朝。いつも通り眠りから目を覚まし、瞼を開く。窓から差し込む朝日に一瞬目が眩み、右腕で視界を覆う。だんだんと意識が覚醒してきて、一日の始まりを実感している時、ある違和感に気付く。
体が動かない。右腕は動かせたが、左腕は全く動かない。まるで何かにガッチリ固定されたように。
だが、その事態に対し、俺はさほど動揺しなかった。代わりにうんざりと溜め息を吐いた。
またか――と。
左腕に伝わる柔らかい感覚に、耳元から聞こえる息遣い。これだけで大体予想がつくが、確認の為に顔を横へ向ける。
「すー……すー……」
真っ先に視界に入ったのは、俺の体に思いっ切り抱き付きながら、幸せそうな寝顔でスヤスヤと寝息を立てる陽菜の姿だった。
やっぱりね……これで何回目だよこいつ。毎回勝手に潜り込むなって言ってんだろうが……
別に陽菜が俺の隣で寝てる事を咎めるつもりは無い。以前好きにしろと言ったしな。だが、毎回俺が寝てから勝手に入ってくるのは止めてほしい。朝起きたらいきなり抱きつかれてるのは流石に心臓に悪い。
そもそも、基本は自分の部屋で寝ろと言ったのに、ほぼ週四ペースで来てんじゃねーか。お前の部屋があるんだからそこ使えよ。
だが、いくら脳内で愚痴っても何も変わらないし、声に出して愚痴っても、多分止めないだろう。俺が厳しく言わないのもあれだけど。ともかく、慣れるしか無いか。……慣れたら慣れたでどうかと思うけど。
とりあえず陽菜を起こし、軽く説教でもしようとしたその時、突然陽菜の腕の締め付ける力が強まった。
「ふにゃぁ……友くーん……」
「ちょっ……!?」
体がさらに密着し、陽菜の豊満な胸部が形を変形させる程押し当てられる。改めてこいつ胸おっきいな……というか柔らか! 止めて、それ以上は理性が吹っ飛ぶ!
それだけでも十分にヤバイにも関わらず、陽菜は足を俺の足に絡ませて、さらに体を近付ける。ちょっと! ヤバイって! 色々当たってるから!
「うへへっ……とーもくーん……」
だが彼女は起きない。それどころか、腕を俺の首回りへ移動させて、さらに俺を引き寄せようとする。
イカン、これ以上進んだらマズイ! 何でもいいから目を覚まさせなければ! なりふり構っていられないと、彼女の頭に軽くチョップを振り下ろし、叩き起こす。
「あうっ!?」
陽菜は小さく悲鳴を上げて体をビクつかせ、その反動で俺を締め付けていた腕が離れる。やっと離れたか……
「ううっ……なぁにぃ?」
頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がりキョロキョロと顔を動かす。若干涙目だ。少し強くやり過ぎたか……?
「だ、大丈夫か?」
「あ、友くんおはよー……今の友くん?」
「いや……それはごめん」
「別に構わないけど……たんこぶ出来そう……」
そ、そこまで強くはやって無いぞ? はぁ、まあ大げさに言ってるだけだろうし良いか。
「というか……なんでまた部屋に来てんだよ。基本は自分の部屋でって言っただろ?」
「だってぇ……一人だと何か寂しいんだもん」
「寂しいって……それは良いとして、勝手に忍び込むのは止めろ! せめて俺を抱き枕にするのは止めろ! 心臓に悪いんだよ!」
「えー、でも友くんの事ギュッとしてると暖かいし、凄く良い気持ちになるんだもん」
何だその理由は……今夏なんだから暖かくなくていいでしょ! こっちは毎回お前の胸の感触のせいで余計に体が熱いの!
何とかして止めさせなければ、俺の何かがピンチだ! そう、少しキツイ言葉でも浴びせてやろうと思ったが――
「友くーん……」
陽菜の子犬のような瞳による上目遣いと、甘えきった声のコンボに、言葉が詰まる。
だから……そんな目で俺を見ないで! 俺その目には弱いの! 俺が悪者みたいで何か嫌じゃん! いや、今日こそはビシッと言わねば――
「……はぁ、勝手にしろ」
「友くん……! ありがとー! 友くん大好き!」
陽菜の表情がパァッと明るくなり、その勢いのまま俺に向かい飛び付いてくる。
ははっ……甘っちょろいなぁ、俺。こんなんだから駄目何だよ……
それから頬ずりをしてくる陽菜を宥め、二人でリビングへ向かった。
その移動の最中、流石に少しは説教しとかなくてはと思い、彼女と軽く話し合う。
「大体な……何で俺の部屋に来るんだよ。一人で寝れない訳じゃ無いだろ?」
「そういうのじゃ無いんだよ! 私は友くんと一緒に寝たいの!」
「あのな……一応俺達は恋人って訳じゃ無いんだから……」
「それは分かってるけど……少しは甘えても良いでしょ? オジサンやオバサンだっていつもイチャイチャしてるじゃん!」
「それは夫婦だし……ていうか、いくらあの二人でも年がら年中イチャついてる程馬鹿じゃ――」
そう言いながらリビングへ続く扉を開いた瞬間――
「ハハハッ……今日も可愛いなぁ、母さんは……」
「もぉ、お父さんったら! そっちもカッコいいですよ……」
ソファーで二人並んで座り、ベタつく父と母の姿が目に入った。
前言撤回。途方も無い馬鹿だわあの二人。
「おー、友希に陽菜ちゃん! おはようおはよう!」
「……朝からベタつく様子見せんな。目に毒だ」
「まーたそんな事言って! 恥ずかしいのか? お子ちゃまだなー!」
マジムカツク。というか何で居るんだ……って、今日休みだったか。という事は今日一日中こんなか? 憂鬱だなぁ……
朝から疲れる出来事が連続で襲って来たせいか、無意識に溜め息が漏れ出る。夏休みなのに全然休まらないってどういう事だよ。
「おはよー……うわっ……」
俺達に遅れ、友香もリビングへやって来る。そして母さんと父さんの姿を見るや否や、顔をしかめる。妹よ、気持ちは分かるがそこまで不快感を表に出すのはどうかと思うぞ。
「おーう、おはよー友香!」
「おはよう……二人共、朝っぱらから……」
「ハハハッ! 愛に朝も夜も無いのさ……」
「カッコ付けないでよ。はぁ……今は別にいいけど、いつまでもは止めてよね? 今日友達来るんだから」
「そうなのか?」
「みんなで夏休みの宿題。だから、来たら止めてよ? こんな親だって知られたく無いし。……もう手遅れだろうけど」
まあ、何となく知ってるだろうな、お前の知り合いはウチの親の事。
それにしても友達って……小波に中村、それに出雲ちゃんもだよな。こりゃ俺は関係無いって訳には行かなそうだ。
「ところで、いつ来るんだ?」
「お昼過ぎぐらいかな。お兄ちゃんにも手伝ってもらう気だから、よろしく」
「うっ……それなりにな」
となると……午前中の内に自分の分を進めといた方が良いか。多分出雲ちゃんの事だから、ベッタリ状態になりそうだし。
でも、少し心配だな……出雲ちゃんが陽菜の事をどう思うか……大事にならなきゃ良いけど。いや、出雲ちゃんもそんな野蛮な子じゃ無い。きっと大丈夫だろう。
「どしたの友くん? 難しい顔して」
「ん、いや何でも。お前は後輩の勉強には関わるなよ」
「えー、私だって一年生の勉強ぐらい――」
「分かったな?」
「……はーい」
俺に釘をさされると、陽菜は少しムスッとした感じに唇を尖らせ、肩をすくめる。全く……お前に勉強手伝うなんて無理だろうが。
ともかく、今日の俺の予定は後輩達の付き合いになりそうだ。今日も頑張りますか……
◆◆◆
「こんにちはー!」
午後一時頃。予定通り友香の友人達である出雲ちゃん達三人が我が家へやって来た。偶然玄関近くに居た俺は軽く挨拶でもしようと三人の前に姿を見せる。
その瞬間――
「セーンパーイ! お久しぶりでーす!」
出雲ちゃんが靴を脱ぐのを忘れて俺に向かい飛び付いてくる。突然の事に思わず彼女の体重を受け止める事が出来ずによろつくが、何とか右足に力を集中させて耐える。
「夏休みの間ずっと会えなくて寂しかったですよー! 先輩は私の事恋しかったですかぁ?」
「そ、そっか……」
まだ夏休み始まって一週間も経ってないけどね。というか、何だがいつもより積極的というか……過剰な感じだな。さっきからずっと抱きついてるし。
「とりあえず……靴脱ごっか?」
「あっ! ごめんなさい、つい……」
出雲ちゃんは一旦俺から離れ、靴を脱いで改めて家の中へ上がる。今起こっていた状況を口を出さずにぼーっと見てた小波と中村も家に上がる。
「友香なら部屋で準備してるみたいだから、早く行ってあげな」
「はい、失礼します」
「お邪魔しまーす」
「失礼しまーす! ねえ、先輩も宿題手伝ってくれるんですよね?」
「一応、出来る限りな」
「やったぁ! よろしくお願いしますね、先輩! 私先輩にいーっぱい教わりたいですから!」
ニコニコと笑顔を浮かべ、出雲ちゃんは俺の腕にしがみついてくる。やっぱり、いつもより攻めてくるというか……アピールが過剰だな。後ろの二人も何か微笑ましい笑みを浮かべてこっち見てるし、何かあったのか? 別に嫌では無いんだが……
出雲ちゃんはスタイルが控え目とはいえ、女の子らしく肌は柔らかく、胸もあることにはある。それに俺は感覚が敏感だし、こういうスキンシップは誰であろうとドキドキするもんで、心臓に良く無い。
だけどそんな事を出雲ちゃんは知る由も無いし、言う気にもなれない。ここは彼女の好きにさせてやるか。
「お、友香のお友達が来たのか」
早速三人と友香の部屋へ向かおうとした時、リビングの方から父さんが頭を掻きながらやって来る。そして俺と抱きついてる出雲ちゃんの姿を見るなり、父さんは顎に手を当てニヤつく。
「おー、なんだなんだ。モテモテじゃないか友希ぃー」
「うっさい。部屋で寝てろ駄目親父」
「なーんだよ照れちゃってよー。ま、いいけど。それじゃあごゆっくりー。俺は少しコンビニへ行くから」
手をプラプラと振りながら、父さんは玄関から外へ出る。しばらく父が出て行った扉を見つめていると、出雲ちゃんが突然声を上げる。
「あ! ご挨拶するの忘れちゃった!」
「ご挨拶って?」
「前に言ったじゃ無いですか! その内お世話になるんですから! 後でしっかりしとかないと……」
そういや……言ってたなそんな事。挨拶って……何を言うんだろうか?
「まあそれは後にして、行きましょう先――」
「あ、お客さん来たんだ!」
出雲ちゃんが俺を引っ張り、階段を上がろうとしたその時、丁度上の階から陽菜が降りてきた。
「確か……出雲ちゃんだよね? こんにちは!」
「……こんにちは」
陽菜はいつもと変わらない明るい笑顔を見せるのに対し、出雲ちゃんの表情と声が明らかに不機嫌になる。いつも他の女性陣と一緒に居る時のように、闘争心全開な状態だ。
やっぱりこうなるよな……俺的には仲良くしてほしいが、そんなの無理だよな。
流石の陽菜も何となく出雲ちゃんが不機嫌なのを感じ取ったのか、それ以上は何も言わずに階段を降り、中村達へ声を掛ける。
「そっちの二人は……始めましてだよね? 私は桜井陽菜、よろしくね!」
「ど、どうも。中村愛莉です……!」
「小波悠奈。どうもです」
「愛莉ちゃんと、悠奈ちゃんだね。二人は友香ちゃんの友達何だよね? 友香ちゃん良い子だから、仲良くしてあげてね!」
「……フンッ、もうお姉ちゃん気取りですか……行きましょう、先輩!」
陽菜と中村達のやり取りを見ていた出雲ちゃんはそう小さく呟き、不機嫌なまま俺を引っ張って階段を登り始める。
それに中村と小波も陽菜に軽く頭を下げ、慌てて後を追い掛けてくる。
陽菜はそんな俺達四人を見上げたまま、どこか残念そうに呟いた言葉が、微かに聞こえてきた。
「やっぱり仲良くは無理かぁ……どうしようかなぁ?」
「あ、いらっしゃーい」
そのまま俺達四人は友香の部屋へ入り、女性陣三人はそれぞれ適当な場所に座りミニテーブルを囲む。
俺は時々アドバイスをする為に、とりあえず友香の勉強机の椅子に座ろうと思ったのだが――
「先輩! こっちこっち! 私の隣に座って下さい!」
「へ? いやでも邪魔だろうし――」
「いいから! 来て下さい!」
そこまで言うなら……失礼するか。
元々出雲ちゃんの隣に座っていた友香に詰めてもらい、彼女の隣に座る。すると出雲ちゃんはすかさず俺の腕へしがみつき、上目遣いでこちらを見てくる。
「今日はお願いしますね、先輩?」
うっ……思わずドキッとしてしまった……この子普通に可愛いし、露骨なアピールも多いから他と違った感じにドキッと来るんだよな……
「出雲。気持ちは分かるけど、今日は宿題やるのが目的なんだから、お兄ちゃんにばっかベッタリしてちゃ駄目だよ?」
「分かってるよ。じゃあ先輩、分からないところがあったら優しく教えて下さいね?」
「お、おう……俺も分かればな」
何だか知らないが、今日は露骨なアピールがいつも以上に多い気がする。気を引き締めないと。
それから四人は夏休みの宿題であるプリントを机の上に広げ、それぞれ取り掛かり始めた。
出雲ちゃんも宿題に集中し、みんな躓きながらも着々と進めていく。……これなら俺いらないかもな。
協力する事も特に無く、退屈な時間が過ぎていく。何か暇潰しでもしようかと部屋の中をキョロキョロと見回していると――
「ふぅ……ちょっと休憩」
出雲ちゃんがそう呟き、俺の手をギュッと握ってくる。突然のボディタッチに思わずビックリして肩を震わす。
「ど、どうしたの?」
「エネルギー補給です。先輩暇そうだし、いいですよね?」
少し体を傾け、コテンと頭を俺の肩に乗せる。そのまま出雲ちゃんはジッと動かずに、幸せそうに目を閉じながら俺の手をさらに強く握り締める。
今日本当にどうしたんだ!? いつも以上に攻めて……しかも何か凄い可愛いんだけど! いや今までも普通に可愛かったけど、今日は一味違うというか……とにかく何か落ち着かない!
「……よし、充電完了! ありがとうね、先輩! またよろしくお願いしますね!」
数分間、俺の手を握り続けた出雲ちゃんは満足したのか、パッと手を離して再度勉強に取り掛かる。またって……これ定期的にやる感じ? まあ構わないんだけど……手をずっと握ってるって緊張するんだがな……
勉強開始から約二時間が経過し、だんだんと課題が片付いてきた四人。だが、だんだんと集中力が無くなってきたのか、明らかにペースが遅くなる。
「みんな疲れてるな……そろそろ休憩入れたらどうだ?」
「そうだね……もうおやつの時間だし、ちょっと下で軽く何か食べようか」
「さんせーい……もうクタクタ……」
「糖分を取れば頭も回りますしね」
「だな。じゃあ、早速下へ――」
「あ、先輩。ちょっと分からないところがあるんで、少し付き合ってもらっていいですか?」
「ん? ああ、分かった」
他の三人に先に行っててくれと言い、出雲ちゃんと二人部屋に残り、彼女に分からないという問題に目を通す。計算問題か。これは俺でも教えられるな。
軽くヒントを教えながら、彼女を手助けする。出雲ちゃんも覚えが良く、俺が少し教えただけで簡単に問題を解いてしまった。
「なるほど……ありがとうございます、先輩! 助かりました」
「いいって事よ。それじゃあ下に行こうか」
「あ、ちょっと待って下さい!」
何かまだ用か? 立ち上がる動作を止め、彼女の方を振り向くと――突然彼女が俺の左腕に抱き付いてくる。
「もう一回充電です。もうちょっとこうしてて下さいね……」
俺の腕を全身で覆い尽くし、頬を肩に寄せる。
やっぱり……何だかいつもと違う――いや、違わないんだけど、何だか違和感があるな。こうやって甘えてくるのはいつも通り何だが、その数が多いというか……気になるし、聞いてみるか?
「……なあ、出雲ちゃん」
「ん? どうしたんですか先輩?」
「そのさ……今日は何だかいつもより積極的な感じだけど……何かあったの?」
思い切って今日感じた疑問をぶつけてみる。すると出雲ちゃんは少し間を空けて、神妙な顔付きで口を開く。
「私……先輩が大好きなんです!」
「い、いきなり何!?」
「だから、私はその思いを惜しまず、伝え続けるって決めたんです! それが私が勝つ為……先輩の恋人になる為に出来る唯一の事だと思うから!」
「それって……?」
「私はスタイルも良く無いし、リーダーシップも無いし、頭も良く無いし、権力も無いです……でも、先輩への愛情は誰にも負けないつもりなんです! だから、私は先輩に愛を伝えるんです! 先輩に私の愛情をいっぱい知ってもらう為に!」
そんな事考えてたのか……だから今日はちょっといつもより露骨だったのか? 自分の愛情を伝えようと必死だったから。
彼女は彼女なりに、あの四人に負けない方法を考えたんだな。
確かに、今日の彼女のアピールに何回かドキッとしたのも事実だし、ある意味出雲ちゃんの考えは間違っては無いかもしれない。
でも、俺からは何も言えないな。俺はあくまで平等に彼女達を見る。だから、俺がここで彼女に言えるのは――
「そっか……分かったよ。出雲ちゃんは、出雲ちゃんの思った通りにすれば良いよ」
彼女の考えを、好意を受け止めてやる事。まだ答えは出せないけど、拒否するのはしない。純粋に嬉しいし、そんなの嫌だしな。
「先輩……はい! 思いっ切り甘えちゃいます!」
すると出雲ちゃんは腕をさらにキツく締め、自分の胸を思いっ切り押し付ける。……だからって、あんまりスキンシップが多いのは緊張するから控え目でお願いしたいな。
そんな事も言い出せず、彼女に抵抗しないままジッとしていると、部屋の扉が突然開き――
「友くーん? もうみんなお菓子食べてるよ――って……何してるの?」
陽菜が不思議そうな顔をして、部屋に入ってきた。
「あ、いやこれは……」
「邪魔しないでもらいます? 今先輩と私のイチャイチャタイム何ですから!」
陽菜が入ってくるや否や、出雲ちゃんの顔がまた闘争心全開の強張った表情になる。というかイチャイチャタイムって何!?
それを聞くと陽菜は少し頬をプクッと膨らませる。
「えー!? 何かズルーイ! だったら私も――えいっ!」
陽菜はパタパタとこちら近寄ると、空いていた俺の右腕に出雲ちゃんと同じように抱き付く。
「なっ!?」
「ちょっと! 何してるんですか!」
「出雲ちゃんだってギュッとしてるんだから、私も良いでしょ? だって友くんはみんなのものだもん!」
「ちーがーいーまーすぅー! 先輩は私のです! それ以上私の先輩にくっついてたらぶっ飛ばしますよ!」
俺を間に挟み繰り広げられる口論。それに俺はどうすれば良いか分からず、ただただ両腕に走る柔らかい感触に困惑しながら、黙り込むしかなかった。
「いいから離れて下さい! 先輩に密着していいのは私だけなんです!」
「嫌だよ! 私もギュッとしたいもん!」
な、何だこの状況……出雲ちゃんが食い下がらないのは分かるが、陽菜まで食い下がらないとはな……
二人共俺に甘えたいって理由で言い争ってるんだろうが、全然理由が違うな。愛情って不思議だな……ともかく、このままじゃキリが無い。
「お、おい二人共――」
「大体、あなたは先輩と一緒に暮らしてるだけで許せないんです! これ以上私をイラつかせないで下さい! じゃないとボールペンぶっ刺しますよ!」
「駄目だよ、そんな物騒な事言っちゃ!」
「今はそれ関係無いでしょう! 大体――」
……駄目だこりゃ。
それから口論は数十分続き、俺は何も口出し出来ずに二人に抱き締められ続けた。
その後、騒ぎを聞きやって来た母さんの説教により事は収まり、自然と皆解散する事になり、出雲ちゃん達は帰って行った。
◆◆◆
「ふぅ……」
出雲ちゃん達が帰り、友香の片付けを手伝った後、一休みする為に自室のベッドに倒れ込む。
最後の最後で疲れたなぁ……でも陽菜があんな風に口論するとはな……まあ、口論というには色々論点がズレてたりしたけど。
「友くん、ちょっと良い?」
二人の口論を思い返していると、部屋の外から陽菜の声が聞こえてくる。「どうぞ」と返事をすると、陽菜がゆっくりと扉を開き入ってくる。
「何か用か?」
「用って訳じゃ無いんだけど……ちょっと話したいなって」
「ふぅん……まあ、座れよ」
ベッドをポンポンと叩き、座るように促す。陽菜はそれに少し嬉しそうに頷くと、俺の隣へ腰を下ろす。
「で、話って?」
「うん……さっき出雲ちゃんと喧嘩? しちゃったからさ。どうやったら仲良くなれるかなーって。ちょっと相談かな?」
「仲良くねぇ……出雲ちゃんと友達にでもなりたいのか?」
「それはもちろん! 優香ちゃんや海子ちゃん、それから雪美さんともだよ!」
全員とか……陽菜らしいっちゃ陽菜らしいが……
「でも良いのか? あいつらは何というか……一応恋敵だろ?」
「そうだけど……私はみんなと争う気とか無いし、仲良くしたいよ」
「争う気か……でも、さっきは口論してたじゃん」
「別に口論してる気は無いよ。今は友くんはみんなのものだし、独り占めしようなんて考えてないよ。ただ――」
そこで言葉を切ると、陽菜は突然俺の膝を枕にして寝っ転がる。それに驚く俺の顔を覗き込んで、陽菜は少し口を尖らせて、小さく囁く。
「私だって……嫉妬ぐらいするんだよ?」
「陽菜……」
「一応私も恋する女の子なんだから、好きな人が女の子とイチャイチャしてたらそりゃ良い気分じゃないんだから!」
「べ、別にイチャイチャして……」
「鼻の下伸ばしてたよ?」
嘘!? 俺そんな顔してたのか? いやだって仕方無いだろ女の子に抱きつかれてたら!
と、頭の中で一人言い訳をしていると、陽菜が突然起き上がる。そして両腕を大きく広げ、俺の体を優しく抱擁する。
「なんっ……!?」
「……今もちょっと鼻の下伸びてるし、心臓も早くなった。よかった……私にもドキドキしてくれてるんだね」
和やかな表情を見せると、陽菜は体をさらに寄せる。彼女の仄かに暖かい頬が当たる。心臓の鼓動が伝わってくる。彼女もドキドキしてるのだろう。
「って、いつまでしてんだよ。いい加減離れ……」
「もうちょっとだけぇ……」
ニマニマと笑いながら、離れようとしない。全くコイツは……
陽菜は俺を抱き締めてると良い気持ちになると言っていた。だから、今もとても幸せそうにしてる。
そして、それは出雲ちゃんもそうだろう。でも、出雲ちゃんはそれに自分を好きになってほしいという思いが陽菜より強く込めている。
言うなれば故意にあざとくしてる出雲ちゃん。天然であざとい陽菜ってところか。
どちらも愛情には変わりないんだが、何だか似て非なる愛情だな。
「でも少なくとも……」
「友くーん……ニヘヘ……」
二人共、甘えん坊ってところは同じか。
似た者同士、仲良くなってくれたら良いなと思いながら、俺は陽菜が満足するまで待ち続けた。
主人公が抱き付かれまくりな日常回。
スキンシップの多い二人。故意なあざとさと、天然なあざとさ。どちらも愛情の大きさは変わりません。