モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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相合い傘は甘い空間である

 

 

 

 

 

 風邪も治り、いつも通り健康状態で学校へ行き、授業を終えた放課後――

 

「はぁ……はぁ……」

 

 俺、今死にそうです。

 

「おいこらー。なぁーにこんな所で休んでんだ働け」

 

 俺が無数に並ぶ本を目の前にしゃがみ込み、肩で息をしていると、頭にペチンと何かが当たる。顔を上げると、そこには木刀を揺らし、こちらを見下ろす千鶴さんの姿が。

 

「……病み上がりの人に容赦無いっすね……もうちょっと軽い仕事でもいいんじゃないですか?」

「病み上がりだろうなんだろうと治ったんだ。だったらいつも通りに働け」

「むしろいつもよりキツイ気がするんですけど……」

「あぁ?」

「何でも無いでーす……」

 

 くそっ、鬼かこの人! 心の中で愚痴を吐きながら、俺は仕事へ戻った。

 

 

 放課後、俺はバイト先である太刀凪書店にて久しぶりに仕事へ復帰したのだが……待っていたのはいつもより倍近くあると思える仕事の山。こき使うとは聞いていたが、ここまでしんどいのはどうなんだよ……

 と、店長である千鶴さんへ言いたいが、告げたところで待っているのは「働け」の二文字に木刀の洗礼だ。そんなこんなで、俺は現在黙々と本を棚へ並べてます。中腰しんどい……

 

「世名君、大丈夫? 私変わろっか?」

 

 仕事を続けていると、同じく仕事中の天城が心配そうにこちらへ寄ってくる。

 

「いやいや、天城も仕事あるし良いよ。休んだ俺が悪いんだ」

「そうだぞー。働けー」

 

 あんたも働け鬼店長。さっきから木刀持って書店内うろついてるだけじゃないか。その愚痴を声に出さずに店長へ目を向ける。その時、一人の客が店長へ声を掛ける。三十代ぐらいの……多分主婦の人だろう。

 いけないとは思ったが、少し会話の内容に耳を立てる。どうやらオススメの本を教えてくれ……的な内容っぽい。

 千鶴さんはああ見えても読書家だし、本のソムリエ的な扱いで、ああやってオススメを聞く客も多い。それにしても今日はあの光景よく見るな。というか……

 不意にある事が気になり、店内を見回してみる。いつも客が少ない訳では無いが、今日は何だか人が多い気がする。外はどんより雲でお出かけ日和って訳でも無いだろうに、どうしてだ?

 

「何か……人多いな」

「そういえば……そうだね。どうしてだろう?」

「この時期はウチはお客様が多くなるんだよ」

 

 天城とそう話していると、どこからか零司さんがやって来る。

 

「どうしてですか?」

「今は梅雨だからね。そうなれば外へ出る機会が減る。だから家でゆっくりするのに、本でも読もうって人が多いみたい。ここには店長が居るから、ああやってオススメを聞きに来て買ってく人が多いんだ」

「へー……そうなんですね」

 

 知らなかった……俺が働き始めたのは去年の夏からだし。でも確かに梅雨は雨ばっかで主婦だったりは家に籠もる事が多いかもな。

 

「ん? 雨……」

 

 何か忘れてる気が……なんだっけな……? その何かを考えながら店の外へ目を向ける。外はいつの間にか雨が降り始めていた。その光景を見て、ようやくそれを思い出した。

 

「あっ……」

「どうしたの?」

「いや、こないだ傘壊れたから新しいの買おうとしてたんですけど、忘れてて……」

「それは……もう雨降っちゃってるけど……」

「ですね……」

 

 来る前に買っとくんだったな……近くにコンビニとかあるけど、そこまでは濡れるの避けれないか……病み上がりだからそれは嫌だな……

 どうしたものかと頭を悩ませていると、天城が何か言いたげな顔でこちらを見つめてくる。

 

「何だ?」

「え!? あ、そのぉ……良かったら、傘に入ってく?」

「……へ?」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ――数時間後

 何とか無事に仕事を終え、着替えを済ませて家へ帰る事に。裏口から店を出て、店の前へ出る。そこには水色の傘を差し、空を見つめる天城の姿が。

 

「あ、世名君」

「お待たせ……そのぉ……本当に良いのか?」

「そう何回も聞かなくていいよ。世名君病み上がりだし、濡れちゃ駄目でしょ? それに……私としては嬉しいし……」

「そ、そうか……じゃあ、近くのコンビニまでで良いから、よろしくな」

「う、うん。それじゃあ……おいで」

 

 うおぉ……何だこの言い知れぬ緊張感……天城もああは言ってるけど凄い恥ずかしそうだし……ええい! ここで立ち往生してる暇は無い!

 意を決し、天城の隣に立って、傘の中に入り込む。

 ……何というか、当たり前だけど距離近い! この状態が続くのは色々キツイぞ! 緊張で悶え死ねる!

 

「い、行こっか!」

「お、おう……!」

 

 天城も同じ気持ちなのか、少し早足で歩き出す。俺もそれに合わせて歩き始める。

 雨が降りしきる人がまばらな商店街を天城と二人、一つの傘に入りながら無言で歩き進む。スッゴい気まずい……相合い傘とか色々憧れてたけど、何だか色々息苦しい! 狭いし、後は純粋に恥ずかしい! これ堂々と出来るカップルスゲーなおい!

 

 チラリと天城の方を向いてみるが、さっきから一言も言葉を発する事無く、斜め下を向いている。何これ可愛い。

 しかし、このまま会話が無いのはどうなんだろうか……何か話題を振った方が……でも何も思い浮かばない。早くコンビニについてくれ……

 そう願いながら、空を仰ぎ見る。雨はまだ弱いが、少しずつ勢いを増して来ている。傘も全て遮れる訳でも無く、微かに肩が濡れる。二人じゃ仕方無いか……天城は濡れて無いかな……あ、これって会話のキッカケになりそう。

 そう思い発言しようとした瞬間――天城が突然肩を当て、身を寄せてくる。……え、何? どゆこと?

 

「えっと……どうした?」

「もっとこっちに寄って……じゃないと、濡れちゃうよ?」

 

 とても恥ずかしそうに顔を染めながら、上目遣いで顔を見つめてくる。……本当にいちいち仕草が可愛いんですけど……言ってる事は分かるけど厳しいなぁ……これ以上の密着は俺の理性に傷を付けるぜ!

 

「わ、分かった……」

 

 とはいえ、拒否する勇気も沸き上がらず、天城の方へ体を寄せる。俺も濡れるのは嫌だし、折角の優しさを受け入れないのはな。

 全身を何とか傘の内側へ入れる。が、思った通り天城とぶつかる。すると天城は顔をピクリと動かし、小さな甘い吐息を吐く。止めて、そんな反応しないで!

 

 その後も変わらず無言の状態が続く。違うのは天城とほぼゼロ距離で密着してる事。さっきから心臓バクバク何ですけど、これ以上は何か……ヤバイ。嫌な訳じゃ無いが色々ヤバイ。

 早くこの状況を抜け出したいと、心の中で叫ぶ。するとようやく、目的のコンビニへたどり着く。良かった、これで傘が買える!

 

 天城に入口で待っててくれと言ってから、店内に入り、ビニール傘を適当に購入し、外へ出る。

 

「何とか買えた……ありがとうなここまで入れてくれて。後は大丈夫だから」

「う、うん……」

 

 天城が浮かない顔で少し俯く。どうしたんだ?

 

「……あのさ、世名君」

「ん?」

「もうちょっとだけ……相合い傘続けちゃ……駄目?」

「……え?」

「その……もう少し、世名君と近付いてたいな……なんて」

 

 ……何でそんな事言うかなぁ……そんな小犬みたいな目で見られたら断れないだろう! でもこれ以上続けたら俺の理性が……!

 葛藤を続けながら、天城をチラリと見る。彼女はウルウルと瞳を潤ませ、こちらをジッと見つめている。うわぁ……無理だ、断れん。こんな子の断ったら全国の男性に殺されるよ! ……受け入れても殺されそうだけど。

 

「……分かった。別れ道までなら……」

「本当? ありがとう!」

 

 とても嬉しそうに、満面の笑みを見せる。……まあ、こんなんで喜んでくれるなら良いか……こりゃまた知られてはイカン事が増えたな……

 内心溜め息をつきながら、今度はサイズ的に大きい俺が買った傘に、二人入り込む。端から見ると「傘二つあるくせにわざわざ相合い傘してる奴ら」って図なんだろうな……

 

「ごめんね……わがまま言って」

「これぐらいなら良いよ。それより濡れて無いか?」

「うん、私は大丈夫。世名君こそ平気?」

「俺は平気。でも助かったよ。今度何かお礼するよ」

「お礼か……それじゃあ、このまま私の家にお泊まり……とかかな?」

 

 クスっと笑いながら、天城が言う。多分、前の海子の事考えて言ったんだろうな。

 

「……まあ、考えとく」

「え!? じょ、冗談だよ冗談! そんな、本気にしなくていいから!」

 

 あわあわと手を慌ただしく動かす。そ、そこまでか……でも意外だな。こないだ海子が泊まったの聞いて不機嫌だったから、てっきり喜ぶと思ったけど……いや喜ばれても困るけど。

 そう不思議に思っていると、天城が急に動きを止め、肩を縮めると、小さく呟く。

 

「そのぉ……恥ずかしいし……」

 

 恥じらいマックスのその発言に、俺は思わず黙り込んでしまう。何となく、コメントし辛かったから。

 天城は感情がハッキリしてるけど……何だかんだ羞恥心が一番強いんだな……よくよく考えると俺と一対一で話すとき八割ほど赤面してる気がする。

 俺はそういう反応は正直一番苦手というか……対応し辛いんだよなぁ……出雲ちゃんや朝倉先輩みたいに好戦的な方が対応し易い。こういう反応はどう接したら良いか分からない。

 だから、俺はその天城の言葉に何も言葉を返す事無く、無言で歩みを進めた。天城も恥ずかしくなったのか、黙って俺の隣を歩く。

 

 そんな状況が続く中、いつも天城と別れる別れ道に到着する。

 

「それじゃあ、ここで……」

「う、うん。またね」

 

 自分の傘を広げ、俺の傘から出る。そのまま手を振り、天城は自分の帰り道へ向かう――が、少し歩いた所で立ち止まり、こちらへ振り向く。

 

「あの……ちゃんと! 私の心の準備が出来た時はさ……いつか、私の家に泊まりに来てね?」

「え……?」

「楽しみにしてるから……そして……」

 

 そこまで言うと、天城は急に口を噤み、モジモジと足を動かす。

 

「そのぉ……何でも無い! それじゃあ!」

 

 と、どこか投げ遣りな感じに叫び、そのまま逃げるようにその場を立ち去る。

 

「……何だったんだ今の……?」

 

 何か言いたそうにしてたけど……まあ、何となく想像はつく。で、恥ずかしくて言えなかったってところだろう。

 

「泊まりか……どうなるんだか……」

 

 いつかはそういう時が来るんだろうか――そう先の事を色々考えながら、俺も帰路を歩き始めた。

 

 

 

 

 




 ちょっとした甘い一日。相合い傘って……いいよね。



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