「あの……本当にごめんなさい!」
これでもかという程綺麗な土下座を見せられ、何と言えばいいのか少し悩む。
「い、いいよそんなに謝んなくても。血は止まったし、大した怪我にもなって無いから。だから顔上げて、ね?」
出来る限り優しく声を掛けてやると、俺の目の前で土下座をしていた出雲ちゃんが申し訳無さそうに肩を縮こませながら顔を上げる。
出雲ちゃん襲来と共に受けたドアアタックをまともに食らった俺はあの後、数分程気絶したらしい。まあ、鼻血を盛大に出したが、割と軽傷で済んだので、今こうして平常に戻っている。
でも、出雲ちゃんはかなり気にしてるっぽい。病人を思いっきり吹っ飛ばしたんだし、気にしない訳は無いだろうが、ここまで落ち込んでいるのをみるとこっちが申し訳無い気分になりそうだ。
「えっと……出雲ちゃんはどうしてウチに? 何か用があるんじゃ……」
「そんなの! 友香が休んだ理由が先輩の看病だって聞いて、急いで駆けつけたに決まってます! 熱は大丈夫なんですか? どこか具合悪かったりしませんか?」
「だ、大丈夫大丈夫! もう大体治ったから! だから落ち着いて! 一旦離れよう!」
もの凄い勢いで顔を近付けてくる出雲ちゃんを何とか落ち着かせ、一息つく。そういえば出雲ちゃんは友香と同じクラスだっけ……なら俺の風邪の情報を知っててもおかしく無いか。というか本当にその理由で休んだのかあいつ……
「でも、わざわざお見舞いに来てくれてありがとうな。俺なら平気だから、もう帰りな。風邪移しちゃうと悪いし」
「いえ! 私なら平気です! だから、今から私が先輩の看病しますから! 何かして欲しい事ありますか?」
「はい!? いやそんなの悪いし、特にしてもらう事なんか……」
「何かあります?」
「いや……」
「ありますか?」
駄目だ、全然聞いてない。この子、最初からこれが目的だな。看病を理由にここに居座ろうとしてるってところか……もしかして友香の言ってた出番終わりってこういう事か? 俺に協力的何だか、どうなんだか……
とりあえず、このまま帰りそうに無いなこの子……仕方無い、ある程度満足するまで好きにさせてやろう。
「じゃあ……体温計持ってきてくれる? 熱計りたいんだ。多分、リビングに救急箱あるから」
「分かりました! 持ってきますね!」
キャピッとした笑顔を見せ、出雲ちゃんが部屋を飛び出す。
ふぅ……こりゃ大変な事になりそうだな……移さないように気を付けないとな。正直治ったといってもまだ本調子じゃ無いからな……何とかして早めに帰らせたいところだけど、彼女はいつまで居るつもりなんだか……もしかしたら泊まるとか言い出すんじゃ……
その可能性もあるかもしれないと、少し不安になっていると、出雲ちゃんが戻ってくる。
「先輩! 体温計持ってきましたよ!」
「ありがとう」
体温計を受け取り、早速熱を計る。結果は37度3分と、かなり下がってきていた。
「うん……大分下がったな」
「本当ですか? 良かったですね!」
これなら何とか風邪を移さずに済むかな? いや、油断は禁物か。現にまた体がダルくなってきたし、出来る限り咳なんかはしないよう注意しないとな。
「先輩の具合が良くなったみたいで安心しましたよ……もし何かあったらどうしようって、学校に居る間ずっと心配してたんですから。授業サボってでも来たかったぐらいです」
「そんな、たかが風邪何だし大げさだよ」
「たかがじゃないですよ! 風邪でも先輩は苦しんだと思いますし、好きな人が苦しんでたら心配にもなります!」
「そ、そういうもんか?」
心配してくれるのは有り難いけど、ここまでだとちょっと引くな。それだけ愛が重いってやつか? まあ、その気持ちは受け取っとくか。
「さて……他に何かしてほしい事はありますか? 何でもしちゃいますよ?」
「してほしい事ね……」
とは言っても正直無いしな……適当に言いくるめるか? でもそれじゃ満足せずに帰ってくれなそうだしな……駄目だ、まだ頭がぼーっとして良い案が思い付かん。……いつもの事か。
必死に何か無いかと頭を捻っていると、不意に再び家のインターホンが鳴り響く。また客か。まあ友香が対応してくれるか。
気にせずに出雲ちゃんへの頼み事を考えてみるが、やはり思い付かない。
「……よく見ると先輩汗びっしょりですね」
「へ? ああ……今日一日中寝てたし、風邪だからかな」
「……良かったら、私が体拭いてあげましょうか?」
「……はい?」
「だって、そのままじゃ気持ち悪いですよね? だから、私がしっかり拭き取ってあげます!」
「いや、いいってそんな事! 別にこれぐらいどうって事ないから!」
「そんな遠慮しなくていいんですよぉ! 私がしーっかり綺麗にしますから……」
何でちょっと甘え声になってるの! 何でちょっと目がトロンとしてるの! 何でちょっと顔赤いの!
イカン! このままだと俺の貞操に危機が! 流石にそれはマズイよ色々と!
だが、出雲ちゃんはゆっくりとこちらに近付いて来る。俺も慌てて後ずさるが、ベッドの後ろは壁。逃げられない。
「大丈夫ですよぉ。別にいやらしい事する訳じゃ無いんですからぁ……」
信用出来ないよ! いやらしいオーラ全開だよ! 辺りがピンク色になってもおかしくない雰囲気だから! 誰か助けて!
そんな思いも虚しく、とうとう壁際まで追い詰められる。壁に寄りかかる俺に覆い被さるように出雲ちゃんが迫って来る。
ここまでか――と諦めかけたその時、部屋の扉が突如開く。それに俺と出雲ちゃんが同時に扉の方を振り向く。
そこには制服姿で、片手にビニール袋と鞄を片手に、顔を真っ赤にして口をあんぐりと開いて、わなわなと震える海子の姿があった。
「な……何をしてるんだ貴様ぁ!」
そう叫ぶと海子は一目散にこちらへ駆け寄り、出雲ちゃんを引っ剥がす。
「痛っ! いきなり何するんですか!」
「それはこっちのセリフだ! お前……友希に何をしようとしてた!」
「別に、体を拭いてあげようとしてただけですけど? というか、何で雨里先輩がここに居るんですか?」
「それもこっちのセリフだ! 私は……クラス委員長として風邪を引いたクラスメイトのお見舞いに来ただけだ!」
「なら、私もだぁーい好きな先輩が風邪を引いたから看病しに来ただけですけどぉ? 文句あるんですかぁ?」
「…………」
何か知らないけど口論が始まった……とりあえず、俺の貞操は守られたようだ……さて、二人を止めるか。女性の甲高い声は頭に響く。
「そのぉ……一旦落ち着こう? その方が有り難いんだけど……」
「お前がそう言うなら……」
「分かりましたぁ……」
ふぅ、何とか収まったか。これで落ち着いて話が出来る……よな?
ともかく二人を適当な場所へ座らせ、まずは海子の話を聞くことにした。
「えっと……海子は俺のお見舞いに来たって事でいいのかな?」
「ああ、お前が風邪を引いたと聞いて来た。これはお見舞いのフルーツだ」
「あ、どうも」
海子の差し出したリンゴやバナナなどの入ったビニール袋を受け取る。
まあ、同じクラスだし情報は嫌でも入るわな。それでお見舞いに来たと……でもタイミングが悪かったなぁ……
「それで……今度はこちらが聞く番だ。お前達は何をしようとしていた?」
海子が横目で出雲ちゃんを睨む。怖っ……何気に海子のこういう好戦的な感じを見るのは初めてかもしれん。
「別にぃ。ただ先輩の体を拭いてあげようとしただけですけどぉ?」
「何故お見舞いに来たのがそんな事になるんだ!」
「それは先輩が私に体拭いてほしいって頼むからぁ……」
「さらっと嘘付くんじゃ無いよ! 俺変態みたいじゃん!」
そういう誤解を作るの本当に止めてくれ!
掻い摘んで海子に真実を伝えると、彼女が呆れたように溜め息を吐き、再び出雲ちゃんを睨む。
「何ですかその目? というか、もうお見舞いは済んだんだから帰って下さいよ。リンゴは私が綺麗に剥いておくんで」
「貴様だって同じく用は済んだだろう!」
「私はお見舞いじゃなく、看病に来たんです。だからまだ何も終わってませんよ?」
「貴様……何の権利があって看病などしてる?」
「んー……正妻の権利ですかね?」
「勝手に正妻を名乗るな!」
……また言い争いが始まった……もう止めてくれ本当に。今俺病人なの、ダルいの、君達のいがみ合いに付き合える程の余裕は無いの、寝たいの! だから大人しくして! 居るならそうしてくれ! そして出来るならば今日は帰って! 後日相手するから! 俺を休ませて!
「あーもー、うるさいですねぇ……良いから帰って下さいよ!」
「ふざけるな! お前を残して帰れるか! 貴様が残るなら私も看病する!」
「はぁ? 意味分かんないんですけど? いい加減にしないとぶっ刺しますよ?」
「望むところ――」
「いい加減にしろ!」
と、俺が思い切り叫ぶと、言い争いを続ける彼女達がピタリと口を閉じ、こちらをぽかんと見つめる。
「あのな……喧嘩なら余所でやってくれるか? 俺の事気遣ってるならぎゃーぎゃー喚かないでお願いだから! もう今日は一人にさせてくれ頼むから!」
「あっ、えっと……ごめんなさい……」
「すまなかった……今日は、失礼する……」
二人がシュンと落ち込み、部屋を出て行く。
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
帰ったか……というか、ダルくてイライラしていたとはいえ、ついキツく言っちまったな……そういえばあいつら相手にあんな風に怒ったのは初めてかもしれんな……二人共、かなり落ち込んだ感じだったな……
「……悪い事したかなぁ……」
少々強引だったとはいえ、出雲ちゃんは俺を心配してくれた訳だし、海子も多分そうだ。後で、ちゃんと謝っておくか。
「はぁ……」
何だか一気に気が抜け、力尽きるようにベッドに倒れ込む。
すると部屋の扉が開き、友香がジュースを片手に部屋へ入ってくる。
「随分と大声出してたね。二人共凄くしょんぼりしてたよ?」
「そうか……」
「まあ、今まで怒らなかったお兄ちゃんが聖人なだけで、自分の事考えず言い争われたら怒るって。別にそこまで悪い事じゃないよ。ちょっと言い方乱暴だったけど」
「そういうもんかな……?」
「そうだって。たまには発散しないとストレスで死んじゃうよ? 時には彼女達のわがままをはね除けないと、やってらんないよ?」
そう言いながら近寄り、ジュースを俺の頬にペチッとぶつける。
「たまには怒って、凹ませちゃったら謝る。そういうのが一番良いんじゃない? 飴と鞭って結構大事だよ?」
「……それもそうかもな」
女性との付き合いって難しいな……特に俺は関係性が複雑だ。そういうの、良く考えないとな。
ぼーっと天井を眺めていると、友香が急にベッドに倒れ込み、俺の横に並ぶ。
「ま、私も協力するから。色々頑張りな、お兄ちゃん」
「ああ、そうする……」
◆◆◆
「これで良いかな……?」
夕飯を終え、再び部屋で一休みしている間に、俺は先刻の事を謝罪するメールを打ち、二人に送信した。
イラついてたとはいえ怒鳴ったのは悪い。正直勢いだけで言ってしまったところが多いし、そこら辺はしっかり分かってもらわないと。
メールを送り、しばらくするとスマホに着信が。海子からだ。早速内容を確認する。
――先程はすまない事をした。大宮が居た事や、あのような光景を見てに気が動転してしまった。
風邪で苦しかっただろうに、お前の気持ちを考えずにあのように熱くなってしまい、反省している。
許してくれとまでは言わないが、今後は気を付ける。だから、嫌いにならないでほしい……
では、お大事に。
「…………」
まあ、とりあえずはこれで良いのかな? 今度学校で会った時しっかり話し合うか。
海子のメールを見終わるとほぼ同時に、今度は出雲ちゃんからメールが届く。
「えっと……」
――先輩、さっきはすみませんでした……先輩を放って、雨里先輩なんかの相手をしちゃって……
でも、先輩に嫌われちゃったと思ったけど、そうじゃなくて安心しました!
今度先輩が風邪引いた時はちゃんと先輩のしてほしい事を聞いて、しっかりしますね!
それじゃあ、お大事に!
「…………」
何かずれてる気がするけど……まあ、元気になってくれたなら良いか。ひとまず解決した事に息を吐き、スマホをベッドに放り、倒れ込む。
今日は何だか疲れたな……風邪もまだ完治してないし、もう寝るか――
そのまま部屋の電気を消して、布団に潜り込む。
疲労が溜まっていたせいか、それから俺が眠りにつくのに、さほど時間はかからなかった。
後輩ちゃんが暴走気味……いつもか。
何だか滅茶苦茶になったが、何とか主人公は無事です。