「…………」
流れる静寂。教室内では誰一人言葉を発せず、直向きに机に向き合っている。聞こえるのは時計の短針の音と、文字を書くシャーペンの音のみ。
そんな静寂の中――高らかと鐘が鳴る。
◆◆◆
――放課後
「はぁぁぁ……」
「……随分と盛大な溜め息だな、友希」
「ははっ、どうせ手応えなかったんだろ? ざまぁみろってんだ」
「そういうお前は手応えあったのか?」
「ははっ……はぁ……」
「ど、どんまい……」
帰り道を久しぶりに裕吾、翼、孝司、俺の四人で歩きながら会話を軽く交える。
内容はもちろん、今日ようやく終わったテストの事だ。
「まあ、友希君は状況が状況だったし、仕方無いんじゃないかな?」
「それもそうだな。確か今週末だろ?」
「俺幸せで大変だからーってか? この贅沢野郎が! 赤点取って補習で夏休み潰れろ!」
「うるせぇなぁ……それに、残念ながら赤点はねーよ。少なくともそれは回避出来た……はず」
一応解答欄は大体埋めたし……当たれば赤点は逃れる事が出来る。……そう信じるしかない。
ともかく……これで今週末の事に集中出来る。
そう、今週の日曜日は――陽菜と約束したデートの日だ。
その後も四人で適当にテストの答え合わせだったりと、色々と話をしながら帰路を進み、しばらくしてみんなと別れ、自宅へと到着した。
「たっだいま……うっ!?」
扉を開けた瞬間、家の中から突然異臭が流れ込み、鼻を激しく刺激する。何だこれ、焦げ臭! リビングからか?
一体家の中で何が起こっているのか。トラブルがあったのかと不安になりながら、慌てて靴を脱ぎリビングへ駆け出す。
「何があった……ゲホッ! ゲホッ!」
リビングへ続く扉を開くと、異臭に続き煙が襲い掛かってくる。というか、何か暑い……まさか火事!?
火元はどこだとリビング中を見回す。その時、陽菜の焦ったような声がキッチンの方から聞こえてくる。
「陽菜!?」
まさか火事に巻き込まれて!? 慌ててキッチンに入り込む。そこに広がっていた光景は火が燃え盛る――フライパンを持った慌てふためく陽菜の姿が。……どゆこと?
「とととと、友くん! 火! 火ぃ!」
「おおおお、落ち着け! 消火器持ってくるから大人しくしてろ!」
状況が把握し切れていないが、危険で大変な状況なのは瞬時に理解出来た。慌てふためく陽菜を何とか落ち着かせ、すぐさま消火器を取り出し、火が立ち上がるフライパンにぶちまく。程無く、火は消える。
「よ、よかったぁ……焼け死ぬかと思ったぁ……」
陽菜が腰を抜かしたようにヘナヘナとへたり込む。全く……そうしたいのはこっちだっつーの……大体何がどうなってこんな事態に……
消火器をゴトンと置き、先程まで燃え上がっていたフライパンへ目を向ける。フライパンの中央には何やら真っ黒に焦げた何かがあった。何これ……炭?
「おい……どうしてこんな事に?」
「えっと……今日で友くんのテストが終わるから、ご褒美に何か作ってあげようと冷凍庫にあった鮭を焼いてたら……」
こうなったと……焼き魚作ろうとしてあんなフランベしたみたいに燃え上がるもんか? 普通。下手したら大惨事じゃねーか。
「つーか、お前料理大の苦手だろ? 何でそんな勇猛果敢な行為に出た?」
「だってぇ! せっかく友くん頑張ったんだし、私なりに考えて……それに料理だって練習したし行けると思って!」
「でも結果はこれだな」
「……返す言葉もございません……今後キッチンに不用意に近付きません」
そう力無く呟くと、シュンとしょぼくれ、肩をすくめる。まあ、自覚してるなら何も言わないが。……また果敢にチャレンジしないよう注意しとかないとな。
「ごめんね友くん……友くんの為にしたのにこんなになっちゃって……」
「別にいいよ。そんなの望んで無いし」
「うん……その代わり! 今度のデートでは友くんを目一杯楽しませるから!」
今ぼや騒ぎを起こした人から聞くと不安しか無いなぁ……本当に大丈夫かなぁ?
◆◆◆
――7月5日
いつの間にやら月も変わって、今月初の日曜日。今日はとうとう陽菜とのデート日だ。今回の事で、他の四人同様少しはあいつの事を知れるといいのだが……
今回はいつぞやのゴールデンウィークの時のように駅前で待ち合わせ――とかでは無く、普通に我が家から二人で外へ繰り出す予定。
――なのだが。
「…………遅い」
俺はさっさと準備を済ませ玄関先で陽菜を待っているのだが、いくら待ってもやって来ない。
準備にどんだけ時間掛けてんだか……10時に出発の予定だったのに、もう20分近く待っているぞ? 女性の準備には時間が掛かるとは聞くが、これほどか? というか遅れるなら教えてくれてもよくない?
どれぐらい遅れるか確認してこようかと、彼女の部屋へ向かおうとした矢先、上の階からドタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。ようやく来たか……
「ごめーん! 遅くなっちゃった!」
階段から忙しない様子でこちらへと陽菜がやって来る。全く……一体何に時間掛けてたんだか。
「待たせてごめん! ……怒ってる?」
「別に。でも同じ場所に居るんだし、伝達ぐらいしてほしいな」
「うっ……だって服選ぶのに集中してたから……」
そう反論しながらも、陽菜は申し訳無さそうに俯く。……まあ反省してるみたいだし、あまりキツく言うのは止めてやろう。でも、服選ぶのにそんな時間使うか? 俺数分で決めたけど。
そんな考えの流れで、自然と彼女の服装をざっと見てみる。夏らしい白いノースリーブのシャツに、黒のミニスカートに黒いストッキングでいわゆる絶対領域が出来ている。……こうして見るとスタイルいいな……出てるとこ出てて、締まるところは締まってる。
「どうしたの?」
「え!? いやなんでも! まあ……似合ってるんじゃ無いか?」
「本当!? そっか……なら悩んで良かったかな……」
フフッ、と嬉しそうに笑う彼女を見て、思わずドキッとしてしまう。何だか……不思議な気分だな。昔は全然こんな感じじゃ無かったし……今日のデートも他と同じように大変そうだ。
「じゃあ……そろそろ行くか。どっか行きたいとことかあんのか?」
「んっとねぇ……町を見て回りたいかな!」
「町を?」
「うん! 私が引っ越してから時間が経ってるし、色々変わってるよね? それに、友くんと色々思い出の場所とか回りたいな!」
「思い出の場所か……いいかもな」
「でしょ! それじゃあ……」
陽菜が突然俺の方へ広げた右手を出して、ニマニマと笑う。
「手、握ろう!」
「な、なんでだよ?」
「いーじゃん! 私が握りたいの! それとも、友くんは嫌ぁ?」
うっ、だからそんな目で見ないでくれよ……断るに断れん。……まあ、断る理由も無いが。
「はぁ……ほら」
適当に左手を出すと、陽菜はそれを嬉しそうにギュッと握る。これだけでこんな幸せそうな顔するとは……何だかむず痒い気持ちになるな。
「よぉーし! 思い出巡りのデート、しゅっぱーつ!」
元気が良い事……こりゃ一筋縄では行かないな。
何はともあれ、こうして俺と陽菜のデートが始まった。
◆◆◆
家を出てすぐ、俺達はある場所を目指して歩いていた。
今回は思い出巡りという事になった訳だから、幼い頃に二人の思い出がある場所を巡る事になる。そして俺達にとって一番の思い出がある場所といえば――あそこしかない。
「この道……覚えてるよ。毎日友くんと裕吾と私の三人で歩いてたよね!」
「そうだな……もう何年も前の事になるなんて……思えないな」
「うん。私もつい最近の事みたいに思うよ……あ、見えてきたよ!」
目の前にある建物を目視するや否や、陽菜が俺の手を引っ張り駆け出す。いきなり走るなよ!
そしてその建物の近くへ着くと、陽菜は黙ってその建物を見上げる。
「うわぁ……変わって無いねー!」
「俺も久しぶりに来たけど……本当に変わって無いな」
まあまだ五年ちょいだし、当然か。
ここは市立白場第一小学校。俺達が通っていた小学校だ。見た目も大きさも至ってシンプルな普通の小学校。ここで俺と陽菜、裕吾は六年――いや、陽菜は途中で引っ越したから五年か。その間を、ここで過ごした。
「懐かしいなぁ……こうやって来てみると、あの時の思い出が蘇ってくるよ」
「そうだな……でもこれといって目立ったイベントも無かったな俺は」
「そう? 私はいっぱいあったけどなぁ」
「例えば?」
「例えば……友くんが給食のプリンをゲットする為に血眼でジャンケンしてた事とか、友くんが掃除の時間に雑巾掛けで滑って転んで大事になった事とか、友くんがよく保健室にお世話になってた事とか――」
何でそんな事思い出す!? というか見事に俺関連ばっか! というか俺そんなわんぱくな小学生でしたっけ? 全然覚えとらん……
「でも、やっぱり一番記憶に残ってるのは……友くんがイジメっ子から助けてくれた事かな?」
「イジメっ子……?」
あれ、それって海子の事じゃ……って、そういえばそうだったな。俺がイジメっ子に刃向かった事の発端はこいつがイジメられた事だったな。
陽菜は小学生の頃から明るく、友人も多いクラスの人気者的存在だった。それが当時のイジメっ子グループのリーダーが気に入らなかったらしく、陽菜をターゲットにしたらしい。
陽菜は大丈夫と笑っていたが、辛くない訳が無い。だから俺は彼女を救う為にイジメっ子グループに刃向かった。
「あの時、本当は辛かったんだよね。友達は心配してくれたけど、結局は見てただけだし。でも、友くんは動いてくれた。私の為に、体を張ってくれた。それがすっごく嬉しかった!」
「そ、そうか……」
「だから、改めてお礼言わせて。――ありがとうね、友くん」
「な、お、おう……」
陽菜の今までの活気溢れる様子と違った落ち着いた淑やかな雰囲気に、少し返事に戸惑ってしまい口ごもる。幼なじみって事であまり意識してなかったが、こいつ美人だよな……こんな奴に告白されるなんて、俺凄いな。
「さて、そろそろ次の場所行こっか!」
「え、もう良いのか?」
「うん! まだまだ回りたいところはあるんだし、時間掛けてらんないよ! 行こ行こ!」
「わっ! だから引っ張るな!」
さっきの淑やかさはどこへ行ったのやら、再び活気良く俺の腕を引っ張る。でも、こっちの方が接しやすいし、良いか。
思い出の学校を離れしばらく歩くと、第二の目的地に到着する。
そこは学校から歩いて数十分程の場所にある、小さな公園。ブランコ、ジャングルジムに砂場といかにも公園らしい物が沢山ある。
「うわっ! 懐かしー! 昔は放課後によく遊んだよね!」
「そうだったな……相変わらず人居ないなぁ」
ここは住宅街の中にあるのだが、この公園は昔から人が全然居ない。現に今も人っ子一人居ない寂しい風景が広がってる。
「本当だね。ね、せっかくだから少し遊んでかない?」
「は? 高校生にもなって公園で二人遊ぶのは……」
「いーじゃん! こんなに晴れてるんだし、少し運動しようよ!」
「はぁ……少しだけだぞ?」
「うん! それじゃまずはブランコから!」
「はいはい」
まるで小学生に戻ったかのようになはしゃぎっぷりで遊具に駆け足で向かう。全く……少しは大人しくしては欲しいな……まあ、あれが陽菜の魅力か。
それから陽菜が満足するまで公園の遊具で遊び、正午過ぎまで二人で童心に帰ったように楽しんだ。
◆◆◆
公園を後にしてからも思い出の場所巡りは続いた。
よく昔家族ぐるみで行ったファミレスで昼食を食べ、よく休日に遊びに行った商店街を歩いたりと、充実した時間を過ごした。
そんな思い出巡りも終盤に入り、そろそろ日が傾き始めた時、不意に陽菜がある場所に立ち寄りたいと言い出してきた。
そこはかつて陽菜の家があったすぐ近くの路地裏にある高台。そこで思い出の景色を見たいらしく、俺と陽菜は今回のデートの締め括りとして、その場所を目指した。
「ほら、こっちこっち! もうすぐで着くよ!」
「そんな慌てるなよ……」
何故か陽菜は急いでいるようだ。一体何があるっていうんだ? それより、俺はこっちの方に思い出の場所なんて無いが……
「あ、着いた着いた! 見てよ友くん!」
「一体何だよ……って、これは……」
狭い路地を進み、目的の場所に辿り着くと同時に視界へ入った光景を見て、思わずその場に立ち尽くしてしまう。
高台の先に広がるのは広大な町の風景に、真っ赤な夕日。突然広がった美しいその景色に、俺は言葉が見つからずにただその景色を見渡した。
「この景色を友くんと見たかったんだ。よかったぁ……日が沈んでなくて」
「だから急いでたのか……でも、俺こんな場所しらないぞ?」
「当然だよ。ここは私の秘密の場所だもん」
「秘密の場所?」
「何か悲しい事とかあったら、よくここに来てたの。ここからの景色を見たら、何だか色々どうでもよくなっちゃうんだ!」
確かに……こんだけ綺麗で広大な景色を見たら、悩みなんて忘れちゃうかもしれないな……
「でも、お前も悩みなんてあったんだな?」
「そんなのあるに決まってるよ! 私だってお気楽人間じゃ無いんだから!」
「じゃあ、どんな悩みだよ?」
「色々あるけど……一番は恋愛……かな?」
少し物悲しい顔をすると、首を小さく傾げてそう口にする。恋愛って……陽菜が好きだったのって……
「だって昔はいくら私がアピールしても友くんぜーんぜん答えてくれないんだもーん!」
「そ、それは……昔は恋愛とか、そういうのよく分かんなくて……」
それに正直そんな本気だとは思わなかったし……幼なじみのおふざけ程度だと思ってたし……結局ガチなやつだったらしいけど。
そう昔のいい加減な対応に申し訳無い気持ちになると同時に、ある疑問が浮かぶ。
どうして彼女は俺の事が好きなのか――という当たり前の疑問が。
好きだといっても、理由を聞いてない。聞くのは気恥ずかしいが、聞かなきゃならない。どうして、そんな思いを抱いてくれたのか。それに答えるには、それを知る必要がある。
「……なあ、陽菜」
「なに?」
「陽菜はさ……どうして俺の事を好きになったんだ?」
「え? そんなの昔から一緒に居たら――」
「言っとくけど、俺は真剣に聞いてる。だから……」
自分の真剣な思いを込め、彼女の夕日に照らされた瞳を見つめる。陽菜も俺の思いを感じ取ったのか、うっすらと笑みを浮かべる。
「分かった、真剣に答えるよ。でも、やっぱり答えは変わらないよ。ずっと一緒に居たから……だよ」
「それって……?」
「友くん自身は気付いて無いかもだけど、友くんってすっっっっっっごい! カッコいいんだよ?」
「なっ!? お前何言って……!?」
「私は大真面目だよ。友くんは凄くカッコよくて、優しくて、他人思いで、ちょっと欠点もあるけど、私の側でいつも笑ってくれてた。そんなの……好きになるなって方が難しいよ」
な、何を言って……だが、彼女の表情は真剣そのものだ。それが理由……なのか? まあ、理由としては有り得るだろうが……そう言われると何だか何とも言い難い気持ちになるな。
でも、陽菜もそれだけ俺の事を真剣に思ってくれてるって事だ。他の四人と同じく、俺を好きでいてくれてる。
「……じゃあ、やっぱり俺とそのぉ……付き合ったりとかも……?」
「もちろん! 今すぐでも友くんの彼女になりたいよ!」
だよな……好きだと思ってくれてるなら当然だ。でも、だとしたらもう一つ聞きたい事がある。
「……あのさ、もしも俺があの四人の内の誰かと付き合う事になったら……どうするんだ?」
そう、俺は今簡単に彼女の思いには答えられない状況だ。もしどれだけ真剣に向き合ったとしても、もしかしたら彼女の思いを受け入れず、他の誰かと付き合う事になるかもしれない。
もちろんこれでもかって程悩んで、ちゃんと答えを出すし、彼女達もしっかり先へ進めるよう努力はする。でも、もしそうなったとしたら――今の陽菜はどうするんだ?
他の四人は絶対に渡さないって考えで、正直過剰な行動に出るか分からない。もし、陽菜にもそんな気持ちがあったら――そう一抹の不安を感じる。
でも、陽菜の出した答えは予想外の答えだった。
「別に……どうもしないよ?」
「え……?」
「だってぇ、友くんは真剣に考えて、答えを出すんでしょ? なら、私の言う事は無いよ」
「で、でも俺が他の女性と付き合って、お前の思いを裏切るんだぞ? いいのか?」
「もちろん良くは無いけど……でも、友くんはその人と一緒になりたいって思って付き合うんでしょ? それで幸せならどうも言わない。友くんが幸せなら、私は十分満足だから!」
邪気の無い無垢な、健やかな笑顔を見せる。
つまり……陽菜は俺が誰と付き合おうと何も言わないって事……なのか?
予想外の言葉に少々戸惑う。決して望んでない返答では無い。むしろ理想的な返答だ。だが、少し意外だった。
他の四人とは違い、彼女は俺の幸せを願ってくれてる、喜んでくれてる。彼女はどんな結果になろうと、それで満足するというのか?
「あ、でも言っとくけど、私は友くんの彼女を諦めてる訳じゃ無いからね! これでもかってぐらい友くんにアピールして、私の事を好きになってくれるように、精一杯頑張るんだから! その為に、四人とは正々堂々ぶつかるから! 私だって、友くんの事好きだもん!」
こいつは……他の四人とはまた違うタイプだ。
決して闘争心が無い訳じゃ無いけど、彼女達といがみ合う気は無い。単純に、俺を好きでいてくれてるだけなんだ。だから俺が幸せになってくれればそれで良い。それで自分も幸せになれれば、最高――そんな考えなんだ。
これは……みんなと違った意味で扱い辛いな。いがみ合う事が無いから安全だが……でも、これは彼女にとっても不利なんじゃ?
今の彼女の言葉、言い方を変えれば「私以外の子と付き合ってもいいよ」って事だ。そんなの彼女にとってメリットは――
「大丈夫だよ」
「え……?」
「友くんは、しっかり私の事を見てくれる。みんなと同様、真剣に私と向き合ってくれる……そういう人だもん! 友くんって」
……参ったな……人の考えはお見通しってか?
その通りだ。彼女の考えがどうであれ、俺は全員と真剣に向き合うって決めたんだ。だから、彼女も差別せずにちゃんと見る。
「……ああ、約束するよ。俺はしっかりお前の事を知った上で、俺の決めた答えを告げるって」
「……うん、いつまでも待ってるよ。その答えがイエスでも、ノーでも」
にっこりと笑った彼女の笑顔はとても美しく、俺の目に焼き付いた。彼女は幼なじみとか、そんなんじゃ無い。みんなと同じ、俺の事を好きでいてくれてる一人の女の子だ。
さてと……これからが大変だな。四人に加え陽菜……これからみんなの事を見ていかないと……じゃじゃ馬だらけで大変だな。でも、陽菜は争う気は無いから、少し気楽に――
「ねぇ友くん。こっち向いて」
「ん? いきなりなんだよ」
「いいから。そのままジッとしてて」
彼女に言われるまま、その場にジッと立ち、彼女を見つめる。すると陽菜は少しずつこちらに近寄ってくる。
そして俺の目の前で立ち止まり、右手で俺の前髪を掻き上げて、少し背伸びをすると――
「んっ……」
自分の唇を、俺の額に優しく押し当てた。
「なっ……!?」
突然の彼女の行動に訳が分からず変な声が出ると同時に、全身が熱くなる。い、いきなり何を!? 何か言いたいが、恥ずかしさやら驚きやらで上手く声が出ない。
そんなテンパる俺に対し、陽菜はスッと唇を離すと、少し赤らめた頬を緩ませる。
「これは私が友くんを好きだって証。だから友くんも――」
そこで言葉を切ると、陽菜は照れ臭そうに自分の唇に人差し指と中指を重ねる。
「私の事好きになったら……してね?」
「…………」
やっぱり……こいつが一番のじゃじゃ馬かもしれないな……
こうして、俺と陽菜のデートは幕を閉じた。これからどうなるかは……もう誰にも分からない。
◆◆◆
――世名家
「失礼しまーす……」
友くんとのデートから帰った日の夜。私は枕を持参して、こっそりと友くんの部屋へと入り込む。
「友くんは……もう寝ちゃってるか」
ひっそりとベッドに近付くと、友くんの寝顔が見える。今日はいっぱい歩いたもんなぁ……友くんも疲れるよね。友くん体力ある方じゃ無いし。
「起こさないように……っと」
枕を友くんの枕の隣に置き、彼の目を覚まさせないように布団へ潜り込み、横になる。まあ、友くんは一度寝たら余程の事が無いと起きないから大丈夫だよね。
私の考え通り、友くんは私が横に添い寝した状態になっても、ピクリとも動かない。
「ふふっ……友くんの寝顔可愛いなぁ……」
いつもの彼とは違った可愛らしい表情に自然と笑いが漏れ、つい人差し指で頬をつつく。とても柔らかく弾力のある頬に指先が弾かれる。この感触が私は好きで、昔もよく昼寝をしてた友くんの頬をこっそりつついたりしたなぁ……
「友くんは基本自分の部屋に居ろって言ったけど……今日ぐらい良いよね?」
せっかく友くんとデートをした記念日なんだ、もう少し隣に居たい。ぐっすりと眠る彼に身を寄せ、ピッタリと密着する。
彼の息遣い、鼓動の動き、体温、あらゆるものが私に伝わって来て、とても幸せな気分になる。
「今日のデート……楽しかったなぁ……まさか出来るなんて思わなかったよ」
とはいえ……実は期待してなくも無かったんだよね。
正直こっちに戻ったら友くんと二人で幸せな日々を過ごせるんじゃないか……付き合ったり出来るんじゃないか、そう思っていた。でも、実際友くんはあの四人相手に大変で、私と付き合う余裕なんて無かった。それは少し残念だった。
でも、友くんは私の事を見てくれている。それがとても嬉しい。なら、私がする事は一つ。彼に好きになってもらうように、思いを伝え続けるだけだ。それで結果がどうなろうと、後悔はしないし、恨んだりもしない。でも――
「今ぐらいは……目一杯甘えていいよね?」
今ある幸せを噛み締めるように彼の身を抱き締め、私は夢の世界へ向かった。
「おやすみ、友くん……」
前半は明るく楽しい感じだったけど、後半は思いっきり甘い展開に。
陽菜は他ヒロインといがみ合う気は無く、単純に友希の幸せを祈る良い子です。そんな彼女のプロフィールを後々登場人物一覧に乗せるので是非ご覧あれ。
登場からここまで続いた陽菜のターンも一旦お休み。
次回は待ちに待った? あのヒロインのあのイベントが始動! お楽しみに!