モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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波乱まみれなプールデイズ~激動の終幕・前半~

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員での集団行動の時間も終わりを迎え、とうとう彼女達とのマンツーマンタイムの後半戦の時間がやって来た。

 みんな解散し、俺は後半戦最初の相手である朝倉先輩と二人で行動を共にする事に。どこに行くか話し合っていると、朝倉先輩が是非行きたい所があるというので、その場所を目指し二人で歩いていた。

 

「さて、時間も少ないし、いっぱい楽しみましょう?」

「そ、そうですね」

 

 こちらに首を回し笑顔を見せてくる朝倉先輩に対し、俺は少しキョドった返事を返す。

 やっぱり二人きりだと少し気まずいな……さっきの事もあるし。そんな事を考えていると、自然と隣を歩く彼女の胸元に視線が移る。そのいかにも柔らかそうな――いや、実際柔らかかった谷間が目に入ると同時に、先程その谷間に挟まれた時の感触が蘇り、全身が熱を帯びる。

 その記憶を慌てて消し去ろうと頭を横に振るい続ける。脳がグワングワンと揺れ、若干吐き気を催し立ち止まる。すると朝倉先輩が立ち止まり、こちらへ近寄る。左手を俺の肩に、右手を額に乗せ、顔を覗き込むようにズイッと身を寄せてくる。

 

「顔色が悪いわね……大丈夫?」

 

 超至近距離から発せられる甘い吐息が肌を撫で、今にも吸い込まれそうな水色の瞳に見つめられ、吐き気が吹っ飛ぶ。気恥ずかしさから自分でも驚く程俊敏な動きで、彼女から離れる。

 

「い、いえいえ! 俺、元気、ダイジョーブ!」

「そう? あんまり無理しないでね。倒れられたら困るもの」

 

 クルリと振り返り、朝倉先輩は再び歩き出す。その時、若干肩がピクッと動いたのが見えた。ついでにクスクス笑っている声も聞こえた。

 あの人……分かっててからかったな……案外無邪気なのか?

 

 数回深呼吸をして、呼吸を整えてから彼女の後を追い掛ける。

 それから横並びに歩き続け数分。俺達は目的地である、波のプールに到着した。

 全長80m以上はあるであろうこの扇形プールに、数え切れない程多くの人が集結していた。

 

「流れるプールとやらも人が沢山居たけれど……ここも凄いわね」

「ここの二大プールですからね。まあ、広さに余裕はありそうだし、大丈夫でしょうね。ところで、どうして波のプールに?」

「いえ、どうしてプールなのに波を起こす必要があるのかと思ってね。海という自然の波が起こる場所があるのだから、ここは何か違うのかと興味本位でね」

「な、なるほど……まあ、海とあんまり変わらないとは思いますよ? 波の大きさがある程度決まってるところとかあるけど……後は塩水じゃ無いところですかね?」

「なるほど……確かに、塩水を嫌う人は居るわね。ここはそういう人の為のものという事ね」

 

 朝倉先輩が納得したように頷く。

 色んな事が新鮮なんだな……多分今回プールを一番楽しんでるのは、ある意味朝倉先輩かもしれないな。

 

「ところで……この波は一体どういう原理で起こっているのかしら?」

「へ? ああ、確か……一番奥の方に波を起こす機械みたい……のがあったはずです」

「なるほど……それじゃあ、見に行きましょう」

「見に……?」

「せっかくだし見てみたいじゃない。ここから奥まで泳げばいいのよね?」

「そうですけど……奥の方は割と深いですよ?」

「平気よ。こう見えて泳ぎは得意なの。それじゃあ、行きましょう」

 

 そう言うと朝倉先輩はそそくさとプールの方に向かい歩き始める。その目は少しワクワクしたようにも見えたような気がした。好奇心旺盛だなぁ……ま、付き合うか。

 俺も後を追い、プールの方へ歩く。ピチャっと浅瀬を歩く心地よい音と感触を感じながら、だんだんとプールの中へと足を踏み入れる。そして数分もしない内に、腰の辺りまで水に浸かり始める。だんだんと足取りも重くなり、人の数も増え始め、進み辛くなってくる。

 

「流石に多いわね……友希君、平気かしら?」

「なんとか平気です」

「そう。ならよかった……あら?」

 

 朝倉先輩がこちらへ体を向けた瞬間、奥の方から少し大きめの波が押し寄せてくる。

 

「キャッ……!」

 

 それに反応が遅れた先輩はその波に呑まれ、押し戻される。波の流れに乗った先輩の体はそのまま俺の方へ向かってくる。俺は反射的に両手を前に出し、迫る彼女を受け止める。

 

「うおっと……! 大丈夫ですか?」

「ええ……油断しちゃったわ。ごめんなさいね」

「いえ、これぐらい……ん?」

 

 ふと、何だか見に覚えがある感覚を感じ、その感覚が伝わる胸元辺りに視線を下げる。

 今俺は両手で彼女の両肩を支えた状態なのだが、その事により必然的に互いの体が密着し――彼女の豊かな胸部がこれでもかという程思いっきり俺の胸に押し付けられていた。

 

「おわぁ!? す、すみません!」

 

 バッと彼女の肩を離し、倒れ込むような勢いで後ろに下がる。

 そんな俺を見て、朝倉先輩は口元に手を当てて、クスクスと全身を小刻みに揺らして笑い出す。

 

「フフッ……そんなに慌てなくていいのに。私としては……もっとくっ付いていたかったけれど」

 

 そう言うと少し目線を逸らし、ほんのちょっぴり頬を染める。流石に今のはドキッとしたらしい。それに俺も思わず鼓動が高鳴る。

 くっ……時々見せるこういう反応に弱いな俺……というか、今日密着したりトラブル多いな……プールに潜む魔物、恐るべし。

 しばらく無言の状況が続いたが、朝倉先輩がそれを掻き消すように咳払いをする。

 

「さて……改めて先に進みましょうか」

「そ、そうですね!」

 

 朝倉先輩は再度波のプールの最奥を目指し歩き出す――と思いきや、反対側の俺の方に向かい歩き、隣に並ぶ。そして俺の左手を握り締め、顔の横まで上げる。

 

「今度は流されないように二人並んで……ね?」

 

 首をちょこんと倒し、ギュッと手を握る力を強める。それに動揺し、俺は上手く口を動かす事が出来ず、返事を言いそびれた。

 肯定、否定する暇も与えられず、朝倉先輩は俺を引っ張り歩き出す。別に嫌では無いんだが……緊張する。ガチガチな体で溺れないか少し心配しながら波のプールを進んだ。

 

 

 そしておよそ60m地点。そろそろ足が着かなくなり、このままでは互いに危険だと手を離して横並びのまま泳ぐことに。当然波もだんだんと強くなり、先に進むのも一苦労だ。

 だが、目的の機械はもう少し。朝倉先輩は分からないが、俺の目にはチラリとそれっぽいものが見え始めている。後少しだな――

 ラストスパートをかけようと、朝倉先輩の方へ視線を送る。が、朝倉先輩は何やら顔をしかめ、足元を見ている。何かあったのかと彼女に近寄り、声を掛ける。

 

「どうしたんですか?」

「いえ……何でも無いわ。心配かけて悪いわね」

 

 そういつもの口調で言うが、いつもと違ってどこか余裕が無いように思えた。そう、何か痛みを堪えるように必死に絞り出したような声。

 もしかして……それに彼女の身に何が起こったのかを察し、急いで彼女の体を抱える。

 

「朝倉先輩……もしかして足を?」

「……恥ずかしながら、そうみたいね。不覚だわ……」

 

 やっぱり……足をつったみたいだ。今日は一日泳ぎっぱなしみたいなもんだったし、疲れが溜まったのかもしれない。ともかく、このまま先に進むのは危険だ。

 彼女の腕を掴み、体を全身で抱え込む。少しキツイが……足が着く所まですぐだから、何とかなるだろう。

 

「ごめんなさいね友希君……情け無い姿を晒しちゃったわね」

「いいですよこれぐらい。朝倉先輩でもこういう事はありますよ。何でも出来るっていっても、万能では無いんですから」

「友希君……そうね、ありがとう……」

 

 朝倉先輩はどこか嬉しそうに頬を緩め、俺に身を委ねた。

 それから苦労しながら波のプールから出て、一番近くにある休憩所の椅子に彼女を座らせる。

 

「ふぅ……」

「ありがとうね友希君。せっかく二人っきりの時間、無駄になっちゃったわね」

「いえ……それより、足はどうですか?」

「そうね……まだ少しつってるみたいね……しばらくはまともには動けなさそう」

 

 顔を少し歪ませながら、ピンと伸びた自分の右足を見下ろす。彼女ははぁ、と残念そうに溜め息をつきながら、背もたれに寄り掛かる。

 

「無念だわ……友希君と楽しめるチャンスを、自分の不注意で無駄にするなんて……」

「朝倉先輩……まだ、時間もありますし、付き合いますよ。何かしてほしい事あったら言って下さいよ!」

「してほしい事? 本当にいいの?」

 

 すると朝倉先輩の声が少し跳ね上がった気がした。

 ……言ってしまったからもう手遅れだが、何か無理難題を押し付けたりしないよな? いや、出来る限り答えられるように善処しよう! ……軽めのでお願いします。

 俺のその念を受け取ったかどうかは分からないが、彼女は俯き加減でジッと黙る。そして答えが出たのか、少しニヤッと口元を吊り上げ、少々照れたような声でお願いを口にする。

 

「それじゃあ……少し足をマッサージしてくれないかしら?」

「ま、マッサージ……ですか?」

「少しは痛みが和らぐと思うのだけれど……頼めるかしら?」

「か、構わないんですけど……」

 

 マッサージのやり方とかよく知らないし、それに……

 視線を彼女が伸ばす足へと移す。彼女の足は絶妙な太さで、ふともも辺りは正直あの胸より柔らかそうだ。あれに直に触れるとなると……何だか悪い気がする。

 

「別に遠慮しなくていいのよ。私も少し照れ臭いけれど、是非お願いしたいわ」

「えっと……じゃあ、やらせてもらいます」

 

 やかましく鳴り響く心臓を空気を深く吸い込み落ち着かせ、ゆっくりと彼女の足に手を伸ばす。その足を見て、つい唾をゴクリと飲む。

 イカン! これでは俺が変態みたいになってしまう! これはマッサージなんだ! 俺はしっかり頼まれて、彼女の足をほぐすだけだ!

 そう自己暗示をかけ、彼女のふとももを掴む。

 

 その瞬間、右手から彼女の足のもっちりとした今まで触れた事無いような不思議な感触が一気に伝わる。決して太い訳では無いけど、飽きさせないとても心地良い弾力。

 柔らかっ! スッゴい気持ち良いんですけど……何これ!

 未知の感触に思わず目的を忘れ、何回かそのふともも軽く揉んでしまう。が――

 

「ンッ……アッ……」

 

 朝倉先輩の口から漏れた耳をくすぐるような甘い吐息が耳に入り、即座に我に返り、手を離す。

 

「す、すみません! そのぉ……何と言いますか、好奇心というか……」

「い、いえいいのよ……ただ、ちょっと思ってたより……ね」

 

 いつもクールな彼女とは全く異なる、恥じらった表情で体を縮こまらせる。その反応がさらに俺の神経をくすぐり、全身が痒くなる。

 駄目だ、冷静になれ俺! このままじゃ変態コースまっしぐらだぞ! それは色々いけないから耐えろ俺ぇ!

 

「し、失礼しました……今度はしっかりやります」

「ええ、お願いするわ……ただ、あんまりじっくりと触らないでくれると……助かるわ」

 

 言われなくてもそうしますよ。じゃないと俺の理性が吹っ飛ぶ。

 出来る限り心を無にして、再度彼女の足を掴む。相変わらず心地良い感触が伝わるが、それをシャットアウト。マッサージをするという事に集中して手をそれっぽく動かす。

 

「…………」

「…………」

 

  その間、互いに何故か無言になる。時々、彼女の嬉しそうな俺でなければ聞き逃してしまう程小さな笑い声が耳に入るが、それをすぐさま聞き流し、マッサージに集中する。

 

 そして数分程マッサージを続け、俺は疲れた手を休憩させる為に、手を離してブラブラと揺らす。

 朝倉先輩は背もたれから背中を離し、自分の足をさする。

 

「ありがとう、大分楽になったわ」

「そうですか……ならよかったです」

 

 先輩は右足をプラプラと動かす。どうやら治ったようだ。

 

「とはいえ、あんまり泳ぐのは控えた方が良さそうですね。またつったら大変ですし」

「そうね……残念だけど、そうするわ」

 

 目を閉じ、背もたれにギシッと音を立て倒れる。

 さて……この後どうしようかな? そろそろ俺は行かないとならないけど、朝倉先輩を放っておくのもあれだしな……

 大事を取ってもうちょっと彼女に着いていようかと考えていると、朝倉先輩が俺の腰辺りをポンッと叩く。

 

「いいわよ、行ってあげて」

「え、でも……」

「私としてはこのまま一緒に居てほしいけど、それじゃあ他の子達に何て言われるか分からないものね。それに、友希君もそれは嫌でしょう?」

「それは……」

「それに私なら大丈夫。十分過ぎるぐらい友希君と楽しめたわ」

「先輩……」

 

 彼女に向かうように促されるとはな……なら、それに甘えておこう。

 

「……ありがとうございます。一応、他の誰かに先輩の事は伝えておきますから!」

「ええ。次の子によろしく。ま、私とのインパクトが強過ぎて、かわいそうだけれどね」

 

 冗談半分に手を振りながらそう口にする彼女に頭を下げ、俺は次の相手の元へ向かった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 朝倉先輩の元を去った後、俺は友香達他のメンバーに先輩の現状を伝えた。彼女の事を任せ、俺は次のマンツーマンの相手が待っているという競泳プールに向かい走った。

 

 そして50mの競泳プールのプールサイドに、彼女が立っているのを目視し、駆け寄る。彼女もこちらに気付き、クルリと体の向きを変え、腰に両手を当てて立ち尽くした状態で、海子は俺が辿り着くのを待った。

 

「悪い、待たせたな海子」

「いや、構わない。私も今来たところだ」

「そっか……で、もしかしてここで泳ぐのか?」

 

 荒れた息を整えながら、真横に広がる競泳プールを見渡す。

 この競泳プールはプライムビーチにある競泳プールの中でも一番距離が長く、本格的に泳ぐ人が好んで使うプールだ。

 俺の問い掛けに海子は頬をポリポリと掻き、少し申し訳無さそうな声を出す。

 

「まあ……な。お前と二人きりで何をしようと考えたんだがな……良い案が思い付かなかった。だから結局、ひたすら泳ごう……という事になってだな……」

「そっか……」

「す、すまないな! こんな味気無い感じで……やっぱりつまらないか?」

「ん? そんな事無いさ。海子がそうしたいんなら、俺は付き合うだけだよ。それに、俺もただただ泳ぐのは嫌いじゃ無いしな」

「そ、そうか!? なら、よかった……」

 

 ホッとしたように目を閉じ、胸を撫で下ろす。

 

「よし、それじゃあ早速泳ぐか?」

「ああ、そうだな。って、ちょっと待て!」

 

 プールへ飛び込もうとした俺の肩を掴み、制止する。それに思わず足を滑らせ転びそうになったが、何とか耐える。

 

「しっかりと準備運動をしてからだ!」

「準備運動って……別にこれまで散々泳いだんだし……」

「その油断が怪我に繋がるんだ! いいからやるぞ!」

 

 まあ、確かにそうだな……朝倉先輩の事もあるし、言い返せないな。

 海子に言われるまま、プールサイドで体を動かし、入念に全身をほぐす。

 数分程度の準備運動を終えたところで、海子と共にプールの中へゆっくりと着水する。深さもそれなりにあり、ギリギリ足が着くぐらいで、泳ぐには持って来いな深さだ。

 

「さてと……どうする?」

「そうだな……まずは軽く練習程度に泳ぐか。その後、競争でもするか?」

「お、いいね。勉強とか色々負けてるけど、泳ぎは負けねーぞ?」

「フッ、私も泳ぎには少々自信がある。悪いが全力で行くかせてもらう」

 

 自信満々にニヤリと笑う海子に釣られ、俺も自然と口角が上がる。

 本当に色んな事で海子には劣ってるからな……一個ぐらい男の威厳とやらを見せないとな。

 

 とりあえず、まずは二人で交互に泳ぐ事にした。まずは海子から。俺はそれを傍らで見守る事に。

 海子の泳ぎは自信があると言うだけあって、とても速く、整ったフォームでまさに泳ぎの手本と言っても過言では無い泳ぎっぷりだった。

 思わずその泳ぎに見惚れてしまい、気付いた時には彼女はもう泳ぎ終わっていた。

 

「ふぅ……」

「いやぁ……お見事。思わず集中して見ちゃったよ」

「そ、そうか? 何だか照れ臭いな……」

 

 濡れた髪をクシャクシャと掻きむしりながら、俺から目を逸らす。その照れ臭さを紛らわすように、俺を力強い目で見て、人差し指をビシッと向けながら大きめなボリュームの声を出す。

 

「さ、さあ! 今度はお前の番だ! じっくりと見せてもらうぞ!」

「わ、分かってるよ」

 

 あれの後だとちょっとやり辛いけど……精一杯やってみっか!

 プールの端まで下がり、背後の壁を蹴り飛ばした勢いに乗り、泳ぎ始める。本格的に泳ぐのは今日初めてだが、何とか調子を掴めた気がする。そのまま一気に手足を動かす。

 反対側に辿り着くと、一旦そこで立ち止まり、水面から顔を上げて休憩。流石に50m全力は疲れるな……

 それからしばらく休憩し、再スタート。海子の待つ元までクロールで泳ぐ。そしてスタート地点に戻ってきたところで、勢いよく顔を水中から上げる。

 

「ぶはぁ!」

「おぉ……なかなかやるな」

 

 海子は意外だと思ったような顔をしながら、パチパチと両手を叩く。

 

「ま、まあな……去年は泳ぎまくった事があるし……」

「そうか……しかし、想像以上だった。これなら良い勝負になりそうだな」

「ははっ……海子に比べたら大した事無いと思うけどな」

「いやそんな事は無い。とてもカッコよかったぞ!」

 

 満面の笑みを浮かべながら、はっきりとした口調でそう口にする。その発言からしばらく、俺と海子は黙り込み、互いの目を見合わせる。

 そして沈黙が感覚では恐らく八秒程経過した瞬間――海子の顔が突然ヤカンが沸騰したように急激に赤くなり、慌ただしくめちゃくちゃに手を動かす。

 

「ち、違うぞ!? 今のはそういう事では無く、本心という事では……いや、実際にカッコよかった本心ではあるんだが……って、そうじゃなくて! あのぉー……」

「と、とりあえず落ち着け! 今のは素直に嬉しかったからさ……!」

「う、嬉……!? い、いきなりそんな事言うなぁ!」

 

 あー、余計テンパっちゃった。どうすればいいのこれ。

 彼女への対応に困っていると、海子はどうした事か急にプールの縁に手を掛ける。

 

「わ、私はもう一泳ぎしてくる! お前はその間に休んでいろ!」

「へ? おいちょっ待――」

 

 が、俺が制止する暇も無く、海子は激しい水しぶきを起こして高速で俺の元から泳ぎ去った。大丈夫か……?

 

 それから数分後、彼女は思い切り息を荒らした状態で戻ってきた。

 

「はぁ……はぁ……」

「……平気か?」

「あ、ああ……何とか収まった」

 

 端から見たら収まった感は無いんだが……本人が言うなら良いだろう。

 それからしばらく休憩を取る事にして、二人揃ってプールサイドへ上がる。体が固まらないように適度に動かしながら、体力が回復するのを待った。

 

 そして十分に体力も戻り、コンディションも整った状態になり、俺達は再びプールに入り込む。いよいよ、海子との全力、本気の対決だ。

 50mプールの端っこで準備を進めながら、隣の海子の様子を横目で確認する。先程の動揺が嘘のように真っ直ぐな眼差しでゴールを見つめ、闘志を燃やしている。その姿はさながらアスリートのようだ。

 やる気満々だな……こりゃこっちも気合い入れないとな……!

 頬をバチンと叩き気合いを入れ直すと、海子がこちらを振り向く。

 

「友希、いくらお前とはいえ、勝負事で手加減するのは私の流儀に反する。悪いが全力で勝ちに行く――!」

「流儀か……カッコいい言葉使うじゃん。もちろん、こっちも全力だぜ!」

 

 左手で拳を作り、それを差し出す。海子はそれに一瞬戸惑ったように反応するが、すぐに笑みを浮かべ右手で拳を作りそれにぶつける。

 互いの意志を分かち合ったところで、同時に位置に着く。スタートの合図はジャンケンで決め、海子が出す事に。聞き逃さぬよう、耳を澄ませ、神経を集中させる。

 

「行くぞ。ヨーイ……」

 

 その言葉を合図に、足を背後の壁に着け――

 

「――ドン!」

 

 ――全力で、一気に蹴り出す。

 スタートはほぼ同時――いや、若干海子の方が速いように思えた。挽回すべく、俺は冷静に、かつ素早く手足を動かす。

 丁度真ん中を越えた辺りで、ほぼ横並び。だが、海子の速度が衰える様子は無い。このままでは負ける――俺は体力の限界まで速度を上げ、必死に食らいつ付く。そしてゴール地点の壁が目の前に映る。

 

「――ッ!」

 

 無声の気合いを発し、腕を伸ばす。バンッ! と壁に右手がぶつかり、全身が痺れそうな衝撃が掌から伝わる。だが、それが気にならない程、俺の意識は結果に向いていた。

 一体どっちが――隣を見るが、海子も同じように手を着いている。って、これどっちが勝ったんだ……?

 よくよく考えると、二人で泳いだら結果を見る人が居ないじゃないか……遅すぎる後悔に頭を抱える。

 

「……私の負けだ」

 

 その時、海子は肩で息をしながら、どこか悔しそうに俯いていた。

 

「お前の方が、先に手を着いたのが見えた」

「え、本当か……?」

「嘘は言わん。リーチの差だけ、私が遅れたな」

「マジか……」

 

 自分ではよく分からないが、海子はこういう勝負事では嘘はつかなそうなタイプだ。という事は全て事実。この勝負――俺の勝ちという事だろう。

 

「は、ははっ……」

 

 海子には悪いが、その事に自然と顔が緩み、弱々しい笑い声が漏れる。

 何とか勝てたかぁ……いや、勝ったから何だって話だけど、なんだかんだ嬉しいもんだな。これで少しは男のプライドを守れたかね……

 

 とりあえずお疲れ様と、良い勝負だったと感謝の気持ちを込め握手でもしようとしたが――

 

「ううっ……」

 

 奥歯を噛み締め、本気で悔しそうな海子を見て、思わず動きが止まる。そ、そこまで悔しがるか……

 すると海子は力強い目でこちらを見ると、人差し指を立てた右手をこちらに突き付ける。

 

「も、もう一度だ!」

「えぇ!? まだやるのか!?」

「こ、このまま負けたままでは私のプライドに傷が付く! 一回だけで良い、頼む!」

 

 両手を合わせてこれまで見せた事が無いほど必死にお願いする海子に、つい笑ってしまう。

 負けず嫌いなんだな……案外子供っぽいというか……可愛いじゃん。

 

「分かったよ。とことん付き合ってやる」

「そ、そうか! 感謝する! それじゃあ早速やるぞ!」

「ちょっ、ちょっとは休まない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 何だか朝倉先輩がちょっとエロチックなお姉さんみたいになってきた気が……まあいいか。
 海子は変わらずテンパったり、意外と負けず嫌いな女の子。

 次回後半、プール回クライマックスです。




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