モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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夏休みにも運動は必要である

 

 

 

 

 

 

 

 ――雨里家

 

「ふぅ……」

 

 夜の自室。風呂から上がり、髪が生乾きの状態のまま私はベッドに倒れ込んだ。顔を埋めた枕がだんだんと湿りだすのを感じながら、先日母に言われた事を思い返す。

 

「自分から……か」

 

 夏休みは長い。自分から行動しなければ、友希との時間は間違え無く減るだろう。他の者達に負けたくない……勇気を出して、少しでもアピール出来るよう、共に居られるよう努力しなくてはいけない。

 

「私も動かなくてはな……よし!」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

「ふわぁぁぁ……眠っ……」

 

 夏休み開始から三日目。俺は一人、住宅街を歩いていた。

 太陽は夏らしく燦々と輝き、ポカポカと気持ちの良い光で辺りを照らしている。そんな外出日和なのだが、辺りはまだ人がまばらで、居るのは玄関前を箒で掃除している主婦や、犬の散歩をしている学生程度だ。

 それもそのはず。何故なら今は午前の七時過ぎと、早朝も早朝なのだから。こんな朝っぱらから住宅街を出歩く人は少ないだろう。

 

 何故俺がこんな早朝にたった一人で外を出歩いているのか――それは昨日の夜、海子からとある誘いを受けたからだ。

 なんでも夏休みの間、海子の家の近くにある公園で、地域の人達によるラジオ体操が行われてるらしい。

 小学生の子供から、地域のお爺ちゃんお婆ちゃん、主婦まで――老若男女様々な人がそのラジオ体操に参加してるらしい。

 で、海子もそのラジオ体操に時々参加してるらしく、是非来てみないかと誘いを受けたのだ。

 

 正直朝早くからラジオ体操をしに行くのは若干面倒だが、彼女達の誘いは出来る限り受けると決めた。断る訳にもいかず、俺はその公園を目指している――という訳だ。

 

「しかし、ラジオ体操か……」

 

 今時やってるとこなんてあるんだな……漫画とかで良くスタンプカードを持って……なんてのはよく見るが、この町にもそんなのあったんだな。一応動きやすいジャージで来たけど……平気だよな?

 しかし、海子もそういうのに参加するんだな……運動とかは何となく好きそうだし、想像は出来るっちゃ出来るけど。でも一番驚いたのは、海子が誘ってきたってところだな。

 

 あいつは五人の中でも控えめな方だし、こういう風に向こうから誘って来るのは珍しいかもしれない。今までも何回かあった事にはあったが、夏休みが始まってすぐにこういう風に誘ってくるとは……あいつも何か考えてんのかな?

 

「まあいいか。俺はそれに付き合うだけだ」

 

 彼女が何かを望むなら、それに可能な限り答えるだけだ。多分向こうも勇気出して誘ってきたんだろうし、しっかり付き合わないとな。

 

 頬を叩いて気を引き締め、歩む速度を少し速めながら、目的の公園を目指した。

 

 

 

 

 

「ここ……だよな?」

 

 しばらく歩き続ける事数十分。住宅街の中にある目的の公園と思われる場所に辿り着く。

 広さは以前俺と陽菜がデートで立ち寄った公園より少し広めな感じで、遊具がちらほら存在し、敷地内には多くの人が集まっていた。どうやら、ここで間違え無さそうだ。

 とりあえず入り口付近に立ち、海子の姿を探してみる。……まだ来てないっぽいな。迷ったらあれだと思って早めに出たけど……少し早く着き過ぎたか?

 

「それにしても……人結構多いなぁ……」

 

 メインの層は小学生の子供みたいだが、それ以外の人も割と居る。中には俺と同年代の奴も居るみたいだ。今時ラジオ体操なんて……って正直思ったけど、案外来る人は居るんだな。

 

「と、友希か?」

 

 入り口で公園内を見回していると、聞き慣れた声が後ろから聞こえてくる。ん、来たのか。

 後ろを振り返ると、スニーカーに黒のショートパンツ、白のTシャツ。いかにも動きやすそうなスポーティーな格好をした海子が立っていた。

 

「驚いたな……先に着いてると思わなかったぞ」

「ちょっと早めに出てな。おはようさん」

「ああ、おはよう。悪いな、こんな朝早くに付き合ってもらって」

「構わないよ。それにしても、どうしてラジオ体操に参加してるんだ?」

「夏休みだからといってだらける訳にはいかないからな。適度に体を動かす為に、時々参加してる。お前だって、どうせ休みはだらけているのだろう?」

 

 うっ、言い返せない……まあ確かに休みは一日中ゴロゴロしてる事が多いけどさ。

 俺の図星を指された様子に、察しが付いたのか海子はクスリと笑う。

 

「やっぱりな。だからお前も誘ってやろうと思ってな。グータラな男にはなってほしく無いしな」

「それは……お気遣いどうも」

「それに……少しは積極的にならないといけないと思ったしな……」

「……どういう事だ?」

「い、いや! 何でも無い! 別にお前と一緒になりたいとか、そんな事考えてる訳じゃ無いぞ!」

 

 全部漏れ出てますよー。まあ、大体分かってたけどね。

 彼女が俺を誘う事に、そういう気持ちが無い事はまず無いだろうし。彼女なりに、俺と近付く方法を考えたのだろう。

 少しむず痒い気分ではあるが、存分に付き合ってやろう。

 

 とりあえず、赤面する海子を落ち着かせようとした時――

 

「あー! 海子おねーちゃんだ!」

 

 突如、公園の奥から数人の子供が元気いっぱいでこちらへ駆け寄って来る。な、なんだ?

 海子もそれに気付き、振り返る。すると彼女の表情が和らぎ、とても優しく暖かい目つきになる。子供達の目線に合わせるように、少し膝を曲げる。

 

「お前達か。何だか久しぶりだなぁ……元気にしていたか?」

「うん!」

「あのねー! 私この前テストで100点取ったんだよ!」

「そうか、それは凄いな。いっぱい頑張ったんだな?」

 

「…………」

 

 誰かを愛でるような笑顔、声、空気。今まで見せた事の無い海子の子供に接する――まるで母親のような様子に、俺は思わず口を小さく開き、ぽかんと彼女と子供のやり取りを見つめてしまっていた。

 あいつ……子供好きなのか? いつも誰かと話す時はツンとした態度だが、あんな風に優しいのはあんまり見ない……というか見た事無いな。愛情とかとは違う、動物と接するのと同じ感じか?

 

 そんな事を考えながらそのやり取りを後ろで見守っていると、子供の一人がこちらを指差す。

 

「ねーねー。あの人って、海子おねーちゃんのカレシ?」

「なっ!? あ、あの人はそういうのじゃなくてだな……あ、いや……」

「あー! 海子おねーちゃん真っ赤っかだー!」

「照れてるんだー! ヒューヒュー!」

 

 最近の子供はませてるなぁ……見なさい、海子おねーちゃん黙って俯いちゃったじゃないか。

 そんな海子の事などに気を使う様子も見せずに、子供達は標的を俺に変更し、「いつから付き合ってるのー?」とか、「チューはいつしたのー?」とか、純粋に次々と質問を投げかけてくる。実に答え難い質問をぶつけるなー、子供って。

 どうにかして純粋無垢な彼らの質問を終わらせようか考えていると、いつの間にか復活した海子が背後から子供達の頭に優しくチョップを繰り出す。

 

「あんまり大人をからかうものじゃ無い! いいから大人しく体操の準備をしてなさい!」

「はーい」

「そうだよねー。カレシさんとのいちゃいちゃのジャマしちゃダメだもんねー」

「いっ……!? いいから行きなさい!」

 

 海子が少し声を張って怒鳴ると、子供達はキャッキャッとはしゃぎながら公園内へ逃げるように走る。元気だなぁ……子供は風の子ってか?

 子供達が走り去ると海子は腰に両手を当てて、安堵したのか、はたまた疲れたのか、ふぅと深く息を吐く。

 

「全く……好き勝手言って……」

「ははっ……人気者なんだな?」

「あの子達は近所の子供でな。ここでもそうだが、よく会う事が多くてな。相手をするのも一苦労だ」

「だろうな。でも、あの子達と話してる時、良い顔してたぞ? 子供好きなんだな」

「まあ……嫌いでは無いな。あんなでも根はとても良い子だし、心が休まる。それに、危なっかしいところもあって目が離せない……というのもあるかもな」

 

 なるほどな……子供好きというか、世話焼きなんだな。

 委員長なんてやってるのもあるんだろうが、海子は世話焼きなところがあるんだろう。子供に優しく接するのは年下で、可愛い存在だからだろう。ペンギンだったり、可愛いの好きだしな。

 

「……む? なんだニヤニヤと笑って。子供好きなのがそんなにおかしいか?」

「いいや、意外だと思っただけ。でも、海子はきっと子煩悩な良い母親になりそうだな」

 

 俺がそう口にした瞬間、海子は突然目を丸くして、即座に顔を俺から背ける。何だ? 俺変な事言ったか?

 

「こ、子供って……! そ、そういうのはまだ早いというか……いや、まあ子供は欲しいが、私達はまだそういう段階じゃ無いというか……気が早いというか――」

 

 ……ああ、そういう事ね。迂闊に発言も出来んな……俺としては思った事を言っただけでも、海子にとってはとっても恥ずかしい言動なのだろう。……何回目だよこんな感じになったの。

 反省もほどほどにして、慌てふためきながらブツブツと何かを呟く海子を落ち着かせる。

 

「とりあえず冷静になれ。また子供達にからかわれるぞ?」

「そ、そうだな! よ、よし! 私達も体操の準備を進めるぞ!」

 

 海子は今の事を忘れ、気を引き締めるように頬を叩く。深呼吸をしてから、その場から公園の中央に向かい歩き出す。だが、今だ動揺してるのか、若干歩き方がおかしい。

 

「……大丈夫か?」

 

 

 

 ◆◆◆

 

「はーい! それじゃあスタンプカードを持ってる人は前に持ってきてくださーい!」

 

 白いポロシャツを着た男性の呼び掛けと同時に、子供達を中心に大勢がその男性の元へ集まる。

 

「ふぅ……」

 

 俺はその大移動の中、ズボンが汚れる心配もせず、一人地面に座り込む。

 ラジオ体操……久しぶりにしたが、真面目にやると案外疲れるもんだな。バイトで鍛えてると思ったが、案外そうでも無いんだな。朝一ってのもあるだろうが。

 

「大丈夫か?」

 

 座りながら体力を回復させていると、海子が少し心配した様子でこちらへやって来る。俺と違って彼女はかなり体力に余裕があるらしく、安定した足取りで歩いている。

 

「平気平気。ちょっと疲れただけだよ」

「そうか? なら良いのだが」

「よいしょっと……!」

 

 少し勢いをつけ、立ち上がる。その場で少し体を伸ばし、首を鳴らす。

 

「結構本格的だったな……海子は疲れて無いのか?」

「一応、格闘技経験者だ。これぐらいで音はあげん」

「そっか。少し羨ましいな」

 

 俺も頑張んないとな。女子より体力が劣るのは、男としてのプライドがちょっとね。

 

「えっと……これでもう終わりか?」

「ああ。もう解散だ。付き合ってくれてありがとうな」

「別にいいよ。俺も良い運動になった。そういえば、この後どうするんだ?」

「私は……少し走っていこうと思う。まだ動き足りないしな」

 

 走る!? まだ動き足りないとは……海子の奴案外スポーツマンだな……あ、女性だからウーマンか。

 俺はどうしようかな――と考えていると、海子は斜め下に俯きながら、チラチラとこちらへ視線を向け、何か言いたげな空気を見せる。

 何か言いたい事あるのか? ……海子から言い出せなさそうだし、こっちから聞いてみるか。

 そう、気を使い俺から声を掛けようとした直前――

 

「と、友希! よ、よかったら……付き合っては、くれないか?」

「……へ?」

 

 俺の言葉より先に、海子が自分から口を出した。

 

「だ、駄目か……?」

「いや、そんな事は無いけど……意外でさ」

「……何がだ?」

「その……海子が自分からそういう事言い出すのがさ。何というか、今まで自分から来る事が少なかったからさ」

 

 今までも無かった訳では無いが、海子が自分から言い出すのは割と珍しい事だ。今までは流れに乗ったり、俺から言い出す事が多かったはずだ。

 でも今、海子は自分から俺の事を誘った。何の流れに乗る訳でも無く、自分の意志で。

 

「べ、別に構わないだろう……私だって、少しのわがままは言う。それに……」

「それに?」

「な、何でもいいだろう! ともかく、私はお前と走りたい! どうだ!?」

「……ああ、もちろんいいぜ。とことん付き合うよ」

「そ、そうか!」

 

 海子の表情が一気に明るくなり、声が跳ね上がる。

 嬉しそうだな……ちょっとしんどいけど、頑張るか。

 

「よし、それじゃあ早速行こう!」

「おう」

 

 軽くその場で体をほぐし、公園からそのまま走り出そうとする。が、その直前に子供達が俺達の方へ手を振りだして大声を上げる。

 

「海子おねーちゃん、カレシとデート?」

「頑張ってねー!」

 

「なっ……そういう事を大声で言うなぁー!」

「ははっ……」

 

 子供達の声援という名のからかいを受けながら、俺と海子は公園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 それから俺と海子は二人で住宅街を走り回った。

 日もだんだんと高くなり、暑さが増す中、海子はペースを落とす事無くまるでアスリートのように颯爽と走っていた。

 俺は体力があまりある方では無いが、男としての意地でなんとかついて行った。

 

 

 そして数時間走り続け、俺達はスタート地点である公園へと戻ってきた。

 

「さ、流石にしんどいな……」

「そうだな……だが良い汗をかけた。少し休もう」

「賛成……」

 

 疲れでパンパンになった足を何とか動かし、公園のベンチに腰掛ける。はぁ……座るって幸せ。

 だらんと寄りかかりながら公園をぼーっと見渡す。ラジオ体操の時よりも人は圧倒的に少なく、子供が数人程度しか居ない。本当に子供は元気だなー……

 

「ほら、途中買ったやつだ。しっかり水分を取っておけ」

「おお、悪いな……」

 

 海子の差し出したスポーツドリンクを受け取り、疲れきった腕に精一杯力を込め、キャップを開く。そのままペットボトルに口を付け、中身を一気に喉に流し込む。

 

「んっ……ぷはぁー! 生き返るぅ……」

「そんなに疲れてたのか……すまないな、無理矢理付き合わせてしまったか?」

「いやいや、そんな事無いよ。ただの俺の運動不足だよ。海子を見習わないとなぁ……体力あるのって羨ましいよ」

「そんな大したものじゃ無いさ」

 

 そう言うが、海子は口元を緩めて、少し嬉しそうにしている。

 

「しかし、疲れたなぁ……海子は毎日こんな事してんのか?」

「時々な。ただ、ここ数日は続けるつもりだ。その……少し体を引き締めたいしな」

「どうして?」

 

 俺の問いかけに、海子は何やら照れ臭そうに自分の体を抱え、目を逸らす。

 

「きっと、プールや海なんかに行くだろう? せっかく水着を見せるなら……だらしない体型なのは嫌だしな……」

 

 ああ、そういう事か。女子ってそういうの気にするしな。

 

「でも、海子って十分スタイルは良い方じゃ無いか?」

「そ、そんな事は無い! こう見えて、見えないところは……」

 

 そういうもんか? まあ、あんまり深く聞くのは止めとくか。

 

「そっか……頑張れよ。俺も期待しとくよ」

「き、期待って……まあ、いい。……なあ、友希」

「ん?」

「そのだな……是非また今度も、付き合ってくれないか?」

「それって……今日みたいな事にって意味か?」

 

 俺が聞くと、海子はこくりと頷く。

 それは構わないんだが……また海子から誘ってくるとはな。やっぱり、彼女も何か変わろうと頑張っているのだろうか?

 

「……ああ、もちろん。夏休みは出来る限り付き合うって言ったしな」

「友希……なら、また都合の良い時に誘う。その時は頼むぞ?」

「おう、任せとけ」

「フフッ……ありがとうな。今日はとても楽しめた。また今度もよろしくな?」

「ああ、よろしく」

 

 その約束を交わした後、休憩を終え、公園を出る事にした。それから俺と海子はそれぞれ別れて、自分の家路を歩き出した。

 

 

 ◆◆◆

 

「ただいま……母さんは出掛けてるのか」

 

 友希と別れ、家に帰った私はまず汗を流す為にお風呂場へ向かった。軽くシャワーだけで済ませておくか……

 

 シャワーの準備を済ませ、脱衣所でまず汗でびしょ濡れになったTシャツを脱ぎ捨て、洗濯機へと放り込む。

 その時上半身がスポーツブラだけになり、肌の露出が増えた姿が洗面台の鏡に映り、思わずその姿をジッと眺める。

 

「……やっぱり、少し肉がある……か?」

 

 太っている訳では無いとは思うのだが……格闘技をやっていた頃に比べたら、割と出てる。やはり少しでも引き締めておかなくては……こんな姿は友希に出来れば見せたくない。

 

「今日の昼は少し軽めにするか……いや、少しは自分に褒美をあげよう」

 

 小さな事かもしれないが、今日は私から友希を誘ったり、色々それなりに頑張ったつもりだ。

 こんな事でも、少しは進展したかもしれない……良いところをアピール出来たかもしれない。まあ、体力があるという女性らしからぬ部分だろうが……

 それでも、私という人間を知ってもらえた気がする。なら、一歩前進だ。

 

「少し豪勢にしようか……」

 

 昼食を何にするか、その事を考えていると、不意に体重計が目に入る。……あ、あれだけ動いたのだから、大丈夫だろう。

 が、自然と手が体重計に伸びる。い、いやいや! 確認の為だ! どれだけ痩せたかの確認だ! 

 そう自分に言い訳しながら、体重計に乗る。

 

「…………今日は、そうめんにしよう」

 

 頑張れ私……色々な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 積極的に、自分から動き出した海子。小さな事からコツコツと。
 彼女はもっと自分をアピール出来るのか? そしてプールまでに痩せる事は出来るのか? 乞うご期待。



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