震えだす。そしてどうした事か、いきなりプールサイドからプールの中へ飛び込む。
「い、いきなりなにしてんだよ!」
「う、うるさぁい! お、お前がへ、変な事言うから……!」
海子は少し裏返った声で騒ぐと、ブクブクと泡を立てながら水に顔を沈める。
ちょっと言い過ぎたか? 俺としては本心言っただけなんだけど……誉めてんのに怒られるって、どうすりゃいいんだか……
とりあえず海子が落ち着くまで待っておこうとプールの縁で座っていた時。
「あー、あの時のお兄ちゃんだー!」
突然後ろから活発な声が聞こえてきて、その声に海子がガバッと水面から顔を上げ、目を見開き俺の背後を見つめる。その視線に合わせ 俺も後ろを振り返ってみると、そこには四、五人の小学生とその親らしき集団が。
この子達……確かあのラジオ体操の時に居た子供達か。どうしてここに……って、白場の人気施設だし、居ても不思議じゃないか。
海子もそれは分かっているだろうが、突然の遭遇に慌てた様子で子供に声を掛ける。
「お、お前達!? どうしてここに!?」
「あー、海子おねーちゃんもいるー!」
「二人っきりなんだー……もしかしてデート?」
「で……!? でで、デートなどでは……!」
「海子おねーちゃんまた照れてるー!」
「ヒューヒュー!」
相変わらずませてんなぁ……海子おねーちゃんまた水の中に潜っちゃったじゃないか。
そんな子供達のからかいに母親であろう女性が子供達を抑える。
「はいはい、二人の邪魔しちゃ駄目でしょ? みんなは他の場所で遊びましょうねー。どうもごめんなさいねぇ……」
「あ、いえ……」
その女性はどこか生暖かい目でこちらを見てくる。……なんか勘違いしてんな……まあ、仕方無いとは思うし、あながち間違いって訳でも無いか。
その女性は子供を連れ、その場を離れようとする。が、子供の中の一人、一番元気が良さそうな小学校低学年ぐらいの男の子が女性の手を振り払い、海子が入るプールの方へ走る。
「僕も海子おねーちゃんと遊ぶー!」
そう言って、プールサイドからダイナミック飛び出す。
「おまっ……!?」
男の子は巨大な水しぶきを上げてプールに着水する。
だが、このプールは俺達でもギリギリ足が着く深さだ。小学校の子供が立てる訳も無く――そのまま溺れてしまう。
「たくっ、馬鹿!」
幸い、海子がすぐ近くに居た為、すぐに駆け寄りその子を抱える。だが、男の子はまだ混乱してるのか、海子の腕の中で暴れる。
「落ち着け馬鹿! 男子がそんな簡単に泣くものじゃ無いぞ!」
男の子の背中を叩きながら、一喝する。と、男の子はピタッと泣き止み、動きを止める。
「よし、それでいい。友希、すまないが頼む」
「おう」
それからプールの中から男の子を受け取り、プールサイドに上げる。男の子を無事救うと、その子はそそくさと母親の元へ走る。
その後、母親と子供はお礼を言い残し、他の子達とその場から立ち去った。
「ふぅ……やれやれだな」
「全く……余計な騒ぎを起こしてくれるな」
「でも、あの子を助けた時の海子、カッコよかったぜ」
「……別に、カッコいいと言われても嬉しくない……」
そう言いながらも照れたようにプイッとそっぽを向く。
「はぁ……色々疲れたな……」
海子はこちらの方まで移動し、プールの縁を掴む。腕の力を使ってプールサイドに上がり、片膝を立てた状態で俺の前に全身を露わにする。
「――って!?」
それと同時に俺は思わず声を上げてしまう。
「ど、どうした? ……ん?」
海子は俺の視線の先へ同じように視線を向ける。
さっき子供が暴れたせいか、彼女の水着の肩紐が解けていた。それのせいで、胸を隠すボーダー柄の布地の右側が三分の一ほどダランと垂れ下がり――今にも胸がこぼれそうになっていた。
その自分の状態に気付いた瞬間、彼女の顔が真っ赤に燃え上がった。
「い……イヤァァァァァ!」
耳に響く悲鳴を上げると、海子は物凄い速度で胸元を覆い隠し、瞬時に体を反転させて背を向ける。その悲鳴をきっかけに俺はふと我に返り、遅いと思うが目を逸らす。
「……見たか?」
「大丈夫! ギリギリ見えてなかった!」
涙声の問い速攻で返答する。嘘では無い。実際布地はギリギリのところで止まり、セーフティーラインを辛うじて守っていた。もう少し遅れていたら危なかっただろう……
ただまあ……それでも十分なインパクトはあった。いや、忘れよう。それが海子の為だ。……難しそうだけど。
「……もういいぞ」
鼻を啜りながら発した言葉に俺は視線を戻す。海子は若干涙目で、しょぼくれていたが、水着の肩紐はしっかりと結び直されていた。
「そのぉ……ごめん」
「いや、今のは私の不注意だ。お前に非は無い」
「ど、どうも……」
「ただ! すぐ忘れるんだぞ! でなければ……あっと……えっと……」
何を言えばいいか言葉が見つからないのか、海子は俺に指を突きつけたまま口ごもる。
多分蹴り飛ばすとか言えばいいんだろうけど、海子はそういうの言わなそうだしな。
「安心しろって、すぐ忘れるよ。海子だって嫌だもんな」
「い、嫌という訳じゃ……いや、それでいい!」
海子のキョドった様子に内心笑いながら、俺は近くの時計に目をやる。……そろそろだな。
彼女もそれに気付いたのか、少し残念そうな顔をして肩を落とす。
「そうか……そろそろだったな」
「ああ……悪いな、こんなドタバタした感じで終わって」
「構わないさ。それより早く行ってあげろ。桜井が待っているのだろう?」
「い、いいのか?」
「当然だ。そういう決まりたろう。それに――」
そこで言葉を切ると、海子そっと目を閉じて握り拳を胸元辺りまで掲げる。
「私は勝負事は真剣に、正々堂々と戦いたい。だから、お前を巡る恋路もそうだ。私は他の者と……正々堂々と戦いたい」
「海子……ああ、ありがとうな」
「フッ……だ、だが勘違いするなよ?」
「なにが?」
「私は別に、彼女達に負けるつもりは無い。勝負には……勝ちたいからな」
チラリと視線を向け、小さく笑う。
勝ちたいか……その勝敗を決めるのが俺なんだけど。
「……分かってるよ。しっかりしたジャッジは出すつもりだよ」
「ああ……さあ、さっさと行ってやれ!」
「おう、また後でな!」
海子に手を振り、俺は最後の一人――陽菜の元へ走った。とうとう、波乱に満ちたプールデイズもクライマックスだ。
◆◆◆
「あ、友くーん! こっちこっちー!」
陽菜を探し、施設内を走り回っていると、どこからか聞き覚えがある元気な声が聞こえてくる。一体どこからだと、辺りを見回すと、ある人集りの中に、こちらへ手を振る陽菜の姿が映る。
その人集りはウォータースライダーの順番待ちをする人達で出来た長蛇の列。その前の方に陽菜は居た。あいつ……なんであんなとこに?
とりあえず人を掻き分け、彼女の元へ近付くと、陽菜は俺の腕を掴み、列の中へ引きずり込む。
「よかったぁ! もうすぐ順番だったから心配しちゃったよぉー!」
「もうすぐって……どういう事だよ?」
「どういう事も何も、今からこれ乗るんだよ!」
キャッキャとはしゃぎながら、陽菜はウォータースライダーを指差す。
「乗るって……なんで俺まで?」
「これ、二人で一緒に滑る事も出来るんだって! 友くんと合流してから並んだら時間無くなっちゃうから、私少し前から一人で待ってたんだ!」
並んでたって……そうだったのか。
確かにウォータースライダーに並ぶ列はもう夕方だというのに、絶え間なく多くの人が並んでいる。恐らく最後尾の人が滑るのは三十分ぐらい先だろう。そんな列に陽菜は一人並んで待ってたって訳か……
「ね、だから一緒に乗ろうよ! きっと楽しいよ?」
「それはいいけど……俺が並んでいいのか?」
「いいの! ペアなら横入りも大丈夫だって、係員の人に聞いたもん!」
「そうか……じゃあ、一緒に滑るか」
「やったぁー! それじゃあ後もう少しだろうから、一緒に待とっ!」
大げさに全身を動かして喜びを表現すると、俺の腕に絡み付き、抱き付いてくる。もうすっかり馴染んでしまった陽菜の胸の感触が左腕に思いっきり伝わる。何度目か分からないが、いつまで経っても緊張する……
それから数分程度列に並び、ようやく俺達の番が回ってくる。
「んー、楽しみだなぁ……どれぐらい長いのかな? 見た感じ凄くクネクネしてるけど、いっぱい回るかな?」
ウォータースライダーの入り口に続く階段を上っている最中、陽菜なワクワクを抑えきれず、陽気に上半身を揺らしながら、沢山の言葉を口にする。
「お前……少しは落ち着けよ。そんなんじゃ怪我するぞ?」
「大丈夫だよ! それに、ようやく友くんとプールに来れたんだもん!」
「ようやく……?」
あれ、俺昔こいつとプール行った事無かったっけ? 遊園地とか水族館とか色々行った記憶はあるけど……言われてみるとプール……それと海は無いかも知れないな。
一体どうしてだろうと少し過去の事を思い返していると、陽菜が少しテンションを下げた口調で喋り出す。
「ほら、私昔泳げなかったでしょ? だからみんなに気を使わせちゃあれだって、プールとかは遠慮してたじゃん」
「ああ……そういえばそうだったな」
「うん……でもね! 引っ越してからいっぱい泳ぎの練習して、スッゴく泳げるようになった! だから、ようやく友くんとプールに来れたって! 凄く嬉しくって……」
「そういう意味か……でも、そんなに喜ぶ事か? 別にそこまで特別な場所でも無いだろ?」
「むー、そういうんじゃ無いんだよ! こういう楽しいイベントを友くんと楽しめなかったのが寂しかったの! それに……」
珍しく照れ臭そうに顔を逸らし、流し目でこちらを見つめる。
「水着とか……見てほしかったし……」
「み、水着? また何で……?」
「女の子はこういう普段と違う姿を、好きな子に見てもらいたいものなの!」
「そ、そういうもんなのか?」
「そういうもんなの! ……それでさ、私の水着姿……どう?」
「へ……?」
いつもと違ったどこか真剣なトーンな声に、キラキラとした瞳の上目遣いのコンボに、思わず声が詰まる。
「今日最初に聞いた時は何だかはぐらかされちゃったからさ……友くんのちゃんとした意見……聞きたいな」
最初って……あの三人の中でってやつか。あれは一人決めたらあれだと思ったからで……
そう、口にしようとしたが、陽菜の真剣な眼差しを見て、俺はその言葉を飲み込む。
陽菜は本気で俺の答えを望んでいる。なら、俺も真面目に答える必要がある。……とはいえ、俺が言えるような言葉は一つしかない。
少し気恥ずかしい思いに駆られるが、何とか勇気を絞り出し、それを声に出す。
「……似合ってると思うぞ」
「……それじゃあ、可愛い?」
「そ、それは…………か、可愛いと……思うぞ」
「そっか……ニヘヘ……」
その答えに陽菜は満足したのか無邪気に微笑むと、一層俺に身を寄せる。
な、何だよこの感じぃ……! 下っ腹の辺りがキュンとするっていうか……なんかむず痒い!
言い知れぬ感覚にどうすればいいか困惑するが、ウォータースライダーの入り口がある階段の終わりが見え始め、俺は訳も分からずそそくさとそこを目指し早足で歩く。
「ウフフッ……友くん照れちゃって、可愛いなぁ」
その言葉を右の耳から左の耳に聞き流し、俺は彼女を引っ張り頂上へ足を踏み入れる。
そこに居る係員の人に注意事項やらを一通り聞き、専用のボートを借りて陽菜と共にウォータースライダーの入り口に向かう。
貰った二人乗りの小さなボートの上に前に乗り、ポディションに着く。
「よーし! レッツゴー!」
そう先程までのシリアスな雰囲気が嘘のような明るい声を出し、俺の後ろへ勢いよく乗る。そのまま陽菜は俺の背中に抱き付き、顔を俺の顔の横まで寄せてくる。
「ち、近いわ!」
「いーの! ちゃんとくっ付いてないと危ないじゃん!」
ニマニマ笑いながらさらにキツく俺を抱き締める。暖かく、柔らかいものが色々当たり全身の血液の流れが速まる。
早くこの状況から脱しなければと、俺は陽菜に合図を出し、ウォータースライダーへと滑り込んだ。
「うおぉぉぉぉぉ!?」
「ヒャッホー! アハハハハ!」
薄暗いウォータースライダーの中をグルリグルリと縦横無尽に動き回る。後ろで陽菜は物凄い楽しそうに大声を上げ、その声が反響して俺の耳に届く。が、そんなのが気にならない程揺れ動く道に、それどころじゃ無い。
そして上るのに一分以上は掛かったにも関わらず、僅か数十秒で出口の光が見え――ダイナミックに目の前にある水面に向かいボートが飛び出した。
「イヤッホォォォォォォ!」
その陽菜の高らかな歓喜の叫びと共に、俺達は巨大な水しぶきを上げ着水した。
「ぶはぁ! はぁ……はぁ……」
「ぷはぁ! あー、面白かったぁー! ねぇ、もう一回乗ろうよ!」
目まぐるしく移動した後でボートにしがみ付き疲労困憊な俺とは違い、陽菜はバチャバチャと水面を叩きながら燦々と目を輝かせている。
「ねぇねぇ友くん!」
「え、遠慮しとく……それに、これから並んだら時間が無くなるぞ?」
「あ、そっかぁ……じゃあ、我慢する! ちょっと残念だけど……」
シュンと肩をすくめ、口を尖らせる。げ、元気だなぁ……
そこから係員の誘導を頼りに水面から上がり、ウォータースライダーから離れる。陽菜はまだ興奮気味のようで、忙しなく腕を上下に振る謎の動きを続けている。
「はぁ……楽しかったなぁ……」
「そりゃよかった……で、まだ時間あるけど、次はどうすんだ?」
「んーっと……出来る限り色んなところ回ろう! 目指せ全アトラクション制覇! 的な感じで」
「さ、流石にそれは無理だろう……」
それからは流石に全アトラクション――とまではいかないが、陽菜が行きたいと言った場所を巡る事にした。
「どっせぇーい!」
ダイビングプールの一番高い所から飛び降りたり――
「うぉぉぉぉ……って、あひゃあ!?」
波のプールで果敢に迫り来る波に立ち向かい、呆気なく押し返されたり――
「ふひぃ……」
疲れた体を休めるように、流れるプールでのんびり流れたりと――どれも数十分程度の短い時間だったが、陽菜は満足したようだ。
そして残り時間も僅かとなり、粗方行きたい場所を巡り終えた俺達は、適当な店でクレープを買って、休憩所で一休みする事にした。
「はむっ……んー! 疲れた体に染み渡るぅ!」
イチゴのクレープをパクリと一口食べると、ブルリと身を震わせながら、頬を緩ませた幸せそうな顔をする。
その様子を正面の席に座り見ながら、俺もチョコバナナのクレープを口にする。
「うーん……もうすぐ二人っきりの時間も終わりかぁ……ちょっと残念だなぁ。でも、この後もう少しだけみんなと遊ぶんだよね?」
「まあ、本当にちょっとだけどな」
「それも楽しみだなぁ……みんなとももっと遊びたいし!」
また一口、二口とクレープを食べ、空を見上げる。
「みんなとなかなか上手く話せなくてさー。もっと仲良くしたいんだけどなぁ……」
「ま、まあお前はいわゆる……恋敵だしな」
「仕方ないのかなぁ……いや、諦めるな私! せっかく出会ったんだもんね!」
みんなと仲良くなりたいか……本当にフレンドリーなやつだな。普通恋敵なら他の四人みたいになりそうだけどな……でもこいつの行動が……もしかしたらいい結果をもたらすかもな。
そんな淡い期待を抱いていると、陽菜が急にこちらを見つめる。
「私ね……友くんに出会えてよかった!」
「い、いきなりなんだよ……?」
「だって友くんと出会えたから、友香ちゃんや裕吾と出会えて……そして今色んな人と出会えた! それが凄く嬉しい!」
「陽菜……」
「そして何より……恋心ってものを教えてもらった。それのお陰で毎日幸せで……世界が明るく見える。だから、出会えてよかった」
そっと右手をテーブルの上に置き、クレープを握る俺の手へ添える。
「ありがとうね、友くん。この夏……ううん、これからずっと、楽しもうね! いっぱい!」
彼女の明るい笑顔を見た瞬間、頬が紅潮するのを感じ、俺はそれをごまかすようにクレープへかぶりつく。
「ま、まあ今後も幼なじみとしての付き合い自体はずっと続くだろうからな……」
「もー、照れちゃって!」
「う、うるさいな!」
「フフッ……あ、友くん」
「なんだ――」
閉じていた目を開くと、陽菜が腰を浮かし俺の方へ手を伸ばすのが目に入り――その手の人差し指が俺の頬を優しく撫でた。
「ほっぺにクリーム付いてたよ? 焦りすぎだよ、友くん」
その腕をゆらりと動かし、陽菜は指先に付いたクリームをパクッと口に運んだ。
俺は思わず、その一連の流れをジッと黙って見つめてしまう。それが何でだか分からなかったが、何となくドキッとはした。
「ん? どしたの?」
陽菜は指先を食わえたまま、こちらをキョトンとした顔で見る。
「あ、いや……」
なんとなく気まずい気持ちになり、目を逸らす。それに陽菜は首を傾げて不思議そうに唸る。
その時間が数秒程続き、何か別の話題を振ろうと考え適当に口を開く。
「そういえばさ……」
「あ、みんな!」
俺の言葉が言い終わる前に、陽菜が手を振る。それに何だかデジャヴを感じた俺は、首をゆっくり後ろを回す。
「み、みなさんお揃いで……」
そこには天城や友香達今回のメンバー全員が揃っていた。内数名、禍々しいオーラを放っていたので、自然と冷や汗が流れる。
「そろそろ時間だからみんなで迎えに来たのだけれど……」
「何だか……いい雰囲気だね?」
「いやぁ……は、ハハハッ……」
笑うしか出来なかった。その反応に、彼女達は一斉に動き出し、こちらへ近付いてくる。
「残り時間も少ないわ。もう一回泳ぎを教えてくれる?」
「駄目です! 先輩は私と残りを過ごすんです!」
「いいえ私よ。私は遊べた時間が少ないもの」
「過ごした時間は変わらないでしょう!」
「駄目だよみんな仲良くしないと! 最後はみんな楽しくだよ!」
結局……こうなるのね。
この後残り時間、俺は五人全員を同時に相手する事になり、最後の最後に思い切り疲労する事になった。
最後の最後まで波乱のまま、俺達は白場プライムビーチを後にした。
◆◆◆
「ふぅぅ……」
帰りのバス。揺れ動く振動に身を委ね、背もたれに倒れ込む。
みんなも流石に疲れていたようで、女性陣は全員席に着くとしばらくして眠りについてしまった。
「お疲れ様、お兄ちゃん」
そんな中、唯一起きていた友香がジュースを差し出してくれる。俺はそれを受け取り、口に流し込む。
「色々大変だったみたいだね……本当、無茶したね」
「みんな平等に付き合うって頑張ったからな……みんな楽しんでくれたみたいだし、何とか無事に終わって良かったよ。ただ、もう一つの目的は駄目みたいだったけど」
「もう一つ?」
友香が首を傾げる。
「ああ……今回の集団行動でみんなの仲が少しでも良くなればなって。まあ、駄目みたいだったけど」
「ふーん……またどうして?」
「それは単純にいがみ合う関係性を止めてほしいからさ。それと……それが彼女達が全員幸せな結末に辿り着く為、必要な事だと思うんだ」
その言葉に友香はあえて言葉を返さずに黙って俺の顔を見つめ続ける。それに、俺は言葉を続ける。
「彼女達は今、もし俺が誰かと恋人になっても、それを許さないと思う。理由としては、その……俺が好きだからって事が一番だと思う。でも、それ以外にも理由があると思う。それは彼女達がお互いをよく思っていない事だ。だってそうだろ? 自分の嫌いな奴に好きな人を取られたら嫌だろ?」
「まあ、それはそうだね」
「だがら、彼女達がお互いを好きに……とまでは言わないけど、互いを認めあえる、信用出来る人物にならなきゃ駄目だと思うんだ。俺の恋人なっても、文句が無いと思える程の人物に」
だから今回の事で親睦を深め、互いの良い所を知ってもらえたらと思ったんだが……どうも難しそうだ。
「もちろん、それ以外にも俺がやらなきゃ行けない事もあると思うが……これは絶対に必要な事で、俺が関与出来ない事だ。こればっかりは、彼女達自身の気持ちだ」
「なるほど……とてつも無く大変そうだね」
「まあな……」
「ま、その内あの人達もお兄ちゃんの――愛する人の気持ちを分かってくれるよ。そしたら、彼女達も自主的に相手の良いとこ探したりするんじゃない?」
「友香……ああ、そうだといいな」
長い道のりだけど……この夏の内で少しは動いてくれるといいな。
「それにしても自分が好きとか……言ってて恥ずかしく無いの?」
「うっ……! は、恥ずかしく無い訳ないだろ! でもそうなんだからしょうがないだろ!」
「ま、そうだけど」
「幸せなこった」
「アハハッ……」
「チッ、リア充が……」
急に男性陣達も口を挟みだした。はぁ……俺だって言ってて死にたくなるんだよ……早くこの状況が終わる事を願おう……
こうして、彼女達の仲を深めるという思惑は失敗に終わったが、楽しく騒がしいプールイベントは終わりを告げたのだった。
しかし、まだ夏は始まったばかり。俺達の夏休みは――まだまだこれからだ。
イベントてんこ盛りだったプール回も、無事終幕。なんかクライマックスっぽいけど、まだまだこの物語は続くよ。
彼女達の親睦が深まる事はあるのか……今後に注目?
次回以降も夏休み編はまだまだ続きます。