モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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水着選びは夏の醍醐味である

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……やっと終わったぁ……」

 

 集中状態が切れ、一気に力が抜け倒れた体を倒し、椅子の背もたれに寄りかかる。やっと終わったよ……これでもう気にする必要は無いな。

 仰向けの体を起こし、目の前の勉強机にあるプリントを見つめる。今さっき、全て終わらせる事の出来た夏休みの宿題だ。夏休み初日から地道に消化してきたが、何とか月が変わる前に片付いた。これで来月の事に集中出来る。

 来月は多分盛り沢山な日々になるに違いない。今から覚悟しておかないとな。

 

「とりあえず……今日は休むか」

 

 晩飯を食ってからもうずっと机に向かいっぱなしだったし、首も肩もバッキバキだ。明日で7月も終わりだし……ゆっくり休んでおかないと。

 

 ベッドに潜り込む前に、机の上を整頓する。その時、ふと机の上に置きっぱなしだったスマホが目に入る。

 

 

「あれ? メール届いてる」

 

 宿題に集中してて気付かなかったな。誰からだろ?

 片付けをハパッと済ませてから、メールを確認する。送り主は――朝倉先輩だ。

 大体の予想はついたが、そのメールの内容を確認する。

 

 ――友希君、明日暇かしら?

 

「……ですよね」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ――翌日。

 7月最終日の今日。人でごった返す午後の白場駅前の時計台にて、俺は適当にスマホをいじりながら、彼女を待っていた。

 

「あっちぃ……」

 

 空にはウザったい程明るく輝く太陽。それから降り注ぐ光の暑さに、さっきから汗が滝のように流れてる。まだ夏は始まったばかりなのにこの暑さ……今後もヤバいなこりゃ。

 飲み物でも買いに行こうかと、一旦時計台を離れようとしたその時、不意にこちらへと歩んでくる人影が視界に映る。

 目を良く凝らし、その人物を見定める。

 ノースリーブの白いワイシャツに、黒のスカートを着こなす女性。そして何より、特徴的な銀色の長髪。どうやら来たようだ。

 俺もその人物――朝倉先輩の元へと歩み寄った。

 

「ごめんなさいね友希君。待たせちゃったかしら?」

「いえ別に。それにしても……」

 

 遠目では分かり辛かったが、朝倉先輩のシャツはボタンの上の方が少し開いてる。そのせいで彼女の狂気的な胸元がチラリと見えてる。それだけでもかなりのインパクトなのだが、暑さのせいで滴る汗が谷間に流れて何というか――

 

「どうしたのかしら?」

「あ!? いえ! 今日暑いっすねー! アハハハ……」

 

 スゲェガン見しちゃってた……気を付けねば。

 笑いながら視線をさり気なく逸らす。が、その様子を見て朝倉先輩がクスクスと小さい笑い声を上げる。もしかして……バレてた?

 

「いいのよ、そんなに慌てなくても。別に咎めたりしないわ」

 

 やっぱりバレてた……そりゃバレるよね。視線が完全に下に向いてたら流石に気付くよね。

 

「以後、気を付けます……」

「フフッ、私は別に不快な気分にはならないから構わないのだけれど。まあいいわ、そろそろ行きましょうか。このまま直射日光を浴び続けたら、干からびそうだわ」

「そうですね……で、どこに行くんですか? 買い物に付き合ってくれって事以外メールには書いてませんけど」

「安心して。そう長く付き合わせないわ。ただ一つ、買いたい物があるだけだから」

「ほー……何ですか? それ」

 

 俺の問いに、何故か朝倉先輩は悪戯な笑みを浮かべ、囁くように声を出した。

 

「水着、よ」

「あ、水着ですか…………水着!?」

「あら? そんなに驚く事かしら?」

「いやだって……何で水着を買うのに俺が付き合うんですか!?」

「それは理由はいくつかあるけど……一番は私一人じゃ心許ないからね」

 

 心許ない? いくら朝倉先輩でも水着ぐらい一人で買えるだろう……

 

「知っての通り、私は世間知らずなところがあるし、市民プールなんてものに行ったことが無いのよ」

「えっ……じゃあまさか水着着たこと無いとか?」

「いえ、流石に私も水着を着て泳いだ経験ぐらいあるわ。ただ、毎年プライベートビーチだったり、周りに他人が居ない事が多くて、他の目を気にしない水着が多かったのよね。学校も指定の水着だし」

 

 他人の目を気にしない水着……!? 一体どんな過激な水着なんだ……じゃなくて!

 

「つまり……他人の目に触れてもおかしく無い水着選びに付き合ってほしい……と?」

「そういう事。生徒会のメンバーにはそんな事言えないし、お願い出来るかしら?」

「構いませんけど……俺で良いんですか? 俺女性の水着なんて詳しく無いし、一応男ですよ?」

 

 水着選びなら女性同士の方が気が楽だと思うし。あの四人は無理でも、友香辺りなら協力してくれるだろうし、その方が良いと思うんだが。

 その考えを彼女へ伝えようとした瞬間、朝倉先輩はいきなり俺の手を握ってくる。

 

「私は友希君がいいのよ。せっかくだから友希君の好みも知りたいし、こういうの恋人らしくて良いと思わない?」

「あ……えっと……」

 

 朝倉先輩の柔らかい手付きと耳をくすぐるような声に、思わず言葉が詰まってしまう。そんな事言われたら……どうにも言い返せないな。

 まあ、俺は嫌でも無いし、彼女が良いならそれで良いか。

 

「分かりましたよ……俺でよければ付き合いますよ」

「ありがとう。そう言ってくれると思ったわ。じゃあ行きましょう、友希君」

 

 うっすらと笑うと、俺の手を強く握り締める。

 そのまま俺達は駅ビルの中にある目的の店を目指し、炎天下の中を歩き出した。

 

 

 

 

 数分後――駅ビル内に入ってすぐ、目的の店を目指して施設内を二人並んで歩く。

 

「ふぅ……中は涼しくて助かるわね。暑いのはどうも苦手なのよね」

「そうなんですか?」

「ええ。夏はあまり好きでは無いわ。退屈で暑くて、何より……」

「……先輩?」

「いえ、何でも無いわ」

 

 一瞬口ごもったけど何だろう? ……気にしても仕方無いか。

 

「まあ今年は友希君と過ごせる時間があるから、退屈しないけど」

「そ、そうですか……あ、あれじゃないですか?」

 

 朝倉先輩の言葉にどう返すか戸惑っていると、目の前に水着を着せたマネキンが入り口に立っている店が見えてくる。恐らく目的の水着売り場だろう。

 

「あそこが……とりあえず行ってみましょう」

 

 コクリと頷き、店の中へと入る。

 店内は色とりどりの水着で埋め尽くされ、客も数十人程度。男性用の水着も売ってるから、居辛くは無さそうで安心だ。

 朝倉先輩は店内に入るや否や、辺りをキョロキョロと見回し、物珍しそうに水着を手に取る。

 

「こんな感じに売っているのね……いつもオーダーメイドだから、知らなかったわ」

「オーダーメイドなんですね……」

「色々あるわね……見ただけでは良く分からないわね」

「なら、試着してみたらどうですか?」

「あら? 試着なんて出来るのね。なら、いくつかしてみようかしら」

 

 そう言うと朝倉先輩は手当たり次第に水着を両手が塞がる程手に取る。

 

「そ、そんなに試着するんですか?」

「出来る事はしなくちゃね。でも流石に多いわね……友希君、この中でどの水着が好みか教えてもらえるかしら?」

「ええ……!? わ、分かりました……」

 

 大量の水着の中から、とりあえず一目で良いと思った水着を適当に選んでいく。それ以外の水着は朝倉先輩が次々と元の場所へ戻していく。

 

「随分減ったわね。そんなに好みのが無かったかしら?」

「ははっ……まあ、そんなところです」

「でも、これならすぐ終わりそうね。それじゃあ、感想よろしくね。試着は……あそこでいいのよね?」

 

 試着室を指差す朝倉先輩に、俺は静かに頷き返す。

 そのまま朝倉先輩は水着を抱え込んで、試着室へと入り、カーテンを閉める。

 俺は特に水着を買う予定なんかも無いし、黙ってその前で彼女を待つ。感想よろしくって言われたし……多分一着毎に出てくるんだろうな。なんかデジャヴ。

 しかし、あの朝倉先輩の水着姿か……言うまでも無く、強烈だろう。普通の服であれだし。覚悟しとくか……

 

 それから無意識に色々想像しながら、出てくるのを待つ。が、いくら待っても出てくる様子が無い。何かあったのか?

 心配になりながらも、いきなり突入するのは流石にマズイと、彼女を待ち続ける。

 そしてそれから数分後、カーテンが開き、朝倉先輩が出てきた。水着では無く、洋服を着て。

 

「あれ? どうしたんですか?」

「……残念ながら、全部サイズが合わなかったわ」

「サイズがって……ああ……」

 

 どうやら、選んだ水着全て、彼女の豊満過ぎるボディには合わなかったようだ。まあ、あんだけデカいし、普通の水着じゃ合わないのも無理無いか……

 

「せっかく友希君が選んでくれたというのに……申し訳無いわね」

「い、いいですよそれぐらい! それより、他探しましょう! 多分合うの少しはありますよ!」

「そうね……ここまで来て手ぶらで帰るのは癪だわ」

 

 まずは着ることの出来なかった水着を元の場所へ戻し、それから二人で店内を回り、朝倉先輩に二つの意味で合いそうな水着を探した。

 店員さんにも協力してもらい、何とか先輩のサイズに合う水着を数着見つける事に成功した。

 

「探してみると意外とあったわね」

「最近のお店は色々ありますからね……」

「便利な世の中ね……とりあえず、試着してみるわ。今度こそ感想よろしくね」

 

 再び朝倉先輩は試着室へ入る。俺は彼女が着替え終えるのを、黙って待つ。

 その間何もする事が無かったので、何となく辺りを見回してみる。客は女子高生の集団に、カップルらしき男女にOLっぽい女性と、割と色々な客層だ。

 中でもカップルが目立つ。やっぱりこういうところに来て水着を選ぶのはカップルでは当たり前なのだろうか? つい最近までそんな付き合いが無かったから、よく分からないな。

 

「友希君、お待たせ」

 

 そんな事を考えていると、朝倉先輩の居る試着室のカーテンが開かれる。

 俺はそれに反射的に試着室の方を振り向く。瞬間――目に入った朝倉先輩の姿に思わず息を呑む。

 

「どうかしら? 似合ってると思う?」

 

 当然と言えば当然だが、俺の目の前には水着姿の朝倉先輩が立っていた。だが、正直予想していたよりも遥かに衝撃が強かった。

 着ている水着は白のビキニと、至ってシンプルなものだ。だが、着ているのが朝倉先輩という事が、その水着のインパクトを極限まで高めていた。

 あれだけ日光に当たっていたにも関わらず、全く日焼けの跡が無い真っ白な肌。

 そして程良いふくよかなふとももに、それとは正反対にくっきりとくびれてる腰。

 何より今にも水着からこぼれ落ちそうな胸。何をとっても完璧なスタイルに、自然と鼓動が高ぶり、呆然とその姿を見つめてしまう。

 俺の後ろでは周りの客や店員がどよめき始めるが、朝倉先輩は気にする様子も無く俺の反応を観察するようにこちらを見つめる。

 

「…………」

「あら、もしかして友希君、見惚れちゃったかしら?」

「へ!? あ、いや、そういう訳……でも、無い訳じゃ……」

 

 分かりやすく動揺した俺の様子に、朝倉先輩は微笑みながら、口元に手を当てる。

 

「可愛らしい反応ね。とりあえず、これはなかなか好印象って事ね」

 

 一人納得したように頷くと、「次もよろしくね」と言い、カーテンを閉める。

 参ったな……まさかあそこまで強烈なものだとは思わなかった。やっぱり朝倉先輩のスタイルは尋常じゃ無いな。あんなの後数回も見せられるのか……大丈夫か、俺?

 

 それから次が来るまでに何とか動悸を抑え、来るであろう第二波に備える。

 だが、結局普通の水着にも関わらず、過激な彼女の姿に緊張やら興奮やらで動悸が激しくなる一方で、ろくなコメントも返せないまま、全ての水着の試着が終わった。

 

「これで全部ね……ありがとうね、友希君」

 

 服に着替え直し、試着室から沢山の水着を抱え出てきた朝倉先輩は、俺に向かいそう感謝の言葉を伝える。

 

「いや……俺なんか緊張しっぱなしで全然感想も言えなかったですし……」

「その反応だけで十分よ。友希君が私の水着姿にドキドキしてくれると分かっただけで、良い参考になったわ」

「はぁ……で、何を買うんですか?」

「そうね……個人的に友希君が一番ドキドキしてたと思う水着を買うわ」

 

 見ただけで分かるのか? いや、俺はよく表に出るって言われるし……多分顔や仕草に出てたんだろうな。

 水着を戻しに向かう朝倉先輩へついて行こうとすると、突然彼女が振り返り、俺の口元に人差し指を当ててくる。

 

「友希君は外で待っていて。せっかくだから、どの水着を買うかは内緒にしたいから」

「そ、そうですか……」

 

 内緒にする意味はあるのか? まあ、こういうのはノリか。

 特に断る理由も無いので、彼女の言う通り店の外で待つ事に。

 

 そして待つこと数分。朝倉先輩がビニール袋を片手に店から出てくる。

 

「お待たせ」

「ちゃんと買えましたか?」

「あら、流石に馬鹿にし過ぎよ? まあ、確かにちょっと手間取ったけれど」

「ははっ……それで、もう用事はお終いですか?」

「ええ。今日はこれだけで満足よ。ありがとう」

 

 もう終わりか。別にもう少し付き合っても構わないんだが、彼女がこれでいいなら何も言うまい。

 

「短かったけれど、とても充実してたわ」

「俺は何もしてないですけど」

「いいえ、一緒に付き合ってくれただけでいいのよ。それに……」

 

 胸元に手を当て、何か思い詰めるように目を閉じる。その状態のまま、彼女がゆっくりと口を開く。

 

「友希君に水着姿を見られた時……少しだけ心臓が高鳴って、体が熱くなるのを感じたわ。これもきっと……恋心の一つなのね。水着なんて見られても嬉しい事なんて無いと思っていたけど、好きな人ならそれが嬉しいと感じる……それが実感出来ただけで、とても有意義だったわ」

「朝倉先輩……」

「改めて、私が友希君を愛しく思っているのを確認出来たわ。ありがとう」

 

 心の底から嬉しそうな顔をして、彼女が口にした言葉はとても柔らかかった。

 ありがとう、か……本当に恋に関しては純粋なんだな。ちょっとこそばゆいけど。

 

「フフッ……それじゃあ帰りましょうか。プールに行くのを、楽しみにしてるわ」

「はい。しっかりみんなで……ですからね?」

「分かってるわよ。私としては二人切りがいいのだけれど」

 

 そうもいかない。そんな事になれば流石に他のみんなが黙ってない。そこは我慢してもらわねば。

 

 それにしても、プールか……もうあっという間に7月も終わるし……いつ行くかしっかり決めないとな。他の事は大体日程は決めたが、プールはまだ決めて無いし。

 

「友希君、どうしたの?」

「あ、いえ何でも。行きましょうか。……あの、先輩」

「何かしら?」

 

「……今週の日曜日、空いてますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 会長さんとの水着選び。
 彼女が試着した水着の数々は読者のご想像にお任せします。



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