「…………はぁ……」
昼休み開始のチャイムが鳴ると同時に、俺は机に頭を埋めた。
出張から帰って来た父から告げられた衝撃的情報から一夜明けた月曜日。俺は未だその事実に対し、どうすればいいのか頭を悩ませていた。
まさか……あいつが帰って来るとは……いや、別に帰って来る事自体は嫌な訳では無い。あいつとは昔から仲も良く、親友と呼べる人物だ。けど……
――きっとあの娘さん……お前に惚れてるんだと思うんだわ!
もし本当にそうだとしたならば……色々マズイ。もしも幼なじみの彼女の存在をあの四人が知ったとすれば……恐らく四人はあいつを敵対関係と認識するだろう。そしてさらに、マジであいつが俺にそういった思いを向けているのだとしたら……現在進行中の修羅場に第五勢力として参加する事になるであろう。そんな事になれば、俺の精神はもう保たないだろう。
……いや、そもそも本当にあいつは俺にそんな思いを向けているのか? あの時の言葉だって小学生の頃だ。その年頃の女子といえば幼なじみのお嫁さんになるとか言っちゃうだろう……多分。そもそも向こうに引っ越してしばらく連絡もしてなかったんだし、俺の事なんて忘れて……
――こっちに来る理由は何と! お前に会いたいんだとさ!
無いわなそれは……もう! 一体何がどうなってんの! 幼なじみが戻って来るだけでも衝撃なのに、俺に会いたい? もう色々混乱だわ! あいつが帰って来たとしてどんな顔で会えばいいの! そして俺はこれをあの四人にどう伝えればいいの!
「はぁ……もうどうすればいいんだよぉ……」
やるせない気持ちを机に頭をゴツンとぶつけて紛らわす。いつ帰って来るかとかは色々あって聞きそびれたが……その前に何とかしないと……しばらくはそれだけに集中だ!
「……何してるんだ?」
頭を机にぶつけ続けていると、その様子が気になったのか海子がこちらへ寄って来る。彼女の様子を見てみると、表情はとても心配そうにして、どこかおどおどしている。そりゃこんな人見たら心配になるわね。
「いや……ちょっと考え事してただけだから」
「もしかして……悩み事か? 私でよければ相談に乗るが?」
「あぁ……いや、大丈夫」
俺の事を好きかもしれない幼なじみが来る事をあなた達にどう説明するか悩んでる――なんて言えませんから。言ったら色々終わる。
「そうか? なら良いが……そんな様子で来週大丈夫か?」
「来週……? なんかあったっけ?」
「お前……来週は期末テストだろう」
期末テスト――その言葉を聞いた瞬間、俺は再び頭を机に思いっ切り打ち付けた。
――忘れてたぁ……そうだよ来週テストじゃん! これだけに集中してる場合じゃ無いじゃん! というか昨日出雲ちゃんと話してたじゃん! 完全に昨日のゴダゴダの件で忘れたぁ!
「そのぉ……なんだ。お前はお世辞にも……頭が良いとは言えないから少し心配でな」
そうですね。私はそんなに勉強出来る人じゃ無いですもんね。前日に一夜漬けして、付け焼き刃で挑むタイプの人間ですからね。でも、正直に言われるとちょっと傷付きます。
「今回のテストは範囲が広いらしいし、赤点を取れば夏休みの四分の一は補習らしいからな……」
四分の一!? それ結構多くね!? マジかよ……赤点は普通に嫌だし、補習で時間が潰れるとなると……俺の夏休みが無くなりかねない! だって恐らく夏休みは彼女達と付き合うのがほとんどだろうし、プライベートタイムが無くなる!
くっそぉ……何でこのタイミングなんだよ……ただでさえ幼なじみの件で忙しいのにぃ! 今日から勉強しとくか? いやでもこんなんじゃ集中出来ないだろうし……
「……よく分からないが、大変そうだな」
「そうですね……俺今回のテストヤバイかも……」
「……その……なんだ!」
突然海子が声のトーンを上げる。どうしたのだろうと顔を上げてみると、何故か彼女は顔を赤くして照れ臭そうに人差し指をツンツンしている。何この可愛い生物。
「お前がよければだが……放課後、勉強に付き合ってやらなくもないぞ?」
「……へ?」
「だから! 私がお前に勉強を教えてやると言ってるんだ!」
照れ臭そうな表情から一変、どこかヤケクソな感じでそう言い放つ。
えっと……俺の勉強に付き合ってくれるって事で良いんだよな? いきなりだな……だが、正直助かるな。
海子は学年でも一、二を争うぐらい成績が良い。委員長なんてやってるんだから、それぐらいは当然といえば当然だろうが。そんな海子が勉強に協力してくれるなら少しは効率が上がるかもしれない。
いやでも、それってどっちかの家で海子と二人っ切りになる訳だな……それを知ったらあの三人がどう言う事やら……いや、今はそんな事言っている場合では無い! 今回はマジでヤバイ! この施しを逃す手は無い!
「それじゃあ……お願いしようかなぁ?」
「そ、そうか! しょ、しょうがない奴だなぁ! 協力してやるとしよう!」
どこか上から目線感がある物言いだが、顔はとても嬉しそうににやけている。嬉しいなら正直に言えばいいのに。言われても困るけど。
「それじゃあ、場所だが――」
「その話待ったぁ!」
突如、教室の扉が勢い良く開かれ、そこから二人の人物がこちらへ向かい迫って来る。俺は最初、あの三人の内の誰かが来たのかとそう思った。
だが、やって来たのは予想外の人物だった。
「こ、孝司に翼?」
そこに居たのは別クラスの友人の孝司と翼だった。一体何の用だ? こいつが止める理由あるのか?
「その勉強会、俺も参加させてくれ!」
「……はい?」
勉強会って……俺と海子のか? 何でこいつが。
「雨里って頭良いんだよな!? なら俺にも勉強教えてくれ!」
「な、何故私がお前の勉強を見てやらなければ……」
「そうだぞ。お前に何の権利があって……」
「理由は簡単! 助けてほしいからだよ!」
何だその理由……頭でも打ったか?
「お前だって知ってんだろ、俺が成績悪いって! お前の三倍は馬鹿だからな!」
「まあ、そうだな」
「肯定すんなよ! ともかく、今回のテストマジでヤバイの! だから、是非に雨里に協力してほしいんだ! 俺に知恵を分けてくれ!」
「理由は分かったが……何故私なんだ?」
「他に当てが無いからだよ! 裕吾は教えてくれねーし、翼は教えられるけど範囲は限られてるし、友希は馬鹿だし!」
馬鹿に馬鹿言われたくないわ馬鹿。俺はお前の三倍頭良いんだぞ?
「で、他に頭良い知り合いも居ないし、雨里なら協力してくれるかと思ったんだよ! 頼むよ! 友希の友人を助けると思って!」
「うっ……」
何かと思えば情け無いな……まあ、気持ちは分からなくも無いし、俺としては別に構わないんだけど。
「……で、翼は?」
「僕は付き添い。一人じゃ多分断られるだろうって」
とことん情け無いな……とはいえ、あそこまで切羽詰まった友人を追い返すのは少々どうかと思うな……それに海子には悪いが、加わってくれた方が助かる。正直二人切りだと緊張して内容が入ってこなさそうだし。
「……海子、俺からも頼むよ。友人の為だし」
「と、友希まで……!? ぐうぅ……」
「頼む! 一生のお願いだ! 助けてくだせぇ!」
「しょ、しょうがないな……協力して、やる……」
散々悩んだ末、渋々承諾する。さっきとセリフ大して変わんないのに表情が全然違う。目が死んでる。悪いな、海子……この馬鹿は最悪放っておいていいから。
「よし! それじゃあ放課後に友希の家な!」
「お前が決めんなよ。というか何で俺の家?」
「そりゃ雨里は俺達の家に上がるのも上がられるのも嫌だろ。それにお前の家なら妹ちゃんも居るだろ。あの子成績良いんだろ?」
「お前……年下に教わる気かよ……」
「うるせぇ! 今の俺はそんだけ切羽詰まってんの!」
全く……やっぱり拒否しとけば良かったか? でももう決まったし、仕方無いか。
チラッと海子の方を見てみるが、どんよりとした表情で何やらブツブツと呟いていて、何だか話し掛け辛い状況だったのでそっとしておいた。……後で謝っとくか。
ともかく、こうしてテスト直前対策勉強会が我が家で開かれる事になった。
◆◆◆
――放課後 世名家
学校も終わり、予定通り勉強会が俺の部屋で現在行われているのだが――
「……おい、雨里。ここってどんなか分かる?」
「教科書を読め」
「一蹴だね……」
「というか真島先輩こんなのも分からないんですか? 私でも分かりますよ」
「生粋の馬鹿だからな」
「居るんだね、そういう人」
「酷いぞお前ら!」
「友香ちゃん、良かったらここ教えてあげましょうか?」
「あ、良いんですか? ありがとうございまーす」
「…………多いわ!!」
俺の全力の叫びに、部屋に居る全員がこちらを振り向く。その人数――総勢八名。
何故だ……何故こんなにも人数が増えた……? 海子と孝司と翼、それに友香は分かる。だが何故裕吾、天城、出雲ちゃん、朝倉先輩まで加わってるの! 何がどうなって俺の部屋にギュウギュウ詰めで集まって勉強してるの!
いや落ち着け……冷静に彼女達が参加した理由を思い出せ、世名友希!
確か裕吾は教室で話を聞いてて、面白そうだからと参加して。
天城は……海子と同じく成績上位の彼女にも参加してもらおうと孝司が呼んで。
出雲ちゃんは元々友香と勉強する約束をしていて、家に居て。
朝倉先輩は……ああ、放課後に噂を聞きつけてさり気なく付いて来て、せっかくだし参加してもらおう……って事だったな。
うん、それは良いとしよう。それは良い。でも……
「何で全員ここに集まってんの!」
その八名全員がここに居る意味は! 人数多いんだから人数分けようとか考えない訳! 俺の部屋狭いからね! さっきからキッツキツじゃん! 男性陣端に追いやられてるじゃん!
「そりゃ、俺は雨里達に勉強教わってるわけだし」
「私は友希に勉強を教えに来た訳だ」
「私は友希君と同じ部屋が良いわ」
「同じく」
「私も先輩とが良いです!」
「私はこっちの方が教えてもらえて助かるから」
「俺は何となく」
「じゃあ……僕もそれで」
わがままか! 何なの! 気を利かせて別の場所でとか考えないの!? 俺を中心に回すんじゃ無いよ! 今日はいがみ合いとかしてる暇無いの! 真面目に勉強しようとしてるの!
「はぁ……もういいや。とりあえず、今回は真剣に勉強するのが目的だから、騒ぎは起こさないように! 家主のお願い! OK?」
俺の警告に皆一様に返事をする。……本当に大丈夫かなぁ?
不安を感じつつ、適当な場所に何とか座り、テーブルに向かう。普通にリビングとかが良かったかな? ……もう遅いか。
それから全員質問を時々交えながら、真剣に勉強を続ける。おお、意外と真面目にやってくれてるなぁ……って、余計な事を考えずに俺もやらなきゃ……
黙々と勉強を続ける最中、出雲ちゃんがチョンチョンと俺の腕をつついてくる。何か用かと振り向くと、小声で囁いてくる。
「ねぇ、先輩」
「どうした?」
「ここ、分からないんですけどぉ……教えてくれます?」
「え? まあ……俺に出来るなら……」
「ありがとうございます! じゃあ、ここなんですけど……」
すると出雲ちゃんは俺に身を寄せ、必要以上に密着してくる。……この子、これが目的だな。
「ここの数式が分からなくてぇ……先輩数学は得意ですから、分かりますよね? じぃっくり教えて欲しいなぁ……?」
上目遣いで甘えるように、さらに身を寄せてくる。本当に教えてもらう気あるの? というか近過ぎ……! 胸当たってるし!
どう対処しようか戸惑っていると、突然出雲ちゃんが俺から離れる。一瞬何が起こったのか分からなかったが、良く見てみると出雲ちゃんの腕を掴む手が。その手の主は――天城だ。
「大宮さん? 良かったら私が教えてあげましょうか?」
ものスッゴイ恐ろしい黒い笑みを見せ、出雲ちゃんをさらに引っ張る。怖い、天城さん怖い。
「いいえ、結構ですから……! 先輩に教えてもらうんで……!」
「遠慮しなくていいのよ? それより、世名君は自分の勉強に集中したいだろうから……邪魔するのはどうかと思うけど?」
「ぐっ……!」
……騒ぎ起こすなって言った側からこれだよ! この子達の闘争心は収まる事無いの?
とりあえず、出雲ちゃんは天城の言う事に納得したようで、俺に「邪魔してすみません」と言い、一人で勉強に戻った。……表情は全然納得して無いけど。
はぁ……こりゃ騒ぎ起きずに……とは行きそうに無いな。
憂鬱になりながら自分の勉強に戻る。が、すぐに難問にぶち当たり、躓く。わ、分からん……
解けない問題に頭を抱えていると、朝倉先輩が少し寄って来る。
「あら? 分からない所でもあったかしら?」
「えっと……少し……」
「良かったら私が教えてあげるわ。丁度暇だったし――」
「ゴホン!」
その時、海子が突然わざとらしく咳をする。と、朝倉先輩の方を睨む。
「朝倉先輩。友希に勉強を教えるのは私の役目なので、あなたは他の者に」
「あら? そんなのどうだっていいでしょう? それに私の方が分かりやすく教えられると思うのだけれど?」
「そう、かもしれませんがその役目は私の――」
「で、友希君はどこが分からないのかしら?」
「無視をするなぁ!」
この二人もか……いい加減気楽に勉強させて! これじゃあ全然内容が頭に入らん!
「……大変だな」
「同情するよ……」
「あの! 俺にも教えて――」
友人共は他人面ですか……そりゃ翼と裕吾は成績良い方だもんな。孝司は……どうでもいいや。というかもう赤点取れ。
それから幾度と無く彼女達の抗争は起こったが、何とか勉強を続ける事が出来た。内容も海子や先輩達の協力もあり、何とか頭には入っていった。
そんな状況が安定してきた頃、ふと何やらモジモジと恥ずかしそうに動く海子の姿が目に入る。どうしたんだ? ……あ、もしかして?
海子の現状を察し、ノートの端の方にサラサラと文字を書き、それを誰にも気付かれぬよう海子に見せる。
それを見ると、海子は申し訳無さそうにペコリと頭を下げ、黙って部屋から出て行く。どうやら正解だったみたいだな。違ってたらどうしようかと思ったけど。
内心ほっと安堵する。すると孝司が突然俺の耳元に近寄り、他の誰にも聞こえないように小さく囁く。
「なあ友希。トイレ我慢する女子って……萌えるよな?」
「勉強しろ馬鹿」
なんつーくだらん事言いに来てんだ……とてつもなくいらない時間だったぞ。というかそこは察してやるな。察したとしても触れてやるな。わざわざ文字で場所教えてやった俺と言い出せなかった海子の気持ち考えろ。
ともかく、海子が部屋を出た後も全員黙々と勉強を続ける。そんな中、突然家のインターホンが鳴り出す。
「客か?」
「あ、そういえば今日荷物届くってお母さん言ってたよ。通販でなんか買ったんだって」
「そうなのか? あ、いいよ俺が出る」
みんなに断りを入れ、玄関へ向かう。戻って来るまでに騒ぎ……は流石に起きないか。
「はいはーい……」
扉に手を掛け、開く。が、客人は配達の人では無かった。
「えっと……どちら様?」
客人は白いワイシャツにピンク色のスカートとシンプルな服装の高校生ぐらいの女性で、何故かキャリーバックを持っていた。
外見は大きな黒目が特徴的で、鼻や口、各パーツのバランスが抜群で、とても整っている。髪型は赤茶色の右側で束ねたサイドテールと、一目見ただけでとても印象付ける美人だ。だが、俺はこの子を知らない。
友香の友達か? でもこんな子見たこと無いしな……母さんの知り合い?
そう客人の正体を探っている間、その客人はジッと俺を眺め回す。するとどうした事か突然目を輝かせ、口を大きく開く。そして――
「友くーん!」
そう大声を上げ、いきなり抱き付いてきた。
「はっ!?」
え、なに!? 何でこの子いきなり抱き付いてんの!? なにこのダイナミックな訪問者!
突然の事に訳も分からず混乱する。が、彼女の口にした言葉が、俺を我に返す。
あれ? 今確か友くんって……それにこの声に、この感じ……まさか――
「お前……
「友くぅーん……やっと会えたぁー!」
俺の問いには返答せず、彼女はさらに俺の事をキツく抱き締め、頬をスリスリと俺の頬に当ててくる。
近い! 色々柔らかい! そして苦しい! でも、やっとって事は……間違え無い、こいつは陽菜だ! でも、昔と全然見た目が違うような……いや、雰囲気は残って……って、今はそれどころじゃ無い! 何とか落ち着かせて話をしないと!
俺をキツく抱き締める……というか締め付ける彼女を離そうとしたその時――
「なっ……!?」
驚愕の声。そう言うに相応しい声が、後ろから聞こえる。そういえば……トイレ玄関近くだった。
恐る恐る後ろへ顔を向けると――そこにはあんぐりと口を開きプルプルと震える海子が立ち尽くしていた。
「や、やあ………」
「き……貴様ぁ! 一体何をしてるんだ!」
「落ち着こう! 一旦落ち着こう!」
「落ち着いていられるかぁ! 誰だその女は! 何故見知らぬ女と抱き合ってる!」
「抱き合ってる訳じゃ無く……これは色々……!」
「どうしたの? 海子」
「――!?」
その声に俺は肝を冷やし、振り向く。そこにはこの騒ぎが気になったのか、天城達全メンバーが二階からやって来た。そして、皆が俺の姿を捉える。
「……え?」
「なんっ……!?」
「あらあら……」
「あっ」
「あーあ……」
「えっと……」
「はぁ!?」
――終わったぁ……
学生の避けて通れぬ道、テスト勉強。そんな時でも修羅場という試練は訪れる。
次回、突然やって来た来訪者の正体とは!?(大体分かってるだろうけど)