モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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みんなの夏の課題

 

 

 

 

 

 

 

 7月25日。とうとう夏休みが始まった。とはいえ流石に初日から何か大きなイベントがある訳でも無く、俺は自室のベッドでだらけていた。

 恐らく来週……いや、多分明日辺りから壮絶な夏休みが始まるに違いない。なら、今この時をゆっくり過ごす事で、英気を養うのだ。だから、俺は今日一日中を睡眠に――

 

 と、思った矢先に部屋のドアがトントンとノックされる。……そういや、相手の一人はウチに居るんだったな。休めそうに無いか……

 

「……どうぞ」

 

 少し憂鬱になりながら外に聞こえるよう、声を上げる。扉が開き、来客が中に入ってくる。

 

「って、なんだよ友香か」

「なんだよって何?」

「いやこっちの話。で、何の用だ? 昼飯なら何でもいいぞ?」

「そうじゃないって。ちょっと手伝ってほしいんだけど」

「何を?」

「何って――夏休みの宿題」

 

 宿題――その単語を聞いた瞬間、俺は顔を枕へ埋めた。

 

 あったね、そういえば。……完全に忘れてた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

「はぁぁぁぁぁ……」

 

 ベッドから起き上がり、部屋の中央に置いたテーブルの近くに腰を下ろし、憂鬱な気持ちを溜め息として吐き出す。

 すると俺の向かい側に座る友香が呆れた目でこちらを見つめてくる。

 

「全く……情け無い兄だよ。宿題如きで」

「妹よ、よく覚えておけ。全国の高校生の八割は宿題という存在を嫌っている。お前みたいに好き好んで取り組むやつはレアケースだ」

「はいはい分かりました。というか私も好き好んでやってる訳じゃ無いよ。ただ早くやっといた方が後半遊べるでしょ?」

「溜め込んで最終日に後悔する派の俺にはそんな考えは無意味なのさ……」

「去年もテンパってたもんねー。でも、今年はそうもいかないでしょ? 出雲達の事もあるし、余裕は作らないと」

 

 まあ、友香の言う通りだな。あの五人と付き合うなら、余裕はあった方がいい。なら、出来る限り早めに終わらせとくか。多分彼女達も今頃頑張って宿題を消化してるだろうし。……一人除いて。

 そんな事を考えながら、チラリと右隣へ視線を向ける。そこにはチョコンと座り、テーブルの上の課題を興味津々に見る陽菜が居る。

 

「うわぁ……難しいねぇ……私全然分かんないや。友くん、友香ちゃん、ファイト!」

「……完全に他人事だな」

「だって私まだ学校行ってないもん!」

 

 勝ち誇った顔で言うな何か腹立つ。太刀凪書店(バイト先)から問題集嫌と言う程持ってきて押し付けるぞ。

 って、イライラしても仕方無いな。でも羨ましいなぁ……夏休みの間だけ学校辞める事って出来ないかな?

 

「くだらない事考えないで、宿題進めるよ」

 

 何か思考読まれた……はぁ、やるか……まずは得意なのから片付けるか。

 課題のプリントを広げ、シャーペンを握り問題に取り掛かる。とりあえず今日だけで半分は行きたいな……今回数は多くないし、頑張れば何とかなる……はず!

 

「…………」

「…………」

「ほへー……ほー……」

 

 それから俺と友香は黙々と問題を解き進めた。時々友香が行き詰まった所を教えてやれるとこは教えたり、隣で間抜けた声を出す陽菜に気が散るから黙ってろと注意したりなどしたが、難無く課題を片付けていく。

 

 だが、俺はそんな頭が良い人種でも無いので、当然解けない問題にぶち当たる事もある。

 

「…………」

「あれ? 友くん分からないの?」

 

 頭をシャーペンでガリガリと掻いていると、陽菜が突然ひょこっと顔を出し、問題を覗き込む。いきなりなんだ……というか顔近い。頬当たりそうなんだけど。

 

「ふーん……ね、友くん、良かったら私が手伝おうか?」

「は? いや良い――」

「遠慮しなくていいよ! 私は友くんの味方だから! それに歴史は得意だから!」

「そ、そうなのか?」

 

 聞いた事無いんですけど。お前根っからの馬鹿だろ。下手したらどこぞの赤点野郎と同じレベルだぞ?

 遠慮しとこうともしたが、堂々と胸を張り、あまりにも燦々と輝く眼差しに、何だか断り難くなる。自信満々だなおい……こりゃ断ったらしばらくしょぼくれるな。

 

「はぁ……そんじゃ頼んだよ。ほれ」

「お任せあれ! どーれどれ……」

 

 俺からプリントを受け取るや否や、食いつくように問題と睨み合う。……本当に大丈夫か?

 

 ――5分後。

 

「ほおほお……」

 

 ――10分後。

 

「なーるほどねぇ……」

 

 ――30分後。

 

「ふむむ……」

 

 ――1時間後。

 

「……分っかんない!」

「だろうね!!」

 

 散々悩みきった挙げ句、ペロッと舌を出してギブアップ宣言をした陽菜に向かい、俺は最大級のツッコミを放った。

 分かってたよ! そうなると分かってたよ! 正直10分辺りで「あ、これ駄目だな」って思ったよ! でもお前の気合いに免じて待ってやった! でも本人が諦めたらもう終わりですよ! 今の時間何だったの!

 

「ごめんね……歴史って難しいんだね」

「得意じゃなかったのか……まあいいよ、期待してなかったし。他の課題片付けてたから無駄な時間にはならなかったし……とりあえずこれ以上勉強に口出しはするな」

「面目ない……なら、今度は勉強面以外でサポートするよ! 待っててね!」

 

 そう言うと陽菜は部屋を飛び出していった。……大丈夫だろうな?

 

「……陽菜さん元気だねぇ」

「元気過ぎるのもどうかと思うが……」

「良いじゃん頑張ってくれたんだから。結果はあれだけど。お兄ちゃんの事思っての事だよ」

「そうだろうけどさ……俺の為ならまず自分に出来る事を理解しておいてほしいわ」

 

 気持ちはとても有り難い。けど、結果が散々だとそれもプラマイゼロだ。まあ、陽菜も全然ダメダメな訳じゃ無いし、そこに期待しとくか。

 

「陽菜さんもそうだけど、みんなお兄ちゃんの為に頑張ってるよ。多分、夏休みはもっと頑張るんじゃないの? お兄ちゃんの為に、自分の為に」

「頑張るか……俺はそれに出来る限り答えないとな」

「相変わらず真面目だね。まあ、頑張んな。きっと今頃みんなも宿題でもやりながら、自分に何が出来るか考えてるんじゃない? 少しでもお兄ちゃんに好かれるように」

「何が出来るか……」

 

 彼女達の事は出来る限り見てるつもりだ。でも、きっと彼女達も見えないところで、色々な努力をしてるのだろう。

 どうすれば、他の者より優位に立てるか。

 どうやって、俺の気持ちを自分に向けるか。

 自分に何が足りないのか。そんな目に見えない努力をしているのだろう。

 

「俺も考えないとな……」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ――朝倉家

 

「ふぅ……」

 

 右手に持ったペンを机に置く。コトンとペンが机に置かれる音が静寂に包まれた部屋に流れる。

 昨日の夜から夏休みの課題を片付けていたけど、もう終わってしまったわね。今日一日は使うと思っていたけれど、まだお昼前……参ったわ。今日の予定がスッポリと空いてしまったわ。

 

「……とりあえず、疲れを取りましょう」

 

 朝から休まず机に向かっていたせいか、少し体が固まってる。少し早いがお風呂にでも浸かって休もう。

 机の上を片付け、部屋から一階の浴室へ向かう。その途中、使用人の一人と出会う。すぐに風呂を沸かすように告げようとした直前、使用人が口を開く。

 

「お疲れ様です、お嬢様。すでに入浴の準備は整ってあります」

「あら、ありがとう」

 

 どうやら告げるまでも無かったようだ。相変わらず我が家の使用人は仕事が早くて助かる。

 早速体を休めるべく、足を運ぶ。脱衣場で着衣を全て脱ぎ、浴室へと入る。

 適当にシャワーで体を洗い流してから、浴槽一杯に張られた湯に、足からゆっくりと入る。

 

「ふぅ……やはり落ち着くわね……」

 

 雫の滴る音に耳を澄ませ、目を閉じる。昔からこの時だけが私の癒やしの時間だった。誰も居らず、孤立した空間でただ一人静かに過ごせる――家柄のせいで堅苦しい事が多かったからか、それがとても心地良かった。

 

 でも、最近はそれ以外にも癒やされる時が出来た。それは友希君と共に居る時間。彼と居るだけで、今以上に癒される――いや、幸福な気分になる。これが恋心というものなのだろう。

 まさか、この私がそんなものに幸福を感じるようになるなんて、思いもしなかった。でも、今はそれが私の一番の幸せだ。

 

「もし……友希君とこの時を共に出来たら、どんな気持ちになのかしら?」

 

 少し興味がある。幸福と癒やしが重なれば、それはまたと無い優越感を得られるだろう。

 

「是非体感してみたいものね……その為には――」

 

 あの四人を友希君から遠ざけなくてはならない。

 如何にして、彼女達に友希君を諦めさせ、友希君の気持ちをこちらだけへ向けるか。それが意外と難題だ。

 

「しっかりと考えなくちゃね……」

 

 彼女達に新たな思い人でも作る? いや、それは恐らく無理だろう。彼女達の思いは深い。それは認めざるを得ない。まあ、一番深いのは私なのだけれど。

 なら、友希君の思いを彼女達から逸らす? 一体どうやって?

 男性が女性に興味を持つとしたら、それは何?

 

「……いや、深く考えても仕方無いわね」

 

 色々と策を頭の中に浮かべてみたが、私はその考えを捨てた。無意味だと思ったから。深く考える意味など無い。

 何故なら私は今まで、思った事を行動に移しただけなのだから。

 

 告白したのも、私が彼を取られたく無いと思ったから。

 デートの場所も、私が行きたかったから。

 遊園地の時、頭を撫でてほしいと頼んだのも、私がそうしてほしかったから。

 

「なら、これからもやる事は一つね」

 

 私はその時彼にしてほしい事を、彼にしたい事を行動に移すのみ。それが私の幸せで、それが最善の道に――幸福な結果に辿り着く気がする。

 

「気の赴くままに……ね」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ――雨里家

 

「くっ……」

 

 背もたれに寄りかかりながら、体を大きく伸ばす。少し休憩にするか……

 朝からずっと課題を続けたが、キリの良いところまで行った。これで今週には全て終わるだろう。時間は……正午前か。

 

「少し早いが昼食にするか……」

 

 母さんは確か居るはずだ。とはいえ基本昼食は自分で作るので、早めに台所を使ってしまわないとな。

 階段を下り、リビングへ向かう。リビングにはテレビを見ながらお茶を飲む母が一人。

 

「あら、もう勉強終わったの?」

「まあな。台所、使わせてもらうぞ」

「あ、良いわよ今回は私が二人分作るわ。勉強で疲れてるでしょ?」

「いいのか?」

「たまにはお母さんらしい事させなさい。さーって、お仕事お仕事」

 

 そう言うと母は身に着けたエプロンの紐をキッチリと結び直し、台所へと向かう。せっかくだし、お言葉に甘えておこう。正直、疲れが溜まってるしな。

 

 母に調理を任せ、私はテレビを適当に見ながら昼食の完成を待った。

 そして数分後、母が完成したものをテーブルに並べる。どうやらそうめんのようだ。しかもかなり量がある。

 

「さ、じゃんじゃん食べちゃって! まだまだあるから!」

「……そういう事か。これを消化したくて自分に任せろと言ったんだな」

「あ、バレた? いやー、お中元でいっぱい貰っちゃって!」

「まあ、構わないが……いただきます」

「いただきまーす」

 

 別にそうめんは嫌いでは無いし、むしろ好きだ。サッパリした食べ物が夏に合う。

 

「……ところで海子」

「何だ?」

「友希君とは上手く行ってるの?」

「ぐふっ……!? ゲホッ! ゲホッ!」

 

 唐突な母の問いに麺を喉に詰まらせ、盛大にむせる。慌ててコップを手に取り、お茶で麺を流し込む――

 

「って、それめんつゆよ?」

「むふっ……!?」

 

 間違えた……! めんつゆとお茶を間違えるとは……動揺しすぎだぞ私!

 今度こそしっかりとお茶の入ったコップを手に取り、喉へ流し込む。

 

「はぁ……はぁ……ふぅぅぅ……」

「そこまで動揺するか……こりゃ全然進展無しね」

「うぐっ……」

 

 言い返せない……正直あの誕生日デート以来、これと言って事は進展していない。それどころか、桜井陽菜という存在により、少し遠ざかった気もする。

 

「全く、そんなんじゃ優香ちゃん達に取られちゃうわよ?」

「わ、分かってる!」

 

 優香もこないだ誕生日デートをしたようだし、このままではいけないのは分かっている。ただ……

 

「どーせ、どうすればいいか分かんないんでしょ? あなた奥手だし」

「ぐっ……!」

「私が思うに、あなたは押しが足りないわ」

「押しが……?」

「いい? あなたはね――スッゴく可愛くては美人なのよ!」

「……は?」

 

 な、何を言っているんだこの人は?

 

「顔だってとっても整ってるし、性格だって悪く無い! スタイルは……他には劣るけど悪く無いわ!」

「最後のはいるのか……?」

「ともかく! あなたはそれだけ親として自慢出来る子なの! そんなあなたが少し勇気を出せば、友希君なんてイチコロよ?」

「い、イチコロ?」

「でもあなたは自分から攻めようとしない! どうせ恥ずかしいとか、照れ臭いとか怖がってるんだろうけど、そんなんじゃ駄目よ! もっと積極的になりなさい!」

 

 た、確かに私は自分からアピールする事は少ないかもしれない……私なりに頑張ってるつもりではあるが、周りに比べたら少ないだろう。

 

「でも、どうすればいい? 私は、そんな女性としての技量も知識も度胸も無い……」

「別に私は色仕掛けしろとか、そういうの言ってるんじゃ無いの。ただ少し動くだけで良いわ」

「動く……?」

「例えば、自分のしている何かに誘ったり。積極的に話し掛けたりとか、そんな小さな事で良いのよ」

「そ、そんなので良いのか?」

「良いのよ! それだけでも、あなたにとっては十分な進歩! 少しは自分をアピールするって事を覚えなさい!」

 

 自分をアピール……それだけで、友希の私を見る目は変わるのか?

 

「……とにかく! なにか自分から友希君に持ちかける! それがあなたの夏の課題! 良い?」

「課題って……大体母さんが決める理由は……」

「あら? 将来の義理の息子に関わる事よ? 存分に関わらせてもらうわよ」

 

 こ、この人は……まあ、いくら言っても無駄か。

 

 自分から、か。うん……それぐらいが、私にとっては大きな一歩なのかもしれない。羞恥心を少しでも払って勇気を出す……そこから頑張ってみるか。

 

「よし……頑張れ、私――!」

 

 

 ◆◆◆

 

 ――大宮家

 

「ううっ……ああー! 分かんないー!」

 

 悩みに悩んだが、宿題の問題が全く分からず、頭を抱える。

 その私の叫び声に、勉強に付き合ってもらっている友人の愛莉と悠奈が驚き、こちらを目を丸くして見つめる。

 

「な、なにかわからないところがあったなら、私で良ければ教えますよ?」

「うん……愛莉お願い……」

「愛莉、ついでに私もヘループ」

「はいもちろんです」

 

 愛莉は私と悠奈、二人の行き詰まっている部分を丁寧に教えてくれる。こういう時に頭の良い親友は力になる……

 

「でも、出雲珍しいよね? いつも宿題は放置しとくタイプなのに、手伝ってほしいって頼むなんて」

「そう言われれば……そうですね。なにかあるんですか?」

「まあね。だってせっかくの夏休みだもん! 先輩と少しでも一緒の時間を作れるように厄介事は終わらせないと!」

「……まあそうだよねー」

「フフッ……なんだか微笑ましいですね。世名先輩と上手く行くといいですね」

 

 そうだ……この夏休みで少しでも先輩との距離を縮めるんだ! そして先輩の思いを鷲掴みにして私が恋人に――

 

「……出雲よだれ」

「ハッ!?」

 

 いけないいけない……また変な妄想してた……でも、いつかは現実にしてみせる!

 でも……その為には彼女をどうにかしないといけない。

 桜井陽菜――いきなりやって来て先輩の家に居候とかいうアドバンテージを手に入れた新たな敵。彼女を含め、他の邪魔者を何とかしないといけない。

 

 一体どうすればいいんだろうか……考えても単純にアピールする事ぐらいしか思い付かないし……いっそ二人にも聞いてみるか。

 

「ねぇ、私と先輩が恋人になるにはどうしたらいいと思う?」

「恋人……ですか?」

「むー……分かんない」

「って、終わっちゃったじゃん!」

「だって分からんもん」

「ゆ、悠奈さん、出雲さんも真剣に考えてるんですし……」

「じゃあ愛莉なんかあるの?」

 

 悠奈にそう問われると、愛莉はオドオドと手を動かすと、顔を赤くして黙り込む。

 ……駄目だこれ。悠奈は恋愛とかに興味無いし、愛莉はそういうのに耐性が無い。これじゃあ参考になる事は聞けないよね。

 

「はぁ……もうどうすれば良いんだろう……」

「……別に、どうもしなくて良いんじゃない?」

「へ……?」

 

 悠奈の突然の一言に、思わず変な声が出る。どういう事?

 

「今までだって、出雲はいっぱい世名先輩にアピールしてきたんでしょ? なら、それで良いと思う。継続は力なりって言うでしょ?」

「そ、それはそうだけど……それじゃあ何も変わらないし……」

「今は変わらなくても、いつか変わるかもしれない。それに出雲は、世名先輩に自分の気持ちを正直に伝えてる。だから、世名先輩に出雲の気持ちはちゃんと伝わってる」

「自分の気持ち……」

 

 確かに、結婚したいとか色々言ってきたけど、それが意味あるのかな?

 

「そうですね……出雲さんの良いところは、自分の気持ちを包み隠さずに伝えられる事です。なら、それを活かしてアピールを続けるのが良いのでは? それに世名先輩に甘えてる出雲さん、とても生き生きしてますし」

「長所を活かすのが、何より大事」

 

 長所……私の長所……そうだ、私は先輩が好きという思いを隠さない。表に出し続ける。それが私の長所!

 

「……そうだね。うん、私は今の私を貫く! 伝えたい事を伝えて、思いっきり甘える! 私の思いを、絶えず伝え続ける! だって、それが幸せだしね!」

「それが良いですよ。私達も応援します!」

「出雲ファイトー」

 

 他の四人に負けない程の愛情を送り続ける。そうすれば、いつか先輩が私の思いに答えてくれるかもしれない。そうだ、これが私のやり方! 難しい事なんか出来ないし、正直に真っ直ぐ突き進む!

 

「見ててね先輩……思いっきり愛しちゃうんだから!」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ――天城家

 

「…………」

「どうしたのゆっちゃん? さっきからぼーっとして」

「……え? ああ、ごめん。何でも無い」

 

 夏休みの宿題に取り掛かる最中、思わず考え事をして手が止まっていたところ、宿題に付き合ってもらっていた由利の声で我に返る。

 完全にぼーっとしてた……しっかりしなきゃ。今年は早めに終わらせないといけないのに。

 

「……もしかして、世名君の事考えてたの?」

「んっと……まあ、そうかな」

「やっぱりねぇー。ゆっちゃん悩める乙女の顔してた」

「そ、そう?」

「うん。良かったら相談乗ろうか? 私はゆっちゃんの事応援してるし」

「由利……ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ付き合ってくれる?」

 

 私の問いに由利はコクリと頷き、ペンを一旦置いて私の事をじっと見つめる。そんなに見つめられると話し辛いなぁ……

 

「えっと……大した事じゃ無いんだけどさ、世名君とどうやったらもっと親しい関係になれるかなって……」

「親しい関係? 十分仲は良いんじゃないのぉ?」

「そう、だとは思うけど……私はもっと世名君と近付きたいなって。そのぉ……もっと恋人に近い感じとか?」

「恋人かぁ……でも、こないだデートしたって聞いたよぉ? それで何も進展無かったの?」

「無かった訳じゃ無いとは思うけど……何だか、もっと親密になりたいというか……」

 

 そうでないと、いけない気がするんだ。

 桜井さんの事……認めはしたけど、彼女の存在は大きな障害になるのは間違い無い。世名君と一つ屋根の下で暮らしているんだ。何も無い訳が無い。なら、私もそれなりの事がなければ、負けてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。

 

「なるほどねぇ……ところでゆっちゃんは、世名君とチューとかしたの?」

「チュー!? そんなの……! まだ私達そういう関係じゃ無いし……」

 

 由利のいきなりの質問に顔が一気に熱くなる。チューって……私からほっぺにはしたけど、あれは違うよね? でも、間接キスとかは……違う?

 

「凄い慌てようだねぇー。でも、世名君と親密になりたいってそういう意味じゃ無いの?」

「そ、それは……まあ、そういうのは嬉しいけど……私にはハードルが高いっていうか……」

「でも恋人同士の親密ってそういう事だよね?」

「そう……かもだけど……」

「何なら、その先に行く可能性もあるよ? 恋人同士何だし」

 

 どうしたの!? 何で由利こんなにグイグイ来るの!? そんなに興味ある話題!?

 というか、その先って……そういう事だよね? ふと、もしも世名君とそのような事態になった事を想像してしまう。瞬間――顔が燃え上がったかのようにさらに熱を帯びる。

 わー! ダメダメダメ! そんなの恥ずかし過ぎるぅ! それは世名君がそういう気持ちになってくれるのは嬉しいといえば嬉しいし、こないだの誕生日デートで少しそういうの期待したけど……改めて考えるとやっぱり無理ぃ! 私にはハードルが高すぎる! 恥ずか死ぬ!

 

 そう一人頭を抱えながら悶えていると、由利がなにか納得したように頷く。

 

「やっぱり、ゆっちゃんはあんまり無茶しちゃいけないよ」

「へ……?」

「ゆっちゃんは純情可憐で、照れ屋さんな性格なんだから、自分に出来ないような事を無理に求めない方がいいよ」

「それって……?」

「ゆっちゃんは世名君に好かれようとして、先に進もうと必死に頑張ってる。でも、ゆっちゃんはまだまだ初な子だから、そういう先の事をしようとしてすぐテンパっちゃう」

 

 確かに……そうかもしれない。他の女性に取られまいと、少し焦ってるのかもしれない。

 それに、こないだの誕生日デートの時も、キスとか慣れない事して結局気まずくなっちゃった。それにペンダントを探してる時も下着を見られて動揺しちゃったし……さっきも色々想像しただけで頭がこんがらがっちゃったし。

 きっと、今実際にそういう状況になったら、恥ずかしかったり怖かったりして逃げ出してしまうだろう。

 

「焦っても失敗するだけだと思うよ? だからゆっちゃんは、ゆっくり親密になれば良いと思うよ?」

「ゆっくり……」

「うん。例えばぁ……手を繋ぐのが当たり前になるのを目標に頑張ってみれば? そこから、ハグだとかキスだとか、少しずつ進展すれば良いよ」

 

 少しずつ、ゆっくりか……確かに、私にはそれが合ってるのかもしれない。

 焦って先に進んでも、そこで立ち止まるか、後ずさりしてしまうだろう。だから、先へ進む勇気を身に付けてから、ゆっくりと彼に近付こう。

 もちろん、他の女性達に負けないように気を付けて。

 

「うん……私は私らしく、ゆっくり行こう。世名君は……しっかり見てくれるから」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ――世名家

 

「おっ待たせー!」

 

 元気付けるように大声を出し、友くんの部屋の扉を勢いよく開く。中にはテーブルに向かい課題を進める友くんと友香ちゃん。

 

「……別に何も待ってねーぞ。というかどこ行ってた?」

「むっふふ……実は! 二人の為に私がお昼を作りました!」

「……いいや」

「ちょっ!? 大丈夫だって! 今回は失敗してないから! しっかり美味しい……はず!」

「はずを強調されて安心出来るか」

「まあまあ。見るだけ見てみようよ」

 

 友香ちゃんが友くんを説得してくれるが、相変わらず友くんは疑いの眼差しでこちらを見てくる。むー、私そんなに信用無い? でも今回は自信あるんだから! あっと言わせてやる!

 そう意気込み、手に持ったお皿を二人の前に出す。

 

「これって……おにぎり?」

「そう! これなら手軽にいっぱい食べれるでしょ!」

「なるほどね……流石にお前もおにぎりは失敗しないか」

「えっへん!」

「ま、形は不格好だけど」

「い、いいの! その分気持ちが入ってるもん!」

「はいはい。じゃ、早速頂くか」

 

 友くんと友香ちゃんはテーブルの上の物を適当に片し、友くんが真っ先にお皿に乗ったおにぎりへ手を伸ばす。けど、私はそれをお皿をひょいっと友くんから遠ざけ、阻止する。

 

「何だよ?」

「まずは手ぇ洗ってから!」

「オカンかよ……細かいなぁ……」

「だーめ! バイ菌付いてるでしょ! それで何かあったら大変だよ?」

「分かった分かった。洗ってくるよ」

 

 適当に私の言葉をあしらい、友香ちゃんと共に部屋を出る。全く、相変わらずそういうところは大ざっぱなんだから。他人の事は厳しく言うのに……少しは自分の心配もしてほしいよ。

 

 

 それからしばらく待っていると、二人が部屋へ戻ってくる。しっかりと手を洗ったのを確認してから二人を席に着かせ、テーブルを囲む。

 

「それじゃあ、いただきまーす!」

「いただきまーす」

「いただきます」

 

 それぞれおにぎりを一つずつ手に取り、口へ運ぶ。自信はあるけど、大丈夫かな? 少し心配になりながら、モグモグとおにぎりを食べる友くんをこっそり見つめる。

 

「……うん、結構美味いじゃん」

「本当!?」

「ほ、本当だって……なあ?」

「うんうん、美味しいよ陽菜さん」

「そっかぁ……よかったぁ……」

 

 正直心配だったんだよね……私味覚音痴なとこあるし。でも二人に喜んでもらえたなら一安心だ。また今度作ってあげようかな。

 友くんは私の手作りおにぎりを美味しそうに食べ進め、あっという間に一つ食べ終えてしまう。

 

「早いな友くん……まだいっぱいあるからどんどん食べてね?」

「おう。じゃあ、有り難く……」

「あ、鮭ならそれだよ。いっぱい作ってるから安心して。友くん鮭好きだもんね!」

「よく覚えてたな……言った事あるっけ?」

「昔から鮭ばっかり食べてたから。その次が昆布が好きで、梅だけは駄目。酸っぱいの苦手だもんね」

「そこまで知ってんのか……でも、梅は昔の事だ。むしろ今は好きだ」

 

 そうなんだ……じゃあ今度作ってあげようっと。

 

 それからも二人と一緒にご飯を食べ進め、あっという間に十個近くあったおにぎりが無くなってしまった。

 

「ふぅ……食った食った。ありがとうな、陽菜」

「とっても美味しかったです」

「フフッ、ありがとう。また今度作ってあげるね!」

 

 満足してもらえたようで私も満足だ。

 高揚する気分を抑えきれず、口元を緩ませながら、お皿を下げる為席を立つ。

 

「あ、いいよ俺がやるよ」

「いいの! 友くんは宿題、しっかり進めて!」

 

 いっぱい遊びたいんだから、それは頑張ってもらわないと。

 二人を部屋に残しキッチンに向かい、お皿を洗う為にスポンジを手に取る。

 

「こんな事でも、友くんの力になれたかな?」

 

 最近友くんは私の事だったり、他の四人の事で色々大変そうだ。だから、私はそんな友くんを支えてあげたい。

 友くんには幸せになってほしい。その為なら、何でもするつもりだ。それが私の愛情だから。

 でも、友くんの彼女になる為にも、私も頑張らないと! まずは……料理のお勉強かな?

 

「色々やらなきゃいけない事も多いけど……友くんの為に頑張るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 夏という新たな時期に入り、それぞれ課題、目標みたいなのを決めたヒロイン達。
 簡単にまとめると――

 天城~少しずつゆっくりと、今の自分に出来る事をする。
 海子~出来るだけ積極的に、自分から動く。
 出雲~今までと変わらず、自分の愛情を伝え続ける。
 朝倉~思う気ままに、友希としたい事をする。
 陽菜~友希の幸せを第一に、彼を支えてあげる。

 こんな感じですね。
 この課題を胸に、彼女達がどう動くのか、乞うご期待。



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