「それじゃあ、行って来る」
「うん! 行ってらっしゃーい! 楽しんできてねー!」
わざわざ玄関まで見送りに来た陽菜に笑顔で手を振られながら、家から出る。これから天城とデートに行くって事は分かってるだろうに……お気楽な奴だな。その方が有り難いけど。
7月11日――今日は天城とのデートの約束をした日。理由は一日遅れだが、彼女の誕生日を祝う為だ。
プランなんかは天城が決めたらしいが、毎度の通り詳しいプランは聞いてない。とりあえずいつも通り駅で待ち合わせという事らしい。
「10時か……まだ時間はあるな」
待ち合わせまで時間もあるけど、気は抜けないな。今日は天城を祝うのが、楽しんでもらうのが目的だ。出来る事は出来るだけやって、精一杯堪能してもらわないと。
「よし……頑張るか!」
頬をバチンと叩き、気合いを入れ直す。晴天へ恵まれた空を見上げ、駅へと駆け足で向かった。
◆◆◆
――白場駅
急いだ結果少し早めに駅へ到着した。駅の中をぐるりと見回すが、どうやら天城はまだ来ていないらしい。とりあえず、改札近くで適当に来るのを待つ。
そして待つこと数十分。
「世名君!」
聞き覚えのある高揚した声に、顔を上げて正面を向く。
そこには人混みを必死に掻い潜り、こちらへ向かって来る一人の女性が。どうやら来たようだ。
「はぁ……ごめん、待たせちゃった?」
肩を上下させて息を荒らしながら、天城が俺の目の前へやって来る。どうやらかなり急いできたらしいな。
彼女は膝に手を乗せ、前屈みになって息を整える。その時、不意に彼女の着ている薄手のブラウスから胸元がチラリと見えてしまい、咄嗟に目を逸らす。
「どうしたの……?」
「い、いや別に! それより……大丈夫?」
「うん……もう落ち着いた。遅れてごめんね」
「いや、そんな待ってないしいいよ。でも、前は早めに来てたのに、今日はどうかしたの?」
「ちょっとね……服とか考えてたから……せっかくだから、世名君に気に入ってほしかったし……」
少し照れ臭そうに頬を掻きながら、俺から目を逸らす。
服か……俺は適当に暑いからってTシャツにしたけど……やっぱり女子はそういうの気ぃ使うんだな。
その流れで天城の服装を確認してみる。薄手の清楚な白のブラウスに、藍色のスカート。そして胸元には、服の中に隠れているのでよく見えないが、恐らく以前買ってあげたハートのペンダント。やはりファッションは良く分からないが、似合ってる。まあ美人が着れば大抵可愛らしいものになるんだろうが。
「……世名君は、こういう格好の女性は……好き?」
「え!? それは……嫌いでは無いかな……?」
「そっか……ならよかった」
安心と喜びが混ざったような表情を浮かべ、クスリと笑う。
「えっと……それで今日はどうするんだ? 天城に完全に任せてたけど……」
「あ、うん。今日はさ……隣町を回ろうと思うんだよね」
隣町? 確か、前に行った遊園地があった場所か。近場だし、あの遊園地以外にも見て回れる場所はあるらしいし、デート場所としてはありか。
「了解。で、どこか行きたい場所とか見たい場所は?」
「うんっと……特に無いかな?」
「え、無いの? そんな適当な感じでいいのか? 俺はどこでも付き合うけど……」
「うん。これで良いの。これが私のしたいデートだから」
「私のしたい……?」
「私、考えたんだ。私にとって、幸せな事……楽しめる事って何だろうって。それはどこかの遊園地に行く事でも、映画を見る事でも無い。ただ世名君と一緒に居る事――それが私の幸せだって思ったんだ」
「一緒に居る……?」
「うん。私は世名君と一緒に……二人出居れれば、それだけで幸せ。だから、今日はただ世名君と長く一緒に居たいんだ。特別な事じゃ無く……当たり前の幸せを感じる為に」
こちらを真っ直ぐな瞳で見つめ、言葉を一つ一つ丁寧に声に出す。
ただ一緒に居る事……当たり前の幸せか……何だか、天城らしいといえば天城らしいかもな。バイトの時も、仕事してるのに楽しそうだしな。それが、彼女にとっての幸せなんだろう。
「……そっか、分かった。とことん付き合うよ」
「世名君……! ありがとう! 幸せな一日にしようね?」
首をチョコンと傾げ、はにかむ天城。その仕草に、思わず言葉が詰まる。やっぱり可愛いなこの子……
ともかく、今日は天城にしっかり付き合う。俺は天城を本当の意味で幸せに出来ない。だから、今日ぐらいは幸福な気持ちになってもらおう。
「じゃあ……行こ?」
「ああ」
そのまま天城は俺の手を引き、改札へと歩き出す。
こうして、俺と天城の誕生日デートが幕を開けた。
◆◆◆
電車に乗って数分。隣町に到着するや否や、俺と天城は駅から町中へ繰り出した。ビルや商業施設などが並び立つ、結構な大通りを見て回る。
「これからどうする? 流石に見て回るだけじゃあ、あれだし……」
「そうだね……とりあえず気になったお店があったら入っていこうか」
「だな。それにしても……人多いな」
休日だし……ここも一応都心だもんな。人も多くなるわ。でもこんだけ多いと、移動も困難だし色々支障が出るかもな……
そんな事を思っていると、突然天城が俺の手に自分の手を伸ばし、キュッと握って来る。
「えっ……」
「そのさ……はぐれたらあれだし……ね?」
「そ、そうですね……」
恥じらい全開の天城の様子に、上手く言葉が出ない。クソッ! もう手を繋ぐという行為には慣れたと思ってたのに駄目だ! そんなか弱い雰囲気には耐えられません!
顔を真っ赤っかにしてこちらへ身を寄せて手を絡めてくる天城に逆らわず――というか逆らえずに彼女に身を任せ、二人並んで町中を歩く。な、何だかハズい……
それからしばらく町を歩くが、目ぼしい店なども見つからず、宛も無くブラブラと歩き続ける。
「いっぱい店はあるけど……これっていう店は無いな」
「そうだね……あれ? あの店何だろう?」
何か気になる店を見つけたのか、天城がある店を指差す。
「あれは……雑貨屋か?」
「みたいだね……ちょっと寄って行かない?」
「ああ良いぜ」
雑貨屋か……正直あんま来たこと無いけど、天城の誘いを断る訳にもイカン。今日は基本何でも受けるスタンスだし。
天城は俺の返事に「ありがとう」とニッコリと笑顔を見せ、俺を引っ張るように雑貨屋へと入る。
店の大きさはあまり大きく無いが、そこら中にオシャレな家具やインテリアなど、よく見る物から見ない物まで、様々な商品が置かれていた。
「木を使った家具に……置物……色々あるんだな……」
「本当だね……あ、この猫の置物可愛いー! このウサギのも可愛いー!」
人の目も気にしない――そんな感じにキャッキャッとはしゃぐ天城を見て、ついクスリと笑いがこぼれる。天城もこういうの好きなんだな……他のみんなと居る時はああだけど、感情がはっきりしてるから、純粋に楽しい時は無邪気に笑ってる。
「ねぇ、世名君――って、何笑ってるの?」
「え? ああいや……天城も女の子なんだなって思って」
「それって……どういう事?」
「うーん……可愛らしいって事かな?」
そう本心を口にすると、天城はそれを聞いた瞬間に耳まで真っ赤になり、バッと背中を向ける。
「かか、可愛いなんて……そんな、えっと……」
楽しそうに喋っていたさっきまでとは一転、口が全然回っていない。だから……そういう事簡単に口にしちゃ駄目だって俺ぇ……
「その……何かごめん」
「う、ううん……こっちも動揺しちゃってごめん……でも、嬉しかったし……もっと言ってくれても……」
ボソッと最後にそう呟くと、天城が我に返ったようにブルブルと頭を横に振る。
「そうじゃなくて! えっと……世名君はさ、住むならどんな部屋がいい!?」
「え!? あー……シンプルで、あんまりごちゃごちゃしてない部屋かな?」
「そ、そうなんだね! それじゃあ、結婚したらそういう部屋がいいね!」
「え?」
「……え?」
一瞬会話が止まり、俺達の周りが静まる。そして数秒後、天城の顔が火が燃え上がったかのようにさらに赤くなり、何かを紛らわすように手をわちゃわちゃと振る。
「わー! い、今のは口が滑ったっていうか、本心じゃ無いというか……いや本心何だけど! って、そうじゃなくて……えーっと……あうぅ……」
「と、とりあえず落ち着こうか! 深呼吸しよう!」
慌てふためく天城の背中をさすって何とか落ち着かせようとする。天城も胸を押さえ、大きく深呼吸を繰り返す。だんだんと天城の呼吸が落ち着き始め、ふぅと最後に大きく息を吐く。
「……な、何とか落ち着いた……ごめんね、取り乱しちゃって……」
「いや、大丈夫大丈夫……」
宥めるが、天城はシュンと肩をすくめる。まああんなに慌てふためく姿見られたら……来るものはあるわな。でも、こっちからしたら可愛らしい天城見れて得した気分だけど。
「そ、そんな落ち込まないで! な?」
「ありがとう……あの、さ」
「うん?」
「さっきの言葉だけど……じょ、冗談のつもりは無いから……さ」
……よくさっきあんだけ恥ずかしがってたのにそんな言葉言えるな。どう返したら良いか分からないよ!
だが天城も何故こんな事を言ってしまったのだろうと、気まずそうに顔を逸らす。耳が真っ赤だ。
「べ、別の店行こうか?」
「そ、そうだね……」
これ以上は居たたまれないと、俺は彼女の手を掴んで店から逃げるように飛び出す。雑貨屋でこんなに嬉し恥ずかしい体験をする事になるとは……やっぱりデートというものは気が抜けん。
雑貨屋を出た後、少し気まずい空気が続く中、再度町を歩く。俺は終始気恥ずかしく、喋り出す事が出来なかったが、天城は何だか嬉しそうに顔を綻ばせていた。……どうしてこうも可愛らしい仕草が多いんだ女子は。
その後、目ぼしい店が無かったので、少し早いが昼食を取る事にした。場所は近くにあった中華料理の店だ。
「まだ昼前だから人が少なくて助かったな。天城は何頼む?」
「えっと……私は冷やし中華かな。好きなんだ」
「あー、もうそんな時期か。じゃあ俺は醤油ラーメンと……餃子も頼んでいいか? 一人じゃ多いだろうし、分けようかと……」
「うん……あ、ちょっと待って」
すると天城は持っている手提げの鞄を漁りだす。
「あ、あった。うん、大丈夫だよ」
「そっか……なんかあったの?」
「ちょっと口臭のやつを……ほら、餃子って臭いがあれだから」
なる程……女性はそういうの気にするもんな。でもあるなら大丈夫か。
早速店員を呼んで一通り注文を済ませる。数分待つと、頼んだ料理が運ばれてくる。
「お、美味そう。じゃあ食べようか」
「うん。いただきます」
割り箸を手に取り、二人揃って料理を食べ始める。すると天城が急にクスリと笑い出す。
「どうした?」
「初めてのデートの事思い出してさ。あの時の食事の事」
初めてのデート……ああ、あの映画の後に食ったイタリアンの。確かに前もこんな風に向かい合って食べたっけな。あの時は緊張したなぁ……あれ、なんで緊張したんだっけ?
理由を思い出せず、箸を止めて何があったのか思い出そうと頭を捻っていると、天城が小さく口を開く。
「あのさ……あの時みたいに、していい?」
「……何を?」
素でそう返すと、彼女はしばらく俯いて黙り込む。そして何か決心したように目を見開き、餃子を箸で掴み取り、こちらへ突き出してくる。
「は、はい! あーん!」
「……へ?」
突然の事にへんてこな声が漏れる。そうだ、思い出した。あの時、突然今みたいに料理を食べさせてもらって――
「せ、世名君! は、早く……」
「え? あ、はい!」
以前の事を振り返っていると天城が恥ずかしそうにせがんでくるので、慌てて餃子に食らいつく。パリパリの皮のそれを一気に噛んで、飲み込む。
「……うん、美味しい」
「そ、そっか……」
あー、何かこの空気知ってる。前もこんな感じになったわ。変わって無いなー。
天城は気持ちを紛らわす為か、冷やし中華を一心不乱に食べ始める。あ、そういえば今天城が使ってる箸俺が口付けた……というかあの箸、既に天城が使ってた……いや、考えるのは止めよう。
思考を無理矢理止め、俺も一心不乱にラーメンを啜る。
その後、会話をそこそこ交えながら、昼食を終えた。
◆◆◆
昼食を終えた俺達は、散策を再開。その途中で洋服屋を見つけ、寄りたいという天城の申し出に、その店へと足を運んだ。
で、俺は今その店内の試着室の前で立ち尽くしていた。
「…………」
何もする事が無く、周囲を見渡す。辺りには女子高生ぐらいの女子がいっぱいで、男子がほぼほぼ居ない。……やっぱり男がレディース専門店に居るのは気まずいな……早く出て来ないかな。
そう少しばかり念を込めながら、目の前のカーテンが掛かった試着室を見つめる。そこは今現在、天城が試着の為に着替え中だ。
目の前で天城が着替えてると考えると、少しドキドキするな……いや、これぐらいでドキドキしてたら体が保たんぞ俺。
空気を吸い込み、気を引き締める。その瞬間、カーテンがシャッと音を立てて開かれ、中から着替え終えた天城が姿を見せる。
黒いワンピースに黒い大きめの帽子と、どこか大人びた雰囲気に心臓が一瞬高鳴り、体が熱くなるのを感じる。
「ど、どうかな……? ちょっと過激っぽいけど……」
「に、似合ってると思うよ?」
「そう? よかった……じゃあ次のに着替えるから、それもコメント頂戴! どれがよかったか、決めてほしいな」
「お、おう……」
そう少し興奮した感で言いながら、カーテンを再び閉じる。予想以上にドキッとしたな……これは油断できない。
それからも天城のミニファッションショーは続いた。
可愛らしい、清楚、ボーイッシュと、次々と色んな格好で出て来る天城に、一つ一つコメントを返す。正直似たようなコメントしかしてないが、彼女はとても嬉しそうに反応し、だんだんとノリノリになって行った。
そして全ての服を試着し終え、自分の服へ着替え直して試着室から出て来る。
「ふー、思わずいっぱい着ちゃった。世名君はどれが一番良いと思った?」
「そうだな……正直、全部似合ってたとしか言えないかなぁ?」
「そっかぁ……決めてほしかったけど、それはそれで良いかな」
満足したように顔を緩ませる。ほっ、これでよかったか……
天城は試着した服を全て元の場所へ戻し、こちらへ戻って来る。
「買わないのか?」
「うん。普段着るようなのは無かったから。そろそろ行こっか。世名君もここに居座るのは辛いでしょ?」
確かに、正直居辛いな。
天城の気遣いに甘え、そのまま店の外へ出る。時間は……まだ2時前か。こりゃまだまだ色々回れそうだな。でも、どこを回ろうか……
「あ、そういえば」
「ん? 何かあった?」
「いや……天城、欲しい物ってあるか?」
「ど、どうしたの急に?」
「だって、今日は天城の誕生日祝いだろ? だったらプレゼントぐらいしないと。何か欲しい物があるんなら買ってやるぜ?」
「世名君……うん、ありがとう! それじゃあ、今度気になった店で欲しい物があったらお願いしちゃおうかな?」
「分かった。じゃあその店を探そうか」
天城のプレゼントを求め、散策を開始する。彼女はキョロキョロと辺りを見渡しながら歩く。どこかワクワクしたような、嬉しそうな、とにかく幸せそうな顔をしながら。
その後町を探索し続けて数十分。とある複合施設のビルへ辿り着き、そこへ入る。
そしてさらに歩くこと数十分後、天城がふと足を止め、それに合わせ俺も足を止める。
「何か見つけた?」
「えっと……あのお店」
天城が指を指した先にあったのは、こぢんまりとした一つの店。
「あれって……アクセサリーショップか?」
「うん。あそこで良いかな?」
「ああ、勿論。でもどうしてあそこに?」
「それは……初めて貰ったプレゼントもアクセサリーだったからさ……そのぉ、思い出があるっていうか……」
もじもじと髪をいじりながらぼそぼそと呟くと、訳も分からずといった感じに俺の手を引っ張る。
「と、とにかくあれが良い! 行こう!」
「お、おお……!」
忙しなく店内へ入り、天城がプレゼントを探すべく商品を見回す。俺はそれを隣で黙って見守る。
「プレゼントか……これ……は少しあれかな……これも……ちょっと微妙だな……」
ブツブツと呟きながら、真剣な眼差しで商品を見極める天城。そんなにマジで探すか……プレゼントしがいがあるな。
「……あ」
すると天城が小さく声を漏らし、立ち止まる。
「見つかったのか?」
「え!? いや、あのぉ……」
俺が聞くと何故か答え辛そうに口ごもる。どうしたんだ? その様子が気になった。その時、ふと彼女が何かを手に持っているのが目に入る。
「それって……指輪?」
天城が手にしてたのはシンプルな銀色の指輪。一カ所にハートマークが彫られている。これが欲しいのか?
「あ、あの、違うよ? 単純に可愛いと思っただけで、そういう意味じゃ無くて……いや、そういうのも欲しいけど……」
急にアワアワと慌てだす天城に疑問が浮かぶ。何か言ってる事むちゃくちゃだな……違う? そういう意味? それってどういう――
キリがないので彼女に問いただそうとした時、彼女が欲している物が指輪だという事に気付く。
男女、俺達の関係性、指輪……ああ、そういう事か。理由がハッキリと分かり、合点が行く。つまりは……そういう事だろう。
「……天城はそれが欲しいのか?」
「え!? あ……うん」
一瞬躊躇したようにも見えたが、素直にコクリと頭を下げる。
「……分かった。じゃあ、それプレゼントするよ」
「え!? 良いの?」
「その……別にただのアクセサリーとして欲しいんだろ? そういうのだったら……別に構わないよ」
「世名君……じゃあ、これにしよっかな……?」
少し照れながら、天城はその指輪を俺に差し出す。それを受け取り、レジへと持って行く――前に、値段を確認する。……よし、安くは無いが一応買える値段だ。まあどんな値段でも買ってあげるけど、前回の事がね……
改めてレジへと持って行き、会計を済ませる。
「それじゃあ……一日遅れだけど、誕生日おめでとう、天城」
「うん、ありがとうね、世名君」
店から出て、天城に買った指輪を渡す。天城はそれを取り出して、早速身に付けようとする。その際、彼女は一度左手の薬指にはめようとしたが、それが気恥ずかしくなったのか、隣の中指へはめる。
指輪をはめると、天城はその指輪をじっくりと眺め、目を潤ませる。
「綺麗……本当に嬉しい……一生の宝物にするね!」
「そっか。喜んでくれたならよかったよ」
前もそうだったが、こうやって喜んでくれるのが一番嬉しいな。幸せそうで何よりだ。
「……あのさ、世名君」
「うん?」
「今回のプレゼントも凄く嬉しい……けどさ――」
すると天城は目をうっすらと細めて、身に付けた指輪をギュッと握り締める。そして照れ臭そうに、こちらを見つめる。
「いつか……違った意味の指輪も……欲しいな」
「それって……」
言われなくても分かる。婚約指輪や結婚指輪――という事だろう。
「ご、ごめんねこんな事言って! でもさ……欲しいって思いはあるからさ……」
「そ、そっか……」
俺はそう、曖昧に答えるしか無かった。その答えを返す事は、今の俺には出来ない。でも、その内決断しなきゃいけないんだよな。そしてそれは彼女達の運命を左右する事で――
「……ま、まだ時間もあるしさ! もっと色んなところ回ろう、世名君!」
「え……そ、そうだな!」
俺が考え込んでいるのを察してか、天城が明るく振る舞う。心配させちゃった……というか気を使わせちゃったか。
最近、こうやって深く考える事が多くなったな……いや、深く考えなきゃいけないんだけど……今日は天城を楽しませる事だけを考えよう!
「よし……それじゃあ、行こうか! まだまだ色々見て回ろう!」
「うん!」
天城に気を使わせてはいけないと、考えを一旦止めて明るく彼女と接する。それを見て安心したのか、天城も明るく微笑む。
今日はまだまだこれからだ……天城に満足してもらわないと!
◆◆◆
「ふぅ……結構見て回ったな」
「だね……ちょっと疲れちゃった」
施設内を思う存分見て回り、疲労が襲ってきた所で、フードコートで軽く休憩をとる事にした。
「もう4時か……」
「何かあっという間だったね……楽しすぎて時間を忘れちゃってたよ」
「楽しんでくれたならなによりだ」
「すっごく楽しかったよ! やっぱり、私は世名君と居る時が一番幸せだな……胸がドキドキして、幸せな気持ちになる」
テーブルの下で指を絡ませて動かしながら、口元を緩める。
「今日はとても幸せだったよ。ずっと手を繋いで、色んな所に行って、こんな素敵なプレゼントを貰って……私はこの一日を絶対忘れない――」
天城はそうそっと目を閉じ、胸へ手を当てる。
満足してくれたみたいだな……これで一応目標達成かな? これで一安心――
「……あれ?」
そう安堵した矢先、天城が先刻までと打って変わった緊迫した声を出す。一体何が?
天城は胸元に当てた手を軽く動かす。すると彼女の顔色が一気に曇りだし、視線を慌てて下ろす。
「……無い」
その暗く、絶望した不安な声と顔が、俺の目と耳に届いた。
当たり前の幸せを欲した天城さんの考えた、何て事の無い普通のデート。とはいえ、甘いのは変わんないよね。
そんな幸せな展開でしたが、ラストにトラブル?
次回、波乱の後半戦です。