「あ、暑い……」
6月某日――つい先日まで梅雨のせいで雨が降り続ける日々が続いていたが、今日は一変。まるで真夏のように晴天で、とても暑い。
こないだまでは少し肌寒い日が続いていたので、衣替えを無視して冬服のまま登校していた生徒も多かったが、今日は見事に全生徒夏服だ。
俺も白シャツ一枚と涼しい格好をしているが、さっきから汗で全身ベットベトだ。全く……どうしてこんな暑いんだか……早く自販機でジュースでも買お……
早く自販機というオアシスに辿り着くべく、廊下を駆け足で進む。
「あ、ちょうど良かった」
が、その歩みを誰かが声を掛けて止める。この人……毎回何故こういうタイミングで話し掛けてくるんだろう……わざと?
そう不思議に思いながらも、足を止めて後ろを振り向く。そこには想像通り、彼女の姿が。
「少し、お話し良いかしら?」
そう、朝倉先輩の姿が。
彼女の問いに俺は無言で頷き、それを見て先輩がこちらへ近寄る。その際、以前までの冬服と違う薄い夏服のせいか、胸元が今まで以上に目立っていたような気がして、つい視線がそこへ向く。すげぇな……ボタンはち切れそう。
「どうかしたかしら?」
「あ、いえ! 何でも!」
イカンイカン……女性の胸元ガン見は流石にアウトだろう……慌てて視線を上げ、朝倉先輩の顔を見る。朝倉先輩の力強さの中に優しさがある透き通った水色の瞳に見つめられる。これはこれで恥ずかしいな……
「それで……何か用ですか?」
「少しね。友希君、今週の土曜日……暇かしら?」
「土曜日? 暇ですけど……もしかして、デートとかそういう感じですか?」
そういえば何だかんだ今月は海子の誕生日以来誰とも出掛けてないし。風邪だったり、雨だったり色々あったしな。
恐らくこんなに晴れたのだから、そういった誘いだろうなと思った。けど、彼女の口から出た言葉は意外なものだった。
「いえ、残念ながら違うわ。今回は――生徒会長として、あなたにお願いしたい事があるの」
「生徒会長として……?」
◆◆◆
――土曜日
「……暑い」
休日の午前中。俺は照りつける太陽の下、ぐったりとうなだれる。現在、俺は学校指定ジャージを着ているが、もう既に汗でびっしょびしょだ。これ大丈夫かよ……今日一日保つのか?
そう不安になりながら、前方を向く。目の前に広がるのは――我が乱場学園高等部のプールだ。とはいえ、水は抜いてあり、辺りには数名の水泳部部員が居る程度だが。
何故俺が休日にこんな所に居るかというと……それは先日の朝倉先輩――もとい、生徒会長様のお願いだ。
「ごめんなさい、待たせちゃったわね」
プールサイドで目の前の光景をぼーっと見ていると、聞き慣れた声が聞こえ、後ろを振り返る。そこには俺と同じ学校指定のジャージを着た朝倉先輩が。……なんかこういう庶民派の衣装は新鮮だな。
「別に。なんかもう水泳部の人達は動いてるみたいですけど」
「あらそう。なら早く私達も動かないとね」
そう言うと朝倉先輩は手首に付けたヘアバンドを使い、特徴的な銀色の長髪を結び始める。
「友希君、今日はごめんなさいね。こんな事に付き合わせちゃって」
「いえ、別に構いませんよ」
そう返事をすると、先輩は「ならよかった」とうっすらと笑う。
今日俺がここに居る理由。そして先輩からの頼まれ事。それは、この学校のプールの清掃作業の手伝いだ。
本来は生徒会メンバー総出でやるはずだったらしいが、メンバーが一人風邪で欠席してしまったらしい。そこで助っ人として、俺に手伝いを求めた――という訳らしい。
困ってるなら協力はするし、生徒会長である先輩の頼みをそう易々と断る訳にもいかない。けど……
「どうして生徒会がこんな事を? 普通水泳部がやったりするんじゃ……」
「それはその通りだけど……知ってるかもしれないけど、ウチの水泳部の部員は最近は減少傾向にあるの。だから少人数でするのはキツイだろうと思って、今年は生徒会が協力する事にしたの。私の発案で」
「そうなんですか……でも、意外です。先輩がそんな事を率先してやろうとするなんて……」
「お嬢様だから?」
うっ……正直そうだが、流石に失礼だったか?
だが、俺が不安がるのとは裏腹に、朝倉先輩はクスクスと笑う。
「そう思われるのは仕方無いと思うけど……こう見えて、私はしっかり生徒会長として仕事を全うするつもりよ」
「全う?」
「生徒会は生徒の味方であらなければならない。だから私はこの学園がより良くなる為なら、どんな仕事も躊躇わずにやるつもりよ。それが、会長として選ばれた者の責務だと思うから」
責務か……何というか、こういうところはしっかりしてるんだな。お嬢様っていう普通と違った生き方をしてきたから、少し世間とずれてると思ったけど違う。この人は普通に一高校生なんだ。多分、普通に理想的な人間と言える存在だ。そういうところ……少し憧れるな。
「あら? もしかして惚れ直しちゃった? 私って意外としっかり者なのよ?」
朝倉先輩への認識が少し変わり、改めて朝倉雪美という人間を考えていると、彼女が何か気付いたようにクスリと笑う。
まあ……こういうところは変わらないよね。というか惚れ直したって……惚れてるの前提なのね。いや、そこは突っ込むの止めよう。
先輩が髪を結び終え、長髪から少し纏まったポニーテールになると同時に、数名の人物が後ろからこちらへ近付いてくる。あれは……確か生徒会の他のメンバーだな。夕上以外は学年違うし良く知らないけど。
その三人に朝倉先輩も気付き、振り返る。すると代表して、副会長の夕上が口を開く。
「お待たせしました会長」
「いえ、私も今来たところよ。それじゃあ始めましょうか……と、言いたいところだけど、その前にこちら。今回助っ人に来てくれた世名友希君よ」
突然の紹介に驚きながら、慌ててぺこりと頭を下げる。すると生徒会の面々も拍手で暖かく歓迎してくれる。あ、意外と良い人達だな。……夕上は腕を組んだままどこか蔑むように睨んで来るが。……この子俺の事嫌いなの?
嫌われるような事したかな――そう過去の事を振り返っていると、メンバーの内、唯一の男性が俺に向けて手を差し伸べてくる。
その男性は見た感じ三年生っぽい。黒髪で少し癖っ毛のいかにもモテそうな爽やかスマイルのイケメン。俺は少し躊躇しながらもその人の手を取り、握手する。
「僕は会計の
夜雲先輩か……かっこいい名前だなおい。そういえば……何か噂で聞いた事あるな、三年に凄いイケメンな人が居るって。まあ、悪い人ではなさそうだし、いいか。
夜雲先輩との挨拶が済むと、続いて右隣の女性が茜色の髪をサイドで束ねたツインテールを、ピョンピョンと飛び跳ねて大きく揺らしながら、手を上げる。
「はいはい! 私、書記の
色々違うなその情報。人数多いし、告白された側だから。俺そこまで屑じゃないから。
というか元気だなこの子。先輩って事は一年か? 何というか活発というか、天真爛漫というか……美人系じゃ無くて可愛い系って感じ? それより何か違和感があるな。
その違和感が少し気になり、さり気なく彼女の全身を眺めてみる。……デカいな。いやそうじゃなく! ……でもマジでデカいな。朝倉先輩の次にデカいんじゃないか?
「…………」
そんな事を考えていると、不意に視線が隣の夕上へ移動する。……ちっちゃいな。
「……貴様今失礼な事を考えてないか?」
「いえ全然!」
気付かれてた……失礼だから考えるのは止めよう。彼女は成長期なだけだよ、うん。
内心呟くと、夕上が再びこちらを睨み付ける。……マジで考えるの止めよう。殺されそう。
「はぁ……ところで花咲」
「何ですか?」
「今日は動きやすい格好で来いと伝令したはずだが……どうして制服なんだ?」
「…………あ」
ああ……それだ。他のみんなはジャージなのに一人制服だったら違和感感じるわな。
「えっと……間違えちゃいました!」
夕上に指摘されると花咲は小さく拳を作り、コツンと頭を叩いて舌をペロッと出す。それを見て夕上は「またか……」と言いたげに頭を抱える。
うん、今ので大体この子のキャラ何となく分かった。とりあえず色々注意しておこう。その方が身の為っぽい。
「さて、話が長くなっちゃったわね。それじゃあ、今から水泳部の人達を手伝うわよ。仕事とかは部長さんや顧問の先生に聞くように」
朝倉先輩の号令と共に、三人が一斉に動き始める。おお……何か組織っぽい。やっぱり生徒会長だけあって、リーダー性はあるんだな。
「さて、私達も動きましょう。何かあったら、遠慮無く言ってね?」
「あ、はい!」
他の三人に続き、俺と朝倉先輩も動き出す。プールの清掃とかあんまりやった事無いけど……何とかなるか。
それから一時間――
「はぁ……はぁ……」
これは……予想以上にしんどい……ブラシで擦っても全然汚れ取れねぇ……これは時間が掛かりそうだな……
周りを見てみるが、他のみんなも結構しんどそうだ。まあ、今日はこの暑さだ……体力の消耗も凄いだろうな。
「ひぃ……死ぬぅ……グロッキーです、もう駄目ですぅ……」
不意に近くから情け無い声が聞こえてくる。顔を声の方へ向けると、デッキブラシを支えにへたり込む花咲の姿が。ダウン早いなおい……さっきまでの元気どうした。
とはいえ放っておくのもあれなので、近寄って声を掛けてみる。
「おい、大丈――」
「はい! 大丈夫です!」
「ふごぉ!?」
瞬間、花咲が突然注意された子供のように慌てて声を上げ、グアッと立ち上がる。その勢いのまま、花咲の頭が俺の顎を打ち上げる。あ、顎が……
「はぁ!? すみません! 大丈夫ですか!?」
花咲の頭突きにぐらつく俺を心配し、花咲がこちらへ近寄る。
「な、何とか大丈夫……」
「すみません! 私スッゴくドジで、また怒られると思って……」
「だろうね……俺は今そのドジの餌食になったし……」
予想通りドジっ子だったか……こういう人種には不用意に近付いてはならんな……
「本当にごめんなさい! 今、何か――」
「いや! 何もしなくて良い! 不用意に動かないで二次災害が起きそうだから……」
「えぇ!? じゃあしばらくじっとしてます……」
よし、これで良い。後は少し落ち着いたら俺が離れれば――
「ねぇ?」
が、その時俺達の元へ恐怖の囁きが届く。動いてもらった方が良かったかなぁ……
「真昼。私の友希君に……何してるのかしら?」
「か、会長!? いえ! 私は別に何をした訳……でも無いですけど……」
「もしかして色目でも使ってたのかしら?」
「め、滅相もないです! 会長の思い人に手を出すなんて末恐ろ……いや、そんな事は決して致しません!」
「なら……早く仕事に戻って……ね?」
「はいぃぃぃ!」
悲鳴に近い応答と共に、花咲がデッキブラシ片手に逃げ出すように走り去る。この人怖っ……
「ふぅ……友希君、大丈夫かしら?」
「だ、大丈夫でーす……」
「なら良かったわ。そういえば、そろそろお昼休みにするみたい。一旦プールサイドへ上がりましょうか」
「あ、はい」
それからプールサイドへ上がり、水泳部部員を含めた皆で軽く昼食を取った。
コンビニで買ったサンドイッチやおにぎりだが、疲れているせいか、いつも以上に美味しく感じる。
そして休憩をとり始めて数十分後。他の皆は休憩を続ける中、不意に朝倉先輩が立ち上がる。
「さて……そろそろ再開しようかしらね」
「え、もうですか? もう少し休んだ方が……」
「私なら大丈夫よ。みんなは休んでいて。私はみんなが少しでも楽出来るように進めておくわ」
そう言うと、朝倉先輩はデッキブラシを取りに向かう。
「どうしてあそこまで真剣に……」
言っちゃなんだが、朝倉先輩がこのプール掃除に力を入れるメリットは特に無い。清掃しても水泳部と違って使えるのは数回ある授業ぐらい。手伝っても特に褒美がある訳でも無いのに、どうしてあそこまで……
「それが朝倉雪美って人間なんだと思うよ」
俺の考えを感じ取ったのか、突然夜雲先輩が隣に座り、話し掛けてくる。
「僕は彼女と一年から同じクラスで、生徒会としても一緒にやって来たけど、彼女は僕の知る限りとても純粋な人間だよ」
「純粋……?」
「ああ。こうして生徒達の手助けをするのも、仕事に真面目に取り組むのも、それが義務だと思っているから」
「義務……」
「それに多分、人の助けになる事で、自分の才能を良いものと考えたかったんだろうね」
才能……何でもこなせる才能のせいで、人生に飽き飽きしていたって言ってたな……生徒会をその才能の使い道にしてたって事か。
「でも、それで純粋って?」
「最近、彼女はどこか変わったように感じるんだよね。純粋に人の助けになる事が、彼女にとって嬉しい事になってる。きっと君に会ったからかもね」
「俺に?」
「かもってだけだよ。それに、君も彼女の純粋な部分は知ってると思うよ? 現に彼女は純粋に君を好いてると思うけどね」
純粋にか……確かに、邪な気持ちとかは感じないな。他の三人と争うのも、それだけ俺を好きでいてくれてるって事だし……言ってて恥ずかしくなってきたな。
「まあ、ようするに――」
「あんな純粋な会長を傷付けるな――という事だ」
夜雲先輩の言葉を遮り、どこからかやって来た夕上が俺を見下ろす。
「私は会長を尊敬してる。あそこまで生徒の為に仕事をする会長の事をな。だからこそ、私は会長の恋を応援するつもりだ」
「夕上……」
「だが、私は貴様が会長を傷付ける事があれば、貴様を許すつもりは無い。それだけは覚えておけ」
「……分かってるよ。どういう結果になるかは分からない。でも、絶対に不幸にはさせないよ」
「……今は、その言葉を信じよう」
夕上はそう言い残し、自分も清掃へ戻る。
傷付けるな、か……なかなか難しい事かもしれないけど、それが理想だな。純粋か……何か合わない言葉だけど……確かにそうなのかもな。
そう少し笑いをこぼし、俺はプールの中で掃除を始めていた朝倉先輩の元へ向かう。
「先輩、俺もやりますよ」
「あら、友希君はもう少し休んでいていいのよ?」
「大丈夫ですよ。先輩が頑張ってるのに休んでるなんてカッコ悪いじゃないですか」
「……そう。なら、やりましょうか」
うっすらと微笑むと、朝倉先輩は俺の方へ歩み寄ろうとする。その時――
「え――」
地面の水溜まりに足を滑らせ、朝倉先輩が顔から地面に向かい倒れる。
「朝倉先輩!」
俺は走り出し、倒れ直前に右腕を目一杯使って朝倉先輩を抱え込む。が、足元が不安定なのもあり、踏み止まれない。
「くっ……!」
何とかして止まらなければ――咄嗟に左手を伸ばし、後ろのプールの縁を掴む。ガリッ! と少し爪が削れる痛みに襲われるが、何とか力を込め、耐える。
「ふぅ……」
何とか止まった……このまま行ってたら頭打ってたな……一息つき、朝倉先輩に平気か問い掛けようとした瞬間――朝倉先輩の大きく柔らかい胸が思いっ切り当たっている事に気付く。
それに気付いたと同時に、一気にその感触が伝わり始める。それに気が抜けてしまい、手がずり落ちる。
「だっ!?」
結局頭から盛大に落下した。勢いは殺せたから何とか大事にはならなかったが……スッゴい痛い。
「イタタ……先輩、平気ですか?」
痛みに悶えながらも朝倉先輩に確認をとる。が、先輩から返事が無い。どうしたんだ? まさかどこかぶつけたのか!?
慌てて先輩の顔を覗き込む。その顔を見た瞬間、俺は口をあんぐりと開けてしまった。
先輩は怪我はしてないらしい。が、顔は真っ赤になり、口元を緩ませ、目はどこかトロンとしていた。今まで彼女が見せた事の無い表情に、思わず動揺してしまう。
「せ、先輩……?」
返事は無い。代わりに密着した先輩の胸から激しい鼓動を感じる。先輩……もしかして緊張してる……のか?
でもあの冷静な彼女が……それは少し考え辛い。でも、現に彼女の心臓は激しく鳴っている。
そう困惑していると、朝倉先輩がゆっくりとこちらへ顔を向けて、小さく口を開く。
「私だって女性よ……好きな人にこんな事されたら……ドキドキするわよ……」
今までの朝倉先輩からは想像出来ない、とても小さく、恥じらうような声と表情。俺はその反応にある感情を抱いた。――可愛い……と。
今まで朝倉先輩には「綺麗」だったり、「美人」とか、少し高貴な印象を持っていた。でも今日、俺は素直に可愛いと思った。
そうか……彼女も一人の女性だ。ただ恋する……純粋な女の子なんだ。
「――おい」
そんな時、上から声が聞こえて我に返る。顔を上げると、こちらをどこか怖い顔で見下ろす夕上が。
「貴様……いつまで会長にその淫らな格好をさせるつもりだ?」
「淫……ら?」
一瞬何の事か分からず、一旦落ち着いて自分達の状況を確認する。そして状況を理解した瞬間、血の気が引くような感覚に襲われる。
先輩は俺を押し掛かるような体勢で、俺はそれを抱き締める形になり、足と足が絡まったような状態だった。さらには水溜まりのせいか、服もびしょ濡れで何というか……
「おお……アダルティです、エロチックです!」
この状況を見た花咲がそう声を上げると同時に、周りの水泳部員達がどよめき始める。
「男子生徒は今すぐプールサイドから出ろぉ! 見たら即退学だ!」
その夕上の怒号に気圧されたのか、男子生徒のどよめきが収まる。副会長怖っ……
「お前も早く会長を離せ下郎!」
「下郎!?」
そこまで言われる!? 俺一応体張って助けた立場よ!?
だが確かにこの状況が続くのはマズイな……朝倉先輩から手を離し、なるべく彼女の方を見ないように気を付けながら起き上がる。恐らく服透けてるだろうし……
「その……すんませんでした」
「いえ……助けてくれたのだから礼を言うわ……こっちこそ、見苦しい姿を見せてごめんなさいね……」
そういつもより力の無い言葉をこぼし、プールサイドへ上がる。
見苦しいとは感じなかったし、むしろ――
「世名」
突如、夕上が口を開く。嫌な予感……
「……今回は会長を救った事を考慮して許す」
「え、マジ――」
「だが……今度節度を弁えない行為をしたら――裁くぞ?」
「……はい」
俺が悪いの? というか裁くって何!
◆◆◆
その後、朝倉先輩も着替えを済ませ、作業を再開。大きなトラブルも無く事を終えた。少し気まずい感じは続いたけど。
清掃を終えた後始末は水泳部に任せる事にして、俺と生徒会メンバーは一足先に帰る事になった。
その帰り、学校を出る前に朝倉先輩に呼ばれ、俺は校門前で一人待った。
「ごめんなさいね、急に呼び出して」
「いえ、構いませんよ。何か話が?」
「さっきの事でね。改めて礼を言うわ。ありがとう、助けてくれて」
「ああ、それですか……むしろすみません……そのぉ……あんな感じになって……」
「別に気にしてないわよ。ちょっと嬉しかったわ、友希君とあんなに密着出来て。まあ、少し羞恥心が出てしまって、あんな様子を見せてしまったけど……」
少し照れ臭そうに頬を掻く。朝倉先輩にも羞恥心とかあるんだな……って、当たり前か。でも……
「言い方は変かもですけど……俺は少し嬉しかったですよ。先輩の違った一面みたいなのが見れて」
「そう? なら、恥ずべき事ばかりでは無いかもね」
口元に手を当て、クスクスと笑い出す。良かった……いつもの朝倉先輩だ。何だかんだいってこういう感じの方が接しやすい。あの照れた感じはちょっと戸惑う。
「そうだ。友希君にはキッチリとお礼をしないとね」
「いや、そんなのいいで――」
断ろうとした直前、朝倉先輩が突然両手を広げ、俺を抱き締める。
「なっ……!?」
「今日は色々ありがとうね。とても充実した一日になったわ。是非、また協力してね?」
そう耳元で囁くと、スッと離れる。
「あ、あんたさっきはあんな照れてたのになに易々と……!」
「あら? されるのは恥ずかしいけど……するのは別よ?」
な、何だその考え! やっぱり……この人は色々読めない!
朝倉先輩は満足したように笑みを浮かべると、校門の外へ歩き出す。
「それじゃあ友希君。また学校で」
そう言い残し、彼女は立ち去った。
俺はその姿を呆然と見送った。まだ全身に彼女の体温や感触が残っていて、何だかやるせない気分になる。
「はぁ……疲れたな……」
まあ、朝倉先輩の事を色々知れたし……良しとするか。
そう自分で納得し、俺も校門を出て、家路を歩き出した。
ずっとクールだった会長さんも恋する純粋な乙女なんです。
他のヒロインも含め、まだまだ色んな魅力があります。