「私の夢はお嫁さんになる事! 友くんのお嫁さん!」
「はぁ? いきなり何言ってるんだよ」
「だってさー、あんな幸せそうなオバサン達見てたら結婚したいって思うじゃん!」
「そうかぁ? だとしてなんで俺と何だよ」
「そんなの好きだからだよ! 友くんはどう?」
「はいはい。分かった分かった」
「もー、全然真面目に聞いてなーい! 見てろよー、いつか友くんがメロメロになるぐらいの美人になってやるんだから! 見ててよね――」
◆◆◆
「……夢か」
目を覚まし、朝日か差し込む窓をぼーっと見つめる。
あの時の夢見るなんて初めてだな……まあ、こんな時だからこそか。あの時は正直あいつが適当に言った事だと思ってたが……陽菜の奴は本気だった訳か……子供だったとはいえ、自分のいい加減な対応に嫌気が差すな。
でも、だからこそ今真剣に向き合うんだ。それが俺がするべき事だ。気が遠くなるぐらい大変な事だろうけど。
少し憂鬱になりながらもやるしかないと決意し、起き上がろうと寝返りを打つ。
「……ん?」
その瞬間、左肘に布団とは違う何かが当たる。何だ? こんなとこにクッションなんて置いた覚え無いけど。
その不思議な感触に疑問を持ち、起き上がり隣へ目を向ける。
「…………え?」
その俺が当たったものを見た瞬間、俺の思考が一瞬停止した。
「すー……すー……むにゃむにゃ……」
そこにはパジャマ姿で可愛らしい寝息をたてる陽菜が、俺の隣で寝ていた。
……え? どういう事? 何故こいつは俺の部屋で、俺のベッドで、俺の隣で寝てるの? こいつの部屋友香の部屋の隣だよね?
朝起きてすぐの予想外の状況に、訳が分からず混乱する。お、落ち着け……これはつまり……俺が寝た後にこいつが俺の部屋にやって来て、こうして隣で眠りについて、今に至る――って事か? つまり……夜這い?
……何してんのこの子! 何勝手に来てんの! 何勝手に寝てんの! そういう事は……あれだろ!
色々困惑する事はあるが、まずは本人から話を聞く!
「んっ……」
スヤスヤと気持ちよさそうに眠る陽菜を起こそうとした時、不意に彼女が寝返りを打つ。その瞬間彼女に掛かっていた布団が落ち、全身が露わになると、思わず手が止まる。
よく見てみると彼女の着ているパジャマは着崩れていて、胸元がほぼほぼ全開状態だ。というか……さっき肘に当たったのって……彼女の胸は男から見ると割と大きい方だ。クッションと思えるぐらいの弾力性はあるだろう。
……いやいや! あれは不可抗力だから! 俺悪くないよ! こいつがのうのうと無防備に俺の隣で寝てるのが悪い!
「……というか、よく寝てるな」
さっきからぐっすりと眠っていて、起きる気配が全然無い。というか……よくこんな安心しきった顔で寝れるな。一応俺も男の子だぞ? 何しでかすか分からんぞ? ……いやしないけど。
彼女の脳天気さというか、警戒心の無さに若干呆れていると、彼女が何か呟いているのが聞こえてくる。寝言か?
「んっ……駄目だよぉ友くぅん……そんな事しちゃぁ……」
「…………」
「うへへぇ……友くんのエッチィ……」
どんな夢見てるんだこの子。寝ながらニヤニヤ笑うんじゃないよ。こっちが気恥ずかしいわ!
これ以上は色々イカンと、肩を揺すって彼女を起こす。すると彼女は小さく吐息を漏らし、ゆっくりと目を開ける。目をしばしばとさせながら起き上がり、大きく体を伸ばす。
「ふぁぁ……友くんおはよー……」
「おはよー、じゃねーよ! お前なんで俺の部屋居んの!?」
「えっと……何でだろ?」
「知るか!」
駄目だ、寝ぼけてるなこいつ。無意識に来た……訳無いよな。
「んっと……あ、思い出した。お風呂から出たら友くん寝てたから、私もここで寝たんだ」
「だから何でここで寝てんの!? 自分の部屋あんだろ!」
「だってー、一緒に寝たかったんだもん。久しぶりに会ったんだし」
久しぶりに再会したからって一緒に寝るもんじゃ無いぞ普通! というか昔も一緒に寝たこと無いじゃん!
「それにしても……相変わらず友くんは一度寝たら全然起きないよねー。私が隣に入ってもスースー寝息たててたよ?」
「疲れてたし、仕方無いだろ……」
「昔から変わんないねー。何しても起きなかったし」
「何してもって……お前何したんだよ!?」
「安心してよ、変な事はしてないから。ほっぺたをつついたぐらいだから」
アハハ、と陽気に笑う。悪気は無いから許すが……もうちょっと節度ってのを弁えろよ。
「……もしかして……友くん怒ってる?」
「は? 怒っては無いけど……」
「ごめんね……友くんにとっては迷惑だったよね……」
「だ、話を聞け! 別に迷惑じゃ……」
「じゃあ、これからも一緒に寝ていい?」
「えっ!? いやそれは……」
「駄目ぇ……?」
うっ……そんな子犬みたいな目で見るなよ……断るに断れんだろうが! そういう目には俺弱いの!
しかし、恋人でも無いわけだし、そういうのは良くないだろうし、そもそもあの四人にも悪いというか何というか……
何と返そうか戸惑い、陽菜の顔を何となく見る。陽菜は瞳をうるうると潤ませながら、上目遣いでこちらを見てくる。余計断り辛い……
が、俺が返答を返す前に陽菜は俺から目を逸らす。ど、どうした?
「やっぱり……駄目だよね。ごめん、わがまま言って。友くんにはあの四人も居るし、私が一人良い思いするのもいけないよね!」
そう明るい声で言うが、陽菜はどこか寂しそうだ。たかがそれだけの事でそこまで落ち込むか? ……いや、今の陽菜にとってはたかがでは無いのかもな。……このまま落ち込まれるのもあれだ。四人には悪いけど――
「……分かったよ、好きにしろ」
「え?」
「勝手にすればいいって言ってんの。お前が変な事しないのは分かってるし、それで落ち込まれると俺が悪いみたいだろ」
「じゃあ、いいの?」
「ただし! 他の四人の事もあるし、やましい事だったりは無し! 後基本は自分の部屋で寝ろよ!」
「うん! ありがとう、友くん! だーい好き!」
そうとびっきり明るい笑顔を浮かべると、俺に向かい飛びついて来る。
「おわっ!? いきなり抱き付くな……!」
少し甘すぎるか? でも何だか断れなかったというか……不思議な魔力があるなこいつ。他の四人には……いや、考えるのは止めよう。なんか怖い。
「友くぅーん……」
「って、いい加減離れろ! スリスリすんな!」
◆◆◆
――昼休み 屋上
朝の騒ぎの後、いつも通りに学校へ向かい、午前の授業を終えた俺を待っていたのは――四人との話し合いだ。
「つまり……世名君はあの桜井さんも、私と平等に扱うつもりなんだね?」
「そ、そういう事だ。四人にとっては気に食わないだろうし、納得出来ないところもあると思う。でも、あいつを放っておくとかは出来ない、したくない!」
「…………」
「家に住むのは……不愉快かもしれないけど、そこは――」
「分かってるよ」
「へ……?」
分かってる? というかさっきから気になってが、四人の雰囲気が思ってたよりピリついてないな。もっと感情的に責められると思ってたが……
「桜井さんの件は世名君に任せる事にするわ」
「任せるって……じゃあ?」
「ああ。彼女も私達と同じ、友希を好く者だ。なら、私達と同じ立場に立つ権利もあるだろう」
「居候についても、諸手を挙げて賛成って訳じゃ無いですけど、認めてあげます」
「みんな……いいのか?」
「ええ。これは私達で話し合った結果よ。昨日は激情してあのような始末になってしまったけどね」
こ、これは予想外だ……てっきりとことん討論になると思ってたが、まさかすんなり陽菜の事を許してくれるとは……というか、この四人が話し合ったのか……何というか、感動するものがあるなぁ……彼女達も変わった――
「――ただ」
「彼女が加わったというだけで、他は何も変わらん」
「私達……というか私は先輩を諦めたつもりはありませんから。あの途中参戦の奴なんかに渡すつもりありませんから」
「それと、もし同棲してるからといって彼女が友希君に手を出したら……やる事やるからね?」
……根本は変わって無いか。とにかくまあ、これで陽菜関連の事は一段落か……これで少し安心出来る。
「その……ありがとうな、俺のわがままで」
「構わない。友希がそういう真面目過ぎるのは知ってる」
「どうせそう言うだろうと思ってたわよ」
「ま、誰が加わろうと先輩の恋人は私ですけど」
「……ともかく、彼女もライバル。そう伝えておいて」
ライバルか……陽菜はそこら辺どう思ってんだか。何はともあれ、これで陽菜にも目を向けてやらなきならん。四人でも手一杯だったのに……大丈夫か俺?
「……ところで世名君」
「ん?」
「今日と昨日……何もなかった……よね?」
「…………」
天城達の問い詰めるような寒気を感じさせる雰囲気に、思わず黙り込む。本当に……大丈夫かなぁ?
◆◆◆
――放課後
「ただいまぁ……」
不安だった彼女達への説得も案外簡単に終わり、俺は安心しきって完全に気が抜けた状態で帰宅した。昨日の時点ではどうなる事やらと思ってたが……気負い過ぎたな。
というか……誰も居ないのか? 母さんと父さんは仕事で、友香は……ああ、図書館でテスト勉強するとか言ってたな。陽菜は……寝てんのか?
「というか……俺も勉強しないとな……」
すっかり忘れてたが、来週はテストだ。でも、陽菜の事は一段落したし何とか集中出来るか。それで良い点取れるかは別だが。
とりあえず喉が渇いたのでリビングに直行。
冷蔵庫から適当に飲み物を取り出してコップに注ぎ、一気に飲み干す。はぁ……生き返る。
もう一杯飲もうとした時、突然廊下へ続く扉が開く。
「あ、友くん帰って来てたんだ。お帰りー」
「おう、ただい――ぶふっ!?」
陽菜が部屋に入って来るなり、俺は思わず口に運んでいたお茶を盛大に噴き出してしまう。理由は陽菜の格好だ。
彼女は全身びしょ濡れで、バスタオル一枚というとてつもなく過激な格好をしていたのだ。
「ちょっ!? お前なんだその格好!?」
「何って……お風呂入ってたから」
「それは分かる! でも何でその格好のままリビング来てんだ!」
「だって……オジサンも居ないし良いかなって」
「オジサンは居なくても俺が居るだろう!」
「別に私、友くんになら見られても恥ずかしく無いよ?」
キョトンとした顔で当たり前の顔で言ってくる彼女に、俺は思わず唖然としてしまう。
「お前な……いくら幼なじみだからって羞恥心ぐらい持てよ! 男にそんな格好見られるの嫌だろう!」
「そう? 私はそうでも無いけどなぁー。だって、好きな人になら見られても嫌じゃ無いもん。友くんになら、私恥ずかしがらずに何でも出来るよ?」
こ、こいつ……こんな性格だっ……たな、うん。昔から誰彼構わず仲が良かったり、フレンドリーな性格だったな。だからって、これはフレンドリー過ぎる!
陽菜は恥ずかしく無いとか言ってたが、俺は違う。薄いバスタオル一枚で体のラインはくっきり出てるし、谷間はもろ出てるし、髪も濡れてたりと、さっきから目のやりどころに困って視線が泳いでる。
「い、いいから着替えてこい! その……風邪引くだろ!」
「えー、でも今日暑いし……」
「いいから着替えて来なさい!」
「はーい……友くん、照れ屋さんなんだからぁ」
そうです、悪いですか! 年頃の青少年をからかうもんじゃありません!
クスクスとどこか楽しそうに笑いながら、陽菜はリビングから出て行く。全く……あいつは色んな意味で疲れる。体暑い……お茶飲も。
それから数分後、着替えを終えた陽菜がリビングに戻って来ると、俺はとりあえず今日彼女達と学校で話した事を伝えた。
「そっか……あの四人、許してくれたんだ。それじゃあ、私も友くんの正妻戦争に参加出来るんだね!」
「あ、ああ……そういう事に……」
「ライバルか……何か燃えてきた! 私も負けないもんね!」
話聞け……いや、もう言うまい。
「じゃあ、友くんはあの四人と同じように接してくれるんだよね?」
「一応平等にって事にはなってるしな」
「じゃあ、私ともしてくれるの?」
「何を?」
「デート。みんなとはしたって聞いたよ?」
「……誰に聞いた?」
「裕吾があの四人と同じ関係になるなら、知っといた方がいいって教えてくれた」
あいつ何余計な事してんの! いや、でも平等ってならその内する事になるだろうし、構わないか。
「……というか、いつ聞いたんだよ。昨日ろくにあいつと話して無いだろ」
「メールで教えてもらった」
「……あいつお前のメルアド知ってるの?」
「うん。引っ越してからも時々連絡取ってたし」
嘘ぉ!? 俺一度も連絡してないどころか引っ越し先も知らなかったレベルよ!? 何であいつとだけ交友関係維持してんの! 何この除け者扱い!
「あ! 勘違いしないでね! 別に友くんと連絡取りたくなかったとかそんなんじゃ無いよ!」
「……じゃあなんで?」
「それは……友くんとは出来る限り距離を離したかったんだ。……会えないのが辛くなっちゃうからさ。だから、高校生になって、親の助け無しでも大丈夫な年になって、この町に戻って来るまで我慢したの!」
「そうだったのか……でも裕吾とは連絡取ってたんだな」
「それは友くんの事とか聞けるし……あれ? もしかして嫉妬してくれてる?」
陽菜が嬉しそうにニヤニヤと頬を綻ばせ、目をキラキラと輝かせる。
「いや、単純に除け者扱いでムカついてる」
「えぇ!? ご、ごめんってばぁ! 悪気があった訳じゃ……」
「冗談だ。でも、なら何でこんな時期に来たんだ? 中途半端だろ」
「それは……本当は去年来ようと思ったんだけど、ちょっとゴタゴタしてて……今になっちゃったんだ」
「ふーん……そういや話変わるけど、学校はどうすんだ?
「うん。一応夏休みが終わってから行く事にはなってるよ?」
「そうなのか? じゃあ尚更何で今?」
「夏休みに入ってからって思ったんだけど……友くんに早く会いたくて来ちゃった!」
そんな理由で……はぁ、こいつの行動力には返す言葉が無いな。
「で、友くん私とデートはしてくれるの?」
「ん? ああ、みんなともしたんだし……まあ、今度な」
「本当!? やったぁ! デートかぁ……フフッ、楽しみだなぁ!」
ニコニコ笑いながら体を揺らす。
……ちょっと感覚鈍ってるが、幼なじみとデートか……複雑な気分だな。
「ねぇ? いつ行くの?」
「気が早いな……とりあえず、来週のテストが終わってからだ。それぐらいは待ってくれよ?」
「うん、分かった! じゃあ、デートを楽しくする為に勉強頑張ろぉー! 私も手伝うから!」
「……お前成績悪いだろ」
「うぐっ……! い、今は違う――」
「…………」
「……ごめんなさい、相変わらずのお馬鹿です」
「だろうな。とりあえず勉強中は大人しくしといてくれ」
「はーい……」
◆◆◆
「ふぅ……疲れたぁ……」
疲れきった体を伸ばし、ベッドへと倒れ込む。
夕食も食べ終えた後、しばらく自室でテスト勉強に集中し、ひたすら内容を頭に詰め込んだが、そろそろ疲れがピークだ。
時計へ目を向けると、時刻は既に11時を超えそうだった。随分集中したな……今日はもう寝るか。
そのままベッドに潜り込み眠りにつこうとした時、突然部屋の扉がノックされる。
「……どうぞ」
「失礼しまーす……」
扉を開き、中に入って来たのはパジャマ姿で、何故か枕を抱えていた。
「友くん、勉強終わったの?」
「終わったけど……何だ?」
「えっと……よかったら一緒に寝たいなぁーって……」
「お前……昨日の今日だろ……」
「だってぇ、今の私の部屋家具とかも無くてなんか寂しいんだもぉん」
そんなんでかよ……あの四人には言ったらまずそうだから言ってないが、あんまりこいつだけひいきするのは――
「駄目ぇ……?」
……だからそんな目で見ないでくれ! 断ったら俺が悪者みたいじゃん!
「……分かったよ! 好きにしろ!」
「友くん……! ありがとう!」
はぁ……俺はどこかこいつに甘いな……いや、基本誰にでもこんな目で見られたら断れない質か、俺。……何とかしないとな。
「それじゃあ……失礼しまぁーす!」
そう言うと俺の隣に飛び乗り、布団に潜り込む。……流石に緊張するな。まあ、こいつも変な事はしないだろう。
少し照れはあるが、電気を消して俺も布団に潜り込む。そして出来る限り端っこの方に行く。
「むふふっ……」
が、陽菜は俺の方へ近寄り、密着してくる。
「ちょっ、何でわざわざくっつく!」
「これぐらい良いでしょ? はぁー……友くんの背中暖かーい……」
「お前っ……!」
こんな奴が参加して……本当に大丈夫か? あの四人がいつか暴れ出すんじゃ……とにかく、今度のデートでこいつの事改めて知るのが一番――
「友くぅーん……ふにゃぁ……」
「……だよな?」
案外ヒロイン達とのお話はあっさり。
そして新ヒロインの方はめちゃくちゃオープンな子。ベタな展開だけどいいよね。
次回、そんな彼女とのデート回です。