――放課後。
いつも通り授業が全て終わり、帰り支度を進める。教室から大急ぎで出る者、教室に居残り雑談する者と、放課後らしい風景が繰り広げられている。
「……あいつは帰ったのか」
教室全体を見回してみたが、既に友希の姿は無かった。まあ、放課後は色々忙しいらしいし、仕方無いか。……でも、少しぐらい声を掛けてくれても良いのではないだろうか……
そんな愚痴を心の中でこぼし、辺りを見回しながら帰り支度を済ませ帰宅しようとすると、とある二人組がこちらに手を振りながら近付いてくる。
「お、まだ居た。よかったよかった」
一人は制服を着崩し、どこか男勝りな雰囲気を醸し出す黒髪ショートカットの少女。
その後ろには彼女とは正反対にしっかりと制服を着こなす、おっとりとした目つきが特徴的な薄い緑色のゆるふわ系の髪型の少女。
男勝りの方は
「どうしたんだ? 何か用か?」
「せーかい。時間あるよね?」
ニヤリと笑いながら薫が私の席に近寄り、机に乗り掛かる。ボタンが外れ、はだけた制服から恐らくEカップはあるであろう胸の谷間がチラリと見える。
毎回思うが……こいつはどうして男勝りな癖してスタイルがモデル並なんだ……っと、これは考えるのは止めよう。
「それで、何だ?」
「いやー、最近駅ビル改装工事とかして、色々新しい店増えたじゃん? だからこれからみんなで行かないって思って」
「駅ビル……そう言えばそんな事あったな」
前に水族館へ行った以来駅には立ち寄って無いから、どんな風になったかは知らないが。
「だが、何故今日なんだ? 休日で良いのでは無いか?」
「なーに言ってんの! もうすぐテスト勉強の期間でしょうが! 私成績悪いから早めにしなきゃだし、今行っとかないと!」
「なんだその理由は……まあ、別に構わないが。この三人で行くのか?」
「うん。優香も誘ったんだけど、バイトあるって言うから」
「そうなのか? なら別日の方が……」
「そう思ったんだけど、ゆっちゃんは気にしなくていいって」
今まで黙っていた由利がゆったりとした口調で発言する。
そうなのか……少し悪い気もするが、優香がそう言うなら遠慮はしないとするか。
「それに、優香もバイトの方が幸せだろうしね」
「どういう事だ?」
「え!? あー……ほら……あいつスッゴいバイト好きだからさ!」
私の問い掛けに薫がヤケに大げさに、慌てるように返答する。そんなに動揺する質問だったか?
「あれ? でも今日はシフトが違うとか言ってなかったぁ?」
「そうだっけ? んじゃそうでも無いかもな」
だから一体何の話だ? ……いや、友人とはいえ隠し事の一つや二つはあるか……私もそうだしな。
「まあ、とりあえずこの三人で駅ビル行こうぜ! 格闘技専門店とか出来てたりすっかね!?」
「それは流石に無いと思うよぉー」
まったく……相変わらず自由というか、何というか……まあ、最近は色々大変な事も多かったし、良い気分転換になるかもな。
◆◆◆
――数時間後 駅ビル内
あの後学校を出て、私達はすぐに駅ビルを目指した。
到着すると同時に、改装された事により増えた新店舗を中心に見て回り、一通り回り終え、三階のフードコートにて軽く休憩をとっていた。
「はぁ……結局格闘技専門店無かったな……」
「駅ビルにあるわけ無いだろう……」
「少しぐらいはあってもいいだろう! あんただって格闘家の端くれでしょ!」
「格闘家になった覚えは無い。あくまで自らを鍛える為にしてただけだ」
「みっちゃんカッコイー。私も格闘技やってみようかなー」
「止めておけ。正直由利に格闘技は似合わん」
「私は歓迎するけどなー。新たな出会いがあるかもよ? 私達みたいに」
無責任な事を言う……そんな簡単なもので無いと分かっているだろう。しかし、出会いがあるというのは否定せんがな。実際私と薫が出会ったのも、私が一時期に通っていた道場だ。
薫は根っからの格闘技マニアで、自身も柔道をやっていて、県大会では優勝する程の実力者だ。実は私が道場を止めた後、何度か稽古に付き合ってくれた事もある。今私が自分の身を守れる程の力を持っているのも、薫のお陰だろう。
「そっかぁ……出会いかぁ……」
私が昔の事を少し振り返っていると、由利が上を見上げてポカンと口を開く。
まさか、本気で考えてはいないだろうな……由利は基本ぼーっとしていて、すぐ人に流されるところがあるからな……次の瞬間に「私、格闘技やる」と言っても不思議じゃ無い。
そう、少し不安に思っていたが次の瞬間に彼女の口から放たれた言葉は予想外すぎる言葉だった。
「出会いといえば……みっちゃんと世名君ってどんな出会いだったの?」
「ブフッ……!?」
突然のその一言に、思わず飲んでいたジュースにむせてしまう。あ、危ない……噴き出してしまうところだった……
「あー、そういえば詳しく知らないな。そこんとこどうなの?」
「ゆっちゃんから奪い取ろうとするんだから、相当ロマンチックな出会い方だったんだよねー?」
「お、お前らには関係無いだろう!」
「あー、照れてるー。やっぱりロマンチックなんだー。恥ずかしい感じなんでしょー」
「みっちゃんカワイー」
こ、こいつらはここぞとばかりにいじってきて……私がその手の話が得意では無いと知ってるだろう!
だが、二人はどこか不適な笑みを浮かべズイッと顔を近付けながら「ほーれほーれ」と挑発するように囁いてくる。ううっ……これ以上は色々しんどい!
「そ、その話はもう終わりだ! 用が済んだならさっさと帰るぞ!」
「あ、逃げた」
「うるさい!」
「ま、いいけど。海子がこういう話になるとポンコツになるの知ってるし」
知ってて言い寄ったなら相当性格が悪いぞ……こいつはそういう奴か。
「まあいいや。そんじゃ帰りますか!」
「あ、その前に私お手洗いに行くから待っててー」
そう言い、由利が小走りで近くの公衆トイレへ向かう。私と薫はそれをフードコート内で黙って待ち続ける。すると、突然薫が口を開く。
「いやー、さっきはごめんねー。言い寄るような事して」
「……全くだ。あれ以上続けていたら一発ぐらい入れるところだったぞ」
「ははっ! 返り討ちにしてやんよ」
大口を開き盛大に笑う薫を見て、思わずクスリと笑いが混み上がる。なんだかんだ言って良い奴だから、どこか憎めない。
「しっかし……初めて聞いた時は驚いたよ。あんたが優香が告った相手に告ったって」
「まあ……そうだろうな」
「で、実際のところどうなのよ? 世名ってそんな良い奴?」
「そ、それは……まあ、な……」
「そっか……ま、私は一度中学ん時同じクラスになった事あるけど、確かに良い奴そうだもんな。あんたが惚れるのも分かるわ」
うんうんと、何故か誇らしげに頷く。何様のつもりなんだか……
「でも大変だねー。優香に生徒会長、後はあの後輩の子と、競争率高いとは」
「そうだな……でも、私は退くつもりは毛頭も無い」
「だろうね。相当真剣らしいしね。私はあんたを応援するよ。稽古に付き合ってやった時も、ああ、この子は誰かの為にこんな頑張ってるんだな――って思ったし」
「そ、そうなのか?」
そんなに感情が表に出てたのか……確かに、今度は守る立場になりたいと思っていたが……少し恥ずかしいな。
「まあ、優香にも頑張ってほしいっちゃ、ほしいけど、私は腐れ縁のあんたを応援するよ。由利は優香との付き合いの方が長いし、あっちを応援するだろうけど」
「薫……ありがとうな。私はどんな結果になろうと、悔いは残さないつもりだ」
そして優香とも……真正面からぶつかる。それが私の意志だ。
「まあ、頑張んなよ。……ところで、由利の奴遅いな」
「そういえば……何かあったのか?」
「……ちょっと見に行くか?」
「……そうだな」
少し嫌な予感を感じながら、薫と共にフードコートを出る。
しばらくすると由利が居るであろう公衆トイレ近くへ着く。辺りを見回し、由利の姿を探していると、人目に付き辛い公衆トイレへ続く細道にある一つの集団が目に入る。その集団は三、四人程度の制服姿の男性の集団で、何かを囲うように立ち尽くしていた。
あまりにも不自然な集団だ。少し気になり、その集団を目を凝らして見つめると――
「あれは――!?」
その集団の中心には怯えるようにおどおどする由利の姿が。
「なんだあれ……まさかナンパって奴か?」
「だろうな……」
デジャヴだな……どうしてこうも治安が悪いんだろうな……だが、私が絡まれるのはともかく友人に手を出すとは――
「許せん……!」
薫と目を合わせる。どうやら薫も同じ気持ちのようだ。今にも暴れ出しそうな程目に怒りを感じられる。
その怒りを何とか抑え込み、だが決して消さずに、集団の方へと歩みを進める。すると由利もこちらへ気付いたようで、若干潤んだ涙目をこちらへ向ける。
「みっちゃん! 薫ちゃん!」
「あぁ? 誰だ?」
「貴様ら、彼女を離せ! ここは公共の場だぞ! 節度を慎め!」
「ま、どこであろうと許さないけど……!」
薫がボキボキと指を鳴らし、男達を威嚇する。が、男達は微動だにしない。それどころか女と舐めているのか、ニヤニヤと笑っている。
「なに? もしかしてお友達ぃ?」
「へー、結構可愛い子多いじゃん。こりゃ当たりか?」
「俺達別に悪い事してませんよぉ? ちょっと遊ぼうって誘っただけ」
「わ、私嫌って言いました……!」
「悪いねー、俺達の誘いはイエスかはいだけなの」
男の一人がゲラゲラと笑う。それに釣られるように周りの男達も笑う。
「このゲス野郎……!」
薫がイラつきを表し、一歩前に出す。だが、私はそれを手を前に出して制止する。
「な、何で止めんのよ!」
「相手は他校の生徒だ。こんな状況だとはいえ、問題を起こす訳にはいかない」
「でも……!」
「お前は今度大会があるだろう。問題を起こして出場停止になったらどうする」
「……ッ!」
そうだ、ここで薫に問題事を起こさせる訳にはいかない。ここは私がどうにかするんだ。そう覚悟を決め、男の集団へ一歩近付く。
「へぇ……意外といい子ちゃんだな」
「勘違いをするな。貴様達を許す気は無いぞ」
「言うじゃん……女に何が出来んの?」
「集団で囲い込まないとどうにも出来ない弱い奴らに言われたく無いな」
「んだとぉ……?」
男の一人がドスの利いた声を出す。良い感じに煽れたらしいな……由利と薫は不安そうな顔をしている。あんまり長引かせずに早めに終わらせるか……
さらに煽り、彼らから手を出させる。そうすれば、正当防衛とでも理由付けられるだろう。私なら多少傷付いても支障無い。友を守る為なら、これぐらいする。
さらに相手を挑発する。そう口を開こうとした瞬間――
「お巡りさん! こっちです!」
突然どこからかそう、大声が聞こえる。な、何だ?
「おい、ヤベーぞ!」
「チッ、覚えてろ!」
それを聞いた途端男達は急に焦りだして、そそくさとその場を立ち去る。何だか良く分からないが……助かったのか?
「みっちゃん!」
状況が飲み込めず呆然としていると、由利が急に抱き付いてきて思わず体勢を少し崩す。顔を覗いてみると、涙で顔がグチャグチャだ。
「怖かったよぉー!」
「だ、大丈夫か? 何もされなかったか?」
「うん……みっちゃん達が来てくれたから……」
「そうか……なら良かった……」
無事で何よりだった……しかし、一体今のは……あの状況だから良く聞けなかったが……男性か?
そう今の声の正体を探っていると、私達の元に一人の人物が姿を現す。その突然現れた人物に、私は心臓を掴まれたのように胸が締め付けられた。
「何とかなったみたいだな」
「と、友希……!?」
な、何故ここに!? というか何とかなったって……まさか今のは……
「もしかして……今のは?」
「ああ俺だよ。出任せだったけど、気持ちいいぐらい引っ掛かってくれたなぁ」
そうだったのか……色々聞きたい事はあるが、とりあえず助けてくれたらしいな。……それより、私は助けられてばかりだな……感謝してもしきれない。
だが何も礼を言わない訳にもいかない。改めてお礼を言おうとしたが、友希の真剣な顔付きに思わず言葉が詰まる。
「何とかなったから良いけど……無茶し過ぎだぞ。お前が強いのは分かってるけど、あんまり誉めれる行動じゃ無いと思うぞ。もしあれで怪我でもしたら、そこの二人が悪いと思っちゃうだろ?」
「うっ……すまない……それもそうだな……」
「……それで、怪我はしてないのか?」
「えっ、あ、ああ……幸いな……」
「そっか……なら良かった」
そう言うと、友希は強張った表情を崩し、安心したような笑顔を浮かべる。その反応に、私は何も言えずに黙り込んでしまった。全身の体温が一気に上がり、何だかとても恥ずかしい気持ちになる。恐らく、今私の顔は真っ赤だろう。
「でも、今度はあんな無茶すんなよ? 俺が言える立場じゃ無いだろうけど」
「あ、ああ……ありがとうな……心配してくれて……」
駄目だ、全然声が出ていない。ドキドキし過ぎて声帯が上手く開かないぃ……!
「さてと、俺はそろそろ行くわ。裕吾達を待たせてんだ。帰り、気を付けろよ!」
そう言い残すと、友希は颯爽とその場を去って行った。
私はそれをポカンと見つめ、見送った。……ハッ! 結局お礼を言えてないじゃないか! あぁ……私は馬鹿か!
情け無い思いに、思わず頭を抱える。その時、不意に後ろから嫌な視線を感じ、恐る恐る振り返る。そこには案の定、ニヤニヤと笑う薫と由利の姿が。
「海子ぉ……あんたもあんな顔するんだねぇ……初めて知ったよ!」
「恥じらう乙女の顔だった……みっちゃん可愛い」
「なっ……! 余計な事は言うな馬鹿ぁ! 大体今はそれどころでは無いだろう!」
そうは言うが、体温がどんどん上がっていくのが分かる。ううっ……何なんだこれはぁ……
「ま、それはともかく。世名の言う通りだよ。あんな無茶、二度としないでよ?」
「うっ……それは、悪かった……」
「でも、みっちゃん凄くかっこよかった。私ちょっと憧れちゃった」
「じゃ、ああなる為に格闘技やるか?」
はぁ……まあ、色々あったが特に大事が無くて良かったか……後で友希にお礼の電話でも……いや、メールにしておこう。今あいつの声を聞くと何だか悶々としそうだ……
「――さて! 問題も解決したし、帰ろうか!」
「そうだねー」
「解決というか……いや、もういいか……」
「んじゃ、帰ろっか! 帰り道は海子と世名の甘い思い出話ね」
「さんせー」
「勘弁してくれ……」
この後、友希との出会いを二人に包み隠さず話す事になり、結局私は終始悶々としたまま家へ帰った。
というわけで海子視点の話。ヒロイン視点オンリーは初かな?
海子は毎回アワアワしてるばっかな気がするんで、違った雰囲気で友人達と接する話を書きたかったんだけど、結局アワアワしてた。
……まあ、いいか。それにしてもナンパ野郎多いなこの作品。