モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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スカイ・ハピネス 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……どこ? 一体どこに……」

「ちょっ、天城! 一旦落ち着こうぜ!」

 

 複合施設のビルの中を走りながら、同じく前方を走る天城に向かい叫ぶ。その声に天城は足を止め、こちらを振り返る。だが、天城の様子は変わらず焦りに満ちていた。

 

「でも……! 早く見つけないと……!」

「だから……! まず見つけるにはゆっくり考えないとだろ? じゃないと見つかる物も見つからない」

「そう……だね……ごめん世名君、少し焦ってた……」

 

 天城の顔から焦りの色が消え、シュンと肩をすくめて俯く。何とか落ち着いてくれたか……よし、まずは状況を整理しよう。

 

 何故天城がこんなにも慌てて、焦っているのか。それは、彼女が身に付けていたペンダントが無くなった事が理由だ。

 フードコードで休憩中にその事に気付き天城は酷く動揺し、探しに行くと飛び出した――それがつい先程の出来事だ。

 今は落ち着いてくれたが、あんなに動揺した天城は初めて見たぞ。

 

「……とりあえず、どこで、いつ無くしたか考えよう。探すのはそれからだ」

「うん……あの、世名君」

 

 ゆっくり話す為に近くのベンチへ移動しようとした時、天城が急に俺の服の裾を掴み、俺を引き止める。

 

「その……本当にごめん。動揺しちゃったとはいえ、勝手な行動に出て」

「別に気にして無いよ。でも、どうしてあんなに?」

「だって……あれは世名君に初めて貰った……私の大事な宝物だから。それが無くなってたって知ったら……」

 

 天城の声がだんだんと震えだし、不安を抑え込むように胸元に両手を押し当てる。

 そんなにあのペンダントを大切にしてくれたのか……嬉しいけど、今はそんな事考えてる場合じゃ無いな。天城の為にも、何としても探してあげないと!

 

「大丈夫、必ず見つけ出すから。だからそんな不安な顔しないで。な?」

 

 彼女の不安を取り除く為に、笑顔を作って彼女の顔を見つめる。それに少し安心したのか、彼女の表情が和らぐ。

 

「うん……ありがとう。絶対に見つけたい……協力して!」

「もちろん。じゃあ、とりあえず話そう」

 

 改めて近くのベンチに座り、天城と話し合いを始める。

 

「まず……気付いたのはフードコードでみたいだけど、最後にあったのを確認したのは?」

「えっと……ごめん、よく覚えて無いんだ。気が付いたら無くなってて……」

 

 つまりいつ無くなったかは不明か……もしかしたらこのビルに入る前に無くした可能性もあるって事だ……そうだとしたら骨が折れるな。あのペンダントは派手ではあるが、とても小さい。あんな物を町中で探すのは流石に俺でもしんどい。出来ればこの建物内に落ちていてほしい。

 

「……とりあえず、来た道順を辿って行こう。天城、今まで通った道って覚えてるか?」

「えっと……うん! 大体覚えてる!」

「よし。なら、早速動こう。焦らずゆっくりと慎重に探そう」

「分かった!」

 

 天城を悲しい思いのまま帰す訳にはいかない……絶対に見つける!

 

 

 

 ◆◆◆

 

 人がまばらに歩く開けた場所の中心に立ち、辺りを見渡す。俺は視力が良く、集中すれば地面に落ちている小さな物でも、大抵は何か確認する事が出来る。

 だが、いくら探しても目的のペンダントは見当たらない。ここもハズレか……

 

「ふぅ……」

 

 フル回転で辺りを見回したせいで疲れた目を閉じ、眉間を摘む。やっぱり集中すると疲れるな……

 十分休めた目を開き、再び軽く辺りを見渡す。するとこちらへ駆け足で近寄ってくる天城の姿が目に入り、こちらからも歩み寄る。

 

「世名君! 見つかった!?」

「いや駄目だ……そっちは?」

「こっちも立ち寄った店を見回ったけど、駄目だった……」

 

 落ち込んだ様子の天城を、何とか慰める。とはいえ、参ったな……天城は立ち寄った店を全部回って、俺は各階で通った道を隈無く探した。でも見つからないとなると……こりゃ本当に外で落としたのかもな。

 天城もその考えが浮かんだのか、さらに不安の色が見え始める。

 

「も、もう一度探そう! 意外な所で見落としてるかもしれないし……」

「……そうだな。二人で別れるよりも、一緒に居て視野を広げた方がいいかもな」

「うん! 一緒に行こう!」

 

 その言葉に頷き、天城と共にビルの中を歩く。

 施設内にある店、人通りの多い場所から少ない場所と、色々な場所を探し回った。

 

 だが、いくら探し回っても見つからず、体力も多く削られた俺達は、あまり人通りの多くない通路にある自販機で飲み物を買い、一息着くことにした。

 

「見つからないな……」

「そうだね……やっぱり外で落としたのかな?」

「分からない。でもそうだとしたら……」

 

 今以上に見つかる確率は低くなる。それどころか、踏まれて既に壊れてる――なんて事も有り得る。あんなのに気付く事はほぼ無いだろうし。

 天城もそれを理解してる。だからこう焦って、不安を抱いてる。

 

「ううん、不安になっちゃ駄目……絶対にある……あ、ひょっとしたら……」

 

 不安を紛らわすようにブツブツと呟いていたかと思うと、天城は突然身を屈め、自販機の下を覗き込む。

 

「な、何してんの?」

「もしかしたら、こういう所に落ちてると思って……」

 

 天城はさらに身を屈め四つん這いの状態になり、地面に顔が付くのでは無いかというぐらい身を沈め、自販機の下を探る。

 その根性は素晴らしい。が、この状態は女子には似合わないし不格好だ。それだけでは無く、その体勢はとんでもない事を引き起こす。

 

 そしてそれが、今俺の目の前で起こった。

 

「ちょっ!? 天城!」

「どうしたの世名君……って――」

 

 俺の声に反応し、天城がその格好のまま後ろを振り返る。その瞬間――自分の状態が目に入ったのか、顔が真っ赤に燃え上がる。

 彼女は今四つん這い、顔は地面スレスレの位置で、お尻を突き出している体勢だ。そしてそんな格好をしていては、彼女の着用している丈の短いスカートが重力の流れに逆らえる訳も無く――

 

 腰の辺りまで捲れ、純白の下着が丸見えの状態になっていた。

 

「あっ……わっ……」

 

 涙目で口をパクパクと動かししばらく静止した後、天城はすぐさま足を閉じて内股になり、スカートを押さえつけてその場へ座り込む。

 それまでの間、俺は思わずぼーっとその様子を見てしまったが、慌てて目を逸らす。もう遅いだろうけど。

 

「…………見た?」

「…………ごめんなさい」

 

 正直見た。ガッツリ見た。しょうがないよ、天城には悪いが目の前に下着丸出しの女子居たら見ちゃうって男の子だもん!

 天城は俺からの謝罪という名の告白を聞くと、「ううぅ……」と半べそ状態で小さく声を漏らしながら、真っ赤な顔を下に向ける。……周りに人居なくてよかったぁ……いや俺は見ちゃったけども。

 

「あの……本当にごめん! すぐ忘れるから! というか殴って忘れさせてもいいから! ガツンと一発!」

「……いいよ、私の不注意もあるから……それに……そこまで嫌な訳でも無いし……」

 

 視線を泳がせながら、恥ずかしそうに囁く。

 何でそういう事言うかなぁ……罪悪感薄れちゃうよ俺! というか、なんかデジャヴ。最近多いなぁ……って、そんな事考えてる場合じゃ無いし!

 

「えっと……もう休憩も十分だよな!?」

「う、うん! い、行こっか!」

 

 今の事を無かった事にするぐらいの勢いで声を上げ、天城と共に行動を開始する。探し物に集中する事で、先の記憶を完全に抹消するぞ! ……天城って白なんだなぁ……

 

 

 ◆◆◆

 

 

 少々トラブルもあったが、その後もペンダント探しは続いた。もう建物内も粗方探し終え、とうとうどこにあるか見当が付かなくなってきた。

 

「こりゃ……本当に外で落としたっぽいな」

「そうみたい……だね……」

 

 残念ながらこのビルにはペンダントは無さそうだ。見逃してるだけかもしれないが、こんだけ探したんだからそれは考えにくい。

 だとしたら考えられるのはビルの外、町中だ。でも、それだともう見つかる気がしない。それにもう6時過ぎ。夏とはいえ、そろそろ暗くなってくるだろう。そうしたらもう探し物なんて出来っこない。

 

 それに最悪、誰かが拾った可能性もある。ここの落とし物センターや近くの交番に寄ったが、届けられていなかった。つまり、そのまま持ち帰ったという事もある。

 

「……天城――」

「言わないで!」

 

 もう諦めよう――そう口にしようとした時、天城が今までに無いぐらい声を荒げる。それにびっくりして、思わず目を丸くする。

 

「あ、ごめん……怒鳴っちゃって……」

「いや、俺も悪かった……なあ、天城。少し力み過ぎじゃ無いか?」

 

 ペンダントを無くしてから、彼女はどこか冷静さが欠けてる気がする。普段の天城なら俺に断りも無く飛び出したり、無くすのに気付く前に立ち寄ってもいない自販機の下を探るなんて無意味な行動は起こさない。

 それに、いくら宝物だからといって動揺し過ぎだ。落とし物ぐらいする事はあるし、ペンダントなんて正直無くても支障が無い物だ。

 

「俺からのプレゼントって事もあるんだろうけど、あれぐらいもう一回プレゼントしてやれるぜ? 高いって言っても買えない範囲じゃ無いし」

「世名君……ありがとう、その気持ちはとっても嬉しいよ。――でも、あれじゃなきゃ駄目なの」

 

 そう言うと、天城は先程買った指輪を握り締め、目をうっすらと細める。

 

「あれだからいいの。初めて世名君に貰った……思い出の品。もちろん今回貰ったのや、世名君に貰った物は何でも嬉しい。でも、あれだけは特別なの! だって、好きな人に初めて貰ったプレゼントだよ? そんなの大事じゃ無い訳無い! あれを身に付けてると、凄く幸せな気持ちになるの。だから……」

 

 すると天城の瞳が潤み出し、やがて彼女の頬に一筋の水滴が流れ落ちる。そしてどうした事か、天城が急に顔をくしゃっと歪ませ泣き出す。

 

「だから……どうしよう……見つからなかったらどうしよう……! あれっ……! あれは世名君に貰った大切な物なのにぃ……! 私の、宝物なのにぃ……!」

「て、天城!?」

 

 いきなり泣き出した天城に動揺を隠せず、どうすれば良いか分からなくなる。泣く程の事かと、一瞬大げさ過ぎるとも思った。

 でも、今彼女は本気で泣いている。周りも気にせず、子供のように。

 

 以前デートした時、彼女がとても感情がはっきりしている、素直な性格だと理解出来た。だから、今もそうなんだ。大切な物を無くして悲しい――ただそれだけなんだ。

 今分かった……彼女の心は、とても幼い。溢れ出る感情を抑えられない程に。自分の思った怒りが、喜びが、恥じらいが、悲しみが隠せず、表へ出てしまう。

 だから今も、悲しみが抑えられなくて漏れ出てる。彼女はとても弱い人間なんだ、心を制御出来ないぐらいに。

 

「…………」

 

 俺はそんな彼女に何が出来る? いや、そんなの簡単だ。

 怒ってるなら、宥めればいい。

 恥ずかしがってるなら、そっとしてやればいい。

 

 泣いてるのなら――慰めてやればいい。

 

「天城……」

 

 泣き続ける天城にそっと近寄り、彼女の頭を軽く数回撫でる。すると天城は泣き止み、ぽかんと口を開きながら少し赤面する。

 

「大丈夫。言ったろ? ペンダントは必ず見つける。だからさ、そんな泣くな」

「世名君……」

 

 うるうると瞳を揺らし、こちらを見つける。そして彼女は涙を拭い、うっすらと微笑む。

 

「……うん、ごめんね世名君……ありがとう」

「良いって事よ」

 

 恐らく悲しみよりも、喜びの方が勝ったのだろう。だから、彼女は笑った。

 やっぱり、彼女はとても素直な人間だ。それが弱いところでもある。けど、長所でもあるんだ。こうやって、支えてくれる人が居れば、すぐに立ち直る事が出来るんだから。

 

「……さて、それじゃあ改めて考えよう! ペンダントを見つける為に!」

「うん……! 絶対に、見つける!」

 

 ここでペンダントが見つからなかったら、せっかく立ち直ったのが台無しだ。絶対に見つける!

 

 冷静に考えろ……天城はいつ、どこでペンダントを落としたのか?

 このビル内は……もう捨てよう。だとしたら、その前? ここに来る前に寄ったのは雑貨屋……中華料理店……洋服屋……もしくはその道中?

 

「……そういえば」

 

 天城はペンダントを、服の中に入れていた。つまり、落ちたとしたらその中を通り抜けるはず。そんなの流石に気付かない訳無い。つまり、落としたのはペンダントが服の外へ出たタイミング? そんなタイミングあったか?

 ――いや、あるぞ、一回だけそんなタイミングが。そしてそのシチュエーションなら、ペンダントが知らない内に落ちる可能性がある!

 

「天城! 分かったかもしれない!」

「ほ、本当に!?」

「ああ。多分、あの洋服屋だ!」

 

 そうだ、あそこで天城は試着の際に服を脱いだ。つまり、その時にペンダントは服の外に出た。それに、着替えならペンダントを外す可能性もある。あの時、天城は続けて色んな服に着替えていたし、気持ちも高揚してた。気付かないというのも有り得る。

 

「どうだ?」

「確か……ペンダントは外したかも! バックに入れたと思ってたけど……」

「そこで落とした可能性が高いな。行こう!」

 

 天城は力強く頷き返す。洋服屋を目指し、俺達は走り出した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

「あのっ! このお店で、ハートのペンダントが落ちてませんでしたか!?」

 

 店へ辿り着くや否や、天城は店員に息を荒らしながら問い掛ける。

 

「ハートの……ああ、もしかして……」

「あるんですか!?」

 

 天城の勢いに気圧されながらも、店員が店の奥へ消える。そしてしばらく待つと、店員が戻ってくる。

 

「これの事ですか?」

「あぁ……!」

 

 店員が差し出したそれを見るなり、天城はそれを慌てて手に取る。それは紛れも無く、彼女のペンダントだ。

 

「あったぁ……よかったぁぁ!」

 

 天城はそのペンダントを握り締め、胸元へ押し付ける。そしてまた感情が溢れ出したのか、涙をポロポロと流し出す。これで一件落着だな……って、これじゃ周りの客に迷惑だな。

 

 泣く彼女を何とか宥め、店員にお礼を言ってから外へ出る。その後は近くにあったベンチに座り、彼女が落ち着くのを待った。

 

「グスッ……ありがとう、もう落ち着いた……」

「そうか……また無くしたらあれだし……」

 

 俺の言いたい事を理解してか、言い終わる前に彼女がペンダントを首に掛ける。宝物が戻ってきた喜びを、幸せを噛み締めるように、天城はペンダントへ手を乗せ、そっと目を閉じる。

 

「よかった……本当によかった……もう無くしたりしない。このペンダントも、この指輪も、大切な宝物だから」

「そうしろよ? また泣かれちゃたまんないしな」

「うっ……ご、ごめんね……あんな見苦しいところ見せちゃって……」

 

 俺は冗談で言ったつもりなんだが、天城は割と本気で凹む。や、やっぱり素直だな……

 

「いやいや、全然見苦しい事なんて無いさ。それに、何だか嬉しかったよ」

「嬉しい……?」

「ああ。だって俺のあげたプレゼントをこんなに大事にしてくれてるんだって思ってさ。それに天城の事、また知れた気がする」

「そっか……じゃあ、不幸ばかりじゃ無かったかな……?」

 

 フフッと、彼女は小さく笑う。

 彼女はとても素直な子で、その素直さが彼女の弱さであり強さである。それを知れた事は、きっととても重要な事だと思う。天城優香という人間を深く知れた、これが俺の決断に大きく関わるかもしれない――そんな気がする。

 

「世名君? 難しい顔してどうしたの?」

「いや、別に。それより、これからどうする?」

 

 既に日も傾き始め、そろそろ帰るには良い時間だ。ただ、最後に探し物で慌ただしくなってしまったのもあるし、天城が望むならもう少し付き合っても良いかもしれない。

 天城は俺のその問いにしばらく考え込むと、ゆっくりと口を開く。

 

「……少し名残惜しいけど、そろそろ帰ろうかな」

「いいのか? 俺は別にまだ付き合えるけど」

「気持ちは嬉しいけど……今日はここまで。あんまり世名君を長く連れ回しちゃあれだし、最後もなんだかんだで楽しめたから十分だよ」

「そっか……それじゃあ、帰ろうか」

 

 天城が満足というのなら、これ以上言う事も無い。

 ベンチから立ち上がり、駅の方へ歩き出そうとする。しかし、天城が突然俺の服を掴んで歩みを止めてくる。

 

「どうした?」

「んっとね……トラブルがあったり、泣いちゃったりしたけど……今日のデート、とっても楽しかった! とっても幸せだった! だからさ……」

 

 そこまで口にすると、天城は先の言葉を言い難そうに口ごもり、視線を泳がせる。それから数秒間黙り込むと、天城が覚悟を決めたかのようにこちらを真っ直ぐと見つめ、柔らかい声を出した。

 

「また、付き合ってね――友希……君」

 

 そう俺の名を口に出した瞬間、天城の顔は極限まで赤くなり、恥ずかしそうに両手で頬を覆い隠す。それに俺はどう反応したらいいか分からず、黙って立ち尽くす。

 

「やっぱり恥ずかしいぃ……ご、ごめん! やっぱり今まで通り世名君で良い?」

「え? あ、ああ……俺は何でも構わないけど……」

 

 そんな事で謝らなくていいし、下でも構わないんだが……まあ、天城にとっては一大決心で、まだ名前で呼ぶのは難度が高いんだろうし、そっとしとくか。

 

「で、でもさ! 時々……下の名前で呼んでも良い? そのぉ、恥ずかしく無い時とか……」

「構わないぞ。何なら、俺も下で呼ぶか?」

「い、いいよ! そんなの……今は恥ずかし過ぎて無理! もう少し事が進展したらというか、仲が深くなってからというか……」

「わ、分かった分かった! これまで通りにするよ!」

 

 そこまで照れますか……素直な上シャイとか、何か天城もポンコツに見えてきたな……でも、純粋に可愛いし良いか。

 

「ごめんね……」

「謝らなくていいよ。そこは天城の自由何だから」

「うん……でも、世名君を好きって気持ちは大きいから!」

「それも分かってるよ」

 

 そう、分かってる。分かってるからこそ、色々辛いんだよなぁ……答えを出せないのが申し訳無かったり、彼女の全てを受け入れてあげられない事が。

 

 だから、今日知れた事も踏まえて、天城を見続ける。いつか彼女が先へ進めるように。

 

「……さて、そろそろ行こうか」

「そうだね。……世名君、最後に一つ良い?」

 

 天城の言葉に彼女の方へ視線を向ける。彼女は無言で俺の方へ近付き、接触スレスレの所で立ち止まる。そして上目遣いで俺の顔を覗き込む。

 彼女のどこかうっとりとした目つきと少し荒い吐息に、心臓が高鳴るのを感じる。

 

 そして次の瞬間、彼女は俺の両肩を掴み――俺の頬へとキスをした。

 

「え……?」

 

 柔らかく、少し湿った彼女の唇の感触が伝わり、一瞬頭が真っ白になる。

 数秒程すると、天城はゆっくりと顔を離し、俺の顔をジッと見つめる。

 

「今日のデート、私は幸せだった。でも、私はもっと幸せになりたい。恋人になって、もっと色々な事をしたい。だから、私は絶対に諦めないよ」

「天城……」

「世名君……大好きだよ」

 

 ただ素直に自分の愛情を、幸福を感じて彼女は微笑み、俺を抱き締めた。それに俺は逆らわず――どうすれば良いか分からず、ただ立ち尽くした。

 

 

 

 ◆◆◆

 

「…………」

「…………」

 

 空席が目立つ電車の車内。そこで私と世名君は、ただただ無言で座りながら、白場駅へ着くのを待った。

 

 ――気まずい!

 やっぱり気まずいぃ……あんな事しちゃったからだよね……世名君あれからずっと黙ってるし、私も話せないし……あぁ! どうして電車に乗った後にしなかったんだろう! こういう状況になるのは分かり切ってたのにぃ!

 でも、仕方無いよね……あの時は感情が高ぶってたというか、多分あそこを逃したら言えなかっただろうし……でもやっぱり気まずいよぉ……!

 

『次は、白場、白場。お出口は――』

 

 そんな風に悶々としていると、あっという間に白場に辿り着く。隣だし早いなぁ……

 電車が停車し、扉が開くと同時に席を立ち、駅のホームへと歩き出す。その間も私達は一言も喋らず、そのまま改札を抜けて、駅を出た。

 

 このまま解散かな……そう少し残念な思いになりながらも、やはり話し出す勇気も出ずにそのまま別れようとする。

 

「――天城!」

 

 けど、私が立ち去ろうとした瞬間に、世名君が私を引き止める。

 

「悪いな、何も話し出せなくて。何言えば良いか分かんなくて……」

「それは……こっちもそうだったし……何か言いたい事あるの?」

「ああ。少し考えたんだけどさ……天城は、いつまで待ってくれる?」

「……いつまで?」

 

 真剣な眼差しの彼の問いに、私はあえて問い返す。その言葉の意味は大体分かっている。

 

「俺さ……物事を深く考え過ぎて、無駄に悩む事がある。だから、天城の思いや他の四人の思いも、無駄に複雑に考えたり、責任を感じすぎるところがある。だけど、俺はそうしたい。前から言ってる通り、凄く悩んで、みんなの納得出来る答えを出したい。でも、それは凄い時間が掛かるかもしれない……いや、掛かる。一年以上……下手したら、高校卒業まで答えが出ないかもしれない。だから、聞きたいんだ。天城は――いつまで、俺の答えを待ってくれる?」

 

 彼の言葉に、私は内心笑ってしまう。おかしいとか、そんなのじゃ無い。だって、それは私にとっては愚問でしか無い。

 彼は自分で言ってる通り、責任を感じ過ぎてる。だから私への返事を先延ばしにする事を心苦しく思ってる。もちろん、私も早く答えは欲しいし、他の女性は無視してくれた方が幸せだ。

 

 でも、彼は私の為に真面目に悩んでくれている。なら、出す答えは一つだ。

 

「決まってるよ……いつまでも、だよ。高校を卒業しても、社会人になっても、私はいつまでも世名君を愛してる、返事を待ってる。だから、世名君はとことん考えて? いつか私を迎えに来てくれる日を待ってるから」

「天城……ああ、ありがとうな。必ず、答えを告げるよ。それを聞いたら安心したよ。待ちきれないって強引な手段とかに出られたら、たまったもんじゃ無いからな」

「あー、世名君そんな事思ってたんだー。でも、待たせ過ぎたら本当にそうなっちゃうかもよ?」

「じゃあ、そうならない為に早くするよう、努力するよ」

 

 明るい顔で笑い声を上げる世名君に、私も自然と笑いが混み上がる。よかった……最後にこんな風に楽しく喋れて。

 沢山笑い、それから世名君と共に駅から家路へと手を繋いで歩く。今日の思い出なんかを話しながら、今日の最後の時を過ごす。

 そして、いつもバイト帰りに別れる場所へと辿り着く。

 

「……それじゃあ、今日はこれで。本当にもう満足なのか?」

「うん。もう幸せ過ぎて胸がいっぱいだよ。その代わり、またいつかデートに付き合ってね?」

「もちろん。……ああ、そうだ。天城! 改めて、誕生日おめでとう」

「ありがとう。最高の誕生日プレゼントだったよ!」

 

 精一杯の感謝を伝えると、世名君はにっこりと笑いなが手を振る。私も手を振り返しながら、自分の家へ続く道へ歩みを進める。彼はそれを見送ってくれる。そしてやがて、彼の姿が見えなくなり、私は手を下ろした。

 

「……終わっちゃったか」

 

 幸せだった誕生日デートも、これで終わりだ。満足したが、やはり少し切ないものだ。海子みたいに家に泊まらせたりしたらよかったかな……ううん! そんなの恥ずかし過ぎて無理!

 でも、今日は色々恥ずかしいところ見られちゃったしな……思いっきり泣いちゃったし、それに……下着も見られちゃったし……

 

「私……変な下着履いてなかったよね?」

 

 もしそうなら恥ずかしいだけでは済まない……いや、大丈夫! 一応勝負下着だし! いや、決してそういう事期待して履いてきた訳じゃ無くて……いや、少しは期待してたけど……世名君も男の子な訳だし!

 

「って、何一人で言い訳してるんだか……」

 

 でも世名君は真面目な人だし、付き合っても無いのにそんな事しないよね。はぁ……まあそういう紳士なところも素敵何だけど……

 

「少しは、過激な事してくれても良いのにな……」

 

 でも、一日独り占め出来て、プレゼントも貰って……キスも出来たから良しとするか。ほっぺだけど。

 

「いつか最高の幸せ……手に出来たらいいな」

 

 いつか来るであろう未来を想像しながら、私は指輪とペンダントを見つめて笑う。彼との――友希君との幸福を夢見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 甘く、トラブルもあった誕生日デート天城編も無事完結。
 涙もろかったり、嫉妬全開だったり、照れ屋だったりと感情を表にすぐ出してしまう素直な天城さん。彼女に対し、友希君は一体どんな答えを出すのか――それはまだ先のお話。

 次回はとうとう迫ったあの長期ビッグイベントの前哨戦……の予定。



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