モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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妹の看病は万能薬なり

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ……雨凄いな……」

 

 とある日の放課後。今日もいつも通り授業が終わり、帰宅しようとしたが、下駄箱付近で俺は足を止めた。理由は外の状況だ。最近ニュースで梅雨入りしたと言ってた通り、今外は雨だ。

 だが、ただの雨では無い。その勢いはいつぞやぶち当たった豪雨に匹敵する程の大雨。風は吹き荒れ、外を歩く人は思うように歩けず、数メートル先も見えない軽い災害レベルだ。

 

「まさかここまでとはな……台風来てんのか?」

 

 そんなニュースは聞いて無いが……ともかく、今豪雨である事に変わりは無い。この中を歩く事になると思うと少し憂鬱だな……裕吾も用があるとか言って先帰ったし、俺もさっさと帰るか。

 傘を差し、降りしきる雨の中に足を踏み出す。同時に弾丸のように大粒の雫が次々と傘に当たり、耳障りな音を響かせる。予想以上に強いな……ちょい早足で帰るか。

 

 

 

 

 学校を出てから数分。暴風雨の中を駆け抜け、ようやく自宅がある住宅街に入る。ここまで来れば後少しだ。帰って風呂入って暖まろう――そう、一気に走り抜けようとした瞬間、突然今までより遥かに強い風が真正面から襲い掛かる。

 

「うおっ!?」

 

 油断したら吹き飛ばされてしまうほど強大な暴風に足を止め、踏みとどまる。その時、不意頭上の方でベキッ! という嫌な音が聞こえる。

 この音……嫌な予感を感じながらゆっくり上を向く。その視線の先には骨組みがあられもない形になった傘――だった物が。

 

「うっそぉ……」

 

 壊れた。これでもかって程盛大に壊れたなこれ。今の風でやられたか……どんだけ強いんだよこの風!

 とはいえ、傘が壊れたという事はこの雨を防ぐ術が無くなったって事だ。この豪雨の中傘無しって……結構キツいな。いや、悲観してても仕方無いな。家も近いし一気に走ろう。多少濡れても平気だろう。

 

「よし……!」

 

 破損した傘を下げ、全速力で走ろうとしたが、前から車が来たので一旦端の方に寄る。が、それが俺にさらなる被害をもたらした。

 車が俺の横を通り抜けた瞬間、タイヤが地面一面に溜まりきった水をしぶき上げ、その水しぶきの塊が波のように俺に襲い掛かった。

 

「…………」

 

 頭から盛大に水を被り、びしょ濡れになった俺は通り過ぎた車を黙って見つめた。若干怒りを込めながら。

 どんだけ運悪いのよ俺……もういいや、速く帰ろう。そして速く着替えよう。服濡れて気持ち悪いし、なんか臭い。

 頭を軽く掻きむしり、家に向かい猛ダッシュで走る。

 

 

 

 そして数分後。何とか新たなトラブルも起こらず、家に到着。

 

「ただいまー……」

 

 やっと帰れた……もう全身びっしょびしょだし……さっさと風呂入って着替えて暖かいもの飲もう。

 溜め息をつきながら水分を吸い込みまくり重くなった靴を脱いでいると、奥から黒髪を結ったエプロン姿の女性がやって来る。ああ、今日パート休みだっけ。

 

「お帰り友希……って、びしょ濡れじゃない! 傘忘れたの?」

「ただいま。傘ならぶっ壊れた」

「あら本当? それは災難だったわね。ちょっと待ってて、すぐお風呂沸かすから」

 

 そう言いそそくさと風呂場の方へひた走る。

 

 彼女は俺の母親の世名香織(かおり)。普段は近所のスーパーのパートで家を空ける事が多い。父が働いているにも関わらず続けている理由は、働くのが好きだかららしい。それでも俺達の世話などちゃんと母親として、主婦としての仕事をこなすしっかり者だ。

 さらに、息子の俺が言うのも何だが、もう38なのに、見た目は20代と言っても違和感が無い程若く美人だ。俺が多少整った顔立ちなのも、多分母のお陰だろう。

 そして性格も聖人君子。まさに完璧超人の域な人物――それが俺の母だ。まあ、そんな母も色々と問題はあるっちゃあるのだが……今は関係無いな。

 

 そんな母が風呂を沸かしに行った後、とりあえず服をどうにかしようと家へ上がると、母によく似た顔をした友香が上から下りてくる。

 

「お帰りお兄ちゃん……うわっ、なんかドブ臭……」

「兄をそんな嫌悪した顔で見るな……イッキシ!」

「何そのオジサンみたいなくしゃみ。早くお風呂入んなよ臭いし」

「二回言うな」

 

 まあ、臭いけどな実際。原因はさっきの車のせいで被った水だろう。全く本当についてないな。

 鼻をスズッと啜りながら、俺はとりあえず自室へ向かった。その時若干悪寒を感じたが、気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ――翌日

 

「…………」

 

 朝、目が覚めた瞬間違和感に気付く。

 体が重い。視界もぼやける。耳も若干聞こえが悪い。明らかにいつもとは違う。俺は重苦しい右腕を動かし、額に手を当てる。案の定、額は熱かった。

 

「……風邪か」

 

 まあ、昨日あんなにずぶ濡れになったんだ。不思議では無い。それにここ最近疲れも溜まってたし、それが襲って来たんだろう。これじゃあ学校は休みだな。

 とりあえず熱を計ろうと、ゴホゴホと咳をしながら体を何とか持ち上げて立ち上がる。そのまま部屋を出て、リビングに向かう。

 リビングに着くと友香がテーブルで朝食を食べていて、母さんはキッチンで俺の分の朝食を用意していた。二人がこちらに気付いたようで、顔を向けてくる。

 

「おはようお兄ちゃん。……って、何か顔色悪いね」

「もしかして風邪?」

「そうっぽい……体温計と薬ある?」

 

 そう言うと母さんは「ちょっと待ってね」とエプロンで濡れた手を拭いながら薬箱を探す。

 数分もせずに持ってきた体温計を脇に挟む。数分待つと、ピピッと電子音が鳴る。体温計に表示された体温は38度2分。普通に風邪だ。

 

「あら、結構高いわね。これじゃあ学校は休まないとね」

「だな……まあ、大人しく寝てるよ」

「そうね、それがいいわ。でも困ったわね……今日は私パートで家を空けるのよねぇ……看病してあげられないわ」

「いいよ別に。こんなの寝てれば治るよ」

「そうは言っても、何があるか分からないでしょ。風邪は万病の元って言うし」

 

 相変わらず心配性だな……自分の状態ぐらい分かるし、そんな大事じゃ無いって。

 

「……なら、私がお兄ちゃんの看病しようか?」

「はぁ? お前学校あんだろ」

「休めばいいじゃん」

「休むってお前……そんな簡単に休んでいいのか」

「大丈夫だよ。私学校じゃ結構優等生だし、兄の看病って理由があれば休めるでしょ。それに、苦しむお兄ちゃんを放っておけないよ」

「友香……お前休みたいだけだろ」

「……バレた?」

 

 舌を出して悪戯半分に笑う。全く……どうせ今日金曜日だから三連休になるラッキー、とか思ったんだろうけど。

 

「まあそれは冗談半分で、風邪引いたお兄ちゃんが単純に心配なだけ。妹の好意はしっかり受け取っとくもんだよ?」

 

 今度は少し神妙な顔付きでうっすらと微笑む。……まあ、ここは言う通り言葉に甘えるとするか。

 

「分かったよ……好きにしろ」

「よっし三連休!」

「おい」

「冗談冗談。ちゃんとする事はするから」

 

 どこまで本気で冗談なんだか……でも、こう心配してくれるのはなんだかんだ嬉しいもんだな。

 さて……ともかく寝とくか……って、そういえば今日バイトもあったな……後で連絡しとくか。

 

 とりあえず、軽く朝食を食べて薬を飲んだ後、部屋でゆっくり休む事にした。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ふぅ……」

 

 バイト先への連絡を終え、一安心してベッドに倒れ込む。こういう時しっかり休みを許してくれる千鶴さんには感謝しないとな……まあ、来週はこっぴどくこき使われるだろうけど。

 

「……寝よ」

 

 布団に潜り込み、枕に顔を埋める。外は今日も雨。昨日に比べたらかなり弱いし、風邪のせいで耳もいつもより調子が悪いので外の雨音も気にならない。これならゆっくり寝れそうだ。

 目を閉じると力が抜け、重量が倍になったかのように体が重くなる。それほど疲れが溜まっていたのか……俺の意識はそのまま夢の世界に落ちた。

 

 

 

 次に目が覚めた時、時刻は既に正午を回っていた。割とぐっすり寝たな……でも体は相変わらず重い。熱も下がった感じは無いし、もう一眠りするか……

 再び眠りにつこうした時、部屋の扉が開き友香がミニサイズの土鍋を持って入ってくる。

 

「気分どう? 一応お昼持ってきたよ」

「作ってくれたのか? 悪いな」

「レトルトだけどね。お粥で良いよね」

 

 土鍋を床に起き、蓋を開く。美味そうな匂いが部屋中に広がる。何かこういう匂い嗅ぐと風邪引いたって感じがするな……感じたくも無いけど。

 鍋からお粥を少量小皿に移す。それを受け取ろうと起き上がり手を伸ばすと、何故か友香が小皿を俺から遠ざける。

 

「お兄ちゃんはそのままじっとしてて。私が食べさせるから」

「はぁ? 別にいいよ。自分で食えるよ」

「いいのいいの。病人は大人しく看病されとくの。はい、あーん」

 

 何だよそれ……病人でも食事ぐらい出来るっての。とはいえ折角の好意を裏切るのもあれだと思い、口を開く。そこに友香がお粥を一口分運び、少々強引に入れる。

 

「ぐふっ……! お前、もっと丁寧にしろよ……」

「可愛い妹に食べさせてもらってるんだから、文句言わなーい」

 

 病人相手に荒っぽいな……少しがさつな所が直れば完璧なんだけどな……

 そんな友香のねじ込むような食べさせ方に噎せながらも、昼飯を何とか終えた。

 

 その後再度熱を計ったが、37度9分と大して変わらなかった。

 

「全然下がんないねー」

「まあ、寝てるよ。お前は部屋で勉強でもしてろ」

「えー、それじゃあ看病にならないじゃん」

「何かあったら介抱してくれればいいよ」

「それじゃつまんないじゃん」

「兄の看病で面白さを求めるな」

「んー……じゃあさ、私が添い寝してあげよっか? 妹の愛の包容で熱も一気に下がるかもよ?」

 

 そう自分の体を両腕で抱きかかえ、全身をクネクネと動かし、ニカッと笑う。それを俺は無言でじっと見つめた。

 

「……ガチで引いたような目で見ないでよ」

「いや引くだろ今の」

「冗談だよ冗談。風邪移ったりしたくないし、兄の抱き枕になるような趣味無いし」

「俺も妹を抱き枕にする趣味はねーよ。いいから部屋に戻ってろ」

「はいはーい。可愛くないお兄ちゃんだこと」

 

 そのまま友香はツンッとした顔になり、土鍋を持って部屋を出る。が、扉を閉めた直後、再び扉を少し開き隙間からひょこっと顔を出す。

 

「何かあったら呼んでね。すぐ駆けつけるからさ」

 

 そう優しい声色の囁きと、満面の笑顔を見せると、扉を閉める。

 

「たくっ……いつもそう素直なら良いんだけどな」

 

 まあ、これぐらいが丁度良いか。

 そのまま俺は再度布団に潜り、眠りに入った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ん……」

 

 再び意識が夢の世界から現実に戻る。

 枕元に置いたスマホに手を伸ばし、時間を確認する。時刻は既に午後4時近く。それなりに長く寝たな……ダルさも少し抜けてきた。

 熱を計りに行こうと体温計を取りに向かおうとして起き上がろうとしたが、何故か体が重くて起き上がれない。ダルさは抜けてるのに、どうしてだ? そう疑問に思ったが、顔を動かすと答えが分かった。

 

「すー……すー……」

 

 そう可愛らしい寝息をたて、俺の腹に顔を埋めて友香が寝ていた。どうやら重い原因はこれらしい。というか、何で居るんだよコイツ。

 

「おい、友香」

 

 友香の肩を掴み、体を揺さ振る。すると寝ぼけているのか、「ふぅぇ?」と変な声を出して目を擦る。だんだんと意識が覚醒してきた友香は俺を視界に捉えると、体を持ち上げ、大きくあくびをする。

 

「お兄ちゃんおはよー……」

「おはよーじゃねぇよ。何で俺の部屋に居んだよ」

「うーん……確か何かあったらいちいち呼ばれるのも面倒だからここに来た……かな?」

「何で疑問系何だよ。まあそれは良いとして、結局俺の部屋に居たら風邪移っちまうだろうが」

「あー……それもそうだね、考えてなかった」

 

 考えてなかったって……何の為に部屋に帰したと思ってんだ。

 

「まあ、いいじゃん。大事は無かったし」

「適当な……大体そんなすぐ呼ぶような事簡単に起きねーよ」

「万が一って時もあるでしょ。お兄ちゃんに何かあったらやだもん」

「やだもんじゃねーよ。風邪移っても知らねーぞ」

「その時はお兄ちゃんに看病してもらえばいいもん」

「んだよそれ……このブラコンが」

「そうですけど何か?」

 

 認めんのかよ……はぁ……これ以上言い争っても時間と体力の無駄だな。でも節度を弁えてるし、悪い事では無いか。看病してくれる人が居るのは有り難いし、良い妹を持ったもんだ。

 

「……ありがとな、友香」

「どうしたの急に? 気持ち悪い」

「人が感謝を伝えてるのにお前は……」

「冗談だって。で、いきなりどしたの?」

「いや、単純にそう思っただけだよ。お前のお陰で少し気が紛れたり、助かったからな」

「ふーん……別に、私は私のやる事をしたまでだよ。兄の支えになるのが妹……でしょ?」

 

 少し嬉しそうに顔を綻ばせる。やっぱり、中学入った辺りから少し生意気な感じになったが、根は昔から変わんない優しい奴だな。今度しっかりお礼しないとな。

 

「それに……そろそろ私の出番も終わりだろうしね。それまではちゃんとやんなきゃ」

「……どういう事だよ?」

「すぐ分かるよ。飲み物持ってくるね」

 

 そう言って扉を引いて、外へ出る。

 出番終わりって……ああ、母さんが帰って来るからか。とはいえまだ帰って来ないだろうし……早いだろ。

 

 そんな事を考えながら雨がポツリと降る窓の外を眺めていると、ピンポーンと家のインターホンが鳴る。客か? まあ、友香が対応してくれるし良いか。

 

「……あ、体温計」

 

 そういえば体温計を取りに行くのを思い出し、布団から起き上がる。その時、下の方から何やらドタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。

 何の音だ? 耳を澄ませてみるが、調子が悪くよく聞き取れない。もっと近くで聞こうと扉へ歩み、耳を当てようとした瞬間――

 

「先輩! 風邪引いたって本当ですか!?」

「ぶべらっ!?」

 

 いきなり扉が勢いよく押し開かれ、その扉が俺の顔面に激突。訳の分からない悲鳴を上げ、そのまま押し飛ばされるように地面へと倒れる。

 

「きゃあ!? 先輩!? 大丈夫ですか!? ああ、こんなに鼻血が出て……! 先輩! センパーイ!」

 

 そんな悲痛な叫びを上げながら俺を抱きかかえる見覚えのある女性の姿が目に入ったが、それが誰かを確認する前に、俺の意識が吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




 妹に看病してもらうという羨ましいイベントでしたが、本番は次回。
 波乱で色んな意味でドキドキな後半戦をお楽しみに。

 さらっとお母さんも登場しましたが、掘り下げはまた別の機会に。




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